Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

46 / 53
今日で1話を投稿してからちょうど1年になります。
あと数話で完結するお話ですが、どうか最後までお付き合いください。


「あたしは柴崎のが一番心に響いたよ」

「柴崎さん」

 

眠っていると、いつもと同じように上から声をかけられた。

 

「う…ん…あと5分~…」

 

「そんな使い古された台詞を言わないでください」

 

「痛っ!え、ちょっ…なんだよ?!」

 

何が気に障ったのか定かではないがいきなり頭を叩かれてしまった。

 

いつも暴言や毒舌、あげくの果てには嘲笑と攻撃的な面が目立つ遊佐だが実は暴力を受けたことが無かった。

 

それだけに驚きを隠せない。

 

「私は怒っています」

 

俺の問いへの答えはそれだけ。

 

「いやそれは見ればわかる。つーか、叩かれたら分かる。俺が訊いてんのは何で怒ってるのかだよ」

 

「何故音無さんと天使の件を私に話してくださらなかったのですか?」

 

さらっと当然のように言われて思わずぎょっとする。

 

「お前、気づいて…?」

 

「当たり前です。急にプロレスやサッカーをし始めたらおかしいに決まっています」

 

そりゃ確かにおかしいな…

 

「まあ、真意に気づいたのは日向さんのプロポーズがあったからですが。それでもおかしいことには気づいていました」

 

「なら、なんで何にも言わなかったんだ?」

 

遊佐のことだから異変があったなら音無たちに何か言ってもおかしくないし、ゆりに報告だってするだろうに。

 

「柴崎さんが音無さんたちのことを見ていたのに気づいていたからですよ」

 

「俺?」

 

「そうですよ。柴崎さんが側で見ているのが分かったので、何か音無さんがやろうとしているのなら、私に言ってくれると思っていました。特に、今回のような事例ならば」

 

「それは…悪かった」

 

確かに俺の仕事は通信士で、それはつまり異変があったら報告をしなきゃいけないってことだ。

 

それを破った罪は大きい。

 

「けどさ、今回だけは言えなかったんだよ。報告したらゆりに伝わっちまう…それだけは避けたかったんだよ」

 

「…何で信じてくれないんですか?」

 

「え?」

 

「柴崎さんが言わないでくれって言ってくださったなら私は…私は黙っていたのに…」

 

その台詞は、あまりにも意外すぎた。

 

こういう言い方をするのは遊佐に失礼かもしれないが、俺は遊佐のことを仕事が第一なのだと思っていた。

 

なにかあればゆりに報告する。

 

そのことは破ることのない絶対的な、ある種の不文律のようなものだと思っていた。

 

だから今回のことも黙っていた。

 

「柴崎さんが信じるに足る理由があったのなら、私もそれを信じました…だって、私は…ずっと一緒に仕事をしてきたじゃないですか…」

 

でも、今遊佐はそう言ってくれている。

 

見当違いもいいところだろう。

 

コイツはこんなに信じてくれたのに、俺は信じてやれてなかった。

 

…なんてバカなんだよ、俺は。

 

「…ごめん。そんな風に言ってくれると思わなかったからさ。何を言っても言い訳にしかならないだろうから、とりあえず約束する。今度こんなことがあったら絶対遊佐にも言うよ」

 

「…足りません」

 

「えぇ?!」

 

結構いい台詞だったと思ったのに…

 

「じゃあどうすればいいんだ?…土下座か?」

 

「違いますよ」

 

「じゃあなんだったらいいんだよ?」

 

土下座以上って何?もしかして死ぬとか?いやでもこの世界じゃ死ねないぞ。

 

…そうか分かったぞ!死ねないことを利用して永遠の苦痛を味わわせるつもりか!

 

「…では、1つだけなんでもお願いをきいてくれるということで手を打ちます」

 

と、こちらが色んな可能性を考えていると、予想を遥かに下回る答えが返ってきた。

 

それぐらいなら大丈夫だよな…いや待てよ。もしかしたらそのお願いってのがものすごく辛いものかもしれない!

 

「で、出来る範囲なら…」

 

そんなことを考えてしまいえらく返事が及び腰になってしまった。

 

「…あの、柴崎さんの中の私のイメージは一体どうなってるんですか…?」

 

まずい心を読まれた?!折檻される!

 

「いやしませんよ。だから何なんですかそのイメージ」

 

「し、しないのか…?」

 

「逆に何故そんな想像に至ったのか甚だ疑問です」

 

「だってなんかすげえ怒ってたから…」

 

普段出さない手まで出てきたからこれはかなりキレてるんだとばかり思っていた。

 

「確かに怒ってますけど…大事な…友人にそんなことしません。…ただ今後このようなことがないよう躾るためにお願いをきいてもらうという形を取ろうとしただけです」

 

「ん、お、おう…」

 

後半がえらく早口になっていて聞き取りづらかったが、とりあえずそんなに怖がる必要がないということだけは分かった。

 

「分かった。分かりましたよ。そのお願いとやら、何でもきいて見せますよ」

 

「…言いましたね?」

 

「まっかせなさい」

 

「はい。言質とったー」

 

「やっぱりなんかヤバイことさせるつもりですよねぇ?!」

 

さらっと言質という普段使わなさそうな言葉を使われて焦る様が面白かったのか、ふわりとした微笑みを浮かべる遊佐。

 

「それは、その時のお楽しみですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話を終えた後、俺と岩沢はゆりの下に向かった。

 

理由は遊佐から呼び出しがあったと伝えられたからだ。

 

「まあ用件は言わなくても分かってるわよね?」

 

「日向のことか?」

 

「違うわよ!ていうか何でそれを知ってんのよごらぁ!?」

 

「いや何でって…あ、それよりも違うなら何の用なんだ?」

 

「今はそれよりもそっちの方が重要なのよ!!」

 

まさかの話を振ってきたゆりの方から本筋から遠ざかっていっている。

 

話を逸らすために言ったけどまさかここまで効果があるとは…なんか悪いことしちゃったな…

 

「日向が口を滑らした」

 

「あのくそバカやんよ殺す…!」

 

ここに居ない日向に向けて怨念がこもったドスの利いた声を出している。

 

口から呪詛が出ているように錯覚するくらい怖い。

 

「えーと、じゃあ俺たちはこれで…」

 

「待たんかい!」

 

何故関西弁?と疑問に思いながらも、はいと言って動きを止める。

 

下手をしたら殺されかねん…

 

「本題がまだよ!あなた、音無くんが何をしようとしてたか知ってたのよね?」

 

「何のことだか」

 

「そういう白々しい台詞を吐く時点でもう犯人確定なのよ?」

 

ただしフィクションではね。と付け足すゆり。

 

どうせこのままシラを切ったっところで何の意味もないか…

 

ふぅ、と一息吐いてから口を開く。

 

「遊佐から聞いたのか?」

 

「それは肯定と受け取ってもいいのかしら?」

 

「どっちでもいいよ」

 

俺のつれない態度に満足してないのか、不服そうにあ、そう。と返してくる。

 

「まあね。なんだかちょっと不機嫌そうに報告してきてたわよ」

 

「知ってますよ…」

 

今朝ちょうどその件でキレられましたからねぇ…

 

「岩沢さんも音無くんがやろうとしてたことは知ってたの?」

 

と、やや唐突に話の蚊帳の外にいた岩沢に話を振る。

 

「ああ。柴崎から聞いてた」

 

「それでも音無くんの味方を?」

 

「勘違いするな。あたしは柴崎の味方だ」

 

「あっそ。なにこれ?新手のツンデレなの?」

 

「俺に訊くな…」

 

ていうかツンデレになってないし、最初の勘違いするなだけじゃん共通点。

 

「まあいいわ。で、何で音無くんの味方をしたのかしら?」

 

「いや俺も別に音無の味方をしたわけじゃないんだ。ただそういう考え方もあるんだって納得しただけで」

 

「そういう考え方って?」

 

「それは俺の口からは言えない。聞きたいなら音無に訊いてくれ」

 

「それもそうね」

 

そう言うとすぐに何かマイクのようなもののスイッチを入れた。

 

「生徒会長の立華奏さん。至急生徒会室に来てください」

 

これをもう一度繰り返し、スイッチを切る。

 

「天使を呼んでどうするんだ?」

 

「バレたくないなら音無くんも来るでしょ。ついでに彼に味方する人もね」

 

「なるほど」

 

「あ、あなたたちはもう帰ってもいいわよ」

 

「さいですか」

 

お言葉に甘えて帰ろうとしたとき、あ、ちょっと待って。と呼び止められる。

 

「あなたは結局誰の味方なの?」

 

「岩沢だけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆりからの事情聴取を終えて俺たちはいつもの空き教室に向かった。

 

そして教室に入ると案の定ユイのレベルアップの為に練習に励んでいた。

 

「あれ、今日は男俺だけか?」

 

最近はいつも大山だったり直井だったりと俺以外の男が一人は居たのに今日は俺だけらしい。

 

そして俺の言葉を聞いて音を止める。

 

「直井くんは音無くんに用があるんだって~」

 

「ああなるほど」

 

多分音無を手伝うことにしたんだな。

 

「日向もか?」

 

「どうもそうみたいっすよ~。出来たばかりの彼女を放って男の方に行きやがりましたよ~」

 

「束縛してたらすぐに振られるぞ?」

 

「んなわけないじゃないっすか!ちょ~ラブラブですよウチは!!」

 

「そりゃまだ1日目でラブラブじゃなかったらもう終わりだろ」

 

キンキンやかましいユイをシッシッと手振りで追いやると、うわーん岩沢先輩。と言って岩沢にダイブしていった。

 

しかも抱きついたままこちらにニヤリと嫌味ったらしい笑みを向けてきやがった。

 

別に羨ましくねえし。ユイの顔の位置がちょうど岩沢の胸だとか全然気にしてねえし。

 

「おいおいそんな涙目になってんなよ…」

 

ひさ子が呆れたような声をかけてくる。

 

「うるせえ泣いてねえよ!!」

 

「めちゃくちゃ泣いてるよ…」

 

くそ…俺なんてまだ手しか触ったことないんだぞ…!

 

しかも岩沢すげえピュアだからキスすらし辛いんだぞ!!

 

「この気持ちが分かるか!!」

 

「分からねえから落ち着け」

 

「あいだだだだだだだ!!」

 

錯乱状態の俺に呆れたひさ子がコブラツイストをかけてくる。

 

か、関節が…砕ける…!

 

「おいひさ子」

 

「あん?」

 

「柴崎を今すぐ離せ」

 

「え、お、おう」

 

謎の迫力を醸し出している岩沢のおかげで俺の関節粉砕の危機が免れた。

 

「岩沢ぁ…」

 

ありがとうと言いかけたところでドン!と大きな音がした。

 

ん?

 

岩沢が壁に手をつき、壁と岩沢の間に俺がいた。

 

これは…俗に言う壁ドン?!

 

「岩沢…さん?」

 

この姿勢のまま一言も発さない岩沢に思わずさんを付けてしまう。

 

「さっき技きめられてた時背中に胸が当たっててラッキーと思ってただろ!?」

 

「えぇぇぇぇぇぇ?!」

 

何故そんな発想に?!

 

確かに位置的にひさ子の豊満な胸が背中に当たる位置だったかもしれないけど、痛みでそんなこと感じる暇も無かったんだが。

 

そんなことを思っている俺には目もくれず更に岩沢は言い重ねてくる

 

「確かにあたしはひさ子ほど胸がないけど…一般的なくらいはあるはずだぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って岩沢さん!?」

 

俺の声が届いていないのかまるで制止せずむしろドンドン距離を詰めてくる。

 

に、匂いが…

 

ふわりと香ってきた匂いでさっきの言葉を思い出してしまう。

 

『胸がないけど…一般的なくらいはあるはずだぞ!』

 

つい視線を顔から胸の辺りに移してしまう。

 

確かにそんなに小さいわけではないよな…って俺は何を考えてんだ?!

 

「柴崎もやっぱり男だし、大きい方が良いのか?!」

 

「はぁ?!」

 

俺が煩悩に負けかけてる間にドンドン話が変な方向に進んでいっている。

 

ていうか岩沢そんなこと気にしてたのか?!

 

「やっぱり大きいのがいいのか!あたしのじゃ不満なのか!?」

 

「岩沢さん!揉めば大きくなるらしいですよ!」

 

「も、揉む…?」

 

「関根こら!余計なこと言うなバカ!」

 

「揉むって肩を揉むみたいに揉むのか?」

 

余計な入り知恵のせいでまた変な方向に話が脱線していく。

 

手を胸の方にゆっくりと持っていく。

 

「すみません間違えました。揉まれると大きくなるらしいです」

 

「揉まれる…柴崎!」

 

「関根てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!!」

 

パンッ!

 

あともう少しその音が遅ければここでは語れない状況になっていたかもしれない。

 

しかしその音は鳴り響いた。

 

明らかに発砲音だった。

 

「何が?!」

 

岩沢を丁寧に引き剥がしてから教室を飛び出す。

 

そして廊下からグラウンドを見下ろす。

 

「なんだ、あれ…?」

 

見下ろした先には野田やTKなど数人の戦線メンバーがいた。

 

それだけならこんなに驚きはしないだろう。

 

発砲音だって、相手が天使だったなら驚きはしない。

 

――――影

 

一言で例えるならそう言わざるを得ない物体だった。

 

いや、そもそも物体なのかも怪しい。

 

なにか黒い霧状のものだった。

 

「なんなんだよあれ…」

 

「生き物なの…?」

 

俺の後に続いて出てきたひさ子たちも俺と似たような感想を抱いたようだ。

 

それくらい、誰が見ても同じ疑問を覚えてしまうくらい圧倒的に形容出来ない存在だった。

 

俺たちが茫然と見入ってしまっていると、その元凶の元へ突っ込んでいく人影が見えた。

 

「あれは…天使か!」

 

影の集団に果敢に突っ込んでいき、次々と霧散させていく。

 

でも、あの人数じゃいくら天使といっても足りない…

 

加勢に行きたいが、俺が加勢に行ってもしここにあれが出たら…

 

そう考えていると、またも影に向かって行くやつがいた。

 

ゆりだ。

 

ゆりも持ち前の戦闘力を活かして影を消滅させていく。

 

しかし、一瞬の隙をつかれて足首を掴まれる。

 

「危ない!」

 

無意味と分かっていても叫んでしまった。

 

くそ、ライフルがあったら…

 

と、思ったその時ゆりの足首を掴んでいた影の手のような部分が弾けた。

 

「音無!」

 

どうやら音無も助っ人に駆けつけたようだ。

 

更にその後ろから日向と直井もやってきた。

 

これだけいれば影も…

 

ホッと安堵しかけた時に、またも信じられない光景を目の当たりにする。

 

皆と影との戦闘を遠巻きに見ていたNPCが影に変貌したのだ。

 

「何が起きてる…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘はその後数十分続き、最後の影を野田が切り払ったところでようやく決着がついた。

 

ここに影が出るんじゃないかという心配も杞憂に終わり、とりあえず被害者は出なかったみたいだ。

 

「なんだったの、あれ?」

 

「分からない…」

 

1つ分かったことはNPCが影になったということだけ。

 

影にやられたら何が起きるのかすら分からない。

 

そしてそれについては知りたくもない。

 

「とにかく、ひとまずあいつらはいなくなったみたいだし、教室に戻ろう」

 

「そ、そうだね」

 

と、とにかく落ち着くために腰を落とそうとした時に無線が入ってきた。

 

「どうした?」

 

『高松さんがやられました』

 

「はぁ?!」

 

突然突きつけられた言葉に脳が追い付いてこない。

 

『影に呑み込まれるところを大山さんが目撃したようです』

 

「呑み込まれっ…それってどういう…?!」

 

『情報が不十分なのでこれ以上お伝え出来ることはありません。とにかく何か分かるまで単独行動は控えてください。それをガルデモの皆さんにもお伝えください』

 

「…分かった」

 

用件を伝え終えるとプツリと通信が途切れる。

 

高松が呑み込まれた…?いやそもそも呑み込まれるってなんなんだ…?

 

分かったと言いつつまるで状況が飲み込めない。

 

だけどいつまでも一人で混乱してるわけにもいかない。

 

とりあえずさっき遊佐に言われた通りガルデモの皆に起きたことと単独行動を取らないようにということを伝えた。

 

そしてそれに真っ先に反応したのは入江だった。

 

「大山さんは無事なの?!」

 

いつもの大人しい雰囲気など消し飛ぶほど声を張り上げる。

 

「落ち着け。大山からこの報告があったらしいから無事なのは保証出来る」

 

「そ、そうだよね。ごめん」

 

「いや、しょうがねえよ。こんな状況で冷静でいろってのが無理な相談だ」

 

このイレギュラーすぎる事態で戸惑っているのだろう。

 

無理もない。こんなわけの分からないことが起きているときに大切な人と側にいれず、しかもその問題のすぐ近くにそいつが居たというのだから。

 

俺が入江の立場なら一目散に飛び出しているだろう。

 

「とりあえず皆と合流しなきゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてゆり達戦闘を終えた面々と合流したのだが、結局問題の解決については進展することなく、解散になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、当然対策を考えなければいけないため校長室に集合ということになっていた。

 

だが何故か野田が来ていなかった。

 

「まさかやられたか?」

 

「縁起でもないこと言うなよ」

 

「いやでもアイツギルドの時も真っ先にやられてたしよぉ」

 

「…確かに。なんか不安になってきた」

 

と、藤巻と野田が聞けば間違いなく怒るであろう会話をしていると、ものすごい勢いで扉が開けられた。

 

そしてそこには息を切らして肩で息をしている野田の姿が。

 

「皆!高松が、高松が居た!」

 

「どこに?!」

 

かなり衝撃的な内容で、他の皆は驚くことしか出来ていなかった中、ゆりが真っ先に要点を訊く。

 

「A棟の教室だ!案内する!」

 

「皆、行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野田に先導してもらい、着いた教室はこの学校にありふれている至って普通の教室だった。

 

「ここにいんのか?」

 

日向の疑問も分からなくはない。

 

生き残っていたのならこんなところに居る理由がないからだ。

 

「まさか授業を受けるつもりじゃねえだろうな」

 

「話してみれば分かることよ」

 

言いつつ扉を開ける。

 

中に入りキョロキョロと教室内を見渡すと、すぐに見つかった。

 

のだが

 

「高松!何やってんだこんな所で?!しかもNPCの制服なんて着やがって!」

 

「はい?何って授業を受けるのですが?」

 

「はぁ?」

 

何かがおかしかった。

 

元々高松は敬語で話すタイプだが、何かが違う。

 

うまくは言えないが、まるで知らない相手と話してるような距離感を感じる。

 

「何言ってんだ!消えるぞ!!」

 

「消える?」

 

首を傾げるその仕草からはコイツ何を言ってるんだ?と言っているようだった。

 

だが、目には生気というか、意思のようなものは感じない。

 

これは…

 

「もういいわ。行きましょ」

 

「え、いや…でも!」

 

食い下がろうとする日向だがそれを無視してさっさと教室を去るゆり。

 

後ろ髪を引かれながらも皆それに続く。

 

「大山さん…行きましょう」

 

「……うん」

 

大山はやはり助けられなかったことを悔いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室を出て突き当たりの階段で止まり、ゆりが話し出す。

 

「今の問答で十分よ。何が起こったのか分かったわ。彼、NPCになっちゃったのよ」

 

さらっと言ってのけるが、その台詞はあまりにも重い意味を持っていた。

 

当然皆の間に衝撃が走る。

 

「NPCに?!そんなことありえるのか?!」

 

にわかに信じられない話だが、確かにさっきの人間味のない雰囲気はNPCに近い、というかそのもののような風だった。

 

「そんな…それって死ぬよか酷くねえ?!永遠にかよ…!永遠に此処に閉じ込められちまったのかよ!なんだよそりゃ!?くそっ!」

 

ガスッ!と手近にある壁を殴る。

 

「先輩…」

 

「いてぇ…!」

 

壁を殴った日向の気持ちも分かる。

 

それほどまでに今回起きたことは酷い。

 

それもついこの間消える幸せというものを実感した人間からすれば、余計に高松の身に起きたことの酷さが分かる。

 

自分の未練すら、解消出来ないんだ。

 

「これじゃまだ天使に消された方がマシじゃねえか…」

 

おそらく何の気なしに言ったであろう藤巻の言葉がやけに頭に響いた。

 

そして何を思ったのかゆりはいきなり無線機を取りだした。

 

「遊佐さん。至急戦線メンバーに連絡。体育館に集合」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺たちは訳も聞かされず体育館に連れられた。

 

「ゆりのやつ何のつもりなんだろうな?」

 

「さぁ…ただ、良い話では無さそうだ」

 

戦線メンバー全員に召集をかけるなんて、ただ事じゃない。

 

まあ今起きてることを考えたら当たり前なんだが。

 

「皆集まったわね」

 

集合が終わったのを確認し、そう切り出すと、ゆりは今この世界に起きていることを話し出した。

 

それを知らされていなかったやつらは動揺し、ざわめく。

 

そして一通り説明を終えた。

 

しかしまだゆりは口を止めなかった。

 

「さて、こうした危機に瀕する中、この死んだ世界戦線に別の思想を持つ者達が現れ、新たな道に導こうとしている。その道は現在のこの世界における危機回避の1つの選択肢になり得る」

 

その台詞に一同はさらにざわめく。

 

そしてその話は俺たちも無関心ではいられなかった。

 

「柴崎。それって」

 

「ああ。アイツしかいないだろ」

 

「なのでその道の代表として、音無くん。堂々とその想いをここで語ってもらえるかしら」

 

ゆりの台詞を聞いて全員が音無の方を振り向く。

 

思わぬ展開にぎょっとしている音無の背中を日向が何か言葉をかけながら押す。

 

すると音無はゆっくりと皆の前に移動し、すぅっと1度深呼吸をしてから語り始める。

 

自分の人生が報われたものだったこと。

 

その時の満たされた気持ちを皆にも知ってほしいということ。

 

そして、そのために自分は協力は惜しまないということも。

 

「そんなキレイごとあってたまるか!」

 

「そうよ!この世界でそんなことありえるわけない!」

 

しかし、返ってきた答えはこれだった。

 

当然といえばそれは当然なのだと思う。

 

今反発した人達は、俺や音無なんかよりもよっぽど早くこの世界に来ていて、永遠とも思える長い時間、自分の過去を抱えてきたはずなのだから。

 

「あったんだよ」

 

でも、それを分かってくれるやつもいる。

 

日向がユイと一緒に音無の下に歩み寄る。

 

「ユイはそれを見つけた。訳あって消えはしなかったけど、もう陰惨な過去を振り払った」

 

「そうです!ひなっち先輩はあたしに言ってくれました!どんなあたしもあたしなんだって…だから、もうあたしは報われました!あ、消えなかったのはぁ、もっと先輩と居たかった~みたいな!」

 

最後の一言はいらなかったと思うけど、反発ムードを拭うにはこれ以上ないものだった。

 

「僕もです」

 

そしてそれに続くように直井も音無の下に集まる。

 

「僕は神ですが。それでも、音無さんと柴崎さん。このお二人が、僕に人の心を取り戻させてくれた。たった一言かけてくれた…労いの言葉で。そして教えてくれた…仲間というものを」

 

直井の言葉を聞いて皆が俺の方に視線を集めてくる。

 

おいおい…そんなこと言ったら俺も何か言わなきゃ駄目みたいになるだろうが…

 

「あー、俺も…いや、俺は別に音無たちに全面的に賛成ってわけじゃない。けど、消えるってのは悪いことだけじゃないのは俺も体験した。少なくともNPCになるよりは未練を振り切って消える…っていうのは響きが悪いな。…卒業するのも、ありだと俺は思う」

 

かなりしどろもどろになって、自分でも何が言いたいのか分からなかったけど、言い切った。

 

隣を見ると、岩沢が微笑んでいた。

 

「頑張ったな」

 

「大分たどたどしかったけどな」

 

「あたしは柴崎のが一番心に響いたよ」

 

「そりゃどうもご贔屓感謝だな」

 

流石に一番はあり得ない。

 

他のやつらの方が何を伝えたいのかハッキリしていたのだから。

 

それでも、岩沢の一番になれたのなら悪くはないと思えた。

 

「どの道を選ぶかは皆の判断に任せるわ」

 

話を全て聞き終わり、ゆりはそう告げる。

 

「ゆりっぺは?ゆりっぺはどうするんだ!?」

 

「あたし?あたしはいつだって勝手だったし、あなたたちを守れやしないし、あたしがしたいようにするだけよ」

 

あえて突き放したような言い方をしたのは、きっと自分の選択に着いてきてしまう者たちがいることがわかっていたからだろう。

 

おそらくゆりはそれを嫌ったのだ。

 

「じゃあ今日は解散よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆりの号令を聞いてポツリポツリと皆が体育館を後にしていく中、俺と岩沢は残っていた。

 

いや、それは俺と岩沢だけでなく、ガルデモのメンバー全員と藤巻、大山といういつものメンバーが動かずにいた。

 

考えることは一緒なのかもしれない。

 

「柴崎さん」

 

「柴崎」

 

さあ皆のところに行くかと思ったその時、後ろから声をかけられる。

 

相手は直井と日向だった。

 

「どうした?」

 

「あの、他の人がいると言いにくいんですよ…この愚民とか、そこの女とか」

 

「言い方が悪い」

 

「痛い!」

 

とりあえず叱るべきところは叱っておく。

 

でもまあ言いにくいのなら仕方がないので、先に皆のところに行っておいてくれと岩沢に言う。

 

そして岩沢が離れたところで日向から口を開く。

 

「俺ユイに着いといてやりてえんだけどさ、音無とかゆりっぺのこともあるから今は居てやれないんだ」

 

「そうか。なるほど」

 

「だからまあ多分ユイのことだしヘソ曲げるだろうからさ、なんとか後から来るって言っといてくんね?」

 

「そりゃ良いけど…なんで直接言わねえんだ?」

 

直接言った方が早いだろうに。

 

「俺から言ったらこっちの方に着いてきちまうかもだろ?それは嫌なんだよ。アイツは頑張ってガルデモに入ったんだから、こういう時はガルデモとして居てほしいんだよ」

 

「そういうことなら了解だ。行ってきてくれ」

 

「悪いな」

 

そう言い残して日向は体育館から出ていった。

 

「で?お前はどうした?」

 

「あのですね…何と言いますか…」

 

「なんだよ?」

 

「ちょっと、聞こえると嫌なので耳を貸してもらえますか?」

 

「まあ良いけど」

 

俺より背の低い直井のため、少し膝を曲げて耳を貸す。

 

「――――――と言っておいてください」

 

その言葉を聞いて思わず相好を崩す。

 

「わかった。伝えとく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして皆が居なくなり、ようやく話を始める。

 

「皆はどうする?」

 

切り出したのは俺だった。

 

「あれ?!ていうかひなっち先輩は?!皆さん彼氏さんが居るのにあたしだけ居ないんですけど!」

 

日向の言う通り案の定騒ぎ出すユイ。

 

「日向なら後で来るって言ってたよ。自分で直接言ったら着いてきそうだから俺に伝えてくれだと」

 

そう言われた通りに伝えるとニンマリと満足そうな笑みを浮かべる。

 

「ふふーん。ひなっち先輩分かってるじゃないですかぁ~。なら我慢しましょうそうしましょう!!」

 

「うるせえ。つか話の腰折るなよな…」

 

えー、話を戻すぞ。と言ってからもう一度訊く。

 

「皆はどうする?」

 

「僕は…僕は残る」

 

一番に答えたのは大山だった。

 

「高松くんを助けられなかった…僕は野田くんに助けてもらったのに…!そんな僕が消えるなんて出来ないよ!」

 

「大山…」

 

こんな時でもまだ高松の事を気にしていたのか。

 

聞いた話ではもう大山が見つけた時は助けることは無理な状況だったらしい。

 

それなのにまだ自分を責めているなんて、呆れるほど優しいやつだ。

 

「でも、こんな我儘に入江さんを巻き込めない…僕じゃ力不足で守ることも出来ないし…だから入江さんは僕に気にせず先に…「ふざけないでください!!」

 

入江は我慢の限界だという風に叫んで大山の言葉を遮った。

 

そしてキッと大山を睨み付ける。

 

「あたしは大山さんと一緒に居たいです!危険だとか守れないとかそんなの知りません!それにそんなことを我儘だなんて思いません!だから、あたしは絶対に大山さんに着いていきます!!」

 

「入江さん…うん。ゴメンね」

 

「分かってくれたなら良いです」

 

「うん。今度は絶対に守るから」

 

「じゃあお前ら二人は残るんだな。他は?」

 

「あたしたちも残るよ」

 

そう答えたのはひさ子だった。

 

「あんなわけの分かんねえやつらのせいで消えるとかまっぴらごめんだ」

 

「そういうこと。あたしならそこまで足手まといにもならないし」

 

あっけらかんとそう言うが、それはすごいことなんだがなぁ…

 

「まあ予想通りだな。次、ユイはまあ残るよな」

 

「はい!ひなっち先輩を置いてはいけませんから!」

 

「じゃあ次、関根は?」

 

「あたし?んー、あはは…」

 

指名されて、少し考えてから困ったように笑い出す。

 

「あたしは他の皆みたいに守ってくれる人も居ないし…足手まといにしかならないから消えよう、かな?」

 

「そんなしおりん!」

 

「しょうがないよ。皆の負担になりたくないもん」

 

平気ぶって笑ってみせる関根。

 

でもこれも予想通りだ。

 

「それなんだが関根。1つ伝言を頼まれてる」

 

「伝言?」

 

「ああ、直井が『残りたいなら残れ。面倒くらいなら僕が見てやる』だそうだ」

 

そう。さっき直井に耳打ちされたのはこれだった。

 

この台詞を聞いて顔が綻んだのも無理もないだろう。

 

あの自分のことしか考えてなかった直井が関根のために動くと言ったんだ。

 

ある種子供の成長を見た親のような気分だった。

 

「本当…?」

 

「こんな嘘ついて後でバレたら面倒くさいだろ」

 

「そっか…そうだよね…」

 

うんうんとひとしきり頷いてから顔を上げる。

 

「あたし残る!直井くんに面倒みてもらうもんね!」

 

「OK。なら全員残るってことだな」

 

「お前らも残るのかよ」

 

「当たり前だ。消えてたまるかよ」

 

「ちょっとでも長く柴崎と居たい。それだけだ」

 

結局、皆同じ気持ちだったらしい。

 

こうなると聞くだけ野暮だったかもしれないな。

 

一段落つくと、ふと頭によぎる。

 

「遊佐はどうするんだろうな?」

 

ガルデモの大ファンだった遊佐のことを思い出す。

 

「残りますよ」

 

「うわぁ!いつから居た?!」

 

「実は最初から」

 

「なら隠れず最初から出てきとけよ!」

 

急に後ろから話しかけられる身にもなってほしい。

 

心臓が飛び出るかと思った。

 

「私は通信士です。最後までゆりっぺさんにお仕えします」

 

「そっか。でも大丈夫なのか?影に襲われたら…」

 

「何言ってるんですか。私だって戦線です。護身術くらい身につけてますよ。…ねえ大山さん」

 

「そ、そうだね」

 

何故そこで大山なのかは分からなかったけど、とにかく大丈夫らしい。

 

「なら、絶対に皆で生き残ろう。消えるならあの影をまとめて消してからだ」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

決戦になるであろう明日へ気合いを入れるために掛け声をかける。

 

皆ならきっと生き残れる。

 

なぜかそう確信出来た。

 

そして、何故かふと思った。

 

こんな危機の中、あいつは…千里は何故現れないのか、と。

 

いつもなら現れるはずのこの場面で。

 

それが少し気になった。

 

 

 

 




感想、評価お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。