ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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今回はだすまそさん、ケイ22さんのアイデアを元にした記念話です。

美麗刹那・序曲さんなど、海未との絡みをみたいと行って下さる方も
多くいらっしゃいましたので。
かなり長くなりそうだったので二つに分けることにしました。
折角の2000突破なので少し長めに^^

では、どうぞ。

訳題は『仕返ししてやるぞ!』です。

※7/12一つに纏めました。


 ◆ I'll get even with you!

「海菜さんに仕返しがしたいです!!」

 

 

 にこと海未しかいないアイドル研究部の部室に、珍しく必死な様子の二年生の声が響いた。急に練習の後呼び出されて『相談があります……』との事だったので、一体どんな問題が……と身構えていたんだけど。そんな話だったのね。

 にこはリアクションに困りながらもとりあえず先を促して、海未の言い分を聞くことにした。

 

「いきなりどうしたのかと思ったら……まぁ、いいわ。続けなさい」

「ニコは悔しくないのですか!?」

「何がよ?」

「毎度毎度会うたびに海菜さんにからかわれて……」

 

 机を可愛らしくこんこんと叩きながらにこの同意を得ようと息巻く海未。

 まぁ、別に悔しく無い事もないけど……。

 

「逆に聞くけど、そんなに悔しいの?」

「それは……悔しいですよ!この間だってお土産だーとか言ってラムネの入ったマイクを渡してくるし……昨日に至っては、私の物まねをした動画を自分で撮って送ってきたんですよっ」

「アンタ、そこまでされてるのね……」

 

 そういえばあのバカ昨日、twitt○rで『ラブアローシュートなうww』とか呟いてたわね……。

 弄りがいがあるのは確かに分かるけど、もっと優しくしてあげなきゃだめじゃない。少しだけこの子に同情するわ。……まぁ、でも周りからすると、ただ楽しそうにじゃれあってるようにしか見えないけど。

 

「にこもよくからかわれているじゃないですか!ですから私の気持ちを分かってくれると思って相談したのですが……」

「確かにそうだけど……お互い分かってやってる節もあるのよね。……たしかに二言ぐらい余計な奴だけど」

「うぅ……仕返ししたいとは思わないのですか?」

 

 なんだかんだ言いつつにこ達はお約束の問答ややり取りをいろんなリアクションを交えてやっているだけなので、実は一方的に弄られてる!っていう感じはしない。にこから古雪に絡んでいくこともあるし……。

 おそらく海未はツッコミを天然でやってしまうタイプだから、どうしても古雪に一方的に遊ばれている意識が抜けないのかしらね。

 

「まぁ、出来たら面白いなとは思うけど……」

「で、でしょう!?」

「でも、なかなか難しいわよ」

「ですよね……」

 

 古雪に仕返し……む、無理じゃないかしら?

 あの、人を食ったようなにやけ顔を思い出して少しだけイラッとする。

 

「海未は古雪にどんな仕返しがしたいのよ?」

「うー。良く分からないですけど……私がいつもやられているみたいに困ったり恥ずかしがったりして貰いたいです!」

「なるほどねぇ……」

 

 にこはじっと考え込んで案を探した。

 しかし、いい案は出てこない。……というよりも、もっと先に確認しておかなきゃいけないことがあったわね。

 

「海未」

「はい、なんですか?」

 

 にこ同様頭を抱えて悩んでいた海未が声に反応してその頭をあげた。

 

 

「本当に嫌ならそう言った方がいいわよ?」

 

 

 少しだけ真面目な雰囲気に変わる。

 

「え?」

「だから、いじられたりとか。古雪は嫌がってる子にしつこくするようなバカじゃないけど、そういうのが苦手な子も確かにいるし……」

「い、いえ……。別に嫌という訳では……」

「でも、悔しいんでしょ?」

「く、悔しいのは悔しいのですが……海菜さんが嫌いとかそういう事ではなくて」

「そうなの?回りくどい作戦を立てるより『もうこれ以上いじらないでください!』って言った方が早いわよ」

「そ、それはそうですけど……」

「なんなら今から私が言ってあげるわね。後輩からじゃ言い辛いだろうから」

「ま、待ってください!」

「でも、やめて欲しいんでしょう?」

 

 にこはカバンの中からスマホを取り出してわざとらしく耳に当ててみた。もちろん通話ボタンは押してないし、実際は起動すらしていない。しかし、海未は見るからに慌てた顔で制止してきた。

 

 

「に、にこ!そ、そういう訳ではないんです?」

「もー、はっきりしないわねぇ!じゃあ聞くわよ!」

「な、なんですか?」

「海未は古雪にいじって貰いたいの?それとももういじられたくないの?どっち!?」

 

 慌てる海未の鼻先にビシッと人差し指を向け、核心を突く問いを投げかけた。

 ……彼女の答えは。

 

 

 

「い、いじって頂きたいです……」

 

 

 

 顔を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声を漏らす海未。

 なんとなく、古雪がこの子を可愛がる理由が分かったような気がした。

 

***

 

「もう!そろそろ機嫌直しなさい!」

「にこ、酷いです……」

 

 あそこまで言わされてやっと自分がからかわれていたことに気が付いた海未は、拗ねてそっぽを向いてしまった。あちゃー、ちょっとやり過ぎちゃったかも。

 

「おわびに古雪に仕返しする方法ちゃんと考えてあげるから」

「……本当ですか?」

「ほんとよほんと」

 

 そういうと、やっとこちらに振り向いてくれた。

 まぁ、確かに古雪には多少……いや、かなり恨みはあるのでここらで一つやり返しておくのも面白いかも知れないわね。少しだけ真面目に海未の相談に乗ってみようかしら。

 

「それじゃ、早速作戦会議を始めるわよ」

「はい!」

「まずは、方向性ね。海未は古雪にどんなリアクションを取って貰いたいの?」

「先ほど言ったように、困ったり恥ずかしがったりして貰いたいです!」

「なるほどね……」

 

 にこは部室のホワイトボードに大きく『古雪海菜打倒作戦!!』と書き、その下に続けて今の二項目をかきこんだ。海未も機嫌を直して、今は真剣な表情でかきこまれた黒ペンの文字を見つめている。

 

「一体何がいいかしら……」

「海菜さんの弱点とかから考えれば!」

「弱点ねぇ……」

 

 確かに、良いヒントになりそうね。

 にこ達は少しの間考え込む。あいつの弱点……。

 

「弱点と言えるかどうかはわかりませんけど」

「いいわよ、言ってみなさい」

「希の水着姿に見とれていたこともありましたし、私たちや絵里ほどからかわれていない所をみると、希が苦手なのでは?」

「なるほど、面白い意見ね……でも、却下!」

 

 希か。確かに、古雪もたまにいじろうとするもののあまり強気には行けないみたい。少し遠慮しているのか、照れているのか、それとも手痛い反撃を貰う事を恐れているのかは分からないけれど……。

 しかし、すぐに却下する。理由は簡単。

 

「そもそも、希はどちらかと言うとからかうサイドの人間…つまり、古雪の味方側にいるわ」

「た……たしかに!」

「希に何か頼もうものならすべては古雪に筒抜け……μ’sの二大イジリ魔が手を組んでこちらに向かってくることになるわよ」

「ひいぃ」

 

 海未はまさにその瞬間を想像したのか、両手で膝を抱え込んで軽い悲鳴をあげた。

 たしかに恐いわね……どう考えても勝てそうにない。

 

「だから、希に協力を仰ぐのは却下。それに、他のメンバーに頼むのもよした方が良いわ」

「な、なんでですか?」

「面白がって古雪に告げ口しないとも限らないでしょ?」

「それもそうですね……。正直穂乃果やことり、凛あたりは信用できませんし。絵里、花陽、真姫あたりは表情に出そうなので海菜さんに一瞬で見抜かれそうです」

「ってことは、私たち二人で何とかするしかないわね」

「どうしましょうか……他に弱点があれば」

 

 再び二人して頭を抱え込んでしまった。

 弱点……弱点……。アイツが苦手なものか。

 

 あ、そういえば。

 

「一つあったわ。まぁ、海未のと一緒で弱点かどうかはわからないけど」

「どうぞ、言ってみてください」

「古雪って、意外に初心なところあるわよね」

「うぶ……ですか?」

 

 聞き返してくる海未に頷いて考える。

 私の家に来た時もかなり遠慮して落ち着かない感じだったし、絵里の話を聞く限り今まで彼女が居たこともないらしいしね。それこそ希の水着姿見たり、メンバーたちに無防備に抱き付かれたりして顔真っ赤にしてる時もあるから……もしかしたらそれをうまく使えば古雪に仕返しをすることだって出来るかも知れない。

 

「かといって、私たちもかなりうぶな方ですし……」

「そうね、ハニートラップなんて仕掛けようが……いや、待って」

「どうかしました?」

 

 この案もボツかと思われたその瞬間。

 一つのアイデアが思い浮かぶ。

 

 

「閃いたわ!これならいける!」

 

 

 にこは確信を持って作戦の概要をホワイトボードへ書き込んでいった。

 

 

***

 

 作戦決行日。

 にこと海未は少し早目に集合場所へやって来て、最終確認を行っていた。

 

「ちゃんと台本は覚えてきたんでしょうね?」

「はい。問題ないです」

 

 あたりに気を配りながらひそひそと話し込む。海未の表情を見る感じ、いわゆる人事は尽くして来たみたいだ。既に顔が若干赤らんでいるのが気になるけれど……。

 

「それじゃ、ポケットにスマホをバイブ機能だけオンにして入れておきなさい。大体のタイミングは振動で知らせるようにするから」

「はい!」

「でも、基本はアドリブが大事になるんだから気合いれなさいよ!」

 

 握り拳と握り拳をこつんと当てて最後の気合注入。

 よし、とりあえずは説明段階で私がぼろを出さないようにすれば大丈夫ね!

 

 するとそこにやっと件の人物が姿を現した。

 

 一応、という感じで可もなく不可もなく整えられた黒髪。これまた一応、女の子うけするファッションは意識しているのか全体的に落ち着いた色合いの服をしっかり着こなしてきている。

 背も高いし、顔もカッコいい方なので一瞬だけ目を奪われてしまった。

 

「こら、にこ。遅いぞ」

「アンタよアンタ」

 

 開口一番しょうもない王道のボケをぶつけられるまでは。

 ほんとなんなのよこいつは!

 

「よ。海未」

「はい。こんにちは、海菜さん」

「で、今日はどうしたの?何か協力して欲しいことがあるって聞いたけど」

「それについては私から説明するわ」

 

 にこは頭の中で先ほどやっと整理し終わった作戦内容を思い浮かべながら、古雪に今日呼び出した理由を話し始めた。もちろん、嘘の……だけど。

 

「海未がね、未だにPV撮ったり人前で踊るのが恥ずかしいって言うのよ」

「そうなの?最近は吹っ切れてるような気がしてたけど」

「……い、いえ!少し無理をしている部分もありまして……」

「だから、どうすればいいのか皆で考えてたのよ」

「ふーん。……ま、いいや続けて」

 

 皆で。という言葉に反応して古雪の目が怪しく光った。

 ぐ、やっぱりこいつなら引っかかるわよね……でも、『二人で』と言った方が怪しいし皆で相談したという事なら大人数で集まるのはどうかと思って、という言い訳も出来る。だから今のところ全然問題ないわ!

 

「それで、一番の原因が海未が未だに男に対して苦手意識を持っている事だって話になったのよ」

「そうなの?海未」

「は、はい。正直まだファンでいてくれているハズの皆さんを少し怖いと思ってしまう事もありますし……」

 

 これに関しては嘘ではない。

 女子高通いの生徒だという事もあってか、μ’sメンバー全員男慣れしてない。特に花陽と海未の二人はそれが顕著なのよね。だから、それを利用する!騙そうとして騙せるような相手じゃないんだから、どっちつかずの嘘と本当を織り交ぜていかなきゃね。

 

「それで?俺はどうすればいいの?」

「簡単よ。海未が男の子になれる協力をしてあげて欲しいの」

 

 にこの言わんとしていることがまだ分かっていないのか、きょとんとした顔で続く言葉を待つ古雪。ふふふ、今日一日、私たちの復讐作戦に付き合って貰うわよ!

 

 

 

「これからアンタには、海未と一日デートをして貰うわ!」

 

 

 

 作戦が、はじまる。

 

***

 

 つ、ついに始まりました。

 私は緊張で体を強張らせながら、にこの説明を聞いています。

 

 この緊張は頑張って海菜さんに仕返しをしなくては、という気持ちからくるものと純粋に海菜さんとフリとはいえデートしなくてはいけないこの状況からくるもの。両方を含んでいます。

 だからこそ海菜さんに計画がばれにくい、とにこは言うのですが……。理屈は分かっていても……すでに逃げ出してしまいそうです。

 

「にこは後ろからついて言って見守っておくから、二人とも助けが必要なら言って頂戴」

 

 これも作戦のうち。

 初めはばれないようについて行って合図を出す。との事だったのですが、海菜さんならまず間違いなく感づいて反撃してくるだろう。という結論に達しました。なので、逆に最初からにこが付いてくると教えることで、にこが私たちを見張る口実を作ったという訳です。

 

「ま、いいけど……面白そうだし」

 

 最初は戸惑っていたものの、海菜さんはしばらく考え込んだ後にやりと笑って頷いた。

 しかし、にこが間髪入れずに釘をさす。

 

「あ、言い忘れたけど、今回は海未を男の子に慣れさせるのが目的なんだから、絶対からかったりしちゃだめよ?」

「……は?」

「だから、あんたはいたって普通の男の子を演じなさい。もっというと、海未のペースでいかせてあげたいから基本的に受け身でいること。例えばそうね……古雪の方から手を繋いだりしちゃダメよ」

 

 海菜さんがしてやられた!みたいな表情で唇を噛んだ。

 そう、これが作戦の要。海菜さんに自由に行動させない理由をつける、というものです。いくら私が頑張ってアクションを起こしても、それを上回る攻撃をしてくる可能性が高すぎるのでこのような形にしました。

 

 

 ごめんなさい。海菜さん。

 でも、今日は徹底的に仕返しさせていただきます!

 

 

「……」

「……」

 

 にこに見送られて数分後。私と海菜さんはお互い特に話すこともなく、無言のままゆっくりと歩みを進めていた。別に作戦という訳ではなく純粋に緊張して話しかけられずにいるのですが……。

 時折振り返ってみるものの、にこの姿は見当たりません。ついて来てくれているのは確かですが、しばらくは様子を見るつもりみたいです。

 

「……」

「……」

 

 海菜さんは時折ちらちらと私の表情を伺ってきています。

 うぅ……、普段は積極的に話をふって来て下さるのに今日はどうして……。

 

 話をふらなきゃという考えが頭の中を巡ればめぐるほど焦りや、男の人とフリとはいえデートしているのだという事実からくる緊張と照れで頬が熱くなります。私は次第に熱を帯びて来た両の頬に手を当てて小さく息を吐きました。

 

「くすっ……」

「……!?」

 

 唐突に横から聞こえた微かな笑い声につられて横を向くと、海菜さんは慌てて表情を戻した。

 な、なんなんですか!

 

「か、海菜さん!」

「なに?」

「何って……今笑ったじゃないですか!」

「えぇー、気のせいじゃないの?」

「そ、そんなことは……」

「……」

「うぅ……」

 

 にやりと笑った後、再び黙り込む海菜さん。

 先ほど同様私も特に新たな話題を見つけることも出来ず無言になってしまいました。しかし、今のやり取りで分かったことが一つ。私は凄く緊張しているというのに、海菜さんはほとんどそれはなさそうです。きっと、この無言もわざとに違いない……。

 

「か、海菜さん!」

「ん?」

「何かお話ししましょう!」

「いいけど……それなら君から話しかけてくれなきゃ。君らの要望は『受け身な自分からはアクションを起こさない男の子』なんだから」

「そっ……それはそうですが」

「俺は別に黙ったままでも楽しいからいいけどね」

 

 私より二十センチ近く高い身長で見下ろしながら、海菜さんはそう言った。

 声の端々にこの状況を面白がっている様子が感じられて……早くも負けてしまいそうです。

 

「どうしても会話を振って欲しいって言うならそうするけど?『積極的なアクションを起こす男』になろうか?」

「結構です!」

 

 間髪入れずに提案してくる先輩。

 やっぱりからかわれてた!しかも、その上で私たちの作った防衛線を崩そうとしてくるなんて……やっぱりこの人は一筋縄じゃいかなそうです。分かっていたことですが……。そうですよね、海菜さんには私がもっと頑張らなきゃ絶対勝てっこないですよね!

 

 そう決意を新たにした瞬間。

 ポケットに入れていたスマホが小刻みに振動し始めました。

 

 

 作戦その一の開始合図です!

 

 

 にこにこちらの会話は聞こえていないので、今の流れを一通りの会話が終わった様子だと思ったのでしょう。指示がついに飛んできました。よし、大丈夫。だって今日は私が海菜さんをからかう番なんだから。

 

 そっと、少しだけ海菜さんに近づいて深呼吸。

 頑張りなさい、園田海未。

 

 私はそう心の中で自らに語り掛けて……行動を起こした。

 

「海菜さん!」

 

 上ずった声が出てしまったものの、やり直しはきかない。私はそのまま右手を伸ばして……古雪さんの左手を、捕まえた。すぐに海菜さんの手のぬくもりや、男の人らしい大きくて少しごつごつとした感触が伝わって来て驚いてしまいます。

 

「……!」

 

 手と手を握り合う、というよりか触れ合うような行為。要は軽く手を繋いでみただけ。

 でも、海菜さんの動揺は指先から確かに伝わってきました。

 

 一瞬何が起きたのか分からないかのように歩みを止めて、呆然とこちらを見つめてきた海菜さん。数秒後、やっと状況を理解したのか、彼は一気に顔を真っ赤にして俯いてしまいました。

 

 や、やった!仕返し成功です!

 

 えっと、台本ではすぐに『どうかしましたか?』って澄まし顔で聞いて照れているハズの海菜さんをからかうのですが……。不思議と口が開かなくて、代わりに両頬が今までにない位熱くなってきました。

 焦りと緊張と恥じらいがごちゃ混ぜになって頭の中を駆け巡ります。

 

 

 折角のまたとないチャンスなのに!

 海菜さんが動揺している今が……。

 

 

 しかし、この時の私は気が付いていませんでした。指先から伝わる海菜さんの動揺。逆に、私自身の動揺もこの指先を通して海菜さんに伝わっているという事に。そして、この時の私は忘れていました。隣に立っているこの先輩が、人一倍負けず嫌いかつ頭の回転が速い方であるという事に。

 

 海菜さんがお互いが動揺して出来た空白の数秒間に思い付き、やり返して来た行為は私たちの作ったルールに決して抵触しない上、確実に私優位のこの状況を逆転させるものでした。

 

「海未」

「な……なんですか?」

 

 海菜さんは私の名前を優しく呼んで、返事を待たないままゆっくりと、でも同時にしっかりと軽く触れ合うだけだった手を握りました。たったそれだけの事。それでも今の私にとっては十分大きな出来事です。

 

「じゃ、行こうか」

「あぅ……」

 

 海菜さんの見せる優しげな、それでいて少し恥じらいの残った笑顔。

 そんな表情を見せられながら、引き寄せられては俯くほかありません……。

 

 笑顔は演技と素が半分半分。でも恥じらいは本物。

 だからこそ、彼のその表情は私にとってとても魅力的な物でした。

 

 じ……自分の心境まで利用して行動できるような人にこれ以上どうやって立ち向かえばいいんですか!?もう、このまま普通にデートをしていただければ……などと、半ば諦めかけていたその瞬間。再び忍ばせていたスマホが震えはじめた。

 

 に、二回目の合図!

 

 そうだ!こんなところで諦めてしまったらもう二度と海菜さんを負かすことは出来ません。

 

 私は自分自身の心を鼓舞し、顔をあげてしっかりと海菜さんと目を合わせました。勝ちを確信していた海菜さんの目に確かな戸惑いが浮かび、こちらの様子を見守っています。

 

 台本に書いてあった台詞と行動。

 頭の中で反芻してしまうと恥ずかしさで死んでしまいそうなので、何も考えずヤケクソで行動を起こしました。他のμ’sメンバーを呼んでいなくて良かったです……こんな所見られてしまっては生きていけません。

 

 ただでさえ近かった二人の距離をさらに縮めて、空いていた左手を海菜さんの二の腕に当てました。そしてパーカーを掴んでぎゅっと引き寄せます。そのまま彼の二の腕に抱き付いて一言。

 

 

 

 

「はい、行きましょう。だ、ダーリン!」

 

 

 

 

 最大限の笑顔を向けて、自分の体を海菜さんの腕に密着させます。

 彼の暖かい香りが鼻孔をくすぐりました。

 

「……」

「……」

 

 さすがに先輩もこれは想像できていなかったのか、時間が止まったかのように歩みを止めました。私は、顔を真っ赤にしたまま完全に動きを止めた海菜さんと見つめ合います。

 間に流れるのは静寂。

 台本はこれで終わりです。後は私のアドリブで……。

 

「……」

「……」

 

 海菜さんはなにも言い出せずに固まっています。かくいう私もどうしていいか分からず、顔を朱に染めたまま至近距離で海菜さんを見上げたまま動きを止めていました。

 

 そんな体勢だと必然的に顔と顔の距離は近くなります。

 当然、お互いの唇の距離も同様に……。

 

 

 

 

 ま、まさか……キスをしろという事ですか!?

 

 

 

 

 む、無理です!!

 

 確かにそうすれば海菜さんを完全に負かすことが……。で、でも、ファーストキスですし……そもそもこういう事はお互いの事を愛し合った男女が結婚式の時にするものですから!こんな場所でそんな破廉恥な事を、出来る訳ないじゃないですか!

 

 それに、海菜さんだって私なんかとキスするなんて嫌ですよね。……私だって!……い、嫌ではないですけど、恋人はもっと優しい人が良いですし。でも、海菜さんって実は優しい方だって私も知って……。

 って、いったい何を言ってるんですか!?

 

「えっと、海未?」

「……」

 

 先に我に返ったのは海菜さん。

 彼は動きを止めた私を心配に思ったのか、悪意の欠片の全くない声色で恐る恐る言葉を発しました。しかし、今の私は何一つその言葉が耳に入ってこず、唯一判断できたのは海菜さんがその黒曜石のような深い色を宿した瞳で私を見つめているという事だけ。

 

 

 これは……そういうことですか?

 

 

 当初の目的と、暴走した思考が変に絡まり合って導きだした結論は自身の唇を彼のそれに近づけるといった物でした。

 

 次第に近くなる距離。

 海菜さんの表情に浮かぶのは戸惑いと焦り。

 

 あと数センチ。

 

 

 静寂。

 そして……。

 

 

 

「やっぱり無理ですーーーー!!!!!!」

 

 

 

 私の悲鳴と、突き飛ばされた海菜さんの悲鳴がこだました。

 

***

 

 あちゃー、失敗しちゃったわね。

 

 物陰から伺っていたにこは全速力で走り去っていってしまった海未を見送りながら、こめかみに拳を当てて小さくため息をついた。途中まではうまくいってたのに……やっぱりあの子には難しかったかしら。

 

 一瞬、どちらを追いかけるべきか迷ったが、通行人に完全に白い目で見られたまま仰向けに倒れている古雪の方に助けを出すべきだと判断して駆け寄った。さすがのアイツも一体何が起こったのか分からないのか、倒れたままポカンと空を見上げていた。

 

「アンタ、大丈夫?」

「……」

「何、泣いてるのよ」

「泣いてない!」

 

 古雪はやっと我に返った様子でガバッと立ち上がり、こちらをキッと睨みつけて来た。に、にこに怒ったって仕方ないでしょ!

 

「説明して貰うからな!」

「わ、わかったわよ。その前に海未がいまどうしてるか……」

 

 にこが話している最中にカバンの中のスマホが鳴り始めた。ちょっとごめんと一言断りを入れてから取り出すと、海未からメッセージが届いていた。一体どうしたのかしら。

 

「海未からラインだわ」

「良く分かんないけどあの子も大丈夫なの?なんて言ってる?」

 

 海未のメッセージは短いもので要点は二つ。

 古雪に謝っておいて欲しい事と、今日は恥ずかしくて会えそうにないので家に帰るといったものだ。古雪に黙ってスマホの画面を見せると、彼は小さくため息をついて両手を軽く上げた。

 

「了解了解。また後で俺からも連絡しとくよ」

「そうしてあげなさい」

 

 古雪は呆れた顔で頷きながらぱんぱんとズボンについた砂埃を払って腕を組んだ。

 

「で、今のは何だったの?」

「いや、今のはにこ的にも想定外なんだけど……」

 

 にこは仕方なく今までの話の流れを説明することにした。

 海未が古雪に仕返しがしたいと言い出したこと。だから二人で作戦を練って、今日実行したのだという事。だいたいのあらましを話し終えると、コイツは特に驚くこともなくなるほどねー、と頷いた。

 

「それで逆に自爆したって訳か……」

「そういうことね」

「ま、作戦自体は悪くなかったと思うよ」

 

 にやりと笑って古雪はそういった。

 そうなのよね。実際遠目で見ていた感じでも、コイツが海未の仕掛けるアクションに対して思い通りのリアクションを取っていたのは確かだし……。まぁ、海未には悪いけど、駄目で元々の計画だったからむしろ上出来だったのかも知れない。

 

「それにしてもこれからどうするよ?」

「そうね……時間で言えば二十分くらいしか経ってないものね。集合してから」

「俺これから割と暇だぞ!」

 

 俺は客人だぞ、もてなせー!と文句を垂れる古雪。

 普通に二人で遊んでも……と言おうとしたその瞬間、目の前に立つ同級生の目が怪しく光った。あ、ヤバい。これは良からぬことを思いついた時の顔ね……。

 

「にこ。……提案があるんだけど」

「イヤよ」

「即答かよ!もっと話を聞いてからとか……」

「だって、ロクな事言わないでしょ!分かるわよ!」

「えぇー、結構面白いと思うんだけどなぁ」

 

 とりあえず聞けよ、とぺしぺしとにこの頭を叩いてくる古雪。

 どうせ訳の分からない企画を言い出すに決まって……。

 

「君らの計画は結局失敗に終わっちゃった訳じゃん?」

「まぁ、そうね……」

「残念でしょ?」

「それは……そうだけど、何が言いたいのよ?」

「だから、もう一回チャレンジしてみてはどうかなって思うんだけど」

「は?」

 

 にこにこと楽しそうに笑いながら話を進める古雪。

 一体コイツは何を……。

 

 

 

「今日海未がやる予定だったこと全部、君が代わりにやってくれないかな?ってか、やれ」

 

 

 

 目の前の悪魔は、ニタリと、にこが見たこともない邪悪な微笑みを見せた。

 

 

「い、嫌よ!」

「ま、そりゃそうか」

「何よ……いやに素直ね」

「所詮にこごときじゃ演技とはいえ男とデートなんて出来ないよな」

「なっ!」

「スクールアイドルとはいえ実際はデートの一つもできないがきんちょだ、がきんちょ!」

 

 い、言わせておけば……!

 というか、アンタだって恋したことも恋人とデートしたこともないでしょうが!でも、ここまで言われて黙っている訳にはいかないわ。海未の敵は私がとらなきゃ。

 

 

「やってやろうじゃない!」

 

 

 にこのその言葉に、古雪は満足げに頷いた。

 

 

***

 

 ちょろい。

 

 その一言を必死に呑み込んで俺は脳みそをフル回転させていた。先ほどはこの子たちの言いつけを大人しく守っていたし、なにより相手が海未だったということで正直手加減していた部分もある。第一、全部後出しだったしな。

 

 でも、相手がにこならそんな気遣いは必要ないよな?

 通行人に犯罪者を見るような目で見られた鬱憤を晴らさせて貰おう!

 

「ちなみに」

「な、なに?」

「にこは海未みたいに男の子苦手じゃないだろうから、好きにやらせて貰うけど。……文句ないよな?」

「うっ……」

「あと、追加ルールでいつものアイドルキャラに逃げるの禁止ね」

 

 俺がそういうと明らかにやばっとでも言いたげな顔をした。

 やっぱりな。多分いつものように『にっこにっこにー』なんて言いながら強引に例のダーリン!まで持っていくつもりだったのだろう。

 

 

 笑みを隠しきれないままにこを見つめていると、彼女は顔を真っ赤に染めながら俯いてぷるぷると震えていた。ゾクゾクするなぁ……。

 

 

 

 さて、お手並み拝見と行こうかな。

 

 

 

~~~~~~

 数分後。

~~~~~~

 

 

 

「覚えておきなさいよーーーー!!!!」

 

 

 

 俺は真っ赤な顔かつ涙目で走り去るにこの背中を見送った。

 ふふ。にこに海未。

 

 

 

 俺に勝とうなんて十年早いわ!

 

 

 

 

 

 


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