ラブライブ! ~黒一点~   作:フチタカ

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第二十五話 君と貴方にだけ【海菜】

「海菜、もしかして、今日何かあった?」

 

 何の前触れもなく絵里はそう言うと、透き通るサファイア色の瞳で俺を見つめる。幾度も見てきたその碧に何処か見たことのない色が混じっているような気がして、俺は僅かに狼狽えた。

 

「…………」

 

 一瞬の沈黙。

 

 この時頭を過ぎったのは純粋な感嘆と、不思議と生まれた感謝の気持ちだった。顔色一つで、雰囲気一つで……伝わるものって本当にあるんだなと俺は改めて自覚する。

 花陽と話した時は幼馴染って言う関係を持つ先輩として出来る限りのアドバイスをしたつもりだし、言いたいことは全て伝えられたと思う。そして、頭の中ではこういう口に出さないことに気づいてしまうのが幼馴染ってものだということを俺は知っていた。

 

 しかし、実際にその局面に立つとやはり大きく心を揺らされる。

 伝わってしまうものなのかと、溜息を吐いてしまいそうになる。

 

 嬉しいような、恥ずかしいような、同時に申し訳ないような。言葉では言い表せない感覚に襲われて俺は軽く視線を明後日の方向に彷徨わせた。

 

「……ホント、よく分かるな」

「あ、やっぱり何かあったのね?」

「はぁ」

「もう、溜息つかない! 仕方ないでしょう、分かってしまうんだから……。私だって好きで察知してる訳じゃ無いわよ」

 

 ぷくっと頬を膨らませて彼女は怒る。

 どうやら何か根拠があって聞いたのではなく、なんとなくの勘で察知してしまったらしい。本当に幼馴染という関係は不思議だ。伝えたい事も、伝えたくない事もいつの間にか知られてしまう。

 

 

――でも、ま、隠す必要が無いならこれほど楽な関係は無いよな。

 

 

 俺は小さく微笑んだ。

 

「何があったか、言った方が良いか?」

 

 俺はそう聞く。

 別に深い意味はなく、冗談交じりに目を細めた。

 

「そうね、別に言いたくないなら良いけれど……」

 

 不服そうに絵里。

 

「昨日……希の家からの帰り道あたりから様子が変だったし、私は気になってるわ。別に教えたくないなら良いケド……!」

 

 彼女は拗ねたように唇を尖らせる。

 しかし、俺はそんな冗談めかした態度よりも台詞の内容に少なからず衝撃を受けていた。

 

――最初っからバレバレかよ。

 

 思わず両手で顔を覆って突っ伏したくなった。

 恥ずかしすぎる。昨日の時点で内心の動揺や葛藤がこの女の娘には筒抜けだったらしい。

 

「……ど、どうして今度は睨んでくるの?」

「ホント、君は厄介だよな」

「なっ! どうしてそんなこと言われなきゃいけないのよっ」

 

 俺は再度ため息をついてとつとつと語り始めた。

 

「今日、ツバサと会ってたんだよ。つい五時間前くらいに」

「……ARISEの綺羅さん、よね?」

「あぁ」

 

 全く、どうしてそんな人脈が……。絵里はジトッとした目で俺を見てきたものの、諦めたように視線を逸らし続きを促してくる。

 

「それで……何から話せば良いんだろうなぁ」

 

 俺は腕組みして考える。

 順を追って話すと時間がかかり過ぎるし、かといって途中を省くと伝わるものも伝わんない。そもそも、どこまで教えるべきかも悩ましいし。

 

「…………」

 

 ふと、視線を戻す。

 するとまっすぐに俺をみつめる絵里が居た。同時に俺は、深く澄んだ群青の奥に見慣れた光を見つける。彼女が俺の心を直接覗くことが出来るように、俺にも絵里の想いを読み取ることが出来る。

 

 そして、この時俺が見たのは『俺がこれからするであろう話に対する興味』ではなく『俺自身の心境を思いやる心』だった。きっと、彼女は俺が話す内容が気になっている訳ではなく……いつもと様子の違う古雪海菜自身を気にしているだけなのだ。

 

 

「…………」

「どうしたの? ……なんで笑うのよ」

「いや……」

 

 

――全部、包み隠さず話そう。

 

 

 きっと、そうすべきだ。

 相手が心をくれるなら、俺も同じだけの心を返さなきゃいけない。

 

 

「ちょっとだけ、時間かかるけど……良いか?」

「……もちろん」

 

 

 返ってきたのは誰よりも優しい笑顔だった。

 

 

***

 

 

「その……ツバサが俺に好意を持ってくれてるって話は知ってるよな?」

「えぇ、まぁ……」

 

 自分の口から言うと自慢気に聞こえるな。実際は悩みに悩んでる案件なんだけど。

 

「何でちょっと不機嫌そうなんだよ」

「……別に不機嫌では無いわよ。それで? そのことは皆ともたまに話題に上がるから知ってるわ」

「え。君ら俺とツバサの話してんの?」

「それはするでしょう……やっぱり気になる話題ではあるし」

 

 う、それもそうか。

 年頃の女子グループを捕まえて、恋愛について興味を持つなという方がおかしいかもしれない。

 

「まさか……」

 

 若干非難めいた光が視線に混じり、絵里が人差し指を軽く曲げたまま唇に当てた。

 

「付き合うことになったとか……」

「だー。違う違う!」

 

 なぜ彼女が否定的な目をしていたのかは分からないが、その理由を考えるよりも誤解を解くのが先決だ。俺は両手をブンブンと体の前で振って絵里の疑いを否定する。

 

「流石にそれは無いって。急な話だし、正直受験終わるまで恋愛する気無かったし……」

 

 これは本当。

 俺も男だし、別に女の子に興味が無いわけではない。普通にカップル見たら羨ましくもなるし、セクシー……というかエロ系のビデオを見漁ったりする日だってある。なんだかんだ普通の男子高校生をしているのは事実だ。

 

 だけど、俺は受験生で。

 

 バスケを諦めたように、古雪海菜に同時に二つの事をこなす才能は無かった。

 勉強が出来るようになりたいならバスケを諦めなくてはならなかったし、受験本番を控えた状態で女の子と付き合って勉強時間を減らすなんて言語道断だ。

 

 μ’sの一員になったつもりで誠心誠意関わると決めた今でさえ、勉強が忙しく練習に半分も参加出来ていないのが現状で。そんな環境で彼女を作るなんてもっての外。――俺はそう考えてきた。

 

「そうよね……」

 

 絵里は全て分かっていたかのように頷いた。……いや、彼女は本当に全て分かっているだろう。

 

「でも、ツバサが俺に好意を示してくれたことには大きな意味があったんだよ」

 

 思い出すのは、不敵に微笑むツバサの姿。今まで出会ったことが無いくらい深く、同時に眩い瞳を持った女の子。

 

 俺の余裕の無さをアイツは一瞬で見抜いた。

 その上で俺を好きになって、俺に真正面から告白してきた。

 

 彼女ほどの女性なら、好意を持ったことを『伝える』か『伝えない』かを正しく判断できるし、自身の心を隠すことも容易いだろう。同時に、俺が『伝えて欲しくない』と暗に願って居たこともツバサは知っていたはずだ。

 しかし、彼女はそれを全て分かった上で俺の前に現れた。

 

 俺はそのワケを話そうとして……

 

「大きな意味? でも……いま海菜はそれに悩まされているんでしょう?」

 

 唐突に挟み込まれた幼馴染の言葉に遮られた。

 

 再び、絵里の目に非難の色が混じる。

 それは俺ではなく、おそらくツバサに向けられた負の感情。

 

 

 

「……本当に海菜の事が好きなら、意味があろうとなかろうと邪魔なんてしないわ」

 

 

 

 呟くような声。

 眉間によった僅かなしわ。

 

 細く、わずかに掠れたその響きに、確かな感情の流れを感じて俺は呆気にとられていた。同時に絵里も、今の言葉を口にするつもりは毛頭なかったのだろう。一瞬しまった、とでも言うような焦りの表情を見せた後、慌てて誤魔化そうとする。

 

「あ……、話の腰を折ってごめんなさい」

 

 いや、別に謝らなくていいけど。

 

「それで、綺羅さんの意図は……」

 

 彼女の焦燥を伴った軌道修正。

 しかし。俺はすんなりと元の話へは戻れない。

 

 

 

「絵里……?」

 

 

 

 別に、端から見た分には別段引っかかるシーンでは無かったのだと思う。

 そう、第三者から見たら……何の違和感も湧かない場面。

 

 

――しかし、俺は幼馴染の言葉には敏感だ。

 

 

 彼女は言った。意味があろうとなかろうと、海菜の邪魔はしないと。それ自体は何処までも絵里らしい優しい言葉だ。古雪海菜と言う人間を誰よりも……もちろんツバサよりも正確に理解してくれている幼馴染だからこそ出る言葉。

 きっとそれは本心で、疑いようのない事実だと思う。

 

 だが、普段の彼女なら俺の前で口にしたりはしなかっただろう。

 今の台詞を零した後、焦りを浮かべて誤魔化すようなことはしなかっただろう。

 

 気遣いや思いやりはお互いに持ってる。深く、大きな尽きることのないそれを俺たちは抱いて触れ合ってきた。

 

 でも、大事なことが一つ。

 

 

――俺達はその思いやりを無闇に見せ合ったりはしない。

 

 

 宣言して助けるのではなく、わざとらしく恩を着せるのではなく。出来るだけ自然に近寄って、優しく、支えるように寄り添う。手を差し伸べるのは本当に余裕がなくなってどうしようもなくなった時だけ。普段はただただ見守って、お互いをありのままに受け入れる。

 それが、俺達だ。

 いままでも、そしてこれからもそれは変わらない。

 

 だからこそ俺は疑問を抱いた。『意味があろうとなかろうと、海菜の邪魔はしない』という言葉は本来絵里が思っていても、俺には聞かせたくない言葉のはずだ。同時に、俺が言葉にされずとも肌で感じて、感謝をする事柄のはず。

 

 なのに、その台詞が零れたということは。

 

「絵里。君さ……」

「…………っ!」

 

 絵里は軽く唇を噛んで俯いた。

 ふぅ。察しのいいことで……。

 

 俺は真剣な表情で浮かんだ疑念を言葉に変えた。

 

 

 

「俺に言おうと思ってることがあるんじゃないのか?」

 

 

 

 きっと、間違いない。

 何か俺に伝えたい事を胸に秘めているはずだ。

 

――海菜の邪魔になるだろうから、今言うのは絶対にダメ。

 

 そんなどうしようもなく優しい気遣いと共に、自分に言い聞かせて封印した何かがあるはず。おそらく、絵里がツバサに非難めいた気持ちを抱いているのはそれが原因だろう。自分は必死に飲み込んでいるのに、急に現れた彼女は好き勝手古雪海菜を振り回す。絵里からすればツバサの言動はそう映ってしまうのも無理は無い。

 

「…………」

「絵里」

 

 俺は静かに問いただす。

 俺が話さなきゃいけない事はまだまだあるけれど、そんなことは後回しだ。大事な幼馴染が他でもない俺に遠慮して飲み込んだ言葉があるなら、俺はそれを聞かなければいけない。

 

 しかし彼女はしばし逡巡した後、顔を上げた。

 

 

「まだ、言わないわ……」

 

 

 歯切れの悪い口調。

 しかし、確かな意思だけは感じ取れた。

 

「絵里、君それで俺が納得するとでも……」

「もちろん思ってないわ! でも……少しだけ考えさせて」

「…………」

「もしかしたら、海菜の話を聞いた後なら話せるかも知れないから……」

「…………」

「や、約束は出来ないけれど」

 

 目を細めて彼女を見つめるも、ふいっと視線を逸らされてしまった。

 

「まぁ……今はいいや。俺も話さなきゃいけない事がたくさんあるし」

 

 この様子だと説得は難しいだろう。俺は取り敢えずツバサとの関わり合いで知った全てを伝えてから、改めて今の話を追求することに決めた。

 

「話を戻すぞ?」

「えぇ。綺羅さんが貴方に告白したことに、意味があったって所まで聞いたわ」

「あぁ。アイツの気持ちを知った時、正直俺はしんどかったんだよ」

 

 俺は誰にも伝えていなかった本心を零す。

 

「やらなきゃいけないことがたくさんあるのに、無視できない案件が舞い込んだ。それに加えて、相手はμ’sの皆の最大の敵であるARISEのリーダー。もしかしたら影響が及ぶのは俺だけに留まらないんじゃないかとか……」

「そうね……。海菜が悩んでしまうことは知ってたわ」

「他にも色んな事をつらつらとな」

 

 ツバサの非凡な才能を目の前にして痛感した、矮小な自分。純粋に襲い来る彼女自身の魅力と、それに流されそうになる俺自身の弱さ。口ではARISEには興味が無いといいながらも、天才が他でもない俺に示した純粋な好意に心が動かないというのは嘘になる。

 

――ツバサと付き合うことになれば。

 

 そんな想像をしたのは一度や二度ではない。

 自分より能力の高い人間と触れ合うことの利益、そして満足感。男としての欲求も当然俺の中に渦巻いているし、それは今でも失っていない。凡庸な俺に取って彼女は太陽のように光り輝く魅力を持つ高嶺の花。それにもしかしたら……手を伸ばしさえすれば届くかもしれない。

 

 でも、付き合うとなるとμ’sのメンバーはどうなるのか。

 悪影響が出るかもしれないし、そもそも勉強は如何にするのか。

 希はどう思うのか。

 目の前の幼馴染はどう感じるのか。

 

 本当に上げだしたらキリが無い。

 未だに答えの出せない疑問がそこにはあった。

 

「私は……だからこそ、綺羅さんのしたことをあまり認めたくないの」

「あぁ。……ありがと。俺もその時は……心から言わないでいてくれたら良かったのに、って思ってたよ」

「…………」

「でも、今はその出来事が俺にとっては必要な事だったんじゃないかって感じてる」

 

 これは本心だ。

 

 絵里は怪訝そうな表情を浮かべる。どうして? 口にせずとも伝わってくる。俺は一瞬だけ微笑んで、ツバサと関わりあったことで知った大切な……決して目を背けていてはならなかった事実を告げた。

 

 

 

「μ’sの中にも、俺のことを好きになってくれる娘が居るんじゃないか」

 

 

 

 瞬間。

 絵里の肩が電流が走ったかのように揺れた。

 

 綺麗な瞳を見開いて俺を見つめる。

 呆けたような口から僅かに呼気が漏れた。

 

「ツバサはそう言った。そして……気付かされた」

「…………」

「俺はずっとその可能性から目を背けてたんだ」

 

 本当にバカな自分。悩み事を増やしたくないばかりに見つめることさえ拒絶していたモノ。

 

「でも、海菜は……」

 

 絵里は僅かな動揺を目線に宿らせながらも言葉を紡いだ。

 

「恋愛について何も考えていなかった訳では無いでしょう? 出来るだけその対象にならないように演技だって……」

「まぁ、一応はな。演技っていうのは少し言い過ぎだと思うけど……確かに不必要にふざけたりはしてきたよ。それの方が楽しかったってのもあるし」

 

 頷く。

 絵里の言うことも間違ってはいない。バスケをやっていた時代、理由なく向けられる出所の分からない不気味な好意に嫌気が差して、女の子の好みやすい自分をそっと隠してきたのは事実だ。

 もしかしたら、今みたいに雑に女の子をイジったりバカにしたりするのを止めて、優しく大人っぽく紳士的に振る舞えば多少なりとも人気者に慣れたかもしれない。

 

「でも、君らのことは完全に頭から消していたのは事実なんだよ」

 

 もちろん、打つ手があったのかは分からないけどな。

 ただ、考え続けなければならなかった問題だ。

 

「女の子九人のグループに、年の近い男が絡むって事実を俺はもっと重く受け止めるべきだった」

 

 

――あの娘たちを大切に想うからこそ。

 

 

 誰かを大事に想い行動すれば、往々にしてその相手から同じくらい大切に想われるものだ。少なくとも、俺が大切にしたいと感じる相手は誰もが貰った心を正しく受け止めて、同じだけの心を返してくれる人達で。

 自然と結びつきは強くなる。二人の距離は近くなる。

 その過程で、互いの事を異性として意識するのは自然なことだ。

 

 俺が彼女達の誰かに明確な恋愛感情を抱かなかったのは、純粋に『勉強』や『受験』という枷があったからに過ぎない。仮に俺がたいして行く大学に拘りがなく、特に目的意識のない状態で彼女達に接していたら魅力的なあの子達の誰かに好意を抱いていたに違いない。

 

 なら、穂乃果達はどうだろう。

 

 μ’sの皆は全員、俺の誠意を汲みとってくれてる。俺が抱く、彼女達への曇りのない想いをちゃんと受け取ってくれていた。だとしたら……。

 

 

『カイナがどう工夫してきたのか知らないけれど、あまり女の子をなめないほうがいいと思うわよ』

 

 

 ツバサの言葉を思い出す。

 

 

『私が貴方に惹かれたように、たとえカイナがどんなにうまく振る舞おうと貴方の本質を見抜き、そして憧れる女の子はきっといる。私は確信を持って言えるわ』

 

 

 天賦の才を持つ彼女が紡ぎだした紛れも無い事実。

 彼女のおかげで俺はやっと目を覚ました。『理由なく出来上がる男女の友情』なんていう幻想にしがみついて、微温湯に浸かる日常から抜け出すきっかけになった。

 

「ま、そんなわけで色々考えさせられたんだよ」

「……そう」

「だから、今はツバサと関わりあって話した事には大事な意味があったって思ってる」

 

 きっと、彼女がいなければ何も考えないまま受験を迎えていただろうから。

 

 大事なことを知りもせず、スルーしてどこかに辿り着くよりかは余程良い。例え苦しくても、辛くても、悩んでも、きっとそれは俺にとって欠かしてはならない経験で、今この時にしか経験できない大切な時間だと思うから。

 

「でも……」

 

 しかし、彼女は否定する。

 絵里が僅かに眉をひそめて言う。

 

 

「私は、海菜はその事実を知らずに居るべきだったと思うわ」

 

 

 俺は小さく頷いて続きを促した。

 彼女の意見は聞いておきたい。

 

「海菜は悩んだり苦しんだりすることも、自分の糧だと言って前向きに捉えるわ」

「まぁ、そうだな」

「でも、今の、恋愛に関する悩みはきっと貴方の為にはならないの」

 

 どういうことだ?

 

「貴方は好意を持たれる事を自分の責任だと捉えて、その相手の女の子のことを誠心誠意考えてあげなきゃいけない……そう考えてるでしょう?」

「……まぁ、相手によるけど。少なくともμ’sの娘達ならそうだろうな」

「それはただの傲慢よ」

 

 鋭い視線。

 真正面から絵里は突き刺してくる。

 

 

 

「誰かを好きになった責任は、自分だけにあるものよ」

 

 

 

 幼馴染の言葉。

 

「少なくとも、私はそう思ってる」

「つまり、俺が今抱えてる悩みは検討違いって事か? ツバサの気持ちを思いやるのも、μ'sのメンバーに目を向けるのも」

「えぇ。誰がどんな想いを抱いて貴方を好きになったとしても、その責任はその女の子にだけあるの。その想いが、海菜の夢や目標を邪魔するのはおかしいわ」

 

 絵里はそう言ってくれる。

 他人の抱いた感情に貴方が振り回される必要は無いと。確かにその通りかもしれないけれど、俺はやはり違った考えを持っていた。赤の他人ならまだしも、少なくとも現段階で俺に好意を持ってくれるのは俺自身と関係の深い人達だ。

 たとえ相手の中に勝手に生まれた感情だとしても、それを考えずに無視して自分の事だけに集中するというのは人としてどうなのだろうか。

 

 俺は軽く首を振って言う。

 

「そっか。見解の相違だな」

「はぁ。……いつものことでしょう」

「違いない」

 

 お互いに少しだけ険しい表情で見つめ合った後、どちらからとも無く小さく笑った。

 ずっと一緒に育って、それでも尚食い違う幼馴染の考え方。何度も何度もぶつけあってきたけれど、自分の意見は中々変わらない。今回だって俺は彼女の台詞に同調することは無いけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 

「私は、やっぱり海菜には勉強に集中して欲しい。だって、ずっと側で見てきたもの……。大好きなバスケを止めて、色んな事を我慢して机に向かう貴方の背中を」

「絵里……」

「だから、知らずにいて欲しかった」

 

 少しだけ悲しそうに彼女は呟いた。

 

「ま、でも知っちゃったもんは仕方ないだろ」

「……そうね」

 

 日本人には作れないぼうっとする程に美しい瞳の青が小さく揺れた。

 

 続けて。

 彼女はそう促した。

 

 

――さぁ、本題だ。

 

 今までの話はいわば状況説明に過ぎない。ツバサと出会うことによって大きく変わった古雪海菜の今を言葉に変えて幼馴染に伝えただけだ。本当に大事で、話さなければいけないことは……。

 

 小さく深呼吸。

 

「話したかったのは……」

 

 思い浮かぶは優しく垂れた目、エメラルド色の瞳。

 不器用で、優しくて、いつだって自分のことを後回しにしてしまう女の娘。

 

 

 

 

「希の事なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 


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