私と契約して魔法少女になってよ!   作:鎌井太刀

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ストック分ラスト。また亀更新に戻ります。


第六話 記憶喪失の女の子

 

 

 某県あすなろ市。

 西洋風の街並みと瀟洒なショッピングモールが複数建てられ、遊園地ラビーランドなどの大型レジャー施設も存在している。観光名所としても名高い大都市だ。

 ヨーロッパ調の煉瓦通りには評判のレストランが立ち並び、行き交う人々の顔には笑顔が多く見受けられる。

 

 そんな街の中を少女が一人、暗い顔を俯かせて歩いていた。 

 

 神名あすみは普段通り、葬式帰りのような薄暗い雰囲気を漂わせたまま、あすなろ市へとやってきた。

 ノースリーブのゴシックロリータドレス姿で、傍目からは精巧な西洋人形のようにも見える。

 

 その姿は魔法少女に変身した姿と大差なく、一応いつ魔法少女になっても良いようにという対策の一つだ。

 他の魔法少女だったならコスプレと言われるだろう手段だったが、あすみの格好は目立ちはするものの、辛うじて普通のファッションとしてクリアしていた。

 もっとも、ちらちらと人目を惹いてしまうのは、また別の問題なのでどうしようもなかったが。

 

 その取って付けたような対策にしたところで、リンネがあすみに自分好みの衣装を押しつけるための、適当な言い訳に過ぎないのは重々承知だ。

 あの女の頭の中では、あすみにゴスロリ服を着せることがジャスティスらしく、今着ている服もあの女が寄越した物の一つだった。

 

 あすみは着せかえ人形なんかじゃないと言ったところで、あの銀魔女が聞き入れるはずもないだろう。

 

 そんな飼い主の依頼した任務のため、あすみは市内にある指定された住居へと向かっていた。

 今回の仕事の一環として住むように言われた一軒家は、周囲の家同様ヨーロッパ調の外観だった。

 

 あすみの荷物はトランク一つと猫一匹しかなかったが、生活に必要な物は全て揃っているとの話だったので、引っ越しにしては身軽な荷物になった。

 元々あまり物を持とうとしないあすみは、必要ないと思った物はさっさと捨ててしまうため、私物という物が恐ろしく少ない。

 

 ちなみに銀魔女に押しつけられた物の大半が、売り払われるか仕事の同僚に譲られたりしている。捨てないだけ大人な態度だとあすみは思っていた。

 もっとも、頭のおかしな物品については、迷わず魔法で消滅させたが。

 

 ……「スク水猫耳メイド服尻尾付き(Ver.ゴシック風)」ってなに?

 

 そんな嫌な記憶を振り払った頃には、目的の場所にたどり着いていた。

 鍵を回し、新しい住居の中に入ると、一人で住むには広すぎる空間と、無駄に金を掛けた内装が目に入る。

 

 狭いアパートで母と二人で慎ましく暮らしていた頃を思えば、ここは空虚以外の何物でもなかったが、仕事を終えるまでの短い間と割り切り、内装をチェックしていった。

 真っ先に脱出路を確認するのは、必然的に身についた習慣だった。

 

 住居は屋敷と言えるほどの広さで、あすみにとっては何のために存在するのか分からない空き部屋が複数存在した。

 

 この屋敷の前の持ち主は、よほどの大家族だったのだろうか。

 そんなことを思いつつ、あすみが部屋を見て回っていくと二階の奥、一回りほど間取りの広い、恐らくはあすみの為に用意されたであろう部屋に、謎の箱が置かれていた。

 

 あすみの腰元までの高さを持つその大きな箱は、見間違えでなければ漫画で見るようなプレゼントボックスの外観をしていた。

 

「……なに、これ?」

 

 カラフルなリボンが飾られ、上にはメッセージカードが置かれている。

 とりあえずカードを手にとり、文面を確かめる。

 

『PRESENT FOR YOU! あすみん(はーと)』

 

 文末にはデフォルメされたリンネの笑顔が、無駄に上手に描かれていた。

 即座に破り捨て、何も見なかったことにしたあすみは、問題の箱を改めて調査する。

 

 たとえ中にプラスチック爆弾が敷き詰められていたとしても、あの銀魔女のことだからちっとも不思議ではなかった。

 あの女が寄越したという時点で、どうやっても爆弾であるのは間違いないだろうが。

 

 爆発物の解体作業をするように、あすみは慎重にラッピングを解いていく。

 あと少しで開けられるという頃、ガタガタと箱が揺れ出した。

 

 まさかの時限式かと瞬時に飛び退き、あすみは魔法で防御結界を展開する。

 正直、こんな近距離の密閉空間で爆破されたら、たとえ魔法少女と言えども致命傷は必至だ。

 

 反抗的なあすみをついに銀魔女が始末に出たのかと内心戦慄していると、箱がボンッと開いた。

 

「出ーせー!!」

 

 中から飛び出てきたのは爆弾ではなく、何故か全裸の少女だった。

 裸の少女とあすみの視線が交わる。

 

「わたしを閉じこめていた誘拐犯は……あなたなの?」

 

 振り上げた両手の拳を降ろし、少女は構えながらあすみへ問いかけた。 

 ……あの外道魔女、ついに誘拐までしたのか。

 

 内心、納得と怒りを覚える。

 もちろんその怒りは義憤などではなく、単なるあすみに面倒事を押しつけた事に対する苛立ちだ。

 

 銀魔女から与えられた護衛任務と、先ほどのメッセージカードを考えれば、目の前の少女があすみの護衛対象なのだろう。

 

 どこからか浚ってきた少女を守れとは、ふざけるのも大概にして欲しいものだ。

 そんな事情を察しつつ、あすみが誘拐犯かどうかの質問には首を横に振る。

 

「……違う。あなたこそ、誰?」

 

 嘘は言ってない。

 誘拐犯は別にいるし、むしろあすみは巻き込まれた被害者だと開き直る。

 

 真顔で何ら後ろめたいことがないと言い切るあすみの視線に、少女は拳を降ろすとなぜか頭を抱え始めた。

 

「わたしは……あれ? あれれ、なんで? ど、どうしよう! わたし記憶がない!?」

「……名前も?」

「かずみ! でも名字も家もわかんない! どうしよう、わたし記憶がない!」

「……ふーん」

「あ、その顔信じてないな! ひっどーい!」

 

 うがーっと、かずみという名前らしい少女が猫のように威嚇する。

 それを見てあすみは溜息を一つ。

 

「……この顔は『心底どうでもいい』っていう顔よ」

「余計ひっどーい! っていうかあなたは誰なの!? 人に名前聞いといて、自分だけ教えないなんてズルいよ!」

「……別にあなたの名前なんて、興味なかったんだけど。

 わたしは神名あすみ。不本意ながら『あなたを守れ』と命令された者よ」

 

 名前を聞いたのは確認する意味合いと、呼び名がないと面倒だな程度の認識がせいぜいだった。

 少女が本当に記憶喪失かどうかなんてのは、あすみにとって正真正銘他人事であり至極どうでも良かったのだ。

 

 あすみの言葉を聞き、かずみは顔中にはてなマークを浮かべる。

 

「わたしを守る? じゃあ、あなたはわたしの味方? っていうかわたし、誰かに狙われてるの? 命令って? 誰に?」

 

 ピーチクパーチク喧しい奴だ。

 いっそ物理的に黙らせてやろうかと、あすみは思案する。

 

 銀魔女は、ただ守れと言った。

 

 それが生命のみを保証するものであれば、むしろ早めに<躾>した方があすみも仕事がやり易くなるだろう。

 

 その後の、かずみの精神の無事は一切保証しないが。

 ふと沸いた刹那的な殺意は迅速に行動へと移された。

 

 殺すと思った時には殺している。

 それが理想だと、数多の魔法少女達を廃人にしてきた少女は考える。

 

 無表情であすみは静かに魔力を練り上げた。

 精神を操作する魔法。

 

 他者を発狂させることも、思考を弄ることも容易なこの魔法こそ、あすみが他の魔法少女達から恐れられる理由。

 

 そして恐らくは、銀魔女があすみに目をかけている最たる由縁だった。

 

 この魔法は魔法少女に対する絶対的な切り札であり、魔法少女を魔女へと貶める銀魔女にとって、さぞや都合の良い道具なのだろう。

 だからあの女にあすみが心を許すことは、未来永劫あり得ないと断言できるのだ。

 

 あすみは灰色の瞳でかずみの精神を捕捉し、さあ魔法を行使しようとした刹那――ぐうううぅ……と盛大に腹の音が鳴り響いた。

 

 もちろんあすみではなく、目の前のマッパ少女のものだ。

 視線を合わせると、かずみの視線が露骨に泳いでいた。

 

「……わ、わたしじゃないよ?」

 

 嘘を付け。

 

 するならもっとマシな言い訳をして欲しい。

 聞いてるこちらが居たたまれなくなる。

 

 少女は自身のお腹に手を当てて、赤面していた。

 そしてはっと何か重大な事実に気付いたような、驚愕の顔を浮かべる。

 

「あれ……な、なんでわたし裸なの!?」

「……今頃気付いたの?」

 

 その後、仕方なしにあすみの予備の服をくれてやった。

 体型的にもそれほど違いはなかったようで、あすみのゴスロリ衣装は問題なくかずみに着ることができた。 

 

 精神的に子供としか思えないかずみと同じ体型というのは、少々思うところがないわけではなかったが。

 自身が年齢的には間違いなく子供であることを棚に上げつつ、あすみはそう思った。

 

 渡した服がさり気なく自分にはやや大きめな物だったことについては、完全に思考から消去していた。

 

「この服、ありがとう! 素敵な服ね! あすみちゃんとお揃い!」

 

 かずみは嬉しそうにくるくるとターンした。

 まるで自分の尻尾を追いかける犬のようだ。

 

 同系統の意匠のせいか、端からはあすみとのペアルックに見えなくもない。

 そこまで考え、銀魔女の満面の笑みを想像してしまい吐き気がした。

 

 決して、アイツが喜びそうなシチュエーションだなどとは考えていない。

 一方のかずみは、今度は体ではなく目を回していた。

 

「お、お腹空いたぁ……」

 

 どうやら空腹と無駄な運動によるカロリー消費で、頭に血が上らなくなったのだろう。

 とことんアホの娘である。

 

「……騒がしい奴」

 

 こんな間抜けな生き物は、あすみの人生の中でかつて一度も見たことがない。

 殺意のタイミングも逃してしまい、なんとなく気勢が削がれてしまった。

 

 その時、開けっ放しだった扉から黒猫が部屋に入り込んでくる。

 黒猫はあすみに向かって、にゃあと鳴いてみせた。

 飯はまだかと催促しているのだろう。

 

「わわ、猫だー!」

 

 黒猫に気づいたかずみは、ばっと顔を上げ黒猫を撫でようと手を延ばすが、黒猫は俊敏な動きで逃げ出してしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってぇっ!?」

 

 何故かそれを、四つん這いで追いかけ始めるかずみ。

 

 ころころと表情が変わり落ち着きが全くない。

 というか、空腹はもういいのか。

 

 ペットが二匹に増えたような物だ。

 そう思ったあすみは、大きな溜息を吐いた。

 

「……仕方ないわね」

 

 もう既に、あすみのやる気は全くなくなっていた。

 

 とりあえず、あすみは餌を用意することにする。

 自分の他にも、一人と一匹分。

 

 どこかで性悪魔女が笑った気がしたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 結局、黒猫を捕まえることはできなかったらしく、今度こそ空腹による貧血でぶっ倒れたかずみだったが、あすみが夕食を作り終えるとその匂いで目が覚めていた。

 

 現金な奴だ。

 

「いっただっきまーす!!」

 

 目を輝かせて食事にありつく様は、やはり子供だ。

 

 その隙に黒猫用のご飯を、かずみの視界に入らない場所に置いてやる。

 片目の猫はその機会を逃すことなく、かずみを警戒した様子で餌を喰らっていた。

 いつもより慌ただしい食べ方なのは、気のせいではないだろう。

 

 短い鬼ごっこは、黒猫に警戒されるには十分な出来事だったらしい。

 かずみが黒猫に触れる機会は今後もなさそうだ。

 

「もぐもぐ、おおっうまっ、ウマーイ!」

 

 そんな事は露とも知らず、かずみは料理に夢中だった。

 別に大した料理は出していないはずだ。

 

 冷蔵庫に用意されていた食材を使った普通の家庭料理。

 卵があったので、手早にオムライスを作っただけだ。

 お米は炊く時間がなかったのでパックに入っていた物を使ったが。

 

 あすみの料理の腕は母が亡くなった頃から止まっている。

 それ以降は作る機会がなく、魔法少女になった時には美味しさを求める意味を失っていた。

 

 あすみの料理を喜んでくれた母は、もういない。

 それ以外の誰かに喜んで貰おうなどと、あすみには考えられなかった。

 

「あすみちゃんって、料理上手なんだね!」

 

 だからかずみのそれは、単なるお世辞としか思えなかった。

 手馴れこそしているものの、あすみのそれは子供のお手伝いレベルでしかないのだから。

 

 そして一方的に騒がしい食事も終わりに近づく頃、かずみはテンションが上がったのか馴れ馴れしくあすみに質問してきた。

 

「あのね、あすみちゃん。教えて欲しいことがあるんだけど!」

 

 ちらりとかずみの皿を見れば、まだご飯粒が少し残っていた。

 だからあすみは冷めた視線でかずみを黙らせる。

 

「……わたしには許せない存在がたくさんある。

 その中でも三本の指に入るのが、ご飯を粗末にする奴」

 

 貧しくとも幸せだった頃。

 母から教わった人として大切な事の多くを裏切ってしまったあすみだが、せめて守れる物だけは守りたかった。

 

 今のあすみを形成したともいえる、母のいない地獄の日々。

 給食の残飯をぶち撒けられた暗い記憶は、今なおその臭いが悪夢に出てくる。

 

 まともにありつけない食事。

 出される食べる者のことを考えていない料理とも呼べない物。

 あすみは食べる事ができないのに、目の前で粗末にされ続ける食材達。

 

 それら無数のトラウマを想起し、あすみは冷たい声を出した。

 

「ご飯粒残す奴と、まともに会話する気はない」

 

 その言葉でかずみは皿に残ったご飯粒に気付くと、慌ててあすみに謝った。

 

「あ、ごめんね! 今食べる! 食べるからちゃんとお話してね!」

 

 お皿に残ったご飯粒を、かずみはもちもちと舐めとった。

 汚いし行儀が悪い……が、その素直さは不快ではなかった。

 

 今更行儀に拘るようなお上品な育ちではないし、かずみのママになった覚えもない。

 そして互いに無言のまま、完食したかずみが改めてあすみへ問いかける。

 

「あのね、わたしどうして……」

 

 だがその時、来客を告げるチャイムが鳴った。

 かずみの質問は後回しにし、あすみは席を立つ。

 

 カメラ付きのインターフォンをとると、そこには見知らぬ少女の顔が写っていた。

 インターフォンを俯瞰する場所にも取り付けられているカメラからは、二人組の少女の姿が映し出されている。

 

「……どちら様ですか? 回覧板ならポストへお願いします」

 

 あすみは彼女達の顔にまったく心当たりがなかった。

 

 一人は黒髪の少女で、冷静で頭の回りそうな顔をしていた。

 もう一人はオレンジ頭の少女で、頭脳労働よりは身体を動かす方が得意そうな活発さがあった。

 

 二人とも同じ制服を着ているが、まだこの辺りの情報に詳しくないあすみにとっては、二人の身元は全く不明なままだ。

 

 銀魔女に使役されている魔法少女達の顔、その全てを覚えているわけではないが、少なくとも目の前の二人から<同輩>の臭いは感じられない。

 

 あの他者に絶望を与えてなおケラケラと笑えるような、あすみと同じヒトデナシの腐臭は。

 カメラの向こう、二人組のうち黒髪の少女が落ち着きのある声で言った。

 

『突然すみません、少しお尋ねしたい事がありまして、お時間を頂けないでしょうか?』

「……アンケートはお断りします。宗教にも興味ありません。しつこいようなら警察呼びます。さよなら」

 

 ガチャリとあすみはインターフォンを切る。

 経験上、あの手の連中と長話するのは時間の無駄だ。

 

「なんの話だったの?」

「……悪質な宗教勧誘だった」

 

 いくら断りを入れようが、こちらにも拒否する権利はある。

  

 とはいえ、この銀魔女が用意した屋敷に一般人が易々と近づいたと考えるほど、あすみは脳天気ではなかった。

 十中八九、厄介事だろう。 

 

「わわっ!? あすみちゃんどこ行くの?」

「……黙って付いてきなさい」

 

 かずみの手を引いて足早に駆け出す。

 最初に見繕っていた脱出路を通り、表玄関から遠い裏口から屋敷を抜け出た。

 

 だが庭先に出た瞬間、そこにはつい先ほどまで門前に居たはずの二人組がすでに回り込んでいた。

 

「……やっぱり悪質」

 

 だけど状況的には決して最悪ではない。

 この場合彼女達の仲間が周りを固めていることも想定していたが、実際に姿を見せたのはこの二人だけ。

 

 戦力を隠していると考えても良いが、数で劣るこちらに対してそれをする意味は低い。

 普通に数で包囲すれば良いのだから、現状対峙する敵性戦力は目の前の少女二人だけだろう。

 もちろん増援の可能性は常に頭に残しておかないといけないが。

 

 あすみは現状から無数の想定を刻々と重ね続ける。

 

 アイナと名乗った人形からは、戦場での立ち回り方を教わった。

 リナと名乗った人形からは、接近戦での戦い方を叩き込まれた。

 その他の人形達からも、生前培った血と絶望で練り上げられた戦いの技を、あすみは受け継いでいた。

 

 魔法少女の戦技教導を目的として作られた人形部隊にしごかれ、殺そうと襲いかかった銀魔女に弄ばれ、無数の戦場で数多の魔法少女達を狩ってきた。

 

 そして出来上がった<神名あすみ>という歴戦の魔法少女としての思考は、冷静に二人組の排除が可能であることを告げていた。

 

 もし彼女達が真にあすみを知るならば遠距離からの狙撃か、罠によるハメ殺しを行っただろう。

 顔が見える時点で、あすみの最狂魔法の射程圏内なのだから。

 

「……なに、あなた達。不法侵入で訴えるわよ」

「そっちがそのつもりなら、こちらは誘拐で訴えるわよ?」

 

 どうやらこの二人はかずみの関係者らしい。

 

 ……あの女、バレるのが早すぎないか?

 舌打ちするのを堪え、あすみはなんてことのない顔で言い返す。

 

「……意味が分からないわ。誰が、誰を誘拐したっていうの?」

「あなたが、そこにいるかずみを。これでもまだ理解できないのかしら?」

 

 銀魔女の尻拭いなど本来なら死んでもごめんなのだが、もうすでに状況は手遅れなのだろう。

 一触即発の緊張感が高まる中、気の抜けた声があすみの背後から上がる。

 

「あ、やっぱりわたし誘拐されてたの!? ひどいよあすみちゃん!!」

「……あなたは黙ってなさい。わたしの服を着て、ご飯を食べた身分で、随分と恩知らずね」

「あ、ごめん、忘れてた! そうだよね、あすみちゃんは良い子だもん!

 ご飯粒を大切にする人に、悪い人はいないよ!」

「……ほんとにもう、黙ってなさい」

 

 いい加減かずみのボケに付き合う気もなかったあすみは、かずみの口をビタンと塞ぐ。

 そこには魔法で作られた即席のガムテープが貼られていた。

 

「むー! むー!」

 

 こんなどうでも良い錬成魔法を使ったのはあすみも初めてだった。

 普段はもっぱら、使い捨ての拷問道具の作成にしか使わないような魔法だ。

 

 かずみは必死に剥がそうとするが、魔法の粘着力はそう易々と剥がれてはくれない。

 

 魔法で解除しない限り、かずみが口を開けることはないだろう。

 まぁ最悪、顔の下半分の肉を削ぎ落とせば良いのだろうが、そこまでする意味も覚悟も彼女にはないだろう。

 

 じたばたと悪戦苦闘していたかずみだったが、無駄であることを悟ると今度は肉体言語であすみに訴えてきた。

 

 なので、次は全身を蓑虫状態にしてやった。

 ぽかぽかと叩いてくる鬱陶しいお子様には、我ながら寛大すぎるお仕置きだとあすみは思った。

 

「……無様ね。学習能力のないあなたには、お似合いの姿よ」

「むー!」

 

 芋虫のように身体をくねらせるかずみの身体を片足で踏み付け、あすみは二人組に言った。

 

「……コレを取り戻したかったら、わたしを倒してからにしなさい。本当なら熨斗付けて叩き返したいところだけど、生憎とこちらにも事情があるの」

 

 あすみとしては完璧な悪党ぶりだったが、傍目からはひどくシュールな光景だった。

 

 なにせ見るからに年下の小柄な少女が、悪ぶっているようにしか見えなかったからだ。

 踏みつけられているかずみの顔に、憤りこそあるものの苦痛の色がなかったことも大きい。

 

 あすみの足下から聞こえる唸るような間の抜けた声が、余計にシリアスな雰囲気をぶち壊していた。

 

「むー! むぅーっ!」

「……ちょっと、変な動きしないで。

 なに? そういう趣味なの?

 ……仕方ないわね、ならもっとキツくしてあげるわ」

「むー!?」

 

 そんなあすみ達を見ていた海香とカオルは、同じ感想を抱いた。

 これはいったい何のプレイだ、と。

 

「……なあ、海香。これ、どういう状況?」

「……私に聞かないでよ。あの子と仲良くなったのかしら? ストックホルム症候群?」

 

 いつの間にか闘争の空気は薄れ、頭の悪いギャグに変わっていた。

 またかと、あすみはいっそう強くかずみを踏みつけるのだった。

 

「むーっ!?」

 

 

 

 

 




 かずみ☆マギカ主人公登場。
 魔法特性:破壊・破戒。
 本作では生粋のシリアスブレイカーに……?

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