グリンブルスティ。
北欧神話における豊穣神フレイの乗り物とされた獣、騎獣である。地上や海上、冥界にまで駆けることができ、神話上の誰よりも速く駆けることができる俊足の猪。
『スノッリのエッダ』の『詩語法』によると、ブロックとエイトリという名のドワーフが、悪神ロキが創らせた道具よりも優れた道具を創れるか賭けをしたときに創り出した一つがグリンブルスティである。
他にもオーディンの腕輪ドラウプニル、雷神トールの槌ミョルニルなど神々のアイデンティティともいうべき魔法の宝を創りあげている。
○ ○ ○ ○ ○
雨風が強くなっていくなかで、聞こえてくるのは二柱の言葉だ。
「「我らの言の葉に耳を傾け従え! 我らが創りしモノよ、強大にして強固なる城砦となり、汝の牙をもって我らを守護しろ!」」
高さ二十メートルはある巨大な猪の上で、姿を見せない二柱が聖句をつむぎ続ける。
「「立ちふさがる全てを刺し貫き、天地を、世界を駆け抜けろ! 汝の創造主として命ずる、神殺しに報いを与えよ!―――グリンブルスティ!」」
その猪が強力な神獣であると理解したとき、眼前の敵から注意をほんの少し逸らしてしまった。その隙を見逃さずに、交戦していた一柱が槌を振り下ろしてくる。
危機を察知し、心の中で舌打ちをしながら跳ぶように横に逃れた。雨でぬかるんだ地面に転がることで槌を回避することはできたが、地面を転がった数秒の間で三柱は巨猪の上で合流していた。
「大兄、遅くなりました」
「気にするほどではあるまい―――それよりも流石我が弟達だな。これがお前たちが創り上げる傑作の一つか………素晴らしい出来栄えであるな」
渡はその声を聞きながら立ち上がると巨猪を中心に、ゆっくりと円を描くように歩いていると、グリンブルスティはすぐにでも襲ってきそうな敵意むき出しな目で睨んできた。
睨み合いを続けていると自分の心が、血が沸き立つのを感じる。自らの内に潜む闘争本能がはっきりと顔を見せ始めたと分かった。
やっぱり隠し玉があったか、もっと自分を楽しませろ、それでも自分が勝利する、と様々な感情が頭を流れる。
そうして渡とグリンブルスティが睨み合いを続けていると、上のほうから声が降ってきた。
「………汝の権能は籠手から雷の加護を与えられるだけの単純なものではないようだな。剛力の力も付与され、雷も溜め込んでいるように見える―――まだまだ先があるようだ」
そして、と隣にいる二柱に聞かせるように続ける。
「我が身で受けたことで理解したぞ。我らと同じ神話に連なる神、勝利の槌を片手に、数多の戦果を勝ち取ってきた雷神トールから簒奪した力だ!」
「なんと! つくづく我らと縁がある神殺しであったか」
「勝利を司りし戦神を殺めるなど、不届きもいいところだな!」
その言葉は返事を期待したものではなかったが、渡は自分の元にまで聞こえたその発言を聞いて驚きと感心が半分ずつの表情を浮かべた。
渡の籠手は確かに雷神トールから簒奪したものだ。
北欧神話の中でも主要な神の一柱であり、雷、天候、農耕などを司り、神々の敵である巨人と対決する戦神として活躍する。
なかでも有名なのはトールの所持品である。「打ち砕くもの」という意味を持ち、トールハンマーとも呼ばれる雷神トールの代名詞となっているミョルニル。そのミョルニルを筆頭に、力を倍加させる力帯・メギンギョルズ、ミョルニルを握るための鉄製の籠手・ヤールングレイプルなどがある。
そして雷神トールの性質を含めた所持品の数々を、渡は籠手という形で得たのだ。
そのため籠手を身に着ければ剛力を得られ、雷を召喚すれば加護を得られる。そして籠手に溜め込んだ雷を取り出して雷を強化することができるのも事実である。
これだけならば良いこと尽くめであるが、様々な方向にバランスがいい反面、制約もつく―――問題は二つだ。
一つ目として貯蔵と使用は両立はできないことだ。籠手は雷を召喚することで渡に様々な力を与えるが、使用していくことで雷が減っていき付加効果も弱体化していく。そのため適度な補充を必要とするのだ。その結果、溜める分を多くすれば雷から得られる能力は弱くなり、雷を使用し続けると逆に貯蔵が遅くなるということになる。雷から得られる加護は重要であるが、雷を使いすぎると後の戦闘に支障をきたすのだ。
二つ目として発生する雷は神々が扱うものとは違うということ。神々が使用する雷はときに普通ではありえない現象すら引き起こすが、渡の雷は自然界に存在するものと近しい性質を持っているという意味である。簡単に言ってみれば、一般人であろうと電流路を確保していれば渡の放つ雷をそらせる可能性があるということだ。
考えてみると少しバランスが悪い権能である。
自らの権能を言い当てられたことに驚いたのと同時に、ドワーフという存在を勘違いしていたと理解もした。
神話上で妖精、小人というカテゴリーに
同じ神話でくくられる存在であっても、智慧神や地母神でなければ渡の権能を看破することは難しいのが事実だ。妖精といえども智慧神に匹敵する知識を蓄えた存在、油断していい相手ではない。
渡は頭を動かしながら接近する機会をうかがっているが、グリンブルスティが隙を見せないため歩き続けているだけであった。
渡が周回していると、先程までの戦闘で破壊するに至らなかった銀兵が、渡の逃げ道を封じるかのように円陣を組んでいるのが見えた。
そして円陣が完成するのを待っていたかのように、完成した瞬間グリンブルスティは凄まじい勢いで走り出した。地響きを立てながら突進してくるが、動きが直線的なため避けるのは容易いことであった。
動き始めた巨大な猪に観察しながら、三柱について考えをめぐらせていた。
(あの猪のことをグリンブルスティといっていたな―――それなら二柱はブロックとエイトリであり、髭を生やしたリーダー的なやつは二柱の兄、北欧神話に登場する闇の妖精ドヴェルグということか)
双子のように寄り添っている二柱に関しては、どちらがブロックとエイトリであるかは分からないが、闘っている相手の名前が分かったのはよかった。
闇の妖精ドヴェルグは太古の巨人ユミルの死体から生じ、神々の判断によってうじ虫から人に似た姿と知性を与えられる。また、ドヴェルグは神々に敵対し、最終的には主神すら飲み込んだという魔狼フェンリルを拘束する魔力を秘めた鎖、グレイプニルを創りあげたことで有名である。先程、瞬時に創り出して束縛してきた鎖が強力であったのも当然といえよう。
一回目の突進は側面に跳ぶように動くことで回避した。
グリンブルスティの勢いはおさまらず、上手に旋回ができなかったため後方にいた銀兵の多くを巻き込み破壊していく。
(この後で、他にも神々の武器が出てくる可能性があるわけか。ここからが本番ということか―――)
グリンブルスティが戻ってくるのを見ていると、視界の端に猪から飛び降りてくるモノの影をとらえたため思考を一時中断した。
それらは今まで相手をしていた銀色に輝く騎兵、歩兵の姿であり、その総数は先程までと比べると少なくなっている。
その代わりグリンブルスティの上からはカン、カンと鋼を打つ音が不気味なほど大きく耳朶を打つ。自分たちを守る兵を創るだけではなく、何か強力なものを創っているように感じられる。
(鋼を鍛える時間を与えるだけ、こちらが不利になっていくわけか………やっかいだな)
二回目の突進に対して、回避と同時に側面から仕掛けようとし―――
「我は雷と共に歩みしもの。我が身に集い、今再び加護を与えたまえ」
渡が聖句を口にしたと同時に、
オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォンン!!!
グリンブルスティが雄叫びを上げ、衝撃波が発生させた。
そして看過できない現象が起きた。グリンブルスティが発した衝撃波が渡の加護を揺るがしたのだ。
「―――なっ!」
空気中を伝わる衝撃波は周囲のモノに干渉し、強引にはがしていく。
呪力を衝撃波に乗せることにより干渉を可能にしたのだ。一魔術師であるならば何十、何百人と集合しなければ出来ない出来事ではあるが、相手が神獣であるからこそできた芸当だ。
雷を満足に纏えない渡に向かって、グリンブルスティは猛烈な勢いで突き進んできた。
衣を揺るがされたものの、渡はなりふりかまわず身を投げ出すことで回避することはできた。しかし、動くスピードは格段に落ちていたが故に銀兵も捉えることができたのだろう、渡は背後から銀兵に斬られることになる。
「ぐっ!」
しかも旋回して迫ってくる巨猪、囲んでいた銀兵までもが動き出したことから、捉えられるのは時間の問題といえる。
権能を使用しづらい状況で、時間をかければかけるほど自らが不利になっていくのは理解して―――
渡に向かって二度目の突撃が襲い掛かるが、不完全な力のまま飛ぶように回避する渡。
先程と唯一違っていた点は、渡が練り上げた呪力を元に新たな現象を引き起こしているということ。
「彼方より来たれ、空を巡り続け、恵みと破壊をもたらす無数の煌めきよ。天地を覆い隠し、地に降りそそげ!」
そして着地した渡は雷を召喚、衝撃波と雷速でもって銀兵を寄せ付けない。
唱え終えてから一秒、二秒、三秒と時が過ぎていくが、何の変化も起こらない。
ドヴェルグたちは権能の発動に失敗したかと冷笑し―――
渡は焦りの気配も無く、攻撃を避け続けるだけ―――
突如、厚い雨雲を突き破った何かが流星群のように万物へと降り注いだ。
○ ○ ○ ○ ○
公園のなかで激しい戦闘が繰り広げられているとき、
「はあ、はあ………」
サラたちは公園の外に出て、避難をしていた。
「………ここまで来れば大丈夫でしょう」
「安心はできないわよ。それより、周辺住民の避難は―――大丈夫そうね」
周辺に人気がほとんど無いことを確認して呟く。
「ええ。広範囲に人払いの結界を張ってもらったから」
それでも、その広範囲の結界を維持するなど自分たちがやるべき事は多い。木々をなぎ倒す音が公園内から響いてくるなかで行動しようとしたとき、後方から明るい、無邪気といえる声が聞こえてきた。
「おっ、ここか。イタリアに帰ってきた直後に戦えるとは、僕はついているね! 日ごろの行いがいいおかげだね!」
振り向いてみると、白い開襟シャツに白いパンツを着た青年がいた。
顔だけを見てみると美青年といっていいのだが、まるで頭のなかにお花畑が咲いている子供のような目が全てを台無しにしている。
全員の視線が集まるなかで、その青年は釣竿のケースのようなものを肩にかけたまま激しい音が鳴り響く公園に向けて歩を進める。
「ちょっと前は、英雄やバルカンの爺様と愉しく戦えたし。今日はどんな敵と出会えるのかな」
この先にある神々の戦場といえる場所に、自分が追い求めていたものがあるかのような軽い足取りで向かう青年。
「それにしても、師匠の言うことは正しかったな。同族と戦っていると、自分の腕が上達していくのがよく分かるよ」
能天気という言葉がピッタリな人物は、不思議なことを呟きながらも歩みを止めることはない。
このまま放っておいたら本当に公園のなかに入って釣りでもしそうな雰囲気の青年を見て、止めようと数人が動き出した―――
「お、御身は………もしや」
誰もが頭上に疑問符を浮かべるなかで、ただ一人〈雌狼〉の総帥だけが反応を示した。〈雌狼〉の総帥の過剰といえる反応から、おそるおそる聞いてみると、
「………この方は誰なのですか」
「このお方は―――」
この青年の正体が知れわたる直前、空から降ってきたモノによって公園の外にまで轟音が鳴り響いた。
○ ○ ○ ○ ○
渡は現在進行中で周囲を警戒している。
天空から降ってきたモノによって多くの物が巻き上げられ、大雨だというのに視界が塞がれているのだから。もっとも警戒態勢を取るよりも衝撃波でもって視界を良好にすればいいのかもしれないが、呪力の無駄遣いとなるため控えている。
渡は一つ大きく溜め息をつく。
「……………はぁ」
この権能を使用するのは二度目ではあるが、いまだに加減が分からずに思うがまま使用してしまった。そのため、目で見ることができなくとも周囲の状況が惨状に変わっているのが容易に想像できる。初めて行使したときと同じだろう。
徐々に視界が晴れていくと、今までの戦闘でできた跡を塗りつぶすかのように、大きな穴が所々にある凄まじい惨状。
それは高度から高速で飛来してきた物体が、禍というなの破壊を四方八方へと振りまいたせいだ。中心から同心円状に地面はめくれ上がっていて、穴の中央には落ちてきた物体がめり込んでいたり、衝撃に耐え切れずに粉砕したりしている。
被害はクレーターだけにとどまらず、渡を囲んでいた銀兵の
巻き上げられた泥は雷によって防げたのだが、渡自身は落ちてきた衝撃によって数メートル吹き飛ばされるという被害を受けている。
(………や、やっぱり、あまり使うものじゃないな。周辺の被害だけでなく、自分にもダメージを与える権能………そんな権能を持っている奴は殆どいないだろう………)
ダウンバーストという気象現象がある。
降水粒子が周囲の空気に摩擦効果を働きかけることで下降気流が発生し、地上に災害を起こすほど極端に強い現象のことだ。
第四の権能はダウンバーストと似たような現象をも引き起こす―――今回は『降る』という現象に特化した力を行使したのだ。
空気中に含まれている水分に干渉して水分を一点に
二度の使用で理解できたのだが、この権能は使用してから効果があるまでに差があり、それに比例するかのように威力が設定されている。簡単に言ってみれば、高威力の物体を呼び込もうとするとタイムラグが長くなり、時間差をなくして使用すれば与えるダメージは少なくなってしまう。
渡が辺りを見渡していると、視界の端で何かが動いたのを確認した。やはり一発は当たっていたようだが、それだけでは倒しきれないようだ。
銀兵を排除することを最優先事項とし威力より個数を優先し、高高度からではなく高さ数十メートルにおいて第四の権能を行使したのだから神獣を倒しきるほどの威力が無いとは考えていた。
さらに神獣が炎を身に纏いながら衝撃波を発したのも確認したため、炎と衝撃波によって落下時のエネルギーを何割か軽減されたはず。
だからこそ、それ以上動こうとせずにじっとしているのは理解できない。質より量を優先したとはいえ、相当な威力だったのだろうか………。
そのことを不思議に思い、心の中で首をかしげていると、
「おのれ………おのれえええええええぇぇぇぇぇ!」
突然、巨猪の上から憎悪に満ちた絶叫が聞こえてきた。
「神殺しよ! 人の身でありながら神々に逆らい、あまつさえ権能を簒奪するに至った愚者の申し子よ!」
「至高の作品を創りだす作業を邪魔をするとは、万死に値するぞ! 分を弁えるがよい!」
「やはり、汝は世に災いをもたらし、均衡を乱す存在! ここで打ち倒してくれるわ!」
ブロックとエイトリが創り出した作品や創造主たる彼ら自身に牙をむく行為、そして何よりも彼らが創り出している作業を中断させる行為は彼らのプライドをいたく傷つけるようだ。
渡に向けられる殺意が燃えさかる炎のごとく膨れ上がると同時に、呪力の高まりを感じた。渡によって邪魔をされた鋼を鍛える作業を再び始めたのだろう。グリンブルスティを創りだした時以上の呪力の高まりから判断すると、まもなく完成する可能性が高い。
渡は一度空を見上げて巨氷が迫っていることを確認すると、雷を纏ったまま駆け出した。先程降ってきた巨氷によって銀兵がいなくなりグリンブルスティにだけ力を集中できるため、落下物は高高度から大きいもの一つだけにした。
その渡を迎え撃つのは炎を纏ったグリンブルスティ。動けないのではなく、敵を撃退するため力を蓄積していた難攻不落の砦。
ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン!!!
先程のシーンを再現するかのように、再び雷の衣をはがされる。
(くっ………まず、神獣をどうにかしないと)
そのため落下物にもう一度干渉して、より強い力で更に加速させた。それと同時に剛力でもって足場を破壊する。
大雨で地盤が緩んでいたのも影響したのか、広範囲に陥落する。渡のみならずグリンブルスティと乗っていたドヴェルグたちが転がり落ちる。底に落ちていく神獣に向かって再び接近を試みるが結果は同じ、咆哮に邪魔をされて上手に近づけない。
近づくこともできず、一歩間違えば自分がやられるかもしれない渡だが―――
(っ………でも、それでいい。溜めている力を吐き出せ! 受け止める力を溜めさせるものか!)
その時、一つの影が渡に覆いかぶさるように動いた。
「ハァッ!」
三柱のリーダーであるドヴェルグだ。ドヴェルグは身の丈以上の大剣を両手で持ち、落下しながら渡めがけて振り下ろしている。
グリンブルスティの近くで雷をはがされた渡は口を開き―――
「ぬっ………」
しかし、斬った立場であるはずのドヴェルのほうが目を見開いて、驚愕の表情を浮かべた。斬られたはずの渡の姿が揺らぎ、忽然と姿を消したのだ。
グリンブルスティが底にたどり着き、ドヴェルグが渡の姿を探して周囲を見渡す。
その直後、ゴオオオオオオオォォォォォ!という轟音と共に赤いモノが地上に向かって突撃してくる。高度数十キロメートルから高速度で落下させているため、空気との摩擦によって赤熱しているのだ。
着弾点は現在グリンブルスティがいる穴の底である。
渡を迎撃するために溜めた力を放ったせいか、神獣から放たれる衝撃波には隕石を止めるほどの力は無かった。先程より数十倍の速度で突撃してきた隕石は少しだけ威力を軽減しながらもグリンブルスティに直撃し、爆散した。
クアアアアアアアアアァァァァァァァン………
神獣の鳴き声に変化が訪れた。宿敵を倒そうという威勢のよかった咆哮が泣き声のようになったのだ。
隕石の直撃を喰らい瀕死の重傷を負った神獣は力を振り絞って立とうとするが、最後には
グリンブルスティが消えていった場所で、ドヴェルグが自身を囲うように鎖を何重にも張り巡らしている。鎖を楯のように張り巡らせることで衝撃を緩和したようだが、鎖は所々にひびが入っている。
その光景をクレータの縁から眺めていた渡は雷速でもって周回し、鎖に隙間がないことを確認すると、捕らわれないように離れたところから拳を繰り出す。
「はあっ!」
ズドン!という音とともに拳の先から収束された雷が放たれ、鎖の壁とせめぎ合い均衡している。そこに渡の右ストレートが重ねて放たれると、剛力、雷、衝撃波の三つが組み合わさったことで均衡が一気に崩れる。
しかし、鎖が破壊された先のドヴェルグたちに目を向けたとき―――見てしまった。
ブロックとエイトリの手にあるものを。
彼ら二人の手元には、柄が短い金槌があるのを。
その金槌には神が、英雄が使用していた武具と同等の力を有しているといえるほどの異常な力を宿っているのが見ただけで本能が理解した。そして、その金槌の直撃を受けてはいけないと本能が忠告を発している。
そして、彼らの神格と柄の短い槌とくれば、その正体を理解することは簡単なことだ。
「「我らが創りし至高の槌、雷神が使いし魔法の槌よ! 我らの宿敵を逃さず討ち砕き、勝利の栄光を我らの手に授けよ!―――ミョルニル!」」
そして金槌を、ミョルニルを渡めがけて投擲した。
ミョルニルとは北欧神話において最強と名高い戦神、渡が初めて倒した『まつろわぬトール』が所持していた魔法の宝。いかに酷使しても壊れることがなく、ひとたび投擲すると相手がどれだけ離れていたとしても必ず命中して、その後持ち主の手元に戻ってくる能力を持っていると伝えられている。
そのミョルニルが凄まじい雷光を纏いて、渡めがけて迫ってくる。
この鉄槌を喰らえば、いくらカンピオーネが頑丈だからといってもひとたまりも無いだろう。そのため迫ってくる金槌を回避し続けるが、一度、二度と避けていくと表情を強張らせた。
「―――っ!」
追跡し、喰らいつこうとする魔法の槌を避けるたびに、その追撃速度が上がり、雷撃が目に見えて強力になっていくのが分かったからだ。
(必中の槌を避け続けることは無理で、雷じゃ防ぐこともできない! どうすればいい! ほんの少しだけでいい、当たる場所をずらすか!)
しかしミョルニルに対抗できる能力といえば―――同じ雷か巨氷………同じ神格トールの力だが用途が広いぶん一つ一つの性能は劣っているはずだし、上空から氷岩をピンポイントで当て相殺するのも至難のことだ。
この状況では何一つとして対抗する手段が無い。
だからこそ、金槌が当たるより先に敵を倒そうと攻撃を開始した。
「天にうかぶ無数の煌めきよ。今こそ集いて、舞い下りろ!」
数千メートル上空で一つの巨大な岩ともいえるものが構築された。
タイムラグを少なくして隕石を降らせるだけでは神獣にダメージを与えるにとどまり、雷の加護を氷石に付与することはかなわない。溜め込んだ雷を解放すればどうにかなるだろうが、先程からの準備が無駄になってしまう。
そのため、渡は一つの可能性に賭けてみた。
渡はある程度距離をとってから雷を解除する。神話上ミョルニルを使用するためにはヤールングレイプルが必要不可欠といわれているため、籠手を使えば威力を抑えられる、もしくは受け止められると考えたのだ。
その間に残る呪力と意識を全て氷石に傾ける。何回にもわたり干渉し、弾を加速させ続けた。巨石を高度数千メートルから落下させるだけではなく、威力と大きさを保ったまま落下までの時間を短くし落とそうとしたのだ。
巨石が落下する途中の水分を収束させ、落下物に纏わせた状態で降ってくる。空気の壁を突破した超音速で落下してくる巨大な物体は―――ドヴェルグたちが認識する前に彼らの間近に着弾して、内部のエネルギーが一気に解放されて被害を撒き散らす。
それと同時に、右手とミョルニルが衝突―――大槌が後方へと吹き飛んでいき、着弾した。
鉄槌の騎士いいよねー、というわけで槌をモチーフに作ってみようとしたけど………柄の短い鉄槌って打撃じゃないか!と思いこんなスタイルになりました。残念!
ちなみに、ドヴェルグがデックアールヴェル(闇エルフ)と同一という説もあります。
共通項は多いと思うけど、なんかなー。自分のなかでは認められなかったので、別存在として書いています。