「お、皆きっちり勝ち上がってんなぁ」
ついに球技大会が開始する時間になり、トーナメント表を確認すると他の戦線チームも順当に勝ち上がっていた。
やっぱり皆運動神経は無駄に良いんだな。
「じゃあ俺たちも行くかぁ!」
「ホームラン打ちますよー!」
「またか…」
NPCの試合が終わったタイミングを見計らってゲリラ参加の旨を伝えると審判役のNPCが心底うんざりしていた。
そりゃあれだけゲリラ参加されたらめんどくさくなるよな。
「いいじゃねえか!俺たちもこの学校の生徒だぜ?」
「屁理屈ってやつですね!」
「な・ん・で・てめえは味方の邪魔ばっかすんだよぉ~!」
「痛いです痛い~!!」
交渉していたはずがいつの間にか夫婦漫才みたいになっていた。
つーかあいつら仲いいな…
「はぁ、もう勝手にしてくれ…」
だが、その漫才が思わぬ効果を発揮してNPCが呆れながら許可をくれた。
「よぉし!とりあえず試合までこぎつけたぜ。でもお前ら分かってるな?ここで負けたら死より恐ろしい罰ゲームだ」
試合直前、皆で円陣を組んで日向が激を飛ばす。
ていうか、俺はもう岩沢から罰ゲームを受けることが決まってるんだけど。
「なぁ、その罰ゲームってどんなのなんだ?」
音無が詳しく説明されていない罰ゲームの内容が気になったようだ。
「ああ、俺もよく知らねえけど、受けたら精神が崩壊して発狂するらしいぜ」
「嘘だろ!?」
そんなのを俺は受けるのか?!
「大丈夫だって。勝ちゃいいんだよ」
「分かってねえ…お前は何も分かってねえよ…」
「何でもう落ち込んでんだよ?!」
俺はもう逃げられねぇんだぞ…
俺の中のやる気が急速に失われていく。
「まあいい。とりあえず打順決めんぞ。一番は音無頼む」
「俺か?」
「俺はぁ?!」
俺の事はスルーして話を打順で揉めていた。
「まあ待て。俺が二番で椎名っちが三番。そして四番がお前だ。ホームラン打たなきゃ負けだからな?」
何故仲間内で勝ち負けがあるんだ?
「柴崎は五番頼む」
「まあそうなるか」
他は全員女子…しかも運動はあまり得意じゃなさそうな。
「そのあとは岩沢、関根、入江最後がユイな」
「なんであたしが最後なんですかぁ?!」
ユイは九番が気に入らなかったようで抗議の声をあげる。
「あー、ほら、九番が繋げれば次は一番からだろ?よりチャンスを作るためだ」
「そうなんっすか!?あたし頑張りますよー!」
日向が適当に行った言葉であっさり納得するユイ。
チョロすぎだろ。
「よっしゃあ!勝つぞぉ~!おー!」
「お、おー…」
「おー」
日向の掛け声に反応したのは音無と入江だけだった。
「恐るべき結束力の無さだ…」
1回の表。俺たちが先攻なので、一番の音無が打席に入る。
バッターボックスで構える音無の表情は真剣そのもので、打ってくれそうな期待感がある。
そして相手ピッチャーが一球目を投じると―――
カキンッ
「打ったぁ!」
音無は甘く入ったボールを見逃さず振り抜き、気持ちのいい金属音を響かせた。
「よし!幸先いいぜ!」
「お前の打球はこんなものっ…かぁ!」
日向が喜んだのも束の間。野田が何故か音無が打った球をハルバートで打ち返していた。
「なんだと…!この!」
「まだまだぁ!」
音無も打ち返された球をさらに打ち返すという高等テクニックを披露し、二人のラリーが暫く続いた。
もちろんその後審判からアウトを宣告されたが。
音無の幻のヒットが飛び出した後、しっかりと日向と椎名が出塁し、野田は片手でホームランを打つという離れ技を見せた。
そして俺の打順が回ってくる。
「打てよ柴崎ー!」
「ここで打たなきゃ男じゃないっすよー!」
「ヘイへーい!ビビらず振っていこー!」
味方ベンチからは応援なのか野次なのか分からない声が飛び交っている。
「し、柴崎!」
やれやれと呆れながらバッターボックスに向かおうとした時、ネクストで待っている岩沢から声をかけられる。
「が、頑張れよ」
「…はいよ」
そんなキラキラ目を輝かされたら…
「打つしかないだろ!」
連打を浴びて疲れきっているピッチャーの球を自分の唯一の取り柄である眼を生かして打ち返す。
綺麗に左中間に飛んでいった打球は長打コースで、全力疾走すると、外野がもたついているのを確認して一気に三塁まで到達する。
「よし!」
こちらを見ている岩沢に向けてガッツポーズをすると、岩沢も少し照れながらではあるが控えめにガッツポーズを返してくれた。
その後、三者凡退でチェンジになった。
「…柴崎を返したかった…」
見るからに気合い充分だった岩沢は三振したのが悔しかったようだ。
…でも持ち方も間違ってたしなぁ…
「しゃーねぇよ。女子なんだし、初めてなんだろ?」
「それはそうだけど…柴崎だって記憶がないんだから初めてみたいなもんじゃん」
「確かにそうだけど…」
ていうか、なんで野球のルールとかは覚えてるんだ?音無もだけど。
「まあ気にすんなって。次までにバットの持ち方教えてやるから」
「分かった…次こそ打つ」
「よしよし、じゃあ守備だ。行くぞ」
「なんで俺がピッチャー…?」
日向からピッチャーに指名された音無は物凄く嫌そうな顔をしている。
「野田がホームラン打ったんだ。三者三振くらいしなきゃ負けちまうぞ?」
「だから俺たちは何と戦ってるんだ…?」
ごもっともだ。
「よし来ぉい!」
ちなみにキャッチャーは野田。
本当は日向には俺がキャッチャーを指名されたのだが、野田がどうしてもと言うので、日向が折れて俺は外野の守備に着いている。
「つーか、大丈夫なのかよこの外野…」
俺がセンター。岩沢がライト、そして入江がレフト。
…俺の負担半端ねえじゃねえかよ!
「うぅ…打球が飛んで来ませんように打球が飛んで来ませんように…」
「グローブ…ロックな匂いがする…!」
…………不安だ。
そして音無が普通のフォームではなく、大きく下に沈みこむようなフォームで一球目を投じる。
文句なしのストライク。
なのだが…
「お前の球はこんなものっかあ!」
キャッチャーの野田が捕球するとすぐに立ち上がって思いっきりボールを投げ返す。
「なんだと…?このっ!」
「ぬ、まだまだぁ!」
それを更に音無が投げ返して二人だけのキャッチボールが始まった。
「フォアボール!」
音無もアホだったのか…
もう戦線にアホじゃない奴は俺しか居ないんじゃねえのか…?
『柴崎さんもアホですよ』
「こんな時だけインカム使うんじゃねえ!」
返事がない既に切られてるようだ。
「はぁ…はぁ…」
不安は的中し、試合には勝ったものの二人のフォローに走り回らされて俺の身体疲労困憊だった。
1試合でこれって…死ぬ…
「大丈夫か?柴崎」
「ああ、悪い…」
見かねた音無がスポーツドリンクを差し出してくれる。
「…なあ柴崎ちょっといいか?」
「ん?なんだよ?」
急に畏まった様子に変わる音無。
「日向の様子が変なんだ」
「日向が?」
言われて日向の方を向くと、先ほどまでと変わらずユイとじゃれあっている。
「普通みたいだけど?」
「いや、なんていうか…時々やけにボンヤリしてるんだよ」
ボンヤリ…。
「メンバー探しをしてる時も急にボーッと空を見上げたりしててさ」
「そりゃ確かに変かもな…」
ただの考え事かもしれないが。
「球技大会が何か関係してるのかもな」
「何かって?」
「それは分かんね」
「だよな…」
当てずっぽうな推理だが、唐突な変化には何か原因になる物がある。
今回は球技大会がタイミングとしてドンピシャだ。
「まあ今気にしてもどうしようもねえよ。とにかく日向に注意しとくくらいしか出来ねえし」
「そうだな。このまま無事に勝てば何も起こらないよな」
「多分な」
日向…。
やっぱりいつも人当たり良く和やかなアイツにも何か大きな問題があるんだろう。
本当に、無事終わればいいんだが…
「全員野球部とか、勝てるわけねえ…」
そうですよね…そんな簡単に終わらせてくれるはずないですよね…
どうやら天使達は正式な手続きを踏まずに乱入してきた俺たちを排除するために生徒会チームとやらを組んできたらしい。
しかし、生徒会なんて名前だけでメンバーは全員野球部のスタメン。
こちらは身体能力はずば抜けて高い奴らが揃ってる事は揃ってるが、いかんせん素人集団には変わりない。
「つっても、あたし達が当たるの決勝でしょ?そもそもそこまでにどっちかが負けるかもしんないし考えても無駄じゃない?」
珍しく関根が正論を言う。
「まあ、そうかもな~。んじゃまあ、気楽に行くかぁ」
「本当急に気が抜けたなお前」
何故そんなすぐに緩くなれるんだよ…
そんな無欲の精神が功を奏したのか、俺たちは次々と相手チームを撃破し、決勝まで辿り着いたのだった。
俺は当然馬車馬のように走らされたけど。
「もう無理…」
「しっかりしろよ柴崎…てか近い…!」
満身創痍で岩沢に肩を借りながら歩く俺。
…なんか、いい匂い…
「イチャイチャしてんな!」
「してない!」
日向のツッコミに岩沢がすかさず返す。俺はというと疲れ果てて返事も出来ない。
「柴崎、あと1試合頑張ろう」
肩を借りているこの至近距離での上目遣い…そしてほんのり紅く染まった頬…
「もう100試合だって行けるぜ…!」
「アホですね!」
男ってのはアホなんだよ悪いか!
「ていうか体力戻ったんなら早く整列しろ!」
はい。調子乗りました。
「ここまで来てやったぜ」
整列して早々、日向は天使に向かって挑発めいた言葉をかける。
「……………」
しかし天使は全く眼中に無いとばかりにそれを無視する。
「ちょっとは言い返してみろってんだ。可愛げのねえ…」
整列を終えて自軍のベンチに戻る際に一言洩らす。
確かに、天使と呼ばれるだけあって見た目は可愛らしいのだが、どこか人間性が薄い。
「じゃあここでギャフンと言わせてやりやしょーよ!」
「ギャフンって…表現が古くせえなぁ…」
ユイの励ましとも取れる言葉に微妙な反応を示す日向。
まあ確かに古いけど。
「んだとぉ!ナウでヤングだ…「でもまあ、それも面白そうだな」…は、はい…」
激烈に抗議をしていたユイの言葉を遮り、爽やかな笑顔を浮かべユイの頭を撫でる。
反則だなありゃ…ユイも顔紅くなっちゃってるし…
「イチャイチャしてんな!」
「してねえよ!」
「そーだそーだー。イチャイチャするなー」
「音無も乗っかるな!しかもなんで棒読みWhy?!」
とりあえずさっき言われたことをそのままお返ししておく。
ていうかWhyってなんだよ?
「あの~、一番呼ばれてるんだけど…」
俺たちがふざけている間に試合は始まっていたみたいだ。
試合前にふざけていた俺たちだが、きっちり一番の音無が出塁し、日向と椎名がそれに続き野田がホームランという今までの黄金パターンをいとも簡単にやってのけた。
皆ポテンシャル高すぎねえか…?
「柴崎続けよー!」
「目良いんだから打てんだろー!」
他の奴らの実力に今更ながら舌を巻いていると、グラウンドの外からひさ子と藤巻からの声援?が飛んできた。
よく見てみれば、他にも戦線のメンバーが何人も応援に駆けつけているようだ。
「やるだけやってみるか」
自分の眼の力が今回において充分に効果的な事は今までの試合で分かってる。
相手ピッチャーが大きく振りかぶって一球目を投げ込んでくる。
「ボール!」
まだ少しホームランの動揺が残っているのか、わずかにストライクゾーンを外れていた。
うん。見える。
やはり野球部のレギュラーだけあって今までで一番球が速い。
でも、速いってことは当たれば反動も強いはずだ。
なら…
二球目が投じられる。
今度は甘めのストライク。
振り抜け――――!
自分の手に突き抜ける真芯にミートした衝撃。
そして会心の金属音。
「やりやがったぜ!ホームランだ!」
「ナイスバッティングー!柴崎くーん!」
球の行方を見届けても未だに少し信じられない。
でも歓声は耳に届いている。
はやる鼓動を抑えるようにゆったりと塁を回る。
「柴崎!」
本塁を踏み、ベンチに戻ろうとすると、次のバッターの岩沢が興奮気味に呼び掛けて来た。
「凄かった!すごくカッコ良かった!」
「お、おう…」
またお前は後先考えずに…
ほら見て、皆ニヤニヤ見てるからさぁ…
いやまぁ、やる気が増してるのは良いことなんだけど。
「柴崎くん罪な男だねぇ~」
「うるせえわ」
「痛っ」
ニヤニヤと茶化してくる関根に拳骨を落としておく。
「いやでも本当にカッコ良かったよ柴崎くん。岩沢さんの気持ちわかるな~」
ベンチに戻ると俺と関根の会話が聞こえていたようで、入江も声をかけてくる。
「だったら入江も大山に良いとこ見せないとな」
「ちょっ!何言ってるの!?」
聞かれては不味いと思ったのか手で口を塞いでくる。
そんなことしなくても小声だから聞こえないと思うけどな。
「ていうか無理だよぉ…さっきからずっと足引っ張ってばっかりだし…」
「今までなんて関係ねえよ。ここで見せたらいいんだ」
俺だってここで初めてホームラン打ったんだし。
「そっか、そうだよね。私頑張ってみる!」
「うし。じゃあ行ってこい」
三振で終わった岩沢を確認して入江をネクストに向かわせる。
「打てない…」
「はいはい。次な」
入江の頑張りも流石に野球部相手にすぐにとはいかず、三者三振で1回の裏。
これまでの試合で無失点の音無がまたもマウンドに上がる。
この試合は今までよりも疲れるんだろうな…
そんな事を考えてる間に一球目を投じる。
カキィン!
気を抜いていた隙にかん高い金属音が響き、急いでボールの行方を確認するが、今までの打球とは段違いに鋭いものがライトを襲う。
こんなのとてもじゃねえけど岩沢たちじゃ止められない。
「柴崎!急げ!」
「分かってる!」
長打コースに飛んだボールを急いで追う。
「日向ぁ!」
ボールを掴んですぐさま返球するが既にバッターは三塁に到達していた。
「すまん柴崎…」
「しゃあねえさ。気にすんな。無理に止めて怪我される方が困る」
申し訳ないと思いきり顔に書いてある岩沢の頭を撫でつつ慰める。
「柴崎、もうヒットはしゃあねえからお前は後ろの方を守って長打だけ気を付けてくれ!」
「おう!」
「音無も、さっきまでとはレベルが違えから慎重にな!」
「分かった」
先ほどの当たりを見て日向が全体に指示を出す。
くそ、せめてあと一人くらい守れる奴が居てくれたら…
日向の指示もあり、その回はなんとか一点で凌ぐことが出来た。
そして次の回の攻撃は三人が塁に出たものの野田と俺は敬遠され、2得点で止まった。
現在4回裏。7対4で勝っているが、ツーアウト満塁という絵に描いたようなピンチ。
ホームランなら勿論逆転。そうでなくとも、1回のようなことになればそれだけで同点だ。
音無もいつもより緊張した面持ちで構えている。
俺も出来る限りの長打を防ぐためにより深い守備位置をとる。
カウントはツーワン。ピッチャーの方が有利なカウント。
音無がここぞとばかりに厳しいコースを攻め、ギィィンと鈍い音がした。
打球は浅いライトフライ。
「こ、こっち…」
入江はまだフライを1度もキャッチ出来た事がない。
だが、ここからじゃあフォローも間に合わない。最悪同点になる可能性がある。
なにか無いか――
「入江!(大山が)見てるぞ!!」
流石に大山の名前を出すわけにはいけなかったが、これで通じたはずだ。
「お、大山さん…!」
ポスッ
入江の想いが通じたのか、ボールはグローブの中にすっぽりと収まっていた。
「や、やった…」
「よし!チェンジだ!」
入江のプレーで流れがまたこちらに傾き、さらに2点追加された。
そしてその回の裏、音無の根回し(肉うどん)で松下五段がチームに加入し、入江の位置に入ってもらった。
守備力も上がりイケイケムードになっていたのだが、8回に遂に音無が捕まり始め、点差も2点というところまで詰め寄られた。
そして、俺たちの9回の攻撃は野球部の意地の投球で無失点に抑えられてしまう。
「音無、あと1回踏ん張ろうぜ!」
「ああ!」
日向が疲れの見える音無に激を飛ばす。
あとアウト3つ。
しかしこれが、とてつもなく遠く感じられる。
先頭打者こそ打ち取ったものの、やはり疲労が蓄積されていてコントロールが定まらずに打ち込まれる。
あっという間に1点差。
ツーアウト2、3塁。一打逆転のピンチが訪れた。
「タイム!」
音無が堪らずタイムを取り日向に歩み寄っていく。
何か音無が話しかけているが、日向の様子がおかしい。
どこか上の空で、ボーッとしている。
音無が試合前に言ってたのはこれか…
俺も日向の元に駆け寄る。
「日向…」
「な、なんだよ柴崎?外野まで来ることないだろ?」
大仰に肩を竦めて見せる日向。
「お前、何があったんだ?」
「…昔、似たような事があったんだ…」
―俺は野球部に入っていて、本気で甲子園を目指してた。
そんな中、最後の地方大会の決勝。ツーアウト2、3塁のピンチ。
滅茶苦茶暑くて、口の中は土の味しかしなくて、身体が思うように動かなかった。
正直な話、打球がこっちに来ないようにって情けなく願ってた。
けど、ソイツは来た。
キィン、って音が響いて空を見てみたら、俺の真上に平凡なセカンドフライが上がったんだ――
「…それを捕れたのかは覚えてねえ…いや、捕れたなら覚えてるはずだよな…きっと、捕れなかったんだ」
日向も自分の過去が曖昧になっている部分もあるようだ。
それだけ日向にとって衝撃的なものだったんだろう。
「でも、それだけじゃねえんだ」
――その試合は負けた。
俺のミスでな。
当たり前だけどチームメイトからは罵倒された。
疫病神だとか、皆の3年間を無駄にした、とかな。
勿論、俺は茫然としてた。ロッカールームのイスに座ってピクリとも動けずにいた。
でも、そんな俺を心配してくれた奴が居たみたいでな、OBに相談したみたいなんだ。
そして、その話を聞いたOBが俺に話しかけてきた。
辛いよなぁ。責任が全部自分にあるなんてよぉ。
甘ったるくて、耳に絡み付いてくるみたいな声だった。
そんなお前に今必要なのは、これじゃないか?
甘ったるい声のままソイツはそう言って白い粉を差し出してきた。
1回だけ、試しに使ってみろよ。楽になれるぜぇ?
それがどんなものなのかは知ってた。でも、俺はそれに縋っちまったんだ。―――
「日向…」
日向の過去を聞き終えて、俺と音無は驚きを隠せなかった。
いつも明るく、朗らかに笑っている日向にそんな事があったことに。
「お前、消えるのか?」
音無が不意に日向に問いかける。
「え…?」
「お前、この試合に勝ったら消えるのか?」
「き、消えねえよ…ははっ…何言ってんだ…こんな事で消えるかよ…」
強がって笑顔を作ろうとするが、無理に頬をあげているため引き攣っている。
「音無」
日向から離れてマウンドに戻った音無に話しかける。
「なんだ?」
「さっきの、勝ったら消えるってのは違うと思う」
アイツにとってあの試合の勝敗が鍵じゃないはずだ。
「多分、最後のアウトを自分が取れるかどうかだと思うんだ」
日向にとっての悔いはフライを落としたことが大きく関わっている。
「なら、セカンドに打たせなければいいんだな」
「そういうことだ。どう転んでもこれで最後だ。気張れよ」
バシッと音無の背中を叩いて外野に戻る。
マウンドに上がり、より一層顔を引き締まらせ気合いをみなぎらせている音無。
最高は三振、最悪はセカンドフライ。
音無がいつもより大きく振りかぶり投げる。
心なしか球威が増している。
バッターも驚いたようで少し反応が遅れ、バットに詰まらせる。
しかし、当たりはフラフラと力なくセカンドに上がった。
「嘘だろ…!」
思わずそう言ってしまうほどよく出来た展開。
「日向ぁ!」
音無も必死に日向の元に走る。
後ろからでは顔が見えないのに、何故か安らかな表情をしている日向が目に浮かんでくる。
駄目だ…間に合わない…日向が消え…
「隙ありぃ!!」
「ぐへぼっ!」
…なかった。
「さっきは良くもやってくれたなぁ~!」
ユイが捕球する体勢に入っていた日向の隙を突いて蹴り飛ばし、キャメルクラッチをかけている。
いい意味で空気読まないやつだ…
と、そこまで思って気づく。
「このっこの~」
日向に技をかけながらユイの目には涙が浮かんでいた。
「アイツ、盗み聞きしてたな…」
悪趣味な奴だよ。
「てんっめえ!時と場合を選びやがれ~!」
「す、すみませんー!今度からは選びます~!」
「許すかー!」
日向もユイがじゃれあっている間にランナーがホームに帰りゲームセット。
まあいいか。仲間が消えずに済んだんだから。これにて一件落ちゃ…
『キレイに締めようとしてるところ悪いのですが、ゆりっぺさんから伝言です。日向、ユイ、両名は罰ゲームとのことです。では』
…台無しだわ
感想、評価お待ちしております。