「よし。次行くぞ次!」
にこを暫くの間追いかけ回した後、俺はやっと落ち着きを取り戻して大声を張り上げる。
彼女の贔屓目に言ってクソなセクシーアピールを一生懸命頭の隅に追いやって忘れようとする。
が、何故か不満そうに彼女はぼやいていた。
「一体何がいけなかったのよ……」
コイツのアイドル感って、やっぱりどこかおかしいよな。
「スタートからゴールまで一度足りとも正解無かったぞ」
「価値観の相違よ」
「そうか? ただのマイノリティー矢澤だろ」
「悪くない響きね」
「ぼっち矢澤、いや、四面楚歌矢澤」
「そこまで少数派じゃないわよ。後、段々イメージ悪くしていくのやめてくれる?」
いや、十分少数派だと思うけどな。もはやオリジナリティすら感じられる。
「まぁ、良い。今度ふざけたらツインテール引っこ抜くからな、クソ馬鹿野郎矢澤」
「それ、ただの悪口!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ同級生を放置して俺は次なる案を考える。
今やったのが『セクシー』だから……。
――アイドルのキャラ。
なかなか難しい。なんにせ、俺自身がその分野に疎いからなぁ。
もしかしたら、アイドルのキャラとして考えるから難しいのかもしれない。要は、奇抜で面白そうなキャラをこのメンバーにやらせて愉しめば良いんだろ? そう考えれば簡単そうだ。
ふふふ。
俺は思わず緩む頬を抑える。
勘の良い絵里がすぐにそれを察して後ずさった。
「絵里」
「なっ! 何……?」
だが俺は逆に、彼女が察したこと、を察してる。絵里もそのことが分かるのか、しまったという顔をしながらもどこか諦めた様子でこちらを見つめる。
幼馴染ってのはこういう面でお互いに不便だよな。
「次、君ね」
「うぅ……、何をすれば良いの?」
流石に彼女はムダな抵抗をしない。
出来るだけ俺の無茶振りが穏やかな方向に落ち着くように、大人しく波風立てないように振る舞う術を身に着けていた。そこを逆手に取っていじわるをするほど性格は歪んでいないので、軽めのお題を出す。
「君のテーマは『おバカキャラ』ね」
「お、おバカ……!?」
「そう。最近テレビとかでよく見るだろ?」
「み、見るけど……できるかしら」
ま、なかなか難しいだろう。
俺はこめかみに手を当てて悩む幼馴染を見て、そんな感想を抱いていた。だってそもそもコイツ、馬鹿になれというお題出されたクセに理知的な動作で悩んでるからな。おバカキャラを演じる絵里なんて想像がつかない。
仕方ないから多少の救済措置は与えてやろう。
「安心して。一人で全部やる、みたいな感じにはしないから。そもそもおバカキャラって誰かとの絡みで発揮されるものだし」
「た、確かに。一言で言っても、結構奥が深いのね?」
「あぁ。ってことで、これから順番に色んなテーマ皆にやっていって貰うから、時々アホっぽい野次飛ばしてみて」
「あ、アホっぽい野次!?」
俺のけっこうザックリとした指示が飛ぶ。
絵里は面白いようにわたわたと慌て始める。
こういうことさせられるタイプじゃないもんな。俺くらいだろう、この娘に無理難題押し付けてきゃっきゃ笑えるのは。でも、だからこそ幼馴染として頑張らなくちゃいけない!
「そ! 適当に話振るから、本当に何も思いつかない時は『~って美味しいの? ボルシチとどっちが美味しい? ハッラショォ☆』って言っといて。……ってことで、次の指名の時間じゃー!」
少し大きめのボリュームでそう言い放ち、戦々恐々と言った感じでこちらを見つめる残りメンバーを見る。
そして、俺は殆ど固まったプランを順番に発表していった。
「ことり!」
「は、はいっ!」
「君は『男装系』で」
「だ、男装? 男の子っぽく……ってことですよね?」
いつもほんわかとして女の子っぽいことりには男の子のようなキャラを。
「花陽は『ナルシスト』、真姫は『天真爛漫』、凛は『ぶりっ子』」
「なっ、ナルシストですか?」
「たまには良いじゃん、思い切ってやってみたら?」
「うぅ……はい、頑張ります」
花陽はやはり渋りつつも、素直に頷いてくれる。ホントにいい娘だな。
優しくしてあげたいとも思うけど――いい娘だからこそ苛めたくもなる。
「なんで私が! 天真爛漫って言うなら穂乃果や凛が居るでしょ? キャラじゃないわよ!」
「そりゃそうだろ。俺は君らが一番やり辛そうなキャラをチョイスしてる」
「ほんっと良い性格してるわね……」
「ちょっ! 照れるンゴ」
「いちいち勘に触りますよね、本当に……」
真姫の抵抗はいつものことだ。
でも――だからこそ苛めたくなる。
なんて言おうと意地でもやらせてみせるからな。
「ぶ、ぶりっ子!?」
「あぁ。頑張れよ」
「にゃ、にゃ~……」
凛、お題としては結構楽な方だと思うぞ?
珍しく彼女も穂乃果同様渋っていた。――ま、渋れば渋るほど苛めたくなるんだけどな!
一年生たちは皆頭を抱えて悩みだす。当然、すぐさま出来るような芸人は居ない。このおぼつかない感じがまたそそられるのだ。羞恥心とか葛藤とか迷いとか。色んな感情がないまぜになっている感じが堪らない。
じゅるり。
おっと、危ないヨダレが……。
「よし、次はトリだな」
俺はにやりと笑いながら視線を希へと送った。
「ふ、古雪くん? お手柔らかに……」
若干腰が引き気味の希を手招きする。
「え。なんで?」
「う、ウチらお互いにからかい合ったりすることって少ないやん? どちらかと言うと二人で結託して……みたいな場合が多いし」
「あぁ。だからこその、今日という機会だろ?」
なんとなく、希は本調子じゃない気もするが、だからといってこんなチャンスをムダにするわけにはいかない。
「希、君は……『妹キャラ』ね」
「――――!?」
コレにより、全工程が決定した。
◆
「そ、それでは、南ことり。頑張ります……!」
「おっけ! よろしく」
一番手はことり。緊張した面持ちで皆の前に出てきた。
普段は周りから暴走するメンバーを見守って微笑むことの多い彼女。やはり皆の前で何かをやるというのは緊張するのだろう。ちらちらと俺の顔を伺ってる。心なしか頬も赤い。相当恥ずかしいんだろう。
こほん、可愛らしい咳払い。
「お! 俺は……」
なんとか思い切りのいいスタートを切ろうとしたのだろう。出だしだけは少し低めの声を出したのだが、それ故の恥ずかしさからか、続かない。ほんわかマイペースな彼女らしからぬ落ち着かない様子で口をぱくぱくとさせる。
泳ぐ視線と染まる頬が可愛らしい。
まったく、男っぽくしろって言ったのにな。
「俺は南ことりだっ! ……えっと、えーっと」
あぁ。可愛いなぁ。
困ってる姿が、ゾクゾクする。
しかし、流石に助けが必要だろう。俺は総判断しておもみろに絵里を呼んだ。
「絵里、アホっぽい野次飛ばして」
「え、えぇ!?」
「はよ。小学生風のアホ野次で」
「しょ、小学生……。みなみー! おまえのかーちゃん、でーべーそー!!」
「アホだなー。台詞もアホだけど、理事長をバカにするあたり天然でもアホだな」
「あっ、ことり、違うの! 今のは!」
ヤケクソで恐らく昔の俺の真似をする絵里。
そして何故か盛大に墓穴を掘る。コイツ、放っておいたら勝手にポンコツになりそうだ。
「海菜、貴方絶対許さないわよ……」
「ふん」
赤面したまま怒りと羞恥でぷるぷると震える幼馴染はひとまずスルー。
ことりが平常心に戻るまでのツナギは十分果たすことが出来ただろう。
ちらり、と顔を上げると何かを決心した様子。
これは期待出来そうだ。
ことりはゆっくりと、そして堂々と歩き始め、恭しい仕草で穂乃果の前に跪く。
そして、
「お嬢さん! ことり……俺と、踊りませんか?」
「ほ、穂乃果と?」
ゆっくりと手を差し出した。
「は、はい……きゃっ!」
流されるまま手をとる穂乃果。
直後、ことりは彼女と一緒に踊り始めた。なんとも楽しそうに、穂乃果をリードする。何度か見たことあるな、あの表情。先ほどの穂乃果や海未の演技中のもあの恍惚とした顔をしていたような気がする。
それにしても……。
「穂乃果……」
「ことりちゃん……」
熱い目線で見つめ合っていた。
仲が良くて羨ましいね。
「なんか思ってたのと違う」
「そうね」
「アホっぽく相槌」
「……それなっ!!」
「アホだなー」
ふむ。人選ミスだったかな。
◆
「はい、次は花陽」
「は、はいっ! ナルシストっぽく、ですよね!」
一生懸命考え込んでいた花陽は俺の呼びかけに応えて立ち上がった。
少し緊張はあるが、ある程度は余裕がありそうだ。どうじてだろう? この娘の事だから結構手こずると思っていたんだけど。
もしかしたら、俺が思う以上に花陽は成長を遂げているのかもしれない。
「結構平気そうだな」
「はいっ」
「何か理由とかはあるの?」
凄くいい笑顔で頷いてくれたので、試しに聞いてみた。
彼女はこくりとうなずいて、メンバーを眺める。いや、厳密に言うと八人のうち二人。
「真姫ちゃんとにこちゃんが居てくれたので!」
「は、花陽!?」
「ちょっとそれどういう意味よっ!」
「え? ごっ、ごめんなさい!」
おぉ。何を言い出すかと思えばただの宣戦布告だったようだ。確かにこいつらはナルシストの
良い手本になるだろう。まぁ、花陽がこんなこと言い出すのは珍しいけど。
「ほ、褒めたつもりなんだけど」
慌てて弁明を始める花陽。
「どこがよ!」
「にこちゃんの言う通りよ! 花陽にそう思われてたなんて吃驚よ!」
「絵里!」
「吃驚って美味しいの? ボルシチとどっちが美味しい? ハッラショォ☆」
「アホだなー。あっはっはっはっはっはっは」
「もう嫌っ!」
絵里は着実にダメージを負っていくし、俺はその様子を見て爆笑。花陽だけが困ったように二人の顔を交互に見ていた。
そして、ぽつりと零す。
「二人共、自分に自信があって凄いなって思って……ずっと尊敬してたから」
少しうつむきがちになりながらも最後まで言い切って、花陽は笑顔を浮かべた。
――全く、天使だな。
真姫もにこも完全に毒気を抜かれ、照れて視線を明後日の方向へと飛ばしている。
「あ、そういうことにこね~」
「もぅ。はやとちりしちゃったわよ」
全く、このツンデレ二人は……。
花陽はきょとんとしながらもこくりと頷いて、俺を見る。
「それじゃ、改めて頑張りますね」
「あぁ。二人を見習った成果を見せてくれ」
深呼吸。
彼女は目を閉じて精神を集中させた。
メンバー達は静かに彼女を見守る。
花陽は無言で腰に手をあてて仁王立ちをして、不敵な笑みを浮かべた後、わざとらしく髪の毛をくるくると弄んだ。
そして。
「ぱっなぱっなぱ~。私が小泉花陽よ! 宇宙一のアイドルにふさわしい美貌とセンスをもってるの! え? 私と付き合いたいって? オコトワリシマス! 美しくて健気で優しい花陽に釣り合うのはアンタみたいな豚野郎じゃ無いわよ!」
静寂。
次いで大ブーイング。……主に二人の。
「花陽! あんた私達のどこ見習ってるのよ!」
「イミワカンナイ! 私そんなこと言わないわ!」
「えぇえ!? だ、誰かタスケテー!!」
◆
「次は真姫だな」
「う。うぇえ……」
「久々に聞いた気がするその驚いた声」
「うっうるさい! ……です」
早くも真姫は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
この娘が一番この類が苦手そうだではあるから。……海未も似たような感じではあるものの、幼い頃から穂乃果に連れ回されていたせいか多少の柔軟性はある。
しかし、彼女は未だ対応しきれない部分もあるのだろう。
「む、無理よ。前みたいに古雪さんが台本作ってきたりしてたらまだ大丈夫だけど……」
「あぁ。プロモーションビデオの撮影だっけ。懐かしいな」
そういえばあの時は俺が細かくやってもらう事決めてたんだっけか。
流石に今みたいな無茶振りは当時出来るか不安だったから。……懐かしい。
「海菜、何の話?」
絵里が問いかける。
そこで俺は、あの出来事が希と絵里が加入する前だったこと。尚且つあのデータは結局全てボツったので公開されていないということを思い出した。
「君らが加入する前の話だよ」
「へぇ。ちょっと妬けるわ?」
「ん。今の台詞をにこっぽく言ってみて」
「何よ、にこにも教えなさいよ~」
「アホだなー」
「ちょっとそれどういう意味よ! というかそこの幼馴染二人! 飽きてきたからってにこを持ち出すのやめなさい!」
なにやらにこが今日もうるさいのだがとりあえずはスルー。
何か良い方法が無いか考える。
「じゃあ、どうしようか。会話形式にする?」
「会話形式……ですか?」
「あぁ。俺が誘導するから『天真爛漫』っぽく答えればいい。それなら出来るでしょ?」
「……それなら」
彼女はじぃっと俺を見つめた後、目を逸らしながら頷いた。
「海菜さん。少し真姫に甘く無いですか?」
海未がそっと隣の絵里に話しかける。
が、さすがは俺の幼馴染。ノータイムで首を振った。
「そんなこと無いわよ」
「そうでしょうか?」
「えぇ。海菜は『変わらない結果を求めて、過程を変えること』はあるけど『過程を変えて結果をも変えること』はしないわ。見てみなさい、あの一見優しそうな笑顔。……あれに何度痛い目を見せられたか」
「な、なるほど」
当たり前だ。
なんで俺がこの子に甘くしなくちゃいけないのか。理解に苦しむ。
俺は早速、真姫と会話を始めた。
「えっと、君の名前は?」
「に、西木野ま……きゃぅっ」
ぺしり。と、手刀を叩き込む。
真姫は可愛らしい悲鳴をあげてこちらを上目遣いで伺ってきた。若干涙目なのがポイント高い。
「な、何?」
「『天真爛漫』って言ったよな?」
「う……、だ、だって至近距離で古雪さんに見られるって、流石に恥ずかしいです!」
「へぇ。じゃ、全部君が考えてやってくれても良いけど?」
「そ、それは……、も、もう! 分かったわよ! やればいいんでしょやれば!」
「やれるもんならな!」
「さいっていね!」
顔を真っ赤にして睨まれるが、残念ながらその手の視線には慣れている。むしろ大好物だ。俺はそれを余裕で受け止めて笑う。
「それじゃ気を撮り直して。名前は?」
「わっ、私は西木野真姫!」
ぎゅっと拳を握りこみ、両膝に当てながら彼女はいう。
俺と視線を合わせるのが恥ずかしいのか、可愛らしく両目をつむっていた。
「真姫、目開けろ」
「別に、閉じてたって良いで……閉じてたっていいでしょっ先輩!」
「いや、一応アイドルらしくなる練習だからコレ。目を開かないアイドルって新しすぎるだろ……。な、絵里」
「ハッラショォ☆」
「ほら」
「何がホラよ!」
俺は唇の端に笑みを浮かべて一歩距離を詰める。
目を閉じてはいるものの、真姫は気配を感じて僅かに後ろに下がり――俺に捕まった。ガッシリと彼女の右手を掴んで引き寄せる。
「目、開けたほうが良いぞ」
「い、嫌です!」
ほう。なら、俺にも考えがある。
「折角可愛いのに……」
ボソリ、と呟いた。
すると、驚きからぱっちりと彼女は目を開ける。ま、俺この娘の事をからかうことこそあれ、口に出して褒めることは無いからな。……いや、μ’s全体に言えることかもしれないけど。
大きな目とよく手入れされた長い睫毛が目を引く。確かにこの娘は超がつく美人だが、今回俺がすべきなのはただ褒めることだけではない。
……普段固い態度で隠している素の部分を引きずり出しつつ、盛大に弄ばなければ。
なんとなく、本来の趣旨からズレてはいるが別に良いだろう。
だって、俺は別にこの娘達にインパクトが必要だとは思ってないし……、そもそも十分インパクト強いだろ。彼女達が納得するまで遊びついでに付き合ってあげるだけで十分だ。
「えっ? あ、当たり前じゃない、私を誰だと思って……」
「天真爛漫に」
「うっ」
かぁっと。彼女は顔を赤くする。
「あ、ありがとうございま……」
「もっと元気よく!」
「ありがとうございま……!」
「もっと嬉しそうに!」
「やったわ! 古雪さんに褒められ……」
「もっと幼く! お兄さまと呼べ!」
「わーいわーい! おにーさまに可愛いって言われ……」
「もっと赤ちゃん口調で!」
「どこに向かわせるつもりよーーー!!!!」
この調子で、しばらく真姫で遊び続ける。
ホント、可愛い後輩だ。
「ね? 別に甘くなかったでしょう」
「…………」
静かに海未が頷いた。
◆
「次は凛だけど……どうした?」
俺は少しだけ心配そうに問いかける。
なにやら、結構深刻な顔で悩んでいたのだ。う……、出来ない事を無理やりさせる趣味はないので注意深く様子を伺う。
「えっと、ぶりっ子ってことは女の子っぽい事ですよね? うー。凛には難しいにゃー」
何言ってんだ、出来るって!
普段なら俺はそう返していただろうが、僅かに、彼女の瞳の奥に浮かぶ真剣な光が見えた。何気ない口調を装っているが、どこか違和感がある。
うん。
何か隠したがってるのは確かなようだ。
だとしたら問いただすのも良くないし……。
俺は経験上、こういう時頼りになるのは幼馴染だと理解している。静かに花陽へと視線を滑らせて彼女と目を合わせた。
すると。
――やっぱり。
花陽は俺の目を見つめ、僅かに首を振っていた。
どうやらやめておいたほうが良さそうだ。それだけは確かだろう。理由は分からないし、勿論知りたくない訳ではないけど……この場で聞くことでもない。俺はそう判断してそっと顔を上げた。
俺に出来るのは、凛と花陽の意図を組んで誤魔化すことだけ。
「ふふふ」
わざとらしく笑う。
「な、なんですか? かいな先輩目が笑ってないから怖いにゃ~」
「凛! 出来ないなら身体で払って貰おうか!」
「にゃあーーー!」
速攻で凛の小さな頭を鷲掴みにしてぐるぐると回す。
「アンタ、凛にそれやるの好きよね」
「身長とサイズが丁度良いんだよ……あと、心地良い悲鳴上げてくれるし」
「ふみゃあああああ~! はーなーしーてー!」
「……ふぅ」
「先輩とは思えない邪悪な顔……」
俺は一通り凛の回し心地? を楽しんだ後、ぽいっと花陽の方へ彼女を投げておいた。
「にゃっはぁっ! ……もう無理、かよちんー」
「うん。凄い頭回されがちなアイドルっていうのも新しくて良くないか? とりあえず次のライブで無茶苦茶頭回転させれば……」
「それだと、一人だけ、どこぞのヘビメタバンドみたいになっちゃうにゃ!」
「逆にアリ」
「ナシです!」
「そりゃ残念」
言い返してくる凛。
ふわぁ。
俺は彼女を軽くいなして、わざとらしく溜息を吐いてみせた。
すると、何かを察したらしいにこが正確なパスをくれる。
……相変わらず空気の読める女だ。
「アンタ、もしかして飽きてきたんじゃないでしょうね?」
「そんなことないぞ! でも……とりあえず満足したし凛とばして希行こう希!」
「やっぱり飽きてるじゃない! ホントやりたい放題ね」
「や~ん。そんな事ないですよぉ~」
「アンタがぶりっ子やってどうするのよ!」
◆
「さて」
今までも十分濃厚な事をやらせてきたつもりではあるが、この大トリに関しては俺自身かなり緊張していた。
視線の先には――東條希。
腰まで伸びた紫がかった長髪を後ろで二つにくくり、前髪を右に流している。そして、僅かにシュシュから溢れだした絹糸のような髪に夕日が当たってキラキラと輝いていた。相変わらず見事な体型を維持しており、大きく実った二つの果実に、キュッと締まったヒップ。
否応なく視線を奪われる。
ふわり。彼女がこちらを向いた。
交錯する視線。
たれ目がちの優しい目が少しだけ潤み、恥ずかしそうに目線を下にずらされる。白磁のように白い頬には僅かに朱が差し、例えようのない色香を放つ。
――ふむ。強敵だ。
無意識のうちにこっちまで照れてしまっていることを自覚して、心のなかで呟いた。
基本的に俺は年下の女の娘に対する態度は自分の中で固まっている。
出来るだけ兄のように、面白ろ可笑しく接してやる。ツバサのような例外を除いてはそうしてきたつもりだ。もちろん、μ’sの皆だって例外では無い。
しかし、同級生ってのは難しい。
特に『普通の同級生』は、だ。
「古雪。希だからって手加減するのは無しよ!」
「分かってるっつの!」
例えば、にこなら簡単に扱える。
理由は簡単で、お互い似た者同士、悪友だと認識出来るから。いわゆる男と女の友情ってヤツだろう。あっちもこちらの考えを察してアクションをかけてくれるし、本当に見せたくない部分はお互いに見ようとしない。
だから、ある種さっぱりとした付き合いが出来るのだ。
「この組み合わせは珍しいわね……あ、この組み合わせめずらしーい! あははっ」
「アホだなー。未だに律儀にやり続けてる辺りがアホだわ」
「貴方がやれって言ったはずだけど……?」
こつん、と小突かれてしまう。
そうだな、絵里との繋がりっていうのは特別だから。
幼馴染という関係はやはりどこか違う。
一方、希は。
唯一、等身大で同い年の、対等な女の子。普通の同級生だ。
少しだけお互いの性格が分かってきて。でも、似た者同士ではないから全ては分かりあえていない。
それでも相手のことを知りたいと思うし、大切にしたいと願う。
気を使い合って、どこか手探りで触れ合う相手。分かり合いたいと、心から想う。
「い、妹キャラやんな……?」
「あ、あぁ。結構王道だから、容赦なく行くぞ!」
だからこそ、少しだけやりにくい。
妙に気を使うというか、緊張するというか……。他のメンバーの目には恐らく普通に映っているだろうが、希のことを深く観察しているからこそ感じる違和感があった。多分、相手も同じだろう。
でも、それをお互い言い出すことも出来ない。
ホント、よく分かんないわ!
「おっけ! それじゃスタート!」
ゴチャゴチャとする脳内を強引に整理して、俺は上ずった声を張り上げた。
「うー。ウチ、本来はいじられる側と違うのに」
「のーぞーみー?」
「古雪くん。よーく覚えとくんやで! この仕返しは絶対するから」
じとっとした目でこちらを睨んでくる希。しかし、威勢は良いものの、すぐに弱々しい上目遣いへと変化していった。相当妹キャラっていうのが恥ずかしいのだろう。ま、冷静に恥ずかしいわな。
「そ、それじゃ……」
しばし逡巡した後、覚悟を決めたように彼女は言った。
そして一歩。前へと進む。
一歩。俺の目の前まで来た。
既に希は耳まで真っ赤で、少し厚めの桜色の下唇は恥じらいからか僅かに揺れていた。普段は飄々とした態度をとっているものの、こんな風に一度その皮を剥がしてしまえば中身はただの恥ずかしがりな女の子。
――頼むからその表情はやめてくれ……。
意識して居ないのだろうが、俺より少し低い身長で、胸の前で両手を握り、恥ずかしそうにこちらを見上げてくる希。小動物のような愛らしさと、匂い立つような妖艶さが同時に至近距離から俺を襲い、どうにかなりそうだ。
すぅ。
小さく息を吸う。
そして。
「お……お兄ちゃん?」
――静寂。
冗談抜きで時間が止まったかと思った。一瞬、全身の血流が止まり……急速に流れ始める。間違いない、俺、今、顔真っ赤だ。
しかし、彼女から目を離せない。
希は恥ずかしさからか口をへの字に可愛らしく曲げ、俺の顔を直視できないのか潤んだ瞳で俺のブレザーのボタンを見つめていた。後ろの方でことりが「希ちゃん……可愛い」と蕩けそうな声で呟くのが聞こえる。
あぁ。その意見には全面的に賛成だ。
だがな、これ以上やらせるのはまずい! ……主に俺が。
しかし、当然希は止まらない。普段の俺がこのくらいで満足しないってことを知っているから。
「う、ウチっ……、お兄ちゃん、の事」
再び顔を上げた。
目が合う。
なんだこれ、俺、妹萌えだったの? それともこの娘が魅力的過ぎるのか?
希に俺の心のなかの葛藤を推測する余裕は当然無い。彼女はただただ、一生懸命言われた通り妹キャラになりきって、恥ずかしいのを我慢して。
トドメの一言を紡ぐ。
「大好……」
「もういい止まれーーーーー!!」
俺はその日初めて。
――敗北を知った。
***
「それにしても、昨日の希ちゃん可愛かったね」
「もう、穂乃果ちゃん! その話はやめてって言ってるやろ?」
「えー、穂乃果褒めてるのにな」
「私も可愛いと思いました! 希ちゃんにあんな隠された魅力があったなんて」
「花陽ちゃんまで……」
「希ちゃん! ことりの妹になって欲しいな」
「ことりちゃんも……」
放課後の部室に女子高生の姦しい声が響く。しかし、話しても話しても話題の尽きない年頃だ。窓から零れ出る笑い声をいちいち気にする生徒は居ない。
音ノ木坂学院アイドル研究部の部室。そこではメンバー九人が全員集まって、談笑に勤しんでいた。
当然ではあるものの、普段彼女達に協力している青年の姿は見当たらない。
「結局、インパクト決めは失敗しちゃったけどね」
穂乃果がぺろっと舌を出しながら笑った。
釣られて皆が微笑む。
しかし、彼女達の表情は明るい。
理由は簡単。
先程まで彼女達は少しだけ真面目な話し合いをしていたのだ。
μ’sというグループのあるべき姿について。
彼女達は思い思いの言葉を紡いで……そして、それは一致した。
「でも、分かったから」
穂乃果は力強く頷いた。
「今のままが、一番私達らしいんだって! そう、海菜さんにも伝えに行こう!」
彼女達は立ち上がる。
向かうのは自分たちをいつでも見守ってくれる協力者の元。
いつもの集合場所。
ブレザーを着崩した黒髪の少年は、一生懸命話して聞かされた彼女達の結論を聞いて言う。
「だろ~? 俺もそうだと思ってた! だからワザとあんな事をして気付かせようと」
『それは嘘!!』
響く明るい声と笑い声。
迷い、戸惑った彼らはそうして――正しい道へと戻る。