「あーーーーーーーー!」
遊佐との仕事、そして日課の練習を終え、さあ一休みとコーヒーを飲もうとしたその時、絹を裂くような女の悲鳴…ではなく、ただただうるさい女の叫び声が聴こえてきた。
声の主は意外にも可愛らしい感じのピンク色の髪の女の子だった。
しかも戦線のメンバーのようだ。
「ねえねえねえ!あなたって岩沢さんとよく一緒に居る人だよね?」
「まあそうだが…」
「なら死ねやぁぁぁぁぁ!」
「ぐはあっ!」
理不尽な暴力を受けた俺が薄れ行く意識の中こう思った。
最近の女の子ってドロップキックとか出来るんだ…。
「なぁんだぁ。あたしの誤解だったんですね~」
悪びれもせずに朗らかに笑っているこの女の子。
名前はユイと言うらしい。
彼女から出会って間もなくドロップキックを喰らわされ、その理由を問いただしてみると
『あなたがガルデモの皆さんに手を出そうとしてるって噂聞いたから』
という、まさかの根も葉もない噂だけで攻撃されたらしい。
どうにかこの悪意しか感じられない噂の誤解を解いて今に至っている。
「いきなり蹴ったりしてごめんなさ~い」
「いいよ、別に。ただし今度からは噂を鵜呑みにするなよ?」
ノリは軽いがとりあえず反省だけはしてるみたいだ。
「わかってますよぉ。でも、岩沢さんと一緒にいるのを見たことある人ならきっとみーんな信じちゃいますよ?」
「なんでだよ…ただ世間話してるだけだろうが」
というより、基本的には岩沢の話を聞くことに徹しているだけだけどな。
「だってすっごく、いい雰囲気なんだもーん!二人とも美男美女って感じで!」
「いやいやいや…」
いい雰囲気…?どこがだ?あいつは音楽の事を永遠語っていて、それを聞いているだけだぞ。
それに美男美女?岩沢が美女ってのは認めるしかないが、俺はそんなかっこよくないぞ。
……目付き悪いしな…。
「ほんとだってばぁ!だから岩沢さんのファンは皆先輩に殺気を向けてるんだよ?」
「最近何か悪寒がするなと思ったらそれかよ!」
そういや食堂とかでよく感じたよ!
「そんな情報しりたくなかった…」
「あははは、大丈夫だよ。此処なら殺されたって死なないから!」
問題はそこじゃないだろ…。
殺そうとした時点でアウトだろ…。
「ところで先輩」
「なぁ、俺の方が後から入ったのになんで先輩なんだ?」
「へ?年上っぽいからだよ?」
それはなにか?年寄りくさいということなのか?
ていうかあたしが質問しようとかてたのに~、と言って俺のメンタルを地味に削ったことにはスルーの方向らしい。
「結局の所岩沢さんとどういう関係なの?」
「どういう関係と言われても…」
恋人なんかでは勿論ないし…。
かといって、ただの友達だって言うなら、なんであんなにアイツの事が気になるのか?という事になる。
ファンであるのは確かだが、ただファンだと言うには距離が近すぎる。
「はっきりしないなぁ」
「しょうがないだろ…俺だってよくわかんねえんだから」
「じゃあ先輩は岩沢さんのこと、どう思ってるんですか?」
「どうって…」
アイツは…何でも1人で抱え込んでいそうで、つい心配になる。
自分の過去だってそうだ。皆より酷くないと思い込んで辛いなんて思ったら駄目だと平気ぶっていた。
抱き締めた時、驚くほど小さく感じた。華奢な身体は、思い切り抱き締めると壊れてしまいそうだった。
「…守ってやりたい」
一言口にすると、言葉はドンドンと溢れてくる。
「アイツの抱え込んでる物を、俺も一緒に抱え込んでやりたい。
泣いてるならただ側にいてやりたい。
迷っている時は俺が手を引いてやりたい。
震えてる時は黙って抱き締めてやりたい。
…大したことは出来ない。だけど、アイツだけは守りたいんだ」
言い終えてハッとした。
何を恥ずかしいことを言ってんだ俺は…!
「先輩…」
ヤバイ引いてる!完全に引いてるよ!
そりゃそうだ!急に守りたいとか普通にドン引きだよね!
「素敵です!」
「え?」
「何があっても守りたいとか素敵すぎですよー!少女マンガのヒーローみたいです!」
ドン引きしてたんじゃなかったのか…。
「それほどまで岩沢さんを想っていただなんて、完璧に予想外でしたよ!もーなんか興奮してきましたよー!」
「お、落ち着け、声でかい!」
今は人がいないがもし誰かが通りかかったら非常にまずい。誤解されてもしょうがない内容だ。
「つーか、興奮してるとこ悪いんだけど…別に好きってわけじゃないんだが…」
「は…?何を言ってるんですか…?」
「確かに、守りたいし、大切に思ってはいるけど、残念ながらお前の期待してる意味とは違う」
なぜだろう。一瞬にして空気が凍った。きっとマンガならピシッという効果音がでかでかと書かれていることだろう。
「…に、鈍すぎる…」
「いや鈍いとかそういう話じゃなくてだな…「いいえ、鈍すぎです、鈍ちんです!鈍器です!」
いや鈍器は全く関係ない。
「なんなんですか?!今の台詞は完璧に好きな人に対するものでしょ?!」
「待て待て。なんでも直ぐ色恋沙汰にするのはよくないんだぞ」
「うるせえわごらぁぁぁぁ!あたしのトキメキと興奮を返せやぁぁぁ!」
うお、火に油を注いじまった。
「そう言われてもあんまりそっち方面のことはよくわかんねえし…」
確か岩沢は綺麗だし、時々見惚れるくらい可愛いけど…。
「はぁ…もういいです…なんかバカらしくなってきました…」
なんなんだよこの落差は…ピーキーすぎだろ…。
「どうせいつかは気づくんでしょうし、勝手にしてくださいもう」
なんで俺が悪いみたいになるのか謎だ…。
「ていうか、あれだな。お前、よくそんなに人の事に首突っ込めるな」
「人の事って、岩沢さんが関わってるんですよ?!当然じゃないですか?!」
またテンションが急上昇した…。
「そんなに岩沢が好きなのか?」
「もっちろん!あたしこれでもガルデモの大大大大大ッファンなんだから!曲も全部歌えるんだよ!」
「そりゃ凄いな」
俺は残念ながら聴く方専門だからな。
「今は陽動班の下っ端だけど、いつかはガルデモに入るんだ!」
「お前がかぁ?」
「いいじゃん夢みるくらい!それに、あたしちゃんと路上ライブとかして練習してんだよ?」
ユイが路上ライブ?
…ダメだな、コイツの弾き語りは想像出来ない。
「そっかそっか…」
「哀れみの目で見るなぁー!」
「だってお前がギター弾きながら歌うところなんて全く絵に浮かばないぞ」
「むぅ、そこまで言うなら今度聴きに来てよ。そこでこのユイにゃんの実力を見せつけてやりますから」
不敵な表情からは中々の自信があることが伺える。
「ま、気が向いたらな」
「その時はギャフンって言わせるからね!
…あ、そういえば今度の作戦の打ち合わせがあるんだった!」
じゃあね!と慌てて手を振りながら走り去ったユイ。
台風みたいな奴だったな…。
「よう、岩沢」
「し、柴崎…!よ、よう」
夕飯を食い終わって、外に出ると遠くに岩沢を見つけて声をかける。
何か、挙動不審だな…。
ていうか
「どうしたんだ?目、腫れてるけど…もしかして、なにかあったのか?!」
泣き腫らしたみたいに目の下が赤くなっている。
「違う違う!これは…寝過ぎたんだ!」
「そ、そんなになるほど寝てたのか…」
そんなに疲れてたのか…きっと作曲に熱中しすぎたんだろうな…。
「でも岩沢、よく見たら顔も紅いぞ?もしかして風邪か?」
あれ?でも此処って風邪引かないんじゃ?病にはかからないって聞いたような…?
「ゆ、夕陽のせいだ!」
「お、おうそうなの、か…?」
あまりの剣幕につい頷いたけど、夕陽の紅さじゃないんだけどなぁ…。
「岩沢さん、ちょうどいいところに」
そんな思考をぶった切るように現れたのはゆりだった。
「あら、柴崎くんも。ちょうどいいわね、あなたにも伝えとくわ。
明日、朝に校長室に集まってちょうだいね」
「また何かやるのか?」
「ええ、岩沢さんの新曲が出来たっていう話だし、ちょっといつもより大きいライブをしてもらおうと思ってね」
「ライブ?!」
あ、音楽キチモードだ。目がキラキラしてる…。
「いつもより大きいライブって?」
多分そこには気づいてなさそうな岩沢の代わりに訊いてみる。
「それは明日までのお楽しみ。
それじゃ岩沢さん、明日新曲楽しみにしてるわよ?」
答えをはぐらかして軽くウィンクしながら帰っていった。
「やっと…歌える…」
「岩沢?」
ゆりの姿が見えなくなるとボソリと隣で呟く。
不意に思い出すこの間の消えていきそうな感覚。
「岩沢!」
「え、なに?」
つい、声を荒げてしまう。
「どうしたんだよ、なんか、心此処にあらずって感じだったぞ」
「いや、ライブ今から楽しみでさ」
勝ち気に笑う岩沢。
そうだよな…。岩沢はいつも音楽の事になると周りが見えなくなるし。ただの考えすぎだよな…。
もしかしたら、コイツが消えるかも、なんて…。
「そうだな。…頑張れよ」
「ああ、全力でやるさ」
俺には、この胸騒ぎがただの気のせいだって望む事しか出来ない。
今は、コイツのこの笑顔を信じて。
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