Fate/Zure   作:黒山羊

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005:Summons of the Servants.

――――結論から言うと、個人、或いは人類としての間桐雁夜は既に死亡している。

 

 髪は白くなり、血の気の失せた肌には黒い静脈が浮かんだ醜悪なものに変化した。初見で彼がゾンビの類でないと見抜くのはほぼ不可能、と言ってしまえる程にその姿には生気が無い。しかし、その瞳だけはどろりとした執念を宿して仄暗い炎を宿している。

 

『呵々、お主の肉体も存外しぶといの?』

「俺に、死なれたら……困るのはテメェだろ、クソジジイ。……俺を苗床にしたんだからな」

『お主の計画に少々儂が手を加えてやった結果じゃろう? 本来死ぬはずであったお主を生かしてやるのじゃから、感謝せい』

「……きゃーおじーさまやさしー。かりやかんげきー」

『――――お主のひねくれ方は可愛げがないのぅ』

「……アンタに、似たからな」

 

 かすれた声でそんな会話を行う雁夜の肉体は、既に九割九分九厘が人間のそれではない。アインツベルンのホムンクルスをベースにした刻印虫を大量に植え付けられ、皮膚や毛髪以外は、全てが蟲に置換されているのである。既に雁夜の肉体には脳や心臓すら存在しないにも拘らず、雁夜が意識を保てている理由はただ一つ。

 

――――雁夜の意識は、臓硯の手により一匹の『脳蟲』に移植されているのだ。

 

 最早人間ですらない蟲の塊と化した雁夜。その肉体は現在、『雁夜』と『臓硯』の二匹が同居する、奇妙な生物になっている。雁夜は自身が蟲となってから知った事なのだが、臓硯はとうの昔に自身を蟲に改造していた様なのだ。それによって、一つの肉体に二人の意識がタンデムする事が可能になっている訳だ。肉体を操縦するには意識が二つあるというのは寧ろ欠点であるのだが、その問題は『臓硯は基本的には身体を操縦しない』という取り決めによって解決されている。

 

 しかし、これだけでは単に雁夜が二重人格まがいになっただけであり、臓硯にも雁夜にもまるで利益が無い。主観的にも客観的にも不便極まるだけである。

 

 にも拘らず、二人三脚じみた曲芸を二人が選択したのは、雁夜のアイデアをもとに臓硯が計画した大仕掛けの為に他ならない

 

 仕込みは上々。雁夜の手には令呪が宿り、念願の聖遺物も入手できた。

 

 ――――――そして今宵、間桐は過去最強のサーヴァントを召喚する事で、その計画を完遂する。

 

 

【005:Summons of the Servants.】

 

 

 間桐邸の本体とも言える地下工房、蟲蔵。平時であれば無数の虫が蠢き、這いずり、繁殖しているその場所は、今日に限って完全な静寂で満ちていた。

 

 その中で、間桐雁夜は脳裏に響く臓硯の指示通りに黙々と魔法陣を制作している。当然ながら時期的に彼が描いているのはサーヴァント召喚用の魔法陣の筈なのだが、その規模は蟲蔵の床全面を利用した大規模なもの。サーヴァントシステムの生みの親である間桐臓硯が頭脳を総動員して設計したそれは、サーヴァントの性能強化と言うよりは、召喚時にある特性を付与する事に重きを置いている。

 

 『狂化』。バーサーカークラスを指定する事によって付与されるそのスキルを強制的に刻み込む為の魔法陣は、雁夜の手によって既に最後の調整段階に入っている。陣の構成素材はこの日の為に英国コーンウォール州ドズマリー・プールから取り寄せた湖水に魔術的処理を加え、それを元に作ったインク。水の魔術属性を持つ間桐との相性は良好であり、魔力の伝導に問題は無い。召喚に使用する魔力も大量の肉――雁夜の意向により人肉ではなく豚肉――をたらふく食った事で充足しており、後は雁夜と臓硯の魔力が最も高まる深夜を待つばかり。やるべき事をなし終え、ふう、と一息吐いた雁夜は、蟲蔵の階段に腰掛け、魔力を静かに練り上げ始めた。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻。冬木市深山町のとある雑木林において、ウェイバー・ベルベットは鶏の血で刻んだ魔法陣を前に、最後の仕上げに取り掛かっていた。

 

 新都にあるホームセンターで購入したパイプ椅子を魔法陣の脇に設置し、その上に慎重に蛇の抜け殻の化石を安置する。

 未だにウェイバーはこれが何の英霊の聖遺物かを判別できずに居たが、ヘビにまつわる英霊はさほど多くは無い。おそらくは赤ん坊の頃にヘビを絞殺したヘラクレスや蛇の杖をもつアスクレピオス辺りが召喚されるのではないか、というのが彼の見立てだ。

 

 もしそうであるなら、いずれも神霊の域に片足を突っ込んだ大英霊。そのぐらいなら『天才』たる自身の使い魔にふさわしい、などと考えて、ウェイバーは「にへら」と緩んだ笑みを浮かべた。深夜の寒さも彼の頭を冷やすには力不足らしく、ウェイバーは召喚予定時刻までその腑抜けた笑顔を垂れ流す羽目になる。

 

――――彼の人生において、この時の記憶は生涯悶える程の黒歴史として刻まれる事になる。彼はまだ、その原因を知らない。

 

 

* * * * * *

 

 

 同じく冬木市深山町に存在する遠坂邸。此処でも召喚の準備は最終調整を迎えていた。

 

 時臣が用意した触媒は、聖堂教会から借り受けた二重の意味で『聖遺物』と呼べる物。――――ジャンヌ・ダルク本人が掲げたフランス軍旗である。聖人に認定されたその英霊を召喚する事が出来れば、聖杯戦争において実に有益なスキルである『聖人』の入手が期待できる。

 

 溶解した宝石を用いた魔法陣は既に魔力によって活性化し始め、いつでも召喚を行うことができる状態となっていた。準備は綺礼の協力もあって滞りなく行われ、後はサーヴァントを呼び寄せるだけである。危惧された「うっかり」も既に触媒を誤配するという特大のミスを犯した為か発動せず、文字通り準備万端の状態で時臣は召喚へと臨む。その傍らには、今回の協力者である言峰親子とそのサーヴァントたるアサシンが静かにその時を待っていた。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻、といっても時差の関係でまだ明るいアインツベルン城。その一角でも、召喚の儀式が執り行われつつあった。

 

 『破魔の紅薔薇』と『大いなる激情』。発掘された二つの宝具が祭壇に据え置かれ、水銀を用いた魔法陣が切嗣の魔力を受けて燐光を放ち始める。見守るアイリスフィールが思わず「そんなに簡単な儀式で良いの?」と問うてしまう程に、切嗣の魔術はシンプルに洗練されている。魔術使いならではの飾り気がない術式だが、今回はそこに一つだけアレンジが加わっている。

 

 アハト翁が編み出したセイバー召喚呪文。試す術がない以上、ぶっつけ本番で使用するその呪文に、流石の切嗣も若干の不安を感じている。しかし、御三家の一角たるアインツベルンの長が考案した術を使用するのに否やは無い。

 

 切嗣は、深呼吸をすると魔術回路を励起させ始めた。

 

 

* * * * * *

 

 

 間桐邸、雑木林、遠坂邸、アインツベルン城。異なる四つの魔法陣に、異なる四人の魔術師が魔力を流したのは、奇妙な事に全く同時だった。

 

 今宵、聖杯は英霊の座への扉を開き、人知を超えた英霊をこの世に呼び戻す――――!

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 時臣の詠唱と共に周囲に莫大な魔力が満ち溢れる。吹き上げる炎の様な魔力の昂りに、綺礼の法衣がはためいた。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる時を破却する」

 

 ウェイバーの魔力は他の魔術師と比べて決して多くは無い。しかし、彼の詠唱と魔力放出を感知してか、危険を感じた鳥たちが周囲の木々から飛び立っていく。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、『汝の剣は我が誓いに』。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 切嗣は、改変された詠唱を正確に唱えつつ、自身の魔力を陣に流し込んでいく。それに呼応して発光する魔法陣が、冬の城を真昼のように照らし出した。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。『されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし物。我はその鎖を手繰る者――』」

 

 雁夜と臓硯の詠唱が蟲蔵に響き渡り、変則的なダブルマスターによる召喚に、大規模な魔法陣がうなりを上げる。

 

 

――――そして、各地に奇跡は顕現する。

 

「汝三大の言霊を纏う七天」

「抑止の輪より来たれ」

「天秤の守り手よ――――!」

 

 

 溢れる閃光。噴きだす蒸気。吹き荒れる暴風。起動した魔法陣は、各々の魔術師の元へ、各々の騎士を呼び寄せる。

 

 甲冑を着込んだ偉丈夫が、時臣に問う。

「問おう、汝我がマスターなりや?」

 

 黄金の絶対王者が、ウェイバーに問う。

「おいそこな雑種、いや、溝鼠。よもや貴様が我のマスターとは言うまいな……?」

 

 端整な美丈夫が、切嗣とアイリスフィールに問う。

「問おう、貴方が俺のマスターか?」

 

 そして黒い暴君が、雁夜に問う。

 

 

 

「虫風情が私を呼ぶとはな。――――――ところで、貴様に竜を従える度胸はあるか?」


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