雷神   作:rockon

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五話 静寂

 

 サラたちは渡の戦闘に巻き込まれないように公園から出てから、人払いや隠蔽の結界を張っている最中であった。

 

 普段なら人払いだけで事足りるのだが、渡の権能で起こる現象が派手すぎるため隠蔽の魔術も行使しているのだ。今回ばかりは他の結社の協力を借りなければどうすることもできないため、ローマで動員できる限りの魔術師を呼んでいる。

 

 しかし巨大な氷が地上に流れるたびに結界が壊されるため、張っては壊されるの繰り返しである。何回も魔術を行使しているため、周囲には疲労困憊で座り込んでいる人が多い。

 

(何なのよ)

 

 そしてサラ自身は疲れきっている体を起こして、公園で起きる超常現象に、カンピオーネとまつろわぬ神の尋常ならざる戦いに息を呑んでいた。

 

 大雨が降りしきるなか雷音から発せられる衝撃が地面や空気をつたって拡散し、時には轟音と共に上空から何かが降りそそぎ破壊をもたらしていく。その破壊力は公園の周囲にある建物を揺るがし、時には崩壊させていくほどだ。

 

 それはまさしく神話における神々の戦いの再現である。

 

 魔術師であろうとも人間というちっぽけな存在などでは、どうあがいてもこの光景を再現することなど不可能である。

 

 そんな世界の終わりともいえる光景を見ているサラは不安を隠すことができないでいた。

 

(私ができるのは祈ることだけ………彼が勝利をつかむと信じることだけ)

 

 人間である自分の理解が及ばない存在との戦いであって、なにも手を貸すことなど出来ないのだ。自分たちはその戦場にいるだけで邪魔な存在であり、人は、人類は無力なのだ。

 

 そして一際でかい轟音が周囲一体に充満し、辺りは叫喚に包まれた。

 

「―――っ!」

「な、何なのよ! 今の衝撃は!」

「誰か! 二人崩落に巻き込まれたぞ!」

「手が空いている奴はこっちにきてくれ! 手が足りない!」

 

 地面から浮遊したかのような感覚を味あわせる衝撃、巻き上げられた土は津波を思わせるかのようにサラたちがいる公園の外にまで及び、また公園内の木々が飛んできた。その衝撃と飛来してきた土木によって、公園周辺の建物は崩壊の一途をたどった。

 

 周囲の人があわただしく動くなか、

 

(………渡………無事に帰ってきて)

 

 その思いを胸に、渡が勝って無事に帰ってくることを必死に祈っていた。

 

 そして、サラは辺りが静かなことに気づいたのだ。つい先程受けた衝撃を境に鳴り響いていた轟音が止んでいることに。

 

 勝敗が決まったのか、まもなく決着がつくのかは分からないが、公園の中からは先ほどまで聞こえていた轟音が消えたのは事実だ。

 

 意識せず、胸に添えた両手にいっそうの力を入れて祈りつづけた。

 

 

 

 そんな戦いをサラたちよりも間近の場所で見ていたとある青年は、服が汚れるのも気にせずに非常に嬉しそうな顔をしていた。

 

「混じりたいけど、どうせなら万全の状態で戦いたいしな………う~ん………よし! この戦いの勝者と戦おう!」

 

 この先で行われている戦闘を見て、本人たちの意思を無視して一人で勝手に決定を下していた。

 

 前回戦った『まつろわぬ神』やカンピオーネと同じで、自分を満足させてくれる相手だと感じているのだ。

 

 だからこそ、自分も混ぜてほしい。

 

 まつろわぬ神やカンピオーネとの三つ巴の戦いなど、めったにできるわけではないのだから。

 

 しかし、傷を負っている相手と戦ってもつまらない。自分と同等の敵が万全の状態のときに戦ってこそ、自分は上のステージにいけるのだから。

 

 二つの感情に挟まれた青年は必死に我慢している。でなければ、すぐにでも混ざって戦っていただろう。

 

「う~ん、まだかな………自分を押さえるのにも限界があるよ」

 

 一人目を輝かして、自分の出番を待っている。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 それは地面に降りそそぐ本物の流星であったかもしれない、もしくは神が罪人に裁きをくだす刃であったかもしれない。

 

 それが地面に着弾した。

 

 その瞬間、音が消え、景色も消えた。

 

 ただ一つだけ分かったことは、それがもたらした被害は今までと比べ物にならないということだ。

 

 土埃によって遮られた視界が雨によって流されていくなか、渡は大の字になって倒れ伏している。渡の目の前には大きな穴が、超音速で飛来してきた物体によって出来たクレーターがある。

 

 そして、大穴を隔てた場所にドヴェルグたちは倒れていて、ダブルノックダウン状態である。

 

 この権能の最大の特徴は破壊力だろう。

 

 第一段階として権能と重力によって生み出される圧倒的な加速力が生み出す運動エネルギー、第二段階は落下時に発生する気流と弾を構成するときに圧縮した力の解放による衝撃波。そして、今回のように超音速で落下してくるときは―――空気の抵抗を突き破ったときにだけ、衝突の直後に遅れてやってくる第三の衝撃波がある。

 

 この三段階、もしくは二段階による破壊こそが真骨頂といえる権能だ。

 

 隕石の落下によって渡たちが闘っていた場所の中心には半径数キロメートルのクレーターができている。周辺からは木々が消えうせ、戦場となっていた公園は荒野と表現して間違いない状態となった。

 

 しかし、被害としてはまだいいほうだ。戦闘を行っていた場所が公園の中心部だったからこそ、なにより巨石がミョルニルと少しだけ衝突したからこそ被害は少なめにできたのだ。何にも邪魔をされず巨石が地面に突撃していたのならば、公園だけでなく周囲一帯が跡形も無くなくなっていた可能性は高い。

 

 その衝撃は渡の脳を揺さぶり、体を目に見えぬ無数の針で突き刺したかのように痛めつけた。フラフラと起き上がるが、視界がぼやけている。

 

「………あっがぁ.………くうっ!」

 

 少しずつ焦点が定まってくると、意識が覚醒していくのと同時に全身を駆け巡る激痛も認識し始めた。

 

 白銀の籠手によって雷を押さえ込み、軌道をずらすことには成功した。しかし、完全に防ぐことはできなかった。籠手には(ひび)が入り、自身は左下腹部に風穴を開けた状態である。

 

 ミョルニルに籠められた呪力が荒れ狂い、渡の体内を蹂躙しているのだ。

 

「くっ、あ………がっ、あああああああっ!!」

 

 苦悶の叫びを洩らしながら、下腹部に開いた穴から血も内臓も全てが流れ出しているかのような錯覚に陥った。だが自分の血液が急速に失われていくのに伴って冷静になることで、ただの痛みによる幻覚だと理解する。

 

 今までは本能にしたがって戦闘行為を繰り返しすことが多かったが、自分の血が失われていくのに比例して、相手を倒すことだけを考えていた脳に他のことも考える余裕ができた。

 

(ぐっ………普段口では何と言っていようが、神々との戦いを楽しむ―――元から血の気が多い性格なんだろうな。余分な血が抜けたおかげで………思考がクリアになっていくよ)

 

 この先簡単に出会うことの出来ない強敵である。だからこそ、今この瞬間を楽しまなければいけない。

 

 選択肢を一つでも間違えれば、選択するのが一瞬でも遅ければ自分は死んでしまう。しかし、自分の小さな命を懸け、お互いに殺し合い、殺し合う。それが愉しく、興奮するのだ。

 

(ああ、いいよ。本当にいいよ、お前らは………どちらかの命が尽きるまで闘う、血が、魂が昂ぶるこの感覚………)

 

 神々や英雄、同胞など人外の存在と闘うことでしか至ることが出来ない感情、それを感じているのだ。

 

 だが愉しそうに笑っていた顔が、少しだけ悲しそうな表情となる。

 

(しかし、愉しい時間はすぐ終わってしまうもの。この至福のときがもうすぐ終わるのは悲しいね)

 

 仕込みは済んだ。

 

 後は発動させる最後の一手を行うだけ。

 

 

 

 渡が血を流しながらも必死に立ち上がると、それに呼応するかのようにドヴェルグたちも立ち上がった。両者は共に限界が近いのだろう、呪力が極端に減っていて満身創痍である。

 

「神殺しよ、我らをここまで追い詰めた汝の力量は素晴らしいものであった。褒めてくれよう」

 

 ドヴェルグはそう言いながら、自身が隠れてしまう大きな楯を手にした。

 

「汝ら神殺しは理性なき獣。神々の邪魔をすることの罪を問うたとしても無駄なことではあるが、賞賛ぐらいは受け取るがよい」

 

「だが、勝利は我らが手中にある―――これから汝を打ち倒して、この戦いに終止符を打つとしよう」

 

 ブロックとエイトリは手元に戻ってきていたミョルニルを頭上に掲げながら告げる。

 

 雷神トールはヤールングレイプルという鉄製の手袋をつけてミョルニルを使用していたとされ、ブロックとエイトリは二柱がかりでないと扱えないのだろう。ミョルニルの性能を完璧に引き出せないせいで、渡の腹を打ち抜いただけに(とど)まったともいえる。

 

 もしかしたら、グリンブルスティも目の前の敵を倒すという共通目的がなければ制御できなかったのかもしれない。彼らが創りだすのは神々が使用するための道具であって、自らが用いる道具ではないのだから。

 

「決着をつけるときが来た。最後に汝の名を聞いておこう」

 

 尊大に、傲慢に、まるで自分たちが勝者であるかのように言い放つ。

 

「篠宮渡だ―――俺に喧嘩を売ってきたことを後悔しながら逝け!」

 

 ドヴェルグたちの言い分に一瞬苦笑してから、名前を告げた。

 

 力強く握り締めた右手を腰元に引き付けて、左手を右手に添える。

 

 次の瞬間、闇の妖精ドヴェルグが最前面で楯をかまえて、その後方には兄弟のブロックとエイトリがミョルニルを持って向かってくる。

 

 この闘いはすでにクライマックス、牽制などの余計な行動は必要ない。すべきことは唯一つ、最後の一撃を発動させるために全力の一撃を打ち込むこと。

 

「我が稲妻を従えし王なれば、先の見えぬ大地に轟く幾万の稲妻よ。今こそ我が下に集い、勝利を我が手中に!」

 

 渡は突進してくる三柱を眺めながら聖句を唱え、残る呪力を最大限集めて収縮し、敵に向けて解放する。

 

「「「はあああああああああっ!!!」」」

「かあああああああああっ!!!」

 

 吼える! 両者は己の全てをのせて吼える!

 

 肺腑を抉るかのような声は四重奏となり、両者は渾身の一撃を打ち放つ。

 

「Slapp!」

 

 そして渡の拳が楯に接触する直前、大気が鳴動し―――最後の一手が発動した。

 

 ゴッ、ゴゴオォォシャーーーーーン!

 

 そんな轟音が響きわたった後に立っていたのは一人だけ。

 

 その人物が身に纏うのは今までとは違い、目を刺すような強い赤光を放つ雷であった。それは鮮やかな赤、戦場で染まった鮮血を思わせる赤。

 

 そう、その場に立っているのは渡だけであった。

 

 雷神トールの所有物の一つに力を倍加させる力帯・メギンギョルズというのがある。

 

 渡がメギンギョルズの性質を使用するためには、籠手に雷を一定量溜め込んでから解放しなければならない。力を倍化された雷は今までの自然界の性質から離れ、神々が扱う雷へと昇華される。

 

 後に『赤き雷神の一撃』と評されることになる籠手の切り札は、それまで内部に溜め込んだ雷を解放して叩き込むという単純明快なものだ。そこに籠められるは剛力までもが倍化されたことによる濃密なエネルギーであり、それまで相手側に帯電させてきた雷と合わせることで『鋼』する粉砕する一撃となる。

 

 その一撃を直接受けたのは楯を持っていたドヴェルグだが、渡の拳をうけ帯電していたブロックとエイトリにまで共鳴するかのように平等に伝わったのだ。

 

 渡の目と鼻の先では、ブロックとエイトリが砂のように姿を崩しながらその場に倒れている。ミョルニルを放てば結果は違ったかもしれないが、やはり必勝の槌を使いこなせていなかったのだろう。

 

 他方、ドヴェルグは帯電しているのが普通の雷であると見抜き、力が拡散しやすい地中へと逃れようとした。しかし楯で受けきることができずに、自身を貫かれ塵となって消滅していった。

 

 最後の衝突が凄まじかったせいなのか、戦闘の終結と同時に雨風も止んでいる。いや、吹き飛んだと表現するほうが正しいのかもしれない。

 

「………ふっ、ははははは、流石だ。神を殺すのみにとどまらず、我らを邪魔立てをするという重罪を犯した傲慢なる魔王よ。勝利へと導く戦神の槌をも凌ぎきり、逆に勝利を奪い取ったか」

 

「我らは未来永劫汝を戦場へと導く呪いをおくろうではないか! 汝の望む今以上の闘争が、そして我ら以上の大敵が待つだろう!」

 

「いや………そんな物騒なものは遠慮したいのだが………」

 

「もっとも我らが送らずとも、戦場で闘うのは汝の運命であるがな」

 

 そして、渡の意志を気にもせずに、既にこの場にはいない兄の分を含めて告げる。

 

「「篠宮渡よ! 我らが屍を超え、血肉を食らい、更なる強者となるがいい! そして、この先も飽くなき闘争に身をゆだね、勝ち続けるがよい! 再び我らと再会したときこそが、汝の最後となるだろう! そのときを心待ちにするがいい!」」

 

 語り終えると同時に雲の隙間から一筋の光が降りそそぎ、それが合図になったかのようにブロックとエイトリは跡形もなく消えていった。

 

 そして、背にずしりと一瞬だけだが重みが加わる―――新たな権能を得た証だ。

 

 渡も限界ギリギリだったのだろう。二柱が消えていくのを見届けると疲労困憊といった様子で膝から崩れ、その場に倒れていた木に寄りかかる形で体を安定させる。

 

 手を下ろすと何か生暖かいものに触れたので、自分が座っている地面に視線をやる。すると自分のすぐ横には赤い池ができている。今の渡は左腹部に穴を開けた状態なのだから、流した多くの血が池をつくったのだ。

 

「………あー………血が足んねー」

 

 出血多量で死ぬかもと呑気に考えていると、遠くから心配するような顔をしたサラが駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

          ○     ○     ○     ○     ○

 

 

 サラは走り出していた。

 

 先程呪力が信じられないほど膨れ上がり、ぶつかり合ったのを感じたのだ。それが決着の合図だと理解した瞬間、無意識のうちに体が動いていたのだ。周りの人が静止したのにも気が付かずに。

 

 渡の無事を確かめようと必死に足を動かしていると、戦場で立っている彼が『まつろわぬ神』と何か話をしているのが見えた。

 

 渡が勝利したのだと理解し安堵するが、彼がひざまずく姿を見て慌てて駆け寄る。

 

 そして、近くに寄ったことで彼の脇腹に穴が開いているのが見えてしまい、顔色を青くし叫びだしそうになった。

 

「………どう、したんだ………そっちは無事だったか」

 

 しかし、ひどい状況の渡が苦しみながらもサラに声をかけたことで絶叫を飲み込むことができた。

 

「えっ、わ、私たちは大丈夫よ。それよりも! 渡、ひどい状態じゃない!」

 

 その言葉を聞いて、自分の体を見てから苦笑する。激痛と失血のせいで口を開くのも億劫なのかもしれない、彼の喋りにはいくらかの間が存在する。

 

「………まぁ、ひどいで済ませられる状態ではないけどな………ゆっくり休めば大丈夫だよ………」

 

「馬鹿なことを言わないで! 今すぐ治癒の魔術を使うから、大人しくしていなさい!」

 

「………いや、無駄だって」

 

「いいから! 静かにしていなさい!」

 

 聞き分けの無い子供をしかるかのように、渡に口答えを許さなかった。大量の血を失い顔色を真っ青にしているのだから、心配するのが普通だろう。

 

「えっ、何で。どうして効果が無いのよ!」

 

「………だから、無駄だって………カンピオーネには魔術は聞かないんだよ………」

 

「あっ」

 

 今更ながら重要な事実を思い出したサラは、青かった顔を突如真っ赤に染め上げた。

 

「………俺らは半分人間、半分神様のような存在だからな………ただの人間が行使する魔術が『まつろわぬ神』に効かないのなら、カンピオーネにも意味が無いのも当たり前だろ………」

 

「そ、そうよね!」

 

 そして、誤魔化すかのように大きい声を出すと、二人の間を沈黙が支配した。

 

 『魔術に対する絶対的な耐性』

 

 人の身からはありえないほどの膨大な呪力を宿してしまったがゆえに起こる悲劇。どんな魔獣も魔術師もおよばぬほどの呪力は全ての魔術を寄せ付けないが、一魔術師に魔術をかける方法が無いわけではない。

 

 そこまで考え、唯一の方法にまで至ったところで彼女の思考が止まる。

 

 だが渡の荒い息づかいだけが聞こえてくる場所で、苦しみに耐えている少年を見て困ったような表情をしながらも意を決したように両手を握った。

 

 そして相手を意識しないように勤めながら、顔を近づけていき―――二人の唇が触れ合った。

 

 そして、二人の接触した部分から渡の体内に春の息吹にも似た優しくも暖かい力がつたわった。

 

 官能的で瑞々しく柔らかい唇の感触、嘘みたいに甘いと息が密着した部分から渡の中へと侵入してくる。

 

 渡は体内に満ちた力に身をゆだねながらも、自分とサラが世間一般で言うところの『キス』という行為をしたという事実で頭がいっぱいとなっている。

 

「(○◇○)(・◇・)………(゜△゜)(°д°;) (@▽@;)………?!?!?!(◎◇◎)!」

 

 だから、唇の感触や味気を味わうこともなく、好みの女性とキスをした感動に浸ることもなく、ただ目を見開いて言葉にもなっていない音を吐き出すだけであった。

 

 まるで頭と胴体に別々の意志が宿っているかのような渡を見ていると面白くはあるが、今の接触には意味があるのだから効果を確かめなければならない。

 

 それにサラだって異性とキスをしたのは初めてであり恥ずかしいのだから、顔を上気させ、話題をそらすために口早に喋りだしたのは愛嬌というものだろう。

 

「そ、それで、体の調子はどう」

 

「えっ………っ、あ、ああ、さっきより断然良くなったぞ!………っ!」

 

 大きな声を出した反動で苦痛に顔をゆがめながらも、先程とは違うしっかりとした声で主張する。実際良くはなったはずだが、腹に開いた穴が完治するのには時間がかかるだろう。

 

「………さっきは何をしたんだ、魔術を使ったのか。カンピオーネには効果がないんじゃないのか?」

 

「え、ええ。基本的には効かないだけで、何事にも例外があるように、カンピオーネに魔術をかける抜け道が一つだけあるの」

 

「そ、そうなのか」

 

 その唯一の方法が何なのかは明白であり、それが理解できたからこそ気まずい空気が流れることになる。

 

「カンピオーネには魔術が効かないというのは一般的ではあるけど、それはカンピオーネなったとき膨大の呪力を蓄えているため外部からの魔術を有害無害問わずに無効化するというものなの………だ、だから外部からではなく、内部からならカンピオーネにも魔術は通じるのよ」

 

 カンピオーネのレポートどころか、グリニッジの賢人議会という組織があることすら知らない渡にとっては驚きの新情報であり、納得顔で話を聞いていた。

 

「だ、だから、今のは治療行為であって、それほど深い意味はないのよ!」

 

「あ、ああ………うん、わかったよ」

 

 彼女の顔を見れば、その発言が言い訳だということは分かるが何も言わないのが吉であろう。

 

 渡に魔術をかけたことにより一安心したのだろう、ほっとしたように息を吐き、彼女は落ち着きを取り戻した。

 

 そして、落ち着いたことによって渡をしっかりと見ることができた。

 

 脇腹の穴が目立っていたため目に入らなかったが、縛っていた髪の毛はほどけ、服はぼろぼろで所々血が付着している。そんな形姿だからこそ、どれほど大変な思いをして、どれほど激しい戦場を駆け抜けたかは想像できた。

 

「ん、どうしたんだ」

 

 凪いだ水面のようにどこまでも澄み切っているのに、その奥底には何か得体の知れない激しいものが荒れ狂っているかのように感じた。

 

 これほど苛烈で、深くひきつけられる瞳を見たことはない。

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 サラと目が合うと、渡は恥ずかしそうに身じろぎした。

 

「いえ、なんでもないわ」

 

 そっけなく答えてみたものの、内心戸惑っているのが自分でもよく分かる。

 

 彼は恩人である。私たちを、家族を、この町を救ってくれた恩人、感謝してもしきれない恩人であるのだ。依頼という形で来てもらったが、感謝の言葉一つを言うのは当然である。

 

「ねえ、渡………」

 

 でも、何故だろう。彼を見ていると言葉が詰まってしまうのだ。自分でも理解できない感情に困惑してしまう。

 

 咄嗟に話題を変え、話を逸らすことにした。

 

「そんなことより、本当に大丈夫なのよね………」

 

 いまだに渡の顔色が優れないというのを建前として。

 

「ああ、治癒の力が効いているんだろうな。どんどん良くなってる気がするよ」

 

「そう」

 

 そんなとき無数の光線が厚い雲の隙間から一斉に放たれ、帯状に地上に降り注いだ。

 

 その神々しい光景に目を奪われ、渡は身を起こしながら感嘆したのだ。

 

「ヤコブのはしら、か」

 

「天から地まで至る天使が上り下りする梯子、ね………綺麗………」

 

 その光景を見ながら、サラは心の中で呟いた。

 

(渡、助けてくれてありがとう)

 

 今は感謝の言葉を口に出して言うことはできないため、心の中で感謝するのに留めたのだ。

 

 渡たちの頭上にあった厚い雲が千切れたかのように光を漏れ出し、渡とサラのいる場所を照らしだす。

 

 それは大雨のなか闘った戦士を照らす光。大雨で冷え切った体を暖かくする光。それは激戦を制した勝者を祝福する光であった。

 

 

 

 その時渡はというと、必死に唇の感触を思い出そうとし、彼女の顔の一部分を見ていた。雨でぬれた唇が色っぽく、凝視し続けることができなく顔を逸らそうとして気がついた。

 

(やばい、やばいぞ!)

 

 空を見上げたとき視界に入ってきたサラの姿を見て興奮していた。大雨のなか傘もささずに外にいた彼女はずぶ濡れとなっており、服がピッチリと張り付き体のラインが浮き出ているのだ。いきなり起きたラッキーイベントに渡の興奮は治まることは無かった。

 

 しかし、サラに嫌われたくはないため、チラチラと横目で見る程度には小心者ではあった。

 

 そんな状況だからこそ気がつかなかったのだ。

 

 その光景を遠くから見つめる一人の青年の姿がいたことに。

 

 彼は嬉しそうに一度だけうなずくと、周辺にいる魔術師に一言だけ告げてから身を翻して去っていった。

 

 その眼に狂気に満ちた色を浮かべながら。

 

 




 さて、三話投稿完了!

 最後の終わり方が馬鹿みたい………。

 ちなみに、Slappはスウェーデン語で開放という意味………だったような。

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