Fate/Zure   作:黒山羊

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野暮用があったせいで遅れました。それに伴い今日は少し分量が少ないです。


007:Knight became a warrior.

「あははっ! たかーい!」

「ははは、あんまりはしゃぐと落っこちるぞ、イリヤ」

「大丈夫! キリツグの髪の毛掴んでるから!」

「……僕はまだ禿げたくないなぁ」

「なら落とさないようにすればいいのよ! さあ、しゅっぱーつ!」

 

 白銀の少女を肩車し、雪の中を駆ける衛宮切嗣。魔術師殺しと恐れられる男も、愛娘の前では一人の父としての素顔を見せる。優しげに笑うその姿は、彼の本性が善性のものである事を示していた。切嗣が駆けまわるたびに彼に乗るイリヤスフィールは歓声を上げ、輝くような笑顔を見せる。

 

 

【007:Knight became a warrior.】

 

 

 そんな親子の戯れを、城の窓から見守る橙の眼差しがあった。

 

 窓辺に佇むその青年は、輝く様な美貌に優しげな笑みをたたえ、静かに切嗣とその娘を見つめている。身体に吸いつくように設えられた独特の装束と、革製の腰巻。鈍く光る鋼の肩当てと小手、戦闘用ブーツといった最低限の防御以外をさっぱりと捨てたその格好は、彼の戦闘スタイルが俊敏さに重きを置いた物だと主張していた。そんな彼に背後からアイリスフィールが声をかける。

 

「何を見ているの、セイバー?」

「……主とご息女が戯れておられたので、つい」

「あら、もしかして意外だった? 切嗣は割とむすっとしてるものね」

「いえ、そう言う訳では。ただ、少し、懐かしく思ったまでです、アイリ様。……俺も幼いころは養父にああして遊んでもらいました」

「……貴方が?」

「はい。エリンにも良く雪が降りますから。……確か、現代ではアイルランドと呼ばれているのでしたか」

 

 そう懐かしげに語るセイバーに、アイリスフィールは安心したように微笑んだ。

 

「よかった。切嗣を嫌わないでくれて」

「……はて? 何故そう思われたのですか、アイリ様?」

「だって、あの時切嗣は貴方に酷いことを言ったもの」

 

 アイリスフィールはそう言って、不安そうな顔をセイバーに向ける。彼女が気に病んでいたのは、セイバーが召喚された直後に行われた『作戦会議』についてだった。

 

 

* * * * * *

 

 

「俺に聖杯に掛ける願いはありません。――――強いて言うなら今生の主に忠を尽くし、騎士としての名誉を全うする。それが俺の願いです」

 

 召喚から暫く後、アインツベルンの冬の城にある切嗣の私室において行われた作戦会議。サーヴァントとマスターの認識をすり合わせる目的で行われたその会議で、聖杯に掛ける願いは何かと切嗣に問われたセイバーは、迷うことなくそう述べた。その回答に切嗣はその眉間に皺を寄せ、大きく溜息を吐く。――――英霊は聖杯から最低限の現代知識を与えられて現界する。だが、その『最低限の知識』という点に引っかかった切嗣は、こうしてサーヴァントと自身の知識に差異が無いかを確認する事にしたのである。そして案の定、一発目から大きな齟齬が発生した。

 それを正すべく、切嗣は口を開く。――――齟齬を修正するのなら、早いに越した事は無いのだ。それが、サーヴァントの誇りを踏みにじる事であっても。

 

「セイバー。その願いは叶わない」

 

 その明確な否定の言葉に、セイバーは暫し面食らった後に、切嗣に問う。

 

「……では主に、俺の忠誠を受けとってはいただけないのですか?」

「そうじゃない。僕にはセイバーの協力が必要不可欠だ」

「でしたら……」

「だが、問題なのはそこじゃない。……騎士の誉れなんてものは、もうとっくに無いんだ」

「なっ――――!? 主、それは一体どういう?」

 

 困惑するセイバーに、切嗣は静かな、しかし微かに怒りのこもった声で説明する。

 

「もう、世の中は騎士が誇りを駆けて戦う時代じゃない。――――今の世の中じゃ、戦争は地獄なんだよ。卑劣と罵られようが、後ろ指を指されようが、お構いなしにとにかく敵を殺すだけ。罪のない人々ごと街を消し飛ばしたり、森に毒を振りまいたりするのが、今の戦争なんだ。――――だから、セイバー。君の願いは、叶わない。嘘だと思うなら、此処にパソコンがあるから、ネットで好きに調べてみると良い。長崎と広島の原爆、ベトナム戦争の枯れ葉剤。どれもこれも、今の戦争が生み出した地獄だ」

 

 そう吐き捨てた切嗣は、心底不快そうな顔でインターネットの情報を引きずり出し、セイバーの前に見せつける。それを見たセイバーは、暫しその情報を読み込んで、ガクリと項垂れる様に席にへたり込んだ。しかし、切嗣は追い打ちをかける様に淡々とした声で真実を告げる。

 

「聖杯戦争は、表向き七人の魔術師による決闘だとされている。だが、その正体は結局のところ戦争なんだ。――――それを理解できないものは、この戦争を生き残れない。」

 

 切嗣の言葉に、セイバーはただただ俯いて瞑目する。

 

 その姿を、アイリは見ている事しかできなかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 そんな事があった以上、セイバーは切嗣を恨んでもおかしくない筈なのである。何しろ自分自身の願いを否定され、それが叶わないと見せつけられたのだ。にも拘らずセイバーは、そんな事は無いと言いきった。

 

「――――俺は主に感謝しています。あのまま戦っていれば、俺はまた道を誤っていたでしょう。……そもそも俺の願いは『もし再び生を受ければ、今度こそ忠誠に殉じたい』というただ一つ。主が騎士道を厭うならば、俺は騎士ではなく戦士として主に仕えるまでです。敵を背後から討てと言われれば討ちましょう。人質を取れと言われれば取りましょう。――――今生こそ、俺は主に忠節を捧げたいと願ったのですから」

 

 覚悟を決めた表情に迷いはない。セイバークラスの英霊、ディルムッド・オディナ。フィオナ騎士団の騎士だった頃の彼は既に死に、今ここにいる彼は衛宮切嗣に従うただ一騎のサーヴァントと成ったのである。

 

 その決意を前に、アイリスフィールは安心したように瞑目すると、ぽつりとつぶやくように言った。

 

「ねぇセイバー。切嗣は、本当は優しい人なの。……ただ、彼は、優し過ぎるからこそ、世界の残酷さを許せなかった。だからこそ、それに立ち向かう冷酷さを手に入れなくてはならなかったの。――――お願い。あの人の願いを叶えてあげて。恒久的世界平和。人類には不可能なそれを叶える為に、きっと切嗣はどんな手でも使うと思う。それこそ、悪魔の様な手段を取るかもしれない。それでも、それでもあの人の味方でいてあげて欲しいの」

 

 そう懇願するアイリスフィール。その思いに答える様に、セイバーはアイリの前に跪いた。騎士道を捨てた彼に出来る最大限の服従の証。窓から差し込む陽光が、その姿を絵画のように引き立てる。

 

 

 

「このディルムッド・オディナ、我がゲッシュに従い、その命を必ず果たして御覧に入れましょう」

 

 『貴婦人からの願いを断らない』。自らのその誓いを引き合いに出した以上、その約束が違われる事は無い。

 

 翡翠色の剣士は、更に決意を強め、窓の外に目を向ける。

 

 そこにはまだ、笑顔ではしゃぐイリヤスフィールと、切嗣の姿があった。

 


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