「おい溝鼠よ。その眼を瞑るのをやめよ」
「……使い魔を操ってるときはこうしてないと気が散るんだよ」
「ならばそんなモノ操るでないわ。そうしておると我の前で鼠風情が惰眠をむさぼっている様に見えて不快ゆえな」
「…………前から思ってたけど、お前、理不尽過ぎるだろ」
「王故に致し方なし。そも王とは理不尽なものであろう? しかしまぁ、溝鼠が見つけた唯一の趣味が覗きであれば、それを奪うだけというのも哀れではある、か」
「おい、人を覗き魔みたいに言うな。これは偵察だってば」
「…………む!? まさか貴様、それ程覗き見に熱中しておきながら女の裸すら拝んでおらんのか? ――――フハハハハハハハハハッッ! やはり貴様は愉快よなぁ、溝鼠! 小心者にも程があろうよ!」
「何でッ! 覗きをッ! してなくてッ! 馬鹿にされるんだよォォォッッ!!!!」
というのが、英雄王がお買い上げした高級マンションにおいて行われた、ライダー陣営の愉快な朝の会話である。その後、英雄王が爆笑しながらも取り出した『遠見の水晶玉』なる宝具が問答無用に見たい場所を写せるという反則極まりないアイテムであり、これを使って偵察する様にウェイバーに提案。取り敢えずウェイバーも便利は便利なので暫くは使用していた。が、そこで英雄王が水晶玉の映像をどこぞの女風呂――恐らくは日本の何処かの温泉宿――と接続したものだから、ウェイバーが茹で蛸の様に赤面してしまい、ギルガメッシュは抱腹絶倒。その後ウェイバーがいじけたり、英雄王が笑い過ぎてむせまくったりと色々あって、現在は夕方。
取り敢えずギルガメッシュはその後は流石に悪戯はしなかったため、ウェイバーは取り敢えず水晶玉の映像――構造的にはプロジェクターに近いのか、空中に映像が浮かび上がっている――で以て、アインツベルン陣営らしき二人組を追っていた。その間、ギルガメッシュは隣で『週刊少年ファンガス』だの『月刊えっぐぷらんつ』だのといった漫画雑誌を読み漁ったり、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の全巻読破を試みたりと読書を堪能していたが、どうやら読む本も無くなったのか、気晴らしのウェイバー弄りを再開し始めた。
「む、どうした鼠。何やら先程からその女を追っている様だが。……さては、惚れたか?」
「なわけないだろ。あれは多分、アインツベルンのマスターだと思う。銀髪赤目はアインツベルンの特徴みたいだし。で、隣にいる怪しいのが多分サーヴァントだ。顔が良く見えないけど」
「……なんだ、つまらん。貴様の童貞力はその程度か溝鼠」
「いや、童貞力ってなんだよ」
「英雄王ジョークだ。笑ってよいぞ」
「……何処で笑えと?」
「む。溝鼠にはちと高度であったか。……まぁよい。ところで鼠よ」
「なんだよ? ……また下ネタか? どうせ、『服だけ透ける機能がある』とかそんなんだろ」
「む、確かにその水晶玉には服だけを透視する機能があるが、今はその話題ではない。……貴様が見ているアインツベルンとやらが、仕掛けるようだぞ」
「……これは、倉庫街の方に向かってるのか?」
「獲物を見つけたのであろうよ。…………我の無聊を慰める程度には愉快な闘いだとよいのだがな?」
そう言ってカラカラと笑うギルガメッシュは、虚空からワインと摘みを取り出した。野球中継か何かを見る様なその態度にウェイバーは『もっと真面目にしろよ』と言いたくなったが、その言葉をぐっと飲み込んで映像に意識を向けた。――――その中では、アインツベルンのサーヴァントと、ひげ面の大男が対峙している。その大男の隣には、ウェイバーも良く見知ったケイネスの姿がある。
聖杯戦争の第二幕は、夜の帳が落ちた海浜倉庫街にて開けようとしていた。
【011:Destructive fight.】
倉庫街にやってきたセイバー達を出迎えたのはサーヴァントと思しき髭面の大男とロード・エルメロイ。時計塔にその名を轟かせる若き天才魔術師を前に、アイリスフィールとセイバーは静かに戦闘態勢に移行する。切嗣は先回りして狙撃ポイントに移動している筈であり、そうとなれば切嗣が必殺のタイミングで敵マスターを抹殺出来る様にセイバーは相手の注意を全力で引き付けなくてはならない。故に、彼から先に声をかけるのは必然だった。
「その荒々しい闘気、サーヴァントに相違ないな?」
そう問いかけたセイバーに対し、相手のサーヴァントは――――とんでもない答えを返した。
「うむ。余は此度の聖杯戦争においてランサークラスで現界したサーヴァント――――征服王イスカンダルである!」
「ほう、ランサーか。…………ん? いや、ちょっと待て。俺の聞き間違いでないなら、貴様今とんでもない事を言わなかったか?」
「ん? 聞こえなんだのならばもう一度言ってやろう。――――余が征服王イスカンダル、偉大なるマケドニアの王である!」
大事な事を二回言ったランサーの態度に、その隣のケイネスは諦めの表情を浮かべ、セイバーは「コイツ頭おかしいんじゃなかろうか」と思いながらもその両手に自身の宝具を出現させる。――――現れたのは青い短剣と黄の短槍。槍と剣を触媒にして召喚された彼だからこそできる、『セイバークラスにあるまじき槍装備』に、ランサーは興味深げに眼を細めた。
「ほほう。剣と槍とはまた珍妙な組み合わせだな、セイバー」
「ほう? 俺がセイバーだと決めつけて良いのか、征服王。エクストラクラスの類かも知れんぞ?」
「その時はその時よ。取り敢えずは余がランサーである以上、貴様をセイバーと言う事にしておいた方が無難だろうさ」
「そうか。ならばそう言う事にしておくとして、だ。――――サーヴァントセイバー、推して参る」
そう言いきるとともに、セイバーは青と黄の閃光をランサーに叩きつける。どちらも必殺の威力で以て放たれたその連撃はしかし、ランサーが出現させたひと振りの長槍によって弾かれた。
「……そう易々とは討ち取らせてくれんか」
「易々と討ち取られるようでは余は征服王などと呼ばれておらんわ」
お互いに冗談を叩きあいながらも、二騎のサーヴァントは常人では到底捕えられぬ速度で武器を交える。セイバーの流れるような武技に対し、ランサーのそれはまるで嵐の様な剛槍である。二人が交錯するたびに足場と成ったコンクリート敷きの地面は砕け散り、巻き起こる暴風で周囲のコンテナが揺さぶられてガタガタと音を立てる。
そんな戦闘の傍らで、マスター同士の戦闘もまた始まりつつあった。
ケイネスが小脇に抱えた壺から取り出したのは、まるでスライムの様に蠢く水銀の塊。常に流動するその礼装はケイネスの持つ風と水の二重属性が生かされた万能兵器
「……最高峰と呼び声高いアインツベルンのホムンクルスにしては随分と貧相な礼装ではないかね? 私の月霊髄液を侮っているのか、それとも戦闘タイプのホムンクルスではないのか。……いや、そんな事はどうでも良いか。アインツベルンのマスターよ、私の前に立ったのが君の不運だったと思いたまえ。――――
超高速で迫る水銀の刃。液体であるそれを受け止める事は不可能であり、その斬撃は大きく弧を描いてアイリスフィールの退路を塞ぎながら彼女の胴を横薙ぎにせんとする。しかし、それを見過ごす程『剣の英霊』は甘くない。イスカンダルとの激闘の最中でありながら、セイバーはまるで軽業の様に天高く跳躍すると紅槍を召喚し、『足で投擲』した。その一撃は狙い違わず高速でアイリスフィールへと迫る水銀の刃に直撃し――――その直後、月霊髄液は只の水銀と化して地面に零れ落ちる。
「魔術封じの宝具か!? ……厄介な!」
思わず舌打ちをするケイネスを尻目に颯爽とアイリの前に降り立ったセイバーは、紅槍を引きぬき黄槍と持ち替えた。それは即ち、次からはノータイムでこの槍がケイネスの魔術に向けて放たれるという事である。
「英霊を甘く見るなよランサーのマスター。俺の目の前ではアイリ様に指一本たりとて触れる事適わぬと思え」
「……敏捷値でランサーを大きく上回るとはな。……ランサー、宝具の開帳を許す。全力で奴を食い止めろ。――――その隙に私はアインツベルンを仕留める」
ケイネスは素早く月霊髄液を復元させ、ランサーに指示を飛ばす。それに呼応するように、アイリとセイバーもより一層緊張を高めつつ武器を構えた。
――――直後。
全身の毛が逆立つような感覚を感じたセイバーと、同じくそれを感じたらしいランサー、そして倉庫街から少し離れた位置に陣取っていた切嗣の三名は、お互いの相棒を抱えて全力でその場から退避した。セイバーはアイリスフィールを抱えて跳躍し、ランサーはケイネスを『空間の裂け目』へと引きずり込み、切嗣は魔術による超スピードで持って舞弥を抱えて戦線を離脱する。
その一瞬の後に、倉庫街を黒い極光が灼き払う。視界を塗りつぶす暗黒の輝きの中で、セイバーの聴覚はその直前に放たれた咆哮を捕えていた。それは、まさしく宝具の真名解放。――――そして、その武器の名が示すのは、流石のディルムッド・オディナも肝を冷やすような大英雄。
彼の耳が捕えた咆哮は、確かにこう聞こえたのだ。
「
――――と。