1話 レアアイテムは自慢したくなる
「カエデ!スイッチ行くよ!」
「了解!」
俺の名前を呼んだ声の主は合図とともにソードスキルを放った。
剣先は相手が装備している盾によって阻まれ、ダメージを与えることはできなかったがこれは計算のうちだ。ガードしたことによって敵は大きくのけぞり、硬直する。作り出したブレイクポイントを利用して俺はすかさず相手とパートナーの間に飛び込んだ。〈スイッチ〉と呼ばれる仲間との連携技だ。
「はぁ!」
水色のライトエフェクトをまとった刃が宙を舞い、眼前にいる骸骨剣士の体に炸裂する。
剣戟は1回だけにとどまらず2回、3回と連続していき5回を過ぎたところで剣は輝きを失った。高命中重攻撃技〈インフィニット〉。剣をまとうライトエフェクトが薄れていくのと同時に骸骨剣士を構成していたポリゴンが音とともに爆散した。
「やっと終わったかー」
左手に持った短剣を腰の鞘に収めて安堵の息とともに言葉をはく。戦闘なんて何度もこなしているので今更こんなことを言うのもどうかと思うが、それでも戦いに勝利し、今日も生き残れたという喜びは大きい。
「お疲れ。ユウキ」
戦闘が終了して俺は近くで一息ついていたパートナーに近づきながら労いの言葉をかける。
「うん!カエデもお疲れ!」
ついさっきまで命のやり取りをしていたにも関わらずそんなことなど一切感じさせない笑顔でユウキは俺の言葉にこたえた。
「今日はどうする?もうちょっと先に進む?」
笑顔のまま聞いてくるあたりもうちょっと先に進んでおきたったのだろう。それも悪くないが現在の時刻を見る限りこれ以上先へ行くと迷宮区を出て街へ向かうころにはおそらく夜になるだろう。そうなってくると面倒なので
「いや、遅くなるから今日はやめて明日また来よう。」
「あっ、ほんとうだ。もういい時間だね。」
夜になると好戦的なモンスターが多数出現する。そいつらに邪魔をされてしまうと遅い帰りがさらに遅くなってしまう。そんな俺の考えにたどり着いたのか以外にあっさり賛成してくれた。
「よし、じゃあ帰るか。俺はドロップした素材を売りに行くけどくるか?」
「エギルさんの店だよね。カエデが行くならボクもいこうかな」
そんな会話をしながら俺たちは74層の迷宮区をあとにした。
転移門のある街まで行き、そこから50層の主街区まで転移をする。
この転移と呼ばれる移動方法は転移門を使うほかに転移結晶というクリスタルを使う方法がある。どちらも使い方は簡単でクリスタルのほうは手に持った状態で、門のほうは近づいて転移したい町の名前を言えばいい。
「転移!アルゲード!」
こんな感じに場所を指定すると全身が青い光に包まれて光が消え去ったころにはもう転移が完了している。
「ね?簡単でしょ?」
「カエデ、なにが簡単なの?」
いかんいかん、つい言葉に出していたみたいだ。気を付けないと。
「なんでもない。独り言だよ。」
「ふーん。まあいっか」
うん。あまり気にしてない様子でよかった。
アルゲードと呼ばれる50層の主街区は一言でいえば乱雑な街だ。
鍛冶屋が金属を打つ金槌の音や客を寄せようと大きな声で売り込みをするNPCの店主。
どこに続いているのかも分からない細い路地がいたるところにあり、怪しげなショップが連ねている。もちろん住んでいるプレイヤーたちも癖のある連中ばかりでスラムという言葉がよく似合いそうな場所だ。
「いつ来てもここはにぎやかだよな」
「うん!お祭り気分で楽しいよね!」
ユウキがニコニコしながら周りを見渡している。そんな様子を見ていると攻略で溜まった疲れが吹き飛んでいくような気がするから不思議だ。
「カエデ、どうかした?」
俺の視線を感じとってか、さっきまであたりを見渡していたその眼は俺のほうに向いていた。首をかしげて聞いてくるそのしぐさもあってじつに絵になる状態だ。
「いや、可愛らしいなって」
「!?」
思ったことをそのまま言っただけなのだがなんだかユウキの様子がおかしい。顔がみるみる赤くなっていき表情を見せまいと下を向いてモジモジしている。
「どうしたんだユウキ?」
「な、なんでもないよ!そ、それよりも早く行こ!」
ほんとうに大丈夫なのか分からないけど本人もああ言ってるし大丈夫か。そう自分の中で締めくくると顔がまだ少し赤いユウキに手を引っ張られてエギルの店に向かう。
「カエデはボクのことどう思ってるのかな……」
つぶやきは誰にも聞かれることなくアルゲードのにぎやかな喧噪にかき消されていった。
広場から西に進み、多くの人とすれ違いながら数分歩くとエギルの店はあった。
店内には武器から道具などが所狭しに並べられていて、決して広くないその部屋をさらに圧迫していた。ドアを開けて店の中に入ろうとすると俺のよく知る人物と店主であるエギルが何やら話をしていた。
「キリト、おめぇ金には困ってねぇんだろ?自分で食おうとは思わんのか?」
「思ったさ。ただ料理スキルがなぁ……」
話を聞く限り、何かのレアアイテムを手に入れたのだろう。詳細が気になったのできいてみることにした。
「おっすキリト、エギル。なんかあったのか?」
「よぉ、カエデか。実はキリトがな―――」
「カエデ、見ろよこのアイテムを!」
エギルが言い切る前にキリトが自信満々の表情で俺にアイテムウインドウを見せてくる。
〈ラグーラビットの肉〉か。S級アイテムで味覚レベルが美味に設定されている食材だ。
大方、今日の攻略の帰りに偶然入手したのだろう。普通なら俺も羨ましがるところだが今日は違う。理由は簡単で
「あーそれか。確かにけっこう美味かったぞ。」
以前に食べたことがあるからだ。実際にドロップして入手したわけではなく隠しクエストの追加報酬として手に入れたもので最初にストレージを見たときは驚いたものだ。
「なんだ……と」
自慢するはずがすでに実食済みであることを告げられてキリトは言葉を失くす。
別にそんなに落ち込むことじゃないだろ。
「でも誰が調理したんだ?確かお前、料理スキル上げてないだろ?」
当然の質問だ。確かに俺にはあれを調理するだけのスキルは持ち合わせていない。でも今の俺にはそれを解決する相棒がいるわけだから
「ああそれは「ボクがしたんだよ!」……。」
俺が言うのより先にユウキがキリトの疑問に答える。こう見えてユウキは料理スキルを完全習得している。よってS級の食材でも扱うことができたわけだ。人は見かけによらないとはまさにこのこと。
「今、カエデ失礼なこと考えてなかった?」
……こいつは人の心を読むスキルでも持っているのだろうか。ジト目で俺を睨みつけながら聞いてくる。しかしそんな表情も可愛いもので見ていてほっこりする
。
「ユウキが料理スキル高いなんて知らなかったな。じゃあお願いできるか?」
ずれかけていた会話をキリトが戻してユウキに食材の調理を依頼する。
「うーん。してもいいけど別の人に頼んだほうがいいんじゃないかな?」
別の人?料理スキルをマスターしているやつなんてそうそういない。ましてや攻略組のソロプレイヤーであるキリトにそんな知り合いなどいるのだろうか?
「キリト君」
そんなことを考えたのも束の間。答えはキリトを呼ぶその声でわかった。
なるほど。ユウキも気が利くな。
「じゃあ邪魔するのも悪いしそろそろ帰るか。素材の売却にはまた今度来よう」
「うん!」
せっかくのいい雰囲気を壊さないように俺とユウキはエギルの店を出る。
「よかったじゃんアスナ。がんばってね?」
「ありがとユウキ。そういえばそっちはどう?」
「うーん。いろいろやってるんだけどまだまだ難しいかな……」
「そう…お互い大変ね…」
「うん…まあ頑張っていこうよ…」
店を出る際に小声でユウキとアスナがなにかを話していたような気がする。あいにく聞き耳スキルは取得していないので話の内容は聞き取れなかった。
「アスナと何を話してたんだ?」
「い、いや大したことない話だよ」
濁された。気になるな。
「そんなことよりも今日はなにか食べたいものある?」
明らかに話を変えられてしまったが笑顔で夕食のリクエストを聞かれて話に乗ってしまう俺はまだまだ甘いのだろう。
「うーん。今日はあっさりしたものがいいな」
「オッケー!楽しみにしててね!」
夕焼けが暗さを増していくアルゲードの街の中、楽しそうに話をしている男女の声が響く。その声は、どこまでも明るくどこまでも遠く、夕闇に溶けていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます
初投稿で至らぬところもあると思いますが生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
投稿ペースに関しては1~2週間に1話投稿できたらなと考えています。
勢いで書いてしまった感じが否めませんが次回も見ていただけるとうれしいです。
ご意見・ご感想お待ちしております。