まず先に結果を言うと、状況はまるで好転しなかった。
訳もわからないまま消えた千里のことは一先ず置いておき、ギルドから帰ってくるゆりたちを向かえに行った。
そして、一番最初に帰ってきたのは苦しそうにしている天使を抱えた音無とゆりの二人だった。
何があったのかを訊きたかったが、音無は少し錯乱状態に陥っていて説明を要求出来るような状態じゃなかった。
とりあえず気を失ってる天使を保健室に運び、ベットに寝かしつけて音無が落ち着くのを待った。
その間に他の戦線のメンバーもぞろぞろと帰ってき、全員が揃う頃には音無も冷静さを取り戻した。
そして音無の口から語られたのは、簡単言ってしまうと、分身した天使を本物の天使に戻したため、もしかしたら目が覚めた時には分身した天使の人格かもしれない。というものだった。
それを聞いた俺を含めた戦線のメンバーには、もちろん動揺が走った。
しかし、そこをゆりが鶴の一声でまとめあげ、天使の側にいたいと言う音無と、護衛として松下五段とTKを残して校長室に場所を移した。
校長室に移動した俺達は、いくらゆりのカリスマ性を発揮したと言っても、まだ幾ばくかの困惑が抜けきっておらず、ただ沈黙していた。
ちなみに、岩沢や他のガルデモの皆にはもう夜も更けていたので寮に帰ってもらっている。
やはり何故か例外的にユイはこの場に居座っているのだが、もしかしてユイはガルデモと実働部隊を兼任しているのだろうか。
そしてこの沈黙を破ったのは高松だった。
「今までにない事態です。もしかすると、このまま目を覚まさないこともありえるかもしれません」
「それこそイレギュラーよ。きっと目が覚める。…そして、寝すぎたという結果に変わる」
沈黙の中ギシギシと椅子を揺らしていた動きを止めてそう言うゆり。
それは少し自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「目覚めた時は、どちらの彼女なんだ?」
「「「……………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」
「椎名が喋った?!」
「いや、そりゃ喋るだろ」
「柴崎くん!椎名さんが今までに喋ってたのはいつもあさはかなりだけでしょ!それをやめて普通に喋ったってことはそれだけ重要な問題ってことだよ!」
そうだったけか…?確かにあさはかなりは多かったけど…
かなりテンションの高まっている大山は反論を許さない雰囲気を漂わせていた。
そしてこれが意外と的を射てたようで
「まさにそう。それが問題よ」
と、肯定する。
「で、どっちなんだよ?」
大きな問題を提示されて、またも沈黙しかけたムードを日向があっけらかんと質問することでそれを壊す。
「それは最初の天使だよ。一緒に釣りをした」
「いや、本当にそうなら問題になんかしないだろ。あの凶暴な天使はかなりたくさん居たんだ。あっちの意識で目覚める方が確率は高い」
大山が前向きに話をしたいのも分かるが、それだけでは問題は消えない。だからあえて後ろ向きな発言でより問題を浮き彫りにする。
「数で言えば100対1くらいだぜ」
藤巻もそう思ったのか、更に補足する。
「なんで天使が目を覚まさないのか…それって、今あの子の小さな頭の中でその100体の意志がこう…ぐちゃぐちゃになって、酷いことになってるからじゃねえのか?」
日向はまだ自分の中で思っていることを上手く言葉に出来ないようで、身振りを付け加えながらそう言う。
もし、本当にそうならきっと天使の頭の中は今ごろ壊れてもおかしくない状態になっているはずだ。
しかも、本物の天使の意志は一人。核弾頭に一人っきりで突っ込むようなものだ。
…痛々しい。
そんな言葉も安っぽく感じる。
「じゃあ目覚めるとしたら100の意識で目覚めるの?」
「確率で言うと1%ってとこね」
「1%…」
希望と言うにはあまりにも低い数字だ。
藁にもすがるというが、これは藁よりも頼りない。
「どうする?」
「手は打ってあるわ。竹山くんがマニュアル翻訳の出来る仲間と共に天使の部屋に行ってるわ」
竹山を向かわせたということは、天使のコンピュータになにか仕掛けをするっていうことか。
それを聞いて、ふん、と鼻で笑うような音を漏らしたのは直井だった。
「そんなものはただの一時しのぎでしかない。わかってるのか?」
「またお前はそういう態度を…」
「いいのよ、事実だしね。いつかそんな小細工は破られる…」
言葉尻が萎んでいったように聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。
「だったらマシンごと破壊すればいい」
「マシンなんてコンピュータ室に行けば替えはいくらでもあるぞ。もちろんソフトもな」
「ちぃ…」
「あれあれ?今日は皆さん頭が良さそうですよ?何か悪いものでも食べましたか?」
「あとは…天命を待つだけね」
真剣な議論に水を差そうとしたユイを皆で無視を決め込み、ゆりが呟いた。
「果たして神は誰に味方するのか…」
神と敵対してきた俺達が天命を待つしかないなんて、皮肉な話があったもんだ。
そして思う。
ここにいる誰もが神から味方されずに生きてきた。
つまり今回も………やめておこう。考えてもどうしようもないのだから。
次の日、真っ先にガルデモの練習場所となっている空き教室に向かい、皆が揃ったところで昨日のことをありのままに説明した。
それを聞いた皆一様に沈痛の面持ちといった表情を浮かべていた。
「確率1%…?」
「そんなの、もう……」
入江と関根が口々に絶望的な声音をあげる。
実際、状況はかなり絶望的だ。
「こらお前ら!そんなしけた面すんな!まだ決まったわけじゃねえぞ!」
「ひさ子の言う通りだ。まだ、可能性はある」
「そんなこと言っても1%じゃ…」
「1%って言うのは数が100対1くらいだったからで、確実にそうっていうわけじゃないんだ」
それに…と、ある光景を思い出しながら続ける。
「音無が天使の側についてる。アイツならなんとかしてくれるような気がするんだよ」
ある光景。
それは、先日図書室の窓から自分を探す音無を見て駆け出していった天使の姿だ。
もう構わないで欲しいと言っていた天使が、自分を探している音無を見て、一も二もなく駆け出していったあの光景を。
あの二人はどこかで繋がっている。
そんな気がする。
「ならいいんじゃない?柴崎がそう言うなら、あたしは信じるよ。記憶なし男のこと」
「岩沢…」
俺は素直に感動していた。
こんな状況でも、ここまで変わらず全幅の信頼を寄せてくれているということに。
しかしそれはそれとして
「音無はもう記憶戻ってるぞ。記憶なし男じゃない」
「え?じゃあ記憶あり男?」
「それじゃ皆だろ…」
「えー…でもアイツの名字って、なんか苦手なんだよな。音が無いなんて、考えられない」
コイツの音楽キチっぷりは名前にまで及ぶのか…
「じゃあじゃあ、下の名前で呼ぶってのはどうですか?!」
ノリノリでとんでもない提案をする関根に思わずギョッとする。
な、なにを言い出してんだコイツは?!
「下の名前?そんなの知らないし」
「弦を結うで結弦だそうですよ!直井くんが言ってました!」
「ふーん。名字と違っていい名前だね」
「ちょ、ちょちょちょっと待て!まさか下の名前で呼ぶとか言わないよな?!」
なぜか乗り気になっている岩沢に危機感を覚えて二人の間に割ってはいる。
「なんで?だって記憶なし男は記憶あり男で、音無ってのは嫌だし、なら下の名前でいいんじゃないの?」
「なんかゴチャゴチャしてて混乱しそうだけど、とりあえず俺が言いたいのはだな、俺でさえ呼ばれたことがないのに音無が下の名前で呼ばれるなんて納得出来ないぞ!」
「おやおやぁ~?柴崎くん。まさか嫉妬かねぇ~?」
そこまで言われてようやく関根の真意に気がつく。
コイツ…!まさか…!
「ならばまずお二人で下の名前を呼び合うというのはどうでしょー?」
やっぱりか!コイツ最初からそれが目的で!
「そりゃいいな」
「私も賛成です」
「ちょっと待て!なら入江は?!入江だって下の名前で呼んでないじゃないか!」
「みゆきちは二人きりの時に下の名前で呼んでるのでいいんです」
「そうそう…ってなんで知ってるのしおりん?!」
くっ…!逃げ道がない…!
いやもちろん嫌っていうわけじゃない…!
でも、こういうのは自然と呼び合うようになって、それを二人だけで大切にしていくのが普通なんじゃないか…?!
「し、下の名前か…」
どうしようかと、岩沢に目配せすると可愛らしくモジモジとしている。
「さあさあ!」
「さあさあさあ!」
明らかに面白がりながら詰め寄ってくる3人。
「え、えっと…そ「待て待て待てぇ!」
「な、なに?」
「いや、その~だな…やっぱりこんな風に流されて呼んだりってのは違うっつーか…」
「つまり…嫌ってこと?」
「違う違う!そうじゃなくて、嫌じゃないから、そういうことは大切にしたいっていうかだな!」
だから頼むからそんな悲しそうな顔をしないでください!
「わかったわかった。なら賭けでもするか」
「賭け?」
「そう。今眠っている天使が起きた時、もし元の天使の意識で目覚めたら下の名前で呼ぶ。分身の意識ならお前らの好きにしな」
「…………………」
いや、これ別に賭けに乗る義務はないんだよな?
そもそも賭けとか不謹慎だし。
ここはやっぱり断って…
「面白い。その賭け受けた!」
「岩沢さん?!」
「そうこなくっちゃな」
ニヤリと双方ともに笑みを浮かべる。
「結果が楽しみだな」
「吠え面かくなよひさ子」
「えーっと…俺の立場は?」
つーかこの賭けでどうやったら吠え面かけるんだよ。
感想、評価などお待ちしております