ウルトラマンゼロの使い魔
第百二話「閉ざされた夢幻」
暗殺宇宙人ナックル星人グレイ
夢幻魔獣インキュラス
夢幻神獣魔デウス 登場
リシュに夢の世界へ囚われた才人を救出するため、クリスの力で夢の世界へと侵入したルイズ。だがサキュバス・リシュの力は自分の想像をはるかに超えたものであった。勝ち目がないと、ルイズは心が折れそうになったが、そこに塚本たちの激励を受ける。更にルイズの応援にやってきたデルフリンガーの分析により、サキュバスも夢の中で完全に無敵ではないということを知った。操られている才人の心を取り戻すことさえ出来れば、サキュバスの力に打ち勝つことが出来る……。ルイズは一世一代の大勝負に出ることを決意したのだった。
翌日――夢の世界で『翌日』と言うのも奇妙な感じだが、とにかく翌日だ――、ルイズは放課後に才人を校舎の屋上へと呼び出した。ここで白か黒かの決着をつける覚悟だ。
この場にはリシュもついてきていた。ルイズはそれを許可していた。どうせ遠ざけようとしたところで、サキュバス相手には無意味だ。ならば初めから姿が見えている方が、相手の出方が窺えてまだいいだろう。
ナックル星人とインキュラスの姿はない。どこかに控えて様子見をしているのか、はたまたリシュに勝てるはずがないと高をくくっているのか……。その代わりのように、リシュは初めから生徒の擬態を解いてサキュバス本来の姿を取っている。才人も見慣れたパーカーの格好だ。屋上には昨日と同じ結界まで用意されていた。ルイズが本気だというのを感じ取り、向こうも決着をつけるつもりなのか。しかしどちらにせよ、やることは変わらない。
「ルイズさん。昨日の……」
「勝手についてきた人は黙ってて。わたしはサイトに話があるのよ」
リシュが言いかけたのを、ピシャリとはねつけるルイズ。会話の主導権を渡してはならない。ルイズの言葉が、才人の心に訴えかけられるかどうかが勝負の鍵なのだ。
リシュが何もしない内に、ルイズは才人へと懸命に呼びかけ始めた。
「サイト……。トリステインでのことを思い出して」
「トリ……? 何だ、それ。どこ?」
「わたしが春の使い魔召喚の儀式で、あんたを呼び出して使い魔にしたでしょ。それから、サイトは何度もわたしを守ってくれた。この前はみんなで舞踏会を開いたりして、がんばったじゃない!」
と言っても、ハルケギニアでの記憶を全て消されている才人はポカンとしているだけだ。だがルイズは諦めない。ここまで来て、もう諦める訳にはいかないのだ。
「それだけじゃないわ。あなたはウルトラマンゼロと一体となって、ハルケギニアのウルトラマンとして日々世界を守ってた、いえ、守ってるのよ! あなたの隣には、わたしだけじゃない、ミラーナイトやジャンボット、グレンファイヤーたちの、たくさんの仲間がいる! みんなが、あなたが帰ってくるのを待ってるのよ! その左腕のブレスレットを見て!」
今の才人はリシュの力で、ウルティメイトブレスレットを見えなくされているが、ルイズの言葉によって様子に変化が起こり出す。
「う、ウルトラマン……俺が……? でも、確かに大切なことがいっぱい、俺の胸の中に……。あれ、この腕に嵌まってるのは……」
「サイト!? 思い出してきたの?」
徐々に才人が元に戻ってきているのを感じて、ルイズの顔が輝いた。彼とゼロの築いた絆は、数多の戦いを乗り越えたことで、いくら夢を操られてごまかされようとも、決して断ち切ることが出来ないものにまで育っていたのだ。
だがリシュとて、このまま才人が覚醒するのを看過してはいなかった。
「サイト、騙されては駄目!」
「騙す……? ルイズが、俺を……?」
「ルイズさん……いえ、ルイズ。昨日言ったこと、完全に忘れたようね」
リシュの目尻が吊り上がり、ルイズに威圧感を掛けてくる。しかしルイズがもう退くことはない。
「ええ、忘れたわ。わたしの記憶をいじれると言ったのは嘘だって分かってるんだから! もう負けないわよ!」
「……それならこういうのはどう?」
だが、リシュは意外な手段に訴えてきた!
「サイト……。わたしたちは宇宙人に命を狙われているのよ!」
「なッ!?」
仰天するルイズ。リシュはいきなりそんなことを言って、一体何をするつもりなのか。
「んッ!? そ、そうだったか?」
「ええ、そう。あなたはもう数え切れないほどの宇宙人に襲われたじゃない。そこのルイズも宇宙人よ! あなたを殺そうとしてるの!」
ここでルイズはリシュの意図を理解した。よみがえりつつある才人の記憶を逆に利用し、ルイズを敵に仕立て上げようとしているのだ!
「だから、いつものように倒して! その剣で!」
いつの間にか、才人の手には剣が握られていた。
「……そうだな。この剣で斬り伏せる、今すぐに……」
そして才人は、すっかりリシュの言いなりとなってルイズを敵視する。
「う、嘘でしょ!? あっさりと……何で!?」
「大したもんだな、サキュバスの力ってのは。そう出るとはさすがに予想外だ。どうするか……」
「サイト……。斬り伏せるって、わ、わたしを? 冗談よね? ねぇ?」
呼びかけるルイズだが、才人の目は本気だ。完全にルイズが侵略宇宙人に見えてしまっているようだ。
「娘っ子! この殺気は冗談じゃねえ、一旦逃げた方がいい!」
デルフリンガーが警告したが、ルイズは拒否した。
「嫌! ここで逃げたら……サイトはもう二度と、わたしのところに戻ってこないわ!」
ルイズは女の意地で才人に背を向けず、必死に呼びかけ続けた。
「サイト、思い出して! あなたはわたしの使い魔! 誰にも渡さないの!!」
「……使い魔?」
「いい加減にしなさいよ、馬鹿使い魔! あんた、わたしのことが好きって言ったじゃない! 忘れたの!?」
ルイズの言葉で才人が一瞬揺らいでも、リシュが暗示をその都度掛け直す。
「敵の戯言を聞いては駄目よ」
「ああ、そうだな。敵の戯言を聞いては駄目だ……」
だが、才人の返事には妙に力がなかった。
「!? ど、どうしてそんな声なの、サイト!?」
「ありゃ、もしや……相棒の心がサキュバスの力に反発してるのか?」
デルフリンガーは才人の握る剣を見やって、ハッと気づいた。
「そうか、剣を持ったからか! 怪我の功名って奴だなぁ。娘っ子、もっと呼びかけてやれ!」
策士策に溺れる。リシュは才人に武器を持たせたことで、ガンダールヴの力を発動させてしまったのだ。それで才人に抵抗力が生じた。
ここぞとばかりに才人の名を呼ぶルイズ。
「サイト……サイト……!」
「お前は俺の敵なんだ……。敵は倒さなくちゃいけないんだ……」
しかしまだサキュバスの支配を破るには不十分なのか、才人の催眠状態は解けない。ルイズは才人の心が自分に応じないことが悔しくて、涙が浮かんできた。
「さ、サイトのバカッ! バカバカバカバカバカバカバカぁッ!」
ぐすぐすと泣きじゃくるルイズに、才人の剣が迫る……!
……が、その切っ先が不意に下ろされた。
「え……?」
「サイト!? どうして剣を下ろすの!?」
リシュが問いかけると、才人はどこか目が覚めたかのような感じを漂わせながら、答えた。
「……この子、泣いてるじゃないか。それを斬る訳にはいかないよ」
「そ、そんなの、こっちを油断させる罠よ! 敵は倒さなくちゃいけないのよッ!」
リシュは必死になって暗示を掛けるが、才人は従わなかった。毅然とした口調で、返した。
「いや……敵を倒すことだけが、強さじゃない。力には――優しさがなくちゃいけない。それが、俺が教わった大事なことだ……!」
「サイト……!」
ルイズは感極まった。それは、ゼロがいくつもの戦いの中で教えてくれたこと。その想いは、才人の心に決して変わらないものとして息づいていた。その想いが、ルイズを助けてくれたのだ!
「今だ! 娘っ子、行ってやれ!」
デルフリンガーの指示により、ルイズは才人の胸の中へと飛び込んでいく。
「サイトっ!」
ルイズがぐっと顔を才人に近づけ――二人の唇が、重なった。
その瞬間、才人の手の甲のルーンが輝いた。同時に、ブレスレットのランプに青い輝きが戻る。
閉鎖空間も破られ、空が晴れ渡る。
「……そうか」
「サイト……思い出した?」
「……ああ。ごめんな、ルイズ。全部思い出したよ」
「サイトぉっ!」
才人の意識は、記憶は完全に戻った。ルイズは才人に抱きつき直り、才人はそれを優しく受け止めた。
「おはようさん、相棒。全くとんだねぼすけだよ、おめえさんは」
「デルフ!? この端末が?」
「情けねえが、そういうこった」
『俺のことも忘れるんじゃねぇぜ、才人!』
ブレスレットから声が発せられた。才人の目はブレスレットも捉えられるようになっていた。
「ゼロ! 悪い……俺に引っ張られて、お前まで意識を封じられちゃって」
『いや、俺自身、完全にリシュの術に嵌まっちまってたよ。一生の不覚だぜ……』
自嘲するゼロ。才人復活の喜びを分かち合う彼らの一方で、リシュは衝撃を受けてよろめいた。
「あ、あたしの魔力から……この世界の戒めから逃れた!?」
「リシュ……」
リシュの方へ振り向く才人に、ルイズが尋ねかける。
「どうするの? やっつけるの?」
「大丈夫。これは俺の夢なんだから、リシュをどうにかしなくても帰れるさ、現実に」
と言う才人に、リシュがすがるように呼びかけた。
「……サイト。元の世界に戻ってどうするの? またそのルイズにこき使われて……危険な戦いの日々を送るだけよ!? この世界で一緒に楽しく生きる方がいいに決まってるわ!」
叫ぶリシュに、才人は答えた。
「確かに、やり方は許せないけど、ここは楽しくて戦いの危険もない、理想的な世界だったよ。でも……ハルケギニアで、ゼロやルイズたちみんなといる日々は、俺をたくさん成長させてくれた。そして成長させてくれる。それは、この閉ざされた世界じゃ決して得られない……何物にも代えられない宝物なんだ」
「さ、サイト……」
「リシュ、お前ももうこんなことはやめて、現実の世界で生きよう。お前には悪意なんてない。それは夢の中でよく分かった。俺たちと、現実の世界で生きることが出来る」
と才人は説得したが、リシュは頭を大きく振って拒否した。
「そんなこと出来ないわッ! あたしには……現実の世界で、生きられる場所なんてどこにもないものッ!」
「リシュ……?」
絶望したように頭を抱えるリシュに、ゼロが問うた。
『リシュ、そもそもお前は、どうして才人を夢の世界に連れ込んで、二人だけで生きていこうとしたんだ?』
それにリシュは、疲れ果てたかのような表情で答え出す。
「あたしは……サキュバスは、世界のどこに行っても迫害されてた。あたしたちは危険だと決めつける、人間の一方的な都合で……」
「……!」
表情が強張る才人たち。ルイズは思い出す。サキュバスは、人間にとって危険であるがために封印されたと。しかし、サキュバス自身に人間への悪意がないのならば……それは人間の迫害となるのだろう。
「あたしも人間からの攻撃で傷ついてたところを、ある日人間の男性に助けられたわ。そしてあたしたちは恋に落ちた……。でも、もちろんその関係は長く続かなかった。人間は執拗にあたしを追い続け、その末にあたしの愛したあの人は命を落とした……」
「そんなことが……」
「あたしは絶望して、自ら封印された。けれど長い時を経て、封印が緩んできた頃に……あたしは誰かの不思議な夢を垣間見た。それがあなたの夢よ、サイト……」
それが、一連の事件の始まりだったのか。リシュは才人の夢に魅せられ、再びの目覚めを望んだ。それが怪獣の夢を操る形となって、彼女の封印を破らせた。
「あたしは夢を通じて、サイト、あなたが好きになった。でも、前と同じように現実で生きようとしたら、前と同じように失敗してまた失う……。だから、今度は誰の邪魔もされないようにしようとした……」
才人を奪われかけたルイズでさえ、リシュに同情した。世界中から受け入れられない迫害と、自分のために愛する者を失った絶望……その二つを味わったリシュを、どうして責められようものか。
そしてリシュは、魂の叫びを発する。
「どうして!? あたしの何が悪いっていうの!? あたしがサキュバスだということ……人間とは違う力を持ってるってことは、そんなにも悪いことなの!? 力があること……あたしが生きてるということ、それだけで罪になるというのッ!?」
その問いかけに、才人たちはもちろん、ゼロでさえ何も答えられなかった。彼らがここで何か慰めたところで、リシュが世界から、人間から拒まれるという現実は、何も変わらないのだ。
リシュは、サキュバスは、人間の世界の中に入っていくことが許されない、怪獣と同じ存在なのか……。
『――あぁ~もう、くっだらないッ! あんたにはガッカリだわよ!』
唐突に、野太い女口調が屋上に響いた。
「! ナックル星人ッ!」
見れば、リシュの背後にいつの間にかナックル星人が出現していた。才人はルイズを背にかばい、剣を構え直す。
だがナックル星人は才人たちを攻撃してはこなかった。代わりに――リシュが伸びてきたインキュラスの手に捕まり、宙に持ち上げられた!
「きゃああッ!?」
「なッ!? どうしてリシュを!?」
才人が目を剥いてナックル星人に問いかけると、ナックル星人は高笑いを上げた。
『オーホッホッホッ! そんなの決まってるじゃなぁい! あの小娘の力を利用するためよッ!』
「何だって!?」
『あの小娘、サキュバスの力というのは広い宇宙でも貴重な、とっても役立つものよ。それを知ったアタシは、あれの力を存分に役立たせてもらおうと考えついたの。このアタシのためだけにねッ!』
「くッ……騙したのね……!」
インキュラスに握り締められて身動きの取れないリシュは、せめてもの反抗でナックル星人を憎々しげににらみつけた。
『あんなので騙される方が悪いのよぉーッ! ちょぉーっと同情した素振り見せて、お友達になりましょうと誘っただけでコロリと信じて。ずぅっとお眠りしてただけあって、頭の中身は赤ん坊と同じねぇ~! オ―――ホッホッホッホッホーッ!』
「何て奴……許せないわッ!」
ルイズは激昂して杖を手に取った。リシュの心の隙につけ込む悪質な手口。これが許されて良いはずがない。
だが、ナックル星人は余裕綽々にジュリ扇をはためかせた。
『あ~ら、アタシに攻撃していいのかしらぁ? そんなことしたら、インキュラスが小娘を握り潰しちゃうかもしれないわよぉ?』
その言葉に合わせるように、インキュラスはリシュを握る手の力を強める。それで苦しむリシュ。
「あぁぁぁッ……!」
『お人好しのあんたたちは、あの哀れなリシュちゃんを見捨てたりなんかしないわよねぇ~?』
「くッ……!」
真に悔しいが、実際リシュを見殺しにする訳にはいかない。才人たちは歯を食いしばることしか出来なかった。
才人たちが動かないことでいい気になったナックル星人は、腕を広げて告げる。
『一つ、いいことを教えてあげるわ。現実世界に現れた怪獣を作り出したのは、小娘じゃない。あの怪獣よッ!』
ナックル星人が指差した先の空が、途端に曇り出して学園は薄暗闇に覆われた。
そして空から巨大な物体が降臨し、大地に降り立つ。
「あ、あれは……生き物なの……?」
ルイズは呆気にとられた。何故なら降りてきたものは、手足はおろか目や口、首と胴体の区別すらない、完全な球形だったからだ。あれが生物だとして、どう贔屓目に見ても、卵が精一杯である。
だがナックル星人は誇らしげに言い放った。
『あれこそが世界を支配できるほどの力を持った怪獣、その名も夢幻神獣魔デウスッ!』
『何!? あの伝説のッ!?』
ゼロが驚愕の声を発した。ゼロがそこまで驚くというからには、あの球形はそれほどに恐ろしい怪獣なのか。世界を支配できる力とは、一体。
『その能力は、そんじょそこらの怪獣とは訳が違うわよぉ。簡単に言えば、夢を現実に、現実を夢に変えること!』
「何だって!?」
衝撃を受ける才人たち。ということは、ギャンゴ、マザリュース、バクゴン、そしてベリュドラも、あの魔デウスが作り上げているのか。
確かに恐ろしい能力だ。空想が本当に現実になる……サキュバスの能力すら軽く凌駕している。その力を自在に行使されたら、敵う存在などいるはずがない。
『でも、魔デウスは実在すら疑われてた。夢想の中に存在するとは言われてたけど、操ることはおろか、存在を観測することすら不可能だったもの。けれどアタシは、サキュバスの力を知って思いついたの。夢を支配するサキュバスならば、魔デウスと接触することが出来るんじゃないかって! 結果は見ての通り成功よぉ~!』
ナックル星人はもう勝利したかのように勝ち誇る。
『魔デウスはサキュバスの力によって操作されてる状態にある。そして小娘の力は、インキュラスの超能力で支配してる。つまり、魔デウスはインキュラスの主人のアタシの思うがままって訳ぇ~! 最高だわぁ~! 無限に怪獣を作り出す、いえ、世界そのものを塗り替える力がこのアタシのものぉッ! 世界はアタシのものになったのよぉーッ!!』
「くそぉッ……!」
「さ、サイト……!」
ルイズが焦りに焦って才人の顔を見た。だが、才人とゼロにもどうすることも出来ない。リシュが人質にされている以上は……。
……その時のことであった。
「――僕の生徒を、これ以上苦しめることは、許さない」
どこかから、誰かの声が発せられた。かなり遠い場所からなのか、才人たちの耳に届いたそれはとても小さかった。
『んん? 今のはだぁれ? どこから話してるの?』
「あッ! 校庭に人が!」
ルイズがフェンス越しに校庭を指し示した。彼女の言う通り、インキュラスに向かって一人の人間が向かっていくところであった。
その人物とは――。
「矢的先生ッ!」
叫ぶ才人。彼はこの夢世界で才人たちの担任であった、矢的猛だ。
それを知り、ナックル星人は失笑した。
『なぁ~んだ、驚かせて。ただの夢の登場人物如きに、何が出来るっていうのよぉ』
「サイト、先生が危ないわ! あのままじゃ怪獣にやられちゃうッ!」
叫ぶルイズ。彼は夢の存在だが、それでも人間だ。それが潰されるのを見過ごすのはいい気分ではない。
ところが、才人はこう答えた。
「……いや、あの人は俺の先生じゃない」
「えッ……?」
キョトンとするルイズに、才人はつけ加えた。
「俺の担任は、全然違う人だよ。もっと年行ってるしさ」
「えぇぇ? じゃああの人、一体誰なの?」
「僕たちの先生だよ!」
突然、そんな声。振り返ると、屋上の扉から十数名の生徒がゾロゾロとこの場にやってきた。
塚本、博士、落語、スーパー、ファッション、他には中野真一や大島明男など……。彼らについても才人は語る。
「こいつら、いやこの人たちも、俺の同級生じゃない。ていうか、会ったことすらないよ」
「えぇッ!?」
ルイズに、捕まっているリシュまで面食らっていた。才人の記憶の中の人間ではないのならば……彼らはどこから来たのだ?
それに対して、才人は答えた。
「目が覚めたことで、何もかもを理解したよ。この人たちは――あの矢的先生は――!」
――才人がこれまで通っていた学校の先生は、誰も彼もが意欲の低い、凡庸な人物ばかりであった。才人はそのことにすっかり飽き飽きしていた。コルベールを慕っていたのはそういう理由もある。
そんな中で、才人は歴史の授業で、かつて地球を守ってくれたウルトラ戦士には、教師に身をやつして地球人の心の研究も行っていた者がいることを知った。才人は、ウルトラマンが自分たちの教師であった過去の子供たちを羨望し、自分の担任もそのウルトラマンだったらなぁと感じた。その願いは、心の奥底に残り続けた。
――夢とは、願望の意味もある。才人の夢を操作し、彼の理想の世界に仕立て上げようとしたリシュは、才人の無意識の願いもいくつか叶えていた。その中に、この願いが入っていたのだ。
叶えられた才人の願いは、夢の世界を通して宇宙を越え、才人が熱望した『先生』自身の意識とつながった。そうして、『彼』はこの夢世界の中に入ってきた。同時に『彼』の記憶も才人のものと混ざり込み、『彼』が受け持った生徒たちが才人のクラスメイトに混ざり、『彼』が地球で戦った怪獣たちの一部も夢の中で復活した。才人とゼロが戦った怪獣の正体とはこれである。
その才人が望んだ、『先生』の名前は――!
矢的は目の前にそびえ立つインキュラスを見上げ、その手の中のリシュに呼びかけた。
「リシュ君、君はかりそめの生徒かもしれないが、それでも僕の生徒だ。僕は先生として、君を必ず助ける!」
「ヤマト先生……」
つぶやくリシュが見下ろす先で、矢的はバッバッと右腕、左腕の順で拳を前に突き出し、そして右手に握り締めたペンライト状のもの――ブライトスティックを天高く掲げた!
「エイッティ!!」
ブライトスティックが輝き、矢的の姿が一瞬にして大巨人へと変身した!
『う、嘘ぉぉぉぉんッ!?』
「あ、あれは……!」
ナックル星人も、リシュも、ルイズも唖然とした。インキュラスの前に立った巨人は、赤と銀の体色、丸顔に柔和さを存分に湛えた、しかし同時に力強さを宿した……紛れもないウルトラ戦士である!
矢的の変身と合わせるように、塚本たちの姿もいつの間にか高校生――実際は中学生だ――から、立派な大人のものに変化していた。
彼らはルイズのひと言に答えるように、口々に叫ぶ。
「あれは!」
「ウルトラマン!」
「80!」
「俺たちの!」
「ウルトラマンだ!」
「矢的先生……矢的せんせーいッ!!」
塚本が、彼らのウルトラマン――ウルトラマン80へ向けて力いっぱいに叫んだ。
遠くの星から来た男が、今! 愛と勇気を教えてくれるのだ!!
≪解説コーナー≫
※「閉ざされた夢幻」
元ネタは『ウルトラマンギンガ』第七話「閉ざされた世界」。バルキー星人やティガダーク、イカルス星人などの闇からの刺客を退けたヒカルたちは、友也も新たに仲間を加えて平和なひと時を過ごしていた。しかし戦いはまだ終わっておらず、彼らのいる降星小学校が突然亜空間の中に隔絶され、閉じ込められてしまう。そこに新たなエージェント、ナックル星人グレイの魔の手が迫る、という内容。分割放送であった『ギンガ』の第二部のプロローグ。ここから最終決戦まで一つの話として続いていく。
※夢幻神獣魔デウス
『ウルトラマンマックス』第二十二話「胡蝶の夢」に登場した怪獣。劇中の特撮番組『ウルトラマンマックス』の脚本家、蓮沼が夢の中で出会った、謎の女が作っていた粘土像が本物の怪獣と化したもので、最初の粘土像は如何にも怪獣然としたものだったが、最終的には身体のパーツが一切ない完全な卵型の形状となった。魔デウスを作った女はいつもウルトラマンに倒される結末を迎える怪獣を作っている、逆にウルトラマンを倒してしまう怪獣を作りたいと語り、その通りにDASH、マックスを全く寄せつけないほどの能力を持つ。だがその能力は脚本に沿ったものであったため、蓮沼と入れ替わって現実世界にやってきたカイトに脚本の結末を書き換えられたことで、マックスに倒される結末を迎えた。……「胡蝶の夢」は現実と夢、虚構の世界とリアルの世界が複雑に交わるエピソードなので、この魔デウスが「実際に存在する怪獣」なのかは判別がつかない。
名前の由来は「デウス・エクス・マキナ」。演劇用語で「絶対的な力で物語を終わらせる存在」を指す言葉で、他ならぬウルトラマンがこのデウス・エクス・マキナの側面を持っている。
※ブライトスティック
後述するウルトラマン80の変身アイテム。形状としてはベーターカプセル型だが、銃のアタッチメントになったりもするし、ギマイラの光線を弾いたような防具としても使用できる、割と万能なアイテムである。
※「あれは!」「ウルトラマン!」「80!」~
80が客演した『ウルトラマンメビウス』第四十一話「思い出の先生」で、ホーの前に降り立った80を目の当たりにしたかつてのE組の生徒たちが発した台詞。彼らが「俺たちのウルトラマン」と発したところが、80という作品を象徴している。
※ウルトラマン80
1980年放送の『ウルトラマン80』の主役ウルトラマン。『レオ』以来五年ぶりとなる、テレビシリーズでの実写ウルトラマン(前作の『ザ☆ウルトラマン』はアニメ作品)で、ウルトラ兄弟シリーズの一作品に含まれる。しかし他のウルトラ兄弟との接点はほとんどなく、劇中で新撮で登場したのはウルトラの父のみ。初めは桜ヶ岡中学校の新任教師として登場し、UGMの臨時隊員を掛け持つようになるが、十三話からはUGM隊員を専業するようになる。四十三話から後輩ウルトラ戦士に当たるユリアンが登場し、彼女の指導も行っていた。
上記の通り、第一クールでは「教師がウルトラマン」という設定の異色中の異色作であった。そして学園ドラマを通して子どもの心の問題を題材としたエピソードを重ねていたが、番組制作に無理が生じるようになって、二クールからは従来通りの設定にテコ入れされる。そこから中盤はSF寄りの作風が続いたが、三十一話から学園編に回帰したような子供を中心とした作劇に再度変更された。
※「遠くの星から来た男が~」
『80』のオープニングテーマソングのワンフレーズから引用。「愛」「勇気」が含まれる歌詞は世の中に数あれども、それを「教えてくれる」というのがウルトラマン先生だった80の特色といえるだろう。
不思議な夢が才人を覆った! 調査に乗り出した才人はリシュに夢の世界に囚われた! その頃、同じ夢をあるウルトラ戦士がキャッチし、夢の中に入っていた! その前に、突如として出現した二匹の怪獣! 才人は卑劣な罠に落ち、ウルトラマンゼロへ変身できない! ゼロ危うし! ナックル星人の計略に、ゼロの自由が失われた! ウルトラマンゼロ最大のピンチに、矢的猛が、ウルトラの戦士80に華麗な変身をした!
次回『ウルトラマン80の使い魔』、「ゼロ最大のピンチ!変身!ウルトラマン80」!