Fate/Zure   作:黒山羊

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お久しぶりです。


004:Look before you leap.

 聖杯戦争を目前に迎える冬木の街。その土地のセカンドオーナーたる遠坂家では、いよいよもって聖杯戦争への準備が本格化してきていた。妻と娘を実家に戻す手はずを整え、召喚に使う触媒を用意し、来る日に備えて魔力を練り上げる。そんな準備の中で、遠坂時臣は”うっかり”触媒の受け取り先を間違えてしまった。本来であれば時計塔にいる遠坂家の間諜が受け取る筈だったその触媒は、時臣の不備によって時計塔の何処かの研究室へと誤送されてしまったのである。

 

 だが、そんな影響を感じさせない程に、今日も時臣は余裕の態度で優雅に過ごしていた。

 

 さて。何故彼が落ち着いていられるのかと言えば、それはこの事件が予想済みだったからに他ならない。その予想を可能にしたのは、魔術師ならではのノウハウであった。

 

 現在の世界において魔術が科学に様々な面で劣りつつある事は、魔術師たち自身も認める所である。しかし、幾つかの分野では未だに魔術師は科学者の一歩先を行っているというのも、また事実だ。

 

 その内の一つが、魔術回路などの研究から派生した遺伝学である。

 

 「起源」、「魔術特性」、「魔術回路数」、etc……。魔術師たちは古来よりあらゆる側面にから遺伝を研究し、よりよい後継者を生み出すべく努力してきたのだ。そのノウハウは、遠坂家においても開祖の代より継承されている。

 

 故に、遠坂時臣は自身が触媒の受取先の指定を間違えていた事に気付いた際、弟子の綺礼が驚くほどに冷静だった。遠坂家が代々の素養として「此処一番で間違いを犯す」特性を保有している事は、知識的にも経験的にも既知の事であったからだ。一種の「起源」とも言えるこの特性を発動させない、というのは不可能に近い。それ故に時臣は「常に次善の策を打っておく」事でこの突発性の「起源」に対応していた。

 

 今回の場合で言えば、事前に用意していた二種類の触媒がそれにあたる。そのどちらもが『本来手に入れる筈だった触媒が他者の手に渡った場合』を想定した触媒であるのは当然のこと。

 

 更に今回の聖杯戦争における遠坂陣営には、言峰綺礼の協力という大きな優位性がある。なにしろその二体を同時運用することが可能であるのだ。時臣と綺礼の公算では、防御力でサーヴァントの攻撃を絶え凌ぎつつマスターの首級を上げるという作戦ならば十分に「例の触媒」で召喚される英霊に対応出来る筈であった。

 

 そんな考えから時臣は綺礼に『アサシン』を少々変則的な方法で召喚させ、今晩にも自身が『セイバー』を召喚する腹積もりで居るのである。

 

 

【004:Look before you leap.】

 

 

 そして、その下準備も既に終えた現在。彼は家訓の通り優雅な午後のティータイムを過ごしていた。勿論、弟子の綺礼も同席している。それは遠坂邸でよく見かける日常の一コマ。だがしかし、其処には普段とは異なる点が一か所あった。

 

 サーヴァントと思しき一人の女性が同席している事である。

 

「綺礼、『アサシン』の調子はどうだ。召喚から数日経ってみて気になる点などは無いか?」

「私としては特にありません、師よ。常に魔力を消費するとはいえ、負担は微々たるものといえるでしょう。私はもともと戦闘等にそれほど魔力を消費しませんので。……アサシン、お前はどうだ。正直な意見を聞かせて貰いたい」

「宝具や身体能力の確認も兼ねて市街の散策をしておりましたが、これと言って不調はありませんよ、綺礼。……強いて言うならば、作戦とはいえ宝具の常時展開には未だ少し慣れませんね。所作などが粗野な物になっていなければ良いのですが」

 

 そう返すアサシンの所作にはしかし本人が申告する様な粗は無い。其処に居るのは優雅にカップを口に運ぶ『ナチスドイツSS将校』であった。

 髑髏の襟章と帽章、赤地に鍵十字が描かれた腕章が特徴的なその黒服は、未だに世界中で忌み嫌われる「悪の象徴」。大戦から未だ半世紀しか経たぬこの世界において大凡「英霊」とはみなされないだろうその姿。しかし『彼女』は紛れもない神秘の気配をその身にまとっている。

 

「街を散策と言ったが、まさかその姿を晒したのかアサシン?」

「時臣殿、その点はご安心を。仮にもアサシンとして召喚された以上、非戦闘状態の私を捉える事はたとえ如何なるサーヴァントといえども不可能ですから」

「そうか、ならばその調子で他のマスターなどを捜索しておいてくれ」

 

 そう言ってから時臣は再びカップに口を付ける。と、その時。彼の背後に設置されていた振り子状の装置が独りでに動き出し、真下に置かれていた紙に文章を刻み始めた。遠坂家伝来の宝石による遠隔通信である。

 その送り主はロンドンにて時計塔を探っている遠坂家の間諜。内容は参戦するであろうマスターについて。極めて重要度の高い情報であるがゆえに魔術的手段によって情報を送信する事としたらしい。

 時臣はその文書を簡易な火の魔術で即座に乾燥させ、綺礼とアサシンにも見える様にテーブルに並べる。弟子である綺礼にも文書の受け取りを任せない辺り、振り子状装置の扱いは宝石魔術を修めている者以外には存外難しいのだろう。

 

「時計塔のロードエルメロイはアレキサンダー大王を呼ぶつもりらしいな。アレキサンダーといえばかなりの大物だが……。クラスはやはり、ブケファロスの伝承からライダーとみるべきか……。君はどう思う、綺礼」

「……酒に酔って部下を刺殺した伝承からバーサーカークラス、ゴルディアスの結び目を剣で断ち切った逸話からセイバークラスの適性も無くは無いかと。ロードエルメロイはセイバークラスでの召喚を狙うと思われますが」

「ふむ。確かにその可能性は高いか。……しかし、真名が把握出来た以上、脅威では無いだろう。さて、他の情報は……アインツベルンの雇った下劣な殺し屋と雁夜についてか。正直に言えば重要とも思えないが」

「殺し屋、ですか?」

 

 疑問を口にする綺礼に対し、時臣は苦々しげな顔で説明を付け加える。

 

「ああ、”魔術師殺しの衛宮”だよ。魔術師でありながら大凡魔術師らしからぬ手段で魔術師を殺す、暗殺者の様な男……。君も聞いた事はあるだろう?」

「ええ。その名前は代行者をしていた頃に聞いた覚えがあります。魔術協会上層部の依頼で封印指定の魔術師を狩っていると聞きましたが」

「そう、その衛宮だ。どうやらアインツベルンが奴を陣営に引き込んだらしくてね。その資料を送って貰った訳なんだが、如何せん量が多い」

「師よ、それでしたら私が情報を整理しておきましょうか?」

「ああ、そうしてもらえると有難い。私は今夜の召喚の準備があるからね」

 

 そう言って時臣は紅茶を飲み干すと、綺礼に書類を託してソファから立ち上がった。つかの間の休息に別れを告げ、自身の工房で聖杯戦争の準備に勤しむ日々に舞い戻ろうとする時臣。彼に続いて綺礼とアサシンも席を辞し、時臣の工房とは逆の方向に当たる居間側の廊下へと退出する。

 

 その先で、綺礼はキャリーバッグを引き摺る妹弟子に遭遇した。

 

「……凛。随分と大荷物のようだが、手を貸そうか?」

「結構ですわ。これぐらい一人で運べます」

 

 そう言って小さな体で大きな荷物を引きずる小さな令嬢。しかし彼女の台詞を無視するように、アサシンはキャリーバックをひょいと持ち上げた。

 

「凛殿、人を頼るのもレディの仕事ですよ。どうぞ私にお任せを」

「あっ……ちょっと綺礼! 余計なことさせないでよ!」

「なぜ私を責める。アサシンが勝手にしたことで、私は何も命じていないのだが」

「なお悪いわよ! 自分のサーヴァントを制御できてないの?」

「いやいや制御しているとも。……私は凛を手伝うなとは命じていない、というだけだ」

「やっぱりあんたの差し金じゃないっ!」

 

 頬を膨らませて抗議する妹弟子、もとい遠坂凛の姿に綺礼は自然と笑みをこぼす。この少女を相手にするとついついからかってしまうのが彼の悪い癖だ。折角被った猫を引きはがされる凛の身からすれば堪ったものではないが、『嫌いな』綺礼はともかくアサシンの好意は素直に受け取っておくべきだと感じたのか、彼女はアサシンを引き連れて玄関の方へと向かって行った。

 

 それを見送ってから、綺礼は遠坂邸の居間へと移動して時臣から受け取った資料に目を通す。師が下劣と評した男――衛宮切嗣。

 

 彼に関する資料を、綺礼は一枚一枚、丹念に読み込んでいく。

 

 ――その口角を、本人ですら気付かぬ程度にゆるめながら。

 


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