Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「…嘘、つくなよ」

俺と岩沢にひさ子と藤巻の四人で昼飯を終えるともう皆集まっているであろう時間になったので校長室に向かった。

 

「神も仏も天使もなし」

 

もう後何回言えるかどうか分からない合言葉を口にして扉を開ける。

 

やはり皆揃っていた。

 

しかし、空気がいやに重苦しかった。

 

「どうしたんだお前ら?」

 

このピリッとした空気の意味が何故なのか読めないので誰にとも言わずに問う。

 

それに答えたのは野田だった。

 

「俺たちはもう消えることにした」

 

「はあ?!何で!?」

 

思いもよらない答えに思わず目を剥く。

 

「ていうか待てよ?たちってことは野田以外にもいるのか?」

 

「はい。私たちは消えようと思っています」

 

野田に代わり答えた高松の方を見てみれば、野田と同じ部屋の左側に立っていた。

 

よく見てみれば音無や日向たちのいる右側と高松と野田たちのいる左側がなにかに仕切られてるようにパックリと割れて、まるで敵対しているように双方が群れをなしていた。

 

恐らく左側が卒業式を待たず消えようとしているグループで右側が残るグループなのだろう。

 

消える側には野田、高松に松下五段、竹山、椎名、TKがいる。

 

右側には、これに俺たち四人とゆりの看病をしている遊佐を除いた残りのメンバーがいた。

 

「ちょっと待てよ!何でいきなりそんな話になってんだよ?!昨日は卒業式に反対なんてしてなかったんだろ!?」

 

「確かにそうだ。反対はしない。が、参加するとも言っていない」

 

「元々俺たちはあの戦いが終わればすぐ消えるつもりでいた。それだけの話だ」

 

「高松は?高松はその間NPCになっていただろ?その間に消える覚悟を決める時間なんて無かったんじゃないのか?」

 

「残念ですが、そのNPCになったことで私は少なからず消える準備が出来たのです」

 

「どういうことだ…?」

 

NPCになった自我の無い状態でそんな心残りが解消されるものなのか?

 

「影に呑まれNPCになっている時、確かに私としての心は有りませんでした。が、それでもNPCになり普通の学生生活を送っていた記憶は今も残っています。そしてそれを体験した私はこういうのも悪くない、と思ってしまっています」

 

「だから、準備が出来ていた…」

 

確かに千里ならそう思えるように戻ったとき記憶だけ残しておく可能性は高い。

 

でも、準備が出来ていたからってそんなにすぐに消えなきゃいけないものなのか?

 

「でも、ゆりが起きる少しの間くらい先延ばしにしたって良いだろ?」

 

「誰が少しの間でゆりっぺさんが起きると言ったのですか?」

 

クイッと眼鏡を上げながら質問を質問で返してくる。

 

だが言われれば確かにそうだ。

 

普通の気絶ならすぐに目を覚ますだろう。だけど、1日経った今でもゆりは眠ったままだ。

 

流石にこのまま目覚めないということは無いだろうが、それでもそれがどの程度の期間に渡るかは誰にも分からない。

 

「ゆりっぺは優しいやつだ。もし目を覚ました時長い時間が経っていて自分が皆の卒業を遅らせたと聞けば罪悪感を感じる。俺はそれが我慢ならん」

 

「…他の皆も同じ気持ちなのか?」

 

そう訊くと、皆一斉にコクリと頷く。

 

「音無たちは良いのか?皆で卒業するんじゃないのか?」

 

「確かに出来ることなら皆でやりたい…けど、今消えたいと言っているやつらを止めることは出来ない…それはお前も昨日言っていたはずだ」

 

「そりゃ、そうだけどよ…」

 

自分で自分の首を締めるってのはこういうことか。

 

けど、コイツらはもういつでも消える準備が出来ているって言っているじゃないか。

 

ゆりはもしかしたらあの時しか無かったかもしれない。

 

…なんてのは言い訳にもならないんだろうな。

 

だけど嫌なんだ。

 

何でなのかは分からないけど、コイツら全員と岩沢たちみたいな深い付き合いをしたわけじゃないけど、それでも最期くらい皆でって思っちまうんだ。

 

「お前たちはもう何も思い残すことはないのか?」

 

何かコイツらの心を動かす方法はないのかと思い悩んでいると、岩沢が唐突に口を開いた。

 

「ああ?」

 

「本当にないのかって訊いてる」

 

野田の凄みにも怯まずに問い重ねる。

 

「無いから消えるって言ってるんだろうが」

 

「あさはかなり」

 

しかし野田たちはにべもなくあっさりとそう答える。

 

「…嘘、つくなよ」

 

「おい、岩沢…」

 

これ以上続けても無意味だと思い、止めようと肩を掴む。

 

が、岩沢はその手を振り払い叫ぶ。

 

「無いわけ無いだろ!あたしたちは何年此処に居る?!長い長い時間此処に居て、たったの1日2日で思い残すことが無いなんてあるわけないだろ!!」

 

「な、にぃ…?!」

 

岩沢の滅多に見せない怒声に野田たちが目に見えて怯む。

 

「あたしはあるよ…もっとガルデモで演奏を続けたかった!もっともっと歌いたかった!それに…ずっと柴崎と一緒に居たかった!!」

 

そして最後の台詞は俺の心にも深々と突き刺さった。

 

そんなに思ってくれることがこの上なく嬉しい。

 

けど、その希望を叶えてやれないことがそれ以上に悔しい。

 

そしてそうしたのは紛れもなくこの俺だという事実が、心を締め付けてくる。

 

「音楽キチのあたしでもこれだけあるんだぞ…なのに本当にお前たちはないのか?」

 

「それは…」

 

この場にいる全員が岩沢の迫力に負けていた。

 

元より反論するつもりもない音無たちでさえも。

 

そして反論するべきである野田たちも口ごもるので精一杯だった。

 

コイツらを止めるなら、今しかチャンスはない。

 

「…俺は最近此処に来たばかりだからお前たちとは全然思うことも感じることも違うと思う。けど、こんな短い時間でも俺だって大事なものが出来た…お前たちにもあるんじゃないのか?最後に一言伝えたい人とか、言葉とか、浸りたい思い出とかさ。あるんだったら、伝える言葉を考えたり、思い出に浸る時間をあと少し作ったって良いじゃないか?」

 

完全に岩沢の台詞に乗っかって、横からかっさらっていく格好になるがこの際構いはしない。

 

どれだけ不格好になっても岩沢が作ったチャンスをものにしたい。

 

「…そうかも知れませんね」

 

「ああ。そこまで言われては、納得せざるを得んな」

 

「I kiss you」

 

「…新人に諭されるとは不覚」

 

「まあ、僕も少しくらいなら待ちますよ」

 

「ふん…下らん。が、貴様らの心意気に免じて三日だけ待ってやる」

 

「皆…」

 

どのくらい俺と岩沢の言葉が響いたのかは分からない。

 

けど、確実に届いた。

 

たったの三日だけど、それでも皆で迎える卒業式の可能性が生まれた。

 

「だったら、皆で準備をしよう。ゆりが目を覚ますまでに!」

 

「いよっしゃぁ!行くぜ野郎共!!」

 

「行くってどこに?!」

 

「大勢で作業するなら食堂だろ!さっさと行くぞぉ!」

 

「待ってくださいよ先輩!!」

 

先頭を切って部屋を出ていった日向とユイ。

 

それに続いて残りの皆も次々と出ていく。

 

俺と岩沢も手を繋いでそれを追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆でもう一般生徒どころか食堂のおばちゃんまで居なくなった食堂で準備に勤しんでいる。

 

NPCたちの居た時じゃ人が多すぎて作業するのに向かなかっただろうが、もう俺たち以外に誰もいない今は最適の場所だった。

 

何か必要になったり足りなくなれば近くに購買があるし、また無駄に品揃えが良いから困ることがない。

 

さっきまで消えると言っていたやつがいるなんて信じられないくらい皆夢中で作業している。

 

俺と岩沢は足りなくなった飾り付け用の折り紙だとかの補充をしたりしていた。

 

そんな中一人で黙々と何かを書いているやつに目が止まった。

 

天使…ではなく立華奏だ。

 

「それ何書いてるんだ?」

 

「卒業証書。まだ見ちゃダメよ」

 

「へーい」

 

見ちゃダメと言われたから大人しく退散するが、卒業証書なんてどれも同じことを書くみたいだしそんなに隠す必要はあるんだろうか?

 

まあ隠したいならいいか。

 

しかしこんな中で一人で作業とは、と思っていると音無が駆け寄っていた。

 

これなら問題なさそうだ。

 

「なあ柴崎」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと抜けていいか?」

 

足りなくなったものの補充を終えて、次の仕事を探そうとした時岩沢が唐突にそう言ってきた。

 

当然、何故かを訊く。

 

「あとどれくらい居られるか分からないからさ、ガルデモで集まって演奏したいんだよ」

 

「そうか、ガルデモか…」

 

そりゃそうだよな。今までずっと一緒にやって来たんだし、やりたいよな。

 

と、頭では納得しているのだが、もうあと少ししかいられないから出来るだけ二人で居たいとどうしても思ってしまう。

 

まあそんなことを思う資格は俺にはないんだろうけど…

 

「じゃあ俺も…「おーい柴崎!一緒に式の進行を考えてくれないか!」

 

でもせめて一緒に居たいと思ったが、途中で言葉をぶった切られる。

 

「ほら、記憶なし男が呼んでるぜ?あたしは気にせず行ってきなよ」

 

「あ、ああ…」

 

「じゃあな」

 

元気に手を振って行ってしまった。

 

…しょうがない。そもそも俺が勝手に決めたことだ。

 

「おーい」

 

「分かった、今行く」

 

切り替えよう。明日だってまだ会えるんだ。

 

今はせめて卒業式が最高の思い出になるように頑張るんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日も皆で協力して急ピッチで卒業式の準備を完成させていく。

 

「おいおい…なんだよこの歌詞は…?」

 

「まだプロトタイプなのだけど、ダメかしら?」

 

卒業式のために校歌の代わりに戦歌を考えたとのことで、それのチェックに俺と岩沢が音無に指名を受けたのだが…ハッキリ言って酷すぎる…

 

なんだか分からんが全体的に横文字が多い上にやたらと痛い。

 

「なぁ、岩沢…」

 

どうしたものかと思い岩沢を見ると、フルフルと身体を震わせていた。

 

ヤバイ…酷すぎて怒ってるのかも…!

 

「ちょっと岩沢…「すっげぇ!!」

 

「…へ?」

 

「ものすごくエッジの利いた歌詞だ…そう、まるで職人が切れ味だけを追究して極限まで薄く研いだ名刀のような!」

 

「本当?」

 

「ああ!今まで出会ったことないぜ!」

 

怒りに震える岩沢を止めようとするが、岩沢の口から発せられたのはまさかの惜しみ無い賛辞の言葉だった。

 

そっちかよ!

 

…ああでも、極限まで薄く研いだら確かに切れ味はいいけど脆いからすぐに折れるな…ある意味間違ってはないのかも…

 

って、そんなこと考える前にまずはこの採用ムードをなんとかしないと。

 

「あー、確かにエッジが利いてるなぁ。でもちょっと利きすぎてる…だからもうちょっと抑え気味に出来ねえか?」

 

極力傷つけないようあからさまな否定の言葉を避ける。

 

「なんで?」

 

「卒業式だぜ?しかもこれは校歌の代わりだ。校歌ってのはもっとこう、ゆるーい感じなんだ。だからもうちょっと抑えてくれないか?」

 

「分かった」

 

了解をもらえてホッと安堵のため息をつく。

 

立華が素直な子で良かった…

 

「あ、柴崎ごめん。今日もちょっと抜ける」

 

「え、あ、ああ…」

 

そそくさと食堂を後にする岩沢を見送った。

 

今日もなのか…

 

「おーい柴崎ぃ、これ体育館に運ぶから手伝ってくんねぇ?」

 

胸にポッカリと穴が空いたような気分になっているところに声をかけられ我に帰る。

 

そうだ。もう野田たちが消えるまで今日と明日しかないんだ。

 

つまり皆で卒業式をするなら明日しかない。なら今日中に準備を終わらせないと。

 

「分かった!」

 

自分で自分を鼓舞して気を取り直す。

 

岩沢が抜けてる分も頑張らねえと!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~疲れたぜ~」

 

「皆お疲れさま。お陰でなんとか間に合った」

 

音無の言葉通り皆が今日中に終わらせようと奮闘した結果、無事に準備を終えることが出来た。

 

これで明日卒業式をすることが出来るようにはなった。

 

あとは…

 

「じゃああとは…ゆりっぺだけか」

 

そう。

 

あとはゆりが目を覚ましさえすれば、卒業式が出来る。

 

遊佐が言うには今日も昨日と変わらずぐっすりと眠っているらしい。

 

それを聞くと、明日もずっと寝てしまうんじゃないかと不安になってくる。

 

だけど信じよう。

 

きっとアイツなら起きるって。

 

「じゃあ皆、また明日。ゆりが起きることを信じて今日はゆっくり休もう」

 

「ああ」

 

音無の言葉で皆解散していく。

 

結局岩沢帰ってこなかったな…

 

…今それを嘆いても仕方ないか。

 

とにかくまだ明日は確実に会える。

 

卒業式になっても、ならなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺たちが集合したのは保健室だった。

 

別にここに集合と決めていたわけでもなく、皆自然とここに足が向いていたらしい。

 

まあ当然といえば当然だ。

 

準備も終わり食堂に行く意味もないし、校長室で集まったところですることもない。ならば最終的にここに来る以外選択肢はないだろう。

 

今日ゆりが起きなければ野田たちが消えるのだから。

 

起きるにしても起きないにしても、ゆりを見守ることしか今日は出来ない。

 

だから皆ここに集まったんだ。

 

「やっぱり寝てる、か…」

 

「…ああ」

 

しかし、やはりゆりは眠りについていた。

 

「…ならば、俺たちはもう行く」

 

「ちょっと待てよ!まだ昼にもなってないぜ?!」

 

「ならいつまで待てと言うのだ?!約束の3日は待った!時間なんぞ決めてはいないが、確かに3日は経っている!ならば潔く消える!」

 

「そりゃ確かに決めてなかったけどよ…」

 

さっさと消えようとする野田を日向が止めようと試みるが、あえなく断られる。

 

「でも、時間を決めてないってことは絶対消えなきゃいけないわけじゃないだろ?」

 

「ぐっ…」

 

そこを音無が上手くフォローを入れる。

 

それでも野田のことだ。意地になって消えようとするかもしれない。

 

なら何か足止めする口実を作らないとダメだ。

 

「じゃあゆりが目覚めるように色々試してみないか?」

 

「試すだと?」

 

「ああ。そうだな…例えば耳元で大声を出してみるとか」

 

「ゆりっぺに危害を加えるのなら切るぞ」

 

「た、例えばの話だって!」

 

適当な案を出すと、ハルバートで喉元をかっ切られてしまうようだ。

 

でも無理矢理起こすタイプの案がダメと言われると、眠っているやつを起こすなんて…

 

そう考えていると、ピンときた。

 

「じゃあ野田。お前ゆりにキスしろ」

 

「ぬ、ぬわにぃぃぃぃ?!な、なぜそんなことをぉ?!」

 

「眠れる姫を起こすには王子様のキス。これは鉄板だろ?」

 

これならゆりに危害はない。

 

…まあある意味甚大な被害は被るかもしれないが。

 

だけどこれならゆりのことが好きな野田は断れないはずだ。

 

男なら、いや人間なら好きな人にキスをしたいのは当然なのだから。

 

こうやって口実を作れば口ではなんと言おうと最終的には断れないはずだ。

 

「そ、そんな寝ている時にキスなど出来ん!!」

 

「バカ野郎!寝てるとかそんなの関係ねえよ!姫が寝てる!王子がいる!ならキスで起こすしかないだろ!」

 

「ぐっ…ぐぐぅ…しかしぃ…!」

 

頭を抱えて悩み出す野田。

 

よし後一押しだ…

 

「あーそっかー、野田は王子じゃないんだなー。なら他の王子にやってもらうしかないかぁー」

 

「そ、それはダメだぁ!!」

 

「じゃあやるんだな?」

 

「し、仕方ない!他のやつには任せられんからな!」

 

チョロいやつだ全く。

 

赤面しながらつかつかとゆりの寝ているベッドに近寄っていく。

 

そして顔をゆりに近づけては離れる。

 

「おーいどーしたー?やっぱ無理かー?代わるかー?」

 

躊躇する野田に後押しの意味を込めてヤジを飛ばす。

 

「う、ううううるさい!黙ってみてろ!」

 

そう怒鳴ってから深呼吸を始める。

 

そうしてやっと落ち着いたのか、ゆっくりとまたゆりに顔を近づける。

 

今度は途中で止まろうとはしない。

 

あと数センチで互いの口が触れあう。

 

というところでうっすらとゆりの目が開いた。

 

それを見て野田が硬直する。

 

バカ…ぼんやりしてる間に退けばいいものを…

 

みるみるうちにゆりの意識が覚醒していく。

 

何故か目の前にキスをしようとしてる野田の顔がある、という謎な状況を飲み込んでいき、顔を赤らめていく。

 

「な、ななななな何をしとるんじゃぁぁぁぁぁ!??」

 

「ぐべらぼっ!」

 

混乱や羞恥が籠った右ストレートが野田の顎を見事に打ち抜いた。

 

野田はその拳の勢いそのままに後ろに倒れる。

 

「な、なにがどうなってるの?!」

 

混乱した様子でがばっと布団を弾き飛ばして起き上がるゆり。

 

「ゆりがずっと寝てたから起こそうとしてキスを」

 

「なんでそうなるのよ!?ワッツ!?ホワーイ?!」

 

「そ、それ俺の口癖…」

 

ごめん日向。心底どうでもいい。

 

「まあとにかく起きて良かったよ。3日も寝てたからもう起きないんじゃないかと心配したぞ」

 

「3日も…?そんなに寝てたの…?いや待って?!その前になんであなたたちまだ居るのよ!?」

 

困惑した様子で次々と質問をしてくるゆり。

 

さすがにあの場面から起きたらいきなりこの状況じゃあ頭もついてこないか。

 

「皆お前を待ってたんだよ」

 

「なんのために?」

 

「卒業」

 

「卒…業…?」

 

「ああ。最後は皆で一緒にと思ってゆりを待ってたんだ。そしたら奏が卒業式をしたことがないって言うからせっかくだしと思ってゆりが目を覚ますまで準備をしてたんだ」

 

「……そう。なんていうかその…ありがと…」

 

モジモジして顔を赤らめているゆりは、なんだかついこの間までのゆりとは少し雰囲気が変わっているように思う。

 

もしかしたら、あの戦いを終えて肩の荷が降りたのかもしれない。

 

「奏ちゃんが卒業式を提案してくれたのね。それもありがとね」

 

「ううん。ほとんど結弦が言ってくれたようなものだもの」

 

「それでも、よ。ありがとう奏ちゃん」

 

「…どういたしまして、ゆり」

 

ニッコリと微笑んだ立華を見て、ゆりは少し驚いたように目を見開いた。

 

「ゆりって読んでくれるのね…」

 

「嫌だった?」

 

「ううん。ちょっと嬉しい」

 

「そう…良かった」

 

長年対立してきたこの二人がこうして笑い合っている。

 

これはきっと、ずっと戦線にいた皆からすると歴史的な瞬間なんじゃないかと思う。

 

皆二人の邪魔をしたくないのか、この瞬間にただただ感動して言葉が出ないのか定かじゃないが、とにかく黙っていた。

 

ここはまだ入りたての俺か音無が声をかけるしか無さそうだが、音無は立華にかなり感情移入しているし声をかけられないだろう。

 

「良い雰囲気のところ悪いけど、理解出来たんならさっさと着替えて行こうぜ」

 

なので俺が渋々声をかける。

 

「行くってどこに?」

 

「卒業式だぜ?体育館に決まってるだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆりの着替えを待ってから全員で体育館に向かう。

 

ぞろぞろと固まって歩く皆は心なしかそわそわしているみたいだった。

 

卒業という特別な行事への緊張感と高揚感が相まっているんだろう。

 

「ふんふんふふーん。ふんふんふふーん」

 

そしてその集団の中で一人だけそわそわではなく目に見えてわくわくしているやつが一人いた。

 

立華だ。

 

この集団の先頭でスキップをして鼻唄まで歌っている。

 

「なぁ、立華のやつMy song歌ってるぞ」

 

「ああ、気に入ってもらえたみたいだな」

 

「お前の歌はやっぱすげえよ」

 

「おいおい何だよ急に?」

 

いきなりの賛辞に照れるような反応を見せる岩沢。

 

「今まで敵だった立華にもお前の歌は届いてる。他のやつじゃ絶対に無理だ」

 

「バッカお前、何でそんな最後みたいなこと言うんだよ?」

 

笑ってそう返してくる岩沢。

 

その顔を見て、最後みたいじゃなくて本当に最後なんだけど、とはさすがに言えなかった。

 

そして思う。

 

もしかして岩沢はまだこれが最後なんだと本当は受け入れられていないんじゃないか?

 

「そうだよな。まず卒業式だ」

 

だけどそんなこと訊けるわけがない。

 

それっぽい言葉で取り繕うことしか出来ない。

 

「ああ、って言ってる間に着いちゃったな」

 

「そうだな」

 

そんな上っ面だけの会話をしているともう体育館が目の前にあった。

 

「ね、ねえ本当に今からやるの?」

 

「当たり前だろ?なんのために着替えたんだよ?」

 

「だ、だって心の準備が…」

 

「ゆりっぺぇぇぇ!不安なら俺が…「遠慮しておくわ」

 

やはりいつものゆりらしからぬ言動をしていたが、野田のおかげでいつものゆりに戻っていた。

 

野田はバカだが、こういう時は意外と使えるのだ。

 

ただ野田の精神は着実に削られていくわけだが。

 

まあ野田のことは一度置いておき、体育館に入っていく。

 

「これ、皆で?」

 

「そうですよぉ!ユイにゃんめっちゃ頑張りました!!」

 

「お前は邪魔しかしてなかっただろーが…」

 

「あーはいはい。見せつけないでムカつくから」

 

さっきまで驚いて輝かせていた目が死んで、シッシと手を振って二人を追い払う。

 

そりゃ好きなやつが他の女とイチャイチャしてるを見たくはないよな。

 

「あはは…まあとにかく卒業式を始めよう!」

 

音無の号令で皆がパイプ椅子に座っていき、卒業式の準備が整う。

 

「開式の辞!これより死んだ世界戦線の卒業式を執り行います!」

 

音無が司会をし、ついに俺たちの卒業式が始まった。

 

 




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次回、最終回です。

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