Fate/Zure   作:黒山羊

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024:See you later.

 生暖かい霧は河に近付くにつれて湯気と言える熱さに変じ、セイバーとアイリスフィールが川沿いの遊歩道に差し掛かった頃にはもはや蒸気と呼べる高熱に達していた。その中心に立ち、漆黒の剣を川面に突き立てるのはバーサーカー。彼女が発生させた霧を通して間桐臓硯が行使した暗示の魔術により、市民達はすでに皆『真っ直ぐ家に帰って眠る』という強迫観念に駆られてそれぞれの自宅に引き篭もっている。

 

 魔術による深い眠りに落ちた冬木市の中で動くのは、臓硯の術をレジストしたマスターとサーヴァント達のみ。その中で最も早くその場に到達したセイバーとアイリスフィールは、バーサーカーの動向を探るべく遊歩道から川面に立つバーサーカーを観察する。河口にほど近いこの場所にあっては、さしものセイバーも無策で川に飛び込む勇気は無かった。水に足を取られたままで騎士王に挑むのは分が悪いにもほどがある。

 

 なんとも歯痒い現状に歯噛みする彼ら。其処に、空間を切り裂いて現れたのはランサー陣営だった。杖を片手に持ち、足を引きずりながらも現れたケイネス・エルメロイ・アーチボルトと、ランサーこと征服王イスカンダル。因縁の相手であるはずのセイバー陣営を前にしているにも関わらず、彼らの表情に険はない。

 

「――――よォ、セイバー。貴様は流石に足が速いな!」

「……ランサーか。先日の意趣返しに来たわけでは無さそうだが」

「ふん、当然だ。――――時計塔のロードを舐めるな。このような事態を前に私情で動く事など有り得ん。アインツベルンのホムンクルス、『セイバーのマスター』に策はあるのか?」

「……相手の動きが分からない事には立てようもないわね。ロード・エルメロイ、貴方はどう?」

「策がない事もないが……正直に言えばランサーとあの騎士王の実力は拮抗、いや、おそらく令呪によるブーストを受けているだろう現状では彼方に分がある。単騎で打ち取ることはできんだろうな」

「ええい、魔術師ってのは面倒だな。――――おいセイバー。今宵に限り、奴を倒すには手を組むべきではないか?」

「甚だ気に食わんが確かにアレは難敵だ。――――だが俺の独断では決めかねる。少し待て征服王」

 

 そう告げたセイバーは瞑目し、パスを通じて切嗣に念話を送る。仮にも妖精を義父とする彼は、その程度の魔術であれば行使できた。彼が瞑目したのはほんの数秒だが、それで話は纏まったらしい。

 

「マスターより許可が下りた。一夜の盟だが、宜しく頼む」

「そう来なくてはな! となると早速…………って何だ、彼奴も来たのか」

 

 そう言って上を見上げる征服王。その視線の先にあるのは、黄金の船。ライダーが現れたのだ。それを確認したのはバーサーカーも同じらしく、今まで黙していた彼女は漸くその柔らかな唇を開いた。

 

 しかし、その桜色の舌が紡ぐのは、最早人語に非ず。

 

「――――――――GRRRRRAAHH!!!!」

 

 物理破壊力すら帯びた風属性ブレス。一動作(シングルアクション)の魔術行使にも関わらず、竜の息吹は冬木市全土を震撼させた。バーサーカーを中心として、上流側では海嘯が発生し水が河を駆け上がり、逆に下流側では思わぬ加速を得た河水が土砂を巻き込みながら一息に海に流れ込んだ。暴風は冬木大橋をブランコのように揺さぶり、河原にいたセイバー陣営とランサー陣営、そして空中のライダー陣営を吹き飛ばさんとする。

 

 だが、それだけの破壊を伴う竜の息吹も竜の身からすれば一声咆哮したのみに過ぎない。咆哮の直後露呈した川底を踏み締めたバーサーカーはその身に暴風を纏い、荒れる冬木の空へと飛び上がる。魔力放出によって飛行するなどという燃費の悪い手段を用いているにも関わらず、その圧倒的魔力精製量によってその速度は速やかに音速を突破。人間砲弾と化してライダーを強襲する。

 

 流石に音速を超えた攻撃とはいえ騎乗した状態の騎兵のサーヴァント(ギルガメッシュ)がそのようなモノを受けるはずもなく、その黄金の船は変態じみた機動でバーサーカーの突進を回避した。

 

 狙いを外したバーサーカーは、上空で暴風を撒き散らしながら姿勢を変更すると、その手に持った漆黒の聖剣を振りかざしながら再度ライダーに特攻せんとする。――――しかし、その脇腹に一発の砲弾が叩き込まれ、騎士王は姿勢を崩して地上に落下する。

 

 メッサーシュミット。赤地に白丸、鉤十字というナチス党のシンボルを機体に刻んだ改造機体は、紺色の魔力をその身に帯びながら満載された弾薬を容赦なく騎士王に叩き込む。遠坂陣営が呼び出したアーチャー、名も知れぬナチスSS将校がそのコックピットに座しているのはいうまでもない。

 

 だが、地上に落ちたとは言え、竜の脅威は衰えない。迫る弾丸をその聖剣で打ち払ったバーサーカーは、苛立たしげに吼えた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)! 約束された勝利の剣(エクスカリバー)! 約束された(エクス)ッッ――――勝利の剣(カリバー)ッッッ!!!!」

 

 間隙を挟まぬ三連発。ほぼ同時に放たれた斬撃は互いに増幅し、連発による劣化を補ってなお余りある驚異の破壊力を発揮する。黒い極光は空を灼き、雲を貫き、幾つかのスペースデブリと人工衛星を消滅させた後、地球の重力すら振り切って、星々の彼方へ消えた。辛うじて回避したものの乗機の片翼をもがれたアーチャーは、生き残ったガンポッドをもぎ取ると乗機を騎士王に突っ込ませながら緊急脱出する。

 

 その神風特攻すらもバーサーカーの前には無力。爆炎の中を突破してきた彼女は、アーチャーを捨て置き手近に居たイスカンダルに切りかかる。一合一合が必殺の威力を持っているその斬撃をどうにか槍で捌いたイスカンダル。其処に助太刀に入ったセイバーがバーサーカーを蹴り飛ばした隙に、イスカンダルは雷轟の様な胴間声で大きく叫んだ。

 

「彼奴を余の宝具で引き摺り込むッ! セイバー、ライダー、アーチャー!  余に合わせろよ! 騎士王を倒さねば明日は無いぞ!」

「了解した! アイリ様、俺に捕まって下さい!」

「ふん、この我に命令するな! だが、貴様の案に乗ってやるぞランサー!」

「是非もありません」

 

「征服王、私を殺すと言うならば、その宝具を見せてみるがいい!」

 

 口々に応えるサーヴァント達と、愉快気に吼えるバーサーカー。それを聞くと同時に、征服王は手にした槍を掲げて彼の宝具を展開した。

 

 吹き荒れる砂塵と乾燥した空気。それらがその場にいたサーヴァントとマスターを残さず飲み込んでいく。――――彼の持つ唯一にして最強の宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。それが発動した結果こそがこの光景。無限に続く熱砂の砂漠。太陽は焔と化して地を焦がし、額から流れる汗は滴った直後に砂に吸われて消えていく。

 

 万軍、否、億軍の総力に依って維持される、超ド級の固有結界。――――だがそれはこの宝具の付属効果にすぎない。この宝具の真価は、もっと凄まじいモノ。地の果てまでを埋め尽くす無数の軍勢。かつてイスカンダルが率いた英雄豪傑をサーヴァントとして結界内に招集するという規格外さこそが、この宝具の真髄なのだ。

 

 その上、今宵の『王の軍勢』は一味違う。ケイネスが令呪を一画使用してイスカンダルに命じたのは『宝具を用い、固有結界内に全盛期、最強最大のマケドニア軍を召集せよ』。その命によって強化増幅されたこの宝具は、その異常さを一段階引き上げていた。

 

「嘘、だろ? 化物にも程があるぞ!?」

「騒ぐでないわ、見っとも無い。――――しかし、ランサーめ、中々愉快な奴ではないか。見るがいい、鼠よ。あの軍勢、『一分野に限ればイスカンダルを凌駕する』雑種どもが何匹かいるようだぞ?」

「それが分かってるから騒いでるんだよッッ!!!!」

 

「ガッハッハッハッハ! 余のマスターは流石大魔術師だけはある! 真に全盛期の余の軍勢を呼び出すとは!」

「当たり前だ。令呪は『サーヴァントとマスターと令呪の魔力を使って可能な命令』なら奇跡を起こしうる。しかも今回は命令をこの宝具の発動に限定した極めて一点集中な効果にしたからな。失敗されては困る」

「言うようになったではないかマスター。――――さて、では騎士王よ! 余の総軍と、ライダーにセイバー、ついでにアーチャー。数で勝るこちらに分はあるが、どうするね?」

「ふふふ、相変わらず面白いな征服王。――――竜を殺すならば、万軍を引き連れた英雄が必要なのは幼児でも分かる事だろう? つまり今ようやく、貴様は私を殺すスタート地点についたのだ。だがまぁ、流石に英雄王まで敵に回すとなると私の分が悪いか? それに……いや、言うまい」

 

 そう言ってバーサーカーはチラリとアーチャーに流し目を送ってから、その漆黒の剣を構え直す。その可憐な顔に浮かぶ表情は、笑顔か、それとも牙を剥いた竜の顔か。どちらにせよ、場を仕切り直してもなお、彼女はあくまで余裕の表情で闘いに挑む。槍を掲げて突撃する軍勢と、それらを巻き込みかねない勢いで飛来する宝具の雨。アーチャーの魔力を迸らせた機関砲と、セイバーの大いなる激情。その全てを前にしても、彼女の戦法は変わらない。

 

――――砂丘を幾つも吹き飛ばして直進する黒い極光が、彼女の敵に襲いかかった。

 

 

* * * * * *

 

 

 バーサーカー諸共サーヴァント達が姿を消してから、約一時間。舞弥と共に氾濫する川を突っ切って大型船舶を川に運び込んだ切嗣は、予め見繕っておいたポイントに船を座礁させ、既に舞弥と共にどうにかこうにか陸に引き返している。パスから感じる魔力の繋がりがある以上、セイバーはいまだ健在。『可能な限り周りを戦わせてうまく立ち回れ』と命じたのが功を奏しているらしい。

 

 切嗣は荒れる川を眺めながら、彼が装備し得る限りの武装を装備してその時を待っていた。

 

 その直後、魔力が火花を散らせ、世界から隔離されていた面々が現世に帰還する。ランサーはそのマントを焦げ付かせ、ライダーは黄金の船を失ったのか仕舞い込んだのかは不明だが地上に降り立ち、セイバーはアイリスフィールを庇いながら肩で息をし、アーチャーは武器ごと持って行かれでもしたのか片腕が無い。

 

 そして彼らの中心で、無数の槍にその身を串刺しにされ、英雄王の宝具で以て雁字搦めに縛りつけられ、セイバーの宝具で片足を斬り飛ばされ、アーチャーの砲火に両腕を吹き飛ばされて尚、口で聖剣を咥えているのはバーサーカー。

 

 彼女は、この状態でもなおギラギラとした殺気をその身にまとい、周囲を睨みつけていた。

 

 結界内部で何があったのかを切嗣が知る由は無い。――――ましてや、そこでハリネズミになっている騎士王がイスカンダルの軍勢の半数、ライダーのヴィマーナ、アーチャーの片腕、そして今はアイリスフィールの治癒で再生しているとはいえセイバーの四肢を数回破壊しているとは想像もつかないだろう。後わずかに天秤が彼女に傾いていれば、正しくこの戦いの勝者はバーサーカーだった。

 

 そして。

 

 それでもなお、この場で勝ったのは同盟側だった。――――疲弊し、実体化するのが精いっぱいといった表情のアーチャー、自身はともかくアイリスフィールの損耗が激しい為動けないセイバー、同じくケイネスの消耗が凄まじいため動くに動けぬランサー。だが、その中でただ一人、英雄王のみは悠然と変わらぬ姿を見せつけている。地獄の様な闘いの中で尚その慢心を崩さなかった最古の王は、悠然とほほ笑むと、騎士王の善戦を称賛した。その手に握るのは、紅く螺旋を抉るドリルの様な剣らしき武器。

 

「よくぞ、我に乖離剣(エア)を抜かせた騎士王。否、アルトリア・ペンドラゴンよ。貴様との戦いは中々に愉しめた。――――我の寵姫になる気はないか?」

「ふ……ふふ。貴様も、愉快な……男、だ。今、殺そうと、している、女に……求愛する、とはな。――――だが、まぁ。来世で……会う、機会があれば……王でなく、姫に……なってみるのも良いのかも、なぁ」

「そうか。――――では疾く死ぬが良い、騎士王。そして来世にて我に会いに来い(・・・・・・・)

 

 そう言って、騎士王に歩み寄ったギルガメッシュは手ずからその細頸を締め上げる。唇を血で濡らした少女の首を絞めるその姿は何処か艶かしい美しさを帯びながら、数瞬で終わりを告げた。

 

――――――――光と化した騎士王は、消滅するその瞬間も、その顔に勝ち誇ったような笑みを浮かべながら消えていく。

 

 

 この戦争における最初の脱落者となったバーサーカー。彼女の笑顔の意味を他の陣営が知るのは、もっと先の事である。

 

 

【024:See you later.】

 

 

 そして同時刻。間桐邸の蟲蔵で、雁夜はその手に焼きついたままの二画の令呪を眺めつつ、彼のサーヴァントと同じ笑みを浮かべていた。――――大凡彼の思い描いた中で完璧に近い状況で、事態は進行しつつある。

 

『ふむ。随分と良い顔をしておるのぅ、雁夜よ』

「仕方ないだろ? 何しろ、俺のサーヴァントは最強なんだからな」

『その意気や結構。……しかし慢心するでないぞ雁夜よ』

 

 

「————わかってる。俺たちにとってはこれからが、重要なんだから」


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