Angel beats! 蒼紅の決意   作:零っち

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「え、えっと、好き…だから?」

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

ここ、どこだ…?

 

目の前は暗い路地裏のような場所。

雨がザーザーと降り、身体に服がまとわりつく。

心臓がバクバク鳴っていてうるさい。

 

『おい―――だ!は

や――――ろ!』

 

誰かが怒鳴っている声が聴こえる。

 

それを聴いて、俺の身体は勝手に足を動かし、走り出す。

 

『いたぞ!』

 

 

 

 

「柴崎さん、柴崎さん!」

 

「ん?」

 

身体を揺すられ、目を開けると遊佐が心配そうにこちらを見ていた。

 

ジリリリリリ!

 

遅れて鳴り響いた目覚まし時計を手に取り、止める遊佐。

 

「ん?じゃないですよ、まったく…」

 

ジト目で睨んでくるが、俺、何かしたっけ?

 

「えらくうなされていたので、起こして差し上げました」

 

言われてから気づいたが、身体中寝汗でべとべとだった。

 

「そうだったのか。…悪い、ありがとな」

 

「いえ。…それより、何か嫌な夢でも見たんですか?」

 

「…いや?忘れた」

 

なんだかあの夢を口に出したくなかった。

 

「…はぁ、そうですか。まあいいですけど」

 

これは…嘘ついてるのバレてるな…。

そもそも心読める遊佐に嘘ついてもそりゃバレるよな…。

 

それでも、深く追及してこない所を見ると、やはりいい娘なんだろう。

 

「今日は仕事はお休みになりましたので、それをお伝えに来ました」

 

「え?なんで?」

 

問いかけると、窓際に移動して、カーテンを開く。

 

「雨…」

 

「はい。…まあ本来なら雨でも行うのですが、流石に入ったばかりの方には酷かと思いまして」

 

確かに、風邪を引かないにしても雨の中見張りをするのは辛いかもしれない。

 

「それだけです。久しぶりの休日ですし、ガルデモのいる空き教室にでも行ってみては?」

 

ガルデモ…。

 

そういえば昨日、岩沢から昔の事を聞いたばかりだったな。

 

「うん、そうするよ。サンキュ」

 

部屋から出ていこうとする遊佐にそう言うと、ピタッと動きを止めて

 

「あ、抱き合うのはやめたほうが良いと思いますよ。それでは」

 

言い終わると、バタン、とドアが閉められた。

 

見られてたのか…。

 

「…シャワー浴びよ…」

 

 

 

 

「まだ誰もいないかな?」

 

シャワーを浴び、朝飯を済ませて、現在空き教室の真ん前にいる。

が、声が聞こえない。

 

もしかしたら朝は練習してないのかな?

 

そう思いつつドアを開く。

 

「ひゃあ!」

 

「へ?あ…」

 

悲鳴が聞こえ、目をやると、蹲ってる入江が居た。

 

 

 

 

「「……………………………」」

 

…き、気まずい!

 

入江とは最初の自己紹介以来話した事すらない。

というより怖がられてるような…。

 

とりあえず、何か話題を――

 

「ご、御趣味は?」

 

「へ?」

 

お見合いか!?

 

「ド、ドラムを少々…」

 

お見合いか!?

 

い、いや、落ち着け。ツッコんでる場合じゃない。

そもそもこれは俺の質問が悪かった。

 

「そ、そっか。なんでドラムするように?」

 

「え、えっと、好き…だから?」

 

何故疑問系…?

 

ていうか、全く目が合わない…。

ずっと目が泳いでオドオドしてる…。

 

「な、なあ」

 

「は、はい?」

 

「もしかして、俺何かした?」

 

もうそれ以外考えられないんだが…。

 

「そ、そんなことは!私が人見知りなだけで!それに…」

 

「それに?」

 

モジモジして、中々話し出さないのを辛抱強く待っていると、ようやく決心して顔を上げる。

 

「あの、目付きが…怖くて…」

 

尻すぼみになったがなんとか聞き取れた。

 

目付きが怖い…。

 

「そうか…怖いか…」

 

確かに岩沢にも初対面で言われたしな…。

 

「あ、いや、落ち込まないで!」

 

それは無理だよ…。怖いって意外と傷つくんだぜ…。

 

こうなったら…!

 

「…なだ…」

 

「え、な、なに?」

 

「恋バナだー!」

 

「きゃ!…て、こ、恋バナ?!なんで?」

 

そんなの決まってるじゃないか!

 

「女子と仲良くなるには恋バナが一番だからだ!」

 

「えええ!その情報は一体…?」

 

「遊佐が言ってた」

 

「遊佐さん…」

 

なぜ呆れられてるのかよく分からないが、この際気にしないでおこう。

 

「入江、好きな奴いるか?」

 

「ふえぇ?!す、好きな…」

 

ボンッと爆発しそうなくらい真っ赤になって辺りをモジモジしている。

 

これは…

 

「いるな…!」

 

「な、なんで…わかるんですか…?」

 

いやもうそりゃそんな顔してたらすぐわかるよ。

 

「やはりいるんだな」

 

「うぅぅ…」

 

「それは誰かな?」

 

俺の問いにさらにモジモジし、目が泳ぎに泳ぎまくっている。

 

「…まさん」

 

「ん?魔さん?そんな怖い名前の奴がいるのか?」

 

きっと悪魔みたいな外見だな。

 

「大山さんですっ!」

 

「悪い悪い、聞こえなかったからさ。そっかそっか、大山ね。…って、大山?!」

 

あの特徴がないのが特徴なんていう不遇な扱いを受けている大山か?!

 

「はぃ…」

 

「な、なんでまたあの特徴がない大山を…?」

 

そりゃ他の奴は頭の飛んでるやつばかりだが…。

 

「えぇ~、そこまで話さなきゃダメなんですかぁ…?」

 

「出きれば聞きたい所だ」

 

入江は見た目もかわいらしい美少女だし、性格も良さそうでモテるだろうに。

 

「うぅぅ…昔、まだ戦線に入りたての頃の話です…」

 

入江は、項垂れながらも話し始めたくれた。

 

 

 

まだ、この世界に来たばかりだった私は、中々此処の生活に慣れられずにいました。

 

友達と呼べるのも、同じ時期に此処に来たしおりんだけで…私はドラムが出来たので、ちょうどいいってことでベースが弾けるしおりんと一緒に陽動班に配属されました。

 

ですが、岩沢さんやひさ子さんはレベルが違うくらい上手すぎて、挫折しかけていたんです。

 

その日も、練習で上手くいかなくてこっそり人気のない所で泣いていたんです。

 

『ぅぅ…もうやだ…足引っ張ってばっかり…』

 

『どうしたの?えっと、確か最近入った入江さん…だよね?』

 

通りすぎに目に入ったみたいで、わざわざ声をかけてくれたんです。

 

人見知りで、いつもはこんな初対面なんかじゃちゃんと話せないのに、なぜかその時は自分の悩みを吐き出してました。

 

『そっかぁ。皆の足を引っ張ってるように感じちゃうんだね』

 

『はい…感じるというか、実際引っ張ってるんです…』

 

『うーん。それって、誰かに言われたの?』

 

『いえ、皆優しいですから…』

 

『それは違うよ?』

 

大山さんは優しく、まるで子どもをあやすみたいにそう言ってくれたんです。

 

『上手く出来なくて泣いちゃうくらい一生懸命な事はきっと皆に伝わってるよ。皆、入江さんを必要としてるよ』

 

『そんな…私なんて…』

 

『だから、私なんて、なんて言っちゃダメだよ。頑張って、僕はずっと応援してるから』

 

頭を撫でてくれたあの優しい手の感触は今でも覚えてます。

 

 

 

「大山がそんな事言ってたんだなぁ」

 

ただ特徴がないわけじゃなかったんだ。

 

「うん。それからは皆より練習出きるように朝からここにくるようになったんだ。皆朝弱いからね」

 

「それから話したのか?」

 

「そんなの無理だよ~。ドキドキして声かけられないもん…」

 

恋をするってのは大変なんだな。

 

「あの…この事はくれぐれも―「おっはよーう!」

 

入江が話してると急にドアが開き、関根、ひさ子、それに岩沢が入ってきた。

 

ていうか、おはようってもう昼だぞ。

 

「なになにー?二人で話して、あーやーしーいー」

 

入ってきていきなりそれか…。やれやれ。

 

「おいおい、やましいことなんてあるわけないだろ?入江は大山が好きなんだから」

 

「「え…」」

 

「し、柴崎くん!」

 

え、なんだ?俺何か変なこと言ったのか?

 

「嘘でしょ?!みゆきち、そんなの初耳だよ!?」

 

「マジかよ、入江が大山を…」

 

「もしかして、これは…」

 

「皆には言ってなかったのに~!」

 

やっちまった…!

 

まさか誰にも話してなかったなんて…。

 

「い、入江、これは悪気があったわけじゃ…」

 

涙目になっている入江を見ると罪悪感で潰れそうだ…。

 

「わかってます…」

 

「すまん!本当に申し訳ない!」

 

俺は渾身の土下座を決めた。

 

「おいおい小僧~。なにうちのみゆきちを泣かしちゃってくれてんだ、あーん?」

 

そこをすかさず関根に踏まれる。

 

くそ、調子に乗ってるな…。

 

「悪かった!まさか話してないとは思わなくて…」

 

「謝って済むならポリスは要らねーんだよ、あーん?」

 

コイツ…後で覚えてろよ…!

 

「ここにポリスはいねえよ」

 

「あいたっ」

 

見かねたひさ子が関根の頭を小突いて、足をどけさせる。

 

「ったく、すぐ調子乗りやがって。まあ確かに今回は柴崎が悪いけどな」

 

「本当に申し訳ございません…」

 

「いや、もういいから顔上げて?」

 

まだ土下座の体勢のままの俺に声をかけてくれる入江。

 

「ちょうど皆には内緒にしてって言おうとした時に入ってきたから仕方ないよ」

 

「そうだったのか…」

 

そういえば何か言いかけてたような気がする。

 

「しっかし、入江が大山を好きなんてな」

 

「なんで言ってくれなかったのー?」

 

「恥ずかしいもん…」

 

「じゃあなんで柴崎くんに話してたの?」

 

こ、これはマズイ…!無理矢理訊いたのがバレる…!

 

「それは…会話の流れ、かな?」

 

入江がニッコリ微笑んでそう言った。

 

まさか、俺を庇ってくれたのか?なんて優しい娘や…。

 

「…ふーん。まあいいや!それよりもその話もっと詳しく聞かせてー!」

 

それからまた入江は俺に話したのと同じ内容を話始めた。

 

 

 

「…ねぇ、なんで入江と好きな人の話になったの?」

 

俺が恋バナの会から抜けて岩沢の近くの席に腰かけるとギターを置いて不意にそう訊いてきた。

 

「いやなんでって、さっき言ってたろ?会話の流れって」

 

「あれどう見ても嘘でしょ。ていうか、人見知りの入江がまだ会ってそんなに経ってないのに話すわけないじゃん」

 

う、そりゃそうだ…。

 

「…なんていうか、仲良くなろうと思って…」

 

「なんで…?」

 

な、なんだ?なんでそんなに訊いてくるんだ?

 

「なんでって…二人だったのに会話がなかったからだけど…」

 

「他の話題じゃダメだったの…?」

 

マジでどうしたんだ?いつもなら音楽の話しかこんなに話さないのに。

 

「いや、なんか目付きが怖いって言われたから意地でも仲良くなってやろうと思って…。それで、仲良くなるには恋バナだって思ったからさ」

 

本当の事を話すとキョトンとした表情になったと思ったら急にクスクス笑い始める。

 

「なぁんだ、そんなことかよ」

 

「悪いかよ、意外と傷つくんだぞ。怖いとか言われるのは」

 

悪い悪い、と軽く謝ってくる岩沢。

 

さっきまでのは何だったんだよ…?

 

不思議に思ってると、急に紙とペンを取り出し始める岩沢。

 

「どうしたんだ?」

 

いやまあ、多分答えは1つしかないだろうけど…。

 

「何か降りてきた…!」

 

その一言を残して猛烈な勢いで筆を走らせる。

 

…何か差し入れでも買ってくるか。

 

 

 

 

「柴崎さん」

 

購買で飲み物やら軽い食べ物を買い終わると、後ろから声をかけられ、振り向くと千里が立っていた。

 

「千里も何か軽食でも買うのか?」

 

「あー、いえいえ。ぶらぶら散歩をしていたら見つけたもので。

それより、どうしたんですか?それ」

 

さっき買ったばかりの差し入れが入ったビニール袋を指差す。

 

「これはガルデモの差し入れだよ」

 

「なるほど。そういえば、岩沢さんと仲が良いんですよね?この前二人で話してる所見ましたよ」

 

「ん、まあ確かによく一緒には居るな」

 

俺と一緒にいて楽しいってことはないだろうに、見かけるとよく声をかけてきてくれるからな、岩沢は。

 

「あの人、最近なんだかすごく…儚い雰囲気になってますよね~」

 

「儚い…?」

 

確かに、あの新曲の事になると儚く感じることはある。…けど、コイツがそれを知ってるはすがない。なのに、儚い…?

 

「ええ。まるで――」

 

ニヤリと、口角を上げ

 

「―――今にも消えてしまいそうなほど」

 

そう言った。

 

ドクン。

 

心臓が激しく跳ね上がる感覚。

 

消える?岩沢が?今だってあんなにイキイキと曲を作っているあの女の子が?

 

そんなわけない。そう疑念を打ち払おうとする。

 

だが、思い出してしまう。

 

新曲を歌う時のあの表情。

 

まるで満ち足りたように微笑む儚げな顔を。

 

「柴崎さん?大丈夫ですか?」

 

「わ、悪い。ボーッとしちまってた」

 

思わず考え込んでいた俺を心配しているようだ。

 

「スミマセン。不安にさせるつもりじゃなかったんですけど…」

 

「いや大丈夫だって。別に、ちょっと考え事してただけだよ」

 

我ながら下手な言い訳だ。

 

「スミマセン。今日はもう失礼します」

 

「ああ、またな」

 

申し訳なさそうに頭を下げてから去っていく。

 

でも、消えてしまいそうだと言った時の千里の表情、あれは何だったんだろうか。

 

嫌な汗をかいて喉がカラカラになっているのに気づいて、さっき買った飲み物を一口飲む。

 

「…ぬるいな…」

 

 

 

 

ガルデモの所に戻ると入江達はまだ恋バナをしていて、岩沢もまだ何か書き込んでいる。

 

「ほい、差し入れ買ってきた」

 

先に恋バナ組の方に飲み物と食べ物を配る。

3人とも一言ずつ礼を言ってから受けとる。

 

「岩沢。飲み物とか買ってきたから、ちょっと休憩しろよ」

 

声をかけるもピクリとも反応しない。

 

「いーわーさーわー」

 

「え、なに?」

 

何度か呼び掛けてようやく反応した。

 

「だから、飲み物とか買ってきたからちょっと休めって」

 

「あー、ありがと」

 

微笑みながら受け取ろうとする岩沢。

 

その笑顔を見て思い出してしまう。

 

『今にも消えてしまいそうなほど』

 

「ど、どうしたの、柴崎?」

 

気がつくと、岩沢の腕を掴んでいた。

慌てて手を離す。

皆どうしたのかと思いこちらを見ている。

 

「…いや、何でもない…」

 

「大丈夫か?今日はもう休んだ方がいいんじゃないか?」

 

心配そうに顔を覗き込んでくる岩沢。

 

俺は今、どんな顔をしているんだろうか。

 

「…悪い。そうするよ」

 

そう言って踵を返し、部屋を出る。

 

…くそ、情けない。たかがちょっとした世間話の一言でこんなにも動揺するなんて。

 

しかし、千里の奴…なんで、あんな事を。

 

端から見ただけでは知るはずのない岩沢の儚げな雰囲気を、なぜアイツは見抜いたんだろう。

 

…冗談で言ったようにも見えなかったが…。

 

「…駄目だ…」

 

こんなこと考えてもらちがあかない。

 

何回か頭を振る。

 

もし、何かあっても、俺がなんとかする。

 

今は、そう思う事しか出来ないんだから。

 

明日からはいつも通り、話さなきゃな…

 




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