Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「すごく、遠回りしたよね」

泥のように眠るって言うのは正にこの事だ。

そのくらい深く眠っている。

身体に蔓延している疲労感を全て取りきるべく睡眠を欲する今の俺を止めることは誰にも出来ない…眠りながらも俺はそう思っていた。

 

「柴崎…」

 

遊佐には悪いが今日は起きることは出来ないな…

 

「柴崎…柴崎」

 

あれ…?この声、遊佐じゃない…この声は…

 

「しば…「岩沢!?」…うわっ、いきなり大声だすなよ」

 

「あ、悪い。じゃねえよ!」

 

あたかも自分は何も変わった事はしていないというテンションで岩沢に言われるとこっちが悪いような気がしてくる。

 

でも、いきなり目の前に思ってもない奴の顔が近くにあったら驚くだろ。

 

「なんでお前がここ…に…」

 

これだけ驚いていてもまだ少し残っていた眠気がもれなく全て吹き飛んだ。

 

いや、逆なのだろうか。これは夢の中で俺の中の欲求が溢れ出ているのか。

 

「あ、あんまりジロジロ見るな…」

 

今俺の目の前にいる露出が多目のメイド服を着て、胸元を腕で隠して頬を赤らめている岩沢は夢なのか?幻なのか?

 

確かめる方法は遥か昔からたった一つ…

 

「ぐっふぅっ!」

 

「柴崎?!」

 

そう。自分を殴る。それも全力で。

 

そしてそこから導き出した結果は…

 

「現、実だ…」

 

「あ、当たり前だろう」

 

いやいやいやいや、当たり前?そんなわけないだろ!?

服装なんて制服しか見たことねえよ?!

 

「なんで、メイド服…?」

 

「あ、そうだった」

 

俺の質問で何か思い出したようで、コホンと1度咳払いをする。

 

「お、おはようございます。ご主人様…」

 

「ごほぉっ!」

 

ベットの上に座る俺に対して、岩沢は床に正座の状態。

当然、岩沢は俺よりも物理的に下になるため、自然と上目遣いに。

そして、またまた当然上から見るということはバッサリ開いている胸元の谷間が見えてしまうわけで。

 

つまり、色々とマズイ…主に俺の男の部分が。

 

なんとか本能を抑制するため、そして自分への戒めに自分のどてっ腹を殴る。

 

「や、やっぱり似合わなかったか…?」

 

勿論そんなわけがないというか、逆に似合いすぎていて只今絶賛困っていますというか。

 

「いや、似合ってるよ…」

 

痛みと本能を堪えてなんとか言葉を捻りだす。

 

「う…そ、そうか…?」

 

ええはい、そりゃあもう似合ってますよ。ぶっちゃけマジストライクです。

 

「柴崎?なんでそんなに前屈みなんだ?」

 

「…腹痛」

 

嘘です。

ただの生理現象です。

 

ていうかなんでこの娘はそういうこと訊くんだよ?!

察してくれよ!

 

「大丈夫か?じゃなかった。大丈夫ですか?ご主人様…」

 

プツンと何かが切れたような、もしくはガシャーンと激しく何かが崩れ落ちるような音が頭に響いた。

 

「岩沢」

 

「え、なに?…ひゃあ!」

 

もう自分を止める理性を本能が押し潰し、岩沢の軽い身体を掴んでベットに押し倒すと、普段の振る舞いからは想像出来ないような可愛らしい悲鳴をあげる。

 

「へ、し、柴崎…?」

 

「岩沢…目、瞑れ…」

 

俺の言葉を聞くと、素直に力の限り目を瞑る。

 

そして、ゆっくりと顔を近づかせる。

 

次第にお互いの吐息がかかり、余計に歯止めが利かなくなる。

 

「はーい、そこまででーす」

 

「え?」

 

あと数秒足らずで唇が重なるという所で突然誰かが部屋に乱入してきた。

 

というより、こんな登場の仕方をする奴は他に居ないだろう。

 

「遊佐、てめえ…」

 

俺の純粋な心を弄んだな…!

 

「あれ?怒ってます?告白の返事もろくに返さずに襲おうとしたクズクズしい柴崎さん」

 

「く、てめえ…」

 

いつも以上にイキイキと正論で俺を責め立てる遊佐。

 

クズクズしいのはどっちだこの野郎…

 

いや、でも確かに俺は好きだと言われてその返事も宙ぶらりんのまま襲おうと…いや、そこまでは考えてなかったけど…

 

「遊佐、入ってくるの遅いよ。…あと少しで本当にしちゃってたじゃん…」

 

「すみません。こういうのはギリギリになればなるほどよろしいかと」

 

文句を言いながらも惜しそうな表情をする岩沢といけしゃあしゃあと語る遊佐。

 

やっぱりグルか…

 

「何がしたいんだよお前らは?!」

 

こんな生殺しみたいな真似して、何か俺に恨みでもあるのか?!

 

「いえ、私は岩沢さんに頼まれたので案を出しただけですよ」

 

「何?」

 

岩沢が…何で…?

 

「ほら、罰ゲームだよ」

 

「罰、ゲーム…」

 

「そ、罰ゲーム」

 

罰ゲーム…罰ゲーム…

 

「昨日のかよ!!」

 

すっかり忘れてた…!

 

確かに俺は事前に罰ゲームを宣告されてた…!

 

「それで遊佐に相談したら、これが一番効果的だって」

 

そう言ってヒラリと1回転する岩沢。

 

見えそうで見えないミニスカートにより釘付けになる。

 

「そして案の定効果覿面です。今も」

 

「やらしー柴崎」

 

「う、うるせえ!」

 

男なんだからしょうがねえの!

 

「まあいいや。罰ゲームも出来たし着替えよっと」

 

「え…」

 

そう言って部屋を後にしようとする岩沢につい落胆の声をもらしてしまう。

 

途端にニヤッと表情を変える岩沢。

 

「なんだ?気に入ったのか?メイド服」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

実際、滅茶苦茶好きですけど…

 

現に今も前屈みになって俺に目線を合わせている岩沢の胸元が気になってしょうがないわけで、俺も前屈みに。

 

「なら着替えて来ようっと」

 

「まだ着替えないでください!」

 

ああ、着替えてこいよ。

 

「柴崎さん。本音と建前が逆です」

 

「そうかそうか着替えないで欲しいか」

 

「う…しまった…」

 

まさかポロっと本音が出てしまうとは…!

恐るべしメイド岩沢…

 

「ポロっと、というにはあまりにも盛大にもれてましたけどね」

 

また心を読まれてる…

 

ていうか恥ずかしいから冷静に分析するなよ。

 

「まあいいや、着替えてくる」

 

「ええ!?」

 

あんな辱しめを与えておいて着替えるのか?!

 

「当たり前だろう?これ、罰ゲームなんだから」

 

「そういうことです。では」

 

そうして二人とも部屋から出ていった。

 

「そんな…」

 

 

 

 

 

 

俺の純粋無垢な心を踏みにじられ、どうにも仕事という気分にはなれずサボってしまっている。

 

「コーヒーはいいな…裏切らない…」

 

この若干人間不信のような発言もしょうがないと思う。

 

しかしまさかただメイド服を着ていただけで襲う直前までいってしまうなんて…

 

そういうことをしてしまいそうになるってことは、俺は岩沢の事が好きって事なんだろうか?

 

いやでも、あんな格好とシチュエーションなら相手が他の誰かでもなっていたんじゃないか?

 

例えば遊佐。

 

遊佐も金髪金眼の美少女かつなにげにスタイルも抜群。

それにいつも冷たい態度を取っている遊佐に突然ご主人様だなんて言われたら…

 

「…………マズイかも」

 

うん。他の人でも考えてみようか。

 

ひさ子はどうだろう。

 

普段男勝りのひさ子がヒラヒラの服を着ている。考えるだけで男としてどうしようもなくそそられる。

そしてひさ子はああ見えてものすごく…デカイ。

それを今日の岩沢みたいに強調されたら…

 

「…………………ヤバイな」

 

なら、関根は……

 

「………ないかなぁ」

 

ただただはっちゃけて終わりそうだ。

 

「分からん…」

 

結局分からないままだ。

 

実際に今日みたいな行動に出るかはなってみないと分からないけど、結果的に魅力的なことには変わりない。

 

コレ、という決め手がないんだよな…

 

「柴崎くん」

 

「ん?大山?」

 

俺が考え込んでいると側に来ていたらしい大山が話しかけてきた。

 

しかし、何の用だ?

あまり、というかほとんど話したこともないんだけど…

 

「えっと、良い天気だね」

 

「え、ああ…」

 

「「………………………」」

 

本当に、何の用なんだ…?

 

もしかして一人寂しくコーヒーを飲んでいる俺に気を使って…?

 

「優しいんだなぁ…大山…」

 

「ええ?!どうしたの柴崎くん?!僕はまだ感動されるほど優しい事をした覚えはないよ!?」

 

「いいんだ隠さなくて…一人でポツンと突っ立ってる俺に気を使ってくれたんだろ?」

 

「なんてネガティブ!違うよ!ちょっと訊きたい事があっただけで…」

 

違ったのか?

 

「なら訊きたい事って?」

 

「うぅ…そ、それはその…」

 

質問すると途端にモジモジと口ごもり、顔を紅くする。

 

この反応は…まさか…!

 

「すまん…俺はお前の気持ちには応えられない…俺は普通に女の子が好きなんだ…」

 

流石に俺ももうそこまで鈍くはない。

今の反応は岩沢の反応と似ている。

つまり大山は俺の事が…

 

「違うよ!なんで僕が柴崎くんを好きになるのさ!」

 

「え、違うのか…?!」

 

俺はてっきり大山も日向と同じアッチの方かと…

 

「なんでそうなるのさ…」

 

いやまあ言われてみればそうだよな。

ちょっと考えが短絡的だった。

 

「じゃあなんなんだ一体?」

 

「う、うん…あの…柴崎くんって、い、入江さんと仲良いよね?」

 

途切れ途切れでようやく最後まで言いきった大山。

 

…ていうか、入江?

 

それって…もしかすると、もしかするのか…?

 

「あ、ああ…まあ仲良くさせてもらってるよ」

 

これ、何かミスって二人が上手くいかなかったら俺のせい…?

 

「だ、だよね…昨日の野球の時も…」

 

「野球…?」

 

あれ?何かしたっけ俺?

 

「見てるぞって声かけてたし…しかもそれで入江さんも取ってたしね」

 

「あ、あれねー」

 

しまったぁー!

まさかあれがそんな誤解を招くとは…!

 

「えっと、柴崎くんは入江さんのこと…」

 

「いや違う違う!そういう感情は一切ない!」

 

ここで誤解されたままだとこの二人完璧にすれ違っちまうぞ…!

 

かといって、直接的にぶっちゃけるのも気が引ける…

 

「でも入江さんは柴崎くんの事が好きなんじゃ…」

 

「ない!それはない!」

 

「え、なんで?」

 

そりゃ入江が好きなのはお前だからな!

 

「ええっとだな…入江には俺じゃなくて別の好きな奴が居るんだ」

 

これくらいなら問題ない…よな?

 

「そう…なんだ…好きな人が居るんだ…」

 

え、ちょっと待て。もしかしてやっちゃったのか?!

 

「ごめんね、変なこと訊いて。じゃあね」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

そそくさとその場を去ろうとする大山を呼び止める。

 

「え、何?」

 

慎重に言葉を選ばないと駄目だ…

 

「…いいのか?入江の事、好きなんだろ?」

 

慎重にって言ったばっかりなのに何故ドストレート?!

 

「…良いも何も、好きな人がいるんじゃ無理だよ」

 

ハハハ、と薄く笑う大山。

 

自分で自分の首を絞めるってのはこの事か…

 

「でも、だからって何もしないってのは違うだろ」

 

「そりゃそうだけど…でも、もし僕が告白したら、きっと入江さんはすごく困るよ…優しい子だもん」

 

なんでこいつはこんなに鈍いんだよ!気づけよ!入江の好きなのはお前だよ!

 

「ていうか、なんで振られる前提なんだよ?」

 

「なんでって、好きな人がいるなら振られるに決まってるよ」

 

「もしかしたら好きな人は自分なんじゃ、とか考えねえのか?」

 

そこまで言うと、ハッと何かに気づいたような顔をする。

 

おっと、このままじゃマズイか。

 

「誰が好きかなんて俺も聞いてねえよ。ただ俺じゃない」

 

「そう、なんだ…うん。そっか」

 

俺の台詞を聞いてしきりに頷く大山。

 

これならギリギリ大丈夫だよな?

 

「じゃあ僕、行くね。…ありがとう」

 

「ん、頑張ってこい。この時間帯なら、あいつ一人で練習してるから」

 

…バレてたかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも朝の間は一人で練習している。

それはもちろん、皆に遅れをとらないように。

 

…そして、あの人がくれた言葉と気持ちを忘れないため。

 

私がめげずに練習を続けることが出来て、ガルデモという人気バンドのドラムを張ることが出来るまでになったただ1つの理由。

 

涙で前が見えなくなった私に差しのべてくれた優しくて暖かい手。

 

そして初めて知った、恋焦がれるという感情。

 

「駄目だ…なんだか今日は集中出来ないや」

 

言って、スティックを机に置いて一息つく。

 

この時間の練習はいつもこの事に関しては考えてしまうけど、今日は普段の比じゃないほど頭をよぎっていく。

 

「なんでだろう…」

 

フッと浮かんでいく疑問を口にした瞬間、ガラガラッとドアが開けられる。

 

あれ?いつもより早いな…誰だろう

 

「お、大山さん!?」

 

な、なんでここに?!

 

こ、心の準備が…

 

「…入江さん」

 

「は、はひっ」

 

思わず声が裏返るのを止められない。

 

ていうか、何この状況?大山さんもすごく深刻そうな顔してるし。

 

「あのね、僕、入江さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

「言わなきゃいけない、こと…?」

 

すごく真剣な瞳。

 

まるで、告白されるみたい…

 

「僕は、入江さんが好き…です」

 

「え…?」

 

急な展開に頭が着いていこうとしない。

 

好き、って、どういう…?

 

「もちろん、これは友愛とか親愛じゃない好きだよ。入江さんの事を異性として好きってこと」

 

「それって…」

 

もしかして…

 

「付き合って、くれませんか?」

 

「えっと、その…こ、こちらこそお願いします…」

 

そんなの、断るわけない。

ずっと、ずっと、密かに暖めていた感情。

それが、叶うんだから。

 

「な、なんで泣いてるの…?」

 

「え、ご、ごめんなさい…嬉しくて…」

 

感激と衝撃で目から涙が溢れ出ていた。

 

「…そっか」

 

大山さんはそんな私の涙を拭って、頭を撫でてくれる。

 

いつも、私の涙を拭ってくれる。

 

そんな大山さんだから、好きになったんだ。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、大山さん」

 

「なに?」

 

告白され、ここに居たら邪魔されちゃうといって空き教室を出て、人目につかない裏庭に移動した。

 

二人で一緒に腰かけて手を繋ぎながら持たれ合う。

 

そして私は告白されてから気になっていたことを訊くことにした。

 

「なんで、私の事を好きに?」

 

自分で言うのもなんだけど、接点はかなり少なくてとてもじゃないけど好きになるきっかけなんてなかったように思う。

 

「入江さんはなんで?」

 

「え、私は…泣いてる時に声をかけてくれたから…」

 

質問を質問で返されて戸惑いながらも自分だけ訊くのは確かに不公平かと思って正直に答える。

 

その間も大山さんはずっと優しくこちらを見ている。

 

「僕は初めに見たときはただ単純に可愛らしいくらいにしか思ってなかったんだ」

 

「は、はい…」

 

不意に可愛らしいと言われて照れてしまう。

 

でも、それって答えになってないんじゃ…?

 

「そしたら、さっき入江さんが言った通り泣いてるところに声をかけた。僕はずっと応援してるって」

 

「はい…そう言って貰えたから頑張れました」

 

でも、それがどう好きに繋がるんだろう?

 

「それから、ずっと応援してた。

トルネードの時も出来る限り見ることが出来るようにして。

そしたらね、すっごく頑張ってるのが分かるんだ。

すごいな、また上達してる。頑張ってるんだな。

…そう思ってたら、いつの間にか目が離せなくなって、好きになってた」

 

「じゃあきっかけは一緒だったんですね…」

 

あれは私が戦線に入りたての頃。

 

大山さんがいつ頃そんな風に思うようになったのかはわからないけど…

 

「すごく、遠回りしたよね」

 

「はい」

 

考えてる事は同じだったみたい。

 

「遠回りした分、幸せになりましょう」

 

「うん。きっと、幸せにするよ」

 

…やっぱりちょっと違うかも

 

「幸せにして欲しいんじゃなくて、幸せになりたいんです。二人で」

 

そう言うと、驚いたみたいに目を大きく開けて、一拍置いて笑いだす。

 

「そうだね。…よろしくお願いします」

 

「はい。こちらこそ」

 

これが、今日二度目の告白だった。

 

 




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