Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

18 / 53
「わ、分かった…柴崎が言うならそうする…」

「うーん」

 

岩沢はペンを持ちながら腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかっている。

 

「やっぱり、まだダメか?」

 

「ははは、そうみたいだな…」

 

空元気が見え見えなまま笑う岩沢。

 

あの告白から初めて練習を見に来たんだが、教室に入ると岩沢一人で作詞していた。

だが、どうやらまだスランプは続いているようで、筆は進んでいなかった。

 

「やっぱり俺のせい?」

 

「そんなわけあるか!これはただのスランプなんだからあたしがお前のことが……なのは関係なぃ…」

 

「お、おう…」

 

初めは物凄い勢いで捲し立てていたが、途中からその勢いは声が聞こえなくなるほど失速した。

 

おそらく聞こえなかった部分は好き…なんだろうな。なぜならものすごく顔が紅い。

…いや、俺もなんだけどね。

ていうかそろそろ慣れて欲しい。

 

「ほら、よくあるだろ?その歌手の代名詞になるくらいの名曲を作った後はパッとしない曲が続く、みたいな事」

 

「悪い…覚えてない…」

 

「そうだったな…」

 

俺には記憶がない。

だからコイツのこういう話に頷いてやる事が出来ない。

それが、どうしようもなくもどかしく思える。

 

「それよりどうする?作れないってのはさすがに問題だよな?」

 

暗いムードを壊す為に話題を元に戻す。

 

「うん。…多分今までみたいな作り方じゃこれからはいけないって事なんだよ」

 

「今までみたいな作り方?」

 

「ああ、つまりあたしの生きてる頃の事っていうかさ。My songは、あたしの生きてる頃の全てを詰め込んだみたいなもんだからな」

 

「なるほどな」

 

でも、それならこれからどうすればいいんだ?

今さら新しい作り方なんて…

 

「楽しみだよな」

 

「え?」

 

これからどうすればいいのかも見えてこない状況で楽しみ?

 

「だってさ、きっとこれからは今までと違う…そうだな、過去じゃなくて未来を歌えるはずなんだ。それが楽しみじゃないわけないだろ?」

 

「そっか、そうだよな」

 

お前は、そういう奴だよな。

ほんと、眩しく感じるくらい前向きな奴だ。

 

「だからあんたには感謝してる」

 

「ん?俺?なんで?」

 

「なんでって…あんたのお蔭でMy songが出来たんじゃん」

 

俺のお蔭…?

 

「そうだったっけ?」

 

「あんたはあたしの話聞いてたのか?!告白の時に言っただろ、あんたの事が歌詞に書いてたって!」

 

「あ…!」

 

そう言えば言ってた…。

あれ、勘違いしちゃってたんだよな…告白じゃなくて友情的な意味だと。

 

「わ、悪い…」

 

「いいよもう…」

 

岩沢は膨れっ面のままそっぽを向いてしまった。

 

あー、相変わらずデリカシーが無かったな…。

 

「ほんと、悪かったって…」

 

「ぷっ…あはははは」

 

「へ?」

 

な、何かおかしかったか?誠心誠意謝ってるはずだけど…

 

「ウソだよ、あんたが鈍いのは今に始まった事じゃないしね」

 

か、からかわれたのか…。

 

「悪かったな、鈍器並みに鈍くて」

 

「いや、鈍器とまでは…」

 

いーよいーよ、俺はどうせ鈍ちんで鈍器…あ、そうだ!

 

「岩沢、ちょっと着いてきてくれ!」

 

「え、ちょ、柴崎?!」

 

俺は岩沢の手を握って走り出した。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと柴崎…」

 

「もうすぐ着くからもうちょい我慢してくれ!」

 

「そ、そうじゃなくて、手…もう離しても…」

 

「あ」

 

岩沢に言われてようやく気付き手を離す。

 

「あ…」

 

お前が離せって言ったのになんでそんなに残念そうな声を出す!

やめて!そんな目しないで!

 

「も、もうすぐ着くから、行こうぜ」

 

「…うん」

 

なんなんだよ!これ!?

 

 

 

 

「お、よかった。やってる。ほら、見ろよ岩沢」

 

「うわぁ…」

 

俺の指を指した先にはユイが路上ライブをしている姿があった。

 

それを見て岩沢は感嘆の声を漏らしている。

 

「路上…ひさしぶりだなぁ」

 

「そういや、生きてる時にやってたんだっけ?」

 

確かバイトしながら路上でライブもしてたはずだ。

 

「ああ。あの頃は客が一人増える度に嬉しくってさ…ファンですって言われた時なんか本当涙が出そうだったよ」

 

「へぇ…」

 

そんな話をしながらもユイから一瞬たりとも目を離さずに見つめている。

 

うん。やっぱり連れてきてよかったな。

 

 

 

 

「よっすユイ」

 

ライブが終わり、人が居なくなってから声をかける。

 

「あ、柴崎先輩。どうしたんっすか?あ!もしかしてユイにゃんの歌の虜になっちゃったとか?」

 

「ちげえよ調子乗んな。会わせたい奴が居ただけだ」

 

俺にはもう岩沢っていう最高の歌手が居るわ。

 

「誰っすか?あー、もしかして岩沢さんとか?」

 

「お、正解。ほら、岩沢」

 

「どうも」

 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

うるさっ。なんだよ、さっきのは冗談だったのかよ。

 

「な、ななななんで?岩沢さんが?!」

 

「ちょっとスランプ気味だったから気分一新するために連れてきた」

 

「ユイって言うんだよな?なんかあんたの歌聴いたらすごくワクワクしたよ」

 

そう言って岩沢は殺人的な爽やかスマイルを放った。

 

本当に、連れてきてよかった…

 

「そ、そんな…あたしなんて…」

 

いつも俺と話す時とは180度態度を変えているユイ。

 

「いいや、こうなんていうかな…ヤバぱないな!」

 

「なんだよヤバぱないって…」

 

「ヤバイくらいぱない…ヤバぱないだ!」

 

「語彙が少なすぎる…」

 

本当に作詞しているのかコイツは…

 

「ほ、本当ですか?!あたし、岩沢さんが目標なんです!だから褒めてもらえて嬉しいです!」

 

まさか通じたのか?!

 

「あたしが目標って、なんか照れるな…」

 

言いつつ頬を掻く岩沢。

 

うん。珍しい表情だ。心のファインダーに納めよう。

 

「ありがとユイ」

 

ハニカミながらユイの頭を撫でる。

 

「う、うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

「ちょ、ユイ?!」

 

「あー、行っちまったな…」

 

感極まったのだろう泣きながらどこかに走り去ってしまった。

 

「あたし、何かしたっけ?」

 

「何も…ただ、お前の笑顔ってのはそれだけスゴいって事だ…」

 

ユイ、お前の気持ちは痛いほどよく分かるぞ…!

 

「な、なんだよ?どういう事だ?」

 

「天然ジゴロってお前みたいな奴の事を言うんだって事だ」

 

「ジゴロってなんだ?」

 

「知らなくていい。お前はお前のままでいいんだ…」

 

天然だからこその魅力ってものがあるんだ、世の中にはな…

 

「わ、分かった…柴崎が言うならそうする…」

 

何故か顔を紅く染めながら前髪をいじる岩沢。

 

「それより、どうだった?良い気分転換になったか?」

 

「ああ、気分転換どころか何か新しい一歩の糸口が掴めたような気がするよ」

 

まさかユイがそこまでの効果を発揮するとは。

 

「…ユイと一緒に歌ってみたいな」

 

「そんなの言ったらすぐに出来るんじゃないか?アイツだって歌ってみたいだろうし」

 

むしろ向こうから頼んでくるだろう。

 

「そうじゃなくて、本物のライブでだよ」

 

「それって…」

 

俺の言葉を読んでいたようで首肯する。

 

「ユイをガルデモの新メンバーとして加入させよう」

 

「マジかよ…」

 

ユイがガルデモに…?

 

…ひさ子とは相性悪そうだな…。

 

「なら、私がその旨をゆりっぺさんにお伝えしておきます」

 

「ゆ、遊佐?!」

 

いつの間にそこに?!

 

「ユイさんのライブを初めから見ていましたが?お二人がイチャコラしている所ももちろん見ていましたリア充死ね」

 

「流れのまま死ねって言いやがった!」

 

「ていうかイ、イチャコラなんてしてない!」

 

そこでどもらないで下さい岩沢さん!

 

「ん?てか、ユイと知り合いだったのか?」

 

「ええ、よくお話しさせて頂いてます」

 

ああ、ガルデモの話だな。

 

「勝手に決めつけないで下さい」

 

「なら人の心を読むな」

 

「え、遊佐って心読めるの?」

 

また話がめんどくさい方向に進みそうなんだが…

 

「な、なぁ柴崎ってあたしの事どう思って…「はいストップ!」…ケチ」

 

ケチ、じゃない!可愛くても許しませんからね!

 

「それはですね…「お前もストップ!」…爆発しろ」

 

ただの悪口じゃねえかよ!

 

「もういいから、早くゆりに報告してきてくれ…」

 

天然ボケと計算ボケの相手は疲れる…。

 

「分かりましたよ、全く…爆ぜろ」

 

「爆ぜろ?!」

 

要は爆発しろって事?!

 

…まあ、とりあえず帰ってくれたみたいだ。

 

「これでユイと歌えるんだな!」

 

「いやでもそういうのってひさ子達に言わなくてもいいのか?」

 

「あ…」

 

忘れてたな、コイツ…。

 

「ま、まあ大丈夫だよ。アイツらなら分かってくれるさ」

 

「あーはいはい。一緒に謝ってやるから行くぞー」

 

頭を撫でながら空き教室に向かって歩き出す。

 

「ありがと…」

 

「はいよ」

 

 

 

 

その後ひさ子に膝詰めで説教されることになりました。

 

 

 

 




感想、評価等お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。