「さあ、ここで大人しくしていろ」
冷たい声でそう言われ、乱雑に放り込まれた部屋は反省室なんて生ぬるいものじゃなかった。
そこは牢屋としか形容しがたい殺風景な場所だった。
「お前もだ」
「ちょっと、痛いって」
俺が部屋を観察しているとまた他の誰かがこの部屋に入れられたようで、振り向くと
「岩沢」
「柴崎もここなのか?」
「ああ。随分乱暴に扱われたよ」
「あたしもだ。まったく、大事な腕なのに怪我したらどうしてくれんだ。ギターが引けないじゃないか」
いやいや、心配するところは腕だけなのか?
相変わらずの音楽キチっぷりに半ば呆れるが、本人からしたら本気でご立腹のようだ。
「ここなら怪我してもすぐに治るだろ。ていうか、それよりも他のところが怪我することも心配しろよ」
「それこそすぐに治るだろ?」
自分で言っておいて何を言ってるんだコイツは?みたいな顔をして小首を傾げている。
あ、ダメだ。本気でわかってないよこの子。
「そういう問題じゃねえの。お前も女の子なんだから、顔とか身体に傷が出来ることを先に心配しろってこと」
「いたっ」
他の奴なら言わなくても気づいてくれるであろうことをわざわざ言わされた腹いせと、少しばかりの照れ隠しを込めてデコピンする。
「別に、傷なんて消えるんだし…」
不服そうにデコピンされた額をさすっている。
まだ言うかコイツは…
「だから、そりゃそうだけど世の常識っていうかさ、やっぱ傷物ってなるのは嫌だろ?」
「柴崎はそんなの気にするのか?」
「俺?俺は…そうだな、好きなら多分関係ないだろうとは思う」
急な質問に戸惑いながらも答えると、ほら見ろと言わんばかりに満足気な笑みを浮かべ
「なら良い」
そう言い切った。
「はぁ?何が?」
「柴崎が気にしないんならあたしが気にする必要なんてこれっぽっちもない」
ああ、そういう意味か…
未だ満足気な笑みを壊さない岩沢を見てなんだか全部がコイツの思い通りに言ってるような気がして、少し意地悪をしたくなった。
「俺はまだ好きって言ってないけどな」
俺の一言で一瞬にして笑みが崩れ去った。悲しげにそれこそ涙目になり、捨てられた仔犬のような目で見つめられる。
「…じゃあ、嫌いなのか?」
「…そんなわけないだろ!冗談だよ!…嫌いになるわけない」
「本当か?!」
もう本当なにこの子?ものすごく抱き締めたいんだけど!
コロコロと喜怒哀楽の表情の変化を見せる岩沢に俺の理性が危険信号を発している。
駄目だ…まだ返事もしてないのに不義理なことは駄目だ…!
「なあ、ならあたしの事好きなのか?!」
落として上げられた反動からか興奮状態のままずいっと身を寄せられる。
「ああもう、その話はまだ答えられないから…とりあえず今日はもう寝ろ!」
岩沢の肩を掴んで押し返す。
危ない…超良い匂いした…
「えー…でも、ベット1つしか無いよ?」
「え?」
入ってきた当初見回した部屋の内装をもう一度確認する。
確かに、ベットは1つだけ。それもシングルベット。
最初に入れられた時一人だったから気づかなかった…
「どうする?あたしたちでシャ乱〇でもする?」
「一人でしてろつ〇く♂。俺は床で寝るから」
ていうか意味分かって言ってるのかコイツ…何となくニュアンスだけで言ってそうだから怖い…
そう思っていたら案の定後ろから良いじゃないか添い寝くらい、とブツブツ言っているのが聴こえてきた。
翌朝、日が上るとすぐに生徒会か何かの生徒が叩き起こしに来て、他の戦線メンバーと一斉に部屋から出された。
まあ叩き起こされたと言っても同じ部屋に岩沢が居て一睡も出来ていないから実質完徹なわけだが。
そんな俺の気など露ほども知らないであろう岩沢は昨夜よりも肌をツヤツヤさせて上機嫌に鼻唄を歌っている。
アイツよく眠れたな…俺本当に好かれてるのか?
まあそんなことを考えても意味は無いわけで、とりあえず眠気覚ましも兼ねて2、3回頭を振る。
「あー、身体痛え…」
「全くです」
「ねえ、何で裸なの?」
皆もそれぞれに不満が溜まっているようだ。いや一人裸だけど。
「しかし妙だよな。NPCってのは模範的な行動しかしないんじゃなかったのか?」
もう反省室からそこそこ離れた事を確認して、昨日から疑問に思っていたことを口にする。
「NPCは一見本物の人間とは区別がつかないほどよく作られている。もちろん個性はそれぞれの生徒にある」
「だからどんだけ偏屈な奴が居てもおかしかないって事か」
顎に手を添え、考えながら持論を述べるゆり。
それを補足する日向。
まあ確かに理論としては分からなくもない。
「でも、それならまだ手出し出来る天使の方がマシだったなぁ」
日向が何の気なしにそう言う。
しかしそれは実に的を射た台詞だった。
俺達戦線はNPCに危害を加えないルールを自分達に課している。
なので、あくまでNPCである現生徒会にはまるで反抗が出来ない。
「じゃあいっちょ色仕掛けでもいっちゃいますかぁ!?」
「はっ、お前のどこにそんな要素が」
下手なお色気ポーズをとるユイわ鼻で笑う日向。
そんな態度にユイが黙ってるわけもなく痴話喧嘩を始める二人。
全くもって仲のよろしい事で、と心の中で思っていると、どこからか視線を感じた。
その視線の気配を辿ると、建物の影に見覚えのある人物が見つけた。
そいつはフッと笑みを洩らし、まるで誘っているかのように建物の影に隠れていった。
俺は皆に気づかれないように集団から抜け出してそいつを追いかけた。
俺は誘われるがままそいつに着いていき、人気のない校舎裏に辿り着いたところでそいつは足を止めた。それを見て俺も足を止める。
「お久しぶりです。柴崎さん。いや、それほど久しくはないでしょうか?」
「いや久しぶりでいいよ。最近球技大会とか色々あったしな、千里」
こちらに視線を送っていた人物。千里 悠。
余りにも特徴という特徴がない、不自然なほど普通な此処の生徒。
俺は、コイツに訊いておきたいことがあった。
「千里、お前は戦線に入っていないのか?」
「もちろん入っていますよ。何故そんなことを?」
「遊佐が、千里 悠なんて奴は戦線には居ないって球技大会の時に言っていた」
遊佐は戦線について誰よりも詳しい。リーダーであるゆりよりもだ。
それは決してゆりがリーダーとして役割を果たしていないわけではない。
遊佐の通信士としての仕事が完璧であるがゆえ、そうなってしまう。
そんな遊佐が居ないと言うのなら、恐らくそれは間違いでは無いんだ。
「お前は一体何なんだ?」
「何なのか、ですか…僕としては僕は僕だとしか言えないんですけどね」
あはは、と笑う声がやけに胡散臭く聴こえてくる。
「まあそこは誰しも完璧ではない…ということで手打ちにしませんか?」
「はあ?」
それは遊佐が記憶違いをしているって事か?
「それに、今日はそんなことを話すために来たわけではないですし」
俺が質問をしていたはずなのに、いつの間にか話の主導権は千里に握られていた。
「おい、まだ俺は納得してない」
このままはぐらかされては駄目だと主導権を奪い返そうとする。が
「今回は、あなたたちに深く関係するお話ですから、聞いておいた方が良いと思いますよ?」
ニッコリと、貼り付いたような笑顔でそれを遮られる。
「俺達に関係するって?」
「昨日あなたたちを反省室に閉じ込めた学生帽の生徒が居ましたよね?」
「…ああ、やたらと偉そうな奴が居た」
何が楽しいのか分からないが、またしても千里は笑みを洩らす。
「彼の名前は直井 文人。現生徒会長代理であり、正真正銘の人間です」
「はぁ?そんなわけないだろ?生徒会になんて入っていて消えないわけが…」
ありえない話をされ反論しようとするも、すぐに千里はそれを遮る。
「真面目な学園生活を送っていれば消えるはずなのに、生徒会に入っていて消えない。それもそのはずですよ。彼は裏で一般生徒に暴力を振るっている」
「暴力…」
「まあ、そもそも真面目に授業を受ければ消える、という解釈も間違いではあるんですけど」
「それはどういう…?」
余りの情報量の多さに俺の脳の容量がそろそろ危うくなってくる。
生徒会長代理が裏で暴力…解釈が間違っている…?
それは本当なのか?それとも口から出任せ?いや、こんな嘘をつく意味がコイツにはない…
いや、そもそも
「なんでお前はそんなことを知ってるんだよ?」
「さあ?なんででしょう?でも重要なのはそこでは無いでしょう?」
またあの貼り付いた笑顔のままはぐらかされる。
あくまで話の軸は変えないということか。
「彼…直井 文人が何故NPCのふりをして生徒会に入っているのか。そして、天使の失脚後何をするつもりなのか。問題はそこでしょう」
ニッコリと、あくまで表情は笑顔を崩さない。遊佐とは違うが、コイツも表情筋が死んでいるのではないかと思う。
でも、コイツの言うことも確かだ。
直井は明らかに俺達に害をなす。それは昨日のことからも分かる。
「お前は、それも知ってるのか?」
「ええ。もちろんですよ」
かかった。今回の千里の笑顔はそう言っているように見えた。
「直井 文人の目的はこの世界の神になること。そのために天使の側で身を潜めていた」
「なんで?別に天使の側じゃなきゃいけないわけじゃないじゃないか」
「彼は虎視眈々と狙っていたんですよ。この世界のトップの権力を持つ生徒会長の座を。その為に副会長として生徒会に身を置いていた」
「そんな…それじゃ…」
「ええ。あなたたちはみすみす彼に生徒会長の座を渡してしまった」
自分たちの過ちに気づいて絶句してしまっている俺を見てより一層笑みを強くする。
ニヤリと、人の良い笑顔を。
「彼はこの機会を逃さないでしょう。きっと、近い日に動きますよ。あなたたちを服従させるためにね」
「服従なんて…なんで?」
「だから言ったでしょう?神になるため、ですよ」
なんなんだ…なんでコイツはこんなに他人事みたいに語っている?コイツもこの世界に居る以上無関係ではいられないはずなのに。
「良いんですか?」
「何が?」
千里は俺の思考を遮るように問いかけてくる。
「岩沢さん、いや、ここはあえて戦線の仲間全員にしておきましょうか。直井 文人を野放しにしておけば、彼らが傷つくことになりますよ?」
その言葉を聞いた瞬間に背中に冷や水をぶっかけられたような感覚に襲われる。
皆が…岩沢が…傷つく…?
「そんなの、良いわけねえだろ…!」
そう答えると、またかかった、という笑顔を向けられる。
でも今はもうそんな事を気にしてなんていられない。
「なら、方法は1つでしょう」
言って、人指し指をピンと立てる。
「やられる前にやる。先手必勝ですよ」
やるって…殺すってことか…?
考えて、手が震えだす。次いで足も。
ここでは殺してもすぐに蘇る…けど、俺はまだその経験がない…
「そんなこと…」
「出来ますよ。狙撃の練習を1日足りとも欠かさず行ってきた柴崎さんなら、ね」
なんでコイツは俺が練習していることも知っているのか。そこを疑問に思う余裕すら今の俺には失われていた。
殺す
その言葉が頭を巡っていた。
「直井 文人は消えない為に定期的に第2校舎の屋上でNPCに暴力を振るう。そこを、あなたが狙うのです」
「…どこから?」
気づけば俺はそんな質問をしていた。
「裏山からです。そこからならまず間違いなくバレません」
「殺した後どうする?」
「埋めても良し尋問しても良し。ああでも尋問するのなら目隠しを欠かさないでくださいね?彼は催眠術の使い手ですから」
質問をすればするほど直井を殺す明確なビジョンが確立されてしまっている。
「…俺が、やるしかないのか?」
「はい。他の人では恐らくNPCを盾にされてやられるのが関の山です」
逃げ道は完全に塞がれた。
「…わかった。俺が直井を殺す」
「期待してます。それでは」
それだけ言うと呼び止める暇すらなく去っていってしまった。
「柴崎?」
それと入れ替わるように後ろから声をかけられる。
「岩沢…」
振り返った俺の顔を見て驚いたように駆け寄ってくる。
「柴崎?どうしたんだ?顔色が…きゃっ」
耐えきれず抱き締めるといつもの様子からは考えられない悲鳴をあげる。
「守るから」
「柴崎…?」
「俺が絶対守るから…」
コイツだけは、たとえ俺の手が汚れても守りたい。
そう思った。
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