湖の求道者   作:たけのこの里派

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第七話 帰還

 陥没する地面、崩落する天蓋。

 足場を喪い、意識諸共『世界』が崩れる感覚に酔う。

 特異点の修復と、カルデアへの帰還。

 世界が直訳であやふやになる現象で、立香は当たり前に意識を手放した。

 それ故に昏く暗転する視界が闇へと呑まれ続ける中、途端に彼女の視界が拓かれる。

 

 ────絢爛な城内であった。

 栄光と祝福に満ち溢れ、荘厳な白亜の城が広がっていたのだ。

 そこで漸く、この視界が自分以外の物だということに気が付いた。

 目線の高さや、時折映る視界の主の身体の一部から、明らかに男性の物だと理解したからだ。

 

(誰かの、夢────?)

 

 あまりに現代離れした光景にそんな考えが浮かぶと、視界の主は一つの扉に辿り着いた。

 

あっ、貴方が新しい■■■■■ですね!  

 私は■■■。貴方と同じ■■■■■で、あの方の傍仕えをしております! 

 

 扉の前には、複数のパンをバスケットの様な何かで抱えた、美少女がいた。

 天然の金髪に、対照の茶色のメッシュが子犬の耳を思わせる。

 元気一杯幸せいっぱいな、天真爛漫。

 そんな印象を与える少女に、視界の主は何かを伝えると少女は笑顔で頷き扉をノックした。

 

 

入れ

 

 

 その短い言葉に、満面の笑みを浮かべながら少女は礼を告げて扉を開ける。

 絢爛な白亜の城に、個人のために備え付けられた部屋は質素ながら、執務室と表現すべき様相だった。

 まるでビルのオフィスの一室を大昔の技術で再現したようだ、という感想を立香は抱く。

 バスケットを持った少女は礼と共に頭を下げ、部屋へ入ったことで、視界の主も追従する。

 部屋の中心に、主が二人を無言で歓迎する。

 と言っても、歓迎というには些か事務的であった。

 

 黒いコートと上着、そして一振りの剣が壁に掛けられた部屋で、仕事だろうか羊皮紙に羽ペンを走らせていた男性。

 貴族というイメージが湧く服装の、物静かな黒い人。

 

(……ランス君?)

 

 年齢や背丈、髪型も違うのに───仲間である少年を思い浮かべる。

 表情や雰囲気、佇まいが余りに彼と酷似していたからだ。

 

(超イケメンじゃん)

 

 そこで理解する。

 あれが、ランス本来の姿なのだと。

 よくよく見れば、子犬みたいな少女は主人を慕うというより、恋する少女とも見て取れる。

 加えてドクター曰く、王が最も敬愛した騎士。

 なんだコイツ、モテモテじゃねぇか。

 

 中身は英雄とわかっていても、外見からどうしても年下と思わざるを得なかった少年の本来の姿を見て。

 立香は内心の衝撃を悪態で意味もなく誤魔化した。

 立香にとって、物語の白馬の王子や貴公子と比喩して相違ない彼本来の姿は、些か刺激が強かった。

 

『─────お前が“そう”か

 

 ペンを置き、腰を上げた彼は視線を此方に向ける。

 流し目のような所作に、立香は顔と下腹部が発熱するのを感じた。

 立香がまだ殆んど知らない、魔術的な何か。

 例えばポピュラーな魔眼である魅了や、或いはとあるケルト神話の英雄の押し付けられた呪いの黒子などの類いでは無い。

 

 曰く、妖精に拐われたものは何らかの形で変質が起こるという。

 とある原初の言語を口にする魔術師は、物事を『再認』することが出来なくなり。

 とある先代現代魔術科学部長は心臓を盗まれ、凡百だった魔眼は神霊やそれを上回る怪物の『視線』を奪い取るほどになった。

 

 では、赤子の頃に精霊に奪われ、挙げ句寵愛と共に育てられたその英雄はどの様な変化を遂げたのか。

 

(───魔的なんだ)

 

 神や王が人を惹き付け、あるいは重圧を与えるように。

 魔性の女が、その一挙一動で男を魅了するように。

 この英雄は、無意識に人を魅せ尽くすのだと。

 男ならば胸を沸かせ、女ならば胸をときめかせる。

 平時でこれなのだ。彼の本領が発揮される戦場ならば、どうなるのか。

 それは、戦場のカリスマ等という言葉すら生温い。

 

 立香は思わず、身震いを禁じ得なかった。

 あるいは、本気で女を口説き出したらどうなるかと。

 

 そんな彼の、目線がホンの僅かずれた。

 それに、何か違和感を感じ────

 

 

そこにいるのか─────立香

(──────え)

 

 

『彼』の視界の奥の立香が、硬直した。

 ここは夢の中、誰かの記憶。

 それの中の登場人物が、画面越しと表現すべき立香に呼び掛けるなど─────

 ゆっくりと、彼が手を伸ばす。

 立香を名指しした瞬間、世界が静止したように動かない。

 子犬の様な少女も、『彼』さえ反応一つせず、時間が静止したようにその手が立香に伸びる。

 そして、

 

お前の仕業かマーリン

「はっはっは。いやぁ済まない、イキナリで御免よ。後々に必要な事とはいえ、些か早急が過ぎたみたいだ。まぁ、気にしないでくれ。さぁ起きるんだ、藤丸立香」

 

 そんな軽い声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

第七話 帰還

 

 

 

 

 

 

「─────いや気になるからッ!?」

 

 手を伸ばしながらツッコミを入れる。

 視界に広がったのは、以前ロマンがサボり場としていた自分の私室(マイルーム)の天井。

 そこで漸く、自分がカルデアに帰ってきたのだと理解し──────

 

 タポ……ッ、と。

 世界一魅惑的な感触が、立香の掌を襲う。

 それは、豊満な女性の乳房であった。

 同性であり、自身も平均的な大きさを携え、巨乳と表現すべきサイズを保有する立香をして、あらゆる知覚が消し飛ぶ感触。

 人の頭ほどある大きさ、欠片とも醜さを感じさせない芸術的な形、そして触れたものを骨抜きにする形を裏付けるハリ。

 何もかもが完璧至上のソレに、立香の中のおっさんが一心不乱にその魅力を脳内で演説する。

 それは、エロを求める絶叫だった。

 

「エッッッッッ……!!!!」

「あら───よかった、目が覚めたのですね」

 

 己の胸に当たった立香の手を、そのまま両手で握った女性は、カルデアスタッフの制服の上に白衣を羽織っていた。

 しとやかで上品な女性。どんな冗談にも微笑で受け答えできる包容力と洒脱さを持つ、温かで柔らかな表情。

 穏やかな眼差しと清楚な佇まいが、その絶世の美女と形容できる美貌をより魅了的に引き立たせていた。

 

「無事の帰還、心より慶び申しあげます。藤丸立香さん」

「貴女は……」

 

 聖母の微笑み。

 かの仏陀やキリストが()()前の姿があるとするならば、それは彼女のようだと断言できる───そんな不思議な感覚が立香を襲った。

 ランスや黒い騎士王のソレとも種別が違う、例えるなら聖者の慈愛(カリスマ)

 

「私はカルデアで精神(こころ)のケアを専門とする療法士(セラピスト)。今回から主に貴女方カルデアの実働メンバーを担当する─────殺生院キアラです」

「あ、それ冬木でマシュが言っていた……」

「はい。元々は、オルガマリー所長の専属セラピストでもありました」

 

 別部署から引き抜かれた、オルガマリーのカウンセラー。

 曰く、キアラのカウンセリング以前の彼女は、それはもう凄まじいヒステリー持ちだった。

 特異点での気丈な振舞いから、立香は想像も出来なかったが────納得した。

 この人にカウンセリングを受ければ、そりゃヒステリーも解消されるわ。

 

「ふ、藤丸立香です、宜しくお願いします!」

「はい。これから宜しくお願いしますね、立香さん」

 

 だからこそ、少し不可解だった。

 それは、その後に聞いた話なのだが───────

 

 

『殺生院キアラ……、だと?』

 

 

 ──────ランスが、彼女の事を初めて聞いた時。

 まるで、おぞましい怪物の名を聞いたような形相をしたと聞いた時は、思わず首を傾げた。

 その意味の一端を立香は、すぐにでも見ることとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香が目覚め、各種検査を受けている間に、カルデアの幹部メンバーが全員揃っていた。

 即ち、オルガマリーの無事の帰還を意味していた。

 

「改めて、御無事で何よりです所長」

「……私は何も聞かされていなかったのだけど?」

 

 ロマンの労りに、オルガマリーは照れ隠しのように、或いは所長としての業務確認を行う。

 彼女にしてみれば、報連相ガン無視で行われたことで命を救われたのだ。

 感謝の念はあるものの、責任者として納得した訳ではない。

 

 そんな彼女に、笑いながら歩み寄る人影が一つ。

 

「それは仕方無いさ。その理由はランス君が既に話していただろう? 彼の直感は信用に値するが、君に話すとなるとレフ教授に話さない訳にはいかなかったのさ」

 

 かの有名な絵画モナ・リザのソレに酷似した、長い黒髪の絶世の美女。

 だがそれは『彼』生来の姿ではなく、生前の作品の『女性』を再現したものである。

 

 即ち、推しを推す余り「私自身が、推し(モナリザ)に成ることだ────!」を体現した変態。

 ルネサンス期に誉れ高い万能の天才芸術家にして発明家、英霊召喚例第三号レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 彼ならぬ彼女はおどけた口調で、しかし正論を口にする。

 

「それにあくまで保険。実際に何か起こるなんて、今までのレフ教授の不審な点を探す考えさえ無かったんだ。マスター候補生48人全員、挙げ句スタッフ達の安全まで対処する時間は無かった訳だからね」

「それは……」

 

 如何に万能の天才と言えど、表立って動けるなら兎も角、秘密裏に全員を護る備えを行うのは不可能だった。

 レフの仕掛けた爆弾で喪われたスタッフは多く、現在生き残ったスタッフの総数は二十人程度。

 ファーストオーダーを乗り切ったこと自体、奇跡と云う他無い。

 

「あの裏切り者のレフの言い方だと、明らかに彼に指示した者──曰く、王が居る筈だ」

 

 そしてカルデアの司令部と評すべき彼等は、下手人の言葉を精査していた。

 

「フラウロス……か」

「レフめ、今頃はその王とやらに叱責を食らっているだろうね。何せ肝心のマスター候補生は勿論、Aチームのメンバーを一人も殺すことが出来なかったんだから」

 

 オルガマリーのウルトラC。

 特異点Fにて立香達と合流した時点で、違法ではあるがマスター候補生達の凍結処理を指示し、仮死状態にすることでその命を繋げたのだ。

 

 無論、犠牲となった他の一般スタッフ達を蔑ろにした訳ではない。

 寧ろ、技術スタッフはダ・ヴィンチにとって最も交流した大事な部下達でもあった。

 その胸中は、察するに余りある。

 

 そう馬鹿にしなければ、やっていられないのかもしれない。

 

「他のマスター候補生は?」

「所長の指示通り。凍結処理で延命出来ています。ですが、現在のカルデアでは……」

「すぐに蘇生処理が出来るのは、精々レオナルドがコフィンに細工を施したAチームだけ───いえ、よく遣ってくれたと考えるべきでしょうね」

 

 そう、それこそオルガマリーの次にダ・ヴィンチが真っ先に護らんとした面々。

 特異点解決の最前線に立つ筈だったAチーム。

 前所長に『クリプター』と呼ばれた最優秀のマスター達である。

 

「彼等は?」

「順調に回復していますが、次の特異点にまでは……」

「レイシフト用のコフィンも、全員分には足りないね」

 

 そんな彼等は、しかし直ぐ様万全とはいかなかった。

 仮死状態から戦闘可能にまで快復させるには、単純に時間が足りなかったのだ。

 特に蘇生中、彼等のリーダーに致命的な後遺症が発覚したことで、他のメンバーに対しても想定外のダメージの確認などで、新たに発見された特異点の修復には間に合わない。

 少なくとも、次のレイシフトには間に合うまい。

 

「さて、この話題になった事だしいい加減話に参加してくれないかい? 

 ─────芥ヒナコ」

 

 ブリーフィングルームの端、机に座りながら一心不乱にカルデアの端末に何かを入力している少女──否。

 野暮ったい、あるいは大人しめな文学少女は何処にも居ない。

 暗い紺色のセーターに身を包み、以前ツインテールにしていた濡れ羽色の長髪は三つ編みに束ねられている。

 ダ・ヴィンチに劣らぬ美女が、両手を使って明らかに慣れない手付きで端末を操っていた。

 

「あー、芥君?」

うっさいわね!! 私は忙しいの! 邪魔するならその喉と四肢、削ぎ落とすわよッ!?

「…………何をしているんだい?」

見れば分かるでしょ!? 項羽様を召喚出来るよう、あの方の詳細な情報を残してるんじゃない!!

「えぇ……」

「ゴメン、あれは私が原因だね」

「何してるのよレオナルド……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体ぐっちゃんが何をしているかというと、彼女の過去が原因だった。

 歴史に刻まれた彼女の真名は、寵姫・虞美人。

 寵姫、ということは誰か高名な存在に愛された存在だということ。

 受肉した精霊である彼女を愛し、そして彼女が愛した者の名は、覇王項羽。

 

 汎人類史においては秦王朝を滅ぼし、漢王劉邦と次なる天下を争った西楚の覇王。

 残虐非道な虐殺の数々、無敵の武勲を誇りながらも首尾一貫しない政策で自陣営を自壊させていった様などは『匹夫之勇 婦人之仁(ひっぷのゆう ふじんのじん)』と揶揄される中国屈指の反英雄。

 

 そんな項羽は、人間ではなかった。

 

 人でなし、といった侮蔑や揶揄ではない。

 幻想種、あるいは神霊、あるいは妖魔────といった異形人外といった話ではない。

 中国史上初めて全ての国の統一を成し遂げたかの始皇帝が、仙界探索の途上で回収した遺骸────仙造宝貝・哪吒太子の残骸を元に設計した自立型人造躯体。

 それがより最少の犠牲で最速の平和を成す為、暴君として新たな龍に斃されることを選んだ覇王の正体であった。

 

 しかしそれ故に、そこに魂は無く死して英霊の座に至るモノが無い。

 仮に項羽を召喚できたとしても、その項羽は大衆が信仰し勝手気儘に思い描いた『覇王』の偶像のみ。

 あるいは、とある聖杯戦争の佐々木小次郎という偶像に宛がわれた、とある剣聖の様に条件の合う誰かが宛がわれるだけだろう。

 

 虞美人が愛し求めたのは、他の誰にも理解されなくとも人理の為の礎になることを是とし。

 最後まで最愛の妻の行く末を案じた男だけだ。

 そんな贋作など断じて認める訳にはいかない。

 

 ではどうすれば良いか。

 取り敢えず、彼女は唯一の相談相手に話をすることにした。

 

『そういった事情は俺より、英霊たるレオナルドに聞いた方が適確な答えを得られるだろう』

 

 英霊の座? 行ったこと無いんでよく解んないっス。

 無生物が英霊化している例を知らない訳ではないが、ランスは元より戦争屋。魔術など精霊印の才能無しである。

 西暦五世紀に存在した伝説的理想騎士にあるまじき発言を受け、虞美人は素直に万能の天才たる魔術師の英霊に問い掛けた。

 その結果が、端末に齧り付く彼女である。

 

『彼女が望む項羽を召喚するには、彼女自身が項羽の情報を英霊の座に持ち込む必要がある』

 

 ダ・ヴィンチの回答は明快であった。

 受肉精霊たる虞美人は、存在が人ではなく星に属する存在である。

 不死たる彼女が万一死んでも、英霊の座に召し上げられる事無く、星の内海に還るのみ。

 そんな星の抑止から虞美人として人理に刻まれるに相応しい彼女自身の、ある意味での鞍替えが必要なのだと。

 精霊ではなく英霊となり、ガイアからアラヤへと鞍替えし人類の守護者になれば。

 人類の守護を誇りとした項羽の嘆きを止める気遣いだけでなく、彼女の見届けた「項羽の真実」を座に持ち込むことで、彼が人類の守護者として認定され、項羽と再会できるかもしれない。

 そんな、十二分に可能性のある提案。

 

 しかし、今すぐ彼女が消えるのはダ・ヴィンチだけでなくカルデアが困る。

 人理焼却という未曾有の災害。その真只中で、マスターとしては兎も角戦力として破格の虞美人を手放す訳にはいかないのだ。

 

『問題が片付いてからでいいのでは?』

 

 そんな悠長な、と虞美人が激怒しそうな発言をしたのがランスである。

 が、無論その言葉にも意味がある。

 

『英霊の座に時間の概念は無いのだろう? 「後」で英霊となるのなら、「今」でも召喚可能のはずだ』

 

 現代から未来にて誕生した英霊を、とある聖杯戦争にてサーヴァントとして召喚された事例が存在する。

 であるならば、虞美人の未来の行動に左右される。

 彼女はその未来の自分の行動の成功率をより上げるため、文献として『項羽の真実』をデータとして遺しているのだ。

 

 最愛の夫と、この人類最後の砦で再会するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチの「思考入力端末を用意するから」という説得により虞美人が止まった辺りで、キアラと共にブリーフィングルームに立香がやって来た。

 そうして、人類に襲い掛かった未曾有の大災害への対策会議は始まった。

 

「────まずは、改めて生還おめでとう。立香くん、マシュ。そしてランス君に芥君」

 

 ロマニの労いの言葉に並び立つ立香とマシュが、お互い顔を合わせて恥ずかしそうに微笑む。

 その二人をランスは穏やかに見守り、虞美人────芥は興味なさげに視線を虚空に向ける。

 

「なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君達は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るよ」

「私も───」

 

 オルガマリーがロマニの前に出て、少し息を吐いた。

 

「カルデア所長として、感謝と謝罪を。本当に良く遣ってくれたわ。特に、立香は」

 

 研修や訓練処か、魔術の存在の説明さえ現場で行った、完全なる一般人。

 それがマシュと契約し、サーヴァント戦を経て生還したのだ。快挙としか言いようが無い。

 それと同時に、責任者としての謝罪もあった。

 彼女をほぼ詐欺に近い形でカルデアに送り込んだスカウト班に、然るべき処罰を与えるつもりなのだが────

 

「レフ……いえ、今回の爆発テロの首謀者、レフ・ライノールの発言。カルデアスの状態から鑑みて、恐らく真実だと思われるわ」

「それって……」

「外に出ていた職員の生存も確認できない。恐らくカルデアの外は死の世界だ」

「人類は、既に滅んでいる。そう想定した上で、我々は行動する必要があります」

 

 人類を滅ぼす。

 そう宣う悪役は物語に数多く登場する。

 だが「既に人類は滅んだ」という状況はそうそう無いだろう。

 自分達が生存しているのも、現実感の欠如の一因となっていた。

 だが、特異点Fでの戦いによってそれが現実なのだと、立香に事実を突き付ける。

 それでも、希望がない訳ではない。

 

「我々カルデアは、この状況を打破しなければなりません」

「ランス君も言ってましたけど、どうやって……?」

「……ロマニ。彼女をスカウト────いえ、拉致した職員の名前を後で報告しなさい」

「は、はい」

 

 笑顔のオルガマリーに、ロマニが気圧されながら答える。

 

 元来カルデアが如何にして人類を守護するのか。

 最初の研修段階の講義で教わることを、しかし拉致同然でカルデアに訪れ講義もクソも無かった立香にとっては当然の疑問であり。

 ちなみに日本で献血サービスに偽装してレイシフト適合試験を行い、彼女を発見した『ハリー・茜沢・アンダーソン』なる職員の、マジ切れオルガマリーによる正当な処罰が確定した瞬間であった。

 

「カルデアスで特異点にレイシフトして修正? ファルシのルシがコクーンでパージ?」

「えっとですね、先輩……」

「過去改変を過去改変で修正する、と認識していれば今はいいだろう」

「なるほど! とうらぶだね!」

 

 ランスの簡潔すぎる言葉に、日本人の立香は即座に理解を示す。

 タイムマシンで過去を変え、滅びを回避するなど某猫型ロボットだってやっているのだ。

 

「ロマニ」

「みんな、これを見てほしい」

 

 オルガマリーに促されたドクターが、モニターに映し出されたカルデアスを示す。

 真紅に染まった、百年後までの地球上の文明を示す地球観測モデル。

 そこに、冬木の特異点を除いて七つの光が追加された。

 

「カルデアスが映し出すこの地球に、冬木とは比べ物にならない時空の乱れ、新たな特異点の発生が確認された。それも現在確認できているので七つ」

『!』

 

 それは冬木での戦いが、事件の終わりなどではないことを如実に表していた。

 

「七つも……!」

「よく過去を変えれば未来が変わるというけど、実際はちょっとやそっとの過去改竄じゃ未来は変革できないんだ」

 

 過去を改編する。

 ある意味今の世界を一変させかねないそれは、しかし容易ではない。

 そもそも、時間を遡る事象は魔法の領域である。

 実行自体が、それこそ聖杯を必要とするレベルだ。

 そして仮に万能の願望器と云えど、簡単ではない。

 

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理──人類の航海図。これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 

「しかし実際に人類史は終焉を迎えてしまった。ならば考えられる可能性は一つ。人理定礎が覆されたんだ」

「過去は現在を証明する足跡。その中でも、人類史に点在する現在の人類を決定づけた土台であるセーブポイント。それが人理定礎よ」

 

 それこそ人類史に刻まれた楔、人理定礎。

 またの名を『霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)』。

 この人類史におけるターニングポイントは、仮に過去を改編してもそこを過ぎれば即座に辻褄が合わされる。

 

 この人理定礎を決定できるのは『その時代を生きている人間』のみで、一度固定されたものは過去あるいは未来からの干渉を受け付けず不動のものとなる。

 仮になんらかの方法で過去に移動し、人類史に介入したとしても固定帯に到達した瞬間に強制的に復元される。

 まさしくセーブポイントに相応しい。

 今回、それが覆された。

 セーブデータが壊された、と表現すべきなのかもしれない。

 

「結論を言います。マスター藤丸立香。貴方はこのカルデアでたった三人のレイシフト可能なマスターの一人です。ですが、特異点に向かうことを私たちが望んでも、強制はしません」

 

 もし、マスターが立香だけならば違ったかもしれない。

 その場合は是が非でも立香にレイシフトして貰わなければ、人類は終わりだっただろう。

 だが、立香は一人ではない。

 

「その場合ランス君と芥君にレイシフトしてもら……あの、芥くん。そんな面倒くさそうにしないでくれないか?」

「あぁン?」

「ごめんなさい……」

 

 インテリが不良に絡まれている。

 しかも、あのセイバーに止めを刺した張本人である。なんでマスターなのか。

 そんな感想が浮かぶ、よくよく考えれば自己紹介もしてない立香は、しかし。

 

「……私が参加して、役に立てますか?」

「無論よ」

 

 立香の問いに関して、オルガマリーは即答だった。

 しかし、魔術世界に素人な立香は、レイシフトという点では非常に優秀な人材なのだ。

 

 立香はランスに匹敵するレイシフト適性を有し、何よりマスター適性も非常に高い。

 現地で行動する際に、従えられるサーヴァントが一騎でも多ければ、それだけ特異点の修復の確率を高くするだろう。

 勿論、魔術師として素人以前であることは、留意しなければならないのだが。

 

 そんなオルガマリーの言葉に、立香は俯く。

 

「私は一般人……ランス君みたいに強くもなければ、人類を救う救世主や神様になんてなれません」

 

 それ処か、魔術だって礼装がなければ満足に使えないだろう。

 そもそも才能が無い。

 恐らく、サーヴァントと契約してもパスを維持するために常にマシュ達の傍に居なければならない

 音速さえ突破するサーヴァントの戦闘の、傍に居なければならないのだ。

 危険度というのであれば計り知れない。

 

「でも─────それが、自分に出来る事なら」

 

 それでも、と。

 藤丸立香は言い切れる。

 

「────ありがとう」

 

 それに、オルガマリーは頭を下げる。

 下げられた顔に浮かぶ表情を、この場で察することが出来るのはキアラとロマニだけだろう。

 三年前、突然カルデアの所長とアニムスフィア家を相続したオルガマリーの重圧を真に知るのは、この二人だけだろう。

 持ち上げられた顔には、先程までの所長としてのオルガマリーがあった。

 

「これよりカルデアは予定通り、人類継続の尊命を全うします」

 

 人類最後の希望を、正しく繋ぐために。

 

「我々は人類の未来を必ず取り戻す。……たとえ、どのような結末が待っていようとも」

 

 

 

 

 




お待たせして本当に申し訳ありませんでした。
まさか二ヶ月以上掛かるなんて思ってもいませんでした。
原因は梅雨の気圧変化で自律神経がぶっ壊れたからです。素で病院に通いました。
重ねてお詫び申し上げます。

という訳で今回の話、実は一話を分割し、出来てるものを一話にまとめ投稿しております。
今回エピローグ予定でしたが、如何せん体調が安定しない。
なので切りのいい所で投稿しました。
次話で第一特異点に突入し、今回の番外編を終わりにしたいと思っております(別の作品の投稿を止めてるのでそっちもやらねば)

原作ダヴィンチちゃんの立香との会合シーンはキアラに差し替え。
そして初登場セラピスト・キアラ。
彼女は魔性要素一切ない、完全聖人メンタルでどこかの魔神柱みたいのが憑依しない限り絶対安全であります。
勿論初見のらんすろは朱い月戦より緊張してました。

ちなみにらんすろはFGO関連の知識はありません。
精々アニメUBWくらいです。ギルガメッシュが過労死するとか言っても信じません。

という訳で今回はこれまで。
また次回、宜しければお会いしましょう

誤字指摘多すぎて草。
本当に有難う、そして申し訳ない。

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