ソードアート・オンライン~死変剣の双舞~   作:珈琲飲料

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ヒロインはユウキです。これだけははっきりと真実を伝えたかった。


32話 静と動

 

 枕元に置いた携帯端末が軽やかな音を立てる。

聴きなれた心地よいサウンドに意識の覚醒を促されること数分、ようやく布団から出ることを決意した俺はもぞもぞと動き始めた。

 

ぼんやりとした意識のまま自室から洗面所へ向かい、顔を洗い、そのまま身支度を整える。

向こうの世界ではまず必要のないこのルーチンワークも、今となっては懐かしさをあまり感じなくなっていた。

 

「それだけ馴染めてるってことだよな……」

 

“馴染む”というより“感覚が戻ってきている”という表現が正しいか。

 

玄関で靴を履きながらそんなことを脳内で考える。

するとポケットにしまった携帯端末から軽快な通知音が流れ、それを後押しするように端末が振動した。

 

チャットアプリが日進月歩で変貌しつつある現代社会。通話という連絡手段を使う機会はぐっと減ってきた。それでもこの機能が廃れない一番の理由は、“声の調子で相手の様子を知ることができる”というひどくシンプルなものだと俺は思っている。

 

そして俺には、そのことを実感する機会が最低一回は存在する。

 

「はいはいすぐに出ますよっと」

 

早く取れ、そう主張する左ポケットに手を突っ込んで端末を取り出した俺はそのまま画面をスライドさせた。

 

発信元は言うまでもなく――――

 

「はいもしも―――」

『おはよう楓! ちゃんと起きてる?』

 

端末先から聞こえる元気度100%の声にかき消された俺の声。

朝から元気な子だなぁ、と苦笑してそのまま返事をする。

 

「おう、おはよう木綿季。ちゃんと起きてるよ。今から駅に向かう所だけど」

『そっか。それならよかった!』

「むしろ木綿季のほうこそ大丈夫か? まさか今起きたとか……」

『…………………………そ、そんなことないよ?』

「うん、今起きたんだな」

 

こういった待ち合わせがあるとき、木綿季は起きてからすぐに俺へ連絡を入れるらしい。

以前にそんな話を聞いたことを思い出した俺は木綿季に聞こえないように小さく笑う。

 

「まあログアウトした時間が遅かったから仕方ないよ」

『うぅ……。ごめんね?』

「気にしなくていいよ。忘れ物がないように焦らずにな」

『うん! それじゃあまた』

「はいよ」

 

通話が切れたことを確認してから端末を再びポケットにしまう。

焦らずとは言ったが、今頃大急ぎで支度しているのだろう。怪我でもしなければいいが。

 

「…………心配だしやっぱり迎えに行くか」

 

家中を慌ただしく走り回る木綿季が容易に想像できる。

 

頭に描いていた行き先に経由地点を加えながら、俺は玄関のドアに手をかけた。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

エギルが経営している喫茶店兼バー<Dicey Cafe>は決して閑古鳥が鳴いているわけではない。夜になると店の雰囲気を気に入ったリピーターがこぞって来店し、それはそれは大繁盛しているそうな。

 

ただ俺たちが店に訪れる時間帯が悪いだけ、その一言に尽きる。

だから偏った一面しか見ることができない俺が“不景気”とか“店主の顔が怖すぎる”とかそんなことを言う資格はないのだ。

 

「……何か言いたそうな顔だな、カエデ」

「そ、そんなことないっすよー。いやだなーエギルさん」

「というか途中から声に出てたぞ?」

「え、まじで? いや冗談だから。エギルの奥さんすげーとか改めて称賛してただけだから。店主がラスボスとかそんなこと考えてないから」

 

首をぶんぶん振って弁明する俺を見てエギルはニヤリと口元をつり上げた。

 

「……なるほどな。よかったなユウキ、カエデが好きなもの頼んでいいってよ」

「ほんとっ? ありがと楓!」

「エギルのうそつき! 最初から声に出てなかっただろ!」

「ブラフにかかるお前が悪い」

 

とまあ冗談だ。そう言いながら再びニヤリと笑みを浮かべるエギル。

 

「でも何か注文してくれると店として嬉しいがな」

 

結局うまく乗せられた俺は二人分の飲み物と甘味を注文することになった。

そして数分後、並べられる皿を挟んで店主と会話を再開させる。

 

「それで進捗状況はどうだ?」

「それなら問題ないよ。世界樹がある麓の街に昨日到達した」

「今日のメンテナンスが明けたらすぐに潜るつもりだよ」

「ほう、予想より随分と早いな」

「向こうに詳しいプレイヤーが協力してくれたんだ」

 

リーファのこと、アルンに到着するまでの出来事をかいつまんで話す。

それから自分たちが思っていた以上に妖精の世界が殺伐としていたことを言うと、エギルは豪快に笑った。

 

「そりゃそうだろうよ。優劣や勝敗が決まるゲームなんてそれが常識だ。まあそれだけゲームを楽しんでるってことだな」

「にしては結構生々しいと思うけどな」

「あはは……でもいい人もたくさんいたよね」

「確かにな」

 

木綿季の言葉に首肯する。

 

「それにボクは……。世界樹に近づくにつれてアスナにも近づいている。そんな気がするんだ」

「また勘ってやつか?」

「うんっ!」

 

ちろりと舌を出してはにかむ木綿季。

 

「まあ木綿季の勘はよく当たるからな。それに俺も、今の行動は間違いじゃないって少なからず思ってるし」

「へぇ……。根拠があるんだな?」

「まあな」

 

そう言って俺は鞄からタブレットPCを取り出してあらかじめスクリーンショットをしていた画像を二人に見せた。

 

「これって……」

「ALOの運営HPだな?」

 

訝しげな表情をする木綿季とエギル。

 

「見せたいのはここだ」

 

画像をズームインしてからここだと示すようにタップする。

 

「開発に携わった技術者たちの名前か。運営の最高責任者は―――」

「あ――――! この人って」

 

エギルが読み上げるよりも先に木綿季の声が店内に響く。

 

「須郷伸之……。前にカエデが話していたやつか」

「知ったのは昨日ログアウトしてからだけどな。ユイからALOはSAOのサーバーデータをコピーしたものだって聞いたから気になって軽く調べてみたんだ」

「そしたらこいつにぶち当たったってわけか」

 

頷いて肯定する。

 

「ALOの運営は<レクト>でその運営の最高責任者が須郷ってことは……」

「偶然にしては出来過ぎてるな」

「ああ。もちろん取り越し苦労って可能性のほうがまだ大きいけどな」

 

興奮を抑えるように俺は小さく息を吐いた。

 

客観的に考えればこじつけもいいところだ。

だがユイから得た情報とエギルから送られてきた画像。そして何よりもあの日、須郷が俺たちに言い放った言葉が並べられた事実をあまりにも綺麗に繋げているように感じる。

 

「だからキリト抜きで今日は集まったんだな?」

「まだ断定するには材料が弱すぎる。ここでこの憶測を和人に話すとかえって逆効果になるだろうからな」

「和人、焦ってるもんね……」

 

昨日のキリトの様子を思い出したのか俯き加減になる木綿季。

そんな彼女の頭を撫でて大丈夫だと言ってやる。

 

「そのために俺たちがいるんだ。和人が焦っているならその分周りが冷静になってやればいい」

「うんっ」

「相変わらずだなお二人さん」

 

そう言って自分用に注いだコーヒーを口に含ませるエギル。

 

「まあ現状、世界樹の上へ行くには正規ルートを通るしかないわけだ」

「そのためにはグランドクエストをクリアする必要がある」

 

そして俺たちが最も懸念している問題について木綿季が開口する。

 

「でもボクたちだけでクリアできるかな?」

「そこなんだよな……」

 

沈黙が漂う。

数時間前に足を踏み入れることになった<ヨツンヘイム>がALO最高難度のフィールドであるとすれば、グランドクエストは未だ誰一人達成できていない最難関のクエスト。

現状クリア不可能とまで言わしめるその試練は、全種族中最も戦闘に長けたサラマンダーの精鋭部隊を以てしても超えることができないと聞く。

 

「シルフやケットシーが言葉通り協力してくれれば、可能性としては五分五分だと思う」

 

準備に間に合えばだけど、と付け加えて俺は頬杖をつく。

 

「協力してくれなかったら?」

「その時は俺たちだけでやるしかないな」

 

まあどちらにしても様子見を兼ねて一回目は俺たちだけで挑むことになるだろうけど。

 

「だけどそれだとクリアできる可能性は限りなく低い」

 

それに現実での制限時間も存在する。須郷が強引に進めている明日奈との結婚。その日を迎える前に勝負をつけなければ、仮にシルフとケットシーが快く支援してくれても俺たちの負けだ。

 

「シルフとケットシーを抜きに攻略かぁ……」

「ふむ……」

 

うーんと唸る木綿季と腕を組んで思案顔のエギル。

 

「まあ可能性を広げる方法がないこともないんだけど」

 

俺の言葉に反応して木綿季とエギルの視線が俺へ集中する。

 

「本当か?」

「むしろそれができるか確認するために今日は集まってもらったんだ」

「……分かった。話してくれ」

 

ハイリスクハイリターンの大博打。

グランドクエスト攻略のカギとなるその詳細を、俺はエギルと木綿季に伝えた。

 

 

 

―☆―☆―☆―

 

 

 

ALOにログインした俺は宿屋で借りた部屋から出て、その足で一階の広間へ向かった。

部屋の隅に設けられた談話スペースにはすでに一人、見知った顔が座り込んでいる。

 

「よお、随分と早いな」

「んっ……。カエデ」

 

メニューウインドウに落としていた碧眼をこちらに向けたハープが微笑む。

 

「やっほぉ。……三人、は?」

「もう少しすれば来ると思うよ」

 

向かいの椅子に座りながらハープの質問に答える。そして今度は俺のほうから気になっていたことをハープに聞いてみた。

 

「そういえばハープはこの街に一回来たことがあるって言ってたな?」

「うん。少し……前」

「何をしに?」

「攻略」

 

即答するハープ。やはりサラマンダーのグランドクエスト攻略部隊に参加していたか。

予想していた答えが返ってきたことに内心で満足した俺はそのまま追加で質問する。

 

「そのときのクエスト内容とか覚えてたりする?」

「うん」

 

こくりと頷いたあとに一呼吸置いたハープはぼそりと言った。

 

「つまらなかった」

 

苦虫を噛み潰したような顔でばっさりと言い切る。

グランドクエストが? 難しいとか厳しいとかなら分かるが、つまらないとはどういうことだ? 瞬間的に生まれる疑問。そしてそれを即座に氷解させるようにさらにハープは続ける。

 

「出てくる敵、一種。強さも、大したことない」

「なら楽勝じゃないのか?」

「そう。私たちも……そう、思った。でも、数だけは……多い。あれは異常」

 

はふぅとため息をつくハープ。

曰く、出現する敵は人型のガーディアンのみで、強さはサラマンダーの精鋭なら難なく撃破できるとのこと。

 

ただし問題はそこではなかった。

出現する数が異常に多いのである。最初はプレイヤー一人に対してガーディアンが一体けしかけられ、倒されると次は二体、その次は四体と出現数を二の冪で増やしていくらしい。

さらに世界樹内部で行われるこのクエストは、上へ昇れば昇るほどにガーディアンの出現がこれまでの戦闘とは別で開始され、数の暴力でプレイヤーたちを撃滅する。

 

ハープから聞いたクエスト内容をまとめるとこんな感じであった。

 

「それは確かにふざけてるな」

「ほんと……つまら、ない」

 

ハープが言うにはサラマンダーの部隊は数十分持ちこたえたが、戦線を維持できずに撤退したようだ。種族としての損失も大きくなり、運営にも掛け合ったが返ってくる返事は“仕様”の一点張り。

 

そこでプレイヤーの間では何か難易度を下げるギミッククエストが存在するのではないか。ある一定以上の装備で挑まないと攻略不能の設定になっているのではないかと様々な噂が独り歩きしているらしい。

 

「まるでクリアさせるつもりがないと言ってるようなものだな」

「うん。あと、もう一つ……。何か、の秘匿」

「秘匿? どういうことだ?」

 

意味深長な単語がハープの口から発せられ、俺は目を細めた。

 

「世界樹の、上……何か研究が行われて、プレイヤーに到達されると……問題、みたい」

 

ALO攻略サイトの掲示板に書き込まれていたその情報は、書き込みの数分後にすぐに削除されたらしい。そのあまりにも突拍子のない考察に多くのプレイヤーは気にも留めなかったみたいだが、一部の物好きなプレイヤーの中では有力な説として浸透しているとハープは話す。

 

「こりゃいよいよきな臭くなってきたな……」

「なに、が?」

「あ、いや。……こっちの話だよ」

 

悟られないように努めて柔らかい表情をハープに向ける。

 

今の話が事実ならグランドクエスト攻略はもはや絶望的だ。

シルフとケットシーの協力だけでは五分五分にさえ持っていけないかもしれない。だがそれだとキリトも俺もユウキもあの男に負けたことになる。そして俺たちのSAO事件は永遠に終わりを迎えられなくなってしまう。

 

「…………」

「カエデ?」

 

どうするべきだ? もう一度エギルと連絡をとって計画を練り直す? いやそれだとキリトに気付かれる。サクヤとアリシャに改めて会って協力してくれることを頼むか?

……会える可能性が低い上に何より根回しをする時間が圧倒的に足りない。

 

「カエ、デっ!」

「っ!?」

 

八方塞がりとなり、深い思考に囚われかけていた俺に強い声がかけられる。もちろんハープだ。

 

「……ハープがそんな大きな声を出せるとは思わなかった」

 

作った笑みを顔に張り付けた俺をハープはまっすぐその碧眼で射抜く。

これまでの付き合いからおっとりした子だと思っていたが、こんな強い表情もするのか。

そんなことを考えているとハープが口を開く。

 

「カエデたちのこと……まだ、よく……わからない」

「……そうだな」

 

出会ってまだ数時間なのだ。そんな短時間で分かり合えるほど単純なものではない

 

「でも……。ヨツンヘイムでの……カエデたちの、言葉……嬉しかった」

「あのときはちょっと熱くなっただけだよ」

 

ごまかす俺にハープは、んっと首を振って否定する。

 

「お互い、心から……信頼、してる。私のこと……受け入れて、くれた。そんな、カエデのこと……みんなのこと、私は……好き、だよ?」

「…………」

 

これはゲームだ。

ハープがどんなプレイヤーでどんなことを考えているのか、まだはっきりと分からない。

口では何とでも言える。

しかし俺はこのとき、なぜか確信していた。この言葉に嘘偽りはないと。

 

「そうだよな。たしかに簡単なことだった」

 

こみ上げてくる笑いを抑えきれず、思わず吹き出してしまう。

 

気がつけば先ほどの焦燥感はなくなっていた。

にっと温和な笑みを浮かべるハープを見て、彼女の言葉が、仲間を案じる熱い想いが、じんわりと優しく胸に染み込んでくる。

 

「ハープ」

 

作り笑いから転じて自身の頬が緩んでいるのを感じながら、俺はハープの目を見た。

 

「なに?」

「君に頼みたいことがある」

「んっ、おっけい」

 

内容も聞かずに快諾してくれたサラマンダーの少女に俺はある計画を持ちかけた。

 

運営に――――この世界に一泡吹かせるための一手を。

 

 

 




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