Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年も良かったら読んでやってください。


「コイバナしようよ!」

――――トントントン

 

眠ることによって沈んでいた意識を肩を叩かれる感触で引き上げられる。

 

しかし、肩を叩くってのは遊佐にしては珍しい起こし方だな。

 

いつもは声を掛けてくるだけ(シチュエーションは様々だが)なのに。

 

「柴崎くん。早く起きてよ」

 

ん?柴崎くん?

 

遊佐はくん付けじゃなくさん付けのはずだ。

 

敬称なんてのはそうそう変えられるようなものでもない。

 

ということは…誰だ?

 

「関根…?」

 

「やっと起きた~。遅いよ柴崎くん」

 

まるで本当に俺の起きるのが遅いかのような口振りで思わず、これはすまない。これからは起床時間を守る清く正しい人間になるよ。と言いかけたが、時計を見てみればまだ時刻は6時を回ってすらいない。

 

こんな時間なら寝ていて当たり前だろう。むしろいつもこんなに早く起きていたら間違いなくあだ名はおじいちゃんになってしまう。

 

「いやいや、それよりもお前何しに来たんだよ」

 

思わず現実逃避するように真っ先に考えるべきことを後回しにしてしまったが、何故関根がここに?

 

しかも遊佐が起こしに来るよりも早くに。

 

思わずノリツッコミみたいになってしまったじゃないか。

 

「コイバナしようよ!」

 

「うん…いや、ちょっと待ってくれ。状況をまとめたい」

 

寝ていたら急に起こされ…まあこれはどうせ関根が来なくても遊佐がやって来て同じことになるのだが、とにかく起こされ、遅いと文句を言われたあげくにいきなりコイバナをしよう…か。

 

「…折檻だな」

 

「恐いよ!!」

 

「おっと間違えた。説教だな」

 

似ているからつい間違えてしまった。

 

「いや間違えないよ!?意図的にやらないと間違えないよ!」

 

「失礼な。火星に代わって説教するぞ」

 

「そこは折檻だよ!」

 

どうも間違えてしまうな。これはセーラー服を着た火星の娘に謝らなければ。

 

まあそんな冗談はさて置いておくとして、本当にどうしようかコイツ。

 

「なんで朝来ていきなりコイバナになるんだよ?」

 

「あ、今じゃなくてさ、何人か集めていつもの教室でやろうよってこと」

 

「いやそれでも何故としか言いようがないんだけど」

 

どうせいつもみたく教室で集まることになるんだからわざわざこんな早朝に誘いに来なくても良いんじゃないだろうか。

 

「それはまぁ…色々あるのですよ女の子には」

 

一瞬言い淀んだものの、すぐに切り替え、器用にウィンクを決める。

 

男としては女子にそう言われるとなんとも言い返せなくなる。特に俺なんかには女子の機微なんか分かるわけもない。

 

「まあ、じゃあそれはそれで良いとしよう。でも何で俺に言うんだ?」

 

俺なんかに言わなくてももっと人を集められる奴が居るだろうに。

 

ひさ子とかなら男女関係なく顔が広そうだし。

 

「それはあれだよ。柴崎くんならとりあえずすぐに3人は確保出来るかなって思って」

 

「すぐに?3人?」

 

俺ってそんなに人望厚かったっけ?まだ新入りの域を出ないんだけど。

 

「まず遊佐ちんが起こしに来てそこで確保。次に岩沢さんと道端で会って確保。最後に柴崎くんを目敏く見つけてくる自称神を確保」

 

ほら、これで3人。と嬉しそうに3本指を立てて笑みを浮かべている。

 

いや、確かにそれで3人居るけども。

 

「岩沢ならどうせ教室に居るんだから誘う必要がないだろ」

 

「いいのいいの!細かいこと気にしなーい!」

 

ここで話は終わりだと言うように大きく腕を交差させバツを作る。

 

全くもって真意が読めず、ここで話を打ち切られては困るのだが、話すつもりが無いのなら聞くことは出来ない。

 

どうしたものか…

 

「じゃあよろしくねん!」

 

「えっ、ちょっ…」

 

「バッハハ~イ」

 

バタンッ

 

用件を言うだけ言って部屋から出ていってしまった。

 

止める暇すら無かった…

 

こうなるといよいよ訳もわからないままに奴のワガママに付き合わなければいけないわけだ。

 

「どうしたもんか…」

 

ガチャ…

 

「柴崎さん?起きていたのですか、珍しく」

 

扉が開く音がして関根が帰ってきたのかと期待したが、入ってきたのは遊佐だった。

 

時計を確認すると、もうそろそろいつも遊佐が俺を起こす時間になろうとしていた。

 

ていうか、お前の言い方だとまるで俺がいつも昼過ぎまで寝ているみたいじゃないか。やめろよ。勘違いされたらどうするんだ。

 

まあしかし、遊佐の驚く所は貴重なので良しとしよう。

それよりもせっかく、いやまあいつも来るんだけども、遊佐が来てくれたんだ。関根に言われた通り誘ってみるか。

 

「なあ、コイバナしないか?」

 

「……………え?」

 

単刀直入に本題を切り出すと、何故か急に狼狽し始める。

 

「わ、私ですか?」

 

今コイツ以外に誰が居るというのだろう。

 

「当たり前だろ?お前以外居ないじゃないか」

 

「い、岩沢さんは…?」

 

さっきからなんで当たり前のことばかり聞くのだろうか。

 

「岩沢も呼ぶぞ?」

 

「え…?」

 

俺が答えると途端にキョロキョロと泳いでいた目が死んだ。溺死している。

 

何かマズいこと言ったっけか?…まあいいか。そもそもいつも無表情だし、俺の気のせいなのかも知れない。

 

「さっき関根が来て、急にコイバナしたいから人数集めてくれって言われてな。遊佐が来たから誘おうと思ってな」

 

「ああ、はい。そうですか…」

 

いかにもな生返事をしてくる遊佐。

 

いつもなら関根が来たことに反応しても良さそうなものなんだけどな。

 

「だから参加してくれないか?」

 

「ああ、はい。分かりました…」

 

またしても生返事で心配せずにはいられないが、とにかく了解を得ることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけなんだけど岩沢も参加してくれるか?」

 

「まあそりゃいいんだけど…」

 

いつも通り道すがら岩沢に出会い、かくかくしかじかと事情を説明すると快くOKをもらったのだが、俺の隣の負のオーラが気になるようでその元凶に目をやる。

 

「遊佐は一体どうしたの?」

 

「いや…俺にもわからん」

 

遊佐は未だに目が死んでいて、ブツブツと何か呟いている。

 

耳を澄まして聞いてみても、きたいした…とかどうとか途切れ途切れにしか聞こえない。

 

いつ元に戻るんだろうこれ?

 

「まあいいや。それより関根は何で急にそんな――「柴崎すわぁ~ん!」

 

岩沢が気を取り直して会話を続けようとしたのだが、後ろから聞こえていた大声に阻まれる。

 

この瞬間3人目の参戦が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人目の交渉は二つ返事で終わったので割愛しておいて、とりあえず関根から頼まれていた人員の確保を終えた。

 

かくして、ここ、ガルデモの練習場である教室にてコイバナ大会が始まる運びとなった。

 

最終メンバーはガルデモに、俺、遊佐、大山、直井を加えた合計9人。

 

椅子を円形に並べて全員が向かい合う形となる。

 

そこまで用意してようやく主催者である関根があー、おほんと1つ間を置いてから口を開きだした。

 

「ようこそ集まって下さいました皆々様。今宵はこの珠玉のメンバーによる大コイバナ大会を始めたいと思います」

 

えらく形式ぶったというか、無駄に堅苦しい前置きから入る関根。

 

だが、約半数は集まったわけでなく元からここに居たし、珠玉というにはメンバー集めは適当だったし、今は夜ではなく昼だ。

 

「あのーしおりん。あたしたちコイバナするなんて聞いてないんだけど…」

 

「そこはご心配なくみゆきち。きっちり楽しめるようにしますから」

 

質問と答えが噛み合っていないところをみるとどうやら是が非でもコイバナを遂行したいようだ。

 

しかし何故関根はここまでコイバナにこだわっているのだろうか?

 

「バカらしい。あたしは帰る」

 

「ちょーっと待ってくださいよぅ!!」

 

呆れて席を立とうとしたひさ子に抱きつき羽交い締めで引き止めようとする。

 

「離せこら!」

 

「…良いんですか?そんなこと言って」

 

「何が?!」

 

必死にすがり付く関根を振り払おうとしたひさ子。

 

しかし、関根がひさ子の耳元で何かを囁くとピタリと動きが止まった。

 

「お、お前それどこで…?」

 

「にゅっふっふ~、まあ良いじゃないですかそんなことは。それのり大事なのはそれを知られていることなんですし~」

 

関根の満面の笑みを見て顔色をサーッと青く変色させたひさ子。

 

「さ、さぁやるぞ野郎共!楽しい楽しいコイバナだ!!」

 

黙って席に戻ったかと思うと一転、テンションを上げて騒ぎ始めた。

 

しかも先ほどまでと言っていることが真逆だ。

 

一体関根は何を言ったのか?

 

そして、いつもならひさ子に勝てないはずの関根がまさか弱味まで握って、あろうことかそれを行使してくるとは。

 

今日の関根は何かが違うみたいだ。

 

「なんでもいいからさっさと始めろ。僕は待たされるのは嫌いなんだ」

 

「へいへい。では始めやしょう!まずは軽いジャブから。好きな異性のタイプは?です!」

 

足を組んでふんぞり返っている直井に急かされてようやく始まった。

 

好きなタイプは?か。確かに軽めでいかにもコイバナのテンプレ的な質問だ。

 

しかし、深く考えたことは無かったな…いや、もしかしたら生前には考えたのかも知れないがそもそも俺には記憶がないわけで、一から考えないといけない。

 

「じゃあとりあえず…柴崎くん!どうぞ!」

 

「俺か!?」

 

まさか初っぱなに指名されてしまうとは思いもよらなかった。

 

しかし、トップバッターが、ゴメンちょっと考えたいから待って。というのは雰囲気も台無しだろう。出鼻の挫き方が半端ない。

 

ということは、即興で答えなきゃいけなくなるということか。

 

ええい、ままよ!

 

「清楚な子がいいな!」

 

「普通だね。よし、じゃあ次みゆきち!」

 

流された…。

 

いや、そりゃ確かに普通だよ?でもしょうがないじゃん。考える時間が与えられなかったんだし。

 

むしろ空気を壊さなかったことを評価して欲しい。

感じて欲しい。俺の心意気から生まれたマイナスイオンを。

 

「私は…その…大山さんそのものというか…」

 

「ぼ、僕も入江さんそのものだよ。えへへ…」

 

とかなんとか思っている内に俺のマイナスイオンはリア充という名の排気ガスで瞬く間に汚染されてしまっていた。

 

俺の作った空気がぁ…!

 

「ヒューヒュー!熱いねぇ!堪らないねぇ!これぞコイバナって感じだねぇ!」

 

あれ?受け入れられている?そんな馬鹿な…コイバナ中にリア充発言はご法度なんじゃないのか…?

 

「じゃあ次ね!」

 

俺が一人戦慄している間にもトークは進んでいってしまう。

 

「じゃあ…直井くん!」

 

「僕は雌どもなんかに興味はない」

 

バッサリだった。

 

わざわざ溜めまで作ってたのに瞬殺だった。

 

「はぁ…直井、いいからとりあえず言っとけ」

 

このままだと冗談でなく空気が悪くなるので仕方なく取り成す。

 

また喧嘩をされたらたまったもんじゃない。

 

「柴崎さんに言われてしまっては致し方がないですね…では言ってやる。感謝しろ」

 

「へへぇ~直井様の好みが聞けるとは今この命が尽きたとしても満足でごぜえます~」

 

関根はもう直井の扱いが分かってきたようで仰々しく直井を仰いでいる。

 

「柴崎さんや音無さんのような包容力を持っている人だ!」

 

関根の台詞で興が乗ってきた直井は人差し指をビシッと指して叫んだ。

 

しかし好きなタイプを話してる時に引き合いで俺の名前を出すのはやめて欲しい。

 

皆からの視線が痛い。チクチク刺さってくる。特に関根からの睨みがヒドイ。針のムシロだ。

 

悪いのは俺じゃなく直井なのに…

 

「もう。すぐ柴崎くんとか音無くんとか言うんだから…もういい、次~ひさ子さん」

 

「なんでそんな投げやりに指名されなきゃなんねぇんだよ」

 

親の敵を見るような目線をようやく外してくれ、少しいじけているものの進行を再開してくれた。

 

ひさ子には悪いことをしたような気がするがそこは気にせず行こう。

 

「まあ…多少ぶっきらぼうでも優しければいいんじゃないか?」

 

誰を想像しながら言っているのかは自明の理だが、自慢のポニテを弄りながら少し目を伏せて答えていた。

 

「まあありきたりっすね~」

 

「じゃあお前はどうなんだ?さっきから偉そうに言いやがって」

 

投げやりに当てられてあげくのはてにはありきたり呼ばわりをされて気分を害したようだ。

 

「あたしですか?あたしは…」

 

関根は一度チラリと目線を直井の方向に逸らし

 

「少しキザなくらいが好きかも…です」

 

と言った。

 

関根みたいなやつはキザなやつの方が嫌いそうだが、意外とそうでもなかったらしい。

 

キザというのは王子様キャラみたいなことなのだろうか?それならまだ分からないでもない。

 

「ふぅん。なるほどねぇ」

 

一人得心がいったという風にニヤニヤと相好を崩しているひさ子。

 

なにがなるほどなのだろう?

 

「さ、これでいいでしょう!次はユイだぁ!」

 

関根はそのひさ子を無理矢理意識から外すように次の回答者を指名する。

 

「あたしはぁ、頭が良くて、運動神経も良くって、お金持ちで、かっこ良くて…それで、どんなあたしでも好きでいてくれる人が良いです!」

 

「長いよユイ~」

 

「でもでも、それくらいじゃなきゃあたしとは釣り合わないですから!」

 

どう考えても釣り合わないのはユイの方だが、まあ今回は気にしないことにしよう。無礼講にしておこう。

 

きっと、本当に大事なのは最後の1つだけなのだろうし。

 

…ユイのことだから本当に本気で言っているのかもしれないけど。

 

「じゃあ次、遊佐ちん!」

 

「ブツブツ……ブツブツ…」

 

………これは重症だ。まだ治っていなかった。

 

というよりむしろ悪化している気がする。

 

「そ、それじゃあ最後は岩沢さん!」

 

関根はここで華麗なスルースキルを発動した。

 

「あたしか」

 

ついに来たか…

 

いや、別に気になってるわけではない。これは…そう。岩沢の事をもっとよく知って告白の返事をより早く出来るようにするためだ。他意はない。

 

極限まで耳を澄ましているのも別段意味なんてない。

 

「………特にないな」

 

なんだって…?

 

「へ?でも岩沢さん好きな人がいるんですし、好みのタイプくらいあるんじゃ?」

 

「いや、だってさあたしはこれが初恋だし、これから先他に好きなやつが出来ることもないだろうからタイプとかよく分からないんだよな。強いて言うなら柴崎の全てがタイプだ」

 

…さすが岩沢さん。なんというか感無量だ。

 

このなんとも筆舌に尽くしがたい満足感。他の誰かにも味あわさてやりたい。

 

いや、まあ無理なんだけどね?だって岩沢はこれから先他に好きなやつが出来ることはないらしいし?

 

「柴崎くん。そのニヤケ顔今すぐやめて」

 

おっと。つい顔が綻んでいたらしい。気を付けないと。

 

「ていうか、直井くん。これはいいの?岩沢さんが柴崎くんのこと好きって言ってるけど」

 

「柴崎さんが好かれるのは当然のこと。それに、柴崎さんがあの程度のやつにほだされるわけがない」

 

「柴崎くんニヤケてるけど?」

 

「あれは勝者の笑みだ」

 

意味がわからなかった。

 

が、まあ岩沢に危害が加えられる心配はないようなのでとりあえず一安心としておこう。

 

「で、全員言い終わったわけだけどまだ続けるのか?」

 

「そりゃそうだよ!すぐに終わらせちゃつまらないでしょ?」

 

という関根の意向でこの後も、好きな異性の仕草や、そもそも好きな人がいるのか等と話していき、そろそろ夕方を過ぎようかと言う時刻に差し掛かった。

 

「じゃあこれ最後ね!ズバリ戦線の中で付き合うとしたら誰!」

 

「この質問じゃ僕たちの出番ないね」

 

「そうですね」

 

関根から下された最後の指令。

 

確かに既に付き合っている大山と入江はもう関係のない気楽な位置にいる。

 

しかし、こと俺に関して言うならば絶体絶命のピンチと言って相違ない。

 

なぜなら、隣に座っている岩沢からの期待のこもった視線が痛いからだ。

 

さっき味わった針のムシロよりもよっぽど痛い。

 

針が数本とドリルくらいの差がそこにはある。

 

真剣に視線のドリルで穴が空きそうだ。

 

ここまで視線でダメージを与えられた奴もそうそういないだろう。

 

「じゃあ聞かなくても分かりますけど岩沢さん、トップバッター頼みます!」

 

「柴崎だ!」

 

即答やめて~!

 

そのキラキラとした目で俺を見ないで~!

 

「それについての返答は…最後のお楽しみにとっときましょうか!」

 

どうやら俺はこの与えられた僅かな猶予で答えを出さなきゃいけなくなったようだ。

 

「次は遊佐ちん…って言いたいところなんだけど、まだ治ってないんだね」

 

結局最後の最後まで元に戻らなかったな…

 

「というわけでひさ子さん!」

 

「何がというわけなんだよ」

 

ひさ子はなんかとばっちりみたいな指名のされ方ばかりされてるな。

 

「あたしは…別にいないんだけど…」

 

歯切れの悪い返答をするひさ子。

 

それもそのはず。ひさ子は藤巻が好きなのだから。

 

全く、下手な嘘を…

 

「そんなこと言わずに、パッと適当に言っちゃいましょうよ。こんなの強いて言うならってもんなんすから!」

 

その嘘を真に受けているのか、それとも見抜いているのか底知れぬ感じにニヤけている。

 

「適当でいいなら…藤巻でいいよ。いつも麻雀してるし…」

 

おいおいひさ子さんよ。そんなにもじもじしていたら気づかれちまうぜ?

 

全く、初心な反応を見せてくれる。

 

「次は直井くん!」

 

「いない」

 

やはり即答だった。

 

「いや、だから強いて言うならとか適当でいいってば!」

 

「なら貴様でいい」

 

「へ?…ふぇ?!あ、あたし?!」

 

直井の答えを聞いて顔から火を吹き出したように顔を紅くする関根。

 

「そうだ。これでいいだろ」

 

関根の反応などに興味はないとばかりにふんぞり返っている直井。

 

「いや…その…いいけどさ…」

 

「なんだ?はっきりしない奴だな。何か文句があるのならはっきりと言え」

 

「文句っていうか…」

 

もじもじし始める関根と、それを見て何故か喧嘩腰になる直井。

 

これほど噛み合わない光景もないだろう。

 

二人で見えている世界がまるで違うようだ。

 

三者三様ならず二者二様。いや、二人なら違うのは当たり前だけど。

 

「ふん。言わないのなら催眠術で吐かしてやろうか?」

 

「やめろ」

 

「痛っ」

 

いよいよ強行手段に出ようとしだす直井を拳骨で止める。

 

本当に性根は変わってないなコイツは。

 

一度俺みたいに記憶喪失になってみるといいんじゃないかと思う。

 

まあ性格が変わるとは限らないのかもしれないけど。

 

「ねえ、直井の催眠術って言うこと聞かせるだけじゃないの?」

 

今の会話から何を思ったのか、岩沢がそんなことを訊ねてきた。

 

「何故貴様なんかの質問に答えねばならない?」

 

「…言うことを聞かせるだけじゃないのか?」

 

「そんなわけないじゃないですかぁ!もっと沢山バリエーションを取り揃えていますよぅ!」

 

訊くのが俺になった途端にこの変わりようだ。

 

手のひら返しも良いところだろう。

 

「バリエーションってどんな?」

 

「だから何故貴様に――「もういいから答えろ」―分かりました」

 

流石に言語が同じ奴ら同士の通訳なんてことを続けるのはややこしい。

 

そもそも言われて聞けるくらいのことなら最初からやっておけよ。

 

「どんなバリエーションと言われても返答に困るな。具体的に言ってみろ」

 

「たとえば…催眠療法みたいに過去を思い出させたり」

 

そういうことか。

 

珍しく音楽でもなんでもないことに食いついているなと思った。

 

岩沢が言いたかったのはこの催眠術を使って俺の記憶を取り戻すことが出来るんじゃないかっていうことだったのか。

 

「それくらい造作もない」

 

「本当か?!」

 

「ああ。神に二言はない」

 

「柴崎!」

 

神からのお墨付きまでもらった岩沢は歓喜に満ちた顔でこちらに振り向く。

 

…戻るのか。ついに、俺の記憶が。

 

それはどんな記憶なんだろう。そんな一抹の不安と、これでようやく岩沢への答えを出せるのかもしれないという期待が、俺の頭に渦巻いていた。

 

 

 




現在ヒロインは岩沢さんのタグを外すかどうかで迷っています。詳しいことは活動報告に書いてあるのですが、ざっくり説明すると遊佐が柴崎に惚れて柴崎が岩沢さんと遊佐のどっちを選ぶかをそのタグでネタバレになっているからということです。

何か意見を頂けると嬉しいです。

もちろんそれ以外の感想、評価等もお待ちしております。

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