Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「…なんなら、聞いてみるか?あたしの昔語りを」

ギルド降下作戦(俺は実質途中からしか居なかったけど)が終わってから数日が経った。

 

けれど、俺はまだ岩沢に会えずにいた。

 

いや、会えずにいたというと少し語弊がある。何故なら、俺が岩沢と会うことを避けているからだ。

 

ギルドに向かう途中、ゆりが語った過去。

聞き終わってから思わず考えてしまった。

 

岩沢も同じように理不尽な過去を背負っているのか。

そして、俺はそこに触れていいのか。

 

考えれば考えるほど、迷走していき、なんとなく岩沢と顔が会わせずらかった。

だから、遠目に見かけるとつい隠れたり、飯の時間をずらしたりした。

そうすればそうそう会うことをがないから。

 

でも、それもそろそろ潮時だろ…。

 

 

 

「ふう」

 

額の汗を拭って、一息つく。

 

「やっぱり河原だと風が気持ち良いな」

 

今はギルドから戻ってから日課にしているライフルの練習中。

学校の敷地内だと中々広く使える場所がない為、河原で練習している。

 

もうギルドの時みたいな失敗はこりごりだからな。

 

「さ、もう一頑張りしますか」

 

独り言を言いながら地面に寝そべり、ライフルを構えてスコープを覗く。

 

かなり遠くに置いている空き缶に狙いを定め、息を詰める。

そうして、ブレを押さえてから引き金を―――「柴崎!」

 

「な、だ、誰だ?!」

 

ドンッ

 

集中してる最中に名前を呼ばれて焦った為、弾は空き缶を大きく外れ、明後日の方向に飛んでいった。

 

声がした方を見てみると、肩で息をしている岩沢が立っていた。

 

「岩沢?なんでこんな所に?」

 

素直に疑問を口にすると、キッと鋭い目付きで睨んでくる。

 

「なんでって、お前がずっと顔見せないからだろうが!」

 

「うっ…」

 

「こっちはようやく完成した新曲聴かせてやろうと思ってたのに!」

 

そう言われてしまうと、言葉がない。

 

「…悪い」

 

「…もういい。けど、なんで急にこんな避けるみたいな真似したのかだけ教えてもらおうか?」

 

もういいと言いつつもまだ怒ってる様子の岩沢。

 

「わかってるよ」

 

どの道、いつかは訊いちまうんだろうしな。

 

「俺、この前ギルドに行ったんだ」

 

「それは聞いてるよ。天使と戦って生き延びたって」

 

いや、ほとんど戦ってたのはゆりなんだけど…。

 

「で、それがあたしを避けるのとなんの関係があるんだよ?」

 

「ギルドに向かう道の途中で、ゆりの生きてる頃の話を聞いたんだ」

 

「ゆりの?」

 

「ああ、ゆりと音無以外の全員が罠にはまって、ギルドに着くまでに死んじまったんだよ」

 

「ん?あんたは?」

 

俺が途中から来たのは聞いてなかったんだな。

 

「俺は途中で合流したんだよ」

 

「なんで?」

 

「…諸事情で」

 

寝坊、とはちょっと言いづらい。

 

「話戻すぞ。そしたらゆりが落ち込んじまってな、なんでリーダになったのかとか聞いてたら、ゆりが話してくれた。

多分、記憶がない俺たちの参考にもなるからだろうけど」

 

「そっか…ゆりのは、新入りにはちょっと厳しい話だよな。しかも、自分の記憶が無い分余計に」

 

確かに、ゆりの過去はあまりにも酷いものだった。

もしかしたら自分もと考えてしまうこともあった。

だけど、自分のことよりも先に浮かんだのは岩沢のことだった。

 

「それでさ、聞き終わってから、考えちまったんだよ。

その…岩沢も、こんな辛い事があったのか、って」

 

そう言うと、一瞬驚くような表情を見せた後、取り繕うように笑顔になる。

 

「なんでそこであたしが出てくるんだよ?」

 

少し茶化すような口調で訊いてくる岩沢。

 

「わからない。けど、ゆりの昔を思い出してる時の顔が、新曲を作ってる時の顔と被ったんだよ」

 

また、一瞬怯んで表情を戻す。

 

「気のせいだよ。ていうか、それ、あたしを避けるのに関係あるの?」

 

「…あるよ。俺が岩沢を避けてたのは、会ったら、訊いちまいそうだったからだ。お前の、過去を」

 

今度は、怯むことなく微笑したままだった。

 

「なんだよ、そんな事かよ」

 

そんな事…?

 

「あたしのはゆりとか、他の皆ほど酷い話じゃないよ」

 

「…ホントかよ?」

 

「…なんなら、聞いてみるか?あたしの昔語り」

 

「…ああ、聞かせてくれ」

 

その為に、話したんだから。

 

 

 

―あたしの家は、いつも両親が喧嘩してた。毎日リビングから聞こえる罵詈雑言。とてもじゃないけど、夫婦には見えなかった。

 

裕福な家庭じゃなかったから、自分の部屋なんてなかった。だから、いつも二人の喧嘩しているすぐ側の部屋で、小さくなってるしかなかったんだ。

 

そんな時、あたしはあるバンドの話を聞いた。そのバンドの名前はsad machine。

そのバンドのボーカルは、家庭環境が悪くて、家では耳をイヤホンで塞いでいたって聞いた。

 

だから、あたしもそうしてみた。近くのCDショップまでsad machineの歌を聴きにいった。

ヘッドホンをはめて、再生した、その瞬間――――

 

―――世界が変わった――――

 

ボーカルがあたしの変わりに叫んでくれる。常識ぶってる奴こそが間違っていて、泣いてる人こそが正しいんだと。

理不尽を叫んで、叩いて、ぶっ壊してくれた。

 

――――あたしを、救ってくれた。

 

それから、音楽ってものに興味が沸いた。

 

そして雨の日に、あたしはギターに出会った。

ボロボロになっている中古のギターがゴミ捨て場に置いてあったんだ。

 

あたしはギターを弾くことに夢中になった。ギターが上手く弾けるようになったら、歌を歌うことに。

そうしてると、心が救われたんだ。

 

弾き語りが出来るようになってからは、路上ライブもした。とにかくあたしにとって音楽が、歌が全てだった。

 

バイトをしてお金を貯めて、オーディションを受け続けた。いつか、上京して、音楽で食っていくんだ。

 

――そう、思ってた。

 

ある日、バイトしてると、急に目眩がした。目の前がグラグラ揺れて、そのままあたしは倒れた。

 

目が覚めると、あたしは病院のベッドで横になっていた。

何か喋ろうとした。けど、あたしの口から言葉が出ることはなかった。

 

頭部打撲、脳梗塞による失語症。

 

そんなどこかのドラマにでも出てきそうなありきたりな言葉を医者に言われた。

 

原因は両親の喧嘩のとばっちり。

父親がビール瓶で母親を殴ろうとした所に割ってはいった時のケガが原因だったらしい。

 

言葉を発せない、つまり、歌が歌えない。歌が、あたしの全てだったのに、神様はあたしからその歌まで奪っていった。

 

そのままあたしの人生は、終わった―

 

 

 

「どう?ゆりほど酷い話じゃないだろ?こんな事聞くだけで何ビビってたんだよ?」

 

話し終えて、明るく振る舞う岩沢。多分まだ自分がどうなってるか、気づいていないんだろう。

 

「…なら、なんで泣いてんだよ…」

 

「え…?」

 

やはり気づいてなかったようで、流れている涙を一粒掬う。

 

「なんで…?もう、こんな事、今更…」

 

激しく混乱してる岩沢。

おそらく、自分の中ではもう吹っ切れていたはずだったんだろう。

 

「岩沢…」

 

「大丈夫っ…あはは、ちょっと目にゴミが入っただけ」

 

そんなベタな言い訳じゃ片付けられるわけないだろ。

 

「いいじゃねえかよ、昔の事思い出して泣くくらい…」

 

「駄目だよ、ゆりとか、他の皆はもっと辛い思いしてるのに―「他の奴なんて関係ないだろ!」

 

涙を拭うため目を擦る岩沢の頭を抱え込むようにして抱き締める。

 

「お前が辛いって思うのになんで他の奴の事考えなきゃいけないんだよ…!」

 

「―――っ」

 

「自分が辛かったら泣いていいんだよ!他の奴よりも辛くないと泣けないなんて、おかしいだろ…?!」

 

「でも…」

 

「でももクソもない!お前にとって全てだった歌を取り上げられた、それだけで泣く理由には充分だろうが…」

 

「うん…ゴメン、ちょっと、胸貸して…」

 

岩沢はようやく押さえつけていた嗚咽を漏らして、俺の胸で泣き始めた。

そんな岩沢は、いつもギターをかき鳴らしている姿より、ずっと小さく見えた。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん。ゴメンな?なんか、変な感じになっちゃって…」

 

あはは、と笑いながらこめかみ辺りを掻く岩沢。その目は赤く腫れてしまっている。

 

「いいよ、俺も前に屋上で似たようなことしてるし」

 

「はは、確かにな」

 

思い出して軽く笑いあう。

 

「でも、泣いていいとか言ってくれたのは柴崎、あんたが初めてだからさ」

 

「そんなの、同じ状況になったら皆そうするだろ?」

 

恥ずかしくて少し素っ気なく返してしまう。

 

「かもね…けど、ありがと…」

 

まだうっすらと涙目のまま微笑む岩沢は、凄く綺麗で、とても儚かった。

 

「そ、それで、新曲出来たんだろ?聴かせてくれよ」

 

思わず紅くなった顔を隠すためそっぽを向きながら話題を変える。

 

「あ、ああ」

 

いきなり挙動不審になった俺を変に思ったようだ。

 

「…いや、それは今度にするよ」

 

「は?なんで?」

 

「この曲は、ライブで聴かせてやるよ!」

 

「…そっか」

 

一番完成した状況で聴かせてくれる、ということだろう。

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

「そうだな」

 

もう辺りが夕日でオレンジ色に染まる時間帯。

久しぶりに屋上に行こうとか、その前に飯だろとか、下らない話をしながら学校に戻った。

 

何日間しか経っていないのに、それがなんだか凄く懐かしいような気がして、妙に嬉しかった。

 

 

 




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