部屋を出ていったひさ子たちが帰ってきたのは、わりと早かった。
ひさ子に猫のように首根っこを掴まれがっくりと項垂れている関根がなんとも印象的だった。
ひさ子はそんな関根に、面倒かけさせやがってなどぼやいていたが、入江がまあまあとなんとか宥め、結局、仲直りという形におさまった。
まあやはりこれもいつもの事のようで、仲直りするとすぐにまた雑談が始まり、初めて来た俺も含めて和気あいあいとした雰囲気(入江はやはりまだ人見知りで上手く話せなかったが)で、あっという間に夜になっていた。
「岩沢、そろそろ校長室行かなきゃダメなんじゃないか?」
「ん?あー、そういやゆりのやつがまた来てって言ってたっけ」
めんどくさいな…ギター弾きたいのに…とブツブツ文句を言う岩沢。
「ま、そう言わずに行ってこいよ。岩沢がガルデモのリーダーなんだから」
「そうですよ。誰かが行っとかないといつトルネードするか分からないじゃないですか」
ひさ子と関根に説得され、渋々立ち上がっている岩沢。
どんだけめんどくさいんだよ…。
「しょうがないな…。行くぞ柴崎」
「はいよ」
「神も仏も天使もなし」
校長室の扉の前に着くと、岩沢が急にそんな言葉を口にした。
「なんだそれ?何かの暗号か?」
「?これは合言葉だけど?これ言わないとトラップにかかるよ?」
「先に言っとけよ!」
この前のハンマーはそれかよ!お陰で死にかけたわ!あ、いやもう死んでるのか。
「……行こうか」
「スルーかよ!」
「遅かったわね」
校長室に入るともう皆揃っているようだ。
「ごめん、忘れてた」
悪びれる様子もなくしれっと答える岩沢にため息をこぼすゆり。
入隊してまだ1日目なんだがもうこの光景を数回見ているんだが…。ゆりも苦労しているんだな。
「まあいいわよ。まだアイツも来てないし」
「アイツって?」
誰だ、と質問しようとしたとき、ドアがガチャリと開き誰かが入ってきた。
「すまん、遅くなった」
現れた人物はえらく髭が濃く、毛の色が軒並み白くなりかかっていた。
「チャー、久しぶりね」
「おう。やはり地下に篭りきりはいかんな、肩が凝ってしかたがない」
チャーと呼ばれるその人物は肩をゴキゴキいわせながらそう言った。
ここは地下まであるのかよ…。
「お前らが新入りか?」
「ああ」
「そうですけど」
俺と音無の方に顔を向け訊かれたのでとりあえず肯定しておく。
「ふっ、なかなかいい眼をしてる。…特にそっちの蒼い髪の方」
「お、俺?…ですか?」
ただ単に目付きが悪いだけなんじゃ…。
「敬語なんていらん。どうせ年は同じくらいだろう」
「「ええ~!」」
音無と俺の叫び声がハモってこだまする。
その顔で同い年くらいだって?…老けすぎじゃないか?
「そんなに驚くことか?」
「そりゃ驚くだろ~、その顔じゃあ。特に地下に篭ってからは髭まで生えてるし」
日向とチャーがやけに親しげに会話をしている。なかなか付き合いが長いようだ。
「これか、だが作業をしているとなかなか剃っている暇もないもんでな」
「作業って?」
チャーの言葉が気にかかったようで音無が質問する。
「ああ、これだ」
ポケットからゴソゴソと取り出したのは拳銃だった。
「本物、なのか?」
「当たり前だ。モデルガンなんぞ造って何になる」
「ていうか、あなたあたしたちが天使と争ってるの見たんでしょ?」
確かに見たけど、やはり本物の銃が目の前にあるなんてどこか信じられない。…まぁそれを言ったら死後の世界なんてもっと突拍子がないが。
「一応初心者でもすぐに慣れられるように使いやすいものにしておいた」
そう言って手渡された鉄の塊は確かに重く、ズシリと俺の手にのしかかった。
「なーにビビってんだよ?音無はすぐに慣れてたぜ?」
「いや慣れてねぇよ…」
げんなりしたように否定している音無。
「確かに銃なんて渡されるなんて非日常を受け入れるのは容易じゃないわ。だけどね、順応性を高めなさい。じゃないと、すぐにやられちゃうわよ」
「……分かったよ。やってやる」
言って、渡されたものを懐にしまう。
どうせ此処に居るならコレに慣れなきゃいけないんだ。
「ふん、やはりいい眼だな。ギルドに欲しいくらいだ」
「駄目よ、柴崎くん記憶ないし造れないでしょう」
「そういや、これどうやって造ってるんだ?こんなもの造れる部品なんて此処にあるのか?」
どうみても普通の学校にしか見えないこんな場所にそんなものがあるようには思えない。
「此処では記憶さえあれば生命以外のものなら土くれから生成できるのよ」
「こんな銃まで?」
音無も興味を持ったようでさらに問い重ねる。
「ええ。ただし、どういうルールなのかは定かじゃないけどかなり小さなものしか造れないんだけどね」
「だから一つ一つ部品を造ってそれを組み立てる、という作業になるがな」
途中から説明をチャーが引き継ぎ、だから相当詳しくないと造れないのとゆりが締める。
「藤巻くんなんか木刀しか造れなかったから追い返されちゃったわよ」
「そのことはもういいじゃねえかゆりっぺ~」
肩をガックリ落とした藤巻を見て皆が笑いに包まれる。
「じゃあ約束の物は渡したし、帰るとするか」
「いつもすまないわねチャー。次はこっちから出向くから」
おう待ってるぞ、と言い残して手を振り部屋をあとにした。
「それじゃあ私達も解散しましょうか。銃も渡せたし、もう随分時間も経ったからオペレーションはまた今度にしましょう」
じゃあ、解散とゆりの号令で昨日と同じように皆散り散りに部屋から出ていった。
「柴崎、ちょっと付き合わない?」
俺も同じく出ていこうとした時岩沢に声を掛けられる。
断る理由は特になかった。
岩沢に連れられてきた場所は昨日出会った屋上だった。
「で?なにするんだよ?」
「なにって、ギター弾くんだけど?」
そんな当然だろみたいに言われてもだな…。
「それって俺必要なのか?」
「客がいた方が気分が乗るだろ?」
そんなものなのか。俺にはまだよくわからないが。
「丁度今歌作ってるし感想が欲しかったんだ」
まだ一番のまでしか出来てないけど、とイタズラっぽく笑う表情にしばし見入ってしまう。
「まあ、別にいいけど」
妙な間が空いたことに少し照れぶっきらぼうになってしまったから、お前の歌好きだしなと付け加える。
「そっか。なら聴いてくれ、名前はまだないけどな」
「猫みたいだな」
「これはあたしだよ。あたしの歌」
なぜか影のある表情で言ったその言葉で話を締めて、ギターを弾き始める。
今まで聴いた二曲と違いゆっくりと静かな伴奏が奏でられる。
その歌は常識ぶってる奴こそが間違っていて、泣いてる人こそ、孤独な人こそが正しくて、人間らしいんだと叫んでいた。
岩沢自身強い思い入れがあるようで、いつものような楽しさに満ち溢れた表情じゃなく、どこか哀しげで儚い表情をしていた。
不意に、先ほどあたしの歌だと言っていた時の表情を思い出した。
「どうだ…って、柴崎どうした?」
「えっ…」
岩沢の驚いた顔を見て自分が泣いていることに気づく。
言葉が出なかった。良かった、いい歌だ―――そう言いたいのに喉からは嗚咽ばかりがこみ上げてくる。
「な、なんだよ柴崎…泣くことないだろ?」
戸惑っている岩沢にどうしても言葉を掛けられない。
コイツの生前には一体どんな理不尽や不幸があったんだろう。
それを思うと余計に涙が止まらなくなる。
しばらく喋れる状態じゃなかった俺を岩沢は何も言わず落ち着くまで待っていた。
「落ち着いたか?」
さっきより元気のなさげな笑顔に心がチクリとする。
「ああ。…なんか、悪いな。恥ずかしい所見せて」
「気にするなよ。あたしの歌を聴いて泣いてくれたんだろ?ならそれほど歌手冥利に尽きることはないしな」
「…おかしいよな。まだ会って2日しか経ってないのに、お前の歌聴いて、表情を見たらどうしようもなく哀しくなって泣くなんてな」
本当になんでだろうな、という俺の呟きはおそらく小さすぎて岩沢の耳には届いてないだろう。
しばし沈黙が流れ、岩沢の方に目をやると、泣き出しそうな、でもどこか嬉しそうな顔をしていた。
「…やっぱり、あんたを連れてきて正解だったかもな」
え?と問いかけてみるも聞こえていないのかそのまま立ち上がる岩沢。
「帰ろうか。もう夜中だし。…それに、いいフレーズが浮かんできたよ」
今日は書けるもの持ってきてないんだと言いながらもう歩き始めてる。
ホントにマイペースな奴だな…。
「待てよ、俺も行くって」
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