ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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今話でグランドクエスト攻略完了です。


36話 決戦 3

あとわずか、天蓋まで数十メートルにも満たない位置まで肉薄した黒衣の妖精が見える。

彼の剣が空を走るたびに、両断された騎士のポリゴンが散っていく。しかしその行為はもはや無駄なのだと、リーファは悟りはじめていた。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

ユージーンを倒した時のような気迫、絶叫がドーム底辺で敵を捌いていたリーファの耳にも届く。そんな剣士を少しでも回復せねばと回復魔法の詠唱を開始するのだが

 

「……無理だよ、お兄ちゃん……こんな、こんなの……」

 

天を埋め尽くさんとびっしり蠢く白い騎士たちに気圧されて、リーファはだらりと手をおろし詠唱を中断させた。

 

無謀だ。

キリトやカエデ、ユウキが話してくれたことを否定するつもりなんてない。この世界に大切な人が囚われているかもしれないという話も信じることができる。しかしどこまでいってもリーファにとってここは楽しい<ゲームの世界>なのだ。デスゲームに二年の時を奪われた彼らとはこの世界に対する思いも熱量も違い過ぎる。

 

だがこのとき、リーファは初めてシステムに対して不条理と理不尽を感じた。

<ゲームの世界>が、目に見えない大きな存在がプレイヤーに悪意の牙を向けている―――そんな気がしてならないのだ。

 

「っ!?」

 

記憶に新しい音が負の思考からリーファを引っ張り上げる。反射的に音の発生源を向くと、キリトを狙っていた騎士の一部がスペルの詠唱を始めていた。あのスペルからしておそらく拘束系の呪文だ。今あれを食らうとその後の騎士たちの追撃を処理しきれない。

 

「お、お兄ちゃんっ!」

 

このままではキリトが魔法の餌食になることは容易に想像がつく。それが無駄だと分かっていてもリーファは叫び―――

 

その時だった。

瞬間、背後から一陣の風が吹き荒れる。新緑に輝くうねりが絶望に縛られたリーファの身体を軽くした。

 

「っ……!?」

 

慌てて振り向いたリーファの目に映ったのは自分が属する風の妖精たち。そのなかでも知らぬ者はいないと評される熟練プレイヤーばかりだ。一線を画す装備に身を包んだ彼らが雄叫びを上げると天蓋に溜まった白い塊が移動を開始する。

 

「すまない、遅くなった」

 

隣に立っていたのは高下駄に着流し姿の麗人、シルフ領領主のサクヤ。

 

「サクヤ……」

「わたしもいるヨ!」

 

その声と共に再びドームに轟音が響き渡る。それに加わってプレイヤーではない力強い獣の雄叫びも。

 

「アリシャさん……!」

 

シルフ部隊の突入を途切れさせることなく、十数体の巨獣は堂々とドームの大扉をくぐっていく。

 

「ごめんネー。竜騎士隊の装備を整えるのに時間かかっちゃったんだヨ~。あれからすぐに準備したんだけどネ」

「じゃああれが飛竜……!」

 

ケットシー最強の切り札の登場に、驚愕するリーファ。これまで存在は噂されていたが画像すら流失したことのなかった伝説の生物たち。それが今、突風を起こして飛翔していく。

 

「ここで全滅すれば両種族とも破産だな」

「金庫もすっからかんだもんネ!」

 

涼しい顔で笑い合う領主二人。

 

「……ありがとう……ありがとう、二人とも」

「礼は無事にクエストが終了してからだ」

「それに攻略に駆けつけたのは……私たちだけじゃないみたいだしネ」

 

そして数秒後に再び聞こえる大音量。赤く燃える妖精たちがなだれ込む姿を見たリーファは、今日で何回目か分からない驚愕を顔に張り付けることとなった。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

ナーヴギアでも後継機のアミュスフィアでも基本的な構造は同一である。

脳神経に出力されたデータを脳が受け取り、そのデータに対して脳がアバターを介して干渉していく。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

だがその許容量を超える勢いで、キリトは脳をフル回転させていた。

安全面を考慮して脳に必要以上の情報が入り込まないように、ある一定のデータ量を超えると送受信を遮断する。その仕組みを理解していても、さらにアバターを加速させるために脳から指示をとばす。

 

後を追ってくる守護騎士を振り切りながら眼前に待ち構える敵を斬り捨てる。

それでも一向に敵は減らず、それどころか数を増やして再びキリトの前に立ちはだかろうとする。

 

そして背後からの魔法攻撃がキリトを襲おうとした直前―――

 

「ぬ……おおおォ!!」

 

太い雄叫びが轟いたかと思うと、守護騎士たちが両断された。

予想していなかった戦士の乱入にアルゴリズムを乱された騎士たちは、キリトを狙っていた魔法の詠唱を中断させて、そのプレイヤーと距離を取ろうとする。

 

「おっと、俺のことも忘れてもらっちゃあ困るぜ!」

 

直後に飛翔してきた赤い影。

それは戦士との距離を取ろうとしていた騎士に風のように駆けていき。

 

「―――せいやぁっ!!」

 

一閃。

ものの数秒ほどでキリトを囲んでいた騎士たちを切り刻んでいった。

 

「…………」

 

思わぬ助太刀によって窮地を救われたキリトは思わず目を白黒させる。何はともあれ状況は打開された。自らを援護してくれたプレイヤーの参入に驚き半分感謝半分といった様子で一言礼を言おうと口を開いた瞬間。

 

「遅くなったか? キリト」

「向こうの世界以来だな、キリの字!」

「……っ!?」

 

自身の目に映るありえない光景にキリトは固まった。

赤いバンダナがトレードマークの無精ひげを生やした刀使い。筋肉隆々の体躯を重厚な鎧で包んだ斧戦士。そのどちらも自身が頼り、頼られてきた存在だったから。

 

それはかつてデスゲームを終わらせるために共に戦った仲間たち。

 

「これで役者は揃ったって感じだな」

「よーし! ささっとクリアしちゃうよ!」

「むぅ、私だけ……仲間、外れ?」

 

近づいてきた短剣使いと紫髪の剣士。その二人についてきたサラマンダーの少女。

そしてドーム底辺部から飛び立つ三色の妖精たちが見えたときには、キリトの闘志はこれ以上にないくらい燃え上がった。

 

「みんな……力を貸してくれ!」

 

力強く頷き合う仲間たちに、キリトは改めて深い感謝を抱いた。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

アインクラッド迷宮区を守るフロアボスの攻略。目の前で繰り広げられる戦闘はまさしくそう表現すべき光景だった。散開して各方面から放たれる飛竜のブレス、撃ち漏らしを正確に魔法で遠距離から狙い撃つシルフのメイジ隊。そしてユージーンを含めたサラマンダー部隊による白兵戦。どれもがこの世界で行われた最大の戦闘だろう。

 

「キリトのやつ随分と張り切ってるな!」

「これが千載一遇のチャンスなんだ。当然そうなってもらわないとなっ!」

 

クラインの軽口にエギルが言葉を返す。その視線の先には疾風のように空中を翔けるキリト。そして眼下を見下ろしたエギルが聞いてきた。

 

「それにしてもよくこんなに集まったもんだな」

「全部カエデが計画したのか?」

「そんなまさかっ!」

 

目の前に駆けてくる騎士を切り倒してクラインとエギルのほうを見ると俺は嘯いた。

 

「サラマンダーとエギル達に頼んだのは俺だけど、正直シルフとケットシーの援軍は予想してなかった」

 

一瞬の残心を経てサクヤとアリシャを一瞥しながら、にやりと笑う。

 

「あいつがこの世界でやってきたこと、キリトの意志がこの世界のプレイヤーを動かしたってことだ」

「へへっ、キリトの野郎は相変わらずってことか」

「なら俺たちも負けてはいられないな」

「おうよ!」

 

クラインの力のこもった同意が合図となり、俺たちは一斉にその場から駆け出す。

直後、元いた場所に飛んでくる無数の矢。その発生源を断つべく動き出したエギルとクラインを見送った俺は急いでユウキとハープの援護に向かう。

 

「間近で見ると熱魔法ってのはすごいな……」

 

二人に近づくころにはユウキとハープの周りから敵はいなくなっていた。身体を発火させて霧散していく騎士に顔をしかめて俺は二人に声をかける。

 

「カエデ、もうこの辺の敵はやっつけちゃったよ!」

「ん……よゆー、です」

 

もうこの二人だけでいいんじゃないかな。

ハイタッチをしてお互いをたたえ合うユウキとハープに苦笑する。

 

「ひとまずお疲れさん二人とも。でも次も湧き始めるし、遠距離からの攻撃も警戒しとくように」

「まかせてよ」

 

頷くユウキ。すると隣で何かを思案するようにハープが俯いた。

 

「遠距離、なら……私も、できるよ?」

 

そう言って離れたところにいる敵―――魔法の詠唱に入った騎士に手をかざして数単語程度のスペルを唱えるハープ。そして数秒もたたないうちに騎士の身体に変化が起き始めた。

 

「おち、ろっ!」

 

その声と共に飛行手段である翅を凍結させられた騎士が落下を開始。遥か真下で新たにリポップした騎士に直撃すると両者とも瞬時にポリゴンとなって砕け散った。

 

「今のって氷……だよね?」

「……俺の見間違いでなければ」

 

新たに発覚した熱魔法の奥深さに驚愕していると、ハープが自慢げに説明してくる。

 

「炎も氷も、本質は……熱。だから、こんなの……朝飯前」

「何でサラマンダーがグランドクエストを攻略できなかったのか俺の中で最大の疑問なんだが……」

「あ、あはは……」

 

まあ領主だけしか使えない魔法だから他にも制約とかがあるのだろう。ハープが攻撃に使用した魔法もほとんどが単体用だったし。あとは消費MPが多いとか。

 

「と、それよりキリトは?」

「っ、あそこッ!」

 

指の示すほうを見ると、尖った矢尻のように密な陣形を組んだプレイヤーが数人。

その先頭を飛ぶのはキリトだ。進行を妨げる守護騎士をクラインやエギルが斬り倒し、自身の目の前に構える敵は神速の剣閃で消していく。

 

「おっと、これ以上通すつもりはないぞ」

 

天にかつてないほど近づかれていることを危惧した巨人の騎士が、俺を無視して脇を通り抜けようとする。その進行方向とは逆に剣を走らせて、俺は巨人の首を落とした。

 

今からキリトたちのところへ向かっても、却ってすり寄ってくる敵を増やすだけだろう。

だから俺とユウキ、ハープができることは一つだけだ。

 

「追撃を阻止するぞ!」

 

残って乱戦を繰り広げるプレイヤーたちに檄をとばして、自分も敵を倒すべくさらに飛ぶ。

 

「いけっ! キリトッ――――!!」

 

吹き荒れる敵のエンドフレイム。

その先に世界樹の枝が絡み合ったドームの天蓋、十字に刻まれた門が一瞬だけ見えた。それは長いこと侵入者を拒み下界と天界を仕切っていたシステムの境界線。

 

「―――うおおおおおッ!!」

 

黒衣の妖精はゲートを守る最後の壁となった騎士たちに向かって飛翔していく。

剣を突き立て、光の尾を引いた弾丸は触れるものを消していき―――

 

「全員反転、後退!」

 

白の壁を突き破る黒点を見て取ったサクヤが叫んだ。

その声に合わせて俺とユウキ、ハープを含めた全プレイヤーがドーム底辺部へ退避を始める。

 

ケットシーが操る飛竜の援護を受けて急降下に入るなか、俺はちらりと振り返った。

視線の先には天蓋に剣を突き刺したキリト。そして転送が始まったのか徐々にアバターを透過させていく姿が見える。

 

「……行かなくて、いい……の?」

 

唐突にかけられた言葉に正面を向くきっかけをつくられる。

声の主はハープだ。おそらくキリトを手助けしなくていいのかと聞いているのだろう。

 

「俺もユウキも勇者様じゃないからな」

 

な? とユウキに話を振るとにっこりした笑顔が返ってくる。

 

「お姫様を助け出すのは一人で十分だ、でしょ?」

「さっすがユウキ。分かってるな」

「むぅ……。また、仲間……はずれ?」

 

ふくれっ面を向けるハープに俺とユウキは顔を見合わせると、お互いに小さく噴き出した。

 

「ふふっ、そんなのじゃないよ」

「要するに家族水入らずの時間が大事ってことだ」

「……?」

 

なおも首を傾げるハープに苦笑して、俺は口を開いた。

 

「何はともあれ、この世界での俺たちの役割はこれで終わりだ」

「うんっ!」

「わたしたちの……勝ち」

「お疲れさん、二人とも」

 

満足げに頷くハープとユウキ。その二人と拳をこつんと合わせて、俺はほっと一息つく。

 

「この世界での役割は、な……」

 

そう、この世界での役割はこれで終わりだ。

小さく声に出した言葉は隣を飛ぶ少女たちの耳には届くことなくドーム内部を漂う。

そしてそのまま後ろを飛ぶ妖精たちの翅の音にかき消えていった。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

「――――――ということです」

「ふむ……」

 

男二人の話し声が照明に照らされた広い室内に響く。

来客用に設えられたその部屋には一目で高級だと判る調度品が配置され、それを彩る装飾品の数々もまた、この部屋の質をさらに高めていた。

 

そして話し会いが終わったのか、男の一人が窓の外を見て呟く。

 

「早く家に帰りたいものだな」

「今夜は降るそうですよ」

 

窓の外では今にも雪が降り出しそうな空模様が広がっている。男の呟きに律儀に反応したのは三十代半ばに見える若い男性。

 

「そういえばご子息―――楓君はどうですか?」

「それが……」

 

他愛もない世間話を始めようと話を振った若い男は、その話題の選出が間違いであったことに遅れながら気付く。しかし話題を変えようにも男、秋風樹のほうは顔を曇らせてすでに口を開いていた。

 

「今日は朝早くから家を出たせいで会ってないのだよ。まあ昼に電話で話したからよかったものの、いかんせん顔を見ないと元気が出ないというか……」

「あ、あの……」

「それに最近は女の子を連れてきていきなり紹介を始めてな。親としては息子の成長が嬉しいのだが同時に―――――む?」

「いえ、そうではなくてですね……」

 

ようやく会話の連射が止まったことに安堵した若い男は苦笑いを浮かべながら自分が聞きたかった内容を問う。

 

「事件後、ご自宅での生活に支障を感じている様子はなかったですか?」

「ああそういうことか」

 

それならそう早く言ってくれとにこやかに笑う樹。

 

「日常生活に支障を感じているふうには見えなかったよ。ただ筋力が落ちたせいか今までみたいに動くにはもう少し時間がかかるってぼやいていたくらいだよ」

「そうですか。それは安心しました」

 

SAO事件後、被害者のその後について把握しておく必要があるため特に後遺症が発生していないことを知った若い男性―――菊岡誠二郎は安堵の息をもらした。

 

そしてこれ以上この場に残ることは良くないと会話から判断した菊岡は撤退を決め込むべくソファから立ち上がった。

 

「では僕はこれで……」

「まあ待ちたまえよ」

 

いつの間に近づかれたのか、がしっと肩を掴まれた菊岡は内心ひやりと汗をかく。

 

「じつはこの間、楓が連れてきた女の子のご家族とお会いしてね。いやいやあれは楽しいひとときだった」

 

ああだったこうだったと、その時のことからそうではない家族旅行のことまで話始めた樹に菊岡は確信してしまう。

 

このままではあと数時間、家族の仲睦まじい話を聞かされることになると。

 

「それでだな菊岡君」

 

そして関係ない人からすれば苦痛の時間が始まろうとしたその時。

 

「――――ん?」

 

樹の身に着けたスーツのポケットから携帯端末と思われる呼び出し音が鳴り始めた。

せっかくいいところで、と会話を中断されたことにむっとした樹だったが、表示される通話相手を見た途端に柔らかい表情になる。

 

「楓、どうかしたか?」

『もしもし父さん、今話す時間ってある?』

「ああいくらでもあるぞ! 今菊岡君とも楓のことを話していてな……」

 

いやないだろ。あんた警備会社の社長だろ!仕事しろよ! などという菊岡の心の声は決して届かない。いや届いたら一体どうなってしまうか。

若干身震いした菊岡はひとまず地獄の時間から逃げられそうだ、と樹の通話先にいる楓に内心感謝した。

 

『レクトの警備を担当していたのって父さんの会社だよね?』

「レクト? ああもちろんそうだが」

『ちょっと調べてもらいたいことがあって―――』

 

しかし感謝もつかの間、聞き捨てならない言葉を聞きとった菊岡の身体が固まる。

 

「ん? 今レクトって聞こえたような……」

 

菊岡誠二郎。この部屋にもうしばらく滞在することが決まった瞬間であった。

だが頭を抱える菊岡を置いて親子の会話は端末を通して進んでいく。

 

『須郷伸之って人がレクトに勤めているはずなんだけど、その人の出退勤のデータとかあるかな?』

 




須郷終了のお知らせ


次回でALO編完結です。
3年にもわたる長丁場でしたがついに……。

最後までよろしくお願いします!

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