Fate/Zure   作:黒山羊

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020:He awakes.

 キャスター陣営の地下空間。その空間に鳴り響くのは、大凡英霊の工房らしからぬ爆音であった。あちこちで鳴り響くのは工事現場でお馴染みの重低音と、金属を繰り返し硬いものに叩きつけるような高音。彼らが防音用の結界を張っていなければ、確実に冬木市民から下水管理局に苦情が入っただろうその音は、キャスター陣営が昼夜を徹して穴を掘っている音である。

 

 下水道の壁の一部を破壊してむき出しの地盤をひたすら掘削したキャスターとその部下達は泥塗れになりながらも概ね目的の深度まで到達していた。その深さなんと地下五百メートル。アラビアでお馴染みの風の加護をマリクが施してくれなければ、呼吸も儘ならない深さである。手持ちの削岩機と大型シャベルとツルハシで掘りに掘った結果がコレだ。地下鉄より深いのは言うまでもなく、下手な核シェルターよりも十倍は深いと言えば、その凄まじさが判るだろうか。

 

 そんな地下空間では現在、拡張作業と共に急ピッチで壁の左官工事やら、排気ダクトの取り付けやらを行っていた。専科百般スキルの内、工作術を持つ面々が、ヤスミーンが購入してきた「土木施工管理技士」だの「電気工事士」だの「空調給排水管理監督者」だのを始めとする各種土木業関連の書物を読み漁った結果、この地下掘削工事は安全に進行していた。文書の速読丸暗記は間諜の基本である為、即席の土木業者になる事は工作班にとって他愛ないことだったらしい。

 

 そんな訳で、拡張工事の騒音が響く中、龍之介とその側近ポジションにいつの間にか収まったヤスミーンは完成済みの区画で水晶玉を見ていた。キャスターの内でも数少ない「伝令担当」が捕まえて来たカラス。それにマリクを筆頭にする魔術・呪術班が使い魔化を行い、挙句に宝具「秘術夢幻香」をドーピングした結果異常に強化されたそれは、現状ザイードの監視用、というか心配した兄妹達による見守り用としてザイードの拠点を監視している。流石にザイードも高度一万メートルから透視の魔術を用いて監視されているなど夢にも思うまい。

 

 仲間外れを嫌うキャスター達の過保護っぷりは並大抵では無かった。

 

 その間諜能力を他のマスター暗殺などに生かせればいいのだが、最弱のサーヴァントの最弱っぷりは伊達ではない。アサシンクラスならまだしもキャスタークラスである彼らは気配遮断を持たない。そんなザマでマスター暗殺など夢のまた夢であった。本音を言えばザイードを連れ戻したいのだが、その許可は龍之介から降りていない。――――暗殺者の命は自己責任が基本なのでそれに反発するキャスターはいなかったが、それでも気になるものは気になる。この水晶玉はそういう事情で設置されているのだった。

 

 それを暫し眺めていた二人だが、工事状況を報告に来た工作班の班長に声を掛けられ、意識をそちらに向ける。

 

「龍之介兄貴に姉貴、ちょっといいっすか」

「――――ん? ああ、アリー君じゃん。ヘルメットと作業着で一瞬判んなかったよ。なんか出稼ぎ労働者って感じだね」

「まぁ、だいたいやってる事はその通りっすね。で、報告なんすけど、居住区画と呪術班の工房の引越し完了したっす」

「やったじゃん。取り敢えずこんだけ深けりゃ街が吹っ飛んでも俺らは無事でしょ」

「サーヴァント的にはヘタレ極まりないっすね、まぁ俺らは生き残るのが目的なんでヘタレ上等っす」

「その意気だぜアリー君で、次はなんだっけ。酸素?」

「そうっすね。マリクの兄貴達が細工した苔を使って酸素発生用の部屋を確保する予定っす。なんでもコーゴーセー効率がどうとか言ってたんすけど、俺にはよくわかんないんでマリクの兄貴に聞いてもらえるとありがたいっす」

「成る程。報告ご苦労、アリー。引き続き工事を続けろ。――――龍之介殿が窒息されては一大事だ。換気設備を充実させておくように」

「了解っす、姉貴。あ、コレ、今の所の拠点地図っす。居住区画は換気ダクトも稼働してるんで今日からでも住めるっすよ。若干ペンキ臭いっすけどね」

 

 そんな会話を交わし、アリーという名の作業着を着たキャスターはヤスミーンに地図を手渡して去っていく。その背を見送った後、龍之介はふと思い立ったように彼付きの兵士を手招きし、何やら耳打ちしてから財布を持たせ、地上へと送り出した。それからさらに、ヤスミーンに楽しげな顔で提案する。

 

「ヤスミン。ちょっと良いこと閃いたから、アトリエ(・・・・)行かない?」

「畏まりました。アトリエの移転先は――――居住区画最奥部ですね。参りましょう。ストックも移動済みのようですし」

 

 即了承したヤスミーンは、龍之介を伴って居住区画の奥へと向かう。キャスターの工房は最早、地下に潜り過ぎてダンジョンの様相を呈し始めていた。

 

 

【020:He awakes.】

 

 

 冬木教会。新都の小高い丘の上に立つこの協会にある綺礼の私室にアーチャーが訪れたのはその日が二度目だった。前回の訪問で彼は綺礼が自分に似ていると語り、このままでは取り返しがつかなくなると綺礼に説いた。曰く、綺礼は人の不幸を蜜の味だと感じる性質を持って生まれて来た人間であり、それを自覚せねばならないとの事である。

 

 当然ながら綺礼にとってその言葉は否定するべきものであり、否定したいものであった。だが、アーチャーはそんな彼の心を解きほぐす様に、救いの言葉を投げ掛けた。

 

————悪徳を為さずとも、綺礼は細やかな喜び程度なら体感できるのだ、と。

 

 何を馬鹿な、と一蹴する事は綺礼には出来なかった。彼は今までの人生全てを費やして、その手段を求めていたのだから。

 

 そして現在。アーチャーは綺礼にその手段を説いていた。

 

「————綺礼殿。要するに我々の心を満たす手段で以って、善行という結果を得る。ただそれだけの事なのです。何も難しいことはありますまい」

「すまないがアーチャー。もし我が身が他者の不幸を快となすのならば、他人を不幸にしながら善行を積むというのは矛盾するのではないだろうか?」

「ふぅむ。存外綺礼殿は頭が固いのですな。————そうですね。では、例えば貴方に子供がいるとしましょう」

「例えば、ではなく子供ならいるとも。————まぁ、孤児院に預けているのだがな」

「それなら話が早いですな。さて、貴方のお子さんがケーキが好きだと仮定しましょうか。貴方のお子さんが、何か悪戯を行い、貴方が普通にに叱ったとしましょうか。————想像してみて下さい。その状況を」

 

 取り敢えず言われた通りに夢想する綺礼。()が甘味を好んでいると仮定した上で、彼女の悪戯を綺礼が叱る。————特にこれといって、感慨はない。そんな状況になれば、綺礼は一応彼の知る範囲での父親らしい行動を模倣するのだろうが、それに対して思う所は全くなかった。

 

 一体これを想像して何の意味があるのだろうか。そう綺礼が首を傾げた直後、ジル・ド・レェは新たな『仮定』を語った。

 

「では、少し異なるパターンを想像してみて下さい。貴方は彼女を叱りませんでしたが、おもむろに冷蔵庫から二人分のケーキを取り出し、彼女の眼前で実に美味しそうに平らげました」

 

 ふむ、と綺礼は再び空想する。————その場合、娘は恐らく初めは激怒する。何故、自分の分(・・・・)を綺礼が食べるのだ、と。そしてその直後、はたと気付くはずだ。自分が悪戯さえしていなければ、アレを二人で食べる予定だったのではないかと。その直後、幼い彼女は数刻前の自身を憎悪する。やり場の無い怒りと悲しみ。そして遂に少女は俯いて泣き出してしまう。恐らく綺礼に縋り付き、次からは悪戯をしないと自発的に誓約するだろう。

 

 と。そこまで想像して、綺礼は自身が微笑しているのに気が付いた。それを見たジル・ド・レェは、深くうなづくと綺礼に語りかける。

 

「幼子の世界は狭い。自身の好物を目の前で食われるというのは彼らにとっては地獄の責め苦に他なりません。その絶望に歪み、涙に濡れる表情はきっと素晴らしいものでしょうねぇ……。まぁ、そこから逸脱して本当に地獄の責め苦を味わせてしまうと私の二の舞ですが。————何故に私はあの様な勿体の無いことをしたのやら。一瞬の快楽のために長く楽しめた筈の幸福を捨てたのですよ、私は」

 

 何やら自分を責めるジル・ド・レェ。その責めるポイントが『勿体なさ』である辺り、彼が発狂後の自分を嫌う理由は『サディストとしての美学の違い』によるものらしい。————しばし苦悶していた彼は、ごほんと一つ咳払いをすると、綺礼に想像させた仮定の真意を説明した。

 

「————今し方の例え話の要は、『どちらも第三者から見れば単なる教育的指導』になるという事です。後者も単なる『悪い子はおやつ抜き』というだけの事ですし。ですが、我々の嗜癖という点では前者と後者には大きな隔たりがあります」

「後者は私を満足させてくれる、という事か?」

「その通り。ごく普通の『子供の教育』も、盛り付けや調理法次第で極上の美味へと変じるのですよ、綺礼殿。如何に他者から見て『善行、或いはごく普通の事』と認識されたまま、我々の嗜好を満たすか? ————それを考えながら生活するだけで、世界は楽園へと変じるのです」

「…………成る程。大凡理解はしたが、俄かには信じ難いな。今までの私の苦悩が、思考一つで変わるなど」

「そうでしょうな。ですが、ここは一つ騙されたと思ってその思考を続けてご覧なさい。————さて、そろそろトキオミ殿と今後の戦略を考えねばなりません。今日はここでお暇させて頂きましょう」

「そうか。ではな、アーチャー」

「ええ。またいずれお邪魔しますよ。綺礼殿」

 

 そんな言葉とともに、アーチャーは実体化を解いて消えていく。彼が使っていた酒盃を片付けながら、綺礼は自身の思考を変えてみようと少しづつ試みるのだった。

 

 

* * * * * *

 

 

————クッソ眠い。

 

 ギルガメッシュに連れられて、今日も今日とて冬木の街を周るウェイバー。彼は、今強烈な眠気に襲われていた。不眠の呪いは彼に睡眠を許さないが、眠気が来ない訳ではない。そんな訳で彼は、眠気をどうにかするべく、薬局でカフェインを買い求めていた。最早軽いカフェイン中毒だが、これが無いと頭が痛くて仕方がないのだ。

 

「溝鼠、眉間に皺がよっているぞ。————我と違って貴様の面構えではむくれている様にしか見えぬのが難点よな」

「頭が痛いんだよ。……この薬、目は覚めるんだけど頭痛がなぁ」

「中毒症状ではないか。貴様、薬物耐性も脆弱とは心底溝鼠……いや、天竺鼠よな」

「誰がモルモットだ、誰が。それより、お前魔力は大丈夫か? 僕は頭痛以外は体調良いし、魔術回路も好調だけど」

「うむ。この時代のモノはどうにも安っぽいが、取り敢えずは食事によって十全に回復しているな」

 

 そう言ってギルガメッシュは鼻を鳴らす。安っぽい安っぽいというが、彼が喰っているのは基本的に三ツ星かつ一見さんお断りレベルの高級店である。同席するウェイバーはそのせいで強制的にテーブルマナーが磨かれているといえば、どういう店に出入りしているかは想像がつくだろう。取り敢えず箸が使えるようになったのは良かったといえば良かったが、心労と比較するとプライスレスとは言い難い。

 

 まぁ、ギルガメッシュは偶に『王の勘』などと言って深山町の隠れた名店だのを掘り当てているので、毎食毎食ストレスフルな訳ではないが。————因みに英雄王の勘は高級品関連にのみ働く為、ウェイバーは何らかのスキルかと疑ったのだがそんな物はマスターの透視力でも見えない。

 

 だが、確かにここ数日ギルガメッシュは食事をしっかりと採って魔力を回復させていたのだろう。そのステータスに不調の影はない。

 

「そう案ずるな鼠。ハゲるぞ」

「お前どんだけ僕をハゲ扱いしたいの?」

 

 今日も喧しいライダー陣営。その脇を通り過ぎて行った一人の男。その直後、ギルガメッシュが一瞬だけ足を止めて振り返る。

 

「どうかしたのか? ライダー?」

「————いや、気にするな。牙の抜けた豹を狩ってもつまらんのでな。捨て置くとする」

 

 その発言を受けたウェイバーが首を傾げる中、ギルガメッシュがチラリと目で追った不良は業務用食料品店へと入って行った。

 

 

* * * * * *

 

 

 視点は再び地下に戻る。夕方、キャスター陣営のアジトでは、新設された集会場で龍之介主催の完成記念パーティーが行われていた。酒も豚もNGなキャスター達が飲み食いするのは飲むヨーグルトと鯖の塩焼き。丸々一匹を串に刺して炭火で焼いたそれは、キャスター的にも意外と抵抗なく食べられるものらしい。無論調理担当のキャスターが生きた状態から〆て調理した為、調理法も問題ない。

 

 換気ダクトの完成により、地下でのバーベキューが可能となっているのだ。酸素プラントも順調に稼働している。

 

「いやー。これで漸く安心して旦那のサポートに専念できるね」

「ザイードめの為に此処までの工事に踏み切るとは、龍之介殿はお優しい」

「いやいや、旦那の為になるって事は、俺たちの為になる事だからね。ヤスミンも分かるでしょ」

 

 

 そう言って、龍之介は口角を上げた。安全策を講じに講じたキャスター陣営は、これより外部で戦うザイードのサポートに移行する。その指揮を執る龍之介は、今日の会心作である「人間ソファ」に腰掛けながら飲むヨーグルトを飲むのだった。

 

 

「…………ところで、なんで飲むヨーグルトなの、ヤスミン? しかも甘くないし。塩っぱいヨーグルトって新鮮だね」

「ああ、ラバンですね。我々は生前よく飲んでいましたので、取り敢えず自作してみました。美味しいですよ、ラバン」

 

 

————なんだか締まらないのは、相変わらずである。


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