Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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なんだか色々と心配になる話になりました…

けど、これで最終話です!よろしければどうぞ。


「「また逢おう」」

「ではまず、戦歌斉唱」

 

打ち合わせ通り音無の進行で式を行う。

 

「なにそれ?あたしそんなの作らせてないわよ?」

 

「校歌の代わりだよ。奏が作ってくれたんだ」

 

「あ…」

 

そういえばそうだった…

 

音無の言葉を聞いてあの思い出すのも恐ろしいプロトタイプの戦歌の歌詞を無理矢理思い出させられる。

 

不安すぎる…

 

「じゃあ歌詞回すぞー」

 

「リズムは?」

 

「校歌ってどこも似たようなもんだし適当に歌えば合うだろ」

 

「適当だと?!おい記憶なし男!リズムを適当にしたら歌が…」

 

「悪い、気にしないでくれ」

 

「そ、そっか」

 

最後まで変わらない音楽キチっぷりを発揮して噛みついていた岩沢の口を手で塞ぐ。

 

「歌詞回ったな?じゃあ皆行くぞ?せーの!」

 

「「「お空の死んだー世界からーお送りしーますお気楽ナンバー 死ぬまでにー食ーっとけー麻婆豆腐ー あーあー麻婆豆腐ー麻婆豆腐ー」」」

 

歌い終わり、全員にしばし沈黙が流れる。

 

うん…これは…

 

「なんだよこの歌詞?!誰かチェック入れとけよ歌っちまったじゃねえか!!」

 

おそらく誰しもが思ったであろうことを日向が真っ先に叫ぶ。

 

プロトタイプよりもかなりマシにはなったけど、それでもなぁ…

 

「いや、これはすげぇよ!」

 

「正気か…?」

 

「Crazy baby」

 

「ごめん…多分正気だ…」

 

皆が批難ムードの中一人だけ感銘を受けている岩沢を見る皆の目があまりにも冷たくて思わず謝ってしまう。

 

「本当にすげぇ…!なんていうか、思いが詰まってる…!」

 

「ふふ、確かにそうかもね」

 

「んー?んー…そーだな。言われてみればそう見えるかもな」

 

ゆりの賛同を受けて全員の歌詞を見る目が変わる。ついでに岩沢を見る目も。

 

音楽キチも役に立つときがあんだな。

 

まだ目を輝かせている岩沢の頭を撫でる。

 

「なんだ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「変な柴崎」

 

ごめん、岩沢には変とか言われたくない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、卒業証書授与」

 

「あるの?」

 

「作ったんだよ。また例によって主に奏がな」

 

「えっへん」

 

いつもよりかなりテンションが上がっているようで、誇らしげに胸を張っている。

 

敵だと思っていた時には考えられないような無邪気な姿だ。

 

「誰が渡すの?」

 

「俺っだよ!」

 

ゆりの質問に大きな声で答えたのはつけ髭にハゲヅラと鼻眼鏡までかけた日向だった。

 

「…………うわぁ」

 

当然のようにドン引きするゆり。

 

「くそぉ!ジャンケンで負けたんだよ悪いか?!」

 

「似合ってますよぉひなっち先輩!」

 

「嬉しくねえよ!!」

 

「あさはかなり」

 

「ぐぐぐっ…うぅぅ…」

 

「ま、まあまあ、とりあえず進めようぜ」

 

ただでさえ傷ついてる上に怒濤の追い打ちをかけられてる日向が可哀想なので助け船を出す。

 

すると音無もそうだなと言ってすぐに卒業証書授与に移行してくれた。

 

「じゃあまず、立華奏!」

 

「はい!」

 

音無の呼び掛けに立華がハキハキと応える。

 

卒業式をしたことがないという言葉通り、慣れてない感がまる出しで少し動きが固い。

 

けれど一生懸命なのは伝わってくる。

 

そのまま終始緊張は取れなかったみたいだが、席に帰ってきた時には満足そうな表情を浮かべていた。

 

「次、仲村ゆり!」

 

「はい!」

 

ゆりは卒業式に出たことがあるんだろう立華とは打って変わってリラックスした動きで舞台に上がっていく。

 

「それ似合ってるわよ?」

 

「うるせっ」

 

日向へ軽口を言う余裕もあるようだ。

 

しかし舞台から降りてくる途中、卒業証書に目をやると急に動きを止めた。

 

「…バカ」

 

そして目に涙を滲ませてそう呟いた。

 

何が書いてあったんだ?

 

「次、岩沢まさみ!」

 

「はい」

 

岩沢もゆりと同じかそれ以上に自然体ですたすたと舞台に上がる。

 

そして日向から証書を受け取り、舞台から降りてくる。

 

席に戻ってきてからそれに目を通す。

 

「ははっ」

 

そして笑った。

 

「次、柴崎蒼!」

 

「は、はい!」

 

なんと書いてあったのか訊こうと思ったときに音無から呼ばれ、焦って返事が詰まってしまった。

 

まあ後で訊けばいいか。

 

そう自分で納得して舞台に上がっていく。

 

そういえば俺も卒業式とか初めてだな…

 

そう思うとどんどん緊張してくる。

 

歩き方変じゃないか?とか動き固くなってないか?とか色々と気になってくる。

 

いっぱいいっぱいになりながら日向から証書を受けとる。

 

「おいおい、んな緊張すんなって」

 

「し、してねえし」

 

「へいへい。ほら、向こうから降りるんだぞ?」

 

「知ってるわ!」

 

と、まあ日向に少々茶化されてしまったがおかげで少し緊張が解けた。

 

そのおかげで舞台を降りる途中、ふとゆりと岩沢が証書を見て泣いたり笑ったりしていたのを思い出すことが出来た。

 

何書いてるんだろ?と思い証書に目をやる。

 

卒業証書

柴崎蒼殿

 

あなたはその特別な眼をもって私たちを見守ってくれたことをここに表します。

 

「…っ」

 

思わず泣いてしまいそうになるのを必死に堪える。

 

俺の眼が守れたのか…皆を…

 

「そっか…」

 

胸がいっぱいになりながら自分の席に戻る。

 

「なぁ、柴崎のはなんて書いてた?」

 

席につくとすぐに隣の岩沢がそう声をかけてきた。

 

そっか。よく考えたら眼とか書いてたんだから皆書いてあることが違うのか。

 

「ああ俺は―「次、直井文人!」―また後にしようか」

 

あまり喋っていては式の邪魔になるのでそう提案すると岩沢も、そうだな。と笑って了解してくれた。

 

そしてその後も問題なく授与が進んでいった。

 

「次、音無結弦!」

 

「はい!」

 

そしていよいよ後は音無だけになり、事前に頼まれていた通り俺が音無の名前を呼ぶ。

 

「それ取れよ」

 

「え?…じゃあ」

 

日向から証書を受けとると、頭のヅラを指差してそう言う。

 

突然のことに訝しげにしながらもヅラを取る。

 

「日向秀樹!」

 

「うぇ?!あ、はい!」

 

音無が懐に隠し持っていた証書を取り出して日向に渡す。

 

「なんだよ、参ったな…へへ、あんがとな」

 

「こちらこそ、すっげえ世話になった」

 

互いに感謝の言葉を交わしてからがっちりと固い握手を交わす。

 

手を離すと、二人一緒に舞台から降りてくる。

 

そしてそれぞれ自分の席に戻っていった。

 

「…卒業生代表答辞!」

 

もう式も終盤に差し掛かっている。音無は名残惜しいのか、少し間を空けてから進行を再開した。

 

1度咳払いを挟み口を開く。

 

「振り返ると色々なことがありました」

 

この言葉はきっと答辞を書く際、よく使われる常套句なんだろう。

 

慣れてる人からしたらふーん、とその程度で流してしまうような、そんな言葉なんだろう。

 

けれど、俺は振り返る。

 

「この学校で最初に会ったのは仲村ゆりさんでした」

 

俺が起きた時は周りに誰もいなくて、人を捜して食堂に辿り着いた。

 

そこで立華と戦っていた皆から逃げて食堂に入った時に、岩沢と出逢った。

 

出逢ったと言うにはかなり一方的だったけど、それでも俺はNPCたちを前にして堂々と歌う岩沢から目を離せなかった。

 

そして屋上で寝ようとした時に、岩沢と対面した。

 

そこで話した岩沢は食堂で歌っていた時の岩沢とはまるで別人みたいにどこか抜けていて、マイペースですごく可愛かった。

 

次の日には岩沢に言われた通り校長室に行くといきなりハンマーで吹き飛ばされたりもした。

 

その後紆余曲折あったけど戦線に入って、岩沢に連れられてガルデモたちと知り合った。

 

そしてその日、岩沢がMy songを聴かしてくれた。俺はそれを聴いてぐしゃぐしゃに泣いてしまったりもした。

 

それから少しして千里にも出逢った。

 

アイツと出逢ってなければ俺は岩沢が消えるのを止められなかった。

 

途中、不気味に感じることもあったけど今は心の底から感謝してる。

 

天使エリア侵入作戦で岩沢が消えるのを止めてから、岩沢に避けられた時はすごく傷ついたのを覚えてる。

 

なんでだろうってしばらく悩んでたら、岩沢から告白された。

 

その時はまだ自分の気持ちが分からないって断ったけど、今思えばあの時にはもう好きだったんだと思う。

 

告白を保留し続けていた俺に終止符を打ったのが、直井の催眠術だった。

 

初めは敵だった直井を味方にしてすぐ、俺と音無の記憶を取り戻すために催眠術を使うことになった。

 

見事に直井のおかげで俺は記憶を取り戻した。

 

そして、今度は俺から告白して、付き合うことになった。

 

それからも立華が分身したり音無がユイを卒業させようとしたり色々あったけど、今日そんな日々ともお別れになる。

 

「一緒に過ごした仲間の顔は忘れてしまっても、この…魂に刻みあった絆は忘れません!皆と過ごせて本当に良かったです…!ありがとうございました…!

卒業生代表、音無結弦!」

 

と、俺が回想を終えるのとほぼ同時に音無が答辞を終えていた。

 

最後の方は涙声になっていて、音無も俺と同じようにこれまでのことを振り返っていたことがよく分かる。

 

「全員起立!仰げば尊し斉唱!!」

 

音無の号令で全員が起立する。

 

「「「あーおーげばーとおーとしー わがしのーおんー」」」

 

全員が息を合わせて合唱している。

 

その中でも、やはり隣で歌う岩沢は飛び抜けて上手い。

 

ていうか、所々音が外れまくりのやつがいるけど…まあいいか。

 

「「「いまーこーそわかーれめー」」」

 

もうこの歌も終わる。

 

そうすれば、後は閉式の辞を残すのみとなる。

 

やば…なんか泣きそうだ…

 

出かかる涙を堪え、歌う。

 

「いー「「「いー」」

 

明らかに一人だけ歌うのが早いやつがいた。

 

「遅いぞ貴様ぁ!」

 

こういう時は犯人が真っ先に声をあげるものだ。

 

つまり犯人は直井というわけか。

 

「はぁぁ?!俺かよ!?どう考えてもお前が早かったろーが!」

 

不憫になるくらい無理矢理なとばっちりを受ける日向。

 

今日は厄日なのかもしれない。

 

「まあまあ落ち着いてよ直井くん。ちょぉっとテンポが早かっただけだよ?恥ずかしくない恥ずかしくない」

 

「うるさい!だから僕は間違ってないと言っているだろう!!」

 

「先輩もこのくらいのことでいちいち動じないで下さいよぉ。ホワーイとか言ってないで」

 

「言ってねえよ!!」

 

隣にいた関根とユイが宥めようとしている…はずなんだが…逆に火に油を注いでいるだけだ。

 

でも、おかげで涙も引っ込んだ。

 

今は皆笑いに包まれている。

 

「はいはい、静かにしろ。皆今度は合わせろよ?…せーのー!」

 

「「「いざーさーらーあーばー」」」

 

音無が上手く仕切り直してくれ、最後まで歌いきる。

 

…終わり、か。

 

「じゃあ、閉式の―「ちょっと待ってくれないか?」

 

「どうしたんだ?」

 

音無が最後に閉式の辞に移ろうとしたその時、岩沢が割って入っていた。

 

何をするつもりだろうか?

 

「最後に、あたしたちに演奏させてくれないか?」

 

「え、でも楽器は?」

 

「ちゃーんと用意してますよ!」

 

いつの間にか舞台に上がっていた関根が自分のベースを持って答える。

 

「お前らいつの間に?」

 

「実は昨日皆が帰ってから大山さんたちにお願いして持ってきてもらったの」

 

入江の言葉を聞いて大山たちを見てみるとしてやったりという表情で笑っていた。

 

「で、OKなのかい?」

 

「そりゃもちろん、最後にガルデモの歌を聴けるなんて最高じゃないか」

 

「そうか。じゃあ始めよう」

 

音無の了承を得て、岩沢たちは舞台に上がる。

 

岩沢がアコギを持ってスタンドマイクの前に立つ。

 

ユイの前にマイクがないところを見ると、今回はユイはギターに徹するみたいだ。

 

アコギってことはMy songか。

 

最後にはふさわしい曲だと、贔屓目抜きに思う。

 

「これは今のあたしだから歌える歌だ。聴いてくれ、God Bless You」

 

しかし、岩沢が宣言した曲は全く違うものだった。

 

ていうか、そんな曲名は知らない。

 

つまり…新曲か。

 

ゆっくりと、静かに岩沢のアコギの音色が響き渡る。

 

「笑うことも――――」

 

その歌詞を聞けばすぐに岩沢の姿が思い浮かんだ。

 

生前学校で独りで頬杖をつきながら過ごしている岩沢の姿が。

 

ただの想像だけど、それは寂しく、つまらなそうに見えた。

 

「笑ってさ――――」

 

これは、今の状況を表しているのかと一瞬考えたがすぐに否定する。

 

確か岩沢がこの曲を作っていたのは少なくともユイの一件よりも前のことだ。

 

特に一番ならとっくに作り終えてないと今日には間に合ってないはずだ。

 

なのに、今この状況にドンピシャで当てはまる。

 

不思議だ…

 

けど、一番を聴き終えて思う。

 

岩沢は今の自分だから唄える歌だと言っていた。けど、この曲はやっぱり今まで通り生前のことを歌っている感じだ。

 

これなら昔の岩沢でも唄えたんじゃないのか?

 

と、そんな風に思っている内にひさ子や関根たちの演奏も加わり、曲は二番に入っていく。

 

「だんだん――――」

 

これは…この世界のことか?

 

一番が生前、二番はこの世界のこと。そういうことなのだろうか。

 

「呆れるほどに―――――」

 

ずっと休んでいたい、か…

 

そうだよな…俺だって本当に永遠に居れるんだったら此処に居たい。

 

お前と一緒に居たいよ…

 

そう思うと、今日何度目か分からない涙が流れそうになる。

 

「どんな風に――――」

 

…分からねえよ。

 

俺だって生きてる頃のことを愛せるわけねえ、お前だってそうなんだよな…だから見つけよう、向こうで。今度こそ愛せる日々を。

 

「強くなれる――――――」

 

…ごめん、相談もせずに決めちゃって。

 

俺は此処に残っていつか一人になるのを怖がった。お前を一人にするのを怖がった。

 

こんなに弱虫でごめん。

 

「う…くっ…あぁ…!」

 

今まで流すまいと堪えていた涙腺がついに決壊した。

 

溢れてくる涙が止められない。

 

嗚咽が喉から押し寄せてくる。

 

もう、前を見ても岩沢の顔がはっきりと見えない。

 

「ここから――――――」

 

皮肉なものだと、泣き崩れながら思う。

 

神に抗おうと誓った集団が最後に願うのは、神の祝福なのだと。

 

また、逢えるように神に願うのだと。

 

「一人だけ―――――」

 

ああ…もう少しだけ泣かせてくれ…そしたらすぐに、笑ってみせるから…

 

「あの日とは―――――」

 

一緒に行こうな、岩沢…

 

「ララー ラーラーラー ラララーラーラー ラーラー」

 

歌い終わったかと思いきや、ひさ子たちのコーラスが入る。

 

そしてそれに応えるように岩沢も返す。

 

「ララー ラーラーラー ラララーラーラー ラーラー」

 

そして釣られるようにこの場にいる皆がコーラスに加わる。

 

「「「ラーラー ラーラーラー ラララーラーラー ラーラー」」」

 

けどそれに俺は加わることが出来ない。

 

嗚咽で喉が締め付けられて声が出せない。

 

「顔上げろよ柴崎」

 

言われて顔を上げる。

 

視界が滲んで顔は見えないけど分かる。

 

「いわ、さわ…!」

 

いつの間にか舞台を降りて俺の前に立っていたみたいだ。

 

「お前のおかげであたしはこんな歌を作れたぞ?過去と今と未来を全部引っくるめて唄えるぞ?」

 

そう岩沢が語りかけている間も、皆のコーラスが響いている。

 

「なあ、今のあたしはどうだい?柴崎の眼にどう映ってる?」

 

「…変わん、ねえよ…!」

 

「え?」

 

「最初から変わらねえよ…!初めて訊かれた時も言ったろ…すごかったって…さっきも言ったろ…やっぱすげえって…今もそう思うよ…!やっぱりお前はすげえよ…!眩しくて眼が眩んじまうくらいな!」

 

グイッと涙を強引に拭い、強がって笑顔を浮かべる。

 

「…そりゃ泣いてるからぼやけてるだけだろ?」

 

そう言って笑いながら手を差し出してくる。

 

「うるせえ」

 

俺は照れ隠しのためぶっきらぼうに言ってからその手を取る。

 

「さあ、もう気が済みましたか?お二人さん」

 

「うおわ?!」

 

ぬっと俺と岩沢の真横に現れたのは遊佐だった。

 

「もう歌も終わっているのに見せつけてくれますね」

 

「あー…悪い」

 

そういえば気づかない内にコーラスも終わってるな…

 

「まあいいさ。すげえ良い曲だったしな。旅立ちにはもってこいって感じだ」

 

「柴崎さん、ああいうのですよ。ああいうの」

 

「だからうるせえって」

 

語彙力が無いのはこの世界に来てからすぐに気づいてるわ。

 

「じゃあ、今度こそ最後だ。閉式の辞!これをもって、死んだ世界戦線の卒業式を閉式とします!卒業生、退場!!」

 

退場とは、つまり此処から去るということだ。

 

「ふん、俺が行こう」

 

真っ先に名乗りをあげたのは野田だった。

 

思えばコイツはこの戦線の切り込み隊長なんだったな。

 

その代わり死ぬ率がかなり高かったけど…それでも、コイツの勇敢な姿が皆に勇気を与えていたはすだ。

 

「ゆりっぺ」

 

「…なあに?」

 

つかつかとゆりの目の前に移動する。

 

この状況で言うことは1つだろう。

 

「好きだ!俺と―「ごめんなさい」

 

「おい!すごい勢いで玉砕しやがったぞ!!」

 

「やめてあげて藤巻くん!心の傷を抉っちゃダメだよ!!」

 

「ていうかゆりっぺもそんな食い気味で断ることねえだろ!見ろよ!野田が白目剥いちまってるじゃねえかよ!!」

 

日向が放心状態になってる野田を指差す。

 

「だって、ここでOK出したら消えるのが嫌になるじゃない」

 

「…はっ、ゆ、ゆゆゆゆりっぺぇ!い、今のはどういう…!?」

 

「つまり、向こうに行ってからもう一度言ってきなさいってことよ」

 

言わせないでよバカ、と言ってそっぽを向く。

 

なんていうか、素直じゃないよな…

 

「…分かった。ゆりっぺ、もし次の人生でも辛い人生だった時は、俺が絶対に守る。だから…」

 

「分かってるわよ…ほら、早く行きなさい」

 

「ああ…」

 

愛してる、ゆりっぺ。と言い終わると野田の姿はもう無かった。

 

消える時ってのはこんなにあっけないものなのか…

 

「では、次は私が」

 

「高松…」

 

影に喰われてNPCになった時は本当にどうなるかと思ったけど、無事に戻ってこれて良かった。

 

「皆さんと過ごした時間、すごく楽しかったです。向こうに行っても、この世界の様に皆で遊びたいですね…」

 

「…その時はまた自慢の筋肉を見せてくれよな」

 

「お任せください」

 

メガネをクイッと上げたと思ったときにはもう消えていた。

 

「次は僕がいきます」

 

「竹山…」

 

「クライストと…はぁ、もういいですよ」

 

天才ハッカーの名を欲しいままにしたという竹山。コイツがいなければ天使エリア侵入作戦は成功しなかった。

 

それはつまり立華が人間なんじゃないかという仮説を立てることが出来なかったかもしれないってことだ。

 

「向こうでも皆さんの力になれるように励みます」

 

「頼んだわよ、クライストくん」

 

「え…はは、ありがとうございました…」

 

表情をあまり変えない竹山が笑った。

 

そしてやはりそう思った瞬間にはもうそこには居なかった。

 

「じゃあ、俺が行こう」

 

「松下五段…」

 

もう俺が此処に来たときの面影は皆無な松下五段。

 

でもその頼もしさは痩せようが太ろうが変わることはない。

 

「俺は…思い出せないことが怖かった。愛した人の顔を思い出せないことが」

 

その気持ちは分かる気がする。

 

岩沢も似たようなことを言っていた。忘れるのが怖いと。

 

確かに忘れるっていうのは何よりも怖いことだと思う。

 

「でもな柴崎、お前のおかげで少しそれも紛らわすことが出来た」

 

「俺?」

 

思いもよらない名指しに思わず聞き返してしまう。

 

「お前が思い出に浸る時間をくれたおかげで、俺は少し…ほんの少し思い出すことが出来た…」

 

「そんな…それは俺じゃなくて岩沢が言ったようなもんだよ。俺は岩沢に乗っかっただけで…」

 

「それでも、だ。その言葉を言ってくれなければここまでスッキリとして消えることは出来なかったはすだ…だから、ありがとう」

 

フッ、とイケメンになってしまった五段が微笑んだ。

 

そして、そのまま消えた。

 

「次は私が行きます」

 

「遊佐…」

 

思えばコイツには初めからやられっぱなしだった気がする。

 

心を読まれて、遅刻させられて、茶化されて…でも、いつも優しいやつだった。

 

遊佐が居ない此処での生活は考えられない。

 

「遊佐さん、今までありがとね」

 

「いえ、こちらこそ私みたいなのを仲間にして頂けて感謝してもしきれません」

 

「そんなことないわ…あなたは本当によくやってくれたもの」

 

「そう言って頂けると幸いです」

 

と長い付き合いの二人が最後の会話を交わしている。

 

このまま見送ってやりたいけど、どうしても気になることがある。

 

「なあ、お前はその…消えられるのか?」

 

千里は記憶を消していると言っていた。不完全だとは言っていたけど、そんな状態で消えることが出来るのか?

 

「…ええ。だって、あなたが私の傷を埋めてくれましたから」

 

「俺が?」

 

俺、何かしたっけ…?

 

「…分からなくていいんです。ただ感謝していることが伝われば…ああそういえば覚えてますか?あの約束」

 

「約束?…ああ、あのなんでも1つ言うことを聞くってやつか?」

 

「そうです。それのお願い、今決まりました」

 

「なんだよ?言ってみろ」

 

「向こうでも友達になってくださいね」

 

「そんなことかよ…バカ、こちらこそだよ」

 

「そう、ですか…では…」

 

また、来世で。と今までで一番の笑顔で消えていった。

 

「まあ、残りの面子を見たら次はあたししか居なさそうね」

 

「ゆり、あたしでもいいぞ?」

 

「あのねぇ椎名さん、あたしには全部お見通しだから、あなたは最後まで一緒に居たい人がいるんでしょ?」

 

「…あさはかなり」

 

ゆりの言葉が図星だったのか、紅くなった顔を隠すようにマフラーを頬まで上げる。

 

ゆりはそれを見て満足そうに微笑み、くるりと立華の方に向き直る。

 

「奏ちゃん、争ってばっかりでごめんね。どうしてもっと早く友達になれなかったのかな?…本当にごめんね」

 

ゆっくりと立華に歩みより、肩に手をかける。

 

その哀しげな表情はゆりの後悔を如実に表していた。

 

立華はそれを労るようにううん、と首を横に振る。

 

「あたしね、長女でね、やんちゃな弟や妹を親代わりに面倒みてきたから奏ちゃんに色んなこと教えてあげられたんだよ?奏ちゃんは世間知らずっぽいから余計に心配なんだよ?」

 

言葉を重ねていくその様子はさながら懺悔をしているかのようだった。

 

「色んなこと出来たのにね。色んなことして遊べたのにね。もっと、もっと時間があったら良いのにね。もう…お別れだね…」

 

言い終わる頃には目尻に涙が浮かんでいた。

 

立華を妹弟たちに重ねてるのかもしれない。

 

「うんっ」

 

ゆりはぎゅっと立華を抱き締める。

 

「さよなら、奏ちゃん」

 

「うんっ」

 

立華に別れを告げると、俺たちの方に体を向ける。

 

「じゃあねっ」

 

立華と話していた時の湿っぽさはもう消え失せていた。

 

もしかしたら、立華に謝ることが最後の未練だったのかもしれない。

 

だからギルドでも消えずに残っていたのかもしれない。

 

「ああ、ありがとなゆり。世話になりまくった」

 

「野田が向こうで待ってるぜ」

 

「リーダー、お疲れさん」

 

「うん。じゃあまた何処かで!」

 

軽く手を振り、颯爽とこの世界から去っていった。

 

「で、まあ残すは俺達か」

 

「そうだな。皆、消える瞬間二人で一緒に居たいよな?」

 

「僕は…別に…」

 

「直井、最後くらい素直になっとけって」

 

「……分かりました…」

 

まだ少しふてくされているみたいだけど、ここで意地を張ったらそれこそ消えることも出来ないだろうから、素直になってくれて良かった。

 

「じゃあ、皆ここで一旦お別れか」

 

「そうだな」

 

「何か言っておきたいことがあるやつは言っとけよ?」

 

音無がそう言うと、岩沢がそれじゃあと切り出す。

 

「ひさ子、関根、入江、それにユイ。あたしなんかとバンド組んでくれてありがとう。すっげえ楽しかったぜ」

 

「あたしこそだよこのバカ!岩沢はあたしの人生で一番のボーカルだよ!またバンド組もうな!」

 

「あたしもあたしも!あたしもぜっったいそのバンド入りますからね!」

 

「私も今度はもっと上手になって皆と組みたいです!」

 

「僭越ながらこのユイにゃんもそこに加わらせて頂きます!!もし動けなくても、ひなっち先輩に支えられながら歌いますから!」

 

「それ俺がすげえしんどいじゃねえか…」

 

日向がげんなりとした様子でそう言うと、皆が笑いに包まれた。

 

「じゃあ、またな。皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は体育館を出て、皆散り散りにどこかに向かっていった。

 

多分、それぞれの思い入れの深い場所に行ったんだと思う。

 

そして、俺達が選んだ場所はもちろん屋上だった。

 

俺たちが初めて会話を交わした場所。

 

柵にもたれるように座り込む。

 

「やっぱ俺たちの最後はここだよな」

 

「そうだな」

 

そう言って、コトンと肩に頭を預けてくる。

 

緩く吹く風が岩沢の匂いを俺に運んでくる。

 

ついで伝わってくる体温、耳元に感じる息遣い。

 

未だに慣れなくて、心臓がバクバクと鳴ってしまう。

 

ああ…やっぱり好きだなぁ…

 

「あ、そういえば結局卒業証書なんて書いてあったんだ?」

 

そんな風に浸っていると、唐突に思い出したようで肩から頭を上げた。

 

「ああ、ほら」

 

肩から消えた感覚が少し惜しかったけど、そんなことを感じさせないよう装いながら証書を交換する。

 

卒業証書

 

岩沢まさみ殿

 

あなたはその歌で私たちに勇気を与え、立ち上がる力をくれ、そして希望で照らしてくれたことをここに表します。

 

「なるほどな…」

 

「蒼のも良いこと書いてくれてるな」

 

「ああ」

 

この文は多分音無が考えたんだろうな。立華が書けそうにはないし。

 

証書を返し合うと、また岩沢は甘えるように俺の肩に頭を置いた。

 

「なんていうか、長かったのか短かったのかよく分かんねえな」

 

「そうだな…蒼が来てからは本当に時間が流れるのが早かった気がする」

 

「色々あったからなぁ」

 

「それもそうだけどさ、それだけじゃないんだよ。蒼と居るとさ、楽しいんだ…落ち着くんだ…それでさ、その気分に浸ってると、いつの間にか1日が終わってるんだよ」

 

それは俺もよく分かる。

 

特に付き合ってからはもっと1日が長ければ良いのにと何度も思った。

 

「でもさ、次の日も会えるぞって思うと嬉しくてさ、布団の中で一人でにやけたりしてさ…けどそれも、もう今日で終わりなんだよな…」

 

「そう…だな…」

 

来世で逢えることを信じてないわけじゃない。

 

きっと逢えると信じてる。

 

けど、それでも今日離れることになるのには違いない。

 

離れたくないと岩沢も思ったのか、指を絡めるようにして手を繋いでくる。

 

「…逢えるかな?あたしたち」

 

「…逢えるよ。言ったろ?絶対に俺が見つけるって」

 

「そうだったな…じゃああたしも見つけやすいように頑張るよ」

 

「どう頑張るんだよそんなの」

 

「歌うしかないだろ?大声で歌う。どんなに遠くに蒼が居てもそこまで届くように歌う…だから、ちゃんと見つけてくれよ…?」

 

岩沢の声に涙色が混じる。

 

「大丈夫、見つけるから…まさみが歌ってくれるなら、俺は絶対に迎えに行くから…」

 

「うん…」

 

ポンポンと頭を撫でると心地よさそうに目を細める。

 

「もう、皆行ったのかな…?」

 

「どうだろうな…でも、そろそろ行かなきゃダメだよな…」

 

本当はずっとずっとこうしていたいけど…

 

「もう行かないとな」

 

「…うん」

 

ぎゅっと、より一層握る手の力が強くなる。

 

行かなきゃいけないのに、そう思えば思うほど離れがたくなる。

 

好きなんだ。どうしようもなく。

 

「なあ蒼、最後にキスしてくれないか…?」

 

「え、あ、ああ…分かった」

 

こんな風に直接おねだりされたことがなかったから少し焦ってしまった。

 

岩沢は肩から頭を上げ、こちらを向いて目を閉じている。

 

「まさみ…」

 

その顔を見て暴れだしそうになる欲望を抑えるように優しく口づける。

 

「ん…もっと」

 

「……ああ」

 

いよいよ我慢が利かなくなってきて、深く深く口づけていく。

 

何度も何度も互いに満足するまで。

 

「なあ、蒼…」

 

「なんだ…?」

 

「好き…」

 

「俺もだよ…」

 

キスの合間に途切れ途切れに言葉を交わす。

 

「ずっと、待ってるから…」

 

すると、自分と岩沢の境界線が曖昧になってくる。

 

キスをしてる内にまるで溶け合ってしまってるように。

 

「ああ、絶対に迎えに行く…」

 

「「また逢おう」」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

ゆっくりと、目を覚ます。

 

「…またこの夢か」

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価などお待ちしております。

歌詞を使ってはいけないというご指摘を受けまして修正いたしました。

――――のところは頭の中で補完してくださると嬉しいです。

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