「柴崎さん、今日は直井さんの紹介ですね」
「柴崎、今日もガルデモの練習見に来るよな?」
「……………」
「岩沢さん。柴崎にも仕事があるんですよ?」
「遊佐。柴崎はそれでもあたしを見に来てくれるんだよ」
「…………………………」
直井事件を終えた俺は、今日も今日とて何故か火花を散らす二人の間に挟まれて校長室に向かっている。
二人いっぺんに話されたら返事出来ねえし…しかもどっちにしても予定が決められてるし…あと岩沢を見に行ってるわけでは…ないようなあるような
何故だろう…美少女二人に挟まれていて男なら嬉しいはずなのに溜め息が出てしまうのは。
俺がおかしいのだろうか?
俺はいつの間にか美少女二人に挟まれても何の反応も示さない坊さんみたいになっちまったのか?
「なあ聞いてるのか柴崎?」
「柴崎さん?」
「い、いや、なんでもない」
つい疑心暗鬼になって考え込んでいると、返事が来なくて不審に思った二人が顔を覗き込んできた。
整った二人の顔立ちを見て胸がドキリと高鳴る。
どうやら男としての機能を失っているわけじゃないらしい。
「おい遊佐、ちょっと顔近すぎないか?」
「岩沢さんこそ近いですよ?」
しかしまたすぐに言い合いを始める二人を見て高鳴りが止んでしまう。
逆になんだか冷や汗が出てくるくらいだ。
「柴崎?なんだ、両手に花だな」
背中に嫌な汗を感じていると後ろから声をかけられ振り向くと、音無が缶コーヒーを持ってこちらに向けて軽く手をあげていた。
「おお!音無!丁度よかった!話したかったことがあったんだ!悪いな二人とも。俺は音無と先に行くよ!」
救世主降臨とばかりに音無をひっ捕まえて二人の先を行く。
「おい、なんなんだ一体?」
「頼む。俺もよく分からなくて困ってるんだよ」
手を合わして拝み倒すと人の良い音無は、しょうがないな、と許しをくれた。
流石は神様仏様音無様だ。
「やや!そこのお二方はもしかして音無さんと柴崎さん!?」
ようやく一難去ったかと思えば、また一難か…。
この仰々しい喋り方で既に誰だか見当がつくが一応後ろを向いて確認すると、案の定直井が立っていた。
直井 文人。先日、というか前日仲間になった自称神の催眠術士。
前日の直井事件の一端でひょんな事から俺と音無にすごく懐いている。
自分で言うのもなんだがそれはもう崇拝といってもいいくらいだ。自称神のくせに他の誰かを崇拝している妙なやつだ。
ていうか、音無に懐く理由はまあ察しがつくんだが俺に懐く理由がよく理解出来ない。俺はこいつを殺しているんだが。
それについて訊いてみても、仲間になろうと言ってくれたので!と元気よく返されただけだった。
そんな当たり前なことくらいでここまで懐かれるものなのだろうか?
「朝からお二方の神々しいお姿を見れるなんて恐悦至極ですぅ!」
そして何よりもキャラが変わりすぎなのでは?
昨日の途中まで、この愚民が、とか平気で言っていたのに。
ていうか、自称神に神々しいって言われる俺たちは一体どういう存在なんだ?触れるものを輝かしていく存在か?それ岩沢じゃん。
「直井…そこまで敬う必要ないだろ。仲間は対等なんだから…」
呆れて直井に注意すると、直井は更に爛々と目を輝かせていく。
マズイ、マジでAlchemyしちまった。
「僕なんかを仲間に誘ってくれただけでなくあろうことか対等とまで言ってくださるとはその器の大きさ僕等には到底推し量ることは出来ません!!!」
コイツ俺の言葉に感動してるのは良いけど対等になるつもり0だな…
未だ俺を賛美する言葉をつらつらと並べていく直井。
ていうか息継ぎして話せよ。瞳孔開いちまってるし顔色も悪くなって来てるし。
「まさにこの世に再臨した全知全能のか…み……」
バタッ
ついに身体中にある酸素を使いきったらしい直井は話している途中で倒れた。
「息継ぎ無しで行き倒れるとは…」
「まあ、天晴れなやつだ」
天晴れだけど、結果的に俺達が担いで行かなきゃならないわけだ。
やれやれ。先行きが思いやられるぞこりゃあ。
「はーいというわけで、新しく仲間に加わる直井くんでーす。はい、皆拍手~」
校長室に皆が集まるとすぐに直井の紹介を始めたゆりだが、もちろん拍手など起こるはずもなく。
「おいゆりっぺ!さっきの話だとそいつ俺たちを殺すつもりだったんだろ?!そんなやつ仲間に出きっかよ!」
逆に、血の気の多い奴らが多い戦線メンバーから反対が起こらないはずがない。
「殺す?そんな安い行動な訳がないだろう。貴様らを痛みで押さえつけ屈服させるつもりだったのだ」
「はぁ!?余計仲間に出きるか!んな奴!!」
更に俺と音無以外には態度を変えるつもりの無い直井は言う必要の無い挑発までする始末だ。全くもって始末に負えない奴だ。
「いい加減にしろ」
見るに見かねた音無が直井の頭に拳骨を落とす。
あまり手を出したりしない音無には珍しいケースだが、今回ばかりはしょうがないだろう。
「これから仲間になるってのに屈服とか言ってどうするんだ。いいから、普通に挨拶だけしろ」
「…音無さんが言うなら」
まだ痛むのであろう頭を擦り、1度咳払いをして再度口を開く。
「正直、音無さんと柴崎以外はどうでもいいが一応よろしくしておいてやる」
「んだとこらぁ!!」
なんで火に油を注ぐことしか出来ないんだコイツは…
「どうかしたのですか?お二方とも。何か問題ありましたか?」
呆れて溜め息を吐く俺と音無を見て心底不思議そうに首を傾げている。
傲慢が行き過ぎてバカになっちまってるのかコイツ…
「はぁ、もういいわ。今日は顔合わせしたかっただけだからもう解散でいいわよ」
ゆりも俺たちと同じ気持ちだったようで片手を頭に添えている。
そして解散を言い渡された他の奴らはやはり今一納得がいってない様で、何人かは舌打ちをしたり壁を蹴ったりしながら部屋を出ていっていた。
ただ仲間にしただけだったのだがなんだかものすごく罪悪感が沸いてくるのは何故だろう?
「何だ奴らは?態度の悪い奴らだ…消しますか?」
「バカ。すぐに消すとか、そんなこと言ってんな」
あどけない笑顔を浮かべてとんでもないことを言い出す直井の頭を音無が叩く。
根っこからの性格はやっぱりまだ変わってないか…
いつかコイツも皆を仲間と思う時が来るんだろうか?
「…なぁ、本当に付いてくるのか?」
ガルデモの練習場に向かう俺の横をにこやかに笑いながら歩いている直井に問いかける。
「はい!勿論ですよ!柴崎さんの行くところならば例え火の中水の中草の中森の中土の中!」
どうやらコイツの忠誠心はピカチ〇ウにも勝るようだ。どうか土の中までは遠慮して欲しい。
…いや、別に付いてきちゃ駄目なわけじゃないんだけど…アイツらの邪魔にならないだろうか?
明らかに直井はあのメンバーに相性が悪いだろう。
うーん…
「あの、着きましたよ?」
「何と!」
考えていたらいつの間にか着いてしまっていたようだ。
というより、驚くべきは意識しなくともこの空き教室に自然と着いてしまう俺の足だ。
目瞑りながら歩いてたんだけどなぁ…それだけ通いつめたって事か。
もうここまで来てしまったのならしょうがない。腹を括ろう。
いざとなったら切腹しよう。
「たのもー!」
「どうした?そんな道場破りみたいに」
しまった。つい気合いが入りすぎた。
「いや、気にしないでくれ。それより直井を連れてきたんだ」
本当は付いてきたが正しいんだろうけどそれに関してはまあ気にしない方向でいこう。
「なになにー?新入りさん?あたし関根しおり!しおりんって呼んでね!よろしくぅ!」
「五月蝿いぞ。雌」
関根の自己紹介も直井はにべもなく返す。
…いや、返してる内に入らないかこれは。
さすがの関根も二の句も継げられないようだ。
「おい。なんだこの生意気なの?」
「誰が生意気だと?」
マズイ…ガルデモの中でも一番相性が悪そうなのが来てしまった…
「こ、コイツは直井。新しく仲間になったからよろしく言っておこうと思ってな!」
「別に僕はよろしくしなくてもいいがな」
出来れば黙っていて欲しかったなぁ…
「今すぐ出てけぇぇぇー!!」
なんとか直井には今日のところは音無の所に行ってもらうことで納得してもらい(まあ全部アイツが悪いのだが)今は関根を宥めている。
「アイツも悪気があるわけじゃないんだよ…なんていうか、若さゆえの過ちというか…」
「どこの赤い彗星なのアイツ!あんな会ってすぐに五月蝿いとか言わないよ普通!」
ごもっとも過ぎて何も言い返せない…
「しかも雌って!言うに事欠いて雌って!しかも漢字でだよ!せめてカタカナでしょ!」
いや、漢字かどうかはどうでも良いのでは?
そもそも何で俺が怒られているんだろうか?
ていうか、意外にもひさ子よりも関根の方が怒りを引きずっているようだ。
ひさ子は謝ったらすぐに、お前が悪いわけじゃねえんだからアイツに謝らせろと許してくれた。
心なしか物凄くハードルの高いことを要求されたが…
とにもかくにも関根をなんとか落ち着かせないといけない。
「関根、お前前に誰とだって仲良く出きるって言ってたじゃん?アイツとも仲良くしてやってくれよ」
まあアイツは仲良くなりたいわけじゃないんだけど…
「無理に決まってるじゃん!仲良くなるには両方が歩み寄らないと駄目なんだから!」
つくづくごもっともです…
「アイツも昔辛いことがあったんだよ」
「そんなの皆一緒だよ。此処はそういう人しか居ないんだから。そんなんで甘えようなんて考えが甘いんだよ」
今日やたらと正論しか飛んでこない…いつもの関根じゃない…
どうやって関根の怒りを静めようかと悩んでいると、ガラガラッと乱暴に教室の扉が開かれ、そこには憤慨した直井が立っていた。
「直井?!音無の所に行ったはずじゃ…」
「音無さんは天使と食事をしていたので帰ってきたんです」
音無…お前何やってんだ…
「それよりも貴様!僕がいないと思って随分好き勝手言ってくれてるな!」
扉を開けた勢いそのままに関根に向かってつかつかと歩み寄り威圧的な態度をとる。
「だってそうじゃない!此処に居る他の皆は昔どんなに辛いことがあったってアンタみたいな態度はとってないよ!」
だが関根はそんな態度に一切怯むことなく、なんなら自分から距離を詰めていくくらいの勢いだ。
「貴様ぁ!神に向かって何て口を利いている!」
「神?!バッカみたい!中二病拗らせちゃったんじゃないの?!」
「中二病だと?!何訳のわからない事を言っているんだ!この低俗な雌め!」
「何が低俗な雌よ!アンタこそただの甘ちゃんじゃん!」
互いにヒートアップし続け、今では互いに額がくっつく程に接近してしまっている。
「僕のどこが甘ちゃんだと言うんだ!」
「辛いことがあったからってそれを言い訳にしてそんな態度とってるからでしょ!」
「貴様…!知った風な口を…!どうせ貴様はしょうもない理由で此処に来ているのだろう!そんな奴が…」
売り言葉に買い言葉で言い返そうとした直井が言い切る前に関根が平手打ちをかましていた。
「アンタこそ、何も知らないくせに勝手なこと言わないで」
さっきまではどんなに怒鳴られようと迫られようと気丈に反論していた関根だったが、今は瞳にうっすらと涙が滲んでいる。
「貴様…!」
「ストップだ直井」
「ちょ…柴崎さん?!」
さらに何か口走りそうな直井の首根っこを捕まえて制止させる。
さすがにこれ以上は見過ごせないだろう。
「悪い岩沢。関根のフォロー頼む」
「任せて」
岩沢を軽く拝んでから教室を後にする。
教室から出てしばらく歩いて適当に話の出来そうなスペースを見つけてそこで足を止める。
「何なんですか奴は?!人の事を散々貶して…!」
どうやら直井もかなり鬱憤が溜まっていたようで、止まるなりいきなり大声をあげる。
しかし、俺は俺でどうしようもないほどに鬱憤が溜まっている。
「あのなぁ、どう考えても今回のはお前が悪いだろうが。…何で仲間にあんな事を言うんだよ」
声を荒げていた直井だが、少なくとも俺が怒っている事には気がついたようですぐに声のトーンを落とす。
「僕は…柴崎さんと音無さんにはすごく感謝をしています。それは本当に掛け値なしの本音です。ですが、他の奴らには何の恩義も無ければ義理もないんです。そんな奴らと仲良くなんて…」
「なら、何で音無と俺にはその恩義だとか義理だとかを感じたんだ?」
「それは…音無さんはこんな僕の事を初めて認めて下さりましたし、柴崎さんは僕を仲間に加えて下さったから…」
当然、直井がそう言うことは分かりきっている。
「俺の言った仲間にはお前が義理も恩義も感じていない奴らも入ってるんだよ。もちろんお前がさっき口論していた関根だってな」
きっと直井も頭の中では分かっているはずだ。だけど、分かっていても出来ない事はある。
だからこそ誰かが言わなければならない。
「俺は今朝言ったろ?仲間は対等なんだって。それは俺とお前の事でもあるし、お前と他の奴らの事でもあるんだ」
気づかないふりをしている奴を見て見ぬふりするのは仲間じゃない。
気づかないふりをしている奴を引っ叩いてでも気づかせるのが本当の仲間だ。
「だから他の奴らを見下したり、俺と音無を敬ったりするのはやめろ。お前は神でも何でもないただの直井 文人なんだからな」
「…………………」
これで多少はコイツの心に響いただろうか?
「…柴崎さん。僕…」
「なんだ?」
「僕…見下したりしていませんけど…」
……はい?
聞き間違いだろうか?三行半したりしていませんと言ったのだろうか?
「おいおいそりゃそうだろ。お前に嫁も彼女も居ないだろ?」
「三行半じゃないです。見下したりしていませんと言ったんです」
聞き間違いじゃなかったのか?ならやはり見下していないという意味なのか?
「いやでも、お前雌だとか低俗だとか言ってたじゃん」
「だって、奴は女でしょう?なら雌じゃないですか。低俗というのも思ったから言っただけですし」
あっけらかんとそんな事を言ってのける直井。
思わず納得してしまいそうになるけど、普通女の事を雌とは言わないだろ。
「え、じゃあなに?あれ素なの?」
「…?はい、そうですけど」
どうやら俺はとんでもない奴を仲間に引き入れてしまったようだ。
「…謝りに行くぞ」
「はい?」
「良いから謝りに行くぞ!!」
「は、はい!!」
直井を連れて再び空き教室にやって来た。
「関根、直井が謝りたいってよ」
もちろん直井が本当にそんな事を言ったわけでは無いが、ここに来るまでに自分が言われたら嫌なことを人に言ってはいけません。という小学生に教えるようなことを言うと、謝罪することについては納得してくれた。
「ほら、直井」
俺の横に並んでいた直井の背中を押して一歩前に出させる。
コホンと、わざとらしく咳払いを1つしてから口を開く。
「…すまなかった」
学生帽のつばを握り決まり悪そうにボソリと言う。
それを見た岩沢とひさ子が目を合わせてから関根の背中を押して送り出す。
関根は急な態度の変化に戸惑っている様で、キョロキョロと左右に目を泳がせる。
「知った風な口を利くななんて言ったのに、お前に知った風な事を言ってしまった」
更に謝罪の弁を続ける直井を見て関根がバツの悪そうな顔をする。
「別に…あたしも、何も知らないのに甘ちゃんとか言っちゃったし…」
「良い。今回は僕が謝る立場なんだ。お前は何も謝るな」
関根も思うところがあったのか、謝り返そうとしたが直井に遮られる。
「すまなかった。許してもらおうとは思わないが、これでも受け取ってくれ」
言うなり、後ろから一輪の花を差し出す。
ピンク色のチューリップだった。
いつの間にこんな物を用意したのだろうか。
「女は花が好きだと聞いた。これでせめてもの償いをと思ってな」
ふん。と照れ隠しをするように鼻を鳴らしていつまでも手に取らない関根に押し付ける。
ようやく受け取った関根は少し顔を俯かせて、肩を震わせていた。
「…ぷっ」
「なんだ?」
「あっははははは!!」
俯かせていた顔を突如として上げたかと思うと大爆笑していた。
「な、何を笑っている?!」
さすがの暴挙に直井は困惑しながら怒鳴る。
「いくらなんでもキザすぎでしょ!あはははは!」
「キザだと?!貴様もう許さんぞ!今すぐ消してやる!!」
笑いの収まらない関根を捕まえようと直井が飛びかかるが、やーだよー!と得意の逃げ足を発揮して逃げ回る。
「やれやれ…とりあえず仲直り、でいいのか?」
「さあ?でも関根すごく楽しそうにしてるしいいんじゃない?」
輝かしい程の笑顔で逃げ回る関根と鬼のように怒りながら追いかける直井。ものすごく対照的だ。
「しかし直井もすごい花を持ってきたね」
「チューリップの事か?」
別段珍しい花ではないと思うけど…
「ピンクのチューリップの花言葉は『愛の芽生え』だよ」
それじゃ謝罪じゃなくて告白じゃないか…
「ていうか、よく知ってるなそんなの」
音楽しか興味の無い岩沢にしては意外すぎる知識だ。
「一時期ガルデモで花言葉が流行ったときがあったんだ。歌詞にも使えるかと思ったし」
「なるほど。納得」
結局音楽に落ち着くところも流石岩沢だ。
「じゃあもちろん関根も花言葉を知ってるわけか」
「多分ね。一番熱心に覚えてたし」
あれで意外と乙女なんだよ。とケラケラ笑っている岩沢。
もう一度関根を見てみると、心なしか、とても大事そうにチューリップを抱えていた。
感想、評価などお待ちしております。