それでは第29話です!どうぞ!
「っ!」
「はぁっ!」
ガン、ガァン!と剣のぶつかる音が立て続けに響く。下段から上段、薙ぎ払いと隙間なく全方位から襲ってくる剣戟を、俺はパリィで確実に回避し続ける。一般的に見れば押されているのは俺だろう。実際に反撃に出ていないのがいい証拠だ。
「……いつまで、そうしているつもり?」
何度目になったか分からない鍔迫り合いが始まり、ぎりぎりと音を立てる。相手の剣に飲み込まれないように力を込める俺を見ながら、ハープはどこか不満そうに言葉を漏らした。
「いやぁ、けっこう全力で戦ってるんだけど」
うそぶく俺を見てさらに不満を募らせたのか、徐々に力が増していく。
「冗談は……いいっ!」
「うぉっ!?」
またこれだ。プレイヤースキルは互角のはずなのに鍔迫り合いになると確実に押し負けてしまう。それも一定の力で押し負けるのではなく、剣を打ち付けあうたびにその力が大きくなっているように感じる。
SAO時代から引き継いだ俺のデータは筋力寄りでなかったにしろ、それなりの力があったはず。それがこうも短時間に突破されるなんて……
「もしかしてその武器が怪力の正体だったりするのかな?」
地面を蹴って大きく距離を取りながら、俺はハープへ冗談交じりに話しかける。
「……どうして、わかったの?」
「え、まじで?」
驚愕に染まるハープの表情を見て思わず素の言葉が口から出てくる。ほとんど冗談のブラフだったのに当たっていたとは。しかし良いことが聞けた。
「<ユニークアイテム>って言うんだっけ?そういうエクストラ効果が付いているやつは」
武器などに限らず、基本的にサーバーに一つしか存在しないアイテムの総称をユニークアイテムと呼ぶ。そのなかでも武器には唯一無二の強力な効果が設定されており、それ一本で他のプレイヤーを圧倒できるほどの強さを備えている。
「さっきから俺が押し負けているところを考えると……エクストラ効果は筋力上昇ってところかな?」
それでも少々足りない気がするが当たらずとも遠からず、というところだったのか。観念したようにハープは口を開いた。
「<神刀アメノタヂカラ>……それがこの武器の、名前」
「名前からして凄そうな武器だな」
お互いに剣を構えたまま会話を続ける。神刀というからにはおそらく神仏関係のものが由来しているはず。それにアメノタヂカラ……
「……<天手力男神>。天岩戸を動かして<天照大御神>を洞窟から連れ出した力の神様だっけ?」
おぼろげな記憶を頼りに武器についての考察を話すとわずかにハープは頷いた。
「……手に持つ時間が長いほど、所持者の筋力値を……上げ続ける」
「それ、結構なチート武器だ―――なっ!?」
俺が言葉を返すよりも先にハープが突風のように踏み込んでくる。剣で受けることを一瞬考えたが、今の段階で目の前の少女の筋力は計り知れないものになっているはず。再び鍔迫り合いに持ち込まれることを嫌った俺は飛んでくる刺突を左に避けることで回避する。
「もちろん、上限は……ある、けど」
「そういうのは会話の中で全部話そうぜ……」
「……でも、初めて」
スルーですか……まあいいけど。小さくため息をつく俺を綺麗に受け流して、ハープは熱っぽい視線を向けたまま続けた。
「武器の効果……初見で見破られるの。他の人は、気付く前に、みんな消える……」
「物騒だなおい」
とんでもないことをのたまう目の前の少女を見て、一瞬寒気がする。無表情から儚げな笑みを浮かべるとハープは先ほどまでとは違う構えをとった。
「これで、終わらせる……。楽し、かった……?」
よほど自信があるのか俺に対して一方的に終わりを告げるハープ。そんな彼女に、俺は不敵に笑い返した。
「そうだな、結構楽しかったよ。機会があればまた一緒に戦いたい……」
だけど悪いな。
「この勝負、勝つのは俺だ。そのユニークウエポンの攻略法もたった今見つけた」
右手の剣を鞘に戻してハープと向かい合うと俺はさらに笑みを強める。それも勝ち誇ったように、嫌味たっぷりに。
「……また、冗談?」
眉をひそめる少女。しかしすぐにもとの表情に戻ると静かに反論してくる。
「この武器の、力は絶対……。破られるはず、ない」
「冗談かどうかはこの一撃で決まる。もし絶対なら、俺を倒せるんだよな?」
「むっ……」
ぷくっと頬を膨らませてこちらを睨んでくるハープ。不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
俺は左手の剣を前に突きだして、技が飛んでくるタイミングを見極める。ハープもまた技を繰り出す最高の機会を狙っているのか腰を落としたまま静止した。
その沈黙はしばらく続く。高原の上をゆったり流れていく雲がちょうど俺たちの真上を通過し、あたりが少しだけ暗くなる。そして徐々に差し込んでくる無数の光の柱。
その一つがちょうど俺たちの剣にぶつかり、まばゆく反射した、その瞬間。
「っ!」
ハープが何の予備動作もなく動いた。びぃん!と翅の加速を受けて風切音が鳴る。まるで音と一体になって移動しているのではないか。そう思うほどに高速で向かってくる。そして突っ込んでくるタイミングに一刹那も遅れることなく俺も動き出した。
両者の丁度、中間地点に差し掛かった辺りで最後の攻防は始まった。
「んっ!」
「ぐっ!」
宙に弧を描き襲い掛かってくる剣戟を、最小限の動きですべて受け流す。まともに力勝負をしてもこちらが不利になるだけ。今は攻撃を耐え凌ぐんだ。そう自分に言い聞かせて襲ってくる剣を必死に捌く。
高速の打ち合いはすべてハープの右手の剣から行われ、俺が左手の剣で受け切るという形だった。左に装備された神刀に構っている余裕は今はない。
「くっそぉ!」
右の攻防に意識を注いでいる俺を見ながら、ハープが勝利を確信して笑みを浮かべたのが分かった。
「……これで、終わりっ!」
動き出す左腕、意識から逸らすように使っていなかった神刀が俺のほうを向き。
「っ!」
神速の突きが深々と俺に突き刺さった――――――
―――――俺の右手に。
「なに、をっ!?」
手のひらに深く刺さった神刀を見て、ハープが驚愕する。俺が左の攻撃を読んでいたこと、空いた右手を使って刺突を受けたこと、おそらく両方に驚いているのだろう。
「<なんちゃって白刃取り>ってやつだ。とにかく捕まえたっ!」
ハープの驚愕が冷めぬうちに、俺は左手の剣で彼女の握るもう一つの短剣を大きく弾く。そして勢いのまま俺の手に刺さった神刀――――それを持つ左手に向けて俺は斬撃を放った。
「っ!?」
ハープの表情がさらに変わったのがはっきり分かる。当然だ。今繰り出したのはただの斬撃ではない。俺があの世界でずっと撃ち続けた―――ソードスキルなのだから。
短剣ソードスキルにカテゴライズされる高命中二連撃技<クロス・エッジ>。
もちろんこの世界にソードスキルは存在しない。今やっているのもただの真似事だ。しかしシステムアシストを使わずとも何百何千と撃ってきた剣技たち。身体に染みついた剣技を素で放つなんて造作もないことだ。
「くっ!?」
そしてそれをバックステップでギリギリ躱したハープはおそらく自分の行動を後悔しただろう。そもそもこのソードスキルで倒そうなんて考えていない。俺の本命は別のところにあった。
本能が感じる危機的状況。そういう状態に陥ったとき、人がとる行動は限られている。
一つは積み上げてきた経験を活かして冷静に対処する者。しかしこの行動をとれる人間は殊の外少ない。なぜなら本当の意味での危機的状況を体験した人間が極わずかだから。ならば多くの人間はもう一つの行動をとることになる。
――――本能が感じたのだから判断を本能に任せる。反射的行動に頼る。
冷静に考えれば神刀の効果で上昇した筋力値に物をいわせて、俺から剣を引き抜くのが最良の選択だっただろう。しかしハープは本能に頼ってしまった。
手が切り落とされることを予想して、反射的に手を離して回避するという本能に。
「しまっ、た!?」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるハープ。その左手には当然何も握られてない。
「手に持つ時間が長いほど
右手に刺さった神刀を引き抜いて身体の違和感を取り除くと、空いた右手でそれを持ち直す。そしてハープが見せた最大の隙を逃さぬため、俺は地面を蹴った。
「っ!?」
僅かに遅れてハープが反応するがもう遅い。ハープの懐深くまで踏み込んだ俺は、今度は二刀で一番慣れ親しんだあの技を放つ。
「はあぁぁっ!!」
「ぐぅ……!」
右薙ぎ、逆袈裟、右斬り上げ……。バラバラに放ったように見える剣筋ははっきりと五芒星を描き、ハープの身体に斬撃を刻んでいく。
<死変剣>水平五連撃ソードスキル<デュアル・ペンタグラム>。俺がシステムアシストなしで放てるソードスキルの中で最も得意とする剣技だ。
「はぁ……はぁ……」
<デュアル・ペンタグラム>もまともに受けて、大きく怯むハープ。HPバーは全損していないがその量は大きく後退しており、あと一振り剣を払えば、というところにまで落ちこんでいた。
そんな彼女の首筋に神刀を突きつけて、俺は静かに告げる。
「俺の勝ちでいいかな?」
「はぁ……はぁ。……どうして……止め、刺さないの?」
息切れをしながら、なぜと心底不思議そうに首を傾げるハープ。その様子を見て、バツが悪くなった俺は苦笑した。
「もう決着はついたし。……それに女の子に止めを刺せるほど精神強くないから」
おどけるように肩をすくめてそう答える。そんな俺を見てハープは口を尖らせた。
「それは、少し甘過ぎる。………………ほんの少し、だけ」
最後の一言を小声で付け足すとハープは静かに微笑んだ。その笑顔につられて俺も笑い返す。
「ははっ、だろうな。俺もそう思うよ」
「私の、完敗。……参りました」
降参を宣言したハープを確認して剣を下ろすと、俺は続けざまに拳を前に突きだした。
「また戦おう。次は友達としてさ」
俺の突き出した拳にハープの小さな拳が近づいてくる。そしてこつんと拳を打ち付ける小さな音が鳴ると、それが戦いの終わりを告げた。
29話、お読みくださってありがとうございます!いかがだったでしょうか?
こんなに長い戦闘描写書くなんて今までなかったので……まあ内容はお察しです。
しかも会談が終わっていないという(笑)
ハープのことですが独特な口調だな、そう思った方もおられるかと。
作成時のイメージは<ノーゲーム・ノーライフ>に出てくる白ちゃんです。髪は銀髪なので知っている方はイメージしやすいかと思います。
ただし今後の話にハープを絡ませるか分からないです。すごく悩んでいるんですよね……。
ご意見ご感想いつでもお待ちしております!それでは次回、またお会いしましょう!