Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「…此処の意味?」

千里と話した直後にゆりの下に行き事情を説明した。

 

「直井が人間…にわかに信じられないんだけど?」

 

確かにゆりの言うとおりだ。普通、そんな根拠もない上に突拍子もない話誰も信じないだろう。

 

だけど、千里の話はきっと本当だ。何故そんなことが言えるかは俺にも分からないけど、俺はそう思う。

 

「俺も最初は疑った。だけど多分本当だと思う」

 

「多分に思うって…そんな曖昧なこと許可出来ると思う?」

 

「頼む。信じてくれ。俺は岩沢が傷つくのは絶対見たくないんだよ」

 

俺の言葉を聞いて真剣さが伝わったのか、少し考え込むゆり。

 

「直井は屋上でNPCに手を出してるのよね?」

 

「ああ。俺はそう聞いてる」

 

千里はそこを狙い撃てと言っていた。

 

「なら、狙撃の準備をしておきなさい。本当に直井が現れてそんなことをしていたのなら、撃つことを許可するわ」

 

条件付きで許すということだが、それは条件とも言えないようなものだった。

 

要するに敵と分かれば撃ってよしということなのだから。

 

「ありがとう」

 

「ただし失敗は許さない。失敗はそれすなわちあたしたちの敗北になるからね」

 

「わかってる。やってみせるさ」

 

「他の連中には授業を受けるふりでもさせておくから。邪魔者の心配もいらないわよ」

 

「はは、助かるよ」

 

もし誰かが山に来ていざ撃つって時に集中出来なかったらそこで終了だからな。

 

「じゃあ、健闘を祈るわ」

 

 

 

 

 

 

 

ゆりの許可を得た次の日の朝から千里の言っていた校舎の屋上が見渡せるポイントを探して直井が来るのを待っていた。

 

千里は定期的にとは言っていたが、いつとは言わなかった。

 

もしかしたら今日は来ないのかもな…

 

そう思い、いつ直井が牙を剥くのか分からない不安と、今日は撃たなくて済むかもという安堵を感じ始めた時

 

「来たっ…!」

 

直井が数人のNPCを連れて屋上を訪れた。

 

それを見て俺はインカムで遊佐に連絡を入れる。

 

「遊佐、直井が現れた」

 

『了解。動きが少なくなってからきっちりと狙いを定めてください』

 

遊佐の指示に従い直井の動きをよく観察する。

 

どうやらNPCを無抵抗で殴っているようだ。

 

あれが千里の言っていた催眠術…なのか。

 

確かにNPCはいくら殴られようと蹴られようと意識のない人形のようにただやられている。

 

見て見ぬふりに若干良心が痛んだが、その様子をしばらく見ていると直井の動きが少し緩慢になってきた。

 

ずっと殴っていることで疲労が溜まってきたのだろう。

 

狙うのなら、今しかない。

 

「遊佐、目標の動きが緩慢になってきた」

 

『了解。では、狙撃の許可を出します』

 

許可が降り、ライフルの照準を直井の頭に合わせる。

 

もうほとんど動きはなくなっている。

 

後は引き金を引くだけだった。

 

「――――っ!!」

 

俺はその引き金を引けなかった。

 

震えが…止まらない…!

 

『どうしました?』

 

一向に狙撃完了の報告が来ないことに違和感を感じた遊佐が声をかけてくる。

 

「な、なんでもない…!」

 

駄目だ…このままじゃ外しちまう…でも、撃たなきゃ…!

 

ズドンッ!!

 

せめてきちんと狙いを定めたかったが焦りが上回り、弾は直井の鼻先を掠めるだけに終わってしまった。

 

「遊佐!狙撃失敗!どうすれば?!」

 

『柴崎さん、落ち着いてください。目標の動きは?』

 

遊佐に言われて直井の様子を見る。

 

まだ撃たれたことへの動揺が残っているようで、狙撃手を探している。

 

「まだ、逃げられてはいない」

 

『なら、あと一発くらいなら撃てます。落ち着いてください』

 

「分かってる!」

 

落ち着かなければ、さっきの二の舞だ。そんなことは分かってる。

 

けど、どうしても震えがおさまらない。

 

くそ…なんで…?殺す覚悟なら、昨日1日かけて作ったはずなのに…!

 

こうやって迷っている間に直井が屋上から離れたらもう、岩沢を守る手段が無いんだぞ…!

 

『柴崎!』

 

必死に震えを抑えようとしていると、インカムから突然遊佐ではない聞き慣れた声が聞こえた。

 

この声…

 

「岩沢…?」

 

なんで…?他の奴らは授業受けてるはずじゃ…

 

『何情けない声出してるんだ!お前はあたしを守ってくれるんじゃないのか!』

 

その声は鼓膜がはち切れんばかりの大きさだった。

 

頭に響き、次いで心臓にまで響いたような気がした。

 

「…うるせえよ。黙ってみてろ。きっちりお前のこと、守ってやるからよ」

 

気づけば、手の震えがピタリと止まっていた。

 

『うん。分かった。信じてる』

 

…不思議だ。あんなに止めようとしても止まらなかったのに、こいつの声が聞こえただけでこんなにも簡単に止まるなんて。

 

1度、目を閉じて深呼吸をする。

 

大丈夫。心拍も通常通りの早さに戻っている。

 

スコープを覗きこむ。

 

先ほどまでよりもずっと直井の動きを捉えられているのが自分でわかる。

 

今度こそ、直井の頭に照準を合わせる。

 

外れる気が、まるでしなかった。

 

―――ズドンッ!!

 

2度目の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、洗いざらい吐いてもらおうかしら?」

 

俺が放った2発目の弾丸は無事直井の脳天を貫いた。

 

そして、今はその死体を回収し、目隠しした状態で椅子に縛り付けて座らせた。

 

そして、音無、日向、ゆり、そして岩沢(岩沢に関してはどうしても来るときかなかっただけだが)を集めてしばらく待っているとようやく目を覚ました。

 

それを見てのゆりの台詞だ。

 

「…おい女、僕を撃ったのは誰だ?」

 

直井はこの状況下で絶対的な権限を持っているゆりの質問を無視した。

 

なんて肝の座り方してんだコイツ。

 

「あなた、今の自分の置かれている状況がわかっているのかしら?」

 

当然ゆりからしたら腹立たしい限りだ。

言葉に怒気が混じる。

 

「わかっている。下らん愚民どもに捕まっている最中だろ?」

 

「おいてめえ!」

 

挑発を受けているゆりよりも先に日向が怒鳴る。

 

「落ち着け日向。撃ったのは俺だよ。ああ、見えないか。名前は柴崎だ」

 

今にも飛びかかりそうな日向を宥めながら名乗り出る。

 

「柴崎…ああ、なるほど。最近入った奴かこれは盲点だ」

 

「で?用はそれだけかよ?」

 

「ああ、知っておきたかっただけだ。後は好きにしろ。許してやる」

 

あくまで態度は崩さない直井。

 

「ああそう。なら質問させてもらうわよ。あなたの目的は何?」

 

苛立ちを抑えながら質問を始めるゆりに対し、直井は、ふっとバカにしたような笑いを漏らす。

 

「貴様らは此処が何の為に存在しているのか分かっていないのか?」

 

「はぁ?」

 

「…此処の意味?」

 

こんな場所に意味なんてあるのか?

 

「此処は神を選ぶ場所だ」

 

「おいおい、コイツ頭イカれてやがるぜ」

 

確かに、日向が言いたくなるのも分かるくらい余りにも突飛な発想だ。

 

「ふっ、つくづくバカな奴らだな。疑問に思わなかったのか?こんな場所に凄惨な死を遂げた人間ばかりが集められたことに」

 

それは確かに不思議ではある。

 

何故此処にいる皆悲惨な人生を送った奴らだけなのか。

 

「例えばあのはた迷惑なバンドのボーカルの岩沢まさみ。奴は生前歌を歌えずに死んだことによって此処に来た。

そして、この間歌を歌った満足感から消えかけた」

 

直井は知ったような顔でつらつらと岩沢を語る。

 

「僕にはまったく理解出来ない思考だがな。歌なんかで消え…」

 

気づいたときには直井を殴っていた。

 

「何も知らねえお前が岩沢を語るな!もう一回殺されてえのか!?」

 

「やれるものならやってみろ愚民」

 

殴られても怯むことなく挑発を続けてくる直井。

 

上等だこの野郎…!

 

頭に血が登って携帯しているハンドガンを抜こうとした時、服の袖を掴まれた。

 

「柴崎。あたしは大丈夫だから。こんな奴にちょっとやそっと言われたくらいじゃなんともないから。それ、しまってくれ」

 

…そんな泣きそうな顔されたらしまうしかねえじゃねえか…

 

「岩沢に感謝しろよ」

 

「ふん。誰がするか」

 

コイツまだ言うか…!

 

「はーい、ストップ!話の続きを聞かせて」

 

もう一回殴ってやろうかと思ったところをゆりに止められる。

 

「何で此処に集められた人達が皆悲惨な人生だったのか。その続きを聞かせてもらうわよ」

 

「ふん。まだ分からないのか?此処は神を選ぶ場所だと言っただろう」

 

心底呆れたという風に吐き捨てる直井。

 

「悲惨な人生を送った人間。それこそが神になる権利があるんだよ。痛みが分かっている者だからこそ、安らぎを与えられる」

 

ニヤリと口を歪ませる直井。

 

「あなたはあたし達を痛め付けるつもりだと聞いたのだけれど?」

 

「ああそうだ。この世界に神として君臨するには、やはり他の奴らは屈服させないといけないだろう?」

 

悪びれることもなく矛盾したような事を言う。

 

安らぎを与えるために痛みで屈服させる。

 

「なぁ、なんでお前はそこまでするんだ?」

 

そこまで聞くと、今まで黙っていた音無が口を開いた。

 

「はぁ?何でだと?」

 

直井も質問の意図が掴めず困惑している。

 

「お前だって辛い人生を送ったから此処に来たんだろ?なら、神になるとか、そんなことよりやりたいことがあったんじゃないのか?」

 

「…おい貴様。誰だか知らんが口を慎め」

 

「俺は音無。残念だけど慎めない。お前だって人間なんだから俺達みたいに過ごすことも出来ただろ?なのに、なんでこんな…下らないことをしようとしたんだ?」

 

ダンッ!ダンッ!!

 

音無の言葉を聞いた途端直井は思いきり地団駄を踏んだ。

 

「ふざけるな…!下らないだと…?お前に何が分かる?!」

 

先ほどまでの余裕綽々な態度が嘘のように激昂する。

 

「分からないから訊いてるんだ。それだけ怒るくらいの人生がお前にもあったんだろ!?」

 

「あんたに何が分かる…!僕はずっと…!」

 

今まで喋っていた傲慢な言葉遣いが年相応な口調に崩れていた。

 

「聞かせてくれ。何があったんだ?」

 

音無の発言からずっと暴れていた身体を止め、数拍置いて口を開いた。

 

「僕はずっといらない存在だった」

 

 

僕は有名な陶芸家の家に双子の次男として生まれた。

 

兄の健人は僕より何倍も何倍も才能があって、僕はずっと期待されずに育っていた。

 

周りからもよく陰口が聞こえてきた。弟はダメだ。役に立たない。兄は優秀なのに。兄に才能を全て持っていかれたんだ。とね。

 

そんな日々を過ごしていたある日、兄と木登りをして遊んでいた時に、その木の枝が折れた。

僕と兄は地面に叩きつけられて、兄は死んでしまっていた。

 

必要とされていなかった僕じゃなくて、必要とされていた兄が死んでしまった。

 

僕は、その時思った。

 

僕が兄になれば良いんだと。

 

双子の僕が兄にすり替わっても誰も気づかなかった。陶芸の腕も事故の後遺症と言えばどうにかなった。もちろん厳しかった父は苛立っていたが。

 

僕は何とか兄の代わりを演じる為に必死に努力した。

 

そんな折、あるコンクールで入賞を果たした。

僕はとても嬉しかった。才能の無かった僕が入賞出来たんだ。

 

でも父は、こんなコンクールの入賞ごときで満足するなと言った。

 

僕は何故かその事にすごく感動した。一生父についていこう。そう思っていた。

 

だけど、その後父は病で床に伏せってしまった。

 

あの厳格な父が床に伏せると急激に衰えて、しまいには看病する僕に、いつも済まないなぁ健人、と謝っていた。

 

僕は、僕の人生は何だったんだ?

僕は僕を殺して兄になった。ついていこうと決めた父は床に伏せった。

 

こんな誰にもなれずに、誰にも受け入れられなかった運命に意味はあったのか?そもそも生きていた意味は?

 

ねえ、教えてよ、神様!

 

 

 

「そう思った。でも神はそんなこと教えてはくれない。だから、僕は神になると決めた」

 

言葉が出てこなかった。

 

コイツはずっと、認められたかったのか。誰かに、必要とされたかったのか。

 

「で?どう?聞いたご感想は?」

 

「辛かった…よな」

 

「はぁ?何が?別に僕は…」

 

直井が言い終えるよりも先に音無が抱き締めていた。

 

目尻に涙を浮かべながら。

 

「意味がなかったなんて言うな…!」

 

「はぁ?何?じゃああんたは認めてくれんの?…僕を」

 

音無はギュッと、更に抱き締める腕に力を込める。

 

「当たり前だろ…!」

 

即答した音無に驚いたような表情を浮かべる直井。

 

「認められようと頑張ったのも、今俺が抱き締めてるのもお前だ…!

お前以外誰を認めるんだよ…?」

 

これならもう大丈夫そうだな。

 

音無の言葉を聞いて動かなくなった直井を見てそう思い、直井に着けていた目隠しを取る。

 

それを見て、音無は自分がしていたことを思い出したかのように恥ずかしがりながら直井から離れた。

 

俺は、音無とのやり取りを見ていて思ったことを口にする。

 

「直井。お前俺達の仲間にならないか?」

 

「…いいの?僕は敵だったんだよ?」

 

もう言葉遣いを取り繕うことすら出来ないくらい力が抜けている直井。

 

「だった…だろ。ならもう大丈夫だ。

確かにお前のやろうとしたことは簡単に許せる事じゃない。

けど、お前の生きた人生を聞いて思ったんだ。お前も俺達と同じ抗ってきた人間なんだから、仲間になるべきだって」

 

「…はい…!」

 

ポロポロと涙を流し始めた直井。

 

やれやれと思いながら頭を撫でてやる。

 

「よろしくな。直井 文人」

 

「ありがとうございます…!」

 

 




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