Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「あたしは…悪くない…?」

「ふぁ~あ、気持ちいいなぁ」

 

柔らかい日差しを全身に受けて伸びをする。

 

ここ最近寒い日が続いていたが、今日は打って変わってポカポカした陽気だ。

 

時間も昼下がりで気持ち良さそうなのでつい散歩を始めてしまった。

 

岩沢はどうも新曲を作るのに忙しそうだったので邪魔をしないためというのもあるのだが。

 

こんな良い天気だし、何か良いことでも起きそうだな…

 

「―――ないでってば!!」

 

バシッ、とそんな俺の幻想がぶち殺される音が遠くから聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で?今度は何やったんだ?直井」

 

「えぇ?!僕は何もやってませんよぅ!」

 

叩かれて紅く腫れ上がっている頬を手で押さえながら抗議してくる直井。

 

「つっても、そう言って毎回お前が無神経なことしてるしなぁ」

 

と言いつつ、やはり決めつけられて落ち込んでいるのを見るとチクリと心が痛んでしまうのは俺が甘いんだろうか?

 

「…はぁ、とりあえず何があったか話してみろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体何がアイツの琴線に触れたのか、僕にはわからない。

 

今日もいつも通り、アイツは僕にやたらと絡んで来ていた。

 

やれどこ行くの?だの、やれ遊ぼうよ~だのと。

 

でも今日はいつもと少し違っていた。

 

それは何かと言うと、僕の機嫌だ。

 

朝から音無さんを見かけてラッキーだと思って声をかけようとした。

 

けれどそれは出来なかった。

 

声をかけようと近づいて見えたのがあまりにも悲痛な表情だったから。

 

理由は分かってる。天使のことだ。

 

敵である天使を心配してあげる音無さんはやはり偉大なお方で、尊敬に値することを再確認したが、僕はそれに手を貸してさしあげることが出来ない。

 

そのことで自分の無力さを痛感されられた。

 

そしてもう1つ。

 

僕は天使が起きなければと心の底で思ってしまっている。

 

起きてしまえば、災厄が僕たちに舞い降りてしまいそうだからだ。

 

こんなことを思ってしまう自分がどうしようもなく矮小に感じてしまっていたんだ。

 

そして、声をかけそびれてただ鬱憤だけを募らせていた時、能天気に声をかけられたのだ。

 

いつもならきっと、誰が遊ぶか!一人で遊んでおけこの愚民!などと何かしらのリアクションをとっただろう。

 

でも、今日この時だけは出来なかった。

 

だから無視をした。

 

徹底的に。

 

無いものとした。

 

視えないことにした。

 

すると

 

『あれあれ?直井くん聞こえてないの?あーそーぼーおーよー』

 

『ねえ、直井くん?どうしたの?何かあったの?』

 

『ねえ…直井…くん…?無視…してるの?』

 

『ねえ…ねえ…ねえ…無視、しないで…!…ねえ!』

 

『無視…しないっでってば!!』

 

そして、左頬に衝撃が走り、火傷したように熱くなっていた。

 

コイツ…震えてる…?

 

『ご、ごめ………っ!』

 

『ちょっと待て!おい!』

 

呼び止める間もなくアイツは走り去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということですけど…僕の何がダメだったんですか?僕は何もしてないですよ?」

 

「いやしてるだろ」

 

どうも本気でそう思ってる節があるので即答で否定しておく。

 

「思いっきり無視してるじゃねえかよ」

 

「いや、それはそうなんですけど…でも、それくらい僕がしてもおかしいことじゃないじゃないですか。むしろ今まではもっとキツく当たる時もありましたし」

 

キツく当たっている自覚はあったのかと内心驚くとともに、まだコイツは他人との関わり方を分かっていない。というより、他人にも自分と同様に感情があることを理解しきっていないことに呆れる。

 

「前にも言った気もするけど、関根だってお前と同じ人間で、もっと分かりやすく言うと此処に来てる人間なんだ」

 

「………………………」

 

直井は何も言わない。

 

何を考えて、何を感じているのか、その表情からは推し量れない。

 

「お前にも俺にも、此処に来てる人達誰にだって、抱えてるものがある。もちろん関根も。俺の言いたいこと、もうわかるよな?」

 

「……はい。行ってきます」

 

「おう。行ってこい」

 

言うが早いか、猛然と走り出した直井の背中がドンドンと離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこに行ったのかはもう方角くらいしかヒントはなく、その方角すら途中で曲がるだけで容易く変わってしまうような頼りない取っ掛かりだった。

 

だが進んだ。迷う時間すら惜しく感じた。

 

とにかく大雑把にアイツの走っていった方角に進んで行くと、そこには見慣れてしまった姿があった。

 

しかしそれはいつもとはかけ離れた、見慣れない姿だった。

 

まるでどこかに向かう途中で腰が抜けたかのように道ばたでへたりこみ、両腕で自分の身体を抱え込んでフルフルと震えている。

 

僕の浅はかな行動が生んだ結果がこれだったようだ。

 

此処にいる皆が抱えてる何か。それに深く関わる引き金を引いてしまった。

 

そんな姿を見て一瞬声をかけるべきかを逡巡する。

 

しかしここで怯えてどうする、と自分を鼓舞して肩に手をかける。

 

「おい、おい!しっかりしろ!」

 

「いや…ごめんなさい…」

 

震える唇から出てきた声はひどく細くて今にもかき消されてしまいそうだった。

 

「謝らなくていい!悪いのは僕だ!…すまなかった!関根!」

 

「なお…いくん…?」

 

ようやくこちらに気づいたようにゆっくりとこちらに振り返る。

 

焦点が定まっていなかった目が徐々に僕を捉えていく。

 

「直井くん…?」

 

「そうだ。僕だ。だから落ち着け」

 

なぜ僕だから落ち着けるのかは自分でも分からないけど、自然と口から言葉が出ていた。

 

そして落ち着きを促すように背中を出来る限り優しくさする。

 

「なんで…?直井くん、あたしのこと嫌いになったんじゃないの…?」

 

「なっ…!?そんなわけない…が、だからと言って好きというわけでもないが…いや、そんなことが言いたいわけでもないが…とにかく!嫌い…ではない」

 

不器用なのは自分でも分かっている。きっと柴崎さんや音無さんならもっと相手を労る言葉をかけられることも。

 

それでも今はこれが自分の精一杯。

 

「だから謝る。…悪かった。まさかお前が―「関根」――は?」

 

「関根って、ちゃんと呼んで。お前とか、おいとかじゃなくて、さっきみたいに」

 

いつもなら何をバカなことを、と一蹴するが、今にも消えそうなロウソクの火のように揺れている瞳を見ると、何も言えなくなる。

 

「…関根がそんな風になるとは思えなかったんだ。無神経で本当すまなかった」

 

「ううん…あたしが悪いの。今も…昔も…」

 

昔…

 

「…なにがあった?」

 

「え?」

 

「昔に、生きてる頃に何があった?」

 

「…………」

 

「すまない。また無神経だったみたいだな」

 

これは踏み込んではいけない部分なんだと言われてる気がして、引き返そうとする。

 

「ううん。…聞いて。こんな風に気を使わせちゃったのに何も話せません、じゃあ悪いもん」

 

ニコリと強がりが透けて見える笑顔を作る関根。

 

「…無理はしなくていいぞ」

 

「うん。分かってる。でも、直井くんには聞いて欲しいんだ」

 

何故僕なんかに?という質問をする前に、関根は語り出す。

 

自分の此処にいる理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高2の夏、あたしは親の仕事の都合で転校することになった。

 

転校なんて初めてで、学校に行く前日は緊張であまり寝られなかった。

 

知らない人達の輪の中にどんな風に入っていけばいいのか、そればっかり考えて。

 

 

 

 

 

 

『はい、それじゃあ転校生を紹介します。入ってきてー』

 

先生の呼び掛けが耳に入って心臓が一際大きく跳ねる。

 

フッ、と一つ息を吐いてドアを開ける。

 

前の学校と同じような雰囲気の教室。

 

なのに、周りは全員知らない人。

 

目が回りそうになる。

 

少し頼りない足取りで教卓に向かい、皆を正面に捉える。

 

ドクンドクンと鼓動が嫌な風に速まっていく。

 

『どーも!〇〇高校から転校してきました関根しおりでっす!気軽にしおりんーって呼んじゃってね!』

 

前の日から考えて考え抜いた挨拶を口にする。

 

噛まずに言えた…!

 

とりあえず一山越えたことで鼓動も元の心拍数に戻っていくのがわかる。

 

あとは皆がどんな反応をするかだけだ。

 

『おー!可愛いー!』

 

『よろしくねー!しおりーん!』

 

元気にノリ良く挨拶をする路線を選んだのは正解だったみたいで、まずは上々な反応だった。

 

そう。まずは。

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇねぇ、関根さんって何か部活してた?』

 

『いやぁ~恥ずかしながら入ってなかったんだよね~。ここでは入りたいと思ってるけどね』

 

『前の学校はどんな感じだったの?』

 

『あんまり変わらないよ。ここの人達も仲良くなれそうだよ~』

 

『彼氏とかいなかったの?』

 

『それがまだそういった経験はないですな~』

 

つ、疲れる…

 

転校生が来たときの定番、質問責めを受けて精神的な疲労が溜まる。

 

でも、これもきっと最初の内だけ。

 

それよりも早く友達作らないと。

 

 

 

 

 

 

『やっほーぃ皆の衆~』

 

『やっほーしおりん。ちゃんと曲練習してきた?』

 

『モチのロンだよ。あたしの魅惑のテ・ク・見せてあげるよーん』

 

『言い方がやらしいってのー』

 

転校してから2ヶ月ほど経ち、学校に慣れて部活にも入っている。

 

部活は軽音楽部に入った。

 

理由は適度にノリが良さそうだったことと、家に父親のベースがあったことだ。

 

部活に入ると友達というのは増えていくもので、すぐに気の置けない友達も出来ていった。

 

最初はどうなるか不安だったけど、今はもうそんな不安はない。

 

『見よ!しおりん必殺スーパーアドリブゥ!』

 

『ぎゃー!しおりんー!音がメチャクチャじゃないのよー!』

 

 

 

 

 

 

 

『おやおやぁ?どったの皆?』

 

ある日教室に入ると女子数人が円になった話していたのを見て声をかける。

 

『あ、しおりん。ううん、なんでもないよー』

 

『なんでもないって、そんなわけないじゃんー。そんな円になっちゃってぇー。話してみなされ。ほれほれぇ』

 

なんだか仲間外れにされてるような気がして、いつものように軽いノリで首を突っ込もうとした。

 

『ちょ、本当になんにも無いから』

 

『しおりんに嘘は通じないぜ!ほらほらぁー!』

 

『なんでも無いって言ってるでしょ!』

 

いつものノリ…のはずだった。

 

でも相手は本気で怒っていたらしい。

 

軽く突き飛ばされて尻餅をついて呆気に取られる。

 

『行こう』

 

眉間にシワを寄せてこちらを睨んだあと、話していた数人を引き連れてその子は席に戻っていった。

 

え…あたし、なにか間違えたの…?

 

 

 

 

 

 

 

 

それから皆の態度が変わった。

 

『おっはよーう!今日も良い日だねぇ!』

 

『………………行こう』

 

『え、あれ?』

 

話しかけても大抵こんな風に避けられ、無視される。

 

こうしてあたしはいないものになった。

 

 

 

 

 

 

 

いつまで経っても状況は変わらなくて、あたしはいないままになっていた。

 

親に相談も出来なくて、学校に行かないわけにもいかなくて、でも悔しいし、悲しいし、叫び出したくなるような日々だった。

 

そしてそれは唐突に終わりを告げる。

 

誰と話すことも出来ず幽霊みたいにフラフラと階段を下りていた。

 

『アハハ、でさぁ~…あっ』

 

トン、と誰かの身体とぶつかってバランスが崩れた。

 

受け身も取れなかった。

 

どうも打ち所が悪かったらしく、次に目が覚めた時には、この世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じ…かな」

 

あはは…と力なく笑う関根を見て心臓の辺りがクッと痛くなる。

 

なんなんだ…この感覚は…

 

「なんでそんなことになったんだ?話しかけて怒られたのは分かるが、そのあと皆で無視する意味が僕には分からない」

 

「あたしも今でもよく分からないけど、多分ウザかったん…だよね」

 

「ウザかったって…その程度のことでそんな仕打ち…あってたまるか!」

 

諦めたように笑う関根を見て、今度は胸の奥がどうしようもなく熱くなる。

 

冷静に考えることも出来ずに怒鳴ってしまう。

 

「…しょうがないよ。きっとあたしがしつこく訊いたのが悪かったんだもん」

 

まだそんなことを言う関根に、今度こそなにかの感情が堰を切った。

 

「ふざけるな!」

 

声を張り上げた僕にビクリとする関根。

 

でも、止まれない。

 

「お前のしたことのどこが悪い!?お前はただ輪の中に入ろうと努力しただけだろ!悪いのはつまらないことで無視をしたそいつらの方だ!なのに…なんでお前は、関根しおりはずっと自分を責めるんだ!?」

 

「……あたしは」

 

まとまらないまま吐き出した言葉はどこまで響いたのか分からない。

 

けれど関根は静かに口を開き、ゆっくりと下げていた顔を上げた。

 

その目からポトリポトリと雫が溢れている。

 

また、心臓に鋭く痛みが走る。

 

「あたしは…悪くない…?」

 

震える声と目でそう問うてくる。

 

「あたりまえだ」

 

僕は迷わず断言する。

 

関根の揺れている心を支えるように。

 

「あたしは…泣いてもいいの…?」

 

「泣け。というより、もう泣いてるだろ」

 

「あたしは…怒ってもいい…?」

 

「いい。もし何かに当たりたいなら僕に当たれ」

 

「じゃあ…ごめん。ちょっと、胸貸して…」

 

「…ああ」

 

両手を広げて関根を受け止める。

 

僕の胸の中で色んな感情をグチャグチャにして泣いている関根を見て、なにかをしてやりたいと思う。

 

けれど、僕には慰める時にどうすればいいのか分からない。そんな経験は今までなかったから。

 

でも、頭の中にある人が思い浮かぶ。

 

僕を仲間に入れてくれた二人の内の一人。

 

あの人がよくする仕草。

 

うえぇぇんと子供のように泣きじゃくっている関根の頭に手を乗せてゆっくりと撫でる。

 

きっと端から見たらぎこちなく見えるだろう。

 

柄でもないこともよく分かってる。

 

でも、僕はコイツのために、何かをしてやりたい。

 

こんな感情は初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…落ち着いたな?」

 

「うん…あはは、恥ずかしいところ見られちゃったね」

 

「恥ずかしくはない。僕だって音無さんと柴崎さんの前で泣いた」

 

「……うん」

 

僕の言葉を聞いて静かに頷く。

 

「さぁ、柴崎さんたちも待ってるだろう。帰るか」

 

チラッと関根の方を見ると、目の周りが腫れているのに気がついた。

 

戻る途中で誰かに見られるのは女子としては嫌かもしれない。

 

そう思い、自分の帽子を取って関根に被せる。

 

「え、なに…?」

 

「目が腫れてる。貸してやるから深めに被っておけ」

 

「う、うん…でも、前が見えなくてちょっと不安…だから…手、繋いでくれないかな…?」

 

帽子のつばを両手でぎゅっと握って顔を隠しているが、それでも隠しきれないほど顔が紅く染まっている。

 

「バカ…両手で握っていたら手が掴めんだろう。ほら…手、出せ」

 

自分の顔も熱くなっているのが分かる。

 

さっきまでとは違う心臓の違和感がある。

 

痛みではなく、心地良く早まる鼓動。

 

「…うん!ありがと直井くん…!……だよ」

 

「ん?最後の方が聞き取れなかったんだが、何て言ったんだ?」

 

「なんでもなーい!」

 

ようやくいつもの無理のない溌剌とした笑顔が咲いた。

 

 




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