Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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UA10000突破致しました!
いつも読んで下さっている方々本当にありがとうございます!
これからもできる限り精進しますのでよろしくお願いします!


「…きれい」

ユイの加入が決定し、新曲の練習もにわかに活気づいてきていた。

 

個人的になにより心配だった岩沢とひさ子の関係も、本当に何もなかったかのように修復され、今もユイの指導を二人で行ったり歌詞作りのアドバイスも行っている。

 

関根と入江もガルデモの先輩としてユイに駄目だしを入れている。

 

こうなってくると俺と大山に力になれることは買い出しくらいのもので、それすら必要の無いときはひたすらにテンパりまくっているユイを見ながらお茶を啜っている。

 

「その言い方だとあたしがダメダメみたいじゃないですか!」

 

「実際そうだろが!」

 

俺の説明が気にくわなかったようで抗議の声をあげるもひさ子の拳骨一発で床に沈められた。

 

ていうか、口に出してなかったんだけどな…女子って怖い…

 

 

 

 

「ユイも馴染んできたな」

 

ユイが気を失ったので、一段落をついていると俺の隣に腰掛けた岩沢に話しかけられる。

 

「ん、そうだな。なんだかんだでひさ子ともうまくやってるしな」

 

「それだけじゃなくてさ、なんていうかあたしたちの色にユイの色が混ざってきたっていうかさ」

 

「それはよくわかんねえよ…」

 

岩沢の例えは時々抽象的というか、本人にしか分からない感覚的なものだからただの観覧には分かりづらい時がある。

 

「歓迎会でもしてやろうかな…」

 

俺の言葉は届いていなかったのか、そのまま独り言めいたものを呟く岩沢。

 

「いいんじゃないか?部屋で集まって皆で飲み物とか食べ物持ち寄ってパーティーとか」

 

「そうだな。やっぱり皆でだな」

 

「?そりゃそうだろう?」

 

ユイと二人で集まるつもりだったのかコイツ?

 

 

 

 

 

今に思えばこの時の岩沢の“皆で”という言葉の意味を深く考えておくべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

ガルデモの練習と終わり、寮に帰宅して夕食を終えて風呂も上がり一息ついている。

 

今ごろアイツらは歓迎会かな。

 

もう大分夜もふけている。

 

そんな考えを破るようにコンコン、とドアをノックする音が響く。

 

「こんな夜に誰だ一体?」

 

大山かな?

 

もしかしたら俺達は俺達で集まるつもりなのか?

 

などと考えていると更にコンコン、とノックされる。

 

「はーい、今出るよ」

 

一言声をかけてからドアに向かい、ドアを開ける。

 

「どちらさ…ま?」

 

「どうも」

 

ドアを開けるとなに食わぬ顔で、いやまあいつも無表情だから変わらないんだけど、とにかくあくまでも特に問題は無いという表情でドアの前に立っていたのは金髪金眼の少女遊佐だった。

 

「何やってんだこんな所で?!」

 

ここ男子寮なんですけど!?

 

「静かにしてください見つかります」

 

「あ、悪い。ってわかってんなら来るんじゃねえよ…!」

 

「それでは失礼します」

 

俺の非難の視線も何のその、あっけらかんとしたままズカズカと部屋に踏みいってくる。

 

「ちょ、お前何しに来たんだよ」

 

「ええ、それはですね、柴崎さんを連れてくるように岩沢さんから言われまして」

 

「は?」

 

何で?どこに?

 

「ユイさんの歓迎会に、女子寮にです」

 

端的に説明されるが、明らかにおかしい。

 

何故女子寮に?ていうか俺はガルデモのメンバーというわけでは勿論ない。

 

ていうかそもそも入れるわけないだろ。

 

「その点に関してはちゃんと作戦があるので安心してください」

 

「そういう問題なのか…?」

 

男子が女子寮に入ってはいけないという倫理的な問題は無視なのだろうか?

 

バレたら社会的に死ぬことも考えてくれているのか?

 

「既に死んでいるので今更社会的に死のうが駆逐されようが構わないでしょう」

 

「構うわ!」

 

なぜ駆逐されなきゃいけないんだ!?俺は害虫か何かなのか!?

 

「まあどのみち行くことになるのですから早く覚悟決めて準備してください」

 

「ちょ、分かったから押すな!」

 

 

 

 

 

 

遊佐の強引な論調と行為に押しきられとりあえず濡れたままの髪を乾かしたりと準備を整える。

 

その際に何か妙な気配を感じた気がしたが、今はあのその手の気配には敏感な遊佐がいるのだから恐らく気のせいだろう。

 

「あ、柴崎さん。着替えはこちらを」

 

そう言って手渡されたものは女子の制服だった。

 

「誰が着るか!」

 

丁寧に折り畳まれた制服を乱暴に床に投げつける。

 

「女子寮に侵入するには鉄板の策だと思うのですが」

 

「バカか?!本当に男がそんなことしたらバレるに決まってんだろ!」

 

そういうのはフィクションだから成功するんだよ!

 

ていうか俺みたいなのが女装したらキモいだけだろうが。

 

「現実は小説より奇なり、ですよ」

 

「お、落ち着け。話せばわかる…」

 

遊佐が両手に制服を掲げながらジリジリと距離を詰めてくる。

 

「死後の世界がある時点で常識なんて通用しません。さあ」

 

「やめろーーー!!」

 

 

 

 

 

 

「とてもお似合いですよ」

 

「お前本当に覚えとけよ…!」

 

必死の抵抗も虚しく、あっけなく女子の制服を着させられただけでなく、ウィッグや胸パットまで付けられる始末。

 

脚がスースーしやがる。

 

決めたよ。俺も神って奴に復讐してやる。

 

「戦線の目的を理解してくださって嬉しい限りです」

 

「…やっぱり遊佐も神に復讐したいのか?」

 

俺の心を読んでサラッと言った台詞。

いつも無表情で飄々とした態度で接してくる遊佐にも、岩沢や日向、それにゆりのような過去があるんだろうか。

 

無神経なのは自分でも重々承知だが、質問を止める事が出来なかった。

 

「…さあ、忘れてしまいましね」

 

少しの間が空いてから返ってきた台詞は、とても単純なものだった。

 

だが、納得出来るような内容でもなく、俺はつい更に踏み込んでしまう。

 

「忘れたって、そんなわけないだろう?俺とか音無みたいに記憶喪失ってわけでもないんだし」

 

「…そうですね。確かに記憶喪失ではありません。ですが、忘れてしまった」

 

忘れてしまった。

 

俺が今まで聞いたことのある過去は忘れようとしても忘れられるものなんかじゃなかった。

 

それを、忘れてしまった…?

 

「いえ、この言い方では正確ではありませんね。忘れたのです。自分を深い水の底に沈めて…」

 

「どういう…意味だそれ?」

 

ますます訳が分からなくなる。

 

深い水の底?何かの比喩なのか?

 

「そのままの意味ですよ」

 

「そのまま…?」

 

本当に沈めたってことなのか?なら、ここに居る遊佐は…

 

俺が思考を巡らせていると、遊佐はフゥ、と物憂げにため息をつく。

 

「やめましょう。これから騒ぐというのに、こんなつまらない話は」

 

「あ、ああ…」

 

これ以上は踏み込むなと言われているかのように回れ右をして歩き出す。

 

ただでさえ不思議というか謎な部分が多い遊佐。

今回の事でその謎はより深まることになった。

 

 

 

 

 

遊佐の話は曖昧に終えられたまま、お互いに一言も発さずに寮の前まで到着した。

 

「着きましたね。問題はここからですが…まあ大丈夫でしょう」

 

こちら一瞥して、そう言うが一体その根拠はどこにあるんだ?

 

普通に誰かに見つかった時点でお縄だと思うんだが。

一生変態扱いは免れないだろう。もう死んでるんだけど。

 

「では行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

「…見ない顔ね」

 

嗚呼、何故こうなるんだ…

 

「ここの生徒なら顔を覚えてるはずなんだけど…」

 

顎に手を当てて考え込んでいるのは、この学校の生徒会長であり、そして俺達戦線の怨敵でもある天使。

 

何でそうそう捕まっているかというと、寮に入ってすぐのロビーで飲み物を買っていた天使の目に止まってしまったからだ。

 

なんとか男とバレないよう俯きながら前髪で顔を隠してはいるが、そもそも身長も女子にしては大きすぎるし、身体つきもゴツい。

 

もうこの場で頼れるのは隣にいる遊佐ただ一人だった。

 

不幸中の幸いなのか、遊佐は口が達者だ。

きっと思いもよらない弁を述べてこの場を潜り抜けてくれるだろう。

 

「恐らく此処に来たばかりだからかと」

 

超普通の回答だった。

 

え?そこは何かもっといつもみたいに相手を口車に乗せるような台詞を言ってくれよ。

 

「来たばかり…?そんなの聞いてないんだけど…」

 

やはり、そんな見え見えの嘘では騙せないようで訝しげにこちらを見ている。

 

「ついさっきですから。そういう伝達出来ない事もあるのでしょう」

 

「…まあ、あなたが言うのならそうかもしれないわね」

 

あくまでも極々一般的な言い訳にアッサリと引き下がろうとする天使。

 

あれ?こんなのでいいのか?

 

「はい。部屋への案内は私がしておきますので」

 

「そう。ありがとう。よろしく頼むわね」

 

それだけ言ってさっさと去っていった。

 

思いの外あっけない終わり方に立ち尽くしてしまう。

 

ていうか…

 

「天使と仲がいいのか?」

 

「何故でしょう?」

 

何故でしょうも何も…

 

「あなたが言うならって、明らかにおかしくないか?俺達はアイツの敵なんだぜ?」

 

天使の口調では遊佐は天使の中で信頼のおける人物ということになっている。

 

それは少なくとも敵に対しての態度ではないだろう。

 

「昔、お世話になったんですよ。その時のイメージがそのまま染み付いているのでしょう」

 

「お世話に?」

 

まだ此処に来てすぐの頃だろうか?それならばある程度納得がいくが。

 

「その解釈で問題はありませんよ。さあ、それよりも早く行きましょう。皆さんお待ちしておりますし」

 

「それもそうだな」

 

あまり深く詮索しない方がいいだろう。

 

表情を見せないように先を歩く遊佐を見るとそう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「着きました」

 

色々とあったがようやく遊佐の案内で皆の待つ部屋にたどり着いた。

 

「岩沢さんの部屋になります」

 

「ぶっ!」

 

ようやく一息つけるかと思い油断したところに追い討ちの一言をかけられる。

 

「い、岩沢の…!?」

 

「はい。どうかしましたか?」

 

どうかしましたか?じゃねえよ!

 

「本当に俺が来て良かったのか?!」

 

「岩沢さんが誘ったのですから良いに決まっているでしょう」

 

そ、それは確かに正論だけど…

 

いや、男子を部屋に呼んでる時点で既に何が正しいんだろうか。

 

「いいから早く入ってください」

 

「ちょ、押すな!分かったから!」

 

ふぅ、とドアの前で深呼吸を1つ。

 

なんでこんなドキドキしてる?

ただ部屋に入るだけだぞ。それも二人きりってわけじゃねえし、ユイの歓迎会だし。

 

「よし」

 

今、禁断の扉を開け―――

 

「早くしてください」

 

「ぐあっ!」

 

扉を開けた所を後ろから蹴りを入れられ無様に倒れこむ。

 

「お邪魔します」

 

「うっ…」

 

その上をまるで俺を絨毯のように踏み歩いていく遊佐。

 

「柴崎?来たのか?」

 

男子寮の部屋とほぼ変わらない間取り。

そのリビングの部屋から聞こえてくる岩沢の声。

 

「ああ、悪い遅くなった」

 

「いいから早く入ってこいよ」

 

「…わかった。今いく」

 

倒れた状態から起き上がって汚れた服を払いながら本当に入っていいのかと悩んでいた所に背中を押す言葉をかけられて覚悟を決める。

 

「お邪魔します…」

 

リビングの部屋に入った瞬間に広がる甘く頭が痺れるような女子の香り。

 

これが岩沢の部屋…

 

「どうした?ボーッとして」

 

「い、いや別に…ってお前!風呂上がり…?」

 

「だからどうした?」

 

余りにも男子寮の部屋とは違う香りに惚けているところにさらに追い討ちをかけるかのように髪が乾かしきっておらず、タオルを頭にかけたままの姿の岩沢だった。

 

まだ体が暖まっているようで頬もほんのりピンク色に染まっている。

 

だからどうしたって…そんな無防備な…

 

「おーい、風呂上がりは別に岩沢だけじゃねえぞー」

 

よく見渡してみるとひさ子や関根達全員が風呂上がりのようだった。

 

しかし、岩沢を見た時程の衝撃はなかった。

 

…もう慣れたのか?

 

「やっと来てくれたんだね柴崎くん!遅いよ!」

 

「…だ、誰?」

 

ようやく腰を落ち着けようとしたところに見知らぬ少女が泣きながら迫ってくる。

 

「僕だよ!」

 

「大山ぁ?!」

 

可憐な容姿の少女が自らの髪をむしり取ったと思ったら女装をした大山だった。

 

大山童顔だし女顔だから似合うよな…

 

「遊佐さんにいきなり女装させられたと思ったらここに連れてこられるし男僕一人だし入江さんの湯上がりすごく可愛いしー!」

 

「そんな、可愛いだなんて…」

 

「落ち着け大山」

 

途中からノロケになってる。イチャつくなリア充。

 

「ていうか柴崎も女装なんだな」

 

「ああ、例によって遊佐にな」

 

「…きれい」

 

「は?」

 

岩沢の発言にうまく返す言葉が見つからない。

 

今更なことを口にしたと思ったらなんだ急に?!俺の女装なんて気持ち悪いだけだろ?

 

「その件ですが実は……」

 

「…え!本当か?!」

 

俺が戸惑っていると遊佐が岩沢の耳元に近づいて何か言っている。

 

そしてそれを聞いてえらく嬉しそうな反応をする岩沢。

 

なにがあったんだろう?

 

「はい。後程お渡ししますね」

 

「よろしく頼む!!」

 

他の奴らそっちのけで興奮気味に頷いている岩沢。

 

あれ?俺達は何のために集まったんだっけか?

 

「うおぉぉーい!主役はあたしでしょ?!あたしの歓迎会でしょ!チヤホヤしてくださいよぉ~!」

 

ああ、ユイの歓迎会だったかそう言えば。

正直今までにインパクトの強い事が有りすぎてど忘れしてた。

 

「悪い悪い。柴崎も来たし始めるか!」

 

ひさ子が軽く宥めながら人数分用意されていたジュース入りのコップを手に取ると、皆もそれに合わせてコップ取る。

 

「ユイのガルデモ加入祝いと」

 

「今後のガルデモの成長を願って」

 

「乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

入江、関根、岩沢と練習をしていたかのように見事に言葉を繋いでいった。

 

「お菓子もおつまみもジュースもいーっぱいあるからジャンジャンやっちゃってね!」

 

テーブルの上には購買で売ってるようなお菓子から明らかに手作りのおつまみまで色々なものがところ狭しと並べられていた。

 

「へえすごいな。誰が作ったんだ?」

 

「主に入江。時々岩沢って感じかな」

 

「入江はともかく岩沢もか」

 

何となく音楽以外をやってるイメージなかったから意外だ。

 

「なんだよ?あたしが料理したら変か?」

 

俺の言葉が気にくわなかったのかジト目で睨んでくる。

 

「いやいや、意外だっただけで…あ、これうまい」

 

言い訳しつつ一口食べたタコとキュウリを和えた酢の物が美味しくて思わず口に出してしまう。

 

「あ、それあたしが作ったやつ」

 

「そうなのか?さっぱりしててすごい旨いぞ」

 

「そ、そうか…?」

 

今度の台詞はお気に召してくれたようで誉める意味も込めて頭を撫でると満更でもなさそうにしている。

 

「こっちも美味しいよ柴崎くん」

 

「あ、それ私が作ったんです」

 

「本当?この味付けすごく好きだよ。毎日食べたいくらい」

 

「えええええ!ま、ままままま毎日?!それってつまり結婚…?ええ?!嫌じゃないし寧ろしたいけど!でもでもまだ早いっていうか!」

 

あちらは完全にリア充の世界を作り出していた。

 

なぜ皆の集まりで二人の世界を作っているんだろうか。

まったく。端で見ている方の気持ちも考えて欲しいものだ。

 

「それはあなたもですけどね」

 

「え、何が?」

 

「いえ、何も」

 

恐らく心を読まれたんだろうが、呆れられている理由が見当もつかなかった。

 

「柴崎先輩!何かお祝いのプレゼントとかないんですか?!」

 

「よし分かったこの奈良漬けをやろうほら喰え」

 

「え~、苦手だからいらないですよ~」

 

折角やろうと思ったらこれとは。

美味しいのに勿体無い。

 

「もう。ひなっち先輩はちゃんとくれましたよ~」

 

ひなっち?ああ、日向か。

 

「何くれたんだ?」

 

「折り鶴です」

 

「小学生かよ」

 

折り鶴って…日向お前そりゃねえだろ…

 

「すっごくキレイに折ってくれたんですよ!部屋に飾ってるんですけど!」

 

ああ、コイツ日向から貰えれば何でも良かったのか…多分日向も喜ばれると思ってなかっただろうな…

 

ユイは完全に一人でいかにその折り鶴が素晴らしいかを語るモードに入ってしまった。

 

なんで皆で集まってるのに皆自分の世界に入っていってるんだ?

 

「いやーどこもかしくも熱いね~」

 

「全くだな」

 

本当に理不尽な人生を送ってたんだろうか?

 

頭のなかが恋愛一色にしか見えないけど。

 

「関根はそういう相手いないのかよ」

 

ガルデモメンバーで唯一浮わついたことを聞いたことがないのが関根だけだと今気がついた。

 

「そうだねぇ。今の所居ないかな~あんまり喋る男子自体少ないし」

 

「意外だな。男女関係なく遊んでるのかと思ってた」

 

ていうか、球技大会の時だって全員と満遍なく話していたと思うんだが。

 

「んー?皆同じように仲が良いからね~。誰か特別な絡みがあるわけでもないし」

 

強いて言うならみゆきちかな。と笑いながら話す関根。

 

確かに誰とでも仲が良いってことは特別が少ないってことなのかもしれない。

 

「なら案外仲が悪いやつのこと好きになるのかもな」

 

「あはは、そうかもね。ま、あたしに仲良く出来ない人なんか居ないけどねー!」

 

胸を張って言い切った関根。

 

その自信はどこから来んだよ。

ていうか、それって恋愛出来ませんって公言してるようなものなんじゃ…

 

「まあ、せめて特別な相手が見つかるよう祈ってるよ」

 

「サンキューベリーマッチ!柴崎くん!オラオラユイいつまで一人でノロケてんだ~」

 

嵐のようなやつだ。

 

次から次へ絡んでいっている。まさに皆平等。

 

「アイツは…はっちゃけすぎだっつの」

 

ユイに絡みにいった関根を見やりながら呆れたように、いや、実際呆れながら呟くひさ子。

 

「後輩が出来て嬉しいんだろ」

 

「アイツに上下関係を気にしてるようなところは一切無かったけどな」

 

「あー、目に浮かぶな」

 

どうせヒートアップしすぎて敬語忘れたりするんだろうな。

 

「まあ、それでもやっぱり後輩って特別なんじゃねえの?今まで一番下だったんだからよ」

 

例え上下関係を意識しないようなやつだとしてもそれは変わらないんじゃないかと思う。

 

「そりゃあそうだろうけどな。あたしだって後輩出来たら嬉しかったし」

 

「へえ、何の部活してたんだ?」

 

そう訊いた瞬間、明らかに表情が一変した。

 

―――しまった。

 

そう表情が物語っていた。

 

「…部活じゃ…ないな。まあ、バンドだよ…」

 

「…そっか。やっぱり昔からギターやってたんだな」

 

これは、踏み込んでいいものなのか…。

いや、今はマズイだろう。こんな祭りの場で…

 

「ひさ子さーん!こっち来てくださいよう!寂しいです!」

 

「はあ?!ちょっと関根?!分かったから、分かったから離せ!」

 

この空気をどう変えようか逡巡していると、関根がタイミングよくひさ子に絡みに来てくれた。

 

良かった…関根のお調子者なところも役に立つもんだ。

 

と、そこまで考えたところで関根がひさ子を引きずりながらこちらに振り向きウィンクしてきた。

 

…たまたまじゃなかったのか。

 

俺の中の関根の印章がガラリと変わった。

 

ああ見えて周りをよく見ているんだ。

 

緊張で渇いた喉を潤そうとジュースを飲み干したところで少しばかりの尿意を感じた。

 

…皆各々で楽しそうにしてるし、ちょっとトイレ行っとくか。

 

 

 

 

 

 

「……何があった…?」

 

トイレに立ち少ししてから戻ると、殆どの面子が眠りこけていて、さらに顔も紅くなっていた。

 

「奈良漬けを食べた瞬間に酔いが回ったようです」

 

「奈良漬けで?!」

 

余りの光景に唖然としていた俺に生き残っていた遊佐が淡々と説明をしてくれた。

 

「こんなので酔うやつがいるなんてな」

 

「確かにベタすぎる…」

 

ポリポリと奈良漬けを食べながら呆れるひさ子。

 

「ひさ子と遊佐は大丈夫なんだな」

 

「あたしは時々飲んだりしてるから」

 

「私は奈良漬けに手をつけてません」

 

それぞれらしい答えが返ってきた。

 

「そういや入江と大山が居ねえな」

 

「お二人はこっそり二人で抜け出していました」

 

「合コンかよ」

 

ていうかまたベタベタな…

 

そして皆の集まりの時に抜け出すのは自重してくれ。

ユイが不憫だ。

 

「しゃーねえなぁ。関根はあたしが連れてくからユイは遊佐が頼む」

 

よっこらせ、と関根を肩で支えながら歩き出そうとするひさ子。

 

「あのーひさ子さん」

 

「ん?」

 

「俺は…?」

 

返ってくる答えはおおよそ見当がついていたが、どうかそうではないようにと念じながら返答を待った。

 

「はぁ?決まってんだろ?岩沢の面倒みてろ」

 

 

 

 

 

 

やっぱり来ない方が良かったかも…

 

「岩沢ー起きろ。岩沢ー」

 

「ん、んぅ…」

 

ペチペチと紅くなった頬を軽く叩きながら声をかけるが返ってくるのは小さい呻き声だけ。

 

もぞもぞと動く度衣服が乱れてチラチラと素肌が覗かれる。

 

見るな見るな…

 

「おーい。ったく奈良漬けだけでこんなに酔うなっての…って、なんだこれ?」

 

モゾモゾと寝返りのような動きを何度か繰り返した時に岩沢の下に何か落ちているのを見つける。

 

「ん、よいしょ」

 

なんとかその中でも取りやすそうな位置にあったものを抜き取るとそこには

 

「俺の写真…?」

 

しかもこれ、さっき着替えてる時の…

 

何でこんなものを?

 

そう思って、他にも何枚がある写真を抜き取ると、その全てが俺の写真だった。

 

女装後や髪を乾かしているところ。

全て今日ここに来る前のものだ。

 

なら犯人は奴しかいないだろう…

 

「遊佐ぁ…!」

 

とりあえずこれは全部没収…

 

「ん」

 

しようと写真を抱えて立とうとした瞬間、俺のズボンを掴んで立たせないように引っ張る岩沢。

そんなことしつつ目は閉じたままだ。

 

いや、これはたまたまだろうけど。

 

「岩沢?起きたんならベットに行けよ」

 

「…やだ」

 

「やだってお前…」

 

子供じゃあるまいし…

 

「ならとにかくズボン離せ。立てないだろ」

 

「いやだ」

 

「はぁ…なんで」

 

渋々この酔っ払いの相手をすることに。

 

「写真…捨てないで」

 

「捨てないでって…お前なぁ、盗撮って立派な犯罪だぞ?」

 

よい子はマネしちゃダメなんだ。

 

「だって、柴崎は返事くれない…」

 

う、と思わず怯んでしまう。

 

ここでその話を持ち出すか?ていうか、まだ目閉じたまんまだし。

 

「だからそれはちゃんと考えてからじゃないと不誠実かと思って」

 

「そんなの、あたしはしらない…あたしは柴崎が好きで、入江と大山みたいに一緒に居たいのに…」

 

今まで溜まっていた不満がアルコールの力を借りて一気に吹き出してきたようだ。

 

それも一番痛いところをついてくる。

 

「返事はくれないのに、罰ゲームの時はキスしようとしたり…」

 

「う…」

 

またも痛いところをついてくる。

 

「柴崎がどう思ってるのかわからない…それが辛い…」

 

閉じられている瞼から一粒、雫が零れる。

 

その雫を見てようやく思い知った。

俺はこんな風になるまでコイツを待たせてしまっている。

 

なのに、思わせ振りな態度、いや行動だけをしてしまっている。

 

「ごめんな…こんな言葉じゃ、許されないのは分かってるんだけどさ」

 

「うん…」

 

俺の言葉がちゃんと聞こえているのか不安になるくらい弱い相づち。

 

流れている雫を拭う。

 

「でも、ごめん。まだ、もうちょっと待ってくれないか?せめて、記憶が戻るまで…」

 

「…うん。まって…る…」

 

そこまで言ってようやく安堵したかのようにもう一度眠りについた。

 

その寝顔を見ると写真くらい許してやらなきゃダメだなと思わされてしまう。

 

「本当、良い奴なんだけどな…」

 

スヤスヤと穏やかに寝息をたてる岩沢を眺める。

 

正直本当になんで俺なんかを好きになってくれたのかが不思議だ。

 

こんなに可愛くて、カッコよくて。強くて、弱くて。優しくて、厳しくて。

まるっきり反対のものを矛盾なく抱えているこの少女。

俺なんかより良い男なんてそこら中に居そうなものなのに…

 

「…なんで俺なんか選んだんだよ」

 

うりうり、と言いながら痛いところをついてくれたお礼にとおでこをつつく。

 

「…うぅん。好き…柴崎」

 

俺の指をスルッとかわし、チュ、とまるでマンガや小説なんかでみるような音を立てて俺の頬に口づけする岩沢。

 

自分の顔に血が昇ってくるのが分かる。

 

見てはいけないと分かっていてもつい岩沢の唇を注視してしまう。

 

そして、そこで初めに部屋に入った時に感じた女子特有の甘い匂いを再認識させられ、頭が痺れてねじ切れそうになる。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

俺は飛んだ。

 

変な気を起こしてしまう前にベランダに出て飛翔した。

 

地面にまっ逆さまに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という感じで落ち着いたようです」

 

「そ。凄いわねー。そんな事になったらあたしなら襲うわ」

 

歓迎会をお開きにし、命令されていた通り一通りの事情を話した。

 

「しっかし、柴崎くんの記憶ねぇ。音無くんもだけど、戻る気配が見えないのよねー。珍しいことに」

 

「そうですね。ここまで長いものは珍しいですね」

 

もうすでに二人が此処に来てから数ヶ月が経っている。

 

今までにあった記憶喪失の症例ではここまで長いものはおそらくなかったものだ。

 

「遊佐さんは、いつも一緒に居て何か気づいたことない?」

 

「そうですね…」

 

1つだけ、ある。

 

いつか、部屋に起こしに行った時、えらくうなされ、服が汗でベッタリになっていた時が。

 

その時、まるで何かから逃げているような事を寝言で呟いていた。

 

が…

 

「ないですね。いつも岩沢さんの話をしていますよ」

 

何も確証のない情報を提供しても、それは意味もないこと。

 

だから黙っていることにした。

 

決して、私の過去にあれ以上踏み込んでこなかったお礼ではない。

 

「…そう。相変わらず端からみればラブラブね。とっとと付き合っちゃえばいいのに」

 

「ですね」

 

ゆりっぺさんには嘘をついてもきっとバレている。

 

それでもゆりっぺさんは私が意味のない嘘はつかないと信じてくれる。

 

リーダーとしてはかなり甘い。けど、その甘さに惹かれたことも事実。

 

いつか、私は私を引き上げてあげられるのか…

 

「さあ、寝ましょうか」

 

「はい、ではお暇させていただきます」

 

「何言ってるのよ?ここで寝るのよ?」

 

「はい?」

 

私の聞き間違いでしょうか?

 

「今日はここで寝るの。異議は聞かないわよ」

 

「…了解しました」

 

これもきっと、昔のことを考えて暗くなっている私への気遣いなんでしょう。

 

本当に、甘くて優しいリーダーですね。

 

 




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