今日は少し久々にガルデモの練習を見学しに来ている。
…のだが
「ストーップ!ユイ!お前何回言えば分かるんだ?!ギターも歌もヨレヨレだっつってんだろ!」
「ひぃぃぃ!で、でもでも、ライブではちゃんと受けたじゃないですかぁ!」
「そんなの初めてだったからだ!このままじゃその内実力がバレて飽きられるぞ!」
「そんなぁ~…」
と、こんな風にユイへの駄目だしが連続して中々進んでいない。
ちなみに今練習しているのはShine daysという曲で、ユイによる初の作詞作曲らしい。
ユイの曲は岩沢とはまた違った良さがあって、この曲もかなり人気が出そうなんだが、いかんせんどうにもユイの実力が足りていないらしい。
らしい、というのは音楽に詳しくない俺にはよく違いが分からないからだ。
「そんなにダメなのか?素人にはよくわかんねーけど」
「だよね。ギターもよくあんなに早く指動くなぁ~って思うし」
きっと俺と同じ感想だったんだろう。一緒に見ていた藤巻と大山が口々に意見していた。
「ほらほらぁ~!ひさ子さんと入江さんの彼氏もああ言ってますよ!」
「あーもー!藤巻に大山!あんまりコイツを調子乗らせんなよ!めんどくさいんだから!」
「へーい」
「ごめんね」
もちろんそこは本来部外者なので俺たちの意見が押し通ることはないんだが。
「で、実際ユイはそんなダメなのか?」
「ん?…んー…」
とりあえず本当のところどうなのかを知るために感情的になっていない音楽に詳しい人に訊いてみることに。
具体的に言うと、作曲中の岩沢だ。
…人選ミスだったかもしれない。
「なあ聞いてる?」
「んー…」
頬杖をついて唇を少し尖らせながらまたも生返事。
これはもしかしてキスをしてくれのサイン…?
「ん~」
「てめえはてめえであたしたちの練習中に何やってやがんだ!!」
「ぐへぇっ!」
あと数㎝というところで何かよくわからない器材みたいなものが飛んできた。
しかも鉄製。めっちゃ硬い。
「いや何ってキスを…」
「何でキスだぁ?!」
「何でって、口尖らせてたからキスして欲しいのかと思って」
「頭沸いてんのかてめえは…?」
なぜひさ子にこんなに怒られてるのか皆目検討もつかない。
おねだりに応えるのは彼氏の役目ではないのだろうか?
「んー…?なにやってんの?」
俺とひさ子の会話でようやく意識が返ってきたのか、ぼんやりとした調子でそう言った。
「柴崎があんたにキスしようとしてたから止めてやったんだよ」
「きす…?………っ?!」
最初は何を言ってるのか理解出来て無かったみたいだが、しばらく経つとようやく理解出来たようで顔が真っ赤に茹で上がる。
「な、なんでそんなことに?!」
「いや、口を尖らせてたからキスして欲しいのかなと思って」
「これはただの癖だ!大体、分かってやってるだろ!」
「うん」
やっぱりすぐにバレるか。
しかし照れる岩沢が見れただけで俺は大変満足だ。
変態でしょうか?いいえ、誰でも。
「はぁ…コイツらもう末期だな。はい、練習再開ー」
「今回はどんな曲書いてんだ?」
ひさ子たちに呆れられた結果、皆の分の飲み物の買い出しをすることになってしまった。
まあ岩沢と二人だから別にいいんだけど。
「そうだな。今までの曲の中ならMy Songが一番近いかな。それで、すごく長い曲になりそうだ」
My Songに近いってことはバラードってことか。
「長くってどれくらい?」
「まだ分かんないけど10分いっちゃうかも」
「そいつは確かに長いな。俺そんな長い曲聴いたことないな」
「そうなの?結構そういう曲もあったりするよ」
「そうなのか?」
俺の生前では音楽を聴くことはそんなに多いことじゃ無かったから、普通の人よりもそういう曲を聴くのが少なかったのかもしれない。
「でもまさか作曲中に教室を追い出されるなんてな」
「面目ない…」
それに関しては完璧に俺が調子に乗りすぎたせいだと思う。
「まあいいけど。なんだかプチデートみたいだし」
「こんなので良いならいつでも出来るぞ?」
「そりゃそうなんだけどね。こういうのは時々だから良いのかもしれないし」
「それもそうか」
ただでさえ行ける範囲が決められているこの世界で毎日そんなことをしていたらすぐに行く所がなくなってしまうかもしれない。
そうこうしているうちに自販機に到着し、頼まれていた分のジュースを買う。
「あ、岩沢は自分の分だけで良いって。手が疲れたら作曲に差し支えるだろ」
俺の持つジュースの山に手を伸ばそうとする岩沢にそう言うと、急にムスッとした表情に変わる。
あれ?今俺何かしましたっけ?
んん、と岩沢がわざとらしく咳払いを1度して口を開く。
「何か忘れてない?そ・う?」
ああ、そうでした…
「…まさみは自分の分だけでいいぞ」
訂正して言い直すと途端にニコニコと笑みを浮かべて上機嫌になる。
なんつー分かりやすい…そこが良いんだけど。
「ん。ありがと。じゃああたしのと蒼のを持つよ」
「自分のだけで良いのに」
「別にいいだろ?あたしが蒼のを持ちたいんだ」
少しむくれたようにして俺の分のペットボトルを取る。
まあ助かるけどさ。
「そういや記憶なし男はまだなんの動きもないのか?」
「いきなりだな」
本当に唐突な話題転換に少し苦笑する。
「残念だけどまだなにもしてないな。上手いこと監視に引っ掛からない場所を選んでるみたいだ」
「そっか。なにか動いてくれた方が分かりやすくて気が楽なのにね」
「そうだけど…動くってことは誰かを消そうとしてるってことだから、やっぱ動かないでいてくれた方がいいかな」
そう。
何も無いなら、何も無いのが一番なんだ。
「こら待てぇぇぇ!!」
「ちょ、ユイ!!」
買い出しを終えて、空き教室の階に上がると、そんな声が聞こえてきた。
また何か暴れてるのかアイツは…
思わず呆れて片手で頭を押さえながら溜め息を吐く。
「はぁ、ったく…」
と、そんなことをしていると
真正面から何かが突撃してきた。
「ぐっ、な、なんだ?!」
眼を瞑っていたせいで避けることも出来ず当たってきた何かともつれあう。
ユイかと思い顔を確認すると
「音無…?」
「し、柴崎……悪い!」
「あ、ちょっと待…」
呼び止めるよりも早く音無は走っていってしまった。
「大丈夫か?」
「ああ、俺はな…」
言いつつ、ぶつかった時の衝撃で辺りに散乱してしまったペットボトルたちを見る。
とりあえず音無のことはこれをアイツらに渡してからにしよう。
「ってことがあってだな。本当にアイツはどうしようもねえな…」
とりあえず落ちた飲み物たちを拾い、皆の待つ教室に戻って何があったのかと話を聞くことにした。
するとどうやら練習中に天使がやってきたらしい。
この時点で音無が一枚噛んでいるのはほぼ決定した。
そして詳しく話を聞くと、どうも天使がユイに対してお前が弱点だとかそんなことを言ってギターを持っていってしまったらしい。
そのすぐ後はギター無しで練習したのだがユイの方が我慢出来ずに天使を追いかけて行ってしまったという。
ということは、音無はまずユイをターゲットにしたみたいだ。
ユイがターゲットになるってことは、ここにいる皆に関わることになる。
これは皆に話すべきだろうか…
迷った俺は岩沢に視線を送る。
すると岩沢も俺の方を見ていて、1度縦に首を振った。
話してくれ、ということだろう。
了解の意味を込めて俺も1度首を振る。
「皆聞いてくれ」
そして俺は皆に今音無がやろうとしていることを話した。
音無が本当の記憶を取り戻して満ち足りた人生を送っていたことを思い出したことや、その満足感を皆にも知ってほしいと思っているらしいということもちゃんと説明し、今はユイがそのターゲットらしいということを。
「音無さんがそんなことを…それも天使と」
「直井はやっぱ音無に協力するのか?」
「そ、それは…まだ決めかねてます。柴崎さんがどうするのかまだ聞いてませんし」
俺の質問に対してあたふたと手を振ってそう答える。
「俺は…とりあえず音無と話してみようと思う」
「はぁ?!俺たちを消そうとしてんだろ!?だったらさっさと止めるべきだろうが!」
「いや、だから音無にも色々考えがあるらしいんだよ」
「第一、その情報もどこから仕入れてんだ?それがガセだったらどうすんだよ?」
「だからそれをちゃんと確認するためにも1回きちんと話すべきだろ」
「ちっ、勝手にしろ」
納得してくれたのかは分からないが、反対するわけでもないようで腕を組んでそう言ってから黙りこむ。
「で、お前らはどうしたい?やっぱり止めたいか?」
ガルデモのメンバーの方に向き直ってそう質問する。
真っ先に答えたのは意外にも入江だった。
「私は柴崎くんのやり方で良い…と思う。その音無くんが何を考えてるのか分かってからもう1回考えたいな」
「あたしもみゆきちと一緒。音無くんの言ってる満足とかがどんなのかも分からないし」
「あたしも、特に言うことはないよ」
ガルデモの皆は想像以上に冷静だった。
この話を初めて聞いた俺の動揺っぷりが馬鹿みたいだ。
「じゃあ、音無に会ってくる」
「あたしも行く」
「どおりゃあー!」
「ぐあぶっ!」
そんなこんなで音無を捜し、とりあえず見つけることには見つけたんだが…
「何やってるんだアイツら?」
「…プロレス?」
音無のそばにはユイが居て、さらになぜかユイが音無にジャーマンスープレックスをかけようとしている。
失敗して投げ飛ばされてるけど。
「蒼、どうする?」
「とりあえず音無が一人になるまで待とうか」
それからしばらく隠れて様子を窺っていた。
どうもジャーマンを決めようとしているらしいユイに基礎のブリッジから教えだし、ようやく完璧なジャーマンを決めたかと思えば次は何人かの男衆を集めてサッカーをしだした。
色々不自然な形で見事(?)ゴールを決めて、ようやく終わりかと思えば今度は野球を始めだした。
もう辺りは夕焼け色に染まってきていた。
「いつになったら記憶なし男は一人になるんだ?」
どうもギターが弾けない、歌が歌えないというこの状況が長引いてストレスが溜まってきているらしい。
「分からねえ。とりあえずユイが満足するまでなんじゃないか?」
「満足したら消えちゃうじゃないか」
「うっ…そうだな…」
考えてみれば、ユイが消えてから話を聞いたんじゃ遅すぎる。
かといってやはりここで邪魔するのも…
「お?な~にやってんだ?お二人さん」
うんうん、と唸りながら考えていると後ろから間の抜けた呼び声が聞こえた。
「日向…」
これは…不味くないか…?
日向はユイと一番と言って良い程の仲良しだ。
いや、もう仲良しだとかそんなレベルではないのは端から見れば明らかだ。
二人はお互いがお互いを大切に想っている。
そんな日向に今の状況が知れれば、音無に話を聞くなんてことをする前に一悶着起きてしまう。
「ん?あれはユイと音無か?珍しいな…しかも野球なんてしてら」
ひょいと俺の後ろにあるグラウンドを覗き見る日向。
不味い…!
「球技大会で打てなかったのがそんなに悔しかったのか?」
「へ…?」
「なんだ?違うのか?」
「い、いや!違わない!多分その通りだ!」
そうか。誰も二人が野球やってるのを見ただけでそこまで深読みするわないよな…
自分の取り越し苦労に呆れながらもホッと胸を撫で下ろす。
「どれどれ、俺もちょっと混ざるかなぁ~っと」
「ちょ、ちょっと待て!」
ここで日向があそこに加わるのは不味い。
どこがで音無の計画がバレる可能性が出てくるし、この野球が終わって音無に話しかけるときに日向が邪魔になってくる。
「なんだよ?」
「いや、そのだな…ああ!あれだ、ゆりが呼んでたぞ。大事な用があるって」
「ゆりっぺが?こんな時間に?」
「そう。なんか他の人に聞かれるのは非常に不味いらしい」
「ふーん。まあ分かったよ。いってくるわ」
「おお。またな」
内心のドキドキを悟られないように笑顔を貼り付けて手を振る。
「ふぅ~、危なかった…」
「よく頑張ったな蒼」
あの下手な言い訳が通じて良かったけど、明日くらいにゆりに雷を落とされるだろうな…
とはいえ、とにかくこれで日向を一時的に排除出来た。
これで後は二人が離れれば音無と話が出来る。
「もう日が暮れてきたし、また明日にしよう!」
「ええ~!」
そこにまるでタイミングを合わせたかのように二人が野球を終了させるという会話が聴こえてきた。
「蒼…」
「ああ。二人が離れた時に音無のところに行こう」
「音無」
ようやくユイと離れ一人になったところで声をかける。
「どうしたんだ?柴崎に岩沢まで」
当然俺が計画を知ってることなど知る由もない音無は、ただただ不思議そうに首を捻っている。
「単刀直入に言うぞ。俺はお前が何をやろうとしてるのか知ってる。お前が本当の記憶を取り戻したのも、天使と組んでいることも全部だ」
「は…?な、ん…」
俺の言葉を聞いた音無は血の気がサッと引いていくように顔色が悪くなる。
その反応がすべてを物語っていた。
やっぱり千里の言っていたことは本当だったのか。
だとしたら、アイツはこれをどうやって知ったんだ…?
「柴崎…何で…?」
思考が横道に逸れかけたところで音無の切羽詰まった声が聞こえて我に帰る。
そうだ。千里のことはひとまず置いておかないと。
今はとにかく音無だ。
「ちょっと情報通の知り合いが居てな」
「もしかしてゆりたちにも…?」
「いや、それは違う。まだ話してない」
「え、なんで?」
「音無が悪意で俺たちを消そうとしてるわけじゃないのも知ってるからな」
そう言うと、悪くなっていた血色が心なしか少し元に戻っていた。
「だけどそれはお前の口からちゃんと聞いたことじゃない。だから、まずお前と話そうって思ったんだ」
「そうか…分かった。奏!どこかに居るんだろ?出てきてくれ!」
音無が呼び掛けるとそこら辺の木の陰から天使がひょっこりと顔を出した。
「話は聞こえてただろ?これから俺たちのことをコイツらに話す。いいか?」
「結弦が良いと思うなら構わないわ」
「そっか。じゃあ」
そこから音無が話してくれたのは、まず自分の本当の記憶。
中途半端に思い出していた記憶には続きがあり、その思い出した記憶では自分は満足のいく人生を送れていたらしい。
そして、そこで得た幸福感や満足感。それを俺たちにも感じて欲しいと、そう思ったらしい。
それらはやはり概ね千里から聞いた話と一致していた。
しかし、やはり人伝に聞いた話よりもより本人の心境が垣間見えた。
コイツは本当に悪意なく俺たちをここから送り出したいと思ってくれているのだと確信出来た。
そしてその考えを理解出来たのは、つい先日に1度消えかけたことも関わっているのかもしれない。
あの感覚は確かに心地の良いもので、悪意があるやつは決してそんなものを与えようとはしないだろう。
「そうか…うん。やっぱお前はお人好しだな」
「今の話を聞いた感想がそれかよ…」
話を聞き終えた感想をそのまま伝えると苦笑いが返ってきた。
本人にも自覚があるのかもしれない。
「で、柴崎たちはどうするんだ?ゆりたちに報告とかするのか?」
「いや、しない。直接話を聞いて決めたよ。お前たちの邪魔はとりあえずはしない」
「とりあえず?」
「ああ。俺たちはまずお前たちが成仏させようとしてる奴の周りの人たちに話を聞く。それとなくな」
「なんでそんなこと?」
「俺は岩沢が消えかけた時に何が何でも止めたかったからな。もしかしたら俺みたいなやつがいるかもしれないだろ?今回で言うと日向とかな」
「そう…だな」
親友である日向の名前が出されてようやく身近な問題なのだとイメージしたようだ。
「なぁ、もし…また岩沢が消えそうになったらお前はまた止めるか?」
何を感じての質問だったのかは分からない。けれど、音無はじっと俺の顔を真剣に見つめて答えを待っている。
そしてその質問に刺激されて頭の中に巡り出すあの時の光景。
そしてこの間感じたあの幸福感。
それらを全て纏めた上で俺は迷いなく答える。
「止めるよ。絶対に離れたくないからな」
「…そっか。だったら日向のこと頼むな」
「ああ、日向と話して、答えによっちゃ止めるかもしれない。それでいいな?」
「もちろんだ。俺だって望まれてないことはしたくないからな。それは奏も同じ気持ちだ」
そう言ってその日俺たちは別れた。
感想、評価などお待ちしております。