Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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2話連続投稿2話目です。


「やっべぇ…はは、これ結構辛いのな」

翌日、グラウンドに向かうと既にユイと音無はグラウンドで野球をしていた。

 

ここに来る前にガルデモの皆に昨日のことを話していて少し遅くなったのもあるのだろうが。

 

結局ガルデモの皆は話を聞くと『ユイが良いと思うならそうしてやってくれ』と言ってくれた。

 

本当に仲間思いな奴らだ。

 

「で、今日は日向と話すんだろ?どうするの?」

 

「ここで待ってれば来ると思うし、ちょっと待ってよう」

 

昨日でっち上げた適当な嘘で結局日向は野球に交ざれていないし、多分その内今日もやってるか確認してくるはずだ。

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

「昨日の蒼の言葉、すごく嬉しかった」

 

「昨日の?」

 

「ああ、あの『止めるよ。絶対離れたくないからな』ってやつ」

 

ぶふっ、とかなり唐突な岩沢の台詞に盛大に吹き出してしまう。

 

「あたしも、絶っっ対蒼と離れたくない。ずっとずっと、それこそ永遠にこうやって一緒に居たい」

 

なんの照れもなく真っ直ぐな視線をこちらに送りながらそう語る岩沢。

 

なんでこういうのは恥ずかしげもなく言ってくるんだよこの人は…

 

「そりゃ…お互い良かったな」

 

「うん。めちゃくちゃ幸せだ。これ以上はありえないくらい、すごく…本当、怖いくらい幸せだ」

 

「怖い?」

 

「だってさ、生きてる時はこんな幸せ考えたこともなかったし。…だから、いつか壊れないか、すごく怖いよ…大事過ぎて怖い」

 

そうやって何かに祈るみたいに額辺りで両手を握る。

 

そしてその手は小刻みに震えていた。

 

俺はその手の上から更に自分の手で覆う。

 

そしてコツン、と俺も額をその手に当てる。

 

「大丈夫だから。何があっても守るから、側にいるから。頼まれたって離れてやらねえから。だから、安心して。な?」

 

その言葉がどれくらい届いたのかは俺には分からないけど、震えていた手はピタリと止まっていた。

 

「…約束だからな?」

 

「分かってるよ」

 

「…あのさ、良い雰囲気のとこ悪いんだけどこんな所でお前ら何やってるわけ?」

 

「…なんだ日向か。取り込み中だから邪魔だ」

 

全く、今の状況見てなんで声をかけられるか不思議でしょうがねえよ。このKYめ。

 

「ちょいちょいちょい!何その扱い?!つーか何その俺が悪いみたいな目線?!Why?!」

 

あー、うるせえな…

 

「どう考えてもお前が悪いだろ。見ろよ岩沢の顔、真っ赤じゃねえか」

 

「お前がこの状況でも手を離さんからだろうが!?」

 

「いや、そうじゃなくて可愛いだろ?」

 

「今何故その感想を聞こうとしたぁ?!Why?!」

 

いやそれじゃ何故って言った後にもう一回何故って言っちゃってるし。

 

「ちょっと柴崎、それよりも話しなきゃダメだろ?」

 

「ああ、そうだったな。日向、ちょっと時間あるか?」

 

「ああ別にいいぜ~…って、まずは手を離せよ!手を!!」

 

「うわ…ノリツッコミとか…マジでやる奴いるんだな…」

 

「引くなよ!」

 

という冗談はそろそろ本気で日向が可哀想になってきたのでやめることにしよう。

 

それに、大事な話の前に帰られてしまったら元も子もないし。

 

「とりあえず、場所移そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってグラウンドから少し離れたベンチの置いてある広場まで移動した。

 

さて、どう切り出したものか…

 

直球で訊くわけにいかないし、やはりここはワンクッション置いておくのがいいか。

 

「昨日、ゆりとなに話したんだ?」

 

もちろんこれの答えは何もなかっただろうし、さらに言えばなんで嘘をついたのか問い詰められるだろう。

 

しかし、それこそが俺の本題に持っていくための布石だ。

 

何故かと訊かれた後に、ボカしながらユイのことを訊いていく。これが俺の作戦だ。

 

だが、そんな作戦は早くも崩れ去ってしまう。

 

「なにって…」

 

「なんだ?煮えきらないな」

 

おかしい。ここはいつもの日向なら『なんにも無かったんですけど?!なんでお前あんな嘘ついたんだよ!?Why?!』と即答してくるはずなのに。

 

「そりゃそうだろ…んな簡単に言えるようなことじゃねえっつーの」

 

「え?なに?マジでなにかあったの?」

 

「はぁ?お前が呼んでるって言うから行ったんだからそりゃあるに決まってんだろ」

 

あれ?確かに適当に言ったはずなのになんでこうなってるの?Why?あ、やべ、伝染った…

 

とにかくここは方向転換してなんとか話を本題に戻さないと。

 

「ま、まあ言いにくいことだったんなら良いさ。言いにくいことは誰にだってある」

 

「んで、わざわざ場所変えてまで聞きたかったのはそれか?ならもう戻ろうぜ。俺も野球に交ざりてえし」

 

「いや!違うんだよ。本当に訊きたいのはだな…」

 

言いかけてから逡巡する。

 

こんな急にこれを訊くのは明らかにおかしい…下手したらすぐにバレちまう…

 

けど、ここで言わなきゃ日向は音無たちの所に行っちまう…

 

腹を決めるしかないか…

 

「ユイのことどう思ってる?」

 

「はぁ?!…お前もそれかよ。ったく、ゆりっぺと言いお前と言い、なんだっつーんだよ」

 

ゆり?ゆりもこれを訊いたのか?

 

もしかして音無たちのこと、ゆりにもバレてるのか?

 

「ていうか、急にそんなこと訊くってことはやっぱりお前知ってたんだろ?!」

 

「な、なにが?」

 

日向のものすごい剣幕に押され、1歩2歩と後ずさる。

 

「ゆりっぺが俺のこと好きだってことだよ!」

 

「はぁぁぁあ?!」

 

「え、嘘?マジで知らなかったのか…?やっべ!ゆりっぺに殺される!!」

 

日向は日向で頭を抱えているけどこっちはそれどころじゃない。

 

なんでこんなことになってる?適当にゆりの方に向かわせただけでなんでそんなことになってんの?

 

つーかあのリーダー様はなにやってんですか?!

 

「いや、落ち着け日向。もちろん知ってたよ。ゆりがお前のことが好きなのはな」

 

「え?本当か?!良かったー!」

 

嘘です。ごめんなさい。ついでにゆりもごめんなさい。

 

「ん?いやでもそしたらなんでお前あんなに驚いてたわけ?」

 

「…サプライズ」

 

「どっちかっつーとお前がサプライズ食らってたみたいだったけど」

 

「細かいこと気にすんな。とにかく俺は知ってたし、それも含めてのあの質問だった。それ以上でもそれ以下でもない。分かったか?」

 

このままいくとすぐにボロが出そうなので、とにかく無理矢理納得させる。

 

「で、ユイのことどう思ってる?」

 

「どうって…面白いやつだよ。一緒にいて楽しいし、まあ時々生意気なのはムカつくけどな」

 

そういうこと訊いてるんじゃねえんだよ。

 

そんなのは分かってるはずだ。なのに分からないふりもしてるのは、そういう意味だろ?

 

「女として好きかどうか訊いてんだよ」

 

「だから、なんでそんなこと…」

 

「あたしが訊いてくれって頼んだんだ。ユイはガルデモの一員だから気になって」

 

ナイス岩沢。

 

これでとりあえずの大義名分は出来た。

 

あとはそれで日向がおとなしく答えてくれるか。

 

「…あーもー!つーか、そんな質問してる時点で本当は俺がどう思ってるかなんてどーせ分かってんだろ?!好きだよ!ユイが好きだからゆりっぺも断った!!どうだこれで満足か!?」

 

一息にまくし立ててぜーはーと息を切らしながら日向そう答えてくれた。

 

「大切か?」

 

「はあ?なにが?」

 

「ユイが大切か?」

 

「当たり前だっての。そんなもん」

 

「なら、もしユイが満足して消えそうになってたらお前はどうする?」

 

「は…?」

 

日向は質問の意図が分からないという風に口を開く。

 

「なに言ってんだよ?ユイが消えるって…?」

 

「だからもしかしての話だよ。…ほら、俺も岩沢が消えかけたの体験してるから、気になっただけだ」

 

苦し紛れの言い訳が意外にも効果を発揮したみたいで、なんだよ驚かせんなよな、とようやく強ばっていた肩がほぐれていた。

 

「で、お前ならどうする?」

 

「考えたことも無かったな…そんなの」

 

そう言って、空を見上げる。

 

その目はこの空を見ているようで、何かまるで違うものを見ているようだった。

 

「満足して…か」

 

そのままポツリとそう漏らした。

 

そしてくしゃりとした笑顔を浮かべ

 

「なら、見送ってやんなきゃな」

 

と、言った。

 

こんな例えばの話、言ってしまえば単なる世間話の一貫で、本当のところどこまでその状況を思い浮かべたのかは分からない。

 

だけど俺は素直にこう思う。

 

…お前はすごいな。本当、尊敬するよ。

 

こんな風に相手のことを心の底から想って発言出来るやつは他に知らない。

 

…俺は、こんなやつにこんな濁した言い方で大事な事を済ましてしまっていいのか?

 

「柴崎。本当のこと話そう」

 

まるで俺の心の中を見抜いているかのようなタイミングで岩沢はそう言ってきた。

 

そうだよな。こいつならユイをちゃんと送り出してくれる。

 

「日向。ちょっと付いてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を例のグラウンドに再度移す。

 

もう夕日が沈みかけていた。

 

しかしまだ音無とユイは野球を続けていた。

 

「どうしたんだよ?」

 

いきなり違う場所に連れていかれたかと思えば次は元の場所に戻され、いい加減何がなんだか混乱してきてるようだ。

 

「実はさ、さっきの話はただの例え話じゃなかったんだ」

 

「なに?もっと分かりやすく言ってくれねえと俺頭悪いから分かんねえよ」

 

「だから…ユイが消えるってのは、本当のことなんだ」

 

そう告げると、途端に日向は目をカッと見開いた。

 

そして拳をギュッと握りしめる。

 

「どういう、ことだ?」

 

「話せば長くなる」

 

「いいから話せよ!」

 

「……分かった」

 

俺だって、そのつもりで連れてきたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数十分後、これで今日何度目かという説明を終えた。

 

俯く日向の表情はこちらからは窺えない。

 

「…それで、さっきの質問だったのか…?」

 

「…ああ」

 

短い肯定の言葉だけを返す。

 

「日向!柴崎は別にお前を騙そうとしたわけじゃないんだ!それに―「岩沢」

 

俺の代わりに何か言い訳をしてくれようとした岩沢に首を横に振ることで止めさせる。

 

グダグダと言い訳をしたりはしない。殴って気が済むのなら殴られたって構わない。

 

そのくらいの覚悟は出来てる。

 

「…ユイは消えんのか?」

 

「…満足すれば、多分な」

 

「………はぁ。そっか。そーだよな。それは…俺も知ってる」

 

そう言って、さっき質問した時のように空を見上げる。

 

そこでようやく理解する。

 

日向は1度球技大会で消えかけていた。

 

自身の未練であるセカンドフライをその手に納めようとしたあの瞬間、確かに消えそうになっていた。

 

いや、本来あそこで消えていたはずだった。

 

今消えるか否かのところに立っているユイにその捕球が妨害されていなければ。

 

きっと日向はその時のことを思い出していたんだ。

 

「日向…」

 

「俺は止めねえよ。ユイが消えても良いって思えるなら、それはそうするべきなんだ」

 

それはきっと自分に言い聞かせる意味も含んでいたと思う。

 

日向はより一層拳に力を込める。

 

そしてその固く握られた拳とは正反対の柔らかい笑みを浮かべる。

 

「やっべぇ…はは、これ結構辛いのな」

 

そんな弱々しい言葉をかき消すように音無の声が響く。

 

「もう暗くなってきたし、今日は終わろう!また明日だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昨日言っていた通り音無とユイはまたグラウンドで野球を始めていた。

 

そのグラウンドのフェンスの外には藪に隠れるように日向がひっそりと佇んでいた。

 

俺たちが来るよりもよっぽど早くここに来ていたんだろう。

 

アイツは今何を思ってるんだろうか。

 

刻一刻と近づいているかもしれない最愛の人の消滅と、その蚊帳の外にいる自分。

 

「日向はすごいよな」

 

俺はついそう漏らしてしまう。

 

「うん」

 

岩沢もそれに律儀に返事をしてくれる。

 

「俺ならきっと飛び出しちまうよ。きっと最初は手伝うつもりで、けど事が進んでいったら多分耐えられなくなって、邪魔しちまう」

 

「あたしもだよ。多分日向も同じだと思う。それを耐えるために、あそこから動かない。でしょ?」

 

「……そうかもな」

 

だとしたらそれはどれだけ苦痛なことなんだろう。

 

耐えるためにどんな思いをしなきゃいけないんだろう。

 

やっぱり黙っておくべきだったんじゃないだろうか。

 

疑問は尽きない。

 

けれど、今さら戻ることは出来ない。

 

なら、俺たちに出来るのはきっと見届けることだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も落ちかけてきた頃、ユイの動きに変化が起きた。

 

先ほどまでは飛ばないなりにも音無の投げる球にバットを当てることが出来ていたユイのスイングが掠りもしなくなった。

 

それどころか、目に見えてスイングのスピードもキレも悪くなっている。

 

どこかを傷めているのは明白だった。

 

「おい、どこか傷めてるのか?!」

 

異変に気付いた音無は血相を変えてユイに駆け寄る。

 

「大丈夫ー!」

 

「いいから見せろって!あー…お前、これいつから?」

 

ユイの手を取って手のひらを確認してのその台詞から見て、おそらく豆が潰れたとかその辺りだろう。

 

「平気だよ!ちょ~っと痛いだけだもん!」

 

「駄目だ。今日は終わりにしよう」

 

「そっかぁ…じゃあ、もういいやこの夢は」

 

「え…?」

 

「所詮無理な夢だったんだよ。なんでこんなに付き合ってくれたの?」

 

「それは…お前が叶えたかった夢だろ!最後まで頑張れよ!」

 

バットを肩に担いでケラケラと愉快そうな笑みをたたえているユイ。

 

「ホームランが打てなくてもさ、こんな風に身体を動かして、毎日が部活みたいですっごく楽しかった!」

 

心中は察せないが、どうにも嘘をついてる風にも見えない。

 

だけど、丸っきりの本音のようにも見えなかった。

 

「じゃあ、全部叶ったのか?」

 

「なにが?」

 

「夢だよ」

 

その言葉を聞いて、一瞬の間が空いた。

 

「もういっこあるよ」

 

そしてユイはその間を感じさせないほど自然にそう言う。

 

「何?」

 

「結婚」

 

即答だった。

 

さっきの間をここで挽回しようとでもいうかのようにすぐさま答えていた。

 

そしてその答えを聞いて音無はピタリと動きを止めた。

 

「女の究極の幸せ…でも家事も洗濯も出来ない、それどころか一人じゃなんにも出来ない迷惑ばかりかけてるこんなお荷物…誰が貰ってくれるかな…?」

 

ユイのそれは問いかけてる風で、しかし決して答えなど期待してはいなかった。

 

「神様って酷いよね…あたしの幸せ、全部奪っていったんだ」

 

俺はユイの過去を知らない。

 

何故動けないのか、何故お荷物なのか、そんなことは分からない。

 

けれど、何故か痛いほどにユイの感情が、未練が伝わってくる。

 

それほどに強い言葉だった。

 

「そんなこと……ない…」

 

その強い言葉とは対照的に弱々しく尻すぼみな音無の言葉。

 

だけど、音無を責めることは出来やしない。

 

あの言葉をかけられて、まともに言葉を返せる人間の方が圧倒的に少ないだろう。

 

「じゃあ先輩、あたしと結婚してくれますか?」

 

声色こそ平静さを装ってはいたが、そのギラリとした力強い視線からは若干の敵意を感じるほどだ。

 

地雷を踏んでしまったのだろう。

 

言葉こそ疑問系ではあったが、その言葉は『どうせ出来やしない』と言ってるように聞こえた。

 

「それは……」

 

言い淀んでしまう音無。

 

きっと頭の中では最良の答えを探して必死になっているはずだ。

 

なにか続けなければというように口を開こうとしたその時

 

「俺がしてやんよ!」

 

突如として誰かが割って入った。

 

いや、この状況で入ってくる奴が誰かなんて見なくても分かる。

 

「先、輩…?」

 

日向はグラウンドの入口の金網を開けて、そこからじっとユイの方を見つめている。

 

「俺が結婚してやんよ!これが…俺の本気だ」

 

戸惑うユイにさらに畳み掛けるように繰り返す。

 

俺は本気でお前を想っているのだと。

 

「そんな…先輩は本当のあたしを知らないもん…」

 

しかし、おそらく長年抱いてきたのであろうそのコンプレックスによって易々と日向の言葉を鵜呑みには出来ないようだ。

 

顔は俯いている。目を合わせようとしない。

 

しかしそれでも日向は続ける。

 

「現実が…生きてた頃のお前がどんなでも、俺が結婚してやんよ!」

 

「ユイ、歩けないよ…?立てないよ…?「どんなハンデでもっつったろ!!」

 

まだ自身のトラウマと日向の言葉の間で揺れているユイに日向は言葉を被せるようにして黙らせる。

 

ついに、ユイの顔が上がった。

 

二人の視線が交差する。

 

それを見て日向は先ほどまでの厳しい顔つきから、いつものような優しい笑顔に戻り、ユイの下に歩み寄っていく。

 

「歩けなくても立てなくても、もし子供が産めなくても…それでも俺が結婚してやんよ!……ずっとずっと、側にいてやんよ」

 

言い終わる頃には二人の間に距離は無くなっていた。

 

手を少し前に出せば触れられる距離。

 

だけど、二人は手を伸ばさない。

 

触れない。

 

何故かは、きっと二人にしか解らない。

 

「ここで逢ったお前はユイの偽者じゃない。ユイだ。どこで出逢っていたとしても、俺は好きになってたはずだ。また60億分の1の確率で出逢えたら、そん時もまた、お前が動けない身体だったとしても…お前と結婚してやんよ」

 

「出逢えないよ…ユイ、寝たきりだもん…」

 

日向の言葉はきっと慰めだとかそんな類のものだ。けれど、決して嘘ではない。

 

そしてユイもそれを分かってる。だけど否定する。それはいつもの二人のじゃれ合いと、どこか似ていた。

 

日向もそれを感じたのかもしれない。ニコリと1度笑って語り始める。

 

その口調はいつもと変わらない、あのお調子者のようでしかし確実にそれとは違うものだった。

 

「俺、野球やってるからさ、ある日お前ん家の窓、パリンッて割っちまうんだ。それを取りに行くとさ、お前がいるんだ。それが出逢い……話するとさ、気が合ってさ、いつしか毎日通うようになる。介護も始める。そういうのはどうだ?」

 

日向の語るその物語は、もちろんあり得ないものだ。

 

けれど、何故か二人の姿が自然と脳裏に浮かんでくる。

 

ユイの寝ているベットの横に日向は腰かけていて、なんだかんだと他愛もない話をしては盛り上がる。

 

ユイのお母さんはそれを見てとても嬉しそうに微笑む。

 

そんな情景が。

 

「うん…ねえ、その時はさ、あたしをいつも一人でさ、頑張って介護してくれたあたしのお母さん…楽にしてあげてね…?」

 

それも、心残りの1つだったのかもしれない。

 

これを解消してしまえば、もう消えてしまうかもしれない。

 

「任せろ」

 

しかし日向に迷いは無くて、間髪いれずにそう答える。

 

ユイはそれを聞いて目尻に涙を浮かべた。

 

「よかった…」

 

そして―――

 

「……………………」

 

そして―――――――――

 

「……………………………………」

 

「おい、どうなってんだ?」

 

「さ、さあ?」

 

堪らず日向がそう訊くが、ユイ本人もよく事態が飲み込めていないみたいだ。

 

「まさみ、これどういうことだ?」

 

「分かんないけど、消えないってことは満足してないんじゃない?」

 

満足していない…

 

「とにかく、俺たちも日向たちのところに行こう」

 

そう言って岩沢の手を引いて日向たちに駆け寄る。

 

「日向」

 

「お、おう柴崎。これってどうなってんだ?ユイの心残りってのはこれで全部消えたんじゃ?」

 

「え?え?柴崎先輩に岩沢さんまで?なに?なに?どうなってんすか?!」

 

とりあえず今はユイの質問は置いておいて日向にさっき出した結論を告げる。

 

「それなんだけど、多分まだ何か満足していないことがあるんだと思う」

 

「はぁ?いやでもさっきユイは満足そうにしてたし…」

 

「そうなんだけどそれ以外思い付かないし…」

 

「こらぁ!あたしを無視すんなぁ!なんでお二人がここに?!ていうか満足ってなんじゃぁぁ!?」

 

うーんと首を捻っていると、ギャーギャーと騒いでいたユイが本格的に絡んできた。

 

「話すと長くなるしパス。音無に聞け」

 

「先輩!」

 

「えぇ?!俺か?!」

 

急にお鉢が回ってきた音無は、それでも丁寧にユイに今に至る一部始終を話した。

 

「ってことはなんですか?!あたしを消そうとしてたんっすか!?」

 

「いやそうじゃなくてただ満足してもらおうと…」

 

「酷いですよ!…はっ!ということはつまり日向先輩のさっきのも全部あたしを消すための嘘…?」

 

話を聞いて余計に混乱したユイはあろうことか最悪の結論に思考が向かっていってしまっている。

 

「違う!それだけは絶対にありえねえ!」

 

「でも…じゃあなんで先輩はこんな事に手を貸してたんですか?!」

 

「そんなの決まってんだろ…!お前が好きで、好きで好きで堪らねえから満足して消えられるんなら俺が見送ってやりてえって、そう思ったんだよ!」

 

再度唐突にされた告白にユイは紅くなってたじろぐが、まだ納得いかないように噛みつく。

 

「そんなの信用出来ません!証拠もないし、嘘かもしれないじゃないですか!」

 

「だったら…!」

 

さっきはあれほどお互いに触れようとしなかったのに日向がユイの腕を掴んでグイッと引き寄せて、口づけた。

 

「これが証拠だ!文句あっか?!」

 

自分でやっておいて顔を真っ赤にしている日向。

 

「……は、いぃぃ…」

 

「あ、あれ?!ユイ?!」

 

日向が腕を放し、返事をしたかと思えばフラリと身が傾いでそのまま倒れてしまった。

 

「疲れてしまっただけよ。それと…ちょっと刺激が強かっただけ」

 

「奏!」

 

こいつもどこかに身を隠していたのだろう。どこからか天使がふらっと現れた。

 

「なあ、なんでユイは消えなかったんだ?」

 

丁度良かったので、疑問に思ったことを投げ掛ける。

 

「単純に、これ以上を望んだんじゃないかしら」

 

「これ以上って……」

 

さっき日向がしたことを思い出してみよう。

 

求婚、その後キス。

 

とりあえず交際をすっ飛ばしているのは求婚で補うとして、キスのさらに上となると…それはつまり………

 

「「「………………………」」」

 

重苦しい沈黙が流れた。

 

「どうしたの皆?」

 

しかしうちの歌姫様はどうもピンと来ていないらしい。

 

ピュア過ぎてまともに顔が見られない。

 

「……帰ろうか」

 

「…ああ。そうしよう」

 

その日は、それで解散になった。

 

「あ、日向はちゃんとユイを看といてやれよ?」

 

「マジ、かよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺が結婚してやんよ!』

 

窓の外からそんな声が聴こえてきた。

 

馬鹿みたいな語尾しちゃって…こんな大事な時に。

 

そう思って、笑みを浮かべたけど、目からはなにか塩辛い水滴が流れていく。

 

まったく、昨日の分だけじゃ足りないっての…?

 

もうこれ以上なく腫れている目の周り。

 

拭うと痛い。

 

けど拭わずにいられなかった。

 

だって負けた気分になる。

 

あんな馬鹿に負けるなんてあたしのプライドにかけて許せない。

 

だから力いっぱい擦ってやる。

 

「いった~…」

 

めちゃくちゃ痛い…

 

なんだか別のことでまた涙が出てきた…

 

「何やってんだか…」

 

勝手に感傷的になって、勝手に勝負して、とんだピエロね。

 

『ゆりっぺさん』

 

と、思考がネガティブな方に進んでいこうとした時、無線機から通信が入る。

 

「なあに?」

 

それを手にとってなにもなかったかのように応答する。

 

『失恋おめでとうございます』

 

思わずずっこけた。

 

関西生まれでもないのになんでこんなリアクション取らなきゃいけないのよ!

 

「あなたねえ…」

 

『冗談ですよ』

 

「冗談にしては中々人の傷口を抉ってくるわよね」

 

『おや、失恋は否定しないのですか?』

 

そう言われて言葉に詰まる。

 

まあだけど…

 

「そうね…これでまだ言い訳出来るくらい図々しければ良かったかもね」

 

『私も…似たようなものです』

 

「あら、あなたこそ珍しいわね。そんなことを言うなんて」

 

遊佐さんが本音を漏らすというのは付き合いが長いけどすごく貴重なことだ。

 

『別に、気兼ねする必要も無いですしね。イジられればイジり返しますから』

 

意地悪な笑みを浮かべているのが目に浮かんでくる。

 

まったく、良い性格してるわ。

 

「それで?あなたの事だし、まさか本当にあたし失恋をお祝いするためだけに連絡してきたわけじゃないんでしょう?」

 

あたしがそう言うと、無線機の向こうから『はい』と声色がはっきりと変えて肯定の返事をしてきた。

 

彼女も仕事モードに切り替わったようだ。

 

『実は先ほど大山さんが影に襲われました』

 

「影?なにそれ、もう少し具体的に言ってくれないかしら?」

 

『いえ、これ以上具体的に伝えることは不可能です。確かにあれは影としか形容の出来ないものでした』

 

「影…」

 

他の誰かが言うのならまだしも彼女がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。

 

なら影に襲われるって…?

 

『大山さんはたまたま通りかかった野田さんに助けられ事なきを得ました。ですが』

 

「もし野田くんが通りかからなかったら、ね」

 

『はい』

 

「了解。報告ありがとうね」

 

『これが仕事ですので。では失礼します』

 

プツリと通信が途切れた。

 

部屋が静けさに包み込まれる。

 

「何が起こってる…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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