湖の求道者   作:たけのこの里派

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第六話 定礎復元

 芥ヒナコ。

 48名いるマスター候補生達の中でも最初期のメンバーの一人であり、前所長であるマリスビリーが直々にスカウトした者の一人でもある。

 その成績はマスター候補生におけるトップであるAチームに分類されるに相応しい─────

嘘である。

 時計塔に於ける植物科(ユミナ)出身者であり、元はカルデアの技術者サイドの人間だったがマスター適性を見込まれAチームに───

嘘である。

 魔術協会に所属など一度足りとてしておらず、成績や経歴の一切はマリスビリーが改竄した

嘘である。

 

 さて、果たして彼女は何者か。

 彼女が常に本を持ち歩き、人を寄せ付けなかったのは何故か。

 

 それは彼女が、人ではないからであった。

 

 芥ヒナコ、真名───虞美人。

 史記、漢書にて断片的に語られる、謎に包まれた覇王・項羽の秘された寵姫。

 

 その正体は受肉した精霊であり、エナジードレインで糧を得る吸血種。

 魔獣・幻獣の類いではなく、地球の内海から発生した表層管理のための端末「精霊」である。

 魔術世界では「真祖」と呼ばれるカテゴリーに近いが、発生の過程が類似しているものの、生命としての目的が違う別種の吸血種。

 中国仙術に於ける仙人────仙女真人である。

 

 そんな彼女は「そもそも人にレイシフトは耐えられるのか」という問題から、人でないモノとして用意された存在である。

 無論、適性があれば人でも問題無くレイシフトが可能と証明された事で、Aチームの一人として配属されたのだが。

 

 そして問題なのが─────ランスの中の人こと、サー・ランスロットは堕ちた真祖、『魔王』を皆殺しにすることが趣味であったキチガイである。

 堕落したとはいえ、星の触覚殺されすぎ問題。

 無論、魔王が人にとってどれほどの脅威であるのかは、吸血鬼の逸話や現在も存在する死徒から語るまでも無いが、兎に角。

 

 精霊に育てられ、格別の加護を与えられ。

 武者修行と称してバイオハザードのゾンビを絶滅せんとする勢いで殺し回ったキチガイが、カルデアで目を覚ましたのである。

 レイシフト適性、というかぶっちゃけ人類悪適性がモリモリのランスロットが、マシュ同様Aチームに配属されるのは必然であり、彼と彼女の邂逅も当然であった。

 しかし、その邂逅は穏やかに、と云うには聊か問題があった。

 

先日斬ったベリル・ガットの代わりに、本日よりAチームに所属することになったランス・キリエライトだ。特技は単騎突撃。カルデアの職員としては若輩者だが、宜しく頼む』

 

 ────そう、コイツはAチームのメンバーの一人を、既に殺してしまっているのだ。

 無論、ランスの中身が戦乱に明け暮れた騎士であること。

 そして殺されたベリルが快楽殺人鬼であり、マシュとランスが揃っていた病室に押し入り、凶行に及んだという事もあった。

 

 少なくとも当時、護るべき最優先対象であったマシュに刃を向けた以上、生かして帰す理由など無かったランスは、振りかぶられたナイフごと素手で頭部、首、心臓を全く同時に切断(多重次元屈折現象)。下手人は即死した。

 

『ふむ、やはり魔術師は騙し合い殺し合いがデフォルトなのか』

 

 とか考えてたのは、このキチガイである。

 

 無論噂やそれが事実だとしても、表面上は仲良くしていたベリルを殺したランスと気兼ねなく接する事は難しい。

 純粋にベリルの死を悼んだ、キリシュタリア・ヴォーダイムとスカンジナビア・ペペロンチーノ。

 快楽殺人鬼という噂が本当であり、マシュに感情移入していたことで彼女が害されかけたことからベリルへの嫌悪と、そんな殺人鬼を返り討ちにした事で警戒心を強めたオフェリア・ファムルソローネ。

 戦闘に長けたベリルを、素手で易々と惨殺したランスへの恐怖を隠せなかったカドック・ゼムルプス。

 そして、ベリルの役割を知るが故に彼の力量を正しく理解し、彼を返り討ちにしたその技量のみに関心を向けたデイビット・ゼム・ヴォイドなど。

 

 様々な感情から、そしてそれを無意識に感じ取って居たか、ただの幸運か、ランスは彼等と直ぐ様距離を近付けようとしなかった。

 ただ一人、敵性確認をしておこうと一人になる事の多かった芥ヒナコを除いて。

 

 当時の彼女の驚愕と恐怖は、どれほどだったか。

 精霊からの寵愛厚き、そして真祖と幻想種の死の気配を噎せかえる程内包していた輩が、自己紹介当日に自身の正体を看破したのだ。

 人に畏れられ迫害された過去、歴史を持つ彼女にとって、カルデアは数少ない安寧の一つであったのだ。

 それを────

 

『────仙女、真人か。アジア関連は今まで掠りもしていなかったな。精霊を育ての親に持つ俺としては、正気の精霊は得難き緣だ。僭越だが、改めて宜しく頼む』

 

 とか、畏れの欠片も抱かず友好を示した。

 最初は避けに避け続けるものの、同じカルデアで同じAチームメンバー。顔を合わせる機会は山程ある。

 自身を畏れず敵意も抱かず、精霊の気配を色濃く持つランスと友宜を結ぶのは当然の帰結であった。

 

 一度友宜を結んでしまえば此方のモノなのは、騎士王を差し置いてブリテンの過半数から支持されたキチガイである。

 人嫌いのヒナコが頻繁に一緒にいる姿を目撃されれば、コミュニケーションお化けであるペペロンチーノ(Aチームのムードメーカー)が逃す筈がなく。

 芋づる式でランスは他のAチームに馴染み、ヒナコも渋々ながら付き合っていた。

 

 そして─────ファーストオーダー。

 レイシフトの為の霊子分解という存在自体が不安定になる瞬間を狙われ、受肉精霊と呼べるヒナコをして死の間際に陥った。

 そんな不安定な状態で爆風の煽りを受けていた彼女のコフィンを切開し、引き摺り出したのがランスだった。

 彼女の正体を知るランスは、確実に助けられる相手として彼女を真っ先に救出し、己の血をしこたま与えたのだ。

 

 精霊の加護と寵愛を抱き、魔法により根源の一つとして変転した男の端末の血を与えられ、彼女は受肉精霊としての力を十全に取り戻し。

 あるいは、一つ上の位階へと登り詰めた。

 

 そうして、立香達と共に冬木へレイシフトし────今、魔力の濁流を騎士王に叩き付ける。

 

 

 

 

 

 

 

第六話 定礎復元

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空洞に轟音が響き、衝撃と土煙が蔓延する。

 黒の騎士王に叩き付けられた魔力は、ただの魔力の奔流ではない。

 受肉した精霊たるヒナコ────虞美人の特大の呪詛を込めた魔力放出である。

 元来複数のサーヴァントを圧倒する性能に、求道太極の端末の血を啜ったのだ。

 完全に不意を討ったこともあり、直撃を受けたアルトリア・オルタは────しかし、変わらぬ様子で立っていた。

 

「はっ……!?」

『いやいやいや! 随分雰囲気変わった芥君の事も気になるけど──今のを受けて無傷!?』

 

 悲鳴のようなロマンの通信が木霊するも、血を吐き捨てたセイバーは聖剣を構える。

 

「真祖──いや、精霊の一種か」

「だったら何だ。神代最後の王」

 

 足元まで伸びる美しい黒い長髪を靡かせながら、ヒナコがセイバーを睨み付ける。

 魔眼でもあるのか、空気が軋むほどの圧力が発生していた。

 

 それに欠片も堪えた様子を見せず、溜め息と共に剣を下ろした。

 ランスが寄り添うように近付き、それにセイバーが優しく微笑む。

 見掛けは無傷だが、どうやら限界らしい。

 

「やはり、私一人ではどう足掻こうが運命は変えられないらしい」

「……もう、良いのか」

「ええ。手を出さずにいてくれて、有難う御座います」

 

 すると、セイバーの胸の内から何かが浮かび上がり、それを手に取る。

 

「ランスロット。これを」

「これは───」

 

 彼女がランスに手渡したのは、黄金の水晶体だった。

 凄まじい魔力を内包していた。これが、この特異点の原因である聖杯(アートグラフ)なのだろう。

 彼はそれに手を伸ばして─────

 

「ッ、気を付けなさい!」

「───!」

 

 ヒナコの声が響くと同時に、ランスはセイバーを抱えて飛び退いた。

 

 同時に、その空間を巨大なナニカが蹂躙する。

 二人が動いていなかったら、どうなっていたかは抉り取られた地面を見れば瞭然だろう。

 

「何、あれ……」

「先輩! 所長!!」

 

 茫然と呟く立香の傍に、マシュが駆け寄りながら名を叫ぶ。

 その無事を確認する程には、その異形は悍ましいモノだった。

 

 裂け目のようなものが幾多も走った不気味な肉塊の柱に、無数の赤黒い目が点在し、その体表には苦しみの表情に満ちた人が蠢くようにびっしりと存在していた。

 凡そ人への冒涜的な全てを内包した肉塊の異形。

 それが、突然現れていた。

 

 異形はセイバーの持っていた結晶体を巻き込みながら収縮し、その姿を人の腕へと変え、根元の人影に漸く気付く。

 それは、セイバーと立香を除いてとても見慣れた人物だった。

 

「────レフ?」

 

 オルガマリーが、放心する様に言葉を漏らす。

 

 物腰柔らかな紳士然とした立ち姿で、モスグリーンのタキシードとシルクハットを着用し、ぼさぼさの赤みがかった長髪の男性。

 人理継続保障機関カルデアの顧問を務める魔術師にして、レイシフトに無くてはならない近未来観測レンズ『シバ』の開発者。

 

 レフ・ライノール。

 カルデアの事実上のNo.2が、手にした聖杯を笑みと共に吟味していた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────全く困ったものだよ。聖杯を与えられながら、この時代を維持しようなどと考えるとは。まぁ結局は、茶番で終わったがね」

「……貴様」

「おかげで、余計な手間を取る羽目になった」

 

 旧知の間、カルデアの仲間。

 そんな人間を相手に、ヒナコも、マシュも、彼を最も信頼していたオルガマリーさえ。

 死んでいたと思われていた男の生存に、喜びの言葉と共に駆け寄る者は一人も居なかった。

 

「……()()()()()

 

 聖杯を奪われると同時に、セイバーの身体が光の粒子となって崩れていく。

 魔力供給そのものを遮断されたのだろう。サーヴァントとしての現界も、セイバーの霊基の限界から解けていく。

 

「ランスロット────いや、……どうか御武運を」

「あぁ、無論だ」

 

 セイバーは余りにも早い別れに、万感を込める。

 それを見送ったランスは、立ち上がりながらレフを見据えた。

 

「お前がヒトから外れた魔術師であることは、初めから解っていた」

「ほう」

 

 曰く、ランスロット卿は湖の精霊に育てられたのだという。

 もしそうなら、人外への認識能力は極めて高い。

 同僚が人から外れているのかなど、簡単に理解出来る。

 

「ふむ、それが本当なら私は危なかった訳か。では質問だ。君は何故ソレを指摘しなかった」

「魔術師が人から外れていても、珍しくないだろう」

 

 レフはカルデアに於けるナンバー2、オルガマリーからの信頼も厚い。

 仮にランスの言葉が正しくとも、人から外れている自体は問題ないのだ。

 実際、人外由来の出自を持つ者はヒナコを含め珍しくないのだから。

 

 何もしていない以上、ランスが出来ることなどソレを一部の者へ相談するぐらい。

 魔術師としての常識に疎く、立ち位置こそ特殊だが地位とは無縁のランスに出来ることは余りに少ない。

 

「俺が出来たのは万が一の事を考え、ロマニ達をレイシフト時に現場から離れさせること程度だった」

「成る程、ロマニが管制室に遅れたのは君が原因か」

 

 万が一の時、負傷者を助けられる医療従事者を護る。それがランスの選択だった。

 素直に感心するレフの様子が、何より不気味だった。

 

「これは一本取られた。どいつもこいつも統制のとれないクズばかり──等と口にしてしまえば、それは負け犬の遠吠えだな。ではそこにいるオルガは?」

「……」

「見たところ残留思念だ。彼女の真下に設置した爆弾は、確実に彼女を殺した。まぁ疑似霊子演算器(トリスメギストス)は、ご丁寧にその残留思念さえレイシフトさせたようだが」

「ッ……!」

「所長!?」

 

 立香とマシュが、驚愕と共に視線を向ける。

 オルガマリーの返答は、諦観混じりの苦笑による無言だった。

 それに青ざめながら涙目になる二人と対照的に、レフは口端を吊り上げる。

 

「その様子では自覚しているらしい。いやはや、あの聖人には参ったよ。小娘の鬱陶しい依存が無くなったのは良かったが、こう小賢しくなられると私の仕事に支障が出かねなかったのでね」

 

 今のオルガマリーは、レイシフトされた残留思念だった。

 管制室にいた彼女は、爆発の直撃を受けて既に死亡している。

 何よりの証拠が、オルガマリーは本来レイシフト適性が無いからだ。

 レイシフトし、特異点に存在している時点で彼女の死亡は────

 

「生きている」

「……え?」

「数日前から、オルガマリーは彼女本人が遠隔操作する人形に入れ替わっている。本人には傷一つ無い」

「えっ」

 

 悲壮感など知らぬように、ランスは希望を口にする。

 それに、信じられないようにオルガマリーが声を震わせながら問い掛ける。

 

「本当、なの?」

「嘘を吐く理由はない。安心しろオルガマリー、お前は生きている」

「───あぁ」

「所長!」

 

 その言葉に、安堵の余り崩れ落ちるオルガマリーを、立香が咄嗟に支える。

 それに、困ったようにシルクハットを弄りながらレフが溜め息を吐いた。

 

「まったく、この様では叱責を免れないな。あぁ、しかも───芥ヒナコ、その吸血種が生き残ったのも予想外で頭に来る。確実に始末できるよう、レイシフト時の霊子変換に合わせて吹き飛ばしたというのに」

『───勿論、この万能の天才のお蔭さ。レフ・ライノール』

 

 その時、美しい女性の声が通信越しに響く。

 顔こそ見えないが、彼女こそはカルデアの誇る英霊召喚例第三号にして、カルデア技術スタッフの総括者───

 

「キャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチ。まぁ、君だろうね。コフィンに一体どんな細工を?」

『あははは! カルデア顧問としての君なら兎も角、管制室とレイシフトルームを爆破した「敵」にそんなこと教える訳ないだろう? お蔭で通信に参加するのに今まで時間が掛かってしまった!』

 

 盤上を踊る演者のように芝居掛かった、それに反して声色は冷えきっていた。

 

『改めて言おう───よくもやってくれたね裏切り者』

 

 万能の天才。星の開拓者。

 数多の偉業と功績を持つ大天才からの呪いに、レフは腹を抱えて嗤い出した。

 

「ク、────ギャハハハハハ!!」

 

 豹変、とさえ言えるだろう。

 先程までの紳士然としていた彼からは、想像も出来ない醜悪な表情でカルデアを、人類を嗤う。

 

「裏切り者? 裏切り者か! 星の開拓者と云えど所詮はその程度!! 自分達が見限られたとさえ考えることが出来ないとは!」

 

 先程の醜悪な異形は、決して嘘ではないと言うように、謳うように人類を扱き下ろす。

 

「そう、お前達人類は見限られたのだ!! 自らの無意味さに! 自らの無能さ故に!」

 

 そこには、人類への最大限の『嫌悪感』があった。

 

「我らが王の寵愛を失ったが故に! 過去も現在も未来も、なんの価値もない紙屑のように跡形もなく燃え尽きるのさ!!」

『……随分な傲慢だね。人類の裁定者になったつもりかい? その王とやらは』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、豹変が嘘のように落ち着き、先程の紳士姿を取り戻し、憐れむ。

 いや、その嘲笑はそれでも隠し切れはしない。

 

「まだそんな戯れ事を吐く余裕があるとは。いや? それとも自分達の宝物の惨状を、彼等に知らせたくないのかな?」

「宝物?」

『……ッ』

「折角だ、見せてやろう」

 

 聖杯を掲げる。

 その力か、あるいは元から持ち得た力だったのか。

 空間に巨大な孔が空く。

 その先は、カルデアのレイシフトルームに繋がっていた。

 

『そんな、特異点の空間を繋げたのか!?』

「さぁ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前達の愚行の末路だ」

「カルデアスが─────」

 

 そこから覗くのは、灼熱に染まったカルデアス。

 カルデアスが擬似地球環境モデルというのであれば、それは現在の地球の状態を指す。

 地球は、人類は燃え尽きていた。

 

「さて、改めて自己紹介としよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様達人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」

「人類の、……処理?」

 

 理解不能な言葉をマシュが必死に理解しようと復唱し、それにレフが機嫌良く頷く。

 

「お前達は未来が観測できなくなり“未来が消失した”などとほざいたが──────」

 

 手を孔から覗く灼熱のカルデアスに向けて掲げ、その事実を告げる。

 

「未来は消失したのではない。焼却されたのだ。結末は確定した。お前達人類はこの時点で滅んでいる」

『外部との連絡が取れないのは、通信の故障ではなく──────そもそも受け取る相手が消え去っていたのか』

 

 苦々しく、ロマニがレフの言葉を理解する。

 実はカルデアは防衛機構として発生させている磁場の影響で、その焼却から逃れていた。

 だがそれは逆に外の世界は、焼却を免れない事を意味している。

 とある並行世界では、文明活動が十万人を下回った時点で人類は『滅び』を暫定された。

 であるならば、レフの言葉に偽りは無い。

 人類は、燃え尽きていると。

 

「──ふん、やはり貴様は賢しいなロマニ。しかし、臆病者のキミがえらく冷静じゃないか」

『……』

「……まぁいい。もはや誰にもこの結末は変えられな────」

「そうか、ならこれから忙しくなるな」

「……何?」

 

 不快そうに、言葉に割って入った者を睨み付ける。

 ランスはそれを無表情で、つまり涼しげに受け止めた。

 

「カルデアは人理継続保障機関。カルデアが健在であるのならば、人類の滅びの原因を調査し覆すのが役割だ」

 

 その言葉は余りにも自然で、この場にいるオルガマリーやマシュ、立香とヒナコさえそれを当然と思ってしまう。

 それは、通信越しのロマンや他の生き残ったスタッフにも同様に。

 カリスマ、と呼ぶのかは定かではない。

 もっと清廉な、あるいはおぞましい何かかもしれない。

 だが、それは紛れもなく、超人達が跋扈したキャメロットに於いて名声を欲しい儘にした者の不器用な鼓舞だった。

 

「レフ。魔術師としては珍しいほど善良だったお前が、この様な暴挙に及んだ以上人類に────いや、カルデアにも原因の一端は存在するのだろう。人は間違いを起こす生き物だ」

 

 それは、レフの人となりを知るがゆえの言葉だ。

 彼は、間違いなく善人だった。

 

「マリスビリー何某が非道に手を染めていたのは、俺やマシュの存在からして明らかだ。だがそんな輩の娘は、善良だったお前を見て、また魔術師としては良識的に成長している」

 

 それが人間への極大な嫌悪にまで至ったのであれば、その根本は義憤や憐憫に他ならない。

 

「人は、過ちを悔い改めることが出来る」

 

 それでも、()()と言ってみせる。

 彼の本質が中庸で、それが環境次第で容易く悪にも善にも揺れることを知っている。

 オルガマリーがカウンセリングを経て、正道に戻ったように。

 人は行動によって変わることができる生き物だと。

 

 少なくともランスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……下らない。例えお前達が改めようとも、間違いを犯す者は次々に現れる。そんな堂々巡りに付き合えとでも? やはり愚かだな、湖の騎士。お前が消えたブリテンの末路を忘れたのか」

「…………」

 

 それを、レフは愚かだと切って捨てる。

 レフの言葉に、当事者になれなかったランスは返す言葉を持たないからだ。

 

「もういい、これ以上は無駄だ。私はお暇するとしよう」

「────逃がすと思うか?」

 

 踵を返すレフに、一歩ランスが前に進む。

 

「既にこの特異点の崩壊は始まっている。そんな状態で、私を止める余裕があるのか?」

『! みんな気を付けるんだ、時空の歪みに呑み込まれるぞ! 急いでレイシフトだ!』

 

 時空が歪み、揺れが明確な地震へ。

 それに呼応するように大空洞の天蓋が崩れる。 

 人理の定礎の一つが修復され、特異点が崩壊を始めた。

 そんな中、レフは先程までの嫌悪や侮りを捨て去ってランスを見下す。

 

「確かに、貴様の本体は我等が王にさえ凌駕する怪物やもしれん。だが! 今の人の肉体に囚われた状態で何が出来る!!」

「え……?」

 

 立香が困惑を覚える。

 レフはランスの事を怪物だと形容した。

 彼は反英雄ではない、正しき英霊の筈なのに。

 

「────何を言っている」

 

 レフのその挑発の言葉に、ランスは心底不思議そうに首を傾げる。

 

「俺はAチームのマスターだぞ?」

 

 瞬間地面を突き破り、巨大な無数の細木の枝で構成された腕が、裏切り者を掴み取った。

 

「何!?」

「マスターはサーヴァントを使役する者だろう」

 

 レフは顔を驚愕と苦痛に歪ませて、姿を現したその巨大な腕の主を見る。

 それは魔術───ルーンによる隠行、気配遮断の賜物か。

 異常な感知能力を持つランス以外の全ての者を謀っていた。

 その姿を見て、立香が思わずといった風に声をあげる。

 

「キャスター!?」

 

 バーサーカーの足止めに殿を務め、別れていたキャスターの姿がそこにあった。

 

「バカな、キャスターだと!? 貴様はセイバーが脱落した時点で、既に退去している筈ッ……!」

「聖杯が失くなろうとも、サーヴァントは相応の魔力があれば現界の継続は可能だ」

 

 この炎上都市で起きているのが、聖杯戦争の再演であるのなら。

 キャスターは、その霊体を維持する魔力は聖杯によって賄えられている。

 そしてサーヴァントは、元来現代の魔術師が召喚できる存在ではない。

 聖杯という規格外の魔術礼装を以てしても、英霊の一側面を複製し、クラスという枠組みに制限して漸く召喚できる、あらゆる時代における人類最強の兵器である。

 

 そんなサーヴァントを維持する事さえ、聖杯のバックアップ無しには平凡な魔術師にとって無理難題である。

 類まれなる才人が、その大半の魔力を注ぎ込んで漸く現界し続けられる存在。

 セイバーが倒れたことで()()()()()()()()()()()()()()、聖杯が何者かの手に渡った時点で聖杯のバックアップなど完全に打ち切られている。

 キャスターがバーサーカーの猛攻から逃げ切る、あるいは幾つもの奇跡によって打倒できたとしても、魔力源と要石の両方が失われた今、現界し続けることなど不可能なのだ。

 

 では何故キャスターはまだ退去していない? 

 

「そこのアンちゃんと契約しただけだぜ、外道!」

 

 答えは簡単、ランスが聖杯のバックアップが失われても何の問題もない、事実上無尽蔵と云える自前の魔力を、キャスターに供給しただけである。

 そして複数の生命のストックを持つバーサーカーにとって、その神の祝福(呪い)を問答無用で断ち切るランスは、相性最悪だった。

 そうして殿を務めていたキャスターを救出し、特異点修復に伴う退去現象を彼と契約。

 その単独顕現(反則スキル)によって、無理矢理繋ぎ止める。

 そうして、あり得ざる奥の手として隠していただけ。

 

 無論、レフはそんなことは解る訳も無く。

 そしてそんな思考を行う暇など無かった。

 

「宝具解放──────灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)ッ!!」

「ぐッ……ぉおおおおおおおおおお!!?」

 

 巨大な腕が、真名解放と共にレフを掴んだまま炎上する。

 これはルーンの奥義ではなく、炎熱を操る『ケルトの魔術師』として現界した光の御子に与えられた、ケルトのドルイド達の宝具である。

 

「こんなもの……ッ、英霊の宝具程度で……! 私を殺せると思い上がるな記録風情がぁあああッ!!」

 

 だが、レフは燃え尽きない。

 腕だけでは、完全顕現による最大火力を『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』は発揮できていないから、というのもある。

 ソレ以上にレフが成り果てた異形は、祭炎の火力を以てしても殺し切るには足りないのだ。

 

「──────────」

 

 崩れ落ちる足場。崩壊する大空洞。

 面倒そうなヒナコと必死なマシュに、オルガマリーと共に抱えられていた立香。

 そんな彼女がその特異点で最後に見たのは、剣なんて持っていない筈のランスの、構える姿。

 立香は無手の筈の彼の手に、透明な黒い刀を幻視した。

 

「──────────御免」

 

 何時振り抜いたのか。いつ存在しない鞘に納めたのか。

 瞬きをしていないにも拘わらず、彼女にはランスが斬った瞬間を視ることは出来ない。

 それさえ目に映らない刀で残心し、同時に刎ねられるレフの頚。

 それはまるで、時代劇のワンシーンの様な光景だった。 

 

 




レの字「お前が消えたブリテンの末路を忘れたのか」
らんすろ『あんまり知らないとは言えない』

熱出たのであとがきは平熱になったら書き足します。

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