―――ジリリリリッ!!
枕元から激しく鳴り響く目覚ましの音。
カチ。
俺は半身を起こしながらそれを止める。
ベットから這い出て立ち上がりグッと伸びをする。
「うむ」
清々しい朝だ。
あまりにも清々しすぎて思わずいつもなら使わない形式ばった言葉が出てきた。
清く清く、ひたすら清い朝だ。
気分としては清々々しいくらい言ってもいいくらいだ。
何か違和感の様なものを感じるが、それも消えてしまうほどだ。
何故俺がこんなに清々しく感じているかと言うと、遂に、遂に、俺と岩沢が付き合うことになったのだ。
遂にとか言っておいてなんだが、付き合うまでに時間がかかったのは全て俺のせいだった。
詳しく語るのは、何と言うか、勘弁してもらいたい。今思い出してもみっともないというか、恥ずかしい。
ざっくりと語るなら、自己満足のために岩沢に辛い思いをさせたこともあった。
しかし、ようやっと付き合うしだいになった。
男女交際をスタートした。
恋仲になったのだ。
「…いひゃい」
もしかしてこんな幸せな状況は壮大な夢だったのではないかと不安になり、ベタにも頬を抓ってみたがキッチリと痛みを感じて安堵する。
夢じゃない。
俺はあの岩沢と付き合ってるんだ。
おまけに昨日…キスまで済ましている。
思い出しただけでも顔が熱くなる。
唇の感触まで鮮明に思い出してしまう。
「柔らかかったなぁ…」
自分の唇をなぞりながら思わず呟く。
いや、何をしみじみと変態じみたことを言ってるんだ俺は。
「…着替えよう」
外に出る支度を終えて今は寮の階段を下りている。
今日もいつもの道で岩沢に会えるだろうか。
会えるとしたらどんな風に接したら良いのだろう?彼氏になったのだから、そこはやはり今までの友達としての接し方と同じではいけないだろう。
だがだからと言ってまるっきり態度を変えるのは無理があるし…
「どうしようかな…」
まあまだ時間に余裕もあるし、ゆっくり気持ちを作るか。
玄関で靴に履き替え外に出ると、そんな時間の余裕は消し飛んだ。
「し、柴崎」
「岩沢?!」
「き、奇遇だな」
ほんのり顔が火照って目を泳がしながらそんなことを言う岩沢がそこに居た。
こんな狙いすました奇遇はないだろ。
「あー、いや、違うな…」
自分の言い回しに納得いかないのか、少し顔を伏せて首を捻っている。
そして、意を決したのかのように顔をあげる。
「柴崎に早く会いたくて…来ちゃってた」
「いや、えっと…」
上手く返事は出来ないが、何と言うかまあ、なんとも可愛いことを言ってくれる。
ここまで彼氏冥利に尽きる彼女も他にいないだろう。
ていうかいない。
断言するし、異論も認めない。
「なんだよ。柴崎は会いたくなかったのかよ?」
少し膨れっ面になって拗ねた様子を見せる岩沢。
…可愛すぎないか?
いや、元から可愛いことは周知の事実だけど、今までの当社比3倍くらい可愛く感じる。
「…帰った方がいい?」
「いやいやいや!そんなわけないって!」
この凶悪的なまでの可愛さについて考えすぎていたみたいだ。
でもこの涙目になってる岩沢も可愛い!!
まあ、可愛いからといっていじめる趣味もないし、それに、そんなことをしてたらたった一日で彼氏の地位を剥奪されるかもしれない。
「その、俺も岩沢に会いたかったし…」
これはもちろん心の底からの正真正銘の本音だ。
気持ちを作る時間が欲しかったのも本音だけど。
しかし、こんな台詞を言うのはとてつもなくこっ恥ずかしい。
本音だからこそ余計にだ。
「本当か?」
「本当だって。神に誓ってもいい」
神に逆らおうとしてる奴の台詞ではなかった。
「そっか…よかった…」
「何でそんなに心配するんだよ?嫌がるわけないだろ?」
どうにも今日の岩沢は不安そうというか、自信がないような感じだ。
ちょっと返事に間が空いたくらいのことなのに。
俺が何故だろうと不思議に思っていると、だってさ、とまだ目を少し伏せたまま口を開く。
「柴崎に告白されたのが夢みたいでさ…もしかして本当に夢なんじゃないかって…」
どうやら岩沢も俺と同じ様な事を考えてたようだ。
…いや、岩沢の方が強くそう思っていたかもしれない。
何せ、俺のはた迷惑な自己中思考でずっと待たせていた上、告白をすると決めたら即断即決、その日のうちに唐突に告白したのだから。
待たされていた分余計に疑り深くなるに決まってる。
もしかして夢なんじゃ、と思うのは当たり前だ。
「大丈夫、夢じゃねえよ。俺は本当に、現実に岩沢の事が好きだから」
精一杯誠意が伝わるようにハッキリと好きだと口にする。
やはり素直な裏表のない言葉を口にするというのはなんとも恥ずかしく、むず痒い気持ちになるのだが今まで散々待たせた報いだと思えば何てことない。
岩沢は目を瞑って俺の言葉を何度も何度も反復して咀嚼しているようだった。
「…うん。安心した」
そしてようやく目を開いてはにかむ。
キラキラと輝いているように見えるほど目映い笑顔だ。
「…生きててよかった」
つい、心の声が漏れでてしまった。
「ん?あたしたちはもう死んでるぞ?」
「そうだった…。なら、死んでよかったかも」
「今日の柴崎はよく分からないな。急に黙ったり、死んでよかったとか言ったり…」
おっと。付き合ってまだ一日目なのにもう呆れられてしまってないか?
まあ客観的に見たら確かに今日の俺の行動はおかしいな。
嬉しさだとか、喜びだとかで細かいことが気にならなくなっているのかもしれない。
他人から見た自分の行動とか。
「いや、どうにも自分が抑えきれなくてな。今も気を抜いたら抱き締めそうだ」
「え…?」
またしても言わなくて良いことまでポロッと口から溢れている。
本当にダメだな。全く自分を止められないぞ。
思ったこと全部言ってたらキリが無くなってしまうじゃないか。
頭撫でたいとか、膝枕してもらいたいとか、キスしたいとか、もう1回メイド服着てみて欲しいとか。
いやもういっそのこと全身くまなく…
「じゃ、じゃあ…いいよ」
「へ?」
しまった。考え事をしすぎてどこまでが口に出していて、どこまでがそうでないかが分からなくなった。
「何が?」
「何がって…ギュッてしてもいいよ」
マジですか岩沢さん…!?
自分で言っておいてなんだがまさかこんななんの脈絡もないただの願望がOKされるとは。
もう既に岩沢の方は目を瞑って抱き締められる体勢もバッチリ整っている。
バッチコイ状態だ。
「まだか…?」
中々行動に移さない俺を訝しく思ったようで、片目を空けて確認してくる。
まだかと言われても…
据え膳食わぬは男の恥とは言うけれど、ここは寮のまん前だしなぁ…ていうか
「いや、今そんなのしたら色々我慢出来なさそうだから止めとくよ」
「そ、そうか…」
残念そうにする岩沢を見るのは心が痛むが、まさかこんな朝っぱらから、しかもいつ誰が出てくるか分からない寮の前でそんなことになるのはマズイ。
それに相手はあのガルデモのフロントマンだ。遅かれ早かれいつかはバレるが、スキャンダルは出来るだけ避けた方がいいだろう。
「じゃあとりあえずいつもの教室にでも行こうか」
「そうだね」
そう言って俺達は手を繋いだりする事なく、二人の間を微妙に開けたまま歩き出した。
「あれ?二人とも今日は早いんですね」
教室のドアを開けると、いつも通り朝練をしていたのであろう入江が休憩していて、入ってきた俺たちに気づいて声をかけてきた。
口調が敬語になっているのは、俺が岩沢と一緒にいて、岩沢と話すときとごっちゃになっているからだろう。
「あー、うん。まあな」
顔を合わせて気づいたが、よく考えたら告白してからの昨日の今日で皆に報告をしていなかった。
「どうしたんですか?二人一緒で」
これは何と答えたもんだろうか…?
いや、普通に付き合い始めたことを伝えればいいんだけど、あまり急に言うと驚くだろうし、何より恥ずかしい。
かと言って、何か上手く誤魔化す言い訳も無いし…
「柴崎と付き合うことになったんだ」
「え、ちょっ!」
い、岩沢さん?!なんでそんなストレートに?!
「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」
そして入江さん?!なかなかの爆弾発言に反応が薄すぎないですか?!
「えーと、驚かないのか?」
「え?いや、お互いが好きなのも知ってたし、時間の問題だと思ってたから」
なんだか逆にビックリみたいな顔をされたけれど、そんなことが気にならないくらいに恥ずかしい…
え?なに?皆俺が岩沢の事好きなのって知ってたのか?誰もが当たり前のように知っていた公然の秘密だったのか?
なら自分だけ自分の気持ちに気づかずにいた俺はとんでもなく間抜けなピエロじゃないか。
「もういっそ殺してくれ…」
「ええ?!どんな心境の変化なの?!」
「ああ!いやダメだ!岩沢を残して死ぬわけにはいかない!なら俺はどんな恥だってこの身で受けてみせる!!」
「なんなの?新手のノロケ…?」
おや?何故こんな全米が泣けるほどの感動的なシーンを見て、入江は呆れているんだろうか?
もしかして何かおかしなところがあったのか?
「柴崎…照れるだろ…」
いや、岩沢がああ言っているのだからやはり俺は間違っていない。
岩沢が右を左と言えばそれはもう左なんだ。
きっとあまりの感動で反作用的に感情が固まってしまったんだな。
そして顔をうっすら紅くして照れている岩沢は全米が惚れるほどに可愛い。
「ひさ子さん達早く来てくれないなぁ…」
ポツリと入江がそんなことを呟いていたけど、気にしないでおこう。
「そっか。そりゃめでたいな」
「おめでとうございまーす!」
「ついに噂じゃなくて本物のカップルになったんですね!」
入江の呟きは成就することなく、ひさ子と関根とユイはいつもと同じ時間にやってきた。
そしてここでもやはり岩沢がすぐに付き合ったという旨を伝えた。その時入江は何故か少しぐったりとしていた。
またもバッサリと直球な言い方で、俺はひどく恥ずかしかったのだが三人は入江と同じように驚くことなく平然と祝福の言葉をくれた。
そこでようやく、俺の岩沢への恋慕が皆にとっては常識であることが確定された。
「いや~、やっとくっついたか。いつまでグダグダやってんのかと思ってたぞ?」
「本当ですよねぇ~。柴崎くんが早く気づけば終わることなのになぁってずっと思ってましたよ」
「柴崎先輩は本当にアホですね!」
しかもダメ押しまでくらった。
つーか、ダメ押しっていうよりダメだしだった。
俺ダメダメだな…
「へ~。皆柴崎があたしのこと好きだって知ってたんだ」
「ん?ああ、本人が気づくよりも先にな」
「もう恥ずかしいからやめてくれないか…?」
これ以上自分の醜態を聞いていられるほど俺のメンタルは強くない。
築50年のアパート並みのメンタルなんだ。
「何でだ?」
「自分の至らなさを永遠突つかれてる気分になるから…」
さすがについ一昨日の頃の自分の行いを若さゆえの過ちと言うのは無理がある。
まあ、此処には年齢の概念が通用しないわけだから、結局ずっとそんな風には片付けられないんだが。
「まあまあ良いじゃないですか。結果的には幸せなんだから」
「その結論はちょっとおざなり過ぎないか?」
「いーのいーの!あたし達みたいなのが幸せになれたってだけで、それだけで万々歳!それで良いじゃない」
「…それもそうか」
確かに、俺も岩沢も、生きてる頃に幸せなんて一握りもなかった。
そんな二人がこんな世界で、偶然に偶然が重なって奇跡的に出逢って結ばれて幸せになった。
言われてみれば、これ以上一体何を望めばいいと言うのだろう。
「柴崎」
「ん?」
身に余る幸福を実感していると、急に岩沢が心配そうな声で俺を呼ぶ。
「消えるなよ…?」
真剣な眼差しでこちらを見る岩沢の表情には心配という言葉以外見当たらなかった。
そんな岩沢を見て、俺は苦笑する。
「消えねえよ。岩沢残して消えられないって、さっきも言ったろ」
「…そうだったよな。忘れてた」
安堵の表情を浮かべる岩沢を見て俺もホッとする。
いらない心配をかけないように俺も気を付けなきゃな。
「はいはい、お二人さん。イチャイチャするのはそこら辺にして、今日はお祝いだ。練習休みにしてお菓子とジュースで騒ぐぞ!」
「いぇーい!」
「盛り上がるぜごらぁ~!」
「大山さんも呼んできますね!」
この後、皆から盛大に質問されまくったのは言うまでもない。
こうやって、俺と岩沢の恋人初日は幕を閉じたのだった。
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