読んでくださっている方々、いつもありがとうございます!
これからも精進していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
「―――!」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
でもまるで耳に何かが詰まってるみたいでひどく聞こえにくい。
それでも相手は構わず声を張り上げている。
さらにそれに合わせて身体を揺さぶられる。
「柴崎!」
「んっ…」
揺さぶられた拍子に耳に詰まっていた何かが落ちたのか、呼び声がハッキリと響いてきた。
つーか、マジで何か詰まってたのか…比喩のつもりだったんだけど…
まだ何か詰まってないだろうなと思い、起き上がって何度か頭を叩く。
あ、砂が出てきてる…鼓膜とかって大丈夫なのか?
「良かった…!見つからなくて探してたらこんな所で気絶してて…心配したんだぞ…!」
そんなバカな事をしてると唐突に抱きつかれ何事かと思ってよく見てみると、今まで何度も俺を必死に呼んでいた人物の姿をよく見てみると、そいつは俺の最愛の人である岩沢まさみその人だった。
いや、ていうか初めに確認しろよ俺…
今も涙目で俺を見つめている岩沢を見ると、自分の愚かさに怒りすら覚える。
「大丈夫だ。此処じゃ死ぬことなんてないしな。でも心配してくれてありがとな」
「心配したくらいでお礼なんていらないよ…あたし、彼女なんだからな」
岩沢は頭を撫でられて膨れっ面のままバカな俺にそんな可愛いことを言ってくれる。
至福だ…でも…
「えっと、そろそろ離れてくれる?」
なんだか岩沢の柔らかい部分とかいい匂いとかで色々マズイ…
「え?…嫌だったのか?」
「違う違う違う!なんていうか、その…嬉しすぎてマズイんだ!」
俺の台詞を悪い風に受け取ったらしい岩沢は、ものすごく悲しそうに目を伏せる。
涙目のままだから余計に悲しげに見える。
しかし俺ももちろん離れて欲しい理由をストレートに言うわけにもいかず、曖昧にぼかして弁解する。
「嬉しすぎて?…よく分からないけど分かった」
本当に本気で理解していないみたいだったが、とりあえず密着した状態から解放してくれた。
純粋な所が魅力的なんだけど、あんまりにも純粋すぎるのも困りものだ。いや、ほんと可愛いんだけど。
「にしても、何で柴崎はこんな所で倒れてたんだ?」
「え?」
生理現象を起こしてしまうことなく離れてもらうことに成功して、一件落着かと暢気にも思っていたところで、岩沢が俺にそう訊ねてきた。
いや、え?じゃないだろ俺。
真っ先に気づかねばならない案件をよりによって本人が思い至らないなんて、そんなバカな話があるか。
「うーん…なんでだっけか…?」
とりあえず自分のバカさ加減に呆れられない内に答えなければと思ったのだが、どうにも思い出せない。
時間はもう夕方に差し掛かっている。
ということは、おそらく半日近くは何かしら行動していたのだろう。
けど…
「思い出せないな…」
またぞろ記憶喪失にでもなったのか?
…いや、それは無いな。
何故なら俺は岩沢の可愛さや魅力をこれでもかというほどに記憶している。
もしかして岩沢以外のことを忘れてるのかもしれないと思ったけど、この間取り戻した過去の記憶も覚えているようだ。
ということは、何か頭に衝撃でも与えられたのかもしれないな。
耳に砂が詰まってたくらいだし。
「とりあえず朝から順番に思い出してみれば?」
「ん。それもそうだな」
だから言われる前に気づけよということなんだけど、今はそんなことより思い出すことの方が先決だ。と自分に言い訳してから回想に入る。
まずは朝起きたところから思い出そう
今日も昨日と同じようにジリリとなる目覚ましの音で起床した。
やはり、何か違和感がある。
何かが足りていない。
日常だった何かが欠けている。
まだその違和感を感じて二日だが、昨日のようにどうでもいいとはとても思えそうにはなかった。
しかし、いつまでもそうして考え込んでいるわけにもいかない。
もしかしたらまた岩沢が玄関で待ってくれているかもしれない。
そう思い、身支度、特に歯磨きなどを重点的に行って外に出た。
階段を下りて玄関を窺うと、うっすら人影が見えてやっぱり岩沢が待ってたかと思い急いで靴を履き替えて外に向かう。
しかしその喜びは、すぐにぬか喜びに終わることになった。
「悪い岩さ…わ…じゃ、ない…?」
「あさはかなり」
喜び勇んで寮の前に待つ最愛の人に駆け寄ったら思いきり人違いだった。
最愛の人どころか、全くと言っていいほど関わりのない人物だった。
「し、椎名?」
「あさはかなり」
そこに居たのは風変わりなくの一系女子である椎名だった。
この時の俺の心境は何故椎名がここに?という疑問よりも、岩沢来てないのか…という落胆の方が大半を占めていたのだが、そこはご愛嬌にしておこう。
まあしかし、椎名がここにいるのか不思議だという気持ちもなくはなかった。
なので、とりあえず訊ねてみることにした。
「誰か待っているのか?」
「あさはかなり」
即答だった。
けど意味不明だった。
これはもしかして、わざわざ男子寮の前にいるんだから誰かを待ってるに決まってるでしょ?マジチョベリバ~!という旨の回答なのかもしれない。
「じゃあ、誰を待ってるんだ?」
「あさはかなり」
またも即答だった。
そしてまたも意味不明だった。
これももしかして、何言ってるの?あたしといえばあの人じゃない!そんなことも知らないの?マジエンガチョ~!という意味なのか?
なら早々に立ち去ることにした方がいいな。逢い引きの邪魔は良くない。
「じゃあ俺行くよ」
「あさはかなり」
「ぐぇっぷ!」
しかしそんな俺の気遣いも椎名に首根っこを引っつかまれて止められる。
止められた拍子に足を滑らせて転倒した。
いや、待って、苦しいって…!
「お前だ」
「…は…?」
首根っこを掴んだまま、またもよく分からないことを言ってくる。
お前だって何…?てかその前に…
「手…離、して…」
「あさはかなり」
「げほっ!ごほっ!」
あさはかなのはお前だ、と言ってやりたいところだが、今は咳き込んでしまっていてそれも出来ない。
それにそんな文句よりも椎名の言った台詞の意味を問う方が先だろう。
「で、お前だって何?俺に何か用なのか?」
「あさはかなり」
今度のこれは言わずもがなだろうって事だろうか?
「なら何の用だよ?正直お前とは話した事もないから何の用なのか見当もつかないんだけど」
「戦え」
「はい?」
さっきからずっとだがまたも言葉足らずで全く真意が分からない。
表情が乏しいのもそれを強める要因になっている。
まあさすがに遊佐ほどじゃないけど…
しかし戦えって、いわゆる決闘的なことなのか?それともデュエルするのか?
「ゆりから聞いた。お前がこの間戦線の危機を救ったと」
「危機って…」
直井のことだよな?
確かにあのまま放っておけば近い内に攻めこまれたかもしれないけど、救ったなんて言われ方をするのはなんとも面映ゆい。
「だから私と戦え」
「いやいやいやいや、その流れでそれは意味分からないからな」
俺が戦線の危機を救った(この言い方はやっぱり恥ずかしい)から戦えって、どういう事だ?褒められこそすれ、戦う理由にはならないだろ。
「私とお前、どちらが強いか興味がある」
「そんなのどう考えてもお前のが強いだろ!!」
思わず叫んでしまったが、それもしょうがないと思う。
俺には椎名みたいなさながら本物の忍者みたいな身体能力もないし、クナイとか短刀を駆使して戦うことも出来ないのだから。
「わたしに危機を未然に防ぐことは出来なかった。しかし、お前には出来た。だから興味がある」
あ、ダメだ。この子話を聞かないタイプの人だ。
多分何を言っても話は堂々巡りになる。
岩沢が音楽キチのスイッチが入ったときと同じだ。椎名は戦闘キチなのか。いや、強者キチか。
「いいから来い」
「いや、ちょっと待ってくれぇぇぇぇぇ!!」
俺の態度に痺れを切らしたのか、椎名は俺を抱き抱えて走り出した。
「さあ」
「何が、さあ、だ!!」
俺を抱いて連れてきた場所はこの時間に人が中々来ない河原だった。
そして着くなり今の台詞だ。しかもご丁寧にチョイチョイと挑発する構えまでつけて。
叫びたくもなる。ツッコミたくもなる。だって人間だもの。
「なぁ、本当にやる気なのか?言っとくけど、俺は人より眼が良いだけの普通の人間だぞ?」
いやきっとそれだけでも普通の人間とは言えないのかもしれないけれど。
俺の眼は異常の部類に入るのかもしれないけれど。
それでも視力が良いとか、その程度の能力じゃ椎名の速さに対抗出来るわけがない。
「構わない。お前に期待してるのは力じゃない」
「力じゃない?」
腕力には期待してないってことなのか?
それとも実力のことか?
「来ないならこちらから行くぞ!」
「ちょっ…!」
こうなったらやるしかねえのか…なら一矢報いるくらいはやってやる。
「あさはかなり」
「……………………」
いや、ね?勝てるわけないしね。死んだしね。
起きた瞬間この台詞だしね。
一矢報いるのも、そりゃ無理だしね。
だって椎名の攻撃避けるので手一杯だし、数少ない反撃も当たるわけないしね。
速いんだよ。すげえ速いんだ。もう速いしか言葉が出ないんだよ。
攻撃も防御も人間のそれじゃないんだ。
見えても当たらないし、避けるのも紙一重になる。ジリ貧だ。
「勝てるわけねえ…」
心で思ったことを口にする。
椎名に聞こえるように、俺なんかに期待するなよと言外に主張するために。
「やはりお前も駄目か」
「はあ?」
いまさらなんだそりゃ?初めから散々そう言ってるってのに。
「そりゃそうだろ。お前に勝てるやつ、どころかお前の攻撃凌ぎきるやつすらいないだろ」
攻撃が見えたって避けられないんだ。見えない奴がどう避けるんだよ。
「あさはかなり」
「またそれか…」
「いる」
「え?何が?」
この子は何でいつも言葉が足りないんだ?毎度主語が抜けていて分かりづらくてしょうがないんだが。
「私の攻撃を凌ぎきる奴はいる」
「は?いや、そんなバカな…あ、もしかして天使のことか?」
言いながら思い当たるが、それは流石に反則だろう。
あれは人間じゃないし、身体能力が俺たちとは桁違いなんだから。
「違う」
「違うって…なら誰だよそれ?」
「てぃーけーだ」
「てぃーけー?」
てぃーけー…てぃーけー…ティーケー…TK?
「えぇぇぇぇ!?TK?!」
発音が悪すぎて気づくのが遅れてしまったじゃねえか!
「あさはかなり」
「え?違うのか?」
「合ってる」
どっちだよ!
いやでも、TKがそんなに強かったってのか?確かに身体能力って点ではそりゃ高そうだけど。
「昔1度奴を殺そうとしたことがある」
「いや、なんでだよ!」
「言っていることが意味不明すぎてムカついた」
それいくらTKでもお前には言われたくないだろ。
それにTKが使う英語って、あんまり難しい単語とか無いと思うんだが。
もしかして椎名は英語が苦手なのか?さっきも発音がカタコトどころの騒ぎじゃすまなかったし。
「ていうか、そんな理由で殺すのかよ…仲間なのに…」
「私の生きている時は仲間でも、邪魔なら殺した」
「生きている時に?!」
そんなこと現代であるのか?
いや、そりゃどこか内乱でも起きてる国とかなら分かるけど、日本でだぞ?
そんな俺の疑問などどこ吹く風とばかりに話を続ける。
「それに此処なら殺しても生き返る」
「だからつい殺そうとってことか…?」
「うむ」
コクリとさもそれが当然のように頷く。
しかし、明らかにそんなのは異常で異端だ。
俺達の生きてきた世界とは一線を画す価値観をコイツは持っている。
「お前、もしかして本当に忍者なのか?」
「あさはかなり」
「やっぱり違うのか」
「私はくの一だ」
「一緒だよ!」
いや、椎名の言いたいことはわかる。
確かに女だからくの一かもしれない。でも、今重要なのはそこじゃない。断じて違う。
「つまり、本物なのか?」
「偽者がいるのか?」
確かに、偽者でこんな人間離れした奴は聞いたことがない。
…と思う。ていうか偽者をそもそも見たことがない。
なら、椎名は本物の忍者…じゃなくて、くの一なのか…
「殺そうとしたが、奇怪な動きで全て避けられてしまった」
「…ああ、そうか」
話を戻したんだな。
確かに話が大分横道に逸れていた。
だけど話を戻すんならせめて一言断りをいれてくれないと、急に何の話をしてるのかと思ってしまう。
「奇怪な動きか」
「クネクネウネウネと軟体動物のように動かれて攻撃が当たらなかった」
それってダンスしてる時に狙ってたまたま全部避けられただけなんじゃ…?
「あの屈辱は忘れられない…」
そんなことに気づいてもいない椎名は悔しそうに唇を噛み締める。
なんとなくこんな勘違いをしているのが可愛く思えてもくるけど、流石にここまで悔しそうにしているのを見過ごすのも気が引ける。
だから俺は提案した。
「ならTKと決闘してみたらいいじゃねえか」
「えらいことを簡単に提案したもんだな」
回想を一段落させたら岩沢は呆れたという表情でそう言った。
「我ながらそう思う」
朝から順に思い返して、少しずつ自分が何でここで気絶していたのか思い出してきた。
記憶というのは1つ思い出すと芋づる式に他のものも思い出されていく、というようなことを何かで読んだことがあるような気がする。
その記憶自体がかなり曖昧だけど。
まあ何にせよ今回のはそれと同じことなんだろう。
「それで、そのあとどうなったんだ?」
呆れていたわりに、結構興味が湧いてきたようで身を乗り出して続きを催促してくる。
楽しげに爛々と瞳を輝かせている。吸い込まれそうなくらい綺麗だ。
「早く早く」
このまま吸い込まれてしまおうかと考えていたのだが、どうやら岩沢的には早く続きが聞きたいようだ。
わかったわかったと手振りをつけて落ち着かせながら回想を続ける。
「「…………………」」
俺のかなり軽い気持ちでした提案を、椎名が思いの外乗り気になってしまった。
もちろん提案するだけしてそのまま放置なんてわけにもいかず、どこにいるかも分からないTKを必死に探しだし、なんとか決闘の場をセッティングしたのだ。
そしてこの沈黙。まさに嵐の前の静けさ、といったところか。
「あの時の屈辱、今晴らす」
「?」
いや、違うみたいだ。
コイツら話が通じてないだけだ。
ていうか、そりゃTKからしたら何がなんだか分からないだろうな。
ダンスしている所を狙われて、知らない間に避けていただけなんだから。しかもそれを屈辱だとか言って決闘を申し込まれてるんだからな。
まあ、原因の一因は俺なんだけど…
「あー、あれだよTK。バトルだ」
「Battle?OK!」
あ、良いんだ。
なら話は早いか。
「椎名、OKだってよ」
「おーけー?」
コイツら面倒くさいな。
片方には英語で片方には日本語で通訳しなきゃいけないのかよ。
いや、TKは日本語分かるんだっけか?
まあいいか。
「了解だってよ」
「そうか…なら」
OKの意味を要約してやると、1度頷いた後、物凄い速さでTKに向かって突進していった。
「死ね」
そんなとても仲間に向けるものではないであろう物騒な言葉を残して。
「そんな…」
数時間戦いは続き、ようやく決着がついた。
そしてそれはとても信じがたい結果で幕を閉じていた。
地面に四つん這いになっている椎名と元気に躍り回っているTK。
一見するとTKが椎名に決定的な一撃を見舞って椎名が倒れ込んでいるのかというように思うが、そうではない。
TKはただ避け続けたのだ。
数時間も。
あの椎名の、文字通り目にも止まらぬ攻撃を。
椎名が倒れこんでいるのは、決してTKより先に体力が尽きたというわけではないだろう。
尽きたのは精神力。
渾身の一撃を永遠、椎名の言うところの奇怪な動きで避け続けられたのだ。
いちど屈辱を味合わされた相手に、再度同じ目に合わされたのだ。メンタルを削られるのもしょうがないことだろう。
「バカな…またしてもこんな奴に…」
自分の目の前に起きている現実が信じられない、というより受け入れられない椎名は、地面にある砂利を握りしめている。
悔しそうに顔を歪めながら。
「Hey椎名」
「なんだ…!」
それを見たTKは慰めの言葉をかけようとしているのか椎名に声をかける。
さすがはTK。変なやつだが、気遣いの出来る奴なんだな、と関心した。
だが、そんな関心は一瞬で打ち崩された。
「You are very cute」
「何を言ってるんだ?」
この時ばかりは椎名と同じ気持ちだった。
いや、椎名とはまた別の意味なんだけど。
椎名の言う何を言ってるんだ、はそもそもTKの言葉の意味が分からず言っているのだが、俺が言いたいのはこんな状況でお前は何を言ってるんだ、ということだ。
屈辱で崩れ落ちている相手にお前は何を言ってるんだ?
「コイツは何を言ってるんだと聞いている」
ただてさえ苛立っている上に煮え湯を飲まされた相手に意味の分からない言葉をかけられて更にイラついてるようで、やつあたりのように厳しい口調で訊いてくる。
いやでも、これそのまま言っちゃって良いのか?余計に怒るんじゃないのか?
「早く言え!」
「分かった!分かったよ!」
もうどうなっても知らねえぞ!
「お前のこと可愛いって言ってるよ」
「…可愛い?」
俺の言葉に要領をえないという風に首を傾げ、確認の意味も兼ねてかTKの方を向く。
「Yes」
それを受けてTKはサムズアップで答える。
「かわ、いい…!?」
ようやく全てを悟ったのか、ゆでダコのように顔を紅く染める椎名。
漆のように煌めく黒髪に真っ赤な顔がよく映える。
「何を言ってるんだ貴様は!」
本気で怒っているのかそれとも照れ隠しか判然としないが、短刀を抜いて振り回す。
そしてそれを当然のごとく全て避けるTK。
まあ今回の剣さばきは、お世辞にも避けられないほどの速さとは言えないものだから、さほど驚くようなことじゃない。
避けている間に隙を見計らっていたのか、一瞬動きが鈍くなった瞬間にTKが振り回していた腕を掴む。
「I love you」
ここでまた核爆弾並みの爆弾発言を投下し出す。
「な、何て言ってるんだ?!」
ただ今混乱の極みをまっしぐらの椎名は普段のキャラなど忘れたかのように大声でこちらに通訳を求めてくる。
「お前のことが好きらしいぞ」
言うかどうか迷ったが、言わないと収まらないことも確かなので正直に答える。
「は、は、はぁ?!」
ボフンッと音がするくらいに顔を真っ赤にする椎名。
いつもクールに部屋の隅で佇んでいる時の面影は木っ端微塵に消し飛んでいる。
今の椎名は年頃の初心な少女といった風情だ。
そんな椎名を見て、TKは何故かすくっと立ち上がり、背を向けて
「Good bye」
それだけ言い残して去っていった。
「い、今のは?」
「さようならだって」
「そう、なのか…」
またも愛の言葉かと身構えていたようだが、ただの別れの言葉だと聞いて、安堵と落胆の半々のような反応を見せる。
つい、悪戯心が湧いてきてしまった。
「で、どうするよ?」
「な、何が?」
「決まってるだろ?告白の返事だよ」
今の俺はさぞかし意地の悪い顔をしていることだろう。
「へ、返事って、つまり…」
「付き合うのか?恋人同士になるのか?ってこと」
「あ……」
「あ?」
当たり前だ、か?
それともありえん、とかか?
「あさはかなりぃぃぃぃぃ!!!」
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺の予想はどちらも外れ、おまけに切り刻まれるという、ある意味椎名を茶化した天罰のようなものを受け、地面に這いつくばることになった。
「自業自得だな。さすがに彼女でも庇えない」
「返す言葉もないです…」
ここで気絶していたのも、耳に砂が入っていたのも、なんてことはない。全部自分が招いた結果だった。
「ていうか、可愛いとか、黒髪に紅い顔が映えるとか、あんな描写いらないだろ」
「うっ…」
ジトっとこちらを睨んでくる岩沢になんと返したものかと言葉に詰まる。
つい口が滑っちまってた…
「もしかして椎名に心変わりしてたり…」
一転、怒りを滲ませていた表情から、少し瞳を潤ませて今にも泣き出しそうになる岩沢。
「そんなわけない!岩沢が一番に決まってる!ナンバーワンでオンリーワンだ!」
「そっか…ならいい」
とりあえずそこねてしまった機嫌を取り戻すことには成功したようだ。
ていうか最近すぐ泣きそうになってるよな…涙腺が緩くなってるっていうか。
それだけ岩沢にとって俺が大事だってことなのかな?
ならどれだけジト目で見られたって耐えられる気がする。
泣かれるのは、ちょっと勘弁だけど。
「それにしても、TKと椎名はどうなるんだろうな?」
岩沢が思い出したかのようにそう口にする。
「まあ、何だかんだでうまくいきそうだけどな。案外似た者同士な気もするし」
言葉が通じないところとか。
それでも似てないところの方が多いけど、そんなのは違う人間なんだから当たり前だ。
「じゃあこれからに期待、ってところか」
「そういうことだな」
随分長い期間遠回りしたカップルにこんな上から目線で語られたくはないだろうけど、そこは本人達もいないから気にせずいこう。
「あー、一段落ついたらお腹空いたな。食堂行こう」
「ん、そうだな。俺も朝から何も食ってないからお腹ペコペコだ」
「じゃ、早く行こうぜ!」
「あ、ちょっと待てって!」
新しいカップルの誕生を心の隅で願いながら、俺たちは食堂に向かって駆け出した。
感想、評価などよろしくお願いいたします。