Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「柴崎さんが私を襲おうとしたからでしょう?」

「柴崎さん」

 

人が気持ちよく寝ているというのに、眠気を遮る声が上から降ってくる。

 

「…はいよ」

 

どうせ抵抗しようが狸寝入りをしようがコイツに勝てるわけがないので素直に起きる。

 

が…

 

「なんでだろう?すごく懐かしい気がする…」

 

目覚まし時計の音が恋しくなるほど毎日コイツに起こされているはずなのに、ひどく久しぶりの感覚だ。

 

「それはそうでしょう」

 

不機嫌な声色に顔を上げると、そんな声とは裏腹な相変わらずの無表情で突っ立っていた。

 

「ここ最近柴崎さんはずっと岩沢さんとの事で右往左往してらっしゃったのですから」

 

腕を組み、尚も不機嫌な調子のまま続ける遊佐。

 

「あのさ…なんか怒ってる?」

 

「当たり前です」

 

断言しやがった。

 

ていうか何で悩んでいただけで怒られなきゃいけないんだ?

 

「まだ…気づいてくれないんですか…?」

 

唐突に、今までの勢いがなくなった。

 

そして、床に膝をついて俺よりも頭の位置を低くしながら目を合わせてくる。

自然と、遊佐は上目遣いになる。

 

「き、気づかないって…なにが?」

 

不覚にも少しドキッとしてしまった。

 

「私の…気持ちにですよ」

 

恥ずかしそうに、1度目をそらして、もう一度合わせてくる。

 

またしても、その仕草にドキリとさせられる。

 

い、いや落ち着け。

よく考えろ。何か裏があるに決まってるさ。

今までの行いを思い出してみろ。

 

勝手に部屋に侵入してきては起こすついでにちょっかいばかりかけられたり。

 

どうせ起こしに来るなら、と目覚ましをかけなかったらそのタイミングを読んで起こしに来なかったり。

 

岩沢の罰ゲームにいらない知恵をかして俺の純心を弄んだり。

 

…うん。また何か企んでるな。

 

「…柴崎さん?」

 

「ん、ああ何だ?」

 

ま、また心読まれたか?

 

「だから、私の気持ちに気づいてくれましたか?」

 

遊佐の気持ちって言われても…コイツ表情読めないしなぁ…

 

「いや、分からないけど…」

 

「そう、ですか…」

 

俺の答えを聞いて心底残念そうに肩を落とす遊佐。

 

その様子だけを見ると演技をしているようには全く思えない。

 

「でしたら、私のことをどう思いますか?」

 

すうっと、手を俺の身体に置いてパーソナルスペースなど知ったこっちゃないという風に距離を詰めてくる。

 

「ど、どうって…?」

 

「女として、どう思いますか…?」

 

質問しながら更に顔も近づけてくる。

 

すると、女子独特の匂いが香ってくる。

 

当たり前だが岩沢とはまた違う匂いだ。

 

って、なんでここで岩沢が出てくんだ?

 

「そ、そりゃ見た目は可愛いんじゃねえか?」

 

ドンドン詰め寄ってくる遊佐から逃れるように顔を背ける。

 

「見た目以外は、ダメでしょうか?」

 

その行為が気に入らなかったのか、俺の顔に手を添えたかと思うと無理矢理正面を向かせる。

 

薄っすらと上気した頬が目に入る。

 

自然と俺の心拍数が上がってくる。

 

「ダメ、ってこたないけど…」

 

「…けど?」

 

「もっと、素直に感情を出してくれたらなって思う…」

 

「そう、ですか…」

 

そこまで言うと、ようやく俺から離れてくれ、元いた場所に戻った。

 

な、なんだったんだ…?

 

「…では、私からもいいですか?」

 

「あ、ああ…」

 

まるで、今から告白でもするように、何度も口を開こうとしては閉じ、開こうとしては閉じを繰り返していた。

 

そして、ようやく意を決したように口を開いた。

 

「素直にだとか柴崎さんにだけは言われたくないです」

 

さっきまでの少女然とした雰囲気は完全に消滅し、鉄仮面のような冷徹な表情になる。

 

「散々岩沢さんの事であーだこーだ長々と話数を稼いだあげく、結局まだ気持ちがわかってないようなふり。いい加減やめてくれませんか?

おかけで私の出番はめっきりなくなりましたよ。起こされるのが懐かしく感じるのも無理はないでしょうね」

 

途轍もない早口で捲し立てられ、呆然としてしまう。

 

話数ってなに?ふりってなに?出番ってなに?

え、お前には何が見えてるの?

 

しかしまだ鬱憤が溜まっているようで

 

「正直もう飽き飽きしてるんですよね。こちらとしても。そりゃ恋愛の醍醐味はそういうモヤモヤなのかもしれませんけど、見せつけられる身になってみてくださいよ。

堪らないですよ?しかも無自覚だから恥ずかしげもなく辺り一面にリア充オーラを振りまかれた日にはもう「ストーップ!ストーーップ!!」

 

どこで息継ぎをしてるのか分からないほどの勢いで喋る遊佐を大声で無理矢理静止させる。

 

「なんですか、今良いところなんですけど」

 

「なんですかはこっちの台詞だわ!どんだけ喋んだよお前!」

 

しかもその全てが俺に対するクレームだ。

 

俺ってそんなに悪いことしてるの?!

 

「はい。ズバリ公害のレベルです」

 

「そこまで?!」

 

環境に被害を出すほどなのか?!

 

「いえ、本当はもっと酷いのですが…聞きますか?」

 

「聞きたくない!」

 

公害より酷いってなに?!俺どんな扱いなの?!

 

「金払えレベルです」

 

「居るだけで罰金?!」

 

誰か弁護士を呼んでくれ!

 

「そんな…いくら弁護士さんでも出来る事と出来ない事がありますよ」

 

「お前を名誉毀損で訴えるのは出来るぞ!」

 

せめて人として扱ってくれよ!

 

「え?私の目の前にはベトベ〇ンしか居ませんよ?」

 

「俺はヘドロなのか?!」

 

結局公害じゃねえかよ!

 

「ていうか静かにしてくれませんか?近所迷惑ですよ」

 

「誰のせいだと思ってんだこの野郎…!」

 

しかし遊佐の言う通りこんな朝一に騒いでるのは明らかに迷惑なので出来る限り声のボリュームを下げる。

 

「全く、だから皆から陰で柴崎(笑)って呼ばれるんですよ」

 

「何だ(笑)って?!」

 

ていうか皆って?!戦線皆なのか?!

 

「いえ、学校全体です」

 

「何で広まってんだよ!?」

 

そこまで有名になるほど目立ったことした覚えねえよ!

 

「本物は自覚がないって言いますが、まさか本当だったとは…」

 

「身に覚えがねえだけだよ!」

 

そもそも何の本物なんだよ!

 

「え?ヘタレ?」

 

「てめえ表出やがれ!」

 

女子というのを忘れ胸ぐらを掴んだ瞬間、ドアが乱暴に開けられ

 

「おいうるさいぞ!何を騒いで…」

 

「「………………」」

 

状況を整理しよう。

 

女子の出入りが禁止の男子寮の一室に女子がいる。

 

しかもその部屋の男子は今連れ込んだであろう女子の胸元を掴んでいる。

 

詰んでるじゃねえか…!

 

い、いや、まだ挽回する余地があるはず…

 

「きゃーおかされるー」

 

「お前!今すぐ職員室に行くぞ!」

 

「てめえふざけんなぁ!」

 

つーかあんな棒読みで騙されんなよ!

 

「覚えてろよ!」

 

「忘れました」

 

「早すぎだろ!」

 

「いい加減静かにしろ!」

 

「ぐぇっ!」

 

ゴリゴリの教師に拳骨を落とされたところで俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「だから何もしてないんだって!」

 

「だったら何であの子が部屋に居たんだ!」

 

もうこの問答も何度目になるだろうか。

 

気を失った俺は職員室に着くと再度拳骨で目を覚ました。

 

それからもう何時間も経っているのだが、どうしてもここから先に話が進まなかった。

 

何もやってない。

 

なら何故女子が居たんだ。

 

勝手に来た。

 

なら何故おかされる等と言っていた。

 

そんなこと分からない。

 

やはり何かしたんだろう。

 

何もやってない。

 

これが永遠にループしている。

 

もう弁解する体力も無くなってきた。

 

「失礼します」

 

何かこの教師を言いくるめる言い訳はないか考えていると、ドアの方から聞いたことのある声がした。

 

「天使?!」

 

「お前何を意味のわからん事を!」

 

驚いてつい声に出してしまった。

 

落ち着いて考えれば生徒会長なんだから職員室にくらいくるだろう。

 

「ん?立華か。しょうがない。ちょっとお前はそこで正座していろ」

 

命令を聞くのは癪に障るが、休憩の意味合いも兼ねて渋々従うことにした。

 

そして、興味なさげに明後日の方向を見ながら天使と教師の話に聞き耳を立てる。

 

「立華。何故呼ばれたかわかるな?」

 

「…いえ」

 

なんだ?天使が何か問題でも起こしたのか?てっきり何か手伝いでもさせられるだけなのかと…

 

「お前、この間のテストの答え、あれはなんだ?人を馬鹿にしたような解答ばかり書きおって」

 

「……………」

 

教師の台詞を聞き、少し目を瞠ったがそれも本当に一瞬で、すぐに元の表情に戻る。

 

テスト…じゃああの後も作戦は上手くいったのか。

 

「どうなんだ?何か言い訳でもあるか?」

 

天使はどう出る?

 

「……すみませんでした」

 

なっ…

 

「認めるんだな?」

 

「………………」

 

「まあいい。処分は追って連絡する」

 

「…失礼しました」

 

そう言って何の弁解も無しに天使は出ていった。

 

「マジかよ…」

 

普通言い訳するだろ…生徒会長なんだから、教師だって聞く耳持ってくれるだろうに。

 

あの教師は天使の処分についてなのかは分からないが他の教師と話している最中だ。

 

逃げるなら今か…

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい天使」

 

教師の目を盗んで職員室から逃亡し、何故だか分からないけど俺は天使の後を追っていた。

 

「………………」

 

無視ですか…

 

「おーい天使さーん?」

 

「………………」

 

「エンジェルー?アンジェロー?」

 

「……………」

 

天使のガン無視にもめげずに声をかけ続けると、ようやく観念したのか、はぁっとため息をついて振り返った。

 

「私は天使じゃないわ」

 

ああ、そういうことですか。天使じゃないから振り返らないと。

 

「わかったわかった。立華な」

 

怒っているのかと思い、宥めながら訂正するともう一度ため息をついて口を開く。

 

「…あなたは?」

 

「柴崎蒼だ」

 

「あ、そう」

 

…これはギャグか?それとも天然?

ギャグならちょっとイラッとするな…人の名前で遊ぶのはいくないよ?

 

「で、何か用?」

 

訊かれてからようやく自分が何をしに来たのかを思い出した。

 

「何で何も言い返さないんだ?お前、見に覚えないんだろ?」

 

「…意味が無いから」

 

言ってからまたしても諦めたようにため息をついた。

 

「意味が無いって…どういうことだよ?」

 

「そのままの意味。用はそれだけ?」

 

「立華に柴崎、何してんだ?」

 

話を打ち切られ、困惑している所に音無が通りかかった。

 

「何も…それじゃあ」

 

「あ、おい」

 

行っちまった…

 

「邪魔したか?」

 

「いや、んなことねえよ」

 

多分、あのまま話していても何も聞き出せなかっただろうし。

 

「そういや遊佐がお前のこと捜してたぞ」

 

「遊佐がか?」

 

謝るつもりなのかな?まあちょっとやそっとじゃ許さんが。

 

「屋上に居るらしいぞ」

 

「わかった行ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いです」

 

捜していたと聞いたので早足で屋上に着くと、元凶が開口一番にそう言いやがった。

 

「誰のせいだ誰の」

 

「柴崎さんが私を襲おうとしたからでしょう?」

 

「そんな事実はこれっぽっちもねえよ!」

 

どんな記憶の改竄をしたらそうなんだよ。

 

「お前が散々弄ったあげく、教師に適当な事言ったからだろうが!」

 

そのせいでこちとら昼飯も食えてないんだぞ。

 

「それにしたって遅いでしょう」

 

「ああ、それは天使と話してたから」

 

「天使と?」

 

「ああ。職員室に呼び出されててな、ちょっと話を聞いてたんだよ」

 

まあ結局何も聞けなかったんだけど。

 

「テストが全教科0点ですからね。それも、全て教師を馬鹿にしたような解答で」

 

「教師たちもそう言ってたよ」

 

遊佐の淡々とした口調を聞いて、少し前の記憶がよみがえる。

 

「いいのか?」

 

「何がでしょう?」

 

今回はとぼけているわけでもなく、本当に俺の質問の意図が分からなかったようだ。

 

「昔世話になったんだろ?天使に」

 

何気なく口にしたその台詞で、一瞬にして空気が凍った。

 

「…昔の、事ですから」

 

いつも以上に無表情を作っているのが見え見えで、明らかに動揺している。

 

「昔って、助けてもらったことに時間なんて関係ないだろ」

 

「確かにそうかもしれませんね。しかし、今は敵同士なんです」

 

目を逸らし、あくまでも平淡な口調で言葉を発していく。

 

「何でそんな諦めたみたいな言い方なんだよ。お前も、天使も、此処に居る皆も」

 

つい口をついて出た言葉だった。だが、それは本当に感じていた。

 

岩沢やユイ、他のガルデモのメンバーや日向、大山、それにゆりまでもが話をしていると言葉の節々に諦観を感じる。

 

何で皆あんなに悟ったみたいな態度なんだ?俺にはそれが分からなかった。

 

「あなたに、分かるわけないでしょう。記憶がないあなたに…!」

 

「…っ!」

 

そこにいる遊佐は表情こそ動いてはいないが、目の奥にとてつもない怒りを滲ませ、俺を睨んでいた。

 

「忌まわしい記憶を植え付けられたまま、それを忘れることも出来ず。いっそ気が狂ってくれればと何度願っても叶わない…そんな気持ちが、あなたには分からない…!」

 

物凄い剣幕なのだが、口調は平淡で、怒鳴らない。極めて静かな怒りだった。

 

いや、怒鳴れないのか…?

 

何故かは分からないがそう感じた。

 

「何があったんだよ…?」

 

いつだって冷静で、感情を表に出さない遊佐がここまで感情を露にするほどの事が過去にあったのか。

 

「だから、忘れたんです。棄てたんです。私は…」

 

私は空っぽなんですよ。

 

ポツリと吐き捨てるようにそう言った。

 

「バカ野郎。空っぽな奴がそんなに辛そうにするわけねえだろ」

 

「辛そう…?」

 

何を言っているのか分からない、と言いたげに首を傾げてる遊佐の頭を、腫れ物に触るように撫でる。

 

「どんだけ毎日一緒に居たと思ってんだよ。いつものお前と違うのなんて…昔を思って辛くなってる事なんてすぐに分かるっての」

 

しばらくは撫でられる事に抵抗があったみたいだが、俺の言葉を聞くと強ばっていた体からフッと力が抜けたようだった。

 

「悪かった。岩沢とかゆりの話を聞いたってのに、何も分かってなかった」

 

聞いたその時には分かったつもりでいた。

けど、それはただの思い上がりでしかなくて、記憶のない俺には分からない。

 

「…お前の言う通りだ」

 

そう言って笑いかけると

 

「いいえ…私だって、覚えていないんですよ。こんな偉そうな事を言ったのに…滑稽ですよね」

 

閉ざしていた口を開き、自嘲気味な言葉を吐く。

 

「それなんだけど、一体お前は何をしたんだ?棄てたって…」

 

「私は自分の過去を棄てたんですよ。放棄したんです。狂う事の出来ないこの世界で自分の過去を背負う事を…」

 

「でも…」

 

そんなに簡単に棄てられるようなものじゃないだろ。

 

そう言おうとしたが、そんなことはお見通しで

 

「その時に、天使に助けてもらったんですよ」

 

「天使に…」

 

確かに天使なら、あんな人の域を超えた力を持つ天使になら、過去を棄てる事も出来るのかもしれない。

 

「私が、今辛うじて覚えているのは、昔の私は男を殺したいほど…いえ、殺すほど憎んでいた…それだけです」

 

「殺すほど…」

 

これは、ただのちんけな憶測でしかないけど、女が男をそこまで憎む事なんて、1つか2つしかないだろう。

 

――――犯されるか

 

――――弄ばれるか

 

もし、その憎んでいた頃に出会っていたのならどちらか特定出来たのかもしれない。

 

だけど、今はもう2つまで絞ることしか出来ない。

 

いや、もっと遊佐に追求したのならあるいは分かるのかもしれない。

だが、こんなに苦しんできた…いや、苦しんでいる少女にこれ以上何を訊けと言うんだろう。

 

今俺に出来るのは

 

「もういい…」

 

「え…?」

 

「棄てたんなら、もういいよな。思い出させるようなことして本当にごめんな」

 

コイツが未だにここまで引きずっているのは、きっと、棄てた事への罪悪感や後悔があったからだろう。

 

なら、もういいじゃないか。

 

「俺は今のお前に会えて良かったと思ってる。だから、もう過去の事は聞かない。ずっと、今のお前でいてくれ、な?」

 

「…はい。分かりました」

 

なんだか随分久しぶりにコイツの笑顔を見た気がした。

 

「…柴崎さん」

 

「なんだ?」

 

「今日部屋で言ったことは撤回します」

 

急になんだ一体?

 

「精々末長くあーだこーだしておいてくださいね」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

宣言の意味が理解出来ず聞き返すと、ニコリと微笑んでこう言った。

 

「分からなくていいですよ」

 

 




今回はまさかの岩沢さんの登場なしになってしまいましたが、よろしければ感想、評価などよろしくお願いいたします

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