「起きてください」
昨日の疲れでかなり深く眠りに入っている俺の肩をゆっさゆさとゆらし…
「誰が遊佐ゆっさゆさですか」
「いやそうは言ってないし。ていうか、疲れてるんだからツッコませるなよ」
言いつつ身体を起き上がらせる。
「ツッコミにわざわざツッコむからですよ」
「お前はずっとボケだったよ…」
「だった、ですか」
言われてからハッとする。
無意識に過去形にしてしまっていることに。
「わりぃ、ついな」
「別に謝るようなことじゃ無いでしょう。本当にもうあと少しで終わってしまうんですから」
淡々と何も感じてない風にそう言う遊佐。
そういえばコイツ昨日皆のところに居なかったな。
「お前はどうするんだ?残るのか?」
「ゆりっぺさん次第ですね」
じゃあもしゆりが残るって言ったら遊佐も残るのか…
まあ昨日のゆりの様子だと、もう思い残してることは無い気もするけど…
「そんなに心配しなくても良いですよ。恐らく柴崎さんの思っている通りのはずですから」
「なら良いけどな」
「…柴崎さんは私が此処に残ったら嫌ですか?」
「はぁ?」
質問の意図が読めない。
ていうか、さっきみたいにナチュラルに心読むなら訊かなくても分かるだろうが。
「そりゃ嫌だよ。どうせなら皆でここから卒業して、向こうでもう一回逢いてえに決まってるだろ」
「予想通りの答えですね」
「なら訊くなっての」
それにお前の場合予想通りなんじゃなくて、読んでるだけだろうが。
「でも一番逢いたいのは岩沢さんなんですよね?」
「予想通りの答えで合ってるから言いません。さあ、さっさと着替えて下に行こうぜ。岩沢も待ってるだろうし」
「来てませんでしたよ」
「え?」
「岩沢さん、今日は来てませんでした」
一部の例外を除けば、付き合ってからいつも来ていた岩沢が今日は来てないと言われて思わず聞き返してしまうくらい驚いてしまった。
だが、よく考えてみればそれは別におかしなことじゃない。
第一毎度毎度自分よりも先に起きて待っていろなんて時代錯誤も良いところだ。
今日は昨日の疲れでいつもより長く寝てしまったんだろう。
なら今日は俺が待っておく番だ。
そう思い女子寮に向かった。
「柴崎さん」
そして女子寮前についてしばらくしてから遊佐に声をかけられる。
「なんだ?」
「岩沢さんは女子寮には居ませんよ」
「え?」
「早起きしてどこかに行きました」
「なぜそれを早く言わない?」
「楽しくて」
「俺の時間を返せ!」
「あ、私ゆりっぺさんの看病するのでお別れです」
コイツ弄ぶだけ弄んでさよならかよ!?
まあいい。とにかく女子寮には居ないということが分かった。
なら次に向かうのはあそこしかないか。
そう思いいつもの空き教室に向かう。
卒業式の準備をしに校長室に向かったという考えもなくはなかったが、早起きして行っても恐らくアイツらはまだ集まってないだろうと思い候補からは外した。
此処に居られるのはあと少し。
そんな状況で岩沢がわざわざ早起きして向かうとしたら、あの空き教室しかない。
そしてその予想は的中だった。
空き教室に一人きり、真ん中に置いてある椅子に座って作詞をしていた。
ガラガラとドアを開けて岩沢に近寄る。
「ようまさみ。精が出るな。そういや新曲作ってたもんな」
「…………………」
返事がない。
まあ作詞や作曲をしている時はいつもこうだしな。
気づくまで構わず話しかけとくか。
「今日は随分早起きだったみたいだな。いつもなら入江が一番に来て練習してるのに」
「…………………」
まだ返事はない。
そういえば、いつもは作業してる時口を尖らせるのに今日はしてないな。
まあそういう時もあるか。
「まあ入江は今頃大山と居るのかもな。入江だけじゃなくてひさ子も関根もユイも。…もうあとどれくらい此処に居られるか分からないし、ライブも出来るか――「ふざけるな!!」
さっきまでまるで俺の話に反応してなかった岩沢が急に立ち上がって声を荒げた。
その反動で椅子は派手な音を立てて倒れる。
「まさみ…?」
「あとどれくらい居られるか分からない?ライブも出来るかどうか?ああ、確かにそうだな…昨日蒼が卒業するって言ったもんな!」
目尻に涙を浮かばせながら睨み付けられる。
「何で勝手に決めるんだ!?昨日千里ってやつの所に行くとき言ってたじゃないか!それが終わったらずっと一緒だって!なのに…「ど、どうしたんだ岩沢?」
尚も怒りが収まらず言い募っていると、声が聴こえて走ってきたのか、息を乱したひさ子とその後ろに藤巻がドアのところに立っていた。
「……っ!」
それを見た岩沢は逃げるように走り去った。
…なんて馬鹿なことしてんだ俺は…!
「おい柴崎!岩沢に何かしたのか!?」
すぐさま追いかけようとするが呼び止められてしまう。
そりゃそうだ。岩沢があんなに怒りを露にすることなんて滅多にない。
「…ああ。約束破っちまった」
「約束?」
「約束したのに、色んなことで頭が一杯になって岩沢の気持ちを忘れてた…だから追いかける!」
「は?!ちょ、柴崎?!」
一方的に捲し立てたからひさ子が戸惑うのも無理はない。
けど今は説明してる時間も惜しい。
俺は教室を飛び出した。
「やっぱここか」
ひさ子に呼び止められたわずかな時間で岩沢の姿を見失ったが、なんとなくここじゃないかと思っていた。
屋上。
初めて岩沢と話して、それからも何かと縁があるこの場所。
初めて話した時はまだここで寝ようと思えるくらいには暖かかったのに、もうすっかり冷たくなった風が吹きすさんでいる。
柵にもたれ掛かる格好でこちらを見ている。
「何しに来たんだよ」
「決まってるだろ。謝りにだ」
「そんな自信満々で言うことじゃないだろ」
別に自信満々なわけじゃない。
やるべきことがこれしか無いから、迷いがないからそう見えるだけだ。
「ごめん。ずっと一緒って言ったのに、何も言わずに決めちまってごめん」
「…謝られたら何も言えなくなるだろ。そんなのずるいぞ…」
「そりゃそうだよな…じゃあ理由を聞いてくれ。なんで俺が卒業することに決めたのか」
「……………」
沈黙を了解の意味だと受けとる。
そして昨日千里が話したことを全て話す。
アイツがAngel Playerを作ったこと、アイツの彼女が消えてしまったこと、そしてそれを経験した千里が卒業した方が良いと言っていたこと。
「だからさ、卒業するべきなんだってそればっかり考えてて…」
「…それは分かったよ。けど、来世があったとしても本当に逢えるのか…?あたしたちの記憶は残ってるのか…?もし消えてたら…」
「でも此処に居たらどっちかは先に消えちまう…そしたらそれこそ本当にお別れだ…」
「分かってる!…だから蒼が決めたって言うのは分かってるんだ…」
柵にもたれて立っていた身体をずるずると柵に引きずらせながら座り込む。
体育座りのような体勢になって膝で顔を隠す。
「でも、嫌だ…!」
無理矢理喉から絞り出したようなか細い声。
「怖いんだ…」
「…何が?」
「離れるのが怖い…逢えなくなるのが怖い…好きすぎて、どうしようもないくらい…でも一番怖いのはそんなに好きだったことも忘れるのが怖い…」
未だすっぽりと顔を埋めたまま話し続ける。
今どんな顔をしているのか容易に想像がつく。
泣きじゃくった子供みたいに顔をくしゃくしゃにしているんだろう。
「…俺も怖いよ」
「………………」
「俺もまさみが好きで、大好きでたまらない。こんな風に思ったこと生きてる頃にはなかった…まさみもそうだろ?」
「………………」
コクリと顔が埋まっているから分かりづらいがどうやら頷いたらしい。
「だよな。だから余計に怖いのかもな…なぁ、顔上げてくれないか?」
「………………」
上げるかどうか迷っているのか、顔が少し見えそうになっては下げ、また上げかけては下げる。
その動作を何度か繰り返し、ようやく妥協点を見つけたのか、少し膝を自分の方に寄せて目から下の部分を隠しながら顔を上げる。
やはり泣いていた。
目の周りは紅くなってしまっているし、まだ涙も止まっていない。
痛々しくて見ていられない。
「まさみ…パンツ見えてる」
なのでとりあえずさっきから気になっていたことを指摘する。
目だけを見せる格好になるために膝を上げたから足の間からチラチラと見えてしまってる。
「えぇぇ?!嘘!?」
指摘されてがばっと立ち上がりながらスカートをグイッと下に引っ張る。
「薄めの赤」
「ばっちり見るなよバカ!」
「目が良いもんで」
ったく、と言いながらもう見えるわけがないのにまだスカートの裾を引っ張ってる。
「でもこれでようやく顔上げたな」
「あっ…」
「おっと、さっきの体勢になったらまた見えるぞ」
また座り込もうとする岩沢に先手を打つ。
「勝手に決めたのは本当に俺がバカだっただけだ。言い訳なんて出来ない。だけどさ、千里に来世のことを言われてちょっと想像しちまったんだよ」
「…何を?」
「生まれ変わって、この作られた世界じゃなくて本物の世界で、まさみと出逢って、また好きになって普通に付き合ってさ…最後には結婚出来たらきっと幸せなんだろうなって」
言われて岩沢は驚いたように目を見開く。
きっと怖さばかりが際立って、この可能性に気づけなかったんだろう。
「此処でも結婚はしようと思えば出来るよ?でもさ、そうじゃなくて本当の結婚をしたい…それで、幸せな家庭ってのを作りたいなってつい思っちまった。気が逸っちまったんだ」
「あたしなんかにそんなもの作れると思うか?…あたしは幸せな家庭なんて知らない」
「俺も知らないよ。だからこそ、今度こそ作りたいんだ。まさみと…だから、俺と一緒に次に進んでくれないか?」
「…逢えなかったら?生まれ変わって記憶がない状態だったら逢えないだろ!逢えなかったらそんなの無理じゃないか!!」
確かに生まれ変わって今の俺たちの記憶があるなんて虫の良い話もないだろう。
「それでも、俺がまさみを見つける!此処で出逢った記憶が無くても、この眼で見つけ出す!!」
「…バーカ。生まれ変わったら眼も普通になるだろうが」
「うっ…その時はその時だ!そうなったらその時の俺の全部をかけて探す!」
「記憶がないのに?」
「ああ!」
「眼だって普通になってるのに?」
「ああ!!」
「本当にバカだな…」
「バカ上等だ!お前にまた逢えるならアホでもマヌケでも…」
吠えるように捲し立てる俺を止めるようにがばっと抱きついてくる。
非力なはずなのに、痛いくらいに抱き締められる。
「まさみ?」
「あたしも逢いたい!向こうで逢いたい!本物の結婚がしたい!幸せになりたい…!」
ありったけの力を込めて抱き締めていたが、ふっとその締め付けが弱くなる。
「でも今も捨てたくないんだよ…」
「はぁ…バカだな」
「何だと?!」
「今を捨てるわけじゃねえだろ。今があるから向こうで逢うんだ。今を糧に出来るから次に行くんだよ」
「ん…そっか…」
無駄じゃないんだな…と呟いて俺の胸に頭を預ける。
「分かったよ。卒業しよう、一緒に」
「ああ、ありがとう」
まだ俺に体重を預けて胸にうずめたままの頭をポンポンと叩く。
「あーあ。ったく、めんどくさい女になっちまったな。誰かさんのせいで」
「俺がもらうんだから別にいいだろ。それにそのくらいめんどくさくないとすぐに男が寄ってくるじゃねえか」
「独占欲か?」
からかうように俺の顔を下から覗き込んでくる。
「ああ。出来れば俺一人のものにしたいところだな」
俺もやり返すように顔を近づけて見つめ返す。
「あたしにはファンが待ってるしなぁ」
「俺よりファンのが上なのか?」
「いいや、蒼が一番だよ」
「あっさり言ってくれるな本当に…」
色々可愛すぎて我慢出来なくなりそうだ。
痛々しい程に紅くなっている目の周りでさえ愛おしい。
加えて顔を近づけたせいで岩沢の匂いが強く感じられる。
「まさみ…」
「ん、ちょっと…」
顎に手を添えてクイッと顔を上げさせる。
我慢が利かずキスだけ、キスだけと自分に言い聞かせながら顔を近づけた瞬間、ギイィと音がした。
「あの~お二人さん…?」
「ったく、心配して損したぜ…」
「あっ…」
音がした扉の方を見ると、ひさ子と藤巻が呆れ返ったような視線を送っていた。
「血相変えて出ていったから気になって探したってのに、結局イチャイチャしてるだけかよ…」
「ち、違う!ちゃんと喧嘩もした!」
「で、結果キスしますってなんだそりゃあ…」
「つーか喧嘩してたのか?」
「いやまあ喧嘩っていうか何ていうか…」
完全に俺が悪いし、喧嘩と言っていいのかどうか。
「まあずっと喧嘩してるより良いけどよ」
「あたしとそ…柴崎がずっと喧嘩するわけないだろ!」
「そ、ねぇ~。いつの間にか下の名前で呼んじゃってるわけかぁ~」
「し、しまった!」
「隠す必要とかねえんじゃねえのかぁ?ほれほれ、蒼って言ってみな?」
「う…言えるわけないだろ!こっちだってようやく二人の時に照れずに呼べるようになってきたところなんだ!」
「別に恥ずかしいことじゃないだろうに」
乙女だねぇ全く、とニヤニヤしたままわざとらしく嘆息する。
「もうそろそろ許してやってくれないか?」
「いじめてるわけじゃねえんだけどな」
いや完全にいじめるの楽しんでるじゃねえか。というツッコミは心の内に押し留めておこう。
言ったら何倍にもなって返ってきそうだ。
「ほら、もういい時間だし飯でも食って校長室に行こうぜ。そしたら皆も集まってる頃だろ」
「それもそうだな」
「ったく、卒業式とかたりぃな」
「たるいとか言ってんなよ。さあ行くぞ」
めんどくさそうに頭を掻く藤巻の手を引っ張って、さっさと扉から校舎に入っていくひさ子。
「俺たちも行こう」
「ああ」
岩沢の手を引いて俺たちもその後を追う。
こうして一緒に居られるのも、あと少し。
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