「なんであたし、あんなこと訊いたんだろう…」
この間、空き教室に入ると、柴崎と入江が二人きりで話している所だった。
それを見た瞬間、なんだか心臓のあたりが一瞬、激しく痛んだ。
でも、それは本当に一瞬だけで、気のせいだと思って無視をした。
そしたら二人は恋バナをしてたという。
なんで柴崎が入江と…?
無意識にそう考えた。いつもなら気にならない事なのに。
気を静める為にギターを弾いてたら、すぐ側に柴崎が腰かけた。
すると、考えるより先に言葉は口からこぼれ出てた。
「…ねぇ、なんで入江と好きな人の話になったの?」
「いやなんでって、さっき言ってたろ?会話の流れって」
そんなバレバレの嘘をつくのが何故か妙にイラついた。
「あれどう見ても嘘でしょ。ていうか、人見知りの入江がまだ会ってそんなに経ってないのに話すわけないじゃん」
「…なんていうか、仲良くなろうと思って…」
少しきつめになったあたしの言葉にたじろぎながらそう答えた。
「なんで…?」
その時のあたしの声は、今思い出すと少し掠れて、震えていたと思う。なんだか知らないけど緊張してたんだ。
「なんでって…二人だったのに会話がなかったからだけど…」
「他の話題じゃダメだったの…?」
ダメだ、柴崎が困ってるって頭ではわかってたのに、訊かずにいれない自分がいた。
訳が分からない不安があたしを支配してた。
「いや、なんか目付きが怖いって言われたから意地でも仲良くなってやろうと思って…。それで、仲良くなるには恋バナだって思ったからさ」
そしてこのしょうもない答えを聞いた瞬間その感覚から全て解き放たれた。
あれからずっと自問自答してるけどどうしても答えが見つからない。
おかげで曲が出来ても詩が思い付かないありさまだ。
…まあその曲が出来たのが柴崎と話してる時の心臓のリズムのおかげだったんだけどね。
「あー、もう意味わからない」
こんなに地に足つかない感覚は初めてだ。
「何か飲み物でも買お…」
『じゃあ先輩は岩沢さんのこと、どう思ってるんですか?』
飲み物を買いに自販機に向かうと突然そんな台詞が聴こえてきた。
話しているのは陽動班で見覚えがある女の子と柴崎。
何この状況―?!
咄嗟に身を隠して様子を伺うと柴崎も困惑している。
『どうって…』
な、なんで心臓こんなにドクドク言ってるんだ?!
『…守ってやりたい』
「はぁ?!」
思わず声が出る。幸い聞こえてないみたいだ。
なんだ?顔スッゴい熱いんだけど…。
『アイツの抱え込んでる物を、俺も一緒に抱え込んでやりたい。
泣いてるならただ側にいてやりたい。
迷っている時は俺が手を引いてやりたい。
震えてる時は黙って抱き締めてやりたい。
…大したことは出来ない。だけど、アイツだけは守りたいんだ』
「…なに、はずかしいこと言ってんだよ…」
次々と出てくる台詞。
それを聞いてると、自分の過去を話した時、抱き締められたのを思い出す。
割れ物に触れるみたいに優しく、頭を包み込まれたあの感覚。
辛いなら泣いていい。そう言われて強ばった心が溶けていくみたいだった。
そしたら涙が止まらなかった。子供みたいにわんわん泣いた。
「ほんと、なんなんだよお前は…」
そしてまた泣いてしまってる。今さらながら顔を隠すように蹲る。
最近涙腺が緩い気がする。年なのかな…。
ダメだ…ここにいたら涙止まらなさそう…。とりあえずここから離れよう…。
「あーもう、目腫れちゃってるし…」
ようやく泣き止んだので窓で確認すると、目の下が紅く腫れてしまってる。
ちょっと擦りすぎたかな…。
「目立つなぁ…」
ぼやきながら考える。
あたしにとって、柴崎は何なんだろう…。
アイツは守りたいって言ってくれてた。
あたしはそんなこと考えた事なかったのに…。
改めて考えようとしても、わからない感覚が多すぎて話にならない。
こんなに心臓が早く鳴るのも経験したことない。
この間みたいに誰かのことで不安になることも今までなかった。
あたしはアイツとどうしたいんだ…?
「よう、岩沢」
「し、柴崎…!よ、よう」
なんでこのタイミングで声をかけるんだ?!
悩んでいる真っ最中、しかもその悩みの種本人から声をかけられて明らかに不審な動きになってしまった。
「どうしたんだ?目、腫れてるけど…もしかして、なにかあったのか?!」
これはお前のせいだよ!
心配してくれてるのはひしひしと伝わってくるけど。
「違う違う!これは…寝過ぎたんだ!」
「そ、そんなになるほど寝てたのか…」
話しているとさっき聞いた会話を思い出して顔がまた熱くなってきた。
だからなんなんだよこれは?!
「でも岩沢、よく見たら顔も紅いぞ?もしかして風邪か?」
これはあたしにもよく分からないんだけど…なにか、なにか言い訳…
「ゆ、夕陽のせいだ!」
「お、おうそうなの、か…?」
あれ?まだ疑われてる?いい言い訳だと思ったのに…。
あー、誰か助けてくれ!
「岩沢さん、ちょうどいいところに」
あたしの願いが届いたのか、ゆりが現れた。
「あら、柴崎くんも。ちょうどいいわね、あなたにも伝えとくわ。
明日、朝に校長室に集まってちょうだいね」
「また何かやるのか?」
「ええ、岩沢さんの新曲が出来たっていう話だし、ちょっといつもより大きいライブをしてもらおうと思ってね」
「ライブ?!」
歌えるのか!?しかもいつもより大きい!?
「いつもより大きいライブって?」
「それは明日までのお楽しみ。
それじゃ岩沢さん、明日新曲楽しみにしてるわよ?」
新曲…。そうだ…あたしは、あの歌を歌うんだ…!
あたしの人生、その全てを詰め込んだ歌…
「やっと…歌える…」
明日…歌えるんだ…
「…わ?…岩沢!」
「え、なに?」
つい明日の事に頭が集中しすぎてたみたいだ。
「どうしたんだよ、なんか、心此処にあらずって感じだったぞ」
「いや、ライブ今から楽しみでさ」
何故か心配そうにしてる柴崎に笑いかける。
なんでこんな不安そうなんだろ?
「そうだな。…頑張れよ」
「ああ、全力でやるさ」
全力でやる。
あの歌を歌えるなら燃え尽きたって構わない。
たとえ最期になったって、あの歌となら…!
我慢出来ず書き上げた岩沢さんサイドのお話でした。