フレイヤが次々と繰り出す攻撃。それに対し、一子はそれを尽く自身の持つ薙刀で弾く。速度の劣る彼女がそれを実行するには先に動くしかないが、今の彼女にはまるで未来を予知するかのように次に来る攻撃の軌跡が見えていたのだ。
「今度はこっちが攻めさせてもらうわ!!」
そして攻守が逆転する。今度は一子が連続して攻撃をし、フレイヤがそれを打ち落とす。
「一子ちゃん、距離をとりましたね」
「ええ、リーチの差を上手く活かしていますわ」
同じ長物を扱う同士であるが、フレイヤは携帯性を重視して短めの杖を用いている。そのため、一子の使う薙刀に比べ僅かに長さで劣るのだ。その差を上手く活かして自分の攻撃はぎりぎり届くが相手の攻撃は届かない距離から攻めていた。以前の一子は折角長物を使っているにも関わらずその利点をいまひとつ上手く活かせていなかったが、制空圏の習得により間合いを正確に捉えられることになったおかげでこういう戦い方もできるようになったのである。
「どうやら、まぐれではなさそうだな」
一子が自分と同じ領域に踏み込んで来たことを理解するフレイヤ。先程までの指導する感覚から、対等に近い相手に対する感覚へと切り替える。
「久賀館流極意”雷鳴”!!」
杖を使って棒高跳びのように高く飛び上がり、頭上へと間合いを一気に詰めるとそのまま攻撃へと移る。
「くっ」
振り下ろされた杖を薙刀で受け止める一子。しかしフレイヤが放った技は2段がさねの技であった。蹴りの後に振り下ろされたの杖が無防備になった彼女の背中を叩きつける。
「っつ!!」
苦悶の声を上げながらも痛みに耐えて素早く振り返り、攻撃をした後、一子の背中側に着地していたフレイヤに向き合う。
「川神流、大輪花火!!」
「久賀館流極”閃雲”!!」
両者同時に技を繰り出す。切り上げる技と振り下ろす技。対極の軌道を描く技同士がぶつかりあい、互いの武器が衝突、そして両方が弾かれる。
「川神流、鳥落とし・改!!」
本来は足で踏み込んで飛び上がってサマーソルトキックを放つ技。しかし、足で踏み込む代わりに弾かれた薙刀を地面に押し付け、そのしなりを持って、着地することなく再度飛び上がる。武器と一体化とまでは行かずとも武器を己の身体の一部とするレベルに近づいた見事な応用であった。
「久賀館流極意 ”導父”・変則!!」
しかしそれが実行できるのはフレイヤも同じ。否、彼女の方が更に先駆者である。空中で杖をしならせ、その杖を解放と同時に打ちつける技を一子とのぶつかり合いでのしなりをそのまま利用し技を放つ。
「きゃああ!!」
そして先程、一子が活かしたリーチの差が今度は彼女を襲った。薙刀を飛び上がるために使い、直接的な攻撃手段は足になった一子に対し、フレイヤは杖での攻撃となり、一子の攻撃は届かず腹に強烈な一撃をくらい、地面に叩きつけられる。
「げほっ」
腹と背中、両方から来る衝撃と痛みに流石に動けなくなる一子。その喉元に杖が突きつけられる。
「なかなか大したものだったぞ。正直、ここまで梃子摺らされるとは思っていなかった」
「ま、まいりました」
相手の健闘を称えるフレイヤと潔く敗北を認める一子。決着であった。
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フレイヤとの激しい戦いで力尽き、それ以上の試合を行う体力は残されておらず、へたり込んで休む一子。
今、彼女の前ではケンイチと谷本の戦いが繰り広げられていた。谷本が次のようなことを言ったからである。
『おい、わざわざこの俺を呼んでおいて、まさか手ぶらで帰らせる訳じゃないだろうな? 兼一、てめえが代わりに相手をしろ。安心しろ。今回はあくまで試合ってことにして、命までは取らないでおいてやる』
そして現状、試合内容は谷本優勢。その頑丈さで何とか耐えてはいるもののケンイチはほとんど一方的に撃たれた状態になっている。
「どうした、妹弟子の修行にかまけてで自分自身の修行はサボってるじゃないだろうな!!」
「ぐっ、無拍子!!」
罵声の言葉を飛ばす谷本にケンイチが反撃を仕掛ける。5年の修練で、前動作をほぼゼロにまで短縮した必殺技。しかし、それさえも受け止められてしまう。同じ達人であり、真の達人に教わったもの同士であるが、才能の差か現在では谷本の実力は兼一を上回っていた。
「なまってはいないようだな」
しかしそこで谷本の攻撃が止まる。よく見ると技を受け止めた両手が僅かに痙攣していた。そのしびれを気合でかき消す谷本。
「だが、守るものが増えたってんなら、てめえはもっと強くならなきゃいけねえだろうが!!」
「!! 谷本君」
嘗て大切案存在、妹を守りきれなかったからこその魂の叫び。それを感じ取ったケンイチの目に光がともる。
「喰らえええ!!!」
「たあああああああ!!!」
谷本の放つ突きに合わせ、孤塁抜きの型を応用した蹴りを放つ。
そして両者の攻撃はほぼ同じタイミングで互いの胸を捕らえた。
「ちっ、また勝ち越しにはできなかったか」
そう言葉を漏らすと谷本は膝をつき、ケンイチは背中から倒れる。互いにダメージは大きくこれ以上の戦闘は困難なようだった。その状態で、谷本は首だけをまわし、一子を見る。
「おい、お前、今の試合、ちゃんと見ていただろうな?」
「あっ、うん、谷本さんの動きも、それに耐える兼一さんの動きも凄く参考に……あれ?」
何時の間にか達人同士の戦いを有る程度”見る”ことができるようになっていたことに気づく一子。自分自身の成長に軽い困惑をする彼女に彼は更に言葉を投げかける。
「こいつは馬鹿だが。身についた武術の技は本物だ。精精参考にしろ!!」
「なんだい、谷本君、今日はやけに優しいじゃな~い」
「うるせえ!!」
そんな谷本をちゃかす武田。殴りたいところだが、立ち上がるのが精一杯のようで、背中を向けて部屋を出て行く。
その背中を見送ると兼一の方も立ち上がり、美羽達に向かって言う。
「さて、それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「そうですわね。兼一さんも一子ちゃんもぼろぼろですし。皆さん、今日はありがとうございましたですわ」
一子のために集まってくれた新白連合の皆に頭を下げて礼を言う。
「別に気にしなくていいぜ。こうやって、たまに集まんのも楽しいしな」
「まっ、あたしら結局なんもしてないしな」
「異世界から来た女の子を見たかったってのもあるしね。こんなかわいい子でちょっとラッキーだったよ」
気のいい宇喜田、奔放なキサラ、最近ちょっと軟派になった山本が代表して答え、ついで今日、戦った者達が答える。
「いい修行になりました。こちらこそ感謝してますよ」
「がははっ、わしもじゃ」
「戦いの途中の急成長驚いた。次に戦う時は私も油断できないかもしれないな」
その言葉を聞いて一子は少し躊躇いながらもあることを尋ねる。
「えと、それじゃあ、また勝負してもらえる?」
川神学院時代は遠慮なく試合を申し込んでいたとはいえ、年上で社会人も混じった彼等に時間を割いてもらうのは流石に気兼ねするようであったが、それに対する答えは全員同じだった。
「「「「「「「勿論」」」」」」」
「あ、ありがとう!!」
大きく頭を下げて礼をする一子。
「みんな、ありがとう。けど、そこまでみんながやる気になってくれるとは思わなかったよ」
兼一も師匠として礼を言う。そこに少しの疑問をはさんで。
そしてその疑問に対し、皆が答えた。
「明るくていい子だし、何か、彼女を見てると応援したくなるんだよね」
「それに思ったよりやるみたいだしね。あたし等の方も修行になるよ」
「おめえには色々と世話になってるしな。後よ、なんとなくだがあの子見てると連想しちまうんだよな」
「うむ、あのタフさや目から感じる強い意志」
「愚直な所もそうだよね。初めて会った時、夜中に修行していんちきだなんて言ってたことを思い出すよ」
「ええ、彼女のメロディは兼一氏に似たところがあります」
「何時か、彼女もお前のように達人になるかもな。ふっ、我々も抜かれないようにしないとな」
「みんな……」
新白連合は兼一と新島が中心となり、彼等の魅力に魅かれて集まった者達が多い。故に兼一のそれに似た一子の真っ直ぐさが彼等を引き付けたのだ。
彼等の想いに感動する兼一。
しかしそこで新島が現れ、余計な言葉をつむぐ。
「それに、異世界の住人に貸しを作っとくのも何かと役立つかもしれないしな」
「新島、おまえって奴は!!」
感動を台無しにする新島に怒って突っ込む兼一。
だが新島の言った言葉は後に現実となり、異世界に新白連合支部が生まれるのであった。
それから半年の月日が流れた。その間に一子は梁山泊での修行と新白連合での組み手を繰り返し、武田の世界タイトルや宇喜田のオリンピックを観戦に行ったり裏社会科見学に参加したりと様々な経験をし……
一子は今崖の上に立っていた。
次回、一子、失意の自殺!?(ジャンプの予告風)