そう思った人………ほんとだよ。思ってしまったね~。
やっぱり向いてねえな~。
ドヴェルグたちとの闘いから一夜明けた早朝、「七つの丘の町」と呼ばれ、起伏のある地形のローマをサラの案内のもと散策している。
ローマといえばサン・ピエトロ広場やパンテオン、コロッセオなど見ごたえがあるスポットが多いが、渡は定番の観光スポットに行くのではなくローマと深い関わりがある噴水を見て回っていた。
時は古代文明の復興を目指すルネッサンス時代、ローマ皇帝が築いた水道橋を復興し、モストラと呼ばれる華麗な装飾の噴水を築いたためローマには噴水が多い。
そんな歴史ある噴水を見て回るのもローマ観光の一つである。
「ローマへもう一度戻りたいと願うなら、後ろ向きにコインを投げよ」というロマンティックな言い伝えがある”トレヴィの泉”、スペイン広場の階段下にある”舟の噴水”、ナヴォーナ広場を水音で満たしている”ムーア人の噴水”、”四大河の噴水”、”ネプチューンの噴水”などベルニーニの作品を中心に回ったのだ。
風がなく、蒸し暑いが、光が強くモニュメントはいつもと違った美しい表情を見せる。明るい太陽のもと吹き上がる水はクリスタルのような輝きを見せ、周囲の彫像とあいまって美しい風景を作り出していた。
そして、観光が一通り終わったあと、時刻が夜になっていることに気が付いたため二人はレストランで夕食をとっている。
ここは魔術結社〈雌狼〉が渡のために予約していたレストランである。渡がいるテーブルの周辺や壁際には監視のための魔術師とおぼしき人がいるため、純粋な厚意というわけではないが。
「ふう、今日は満足! 迷わずに観光できたし、料理もなかなかだしなっ!」
「………そ、そう。良かったわね」
疲れきった声で返事をするのは、向かいの席に座っているサラ。
もともと彼女はお礼も兼ねて渡の道案内をかって出たのだが、案内すべき人が何も言わずに何時のまにか姿を消して土産物を漁っていたりと、常時苦労が絶えなかったのだ。渡はこれからも同じ理由で多くの人に迷惑をかけることになるが、原因が自分だと気づく日は来るのだろうか………。
そのため渡を恨めしい目で見ることになったのは仕方ないことである。
「ん、何だよ」
「なんでもないわ」
何を言っても無駄だと理解したために素っ気無く答える。
もっとも渡が携帯電話を持っていれば万事解決することではあるが、雷を扱う権能を持っているために精密機械を所持することは難しいのだ。戦闘行為を行うたびに、電子回路がショートを起こし買い換えなければならない。そのため持たなければいいという結論に達したのも無理はない。防水機能ならぬ防雷機能が開発されることをせつに願うばかりだ………。閑話休題。
「それより、これからどうするの? 今日は休むとして、明日も観光なの?」
「んー、見たかった物はあらかた見れたからなー。イタリア土産でも物色しようかな」
「お土産? 今日も見ていたけど、何を買うかは決まったの?」
「爺ちゃんはワインで良いと思うけどなー………というか、イタリアのお土産がほとんど思いつかないんだけど」
「そうねー………キンダーチョコは定番の一つね。あとはワインを見るなら一緒にチーズ、ドルチェなんかもいいんじゃない」
「ドルチェ? 確かデザートの一種だっけか?」
「まぁ、甘いもの全般を指している言葉ね。私が薦めるのは、トスカーナ州発祥のカントゥチーニ。アーモンド風味の硬いビスケットで、とても堅いから甘いワイン・ヴィンサントに浸けて食べることが多いけど、紅茶なんかに合うのもいい点ね」
「ふーん、色々あるんだな。それじゃぁ、そこいらを見て回りますか」
明日以降の予定と土産物について考えながら食事をしていると、
「いたいた。ようやく見つけたよ」
入り口の辺りから明るい美声が聞こえてきた。
声が聞こえた方向に視線をやると、薄い水色の長袖シャツと白いコットンパンツを着た一人の青年が少し離れたところに立っていた。
背が高い金髪の青年は肩に釣竿を収納するような円筒のケースを下げていて、太陽のような見る人を笑顔にしてしまう陽気な笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。
そして、他人の会話に割り込んだということを微塵も気にせず自己紹介を始める。
「やあ、初めまして。僕の名前はサルバトーレ・ドニ、よろしくね」
「………あ、ああ。俺は篠宮渡だ」
見知らぬ他人であっても馴れ馴れしく会話をするのがイタリアの流儀なのだろうか。それとも、彼が特別なのだろうか………。
渡が冷静になって観察してみると、ラテン系のお気楽かつ能天気なノリの軽さを持つ青年だと理解した。しかし、サルバトーレが渡に向ける目には何か底知れないものが宿っていた。
「ねえ、ちょっと提案があるんだけど―――これから僕と決闘でもしてみない?」
「はい?」
「決闘だよ、決闘。君となら楽しめると思うんだよ」
初対面だというのに、よく分からないことをいう奴だ。それがサルバトーレ・ドニに抱いた最初の感想である。
「いきなり何を言っているんだ。お前と決闘する理由が無いから決闘しない、以上だ」
「えー、理由ならあるよ。まともに勝負ができる相手が殆んどいないけど戦いたい―――そんな思いを宿した僕と君二人が出会ったんだから、出会った記念に一つ決闘をする。ほら理由があるじゃないか」
なんとも自分勝手な理由なのだろう。
しかし、気になる言葉が出てきた。彼は「まともに勝負ができる相手がいない」と言っていたが、渡の正体を知っているのだろうか。知っているのであれば、渡に挑むことは自殺行為と分かるはず。そんなことも理解できない馬鹿だと否定できないことも無いが。
渡と戦いたがり、その上楽しめるとまで言うのであれば青年の正体は―――一つの推測がある。だが可能性があるとしても極端に低く、そう簡単に生まれるものではない。
不思議に思いつつも首をかしげていると、真っ青な顔をしたサラに気が付いた。
「サラ、どうしたんだ?」
「えっ………あ、あのね、渡………」
何か後ろめたいことがあるかのような反応が気になって、再度声をかけようとする。
しかし、渡の疑問は青年の一言によって解消されることになる。
「僕と君は同族同士、同じカンピオーネなんだから楽しい決闘になるよ」
〈雌狼〉の総帥の言葉もあったため、一つの可能性として考えていたのだが………予想的中、見事に面倒ごとに巻き込まれたようだ。
そして、あの場での闘争を見て、渡と戦うために口止めをしていたのだろう。
「………確かに凄まじい闘いになりそうだが、何でそんなに戦いたがるんだ」
「僕の師匠に言われたんだよ。僕がもっと強くなるために『神やカンピオーネ、同等以上の敵と命をかけた戦いをして、己の血肉と成せばいい!』ってね」
その言葉を聞いたとたん、渡は心の中であらんかぎりの思いでサルバトーレ・ドニの師匠に毒づく。
(何処のどいつか知らないけど、この馬鹿に言う発言には気をつけろよ………というか師匠ならこいつを抑えてくれよ)
この青年の師匠に責任転嫁して逃げ出したい気分なのだろう、憂鬱そうに溜め息をついてから言う。
「俺は昨日闘ったばかりなんだよ。今は闘う気分じゃない。それに体調も万全じゃないしな」
「それは、調子が良くなれば決闘を受けてくれるという意味だね! それなら早く帰って休まなくちゃ。今から休めば、明日なら大丈夫だろう!?」
「はっはっはっ………断るに決まってんだろ! 何で短期間に二回も戦わなくちゃならないんだよ!」
「えー、そんなつれないことは言わずにさ」
渾身のアプローチを
軽いノリで物騒な提案をしてくるサルバトーレ・ドニを無視して店を出ようと立ち上がるが、逃がさないとばかりに渡の前に立つ。
「………んー、君の母国は日本だったよね」
「? そうだけど、それがどうしたんだよ」
「それなら、君は決闘を受けなきゃいけないよ! 日本では侍や武士が戦場に身を投じ、多くの功績を残していたんだよ。戦場こそが武士の名誉の場所であり、君も先人に倣って武士道を貫くべきではないか! それが君の義務なんだ!」
「戦場が戦士の花道なのは何処でもそうだけど………それよりも、何で日本史を知っているんだよ」
「剣士と侍の違いはあれど、学ぶところがあるかと思ってね」
そこには何としてでも渡と決闘しようと画策する青年がいた。
○ ○ ○ ○ ○
人間には各々の信念、哲学、覚悟といったものがある。その信念を道しるべとして未来に進んでいくのだ。
だが、人生が不条理で構成されている以上、自らが望んでいる道を塞ぐ壁という存在もある。
普通の人であれば壁を避けるなり、一歩ずつ乗り越えるなりして先の道に行くだろう。
しかし、カンピオーネは腕力でもって壁自体を破壊するのだ。
常識という枠にとらわれ誰もが手を伸ばすことをあきらめた場所に進む。自らの信念を力と変え、自らに胸を張って生きていくのだ。例え届かずに堕ちたとしても本人にとっては本望なのだろう。
遠回りしたり、撤退したり、妥協したり、間をとったりはせず―――自分の望んだもの全てに手を伸ばしてしまう。
諦めるのが下手なのではなく、諦めるという言葉が最初から欠落しているかのような存在。
そういう者を本物の愚者と呼ぶのだ。
後先を何も考えずに進むだけの者。
それがパンドラとエピメテウスの子、愚者の申し子と名高いカンピオーネという存在である。
いつだったか祖父が話したことがある。
―カンピオーネに畏敬が払われているのには、それ相応の理由がある。
自分たちはか弱き人の身であると。
―私自身もカンピオーネとは底が知れない存在だと思っている。そいつが本気になったとしたら、どれほどの恐怖を覚えるか、いったいどれほどの猛威を振るうことになるのか想像もつかない。
魔術師であろうとも、所詮人間は人間であるのだと。
鋼のような強固な意志をもった神殺しとは人間を超えた怪物であるのだと。
そして、神殺しとなった渡には多くの戦乱が待っているのだと語り、締めくくった。
今目の前に一人の同族がいるのだが、思うことは唯一つ―――
(こんな能天気なバトルマニアと同類扱いなのか………はっきり言って、勘弁してほしいな)
初めて出会った自分以外の神殺し。
今までの自分の行動に後悔は無い。だが、この青年と同類だと考えてしまうと、その点だけは後悔したくなりそうである。
渡が沈黙していると、痺れを切らしたのか大馬鹿一名が「決闘しよう!」と叫び始めた。
(自らが強くなることしか興味がないバトルマニアか………初めて出会った同族も厄介だったけど、二人目もこんな奴だと………これから先、まだ見ぬ同族に不安を覚えてしまうよ)
将来の苦労を考えて、感慨にふけてしまう。
二日連続で決闘はしたくは無いのだが、今すぐにこの場所で襲い掛かってこられても困るため、どうしようか必死に頭をひねる。
そして、ドニの背後にある扉からスーツを着込んだ青年と髪をポニーテールにまとめた女性が向かって来るのが見えた。
「サルバトーレ卿!」
「ん、アンドレアかい。どうしたんだ?」
銀縁のメガネを装備した青年は皺だらけになっているスーツを着ていて、ここまで必死に来たことを物語っている。
その顔には「何故、世の中は理不尽だけで構成されているのだろう」という思いが宿っていた。
「聖ラファエロに会いにフィレンツェに行き、『ダヴィデによる勲の書』を受け取ってきたのですが、帰りに大馬鹿が………いえ、ゴミク………失礼、サルバトーレ卿が………問題を………コホンッ、ふぅっ………何か厄介事を企んでいると聞き及んだので、すぐさまローマにやってきたのですが―――」
実直そうな青年は感情を抑え込もうとしているのか目頭を強く抑えていたが、肩を震わせながら文句ととれる言葉を口にしている。これが漫画であったならば彼の顔だけでなく、周辺一帯に怒りのマークが出ているのだろう。
「まさか他国のカンピオーネに決闘を申し込んでいる最中とは、想像の斜め上を行きすぎなんだよ!」
その青年の言葉に周囲の魔術師は驚愕の表情を浮かべた。
能天気に見えてもサルバトーレ・ドニは正真正銘の神殺しであり、暴言を吐いていい相手ではないのだ。彼の蛮勇を評価しながらも、これから起きるであろう惨劇に身を震わせる。
しかし、イタリアに生まれた新参の王の反応は、
「馬鹿なこととはひどいじゃないか! 僕にとっては何よりも大事なことなんだよ!」
「少しだけでいいから周りに気を使えといいたいんだ!」
青年の名前はアンドレア・リベラ。サルバトーレ・ドニと知り合ったことこそが人生最大の不幸だといえる青年である。
それもそのはず、知り合いの中でトップを独走する変人が神殺しとなってイタリアに君臨するのだから。さらに言うならば、現在目の前で最も重要な問題、自国のカンピオーネが他国のカンピオーネに決闘を挑もうとしているのだから。
今現在だけでなく、これから先の未来でドニの手綱を必死に取ろうとする自らの姿を想像してみたら、胃が痛くなり、渋面になろうというものだ。
その不幸青年と馬鹿のやり取りを無視して、呆れた表情をした女性が渡のほうに振り向いた。
「当代のカンピオーネの一人、篠宮渡だね。あたしは聖ラファエロ、一ヶ月だけそこにいる馬鹿の師匠をしていたものだよ」
「あー」
ラテン系な面立ちに気の強そうな表情を浮かべている美女は、優美にして華麗な剣さばきをもって欧州最高の剣士と謳われ、聖騎士の位にある凄腕のテンプル騎士であった。
彼女の名前は日本にまで知れ渡るほど有名であり、魔術界にあまり関わっていない渡のもとにまで武勇が届いているほどだ。まあ、女性であるとは知らなかったが。
先程心の中で文句を言った相手が目の前にいるため、そのまま彼女に全てを押し付ければいいのだろうか。
そんな渡の心境に気がつかずに、聖ラファエロは渡に言葉を投げかける。
「一つ提案があるのだが聞いてくれないだろうか」
「聞くだけならいいですけど、受けるかどうかは分かりませんよ」
「まあ、そうだろうね………それで提案というのは、あいつとの決闘を受けてほしいというものなんだよ」
「はぁっ………」
ドニに振り回された苦労を理解している聖ラファエロが馬鹿の味方となったことに絶句していると、
「あの馬鹿は一度言い出したら決闘を受けるまで追い回すだろうし、こちらとしては一度叩きのめしてもらいたいんだよ。それにはカンピオーネであるアンタが適任なんだ………それにカンピオーネ同士の決闘がこの場で行われることだけは避けたい」
と溜め息をつきながら理由を告げた。
こちらの都合を無視して襲いいかかってくる未来………それはないと断言したいところだが、この場で言い争いを続けていると現実になるだろう。
話題に上がっているドニを見てみると、いまだに文句を言われ続けている。そして当の本人は自分の何が責められているのか、自分の行動の何が間違っていたのか理解できないように首をひねるだけだ。だが、それもすぐに止めて、聖ラファエロと渡の間に無理矢理入ってくる。
「だから、決闘しよう!」
「何がだからだ、脈絡無さすぎんだろう! それに、嫌だと言ってんだろうが!」
「お前は馬鹿なことを言い続けるな! 話がややこしくなってくる!」
アンドレアが必死に押さえようとするが効果はまったく無い。
「でも、僕は渡と戦いたいんだよ! ここまで言っているんだから、受けてくれてもいいじゃないか!」
「お前はガキか! いい加減にしとけや!」
ドニは自らの成すべきことを成そうとしているだけだが、話が平行線になっている。
渡は「助けて」と縋るような目をドニの師に向けるのだが、聖ラファエロは首を横に振るだけであった。まるで「あきらめてくれ」と子供を諭すように。
聖ラファエロでも抑えることができないなか、言い合いは続いていく。
そして、周囲の一般人は面白がって「お、喧嘩か。やれやれ」と
また、少しでも被害を減らしたいのだろう、魔術師のなかには密かに人払いの結界を張ろうとしている人もいる。一般人が自分でも気がつかないうちに店外に歩を進めていき、最終的になかにいるのは魔術関係者だけとなった。
「何がいけないんだ。ただ、決闘をしたいだけなのに?」「………現代で決闘という言葉が出てくるのがおかしいんだろ」「騎士の間では当たり前に行われていることだよ。ここでは決闘こそが世間一般で言う普通なんだ」「王同士の決闘と一魔術師同士の決闘を一緒にするな、この馬鹿が!」「そんな常識にとらわれてたらいけないよ、アンドレア。僕は自分自身に正直に、全てを包み隠さずに生きているだけなのだから。渡もそうしようじゃないか」「分かった。お前の脳みそがおかしいだけなんだな(ピクピク)―――よし、分かった」「………いい加減帰ってくれよ」「え、でも決闘を受けてくれないのなら、イタリアから帰さないよ」「………マジデ。勘弁してくれよ」「当然だよ。どんな手段を使っても受けてもらうよ」「……………」
そして、皆が怯えている間に二人の王と一人の魔術師の間で会話が交わされていると、
「………ふっふふふ、ふふっ、フフフフフ」
先程から静かに口をつぐんでいた青年が不気味に笑いはじめていた。それは魔王の策略によって精神に異常をきたした勇者のようで………。
「………いいだろう。思う存分やればいいさ」
「「「えっ………」」」
「そうだ。戦いたいなら、いっそこの場で戦ってもいいんじゃないか!」
「「「ちょっ!!!」」」
暗い、暗い笑みを顔に貼り付けたアンドレア・リベラが暴走した。
その周りでは一人だけ歓喜に満ちた表情を浮かべ、残りは何を言っているのか分からずに困惑している。
「………いや、戦う理由がないし」
「理由? 御身は術士として活動しているようですし、依頼すればいいのですか。いくらでしょうか! 日本円で一億ぐらいですか! いいでしょう、それなら私の懐から出しましょう!」
「えっ………いや、ちが―――」
今までつもりに積もった鬱憤を吐き出すかのように喋り続けた。
「では、何が必要なのですか。この決闘を引き受けていただけるのであれば、どんな報酬であろうと払いましょう! ええ、そうですとも! ここにいるクズ男に裁きの鉄槌下していただけるのならば、私は何でもしますよ! さあ、今すぐそちらの要求を言ってくださいっ! さあ!!!」
その表情は口元は笑っているが、目は笑っていない、形ばかりの笑顔。底が見えない闇と表現すべき狂気が宿っているようにも感じられる。
触らぬ神に祟りなしというが………今の彼に関わりたいと思う酔狂な人間はいないだろう。そして、逆鱗に触れてもいないのに被害を受けた場合は、どう対処すればいいのだろうか………。
サルバトーレが引き金を引いた騒動に巻き込まれた渡は、
(
自らの境遇に明け暮れていた。
そんな現実から目を逸らしていても、相手は許してはくれない。むしろ
「ここにいるのは喋って剣を振るという特殊機能を装備した有害物質とでも思って、叩き潰せばいい! そうです、それは皆が褒め称える正しき行動なのです! だから、篠宮王は呼吸する産業廃棄物に天罰を下せばいいのです!」
いや、そんな有害物質があったら一目散に逃げるだろう………。
そして、アンドレアが恐い。目をひん剥いて、顔が恐ろしいほど赤くなっている姿は、まるで本物の鬼のようだ。
「いい加減にしろ! 神殺しの王なら王らしく毅然んとした態度でいればいいんだよ。決闘を受けないと言い続けるからこそ、ここまで面倒な事になっているんだ! そこのところを理解しろ! いつまでも喋ってないで、さっさと戦えばいいんだよ!―――おい、ドニ! 今すぐ剣を抜いて襲いかかれ! それで全てが解決だ! さっさとしろ、この馬鹿野郎!」
助けてのメッセージを再度送るも、今度は目線すら合わせてくれない。腹をくくるしかないのか考えていると、溜め息交じりに助けを出す妙齢の女性がいた。
「本音を言ってしまえば決闘はしてほしくはないんだが、あいつを見てきた経験からすると不可能だろう。それこそ、本当にイタリアから出ることも出来ないかもしれないよ。だから、篠宮の条件を飲む代わりに、こっちの条件を認めてほしい」
「………そっちの条件というのは」
「決闘日時と場所の指定だね。あんたの権能は大規模なものだと聞き及んでいるから、郊外で決闘してもらいたい」
呆れていた彼女の顔が真剣になった。
確かに渡の権能は強力なのに比例して被害も大規模なものになるため、街中での使用は極力控える注意が必要である。
渡は隣に立っているイタリアの王を指差しながら、
「こいつの条件は俺と決闘することだから、後は俺次第ということか」
「分かっているじゃないか」と言うかのように口元を曲げる聖ラファエロ。
そんな聖ラファエロを見て、少し反撃をしたいと考えた渡は「でも」と続けて言った。
「俺は権能を使えば雷速で動くことも可能だから、逃げるだけならできるんだが」
「可能かもしれないけど、篠宮にとっては正体を隠すことを条件に受けたほうがいいんじゃないかい。今まで隠れていたのにも何か理由があるんだろう」
眉をひそめ、困惑の表情を浮かべている。
渡の状況に同情しながらも、イタリアの事情も考慮しなければならない板挟みの現状なのだから仕方ないのかもしれない。
「それに申し訳ないんだが………この場を逃げ切れたとしても、あいつが日本にまで決闘を申し込みに行くという可能性も十分考えられるぞ………」
確かにサルバトーレ・ドニが果たし状を持って、日本にやってくる姿は容易に想像できる。しかし、
「それは問題ないよ」
「? 何故言い切れるんだい?」
「逃げる、特に隠れるという方面に関しては、他のカンピオーネの追随を許さないよ。神殺しとしてはイレギュラーな権能を持っているからね。例え日本に来たとしても見つけられる確率はほぼ無いよ―――万一見つかったとしても再び逃げるだけだし」
そう、八年もの間カンピオーネであることが知れ渡らなかったのには理由があるのだ。
だからこそ、笑顔とともに軽いノリで最後の言葉を口にした。
「俺にはデメリットしかないから、決闘は受けません♪」
渡にとって戦闘とは基本的に避けるべきものであり、次に勝利すべきものだ。必要に駆られて闘うことは何度もあり、戦闘を楽しんでいる自分も否定はしない。
だが、自分から自身を追い込もうとするほど酔狂でないのも事実である。だから、ドニと闘うという選択肢を選ぶ気はないのだ。
可愛く言ったつもりだったのだが、場の雰囲気に変化は訪れなかった。むしろ、魔術師たちの間にあった街中での戦いに怯える雰囲気が濃くなった。
そんな中一人だけ、最も油断できない相手が苦笑している。
「そうだねー、イギリスに賢人議会というがカンピオーネのレポートをまとめている組織があるのは知っているかい………このまま篠宮が日本に戻るんだったら、今回の『まつろわぬドヴェル』のことを報告しなければならないんだが………。そうしたら、日本のみならず世界中に知られてしまうよ」
「おっと、話し合いが無理なら脅迫かい。いい度胸してるじゃないか」
「いやいや。天下のカンピオーネ様を脅迫など出来るはずが無いだろう」
「そっちがその手でくるなら、今回関わった人を権能で脅すというのも有効かもなー」
「それだったら、大馬鹿野郎に守ってもらうのが一番かねー。そっちとしては結局戦うことになるんだが」
ウフフ、アハハと腹黒い笑みを浮かべながらの言葉の応酬。
喰えない女、それが彼女に対して抱いた感想であった。相手の弱点をつく抜け目なさは当然必要なことだが、敵に回ると厄介である。
そして、先に諦めたかのように溜め息をもらしたのは意外なことに渡のほうであった。
「はー………条件的に不利なのは俺みたいだね」
それに、自分がカンピオーネであることがばれた時点で、結果は決まっていたともいえる。外堀が埋まりつつある現状は不本意ではあるが、受けるしか道が無いようだ。
苦渋の選択をするため、顔をゆがめて荒々しく告げる。
「………わかった! ………わかったよ、闘おうじゃないか!」
「渡ならそういってくれると思ったよ!」
「お前は五月蝿いんだよ………それよりも、こっちが提示する条件は二つある」
すさまじい勢いで抱きついてくる馬鹿を片手で押さえながら、指を二本立てて命令する。
「一つ目は俺の情報を隠蔽すること。面倒くさいのは勘弁してほしいからな」
「わかった。賢人議会には適当に誤魔化しておくとして、他の人には口外しないように厳命しておこう―――皆、分かったね」
周囲にいる人が一斉に頷くのを見ると、
「二つ目は賢人議会が持っているカンピオーネの情報を、得られる限りでいいから全て教えること」
「カンピオーネの情報、かい………」
「ああ………言っとくが、別にコピーでも何でもかまわないぞ。ただ、嘘だけは許さない」
聖ラファエロを睨みつけ、これ以上は何も言うことは無いとばかりに口を閉ざす。
「カンピオーネの情報は賢人議会に会員登録しておけば読めるようになっているんだが、それだけでは足らないということか………まあいい、王自らの要望ならば仕方ない。できうる限りの情報提供を約束しよう―――その条件を謹んで受けようじゃないか」
そんな渡を見て、これ以上の譲歩を引き出すことは難しいと判断した聖ラファエロは条件を呑んだ。
そして交渉を彼女に任せきりにして傍観者となっていたサルバトーレがすぐさま口を開き、話に混ざってくる。
「それじゃあ、交渉成立ということだね。後はそっちがやってくれるんだよね」
「………ああ、日時と場所はおって連絡するよ。今のところ、決闘は数日後、人気がない場所でと考えてるよ………アンドレアに任せたいところなんだが………」
「まあ、いいや。渡と決闘できるのなら、何でもいいや………僕と君の決闘は一世一代のものになるよ。運命といっていいほどのね」
そう言い残して去っていくサルバトーレ・ドニ。
能天気に見えても、自分を曲げずに成すべきことを成すというところは、まさしくカンピオーネである。
自らの望みどおりの結果に満足し、スキップするかのような軽い足取りで去っていくサルバトーレ・ドニを見ながら、春休みという短期間に二回目の戦闘をすることになった渡は肩を落として落胆するのであった。
そんな二人の対照的な態度をサラたちは見守った。
アンドレア・リベラの初期の深層心理を想像しました。サルバトーレ・ドニがカンピオーネになった初めのころは、こんな感じだろー。
なんか、無駄に長く書いてる気がする………ショートストーリーでも書いてみようかな。
最近のマイブームはレトロゲーム!
少し前、モンスターレースをやったらはまってしまった。アルバムコンプ一人じゃできない(´Д`)