Fate/Zure   作:黒山羊

27 / 39
027:Ain't War Hell?

 冬木市郊外にある貸しガレージから一台の『トイレの汲み取りトラック』もといバキュームカーが走りだしたのは、夜も更けて来た頃のこと。無論夜中にバキュームカーが走る訳もなく、その正体は切嗣が偽装工作を施した『ナパーム満載の小型タンクローリー』である。

 

 運転席に座るのは、汲み取り作業員に化けたセイバー。助手席には怪しまれない様にする為の人間そっくりの人形が乗っており、切嗣の勿体ない精神によってその内部にはつい最近実用化されたばかりの超高性能爆薬ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが限界まで詰め込まれている。TNTの二倍の威力を持つこの爆弾とまき散らされるナパーム材は、手筈通りに行けば間違いなく遠坂邸を焼却できるに違いない。

 

 騎乗スキルにより軽やかにトラックを走らせるセイバー。彼は既に深山町まで車体を移動させ、遠坂邸に向けてアクセルを命いっぱい踏みこんでいる。その結果セイバー自慢の『紅槍』をフロントガラスから突き出したバキュームカーは、遠坂邸の結界を大胆に無効化しながら遠坂邸の庭に突撃し、正面玄関に激突して轟音と共に爆ぜた。

 

 暴れ狂う紅蓮の炎、吹き飛ぶ庭園。撒き散らされるナパームは遠坂邸のレンガの壁を焔で包み込み、一瞬にして大火事を発生させる。その焔の中から平然と出てきたセイバーは、遠坂の動きを確認するべく油断なく眼を光らせる。――――サーヴァントには通常の攻撃が効かない。それ故にセイバーは、全くの無傷で自爆テロを行ってのけたのだった。

 

 

【027:Ain't War Hell?】

 

 

 遠坂時臣が結界の破壊によって侵入者を感知した頃には、全てが遅過ぎた。セイバーが乗ったトラックは遠坂邸の玄関に激突すると同時に爆発炎上したのである。この優雅さのかけらもない狼藉は、アインツベルンの雇った衛宮切嗣の策に違いない。

 

 幸い館の壁には構造強化を施している為、その被害が邸内に及ぶ事はないが、時臣は速やかに今必要な魔術礼装以外の礼装や研究資料などを宝石翁から与えられた宝石箱――某人気漫画の四次元ポケットの様なもので、内部は非常に広い異次元空間になっている箱――に収納する。先日のマンション爆破から拠点の破壊もあり得るとは踏んでいた為、既に地下の工房にあった魔術用品はすべて収めている。この宝石箱さえ守る事が出来れば、例え遠坂邸に万が一の事があっても安心だ。

 

「アサシン、セイバーを迎撃しろ。アーチャーは私と共に此処でアサシンのバックアップだ」

 

 そんな命令を下しつつ、時臣は通信用礼装で綺礼を呼び出した。

 

『師よ、御無事ですか?』

「ああ。問題ない。だが、綺礼。現在、遠坂邸が衛宮切嗣の襲撃を受けている」

『アサシンとの感覚共有で承知しております』

「それならば話が早い。――――アサシンの宝具を使うならば今しかない。綺礼、令呪でブーストしてアサシンを援護するんだ。タイミングはアサシンと合わせてくれ」

『畏まりました、師よ』

 

 そう言って通信を終えた時臣は、溜息を吐きつつお気に入りの礼装である宝石の杖を握りながら、顎鬚を撫でつける。そこに声をかけたのは、傍らに立つアーチャーだった。

 

「トキオミ殿。念押しとして言わせていただきますが、恐らくセイバーは陽動ですぞ。相手は魔術師殺しと呼ばれる本職の暗殺者なのでしょう? 恐らく、この隙に邸内に侵入し、トキオミ殿を暗殺する算段では無いかと思われますな」

「分かっているとも。……あのロード・エルメロイに傷を負わせる男だ。油断はできない。その為に、貴殿をこの場に残したのだよアーチャー」

「分かっておられるなら宜しいのです。……では一つ、私もアーチャーらしい事をすると致しましょうか」

 

 そんな台詞と共に、ジル・ド・レェはパチンと指を鳴らす。トキオミが長年魔力を込めた宝石を二、三個代償にして彼が取り出したのは、フランス軍を勝利に導いた大砲だ。その数は何と十門。それらは遠坂邸の屋根に出現し、アサシンが到着するよりも早くセイバーに砲撃の雨を降らせた。

 

 そして、その隙をついて両手にMG42を抱えたアサシンが、上空からセイバーを強襲する。『ヒトラーの電動ノコギリ』という渾名が付いたそれの発射速度は、宝具化する前でも『一秒に二十発』という第二次世界大戦中の機関銃としては驚異的な速度。それが宝具化された影響で『秒間二千発』という狂気の性能になったのだから、流石のセイバーもこれは回避せざるを得なかった。聖堂教会の作業員がチマチマと手作業で数日かけて装弾した、六十万発装填のベルトリンク式マガジンを背負ったアサシンは、控えめに言ってドラム缶を二個背負ったような間抜けな格好になっている。

 

 だが、その間抜けなドラム缶から供給された弾丸はアサシンの手によって宝具化された事で、一発一発が確実にセイバーに深刻なダメージを与える手段と化していた。たった一人の手による『壁の様な弾幕』は、全力で回避し、斬り払うセイバーにさえも腕や腿に熊にえぐられたような傷跡を残して見せる。時臣が速やかに再展開した防音と幻惑用の結界により外界から隔離された中で、その鉛玉の集中豪雨はたっぷり五分続き、セイバーの全身に隈なく弾痕を刻み込んだ。

 

 それでも行動に必要な器官だけは完璧に防御したセイバーを称えるべきか、最優のサーヴァントを間諜のサーヴァントの身でありながらほぼ一方的に攻撃しているアサシンを称えるべきか。いずれにせよ全弾発射の影響で太陽の様に白熱している機関銃を今度は焼きごての様にセイバーの脇腹にえぐり込むアサシンの技量は、並大抵のものではない。

 

 切嗣から普段より多くの魔力を吸い上げてどうにか銃弾による傷跡を塞いだセイバーに、今度は宝具化した焼きごてとも言える武器が襲いかかった。流石に二度目は『破魔の紅薔薇』で宝具化を無効化して斬り払ったが、その直後アサシンはもう一方の機関銃を投げつけて時間を稼ぎ、背負い紐を引っ掴んで背中のドラム缶をハンマーの様に叩き込む。

 

 二つのドラム缶による猛打はその『大きさ』の影響で紅槍による破壊を行っても容易には壊れない。紅薔薇の効果は穂先にしかない為、一撃でドラム缶サイズのものを斬り飛ばす事は難しい上、二個による同時攻撃である。

 

 もろに喰らったセイバーは盛大に吹き飛ばされ、足で地面を擦りながら十メートルほど後退した。だが、防戦一方であってもその闘志に陰りは無い。右手に紅槍、左手に『大いなる激情』という最強装備に切り替えたセイバーは、その『絶対切断』によって追撃のドラム缶を叩き切る。アサシンはそれを見るや速やかにドラム缶を放棄し、腰に装備していたパンツァーファウストをセイバーに叩き込んだ。

 

 戦車を吹き飛ばす為の兵器が宝具化した事により、その威力はとんでもないレベルへと変化している。アサシンはそれをあえてセイバーの間合いの外の地面に着弾させ、爆風で以てセイバーを攻撃したのだ。

 

「くっ、次から次へと厄介な武器を……! だが、もう『兵器』はあるまい。先程の爆発物はもう持っていないようだしな。――――さぁ、その腰の剣を抜けアーチャー。でなければ俺が叩き切ってしまうぞ。俺は()相手でも容赦はせん」

「女……? ああ、そう言えば今の姿は女でしたね。……まぁいいでしょう。剣を抜くのが御所望であれば、その様に」

 

 そう言い放つと同時に、アサシンは綺礼に向けてパスを通じた念話を送る。精霊に育てられた(・・・・・・・・)アサシンにとってその程度の魔術行使は造作もない。

 

————綺礼、令呪によるサポートをお願いします。

 

 その念話を受け取った綺礼が『宝具を開帳し、セイバーを打倒せよ』と命じた事で、アサシンは漸くその真の姿を公開する。腰に刺した一振りの魔剣を抜き放った直後、ナチスドイツの軍服を着た女性は霞のように消え去り、黒い堅固な鎧に身を包んだ長身の騎士が姿を現した。————衛宮切嗣にアサシンの真名が看破できなかったのも無理はない。その正体は、ナチスとは全く関係のない存在だったのだ。

 

「————無毀なる湖光(アロンダイト)ッッッ!」

 

 宝具を解放した事によって判明したその正体は、湖の騎士ランスロット卿。フィニアンサイクルにおけるディルムッドのポジションと酷似した立ち位置をアーサー王伝説において与えられた『裏切りの騎士』である。

 

 

* * * * * *

 

 

 同時刻。遠坂邸への潜入を果たした切嗣は、クリアリングを行いながら邸内を捜索していた。随所に仕掛けられたトラップはどれもこれも正統派なものであり、魔術師殺しと呼ばれる切嗣にとっては注意こそすれ畏れるには足らないものだった。

 

 そうして切嗣は遂に時臣の書斎に至る。だが、其処のドアを開けた瞬間に、切嗣は全力で逃走を開始した。————想定外の事態が起こったためである。

 

 彼を待ち構えていたのは、サーヴァント。

 

 初期に敗退したことになっているアサシン、つまりハサンが居たならば、切嗣が泡を食って逃げ出すこともなかっただろう。だが、ドアの向こうで弩を構えて切嗣を迎撃したのは、どこからどう見てもアーチャーのサーヴァントだった。

 

「アーチャークラスが2人だって!? ————くそッ、固有時制御(タイムアルター)二倍速(ダブルアクセル)ッッ!」

 

 全力の魔術行使で窓から飛び降りた切嗣は、庭で戦闘中のセイバーに合流を図る。だが、庭で彼が目撃したのは、謎の騎士の猛攻に押しに押されるセイバーだった。

 

「主! アーチャーの正体はかのランスロット卿のようです」

「なんだって? ————そういう事か。遠坂はアサシンをアーチャーに偽装していたらしいね。おそらく変身能力を持つランスロット卿がアサシンだ。……二対一だと出し惜しみはできないな」

 

 切嗣はそう言いながら、令呪にその魔力を込める。新規に獲得した一画を消費して、切嗣はセイバーに強化を施した。

 

『衛宮切嗣がセイバーに命じる! 敏捷力を強化しろ!』

 

 その命令と同時に、セイバーは令呪のバックアップをその敏捷のみに受け、異常な加速を発揮した。

 

 アサシンの無毀なる湖光は、ステータスを一律強化し、魔力行使・回避等の成功率を二倍にする。だが、全体強化ではなく一点特化の強化を行ったセイバーの速度は現状においてA+++。物理法則を無視したその速度は第一宇宙速度を超越し、サーヴァントでなければ衛星になってしまうほどである。それに対抗するべく、アサシンは自身の宝具をさらに行使する。

 

————無毀なる湖光は、一度の使用毎にアサシンの維持に必要な魔力を倍加させる常時発動型宝具だ。重ねがけを行う事でステータスをさらに二段階引き上げ、回避力を六倍にまで強化したアサシンはその卓越した技量でセイバーの残像すら見えない高速攻撃に対応するが、それは同時に彼の『戦闘可能時間』を著しく減少させる。

 

 アサシンクラスのランスロットは燃費が良く、普通に無毀なる湖光を発動した状態でも綺礼の魔力で半時間は全力戦闘が可能だ。だが、今回の無理な発動は、その戦闘時間を僅か七分にまで短縮していた。

 

 其処に畳み掛けるように、切嗣は更に一画の令呪を使用する。

 

『重ねてセイバーに命じる! 大いなる激情(モラルタ)を全力で真名解放しろ!』

 

 その命令に従い、セイバーは全力で以ってモラルタを抜き放った。アサシンの無毀なる湖光によって防御されたその斬撃は神秘の差により無毀なる湖光に傷一つ与えることは叶わない。だが、セイバーの狙いはそもそも無毀なる湖光ではなくアサシン本人。

 

 弾いた反動を生かしてランスロットの鎧に『掠った』斬撃は、その『刀身に触れた相手に斬ったという結果を押し付ける』という因果干渉能力を発揮し、小手ごと彼の片腕を切断した。

 

————アサシンの戦闘可能時間は更に激減し、持って二分。

 

 流石の円卓最強もその顔に苦痛の色を浮かべ、切嗣はアサシンの無力化を確信する。あと二、三合打ち合えばアサシンは限界に達し、戦場から消え去るだろう。

 

 だがその予想は、もう一人の『騎士』によって覆される。切嗣を追う形で現れたアーチャーは、無数の砲撃を切嗣に向けて行った。流石にそれを見過ごすわけにもいかず、セイバーは攻勢から一転し、守勢に回らざるを得なくなる。

 

「ランスロット卿、貴公はトキオミ殿を保護しつつ撤退を。————ここは私がくい止めましょう。其処のセイバーのマスターはどうやら邸内に大量の爆薬を仕掛けたようです。一刻も早くトキオミ殿を! ()()()()殿()()()()()()()()()()!」

「————ッッッ!? 心得た! アーチャー殿、御武運を!」

 

 アサシンと入れ替わるように立ちはだかった真のアーチャー。彼は雨霰という表現すら生温い数の砲弾を相手に叩き込みながら、アサシンが気絶した時臣を担いで窓から逃げていくのを見送った。

 

 そんな彼に、切嗣はセイバーの傍から疑問を投げる。

 

「僕は、遠坂時臣を気絶させた覚えも、遠坂邸に爆薬を仕掛けた覚えもないんだけどね?」

 

 その問いに、弓兵の英霊は微笑んだ。

 

「嘘も時には方便となりましょう。————それに、これより起こる戦いには、トキオミ殿は少々場違いですのでね」

 

 その言葉とともに、遠坂家の庭木が消える。庭の彫像が消える。館の調度品が消える。そして最後に、館自体が消え失せる。

 

 有り得ざる現象に目を丸くするセイバーと切嗣の前で、アーチャーは高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名は救国の英雄、ジル・ド・モンモランシ・ラヴァルなり! セイバーよ、私は我が名誉にかけ貴公を討ちましょう。さぁ、思い知るがいい! ————————圧倒的な数の暴力を前に、個人の武勇は無力であると!!」

 

 

————その宣言と共に、アーチャーは宝具『放蕩元帥(ジル・ド・レェ)』を解放する。

 

 

 今宵の戦いの第二幕が、今開かれようとしていた。




活動報告にて今後の更新に関するご報告をさせて頂きましたので、ご拝読いただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。