『find a way あたしも』
あたしがそう歌えば同じようにコーラスを入れてくれる。
くぅ~、やっぱり歌うって気持ちいいなぁ!
最近なんだか作詞も作曲も上手くいかなくて悶々としていたけど、やはり歌うことに対する快感は変わらない。
そう。これが音楽なんだ歌なんだ。
さあ、もっと高みに…
「ちーっす」
し、柴崎?!
『いつまでこんにゃっ!イッタッ…!』
急に現れた柴崎を見て舌を噛み千切らんばかりに噛んでしまった。
え、これ歌える?大丈夫?本当に千切れたかも…
「ちょ、岩沢さーん、大丈夫っすか?」
関根が心配して駆け寄ってきてくれる。
「だ、大丈夫…」
いや、本当はあんまり大丈夫じゃないけど。
「いやいや、かなり思いっきりいってたぜ?」
強がりを見抜いてるのか呆れたようにあたしを見ているひさ子。
「悪い。そんなに驚かせたか?」
「いや、ちが、そうじゃないけど…」
少し眉根を下げ心配そうに覗き込んでくる柴崎。
あたしは目を合わせられず声もボソボソと頼りないものになりながら否定する。
あ、あんまり顔を近づけて来るな…!顔が熱い…!
「あー、ハイハイ。ちょーっと離れてくれ~」
見かねたひさ子があたしと柴崎の間に割り込んで来てくれた。
ひさ子…さすがあたしの相棒だ…。
「ほら、口見せな。あーん」
「あーん」
ひさ子に言われるがまま口を大きく開ける。
「んー、まあ深いっちゃ深いけど此処ならすぐ直るな」
「じゃなきゃ困るよ…」
痛い思いして、しかも直らないなんて泣くぞ。
ていうか、またカッコ悪い所見られたし…最悪…。
「あの柴崎くん。何しに来たの?」
あたしが落ち込んでると入江が柴崎に話しかけていた。
そして徐々に会話が盛り上がっていっている。
なんだよあたしと話してる時より楽しそうに…。そりゃ最近怒ってばっかりだし、まともに話してなかったけどさ…。
そんなに楽しそうにされると面白くない。
「俺も初めてさせられたよこんな―「柴崎」―は、はい?」
話に熱中している柴崎の袖を引っ張ってこっちを向かせ会話を止める。
「…用事はなんなの…?」
コイツ何ニヤニヤしてるんだ…?
あたしは不機嫌そうに頬を膨らませているはずなのに柴崎は何故か口がニヤけている。
「い、いや用事というほどのことじゃあ…」
「じゃ、なんで来たのさ?」
思わず問い詰めてしまう。
「いやだからいつもより早く終わったから見に来たんだってば」
…聞いてなかった。
「…それで入江とずっと話してるのか…?ふーん…」
でも、だからってずっと入江と話してるのって納得いかない。
…正直ちょっと、イライラしてる。
「違う違う。たまたま質問されたから答えてただけだって…ていうかお前が舌を噛んだから話せなかっただけだろ」
「う、うるさい!蒸し返すな!」
あまりにも正論すぎるので何も言い返せずせめて紅い顔を見られないように踵を返す。
くそ…もう絶対舌噛まない…!
て、ちょっと目を離したら次は関根と話してるし…。
ていうかなんであたしは苛ついてるんだ?さっきから。
「お前ら、ゴチャゴチャしてねえで早く練習再開するぞ?ったく」
…そうだ。歌えばこんなことも気にならないよな。
もう舌も治ってるし、よし。
「岩沢…また?」
「わ、悪い」
いい加減にしろと言外に言ってくるひさ子。
それもそのはずで、もうこの一曲の間に数十回ミスをしている。
な、なんでこんなに指が動かしにくくなってるんだよ…?声も震えて、上手く歌えない…。
「岩沢…」
名前を呼ばれると身体と心臓が跳ねる。
「大丈夫か?やっぱり調子悪いのか?」
「うぅ…」
さっきまで調子が良かったのに…。
コイツが来てからおかしく…ん?そうか…柴崎が居るのがダメなのか!
「あーもー!柴崎お前出てけ!気が散る!」
「え?お、俺?!」
「そうだ!いいから早く!」
「ええ~」
いきなり出ていけと言われ肩を落としながら出ていった。
…悪いことしたかも…。
さすがに良心が傷む。
「はぁ…岩沢、ありゃやりすぎなんじゃないか?」
「ひさ子、でも…」
「でもじゃねえだろ?上手くいかないのは本当に全部あいつのせいか?」
「う…」
確かに、あいつが来てからおかしくなったけど勝手に動揺したのはあたしだ…。
「あんた最近起きてる顔が紅くなるだとかってのスランプで片付けたんだって?」
「え?ああ、そうだけど?」
片付けたって、実際そうなんじゃないのか?歌も作れないし…。
「入江、お前なんて言ったんだコイツに?」
「今まで縁のなかったこと、みたいなことを…」
「そりゃ気づかないか…」
なんなんだ?違うんなら教えてくれればいいのに…
「自分で気づくのが一番だって思ってたんだけどな…」
「え、ひさ子さん言っちゃうんっすか!?」
「さすがに柴崎が可哀想だろ。それに、いつまでもこれじゃ困る」
可哀想…
そう言われてしまうと余計に心が傷む。肩を落としていた柴崎の後ろ姿が目に浮かんでしまう。
あたしだって、あんな風にしたかったわけじゃないのに…。
「じゃあ教えてくれよ…分かんないよ自分じゃ…」
「岩沢、あんたが今までに経験のないことってもっとあるだろ?」
経験のないこと?スランプだってなかった。他に何が?
「普通の女の子がしてることだよ。音楽じゃなくて」
「普通の女の子?」
クラスの子達何してたっけ?
お菓子とか見ながら可愛い~って言ってたり、授業中に手紙回してたり…
「あんた変なとこばっかり見すぎだよ…」
「他に何があるんだよ?」
「本当ダメだな…例えば、好きな人の話してる奴とか居たろ?」
好きな人の話…
「ああ…居たかも。何かちょっと顔紅くしながら内緒話してた」
キャッキャしすぎて声が漏れまくってたけど。
「“顔を紅く”してたんだな?」
「え、そうだけど…」
「あんたも顔紅くなってただろ?」
「え…?」
いや、確かにしてた…けど!それは違う…はず…
「あれは、赤面症…」
「だから、あの時も言ったろ?なんで恥ずかしくなるのか考えなって」
なんで恥ずかしくなるのか…?
「そりゃ多分好きな人のこと話してる女の子と同じ気持ちってことだ」
「…うん。ちょっと待って」
好きな人を話す女の子と同じ気持ちと、あたしが柴崎と会ったときに恥ずかしくなるのが同じ気持ち…。
つまり…好きな人が、柴崎…?
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「や、ヤバイ!岩沢さんが壊れた!」
何それ?何それ何それ何それナニソレ!?好き?!柴崎を!?あたしが!?
「落ち着け!慌てすぎ!」
取り乱すあたしにひさ子が羽交い締めで押さえつけてくる。
「離してくれぇ!あたしは今から消える!あの時の続きで消えるんだぁ!!」
好きな事に気づかずスランプだと思ってた?!バカ過ぎるだろ!恥ずかしい!
「ちょ、ちょっと落ち着いてください岩沢さ~ん」
「ていうか、マジでいい加減落ち着け!」
「イタッ」
我慢の限界が来たのか拳骨が飛んできた。
ズキズキする…。
「だって、だってさ…好きって…」
自覚すると今までの恥ずかしさが爆発する。
「その気持ちは分かりますけどね…」
「入江…お前よくそんな普通に居れるな…」
大山が好きって言ってたし、あたしと同じような状況のはずなのに…。
「もうかなり長いですからねぇ」
「なんでそんなに長い間隠せてたんだ?!」
あたしは自覚してなくてもバレバレだったのに!
「いや、会うことなんてなかなか無いですから…」
「お前らの恋バナなんてどうでもいいわ!」
「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ?」
こんな突然気づかされたらもう訳が分からないんだけど…
「知らないよそんなの…」
「は、ちょ、待ってよ!このままじゃどの道練習なんて…」
もう今柴崎が居なくても声が震える自信がある。
「じゃ、会ってきなよ」
「はぁ?!」
「それしかないじゃん。もう今日は練習中止。はい、解放。いってらっしゃ~い」
「ちょ、ちょっと…」
バンッ!
押し出されてしまった…。
でも、さっきの事も謝らないと駄目だし…行くしかない、か…
見つからないなぁ…やっぱり、もう帰ったとか?
だったら明日でも…
「柴崎さん」
「な、何でしょう?」
自販機の向こうから女の声。そして、柴崎の声が。
あれは…遊佐…?
なんだよこの雰囲気…いやに真剣な…
「好きです…」
「…はぁ?!」
好き…?
「好きです、付き合いましょう」
「ちょ、ちょっと待…」
嘘だろ…?好きって、そんな…
ガタン!
動揺でふらついた拍子にごみ箱を倒してしまった。
「岩沢…?」
気付かれた…!?
「――――っ!」
考えるよりも先に走っていた。
「は、どこ行くんだ岩沢!?」
遊佐が好きだったなんて…くそ、なんで泣いちゃってるんだよ…
走った末落ち着いたのが草むらの中。
はぁ…自覚して直ぐはさすがにキツいなぁ…
…アイツ、なんて返事したのかな…?
やっぱり、OKしたに決まってるよな…遊佐可愛いし、あたしなんかより女の子っぽいし…。
泣く時に草むらに隠れるなんて女の子からかけ離れてるもんな…
「…見つけた」
「………柴崎」
なんで…?遊佐は…?
「…何してんの、こんなとこで?」
「…関係ないでしょ。柴崎には。遊佐の所戻ったら?」
心配して来てくれたのにつっけんどんな言い方をしてしまう。
嬉しいのに、遊佐の事が頭にちらつく。
「なんで遊佐が出てくる?」
なんでって…
「…だって、好きって…」
「あ、ありゃ遊佐のいつものおふざけっていうか…」
「でも、あんなに真剣そうに…」
あれがおふざけな訳ないじゃん…。くそ、なんで涙出てくるんだよ…!
「ああもう、なんでそこで泣く?!」
焦れたようにあたしの頭を掴みそのまま流れる涙を拭ってくる。
あー、こんな時でもドキドキしちゃうんだ…
「アイツはいつもあんな感じなんだ!
ちょっと前にも今日みたいに真面目な顔してなんて言ったと思う?
出番が少ない気がするとか言ってんだぞ!」
必死に弁解してくる柴崎。
なんでこんなに必死になってるんだよ?…期待しちゃうだろ…
でも…
「でも、それが今日もだなんて限らないじゃん…」
遊佐が好きになったって別におかしくないし…柴崎、優しいし。
「今回もおふざけだよ。やりすぎた、とかなんとか言ってたし」
やりすぎたって…
「結局バレバレかよ…」
「へ?なんて?」
声が小さすぎて聞き取れなかったみたいだった。
まあ、その方が良いんだけど。
ていうか、やっぱりバレてるのかよ。
まあでもいっか。
「なんでもない」
遊佐のは本当に嘘だったわけだし。
「てか、なんでお前泣いてたわけ?」
そこ訊くのかよ!ていうか…
「…まだ気づいてないのかよ…」
「は?」
なんで気づいてないんだ?…いや、あたしが言えた義理はないけど。
でも、これってチャンス…?
「その…なんていうか…」
「なんだ?どうした?」
言え!ここを逃したら多分一生言えない!でも、何これ恥ずかしい!
「歌う!」
「え?」
そうだ、あたしには歌がある!
「やっぱりあたしには歌うことしか出来ないから…それに、あったんだよ。とっくの昔にあたしの気持ちはあたしの歌に」
「な、何を言ってるんだよ?」
驚くのも無理ないけど、でも、今気づいた。あの歌にあたしはもう書いてた。
「My song の二番。まだ聴かせてなかったろ?だから、聴いてくれ」
「そりゃいいけど…」
混乱させて悪いけど、これを聴いて貰えれば伝わるはずだ。
「じゃ、いくぜ?」
こんなにドキドキするのは初めてかも…。
伝わって欲しい。この想い。
「こんな醜い――――――――――」
所々声が裏返ったりしてしまったが、なんとか歌い終えた。
「これが、あたしの気持ちだから…」
もう、気づいたよな…。あんたは、どう思ってるの?
「そっか。俺もだよ…」
う、嘘?
「そ、それって―「俺もお前に会えて良かったぜ!」―…は?」
何を、言ってるんだ、コイツは…
「確かに奇跡だもんな。お前と俺は本当なら会うことなんて無かった。それなのに、こんな所で会えたってすげえよな」
「……………」
ああ…こいつバカなのか…
「悪い悪い。でも本当にお前とこうやって会えたのが―「違う!」―な、何が?」
ていうかいつまで演説してるんだ!
「あたしは…あたしは、あんたが……その…」
なんで二回も言わなきゃいけないんだよ…せっかく言ったのに…
「ちょ、ちょっと落ちつけって。ほら、深呼吸しろ」
背中をさすってくれるのはありがたいけど、あんたがバカじゃなけりゃもう終わってるんだよ!
でも、言わなきゃ…
意を決して柴崎を見る。
頬が紅潮する。
動悸が激しくなる。
今までは気づかなかったこの全て。
今なら分かる…
「あたしは…柴崎が、好きだ…」
「好き…って…?」
やっと、気づいた?
「あたしも、さっき気づかされた…でも、本当はもうMysongに書いてあった。あたしの気持ちは、柴崎を好きだって気持ちは…きっとずっと前からあったことなんだ」
「な、なんで俺…?」
そりゃそう思うよね。あたしも分からないもん。
「分かんない。でも、好き」
一言言うと、堰を切ったように言葉は溢れ出す。
「一緒に居るとさ、安心するんだ。今も、スッゴいドキドキしてるのにどこか落ち着いてるんだ。そんな気持ちをくれるあんたが…大好き」
もう、恥ずかしくない。だって、これはあたしの正直な気持ちだから。
「…柴崎は?」
「え?」
「柴崎はどうなの?あたしのこと
、好き…?」
自分の気持ちを伝えると、相手の気持ちも聞きたくなる。これが恋なのかな?
「…時間を、くれないか?ちゃんと俺の気持ちを理解するための時間をくれないか?」
長い間考えた末柴崎はそう答えた。
「…うん。分かった。それまではいつも通りでいる」
なんだか、ホッとしたような…やっぱり残念なような…。
「ありがとう…」
不意に優しく頭を撫でられた。
あ、ちょっと残念そうな顔しすぎたかな?
でも…気持ちいい。
ああ…本当にコイツが好きになっちゃってるんだな…。
この鼓動も今はただ心地良い。
「見てたぞ岩沢~」
「ふふふ~可愛い~岩沢さーん」
「あの、止めようって言ったんですけど…」
なるほど、こういうことか…
「お前ら…死ねぇ!」
「やべっ、マジギレだ!逃げろ!」
「だから言ったのに~!」
「待てぇ!」
でも、こういうのも楽しいかもしれないな。
まあ許さないけど。
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