Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「お前は、あたしだけ見とけ…」

「で、報告って何かしら?」

 

今日集められたのはいつものゆりの気まぐれで起きるオペレーションではなく、何か報告があるかららしく、全員が揃うとゆりはそう切り出した。

 

「今日の食券が不足しているようです」

 

それに答えたのは高松。

 

食券か…

 

「ライブか?!」

 

食券が足りてないと聞いてそれまで自分には関係ないというように爪を弄っていた岩沢が目を爛々と輝かせた。

 

「言うと思った…」

 

最近ライブしてないもんな。

 

まあかく言う俺も食券が足りないと聞いてすぐにトルネードかなと思っていた。

 

しかし、ゆりは質問には答えず顎に手を置いて何かを考えこんでいた。

 

そして、いいえ、と否定の言葉を1つ置いて

 

「今日はトルネードじゃなく、これで行きましょう」

 

そういうと、後ろのモニターに文字が現れた。

 

「今日のオペレーションは、モンスターストリームよ!」

 

「モンスターストリーム?」

 

初めて聞くオペレーションだな。

 

「ついに来たかぁ!!」

 

「うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

「絶望のcarnival…」

 

松下五段たちが何か騒いでいるけどこれはよくあることだから多分気にしなくてもいいことなんだろう。

 

「モンスターなんてのがいるのかよ…!この世界には…!?」

 

騙されてる…騙されてるよ音無…

 

そもそも食べるものに困ってるって言って作戦考えてるのにモンスターとは戦わないだろ…

 

「ええ、川の主です」

 

「川の…主…?」

 

やっぱり名前負けの作戦だったか。

 

「岩沢は知ってたのか?」

 

ライブじゃないとわかった途端またすぐに我関せずを貫きだした岩沢に訊いてみる。

 

「ん?ああ。川釣りだろ?」

 

だから川の主か。

 

「しかしただの川釣りにまた大袈裟な名前つけたもんだなぁ」

 

岩沢は俺の言葉を聞いて何が可笑しかったのか、フッと笑みをもらした。

 

「いや、そうでもないぞ?」

 

「どういう意味だ?」

 

「んー…まあそれは見てからのお楽しみ、かな?」

 

見てからのって、何を…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~釣りなんて久しぶりですよぉ~楽しみー!ねえみゆきち?」

 

「え~、私魚苦手なんだけど…」

 

「大丈夫。入江さんが釣ったら僕が魚の処理するからね」

 

「くそぉ~ラブラブしおってぇ~!直井くん!あたしたちも負けじとラブラブしよう!!」

 

「はあっ?なんで僕がお前なんかと!?」

 

せっかく皆で釣りをするならと思って皆には先に行ってもらい、ガルデモの皆を連れて行くことにした。

 

大山と直井は俺と一緒に行くと言ってついてきてくれた。

 

んだが…ただのイチャイチャ祭みたいになっている。

 

「えーと、ごめんなひさ子」

 

「なにがだ?!」

 

「いや…なんか…一人だけ寂しそうだったから…」

 

背中に哀愁が漂っていたから、つい…藤巻も来てないし…

 

「そう思うんならまずその握っている岩沢の手を今すぐ離せ!」

 

「え?無理」

 

「即答かよ…」

 

離せと言われてもこんなに触り心地のいい、まるで最上級のシルクのような手をどうやって離せと言うんだ。

 

「はぁ…ったくリア充どもが」

 

いや、よく考えたら関根と直井は付き合ってるわけじゃないから決してリア充じゃないんだけど。

 

…っていうか、いまさらだけど死んでるのにリア充って言い方はどうなんだろうか。

 

「では死に充というのはいかがですか?」

 

「いやそれもちょっと…って遊佐?!」

 

「どうも」

 

「いやどうもって…」

 

ゆりが『遊佐さんはあたしが呼んでおくから』って言うからガルデモを誘っていたのに、なんでここに?

 

「ゆりっぺさんに呼ばれたので川に向かっていたらリア充…いえ、死に充の幸せオーラムンムンの御一行が見えたので」

 

「お前は何か一言余計なこと言わないと気がすまねえのか…?」

 

そして死に充を採用した覚えは無いんだが。

 

「そして初々しく手を握ってニヤニヤしている目付きの悪い方がいたものですから」

 

「え、なに、俺が気に入らなかったの?」

 

こんなに大勢いる中で俺だけ?

 

あれ?俺ってそんなに遊佐に嫌われてたんだったっけ?

 

「…別に嫌ってはいません」

 

「そ、そうなのか?」

 

そんな不機嫌な表情で言われても信じられないけど…

 

「まあ別に特別好きでもないですけどね」

 

「ああそうですか!そうですよね!」

 

別に好かれてるつもりも無かったよ!

 

「柴崎」

 

「は、はい?なんでしょう岩沢さん…?」

 

いつもよりワントーン低い声で呼ばれ、恐る恐る振り向く。

 

これは機嫌が悪い時の声だ…

 

振り向いた瞬間に襟元を引っ張り、手繰り寄せられる。

 

か、顔が…近い…!

 

「お前は、あたしだけ見とけ…」

 

「は、はい…」

 

「ん。いい子だ」

 

い、イケメンだ…

 

忘れてた…最近可愛い所ばっかり際立ってたから(俺の中で)忘れてた…コイツ、根がイケメンだった…

 

「見ました今の?男としてどうなんでしょう?」

 

「見た見た。なっさけねえよな」

 

「う、うるせえ!」

 

わざと聞こえるようにコソコソ話をするひさ子と遊佐に向かって怒鳴る。

 

つーかコイツにイケメン度で勝てる男を連れてこれるものなら連れて来て欲しいわ。

 

「…と、まあこんなことを考えています」

 

「はぁ、その考え方も情けねえな」

 

「あーもー!心読むな!それを教えるなぁぁぁぁ!…って、ん?ありゃあ…」

 

こんなに怒鳴ったりなんだりしながら歩いていた道の途中にあった花畑のような花壇の群れの中に、見知った顔があった。

 

「音無と天使か」

 

最近本当よくいるな。

 

「あの人影か?本当によく見えるなお前」

 

「そりゃまあこれだけが取り柄だからな」

 

この眼が役に立つのなんて人を見つける時くらいのもんだろ。

 

用途は主に逃げることだけど。

 

「じゃあアイツらも連れて一緒に行くか」

 

「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」

 

何気なく言った台詞がさっきまで騒いでいた連中が会話を止めるくらい驚かれてしまった。

 

驚いていないのは岩沢と遊佐くらいのものだ。

 

「いやいやいやありえないっしょ柴崎くん!天使だよ?天使と一緒に釣りなんて正気じゃないよ!?」

 

「そうですよ柴崎さん!そんなことしたら天使にボロ雑巾のようにやられてしまいますよぅ!」

 

「ま、待て待て落ち着け!」

 

ちょ、コイツらなんでこんなに息ぴったりなの?こんな時だけ。

 

「えー、天使は獰猛な生き物ではありませんよ。こちらが落ち着いて接すれば必ず懐いてくれます」

 

「本当ですか?」

 

「多分そうです」

 

「多分って?!多分って何?!絶妙に不安になる単語だよ!フラグだよ!?」

 

「柴崎さんはフラグを立てるのも上手いのは分かりましたが今回だけは勘弁してください!」

 

俺の失言に敏感に反応してくる関根と直井。

 

直井に関してはもうキャラがちょっと違うじゃん。関根のテンションに流されてるじゃん。

 

お前そんなに天使にビビったりしてなかったじゃん。

 

「大丈夫だって。現に俺は何回か話したけど襲われてないから」

 

「う~…本当に?」

 

「本当本当。嘘ついたら針千本飲ますから」

 

「なんだそれなら安心だね…ってそれあたしが飲まされてるじゃん!」

 

関根の見事なノリツッコミが炸裂した。

 

「気にすんな」

 

俺には効果が無かったようだ。

 

「気にするよ!?そこが一番重要なんだから!」

 

「うるさいぞ!柴崎さんが気にするなと言ったら気にするな!!」

 

「ええ?!ミイラ取りがミイラになった?!」

 

そんなことを言い合ってると音無が天使の手を引いて走っていってしまった。

 

アイツ…そんなたやすく手を握るなんて…!俺が岩沢の手を握るのにどれだけ苦労したと思ってる…!

 

って、そんなこと言ってる場合じゃないか。

 

「追いかけるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走っていった二人に追い付いたと思ったら何故か二人にかなり距離を置いた所で皆が固まって構えている状態だった。

 

何してるんだ…?

 

女子3人が前に出てドンと構えて、男子は軒並みその後ろに隠れている。

 

何をしてるかは分からないが男どもが情けないのは伝わってくる。

 

「どーした音無?」

 

とりあえず事情を聞くために近づいて肩を叩く。

 

「いやそれが立華も連れていこうって言ったらこうなっちまって…」

 

「あー、なるほど」

 

さっきの関根と直井みたいな反応をしてたわけか。

 

考えてみれば、本来はこういう反応をするのが普通なんだよな。一応敵っていうことになってたわけだし。

 

でも俺と音無は分かっている。コイツがそんな敵視するような奴じゃないことを。

 

どうしたもんだろうな…岩沢はただ興味がないだけで味方ってわけでもないし…

 

ああ、そうだ。

 

「遊佐。お前なら説得出来るんじゃないか?」

 

「私…ですか?」

 

「ああ。アイツに助けてもらった恩返しも出来るしな」

 

それに、新入りの俺や音無が何か言うよりも付き合いの長い遊佐が言った方が効果的だろうし。

 

少し何か考えているようにしてから、恩返しですか…と呟いた後顔をあげる。

 

「わかりました。…あまり必要は無いと思いますが、恩を仇で返したこともありましたし、やりましょう」

 

「そうか、よろしく頼む」

 

引き受けてくれたのはいいけど、あまり必要ないってどういうことだ?

 

と、そんなことを考えてる内にさっさと説得を終えて戻ってきた。

 

「上手くいったか?」

 

「ええ、まあ」

 

なんだかかなり曖昧というか、そっけない返事だが、上手くいったのなら良しとしよう。

 

「わかったわ。じゃあ一緒に行きましょう」

 

「本当か?!やったぞ立華!」

 

「…ええ」

 

ゆりからお許しが出て大喜びする音無に軽く返事をしたかと思うと、急に遊佐の方に体を向け

 

「ありがとう」

 

と、会釈付きでお礼を述べた。

 

「…いえ、こちらこそ」

 

少し逡巡し、口をモゴモゴとさせた後、遊佐はそう言った。

 

きっと、この言葉の真意が伝わっているのは俺くらいだろう。

 

立華もなにがだろうと言う風に首を傾げている。

 

しかし、これで少し遊佐の肩の荷が下りたように感じた。

 

その証拠のように遊佐はいつもより少し柔らかく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし着いたぞ!」

 

そんな事があったあと、またしばらく歩いて行くとようやく河原にたどり着いた。

 

そして着いてから気がついたのだが、よく考えたら釣具を持ってる奴が誰一人いない。

 

「なあ、釣具ってどうするんだ?」

 

「ん?ああ、それならほら、あそこ」

 

「つえぇぇぇぇぇい!」

 

日向が指を指した方向から叫び声が聞こえ、目をやると、そこにはなんと…

 

「釣りキチ○平…?!」

 

あのトンガリ帽にあの服…間違いない!

 

あれって実話だったのか…!

 

「違ぁう!オイラの事を2度とそんな呼び方するな!」

 

「え…なんだ違うのか…」

 

生きてる頃あの漫画好きだったから本物に会えたと思ったのに…

 

「なんでガッカリしてんだよ…まあいいや。コイツはフィッシュ斉藤。銃にも詳しいがなにより釣りが好きでな、このオペレーションの時はギルドから上がってくるんだ」

 

「そりゃすごい釣りキチだな」

 

あの道のりを越えてくるとは、もしかしたら○平君よりも釣りキチかもしれないな。

 

「お前はそこから離れろってば…」

 

そんなこんなありながらも、川釣りが開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柴崎、釣りってどうやるんだ?」

 

岩沢は釣りが開始されるのと同時に、竿を持ってこちらに寄ってきたかと思うとそんなことを尋ねてきた。

 

「お前このオペレーション参加したことないのか?」

 

「うん。興味なかったから見てるだけだったよ。あんまり何回もやってるオペレーションじゃないしね」

 

「今回は参加するんだな」

 

「まあ柴崎もいるしね」

 

「う、ん…そっか…」

 

さらっと言われたその一言で特別に思われているのが感じられて嬉しいけど、そんなことで舞い上がってしまうのがちょっと悔しかった。

 

なんか今日はいいようにやられてる気がするなぁ…

 

「で?どうやるの?」

 

「ん、ああ、これはな…」

 

釣りの経験は皆無だったが生前に読んでいた釣りキチ○平と、今回使う竿のシンプルさが功を奏した。

 

竿に餌である虫を引っ掻ける。

 

それだけで準備完了だ。

 

「で、これを思いっきり振って川に飛ばすんだ」

 

「思いっきり振る?こうか?」

 

どうも俺の説明じゃ分かりにくいようで、竿を振り回しまくってしまう。

 

「違う違う。そうじゃなくて」

 

これじゃらちが明かないと思い後ろから岩沢の身体を抱え込むようにして竿を握っている手に俺の手を添える。

 

その瞬間岩沢の身体がビクリと跳ねたのを、俺は見逃さなかった。

 

これはお返しのチャンス到来か?

 

俺は顔が綻ぶのを押さえつつ岩沢の耳元に口を寄せて

 

「どうした?顔、紅いぞ」

 

と囁く。

 

するとまたピクッと反応をみせる。

 

「べ、別に紅くなってなんか…」

 

「そうか?確かに俺には茹で蛸みたいに真っ紅な顔が見えるんだけど?」

 

囁く度に身体がピクリピクリと反応するのがたまらなく楽しい。

 

あれ?俺ってこんなSっ気あったっけ?

 

「もしかしてなんか変なこと考えてた?」

 

「ばっ…?!そんなわけないだろ!なんだよ変なことって…」

 

羞恥で熟したリンゴのように頬を紅く染めたまま、ぎゅっと力いっぱい目を瞑っている。

 

竿を握る手も一層力がこもっている。

 

「本当は分かってるんじゃ――「何をやってんだてめえはぁぁぁぁ!!」ごへぇぇぇ!?」

 

更に言い寄ろうと耳元に近付いた時、横から何か物凄い勢いのものに吹き飛ばされた。

 

そのものが来た方向を見てみるとそこにはゆりが腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「…な、何すんだよ?!」

 

「こっちの台詞だわ!何をこんな所で羞恥プレイしてんのよ?!あんたTPOって言葉知ってる?!」

 

確かに言われてみれば何すんだよはまさに俺に対して言うべき台詞だった。

 

「い、いやー…つい盛り上がっちゃって…」

 

端から聞けばこれもかなり最低な台詞であることは言ってから気づいた。

 

具体的に言うとゆりの死体にたかるハエを見るような視線で気がついた。

 

「岩沢さん。今すぐこんな変態とは別れることをオススメするわ」

 

「ええ?!」

 

まさかたかが一度の失言でそこまで人としての地位が落ちるとは…

 

もしかして岩沢まで今ので俺のことを見損なうなんてこともあるのか…?

 

「それは…無理だな」

 

しかし、そんな不安も一言でかき消された。

 

「変態でも柴崎は柴崎だ。あたしはそういう変態の部分も受け入れるよ。あたしも頑張って変態になる」

 

…いや、なんだか違う不安が押し寄せてきた。

 

「あ、あらそう…」

 

ゆりもその宣言にかなり面食らったようだ。

 

ていうか引いてる。ドン引いてる。

 

「あー、あたしも釣り始めなきゃー」

 

これ以上ここに居るのはマズイと感じたのか明後日の方向を見ながらとんでもない棒読みでそんなことを言い出した。

 

「ん?そうか?頑張って釣りなよ」

 

「うんありがとーじゃあねー」

 

そして岩沢もそんなことに気づくはずもなく送り出していく。

 

ああ…これじゃ誤解解けないままじゃん…マジで変態カップルだと思われる…

 

「じゃあ続けようか。これどうするの?」

 

「あー、うん、だからこれをだな―「来たぞ!モンスターストリームだ!!」―は?」

 

岩沢への指導を再開しようとしたところにそんな叫び声が聞こえてきた。

 

モンスターストリーム?って…オペレーションの名前じゃねえのか?

 

「皆、撤収だ!!」

 

誰かの号令に皆が従い、着々と片付けを始めていく。

 

「え?いや、どうしたんだよ?撤収ってなんで?」

 

「あー、モンスターストリームってここの主のことなんだよ。物凄いデカさで、そいつが現れたら撤収っていうことになってる」

 

言いながらさっさと釣竿を持って川から離れていこうとする岩沢。

 

「そういうことは先に教えといてくれませんか?!」

 

危うく逃げ遅れるところだったんだけど?!

 

とにかく俺も早く逃げないと…

 

俺はまだ竿を構えてすらいなかったため手早く撤収の準備を終えた。

 

「オイラの腕を舐めてもらっちゃ困る!対モンスターストリーム用の特注だ!」

 

「んなこと言ってもこのままじゃ無理だぁぁ!!」

 

さあ逃げるかと岩沢の後を追うとまだ逃げていない奴らが何人か見えた。

 

あれは音無と、斉藤に天使だな。何やってるんだ?

 

天使が持っている竿が異様にしなっているのを見ると何か魚がかかっているのは間違いない。

 

「おいおい主をやる気か?ったく、正気じゃねえな…松下五段!肉うどん優先して回してやるから手伝え!」

 

「おおう!」

 

それを見たメンバー達が次々と3人に加勢していき、最終的に絵本のおおきなかぶのようになっている。

 

「あなたは参加しないの?」

 

それを傍観していた俺にゆりがそう尋ねてきた。

 

「いや…最後尾がほら…な?」

 

言葉にするのは少し憚られ、チラリと目線を送ることで知らせようと試みる。

 

「ああ…なるほど」

 

察しの良いゆりはこれだけで気づいてくれる。

 

そう。最後尾に陣取っているのが椎名。つまり女子なのだ。

 

さすがに彼女持ちの身としてはどんな事情があるにしても女子を抱き締めるというのは倫理的に御法度だろうということだ。

 

まあ完璧に乗り遅れた体になってしまった。

 

「まあ俺は気楽に見物させてもらうとするよ」

 

「以外とそういうところはキッチリしてるね」

 

「まあ、愛しちゃってるしな」

 

精一杯冗談めかして言ったんだが、うわ~寒~、と言ってまたドン引かれてしまった。

 

別に寒くねえし。超アツアツだし。

 

「今だぁ!」

 

と少しイジケていると、誰かが大声で合図を送った。

 

そしてその合図を聞いた天使が一気に跳躍し

 

「釣れたぁぁぁぁぁ!!」

 

ついに主の姿が露になった。

 

全長がいくらか測る気すら起きないほど圧倒的な大きさだった。

 

そしてその主の姿に目を奪われて気づくのが遅れたが天使の跳躍によって釣り上げたため、加勢していたメンバー全員が空中に放り出される形になってしまった。

 

「おいおいこれヤバイんじゃね?」

 

主がその放り出された奴らに向けて口を大きく開いている。

 

あのままじゃアイツら食われちまうんじゃ?

 

「大丈夫よ。食われても死なないから」

 

「いや、そういう問題…なのか?」

 

反射的に反論してしまいそうになったけど、もしかして既に何回か食われたことがあるってことなのかもしれないな。

 

だから主が現れたら即離脱ってことになってるのかもしれない。

 

だったら何もせずに見ていればいいのかな。

 

そう自分の中で結論を出して、ならばと事の顛末を見届けようと視線を送ると、信じられない事が俺の眼に映された。

 

俺の眼に。

 

見間違うわけのない俺の眼に、見間違いかと疑わずにはいられないことが起きた。

 

天使が何かをボソッと呟くと、急速に落下を始めた。

 

それだけなら俺もここまで驚かない。重力を無視しているとも取れるが、何か落下するに応じてコツがあるのかと納得することは出来たかもしれない。

 

問題は落下を始めるその前だ。

 

落下の速度が上がる直前、天使が分裂したのだ。

 

分裂、というのはあまりの速度による残像に対しての比喩などではなく、言葉通り分裂したのだ。

 

分裂、もしくは分身。

 

とにかく、天使がもう一人現れたのだ。

 

「嘘だろ…そんなこと、あるわけ…」

 

「あなたにも見えたってことは、あたしの見間違いではないってことね…」

 

驚きのあまりに口から溢れでた台詞が聞こえてたようで、ゆりが神妙な顔つきでそう呟いた。

 

それに俺も黙って首肯で答える。

 

分身した天使は森の方角へ静かに落ちていった。

 

「…追うわ」

 

「は?お前、なに言ってんだ…?」

 

「あのまま放っておけないでしょ。大丈夫よ。危険な真似はしないから」

 

「だったら俺も行くよ」

 

いくら危険な真似はしないと言われても、むざむざ危ないところに一人で行かせることは出来ない。

 

「駄目よ」

 

「はぁ?!何で!?」

 

「あなたはいざって時の為に備えておいて」

 

「いざって時って…?」

 

「決まってるでしょ。あたしがやられた時よ」

 

平然とそんな想像もしたくないこと答えを出すゆり。

 

「だったら尚更行かせるわけにいかないだろ!」

 

「バカね。あんたには守らなきゃいけない娘がいるんでしょ?」

 

「…っ!それは…」

 

「だったら、ここはあたしに任せてあなたはそこで待ってなさい」

 

「………………」

 

「やだ。そんなに怖い顔しないでよ。言ってるでしょ。危険な真似はしない」

 

嘘だ、とゆりの顔を見て直感した。

 

きっとコイツは追いかけてもう一人の天使が危険だと感じれば無茶をしてでも自分で解決しようと動くだろう。

 

でも、岩沢のことを言われると何も言えなくなる。

 

「じゃあ行くわ。あなたは皆をお願いね」

 

天使が主を切り裂き、皆地面に着地を果たしたのを見てゆりは手を振ってもう一人の天使が落ちていった方角に去っていった。

 

それを俺は、黙って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしすげえ量だな」

 

大量に積まれた主のぶつ切りを見て感心している藤巻。

 

確かにそれは圧巻という一言に尽きる量だったが、ゆりのことが頭に残っている俺はあまり素直に驚けなかった。

 

「こんだけありゃしばらくトルネードしなくて良いんじゃね?」

 

「それは困る!ライブが出来ないと死んでしまう!なあ柴崎?!」

 

「ん?あ、ああそうだな」

 

「柴崎…?」

 

「いや、なんでもない。ちょっと考え事してた」

 

悪い、と片手を出して拝む。

 

いかんいかん、いつまでも考えてちゃ心配かけちまう。

 

とにかく今はアイツが無事に帰ってくるのを信じて普段通りでいよう。

 

「まあライブが出来なきゃ困るってのは置いといても、これだけの量を保存出来る場所がないから、どのみち持っても数日だろうしな」

 

これだけの量を数日で食いきるのは無理だろうし、どうするか?

 

「なら、一気に調理して一般生徒にでも振る舞うか」

 

「そうだな。そうするか」

 

「俺もそれに賛成」

 

音無の提案に、日向が乗り、俺も賛同すると、次々に賛成の声が上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川から学校に戻り、調理の準備をすると辺りはもう夕焼け色に染まっていた。

 

晩飯にするには丁度いい時間だ。

 

「なあ柴崎、さっきちょっと変だったけど何かあった?」

 

キャベツを千切りにしていっている途中で、急に岩沢が訊いてきた。

 

もしかして気にしてたのかな?

 

ダメだな、俺は…

 

「いや、今は大丈夫だから気にすんな」

 

「ん…そうか?」

 

「ああ」

 

心配をかけたお詫びもこめて頭に手を置いて優しく撫でていくと、気持ち良さそうに目を瞑っている。

 

「心配かけてごめん」

 

「いい。こういう心配をするのも彼女の務めだからな」

 

「うん。…ごめん」

 

「だから、謝るな。言うならありがとうにしとけって」

 

「そうだな。ありがとう、岩沢」

 

「よし」

 

そう言って笑う岩沢を見て、その顔を見て心が落ち着いていくのを感じて、やっぱりコイツを好きになって良かったと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~終わったぁ~!」

 

あの量は調理するのも時間がかかるが配るのも更に時間がかかった。

 

調理した主を配り終えた頃にはもう辺りは真っ暗になっていた。

 

「なあ、ゆりっぺどこに行ったんだ?」

 

「そう言えば見ないね」

 

「アイツがこんなのに参加するタマかよ」

 

そして何の気なしに交わされるそんな会話が耳に入る。

 

…まだ帰ってこない。

 

やっぱり、何かあったんじゃ…?

 

「おい!どうしたゆりっぺ?!」

 

不安を募らせ、荷物を持つ手に力が入った時、そんな悲鳴にも似た声が上がった。

 

慌てて声の方に振り返ると、服まで刻まれて倒れているゆりの姿があった。

 

一目散に傷ついたゆりに駆け寄る。

 

「ゆり!」

 

「大丈夫よ、これくらい…つっ!」

 

強がって立とうとするが上手くいかずに崩れ落ちそうになったところを抱き抱える。

 

「お前、やっぱり無茶して…」

 

「ごめん…でも、あれは危険よ…早く、なんとかしないと」

 

「お、おい。あれってなんだよ?」

 

当然もう一人の天使のことを知らない他の皆はゆりの言っていることが理解出来ない。

 

問いかける音無に答えようと目線を上げると、ちょうど音無の真後ろにある校舎の上にそいつがいた。

 

「天使…」

 

もう一人の天使。

 

既に腕から剣を生やし、月明かりに照らされている。

 

「なっ…?アイツは?!奏はあそこに、ずっと俺たちと一緒にいたんだぞ?!」

 

ありえない現実を目の当たりにして取り乱す音無。

 

「分身したみたいだ…」

 

「分身って…そんなことありえるのか?!」

 

「分からねえよ!けど、目の前で起きてるだろ!」

 

責めるような口調で問い詰めてくる音無に俺もつい口調が荒くなる。

 

そしてそんな俺達を見てもう一人の天使はニヤリと笑う。

 

「夜遊びなんて、罰が必要ね」

 

そして、そのまま校舎の屋上から飛び降りてくる。

 

「くっ…!」

 

それに素早くゆりが反応し、天使に立ち向かっていく。

 

さっきまで痛みで立ち上がれなかったはずなのに…

 

そして天使に向かってナイフを突き刺そうとする。

 

しかし、そんな怪我をして万全ではない状態の攻撃など当たるわけもなく、当然のように避けられてしまう。

 

そして、そのまま返す刀で切り刻まれる。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」

 

幸い一つ一つの傷は浅いもののようだ。

 

だが、あのままじゃやられるのは目に見えている。

 

助けないと…!

 

「おい!皆、銃をだせ!一斉射撃だ!」

 

「天使の回りを円形で囲め!全員で撃てばいくつか当たる!」

 

俺と音無の号令を聞いて皆が天使の回りを囲む。

 

「ゆり、離れろ!」

 

「くっ!」

 

ゆりが天使の近くを飛び退いた瞬間に全員で弾幕を張る。

 

これだけ撃てば…

 

しかし、そんな期待も天使の前ではただ打ち砕かれるだけだった。

 

「傷一つない…!」

 

「くそっ、どうなってんだ!?」

 

いつもならいくつか傷がついてもおかしくないほどの弾数だったのに…

 

このままじゃやられる…

 

反撃の手を無くし、頭が真っ白になっていると、天使に向かって飛び出していく影が一つ。

 

「奏?!なにを?!」

 

それは本物の天使だった。

 

天使対天使。

 

激しく剣を打ち込みあい、ことごとく引き分けに終わっていく。

 

どちらも天使なのだから当然なのかもしれない。

 

いつまでも続くかと思われた戦いの決着は唐突に訪れた。

 

両者ともに全く同じモーションで剣を突きだし、グシャリと嫌な音を立てて崩れ落ちた。

 

「か、奏?!」

 

崩れ落ちた天使に一目散に駆け寄っていく音無。

 

倒れた天使を抱き起こし、脈や息を確認し、死んでいるかを確認していき

 

「奏ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

悲痛な叫び声が、校舎に響き渡った。

 




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