『だって、柴崎は返事くれない…』
何で俺は岩沢に返事をしてやれないんだろう。
岩沢の事は大切に思っていて、実際大切にしている。
でも、それだけで深く考えずに答えを出すのは岩沢の気持ちを軽んじていることになるんじゃないか。
そう思っていた。
『そんなの、あたしはしらない…あたしは柴崎が好きで、入江と大山みたいに一緒に居たいのに…』
だけど、それは俺の勝手な都合だった。自己満でしかなかった。
よく考えればそりゃそうだ。
好きな人と恋人で居たいなんて事は。
相手が自分の事を好きならその方が良いが、付き合えるのならそれは絶対ではないんだ。
『返事はくれないのに、罰ゲームの時はキスしようとしたり…』
それなのに、俺は曖昧でうやむやなままに何度も欲求を向けてしまっている。
何が不誠実だ。
俺のやっている事が一番不誠実じゃないか。
『柴崎がどう思ってるのかわからない…それが辛い…』
そんな行動の末、岩沢の事を傷つけて泣かせてしまった。
あの晩から、ずっとアイツの言葉が頭を回っている。
そもそも好きかどうかなんてどうやったら分かるものなのか。
ただ可愛いと思うだけならそんなのはこの世界に溢れかえっている。
ドキドキするのも、キレイだったり可愛いだったりしたら好きでなくとも当然だろう。
告白されても気づかないこの鈍感さから言えば恋愛経験のないであろう俺。
だけど、せめて答えを出すのは記憶が戻って、俺が本当はどんな奴だったのかが分かるまで待って欲しい。
そう言った。
『うん…まって…る…』
そしたらアイツはこんな俺の何時になるかもわからない願いを待ってくれると言ってくれた。
感情の制限が利かなくなった途端に泣いてしまうほど追い詰めていた俺の事を待ってくれる。
なら、俺は一刻も早く思い出さなければならない。
そして、アイツを今の苦しみから解放してやらなければならない。
そう思っていた。
ならまず何をすべきなのか。
俺の事を今すぐ思い出すというのは物理的に不可能。
「岩沢、ちょっとブラブラ散歩しようぜ」
「ん?ああ、いいけど」
だったら先に岩沢の事をもっと知ろうじゃないか。
ガルデモメンバー+遊佐のチクチク刺さる視線を堪え忍んでなんとか忙しい練習の合間に岩沢を散歩に連れ出すことに成功した。
「岩沢は何が好きなんだ?」
岩沢をよりよく知るため、かなり今更な質問をすると大分訝しげな表情をされる。
「音楽だけど」
うん。まあ、そうだよね…
いや、いやいや。折れるな俺。
「そ、それ以外は?」
「うどんだな」
そうだよね…いっつもうどん食ってるしね…
違う!そうじゃない!その先を知るために散歩に誘ったんだろ!
「ほ、他には?」
「んー、水かな。ミネラルウォーター」
うん…何が飲みたいか訊くといつも水って言うもんね…
だ、ダメだ…!さっきから既に知っている部分しか聞けていない…!
いや諦めるな!何のためにあの針のむしろから岩沢を連れ出したんだ!
「じゃ、じゃあ逆に嫌いなのは?」
「信念のない音楽だ」
結局音楽かよ!!
こんなのってねえよ…!
なんでこんなに理不尽なんだよ…!
訳わかんねえよ…!
くそっ…!
「あ、好きなのもう1つあった」
「なんだ!?」
諦めかけた時に一筋の光明が射した。
「…柴崎」
「……………」
ボソッと目を逸らしながら呟く岩沢。
女神や…
って!違うだろそうじゃねえだろ惚れてまうやろぉ!
照れるくらいなら言わなきゃいいのに何故言うんだ!
「えっと、その、なんだ…そういう事じゃなくてだな…」
紅く火照った顔を見られないよう少し雑に頭を撫でる。
「…?」
「なんつーか、趣味?っていうかさ」
「だから音楽」
「そうじゃないんです岩沢さん…」
それ以上の事を知りたいんですよ。だからそんな頭の上にハテナを浮かべないでくださいよ。
「そうじゃなくてだな…なんつーか…お前のことをもっと…「あ、蝶々」
俺が言葉をひねり出そうとしてるのなんて何のそのと蝶々を追いかけだす岩沢。
「ちょ、まだ話は…」
ひき止めようとしたが、その続きは出てこなかった。
花畑を背景に、ヒラヒラと舞う蝶々を無邪気に追いかけ回す岩沢はどこからどう見てもただの少女で、ギターを担いでロックを語るいつもの彼女とは違った一面を惜しげもなく披露していた。
「待てっこのっ」
途中からムキになって追いかけるところも等身大の少女そのものだった。
俺は、その姿から一瞬たりとも目を離せなかった。
「はぁ、ったく、全然捕まらない」
数十分走り回ったあげく捕獲は失敗。
息を切らしながら俺の側に戻ってくる。
「おつかれさん」
「あ、そう言えば何の話してたんだっけ?」
「あーそれはもういいや」
「え?なんで?」
「いーのいーの」
不思議そうにこちらを見る岩沢の頭をグシャグシャと撫でてはぐらかす。
「?…まあ良いなら良いんだけどさ」
不服そうにしながら深く追求はしてこない岩沢。
でも、本当にもう良いんだよ。
いつも音楽の事だけ考えて生きてきたって聞いてたお前の普通の女の子と同じようなところが見れた。
それだけでこれ以上ないくらい今日の目的は達成されてしまった。
「…ったく、本当いい娘だよ」
「何か言った?」
「なーんも。さ、ちょっと飯でも食って帰ろうぜ」
「そうだな」
少し、自分の気持ちを理解したような気がした一日だった。
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