俺はただ今図書室に陣取っている。
なぜかというと、もちろん読書をするためだ。
図書室を昼寝の場所だったり、勉強の場所だったりとして使用する輩がいるが、図書室とは本来読書をするための場所で、それ以外のことをするのはナンセンスだと言える。
まあ、ついこの間まで読書をする気なんてこれっぽっちもなかった俺がそんな事を言っても説得力の欠片もないけれど。
なぜそんな俺が唐突に読書を始めたのかといえば、生前の記憶を思い出したことが関係してくる。
俺は生前、知識や教養というものを本や雑誌などで得ていた。
そうでもしないと知識を得られなかったからだ。
つまり、今回も生前の経験に基づいて知識を得に来たというわけだ。
何の知識かというと、それは…
「何をしているの」
「……………」
それは…
「何をしているの」
「あのー、人がモノローグに耽ってる時に話しかけるのやめてもらえませんか?」
しかも一番大事なところで割って入ってくるなんて、なんて非常識な。
「モノローグ?」
俺の言ってることが分からないというように首を傾げる天使。
「いや、やっぱいいや。気にしないでくれ…って、天使?!」
モノローグをぶった切られた衝撃で気づくのが遅れてしまった。
「私は天使じゃないわ」
もう何度目になるか分からないこの台詞。
こいつこそNPCなんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「そうだったな。悪かった立華」
「何をしているの」
せっかく謝ったのにそれに対するリアクションも無しにまた最初の質問に戻ってしまった。
やはりどこか人間味に欠けている。
さすがは天使様だ。
「何をって、本を読む以外の何に見えるってんだ?」
謝罪を無視された腹いせにわざと大仰に両手を広げて肩をすくめる。
「何か調べもの?」
しかしそんな小さな仕返しは全く効果が無いようで、さらに質問を重ねられる。
「んー、まあちょっとな」
ていうか、それを発表しようとした時にお前がモノローグを切ったんだけどな。
「何か分かったの?」
「いや、これといった成果は特に」
元々答えが見つかるとも思ってなかった調べものではあったから、成果が無くてもいいんだけど。
というより、本当に癖みたいな感じで調べてしまっただけだ。
答えなんてあるはずもない。
ましてや本の中から見つけられる訳もない。
手伝おうか?と言われたがそれは丁重にお断りしておいた。
今回の場合はどうやら知識云々じゃなく、俺自身がどうにかするしかないみたいだし。
「お前こそ何か調べものでもあるのか?」
これ以上深く追及されても返答に困るので質問を返してそれを防ぐ。
すると、心なしか少し表情が暗くなったように感じた。
何故だろう?と考える間もなく立華は口を開く。
「生徒会をやめてすることがなかったから来ただけよ」
耳に入ってくる声のトーンはいつもと変わらないとても無機質な調子だった。
しかし、何故だか俺には凄く哀しんでいるように聞こえた。
それはもしかしたら自分達がそんな状況に追いやったという罪悪感からなのかもしれない。
「…そっか」
だから俺はそんな気の利かない相槌しか打つことができなかった。
これから何を話したものかと話題転換に頭をフル回転させる。
「あなたあの音無っていう人と仲はいい?」
しかしそんなことなど露知らず、立華は出し抜けにそんなことを訊いてきた。
「音無?まあ悪くはないと思うけど」
質問の意図が読めず返事が曖昧な言葉になってしまった。
「そう…あの人はどういう人?」
「どういう?」
矢継ぎ早に重ねられた質問で余計に意図が読めなくなり、つい質問をし返してしまう。
「どんな人?」
「どんな人って…」
なんてアバウトな質問なんだ…
音無の人柄ってーと…
「そうだな…アイツはとにかく人に優しいな。お人好しだし、人によってはアイツをおせっかいって感じるかもしれないな」
俺がとりあえず音無を思い浮かべて思い付く特徴をつらつらと述べていくと、立華は優しい…お人好し…おせっかい…とブツブツと反復していく。
しかしなんで音無?
最近よく音無が立華に話しかけているのと何か関係があるのだろうか?
もしかして自分を気にかけてくれる音無が気になる…とか?!
「やっぱり…あの人はあの時の…」
「え?」
「…なんでもないわ」
「そ、そうか?」
今、聞き間違いじゃなければやっぱりって言ったか?
しかもあの時?
もしかして音無のことを昔から知ってるとか?
いやでも、だとしたら俺にどんな奴なのか訊く必要なんてないんじゃ?
じゃあ小さい頃に会ったことがあるとか?
「あの人に…」
「え?なに?」
少し考え事の方に気を取られ過ぎて会話の方が疎かになってしまい、立華の言葉への反応が遅れてしまう。
「あの人に、もう私に構わなくてもいいって伝えてくれないかしら?」
「へ?」
あの人って…音無だよな?
構わなくていいって、話しかけないでくれってことなのか?
「もうあの人の優しさに甘えるのは駄目だと思うから」
淡々と、やはり無機質な調子の台詞。
一見文句のつけようがないような、自立を目指す台詞に思えるけど、1つ引っ掛かることがある。
「それは音無に話しかけられて迷惑だからか?」
「そんなわけない…」
「そうだろ?なら別に良いんじゃないか?アイツが優しいのは本当だし、最近よく話しかけてるのもアイツの優しさからかもしれないけどさ」
「ダメ」
俺が言葉を一区切りしたところで即座に否定の言葉を口にする。
「なんで?」
立華が何て言うかはなんとなく予想出来るけど念のために訊いてみる。
「だから…これ以上優しさに甘えるなんて…」
やっぱりそれか…
呆れて1度大きく溜め息を吐く。
「お前が決めるなよ」
「…なにを?」
「お前はさっきからずっとアイツが優しいから構ってくれてるとか、その優しさに甘えられないとか言ってるよな?」
「それが何?その通りでしょ?」
立華の問いに俺は首を横に振る。
「アイツが優しいからって、それだけで今まで敵だった奴を構ったりしねえよ」
「…だったらなんなの?何であの人は私に構うの?」
「それは…」
それはきっと、俺がさっき感じたものと同じ。
罪悪感。
これが一番近いものだと、俺は思う。
ただ優しいからってだけで今まで諍っていた相手を構ったりしない。
コイツを生徒会から貶めた事への自罰意識が、俺と音無には確実にあったはずだ。
それは立華の生徒会長失脚の原因に直接関与していて、さらに此処に来て日が浅く、立華への敵対心が少なかったから。
それははっきりと分かっている。
けど、それを立華に伝えることは出来ない。
それを伝えることはテストに細工したことをバラすことに等しいからだ。
もしかしら、いやきっと既に気づいている。気づいてなくとも勘づき始めているだろうけど、それでもそれを言うということは皆を裏切ることになる。
どうすれば…
言葉に詰まって窓の外に目を向けた時、ある人物が眼に入った。
思わず顔が綻んでいく。
「そりゃ、そいつのこと気に入ってなきゃ構ったりしないだろ?」
俺は言いながら窓を開けてその人物のいる方を指さす。
「え…?」
「ほら、見てみろ」
そう言うと立華は怪訝そうにしながら窓の外を覗きこむ。
「あ…」
俺の指さした人物とは、先の話題の中心だった音無その人だ。
キョロキョロと誰かを探すように辺りを見渡している。
「気に入ってるから、また話したいって思うから話しかけてるんだよ。だからさ、嫌じゃないんなら今日も一緒に飯食ってやってくんないか?」
それにもしかしたら…と言いかけたところで立華の方を見ると既に駆け出していた後だった。
「やれやれ…」
もしかしたら…音無は純粋にお前のことが好きなだけかもしれないぞ?
立華がどう思ってるのか分からないけれど、一も二もなく走っていったところを見ると、案外両想いなのかもしれないな。
「柴崎」
「岩沢?どうしたんだ?」
立華を見送り満足していたところを呼び掛けられ驚いていると、岩沢はムッと唇を突きだして不満そうにする。
あれ?俺何かしたっけ?
「それはこっちの台詞だっての。見かけないから探してたらこんなところにいるし、見つけたと思ったら何してるんだとか」
あー…それはそれは…
「申し訳ない」
「よし。で、何してるの?こんなところで」
こういう時に引きずったりしないところも岩沢の良いところだ。
まあ良いところなんて挙げ始めたらキリがないんだけど。
「んー、調べもの」
「何調べてたの?」
「そうだな…」
ここでぶった切られてしまっていたモノローグを再開する時が来たようだ。
俺が何を調べていたか。
それを言う前に、何故調べることにしたかを語りたいと思う。
つい先日のキス未遂事件が、今回この調べものをするに至った原因と言える。
俺は岩沢に自分の好意を伝え、岩沢もそれを受け入れた。
そしてその時にはすんなりとキスをしたのだ。
しかしこのあいだは出来なかった。
何故か心臓の高鳴りを抑えられずすぐに行動に移せなかった。
そして結果的に未遂。
なら何故すぐに出来なかったのか。
それが気になった。
だから俺は自分の気持ちを行動に移せないということに関連するものを調べていたのだ。
まあようするにだ。
「ツンデレについて、かな?」
「ツンデレ?なにそれ?」
「反動形成って呼ばれたりもする、自分の好意を素直にぶつけられないこと…かな。多分」
反動形成は多分少し違うんだろうけど。
「ふーん。よく分からないけど、何でそんなの調べてたの?」
「それは…うーん…」
ここまで言ったらなんとなく察してくれるかなと期待していたのだが、どうやらそんな回りくどいことじゃ伝わらないようだ。
仕方がないか。
俺は意を決して岩沢の肩を掴んで、右手を岩沢の顎に添え、唇を奪った。
迅速に。
自分の手の震えなんかが伝わる暇もないように。
「ちょっ…!なぁっ…!」
手を離すとたちまち顔を真っ紅に染めて目を丸くする。
「こういうことを素直に出来るようにって、思ってさ」
多分俺の顔も岩沢と同じかそれ以上に紅くなっていることだろうが、せめてキスの後くらい格好をつけるために余裕ぶる。
「意味…わかんない…」
「そうか?そいつは残念だ。じゃあとりあえず飯でも行きますか?お姫さま」
わざと飄々とした態度をとったまま跪き、手を差し出す。
この台詞は少々キザすぎるかとも思うが、ふざけていないと羞恥で顔から火が出てしまいそうだから仕方がない。
「それも何がじゃあなのか分からないけど…」
まだキスの衝撃は抜けきっていないみたいで、ほんのりと頬を染めているが、そのままフッと微笑みをもらし
「エスコートしてくれるのなら、行ってやってもよいぞ…なんちゃって」
へへ、といたずらっ子のような笑みを浮かべて俺の手をとった。
それを見て俺は立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
しっかりと手と手を握りあって俺たちは歩き出した。
同じ歩幅で。
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